« 2016年6月 | メイン | 2016年8月 »

2016年7月

2016年7月19日 (火)

日めくりより 「刺身」の語源/ホームズのモデル

 

今日は7月19日。

  

日めくりより。

  

「切り身なのになぜ『刺身』なのか?」

Epson686

こうやって疑問に思えることがいい。

何度も「刺身」と聞いてきたのに、

今まで疑問に思いませんでした。

上の説もありますが、語源由来辞典では否定していました。

語源由来辞典 刺身

ここでは、日めくりの後半の説を重視していました。

「切る」という言葉を忌み嫌うのは、武家社会での話でした。

刺身室町時代から見られる言葉だそうです。

  

  

次の日めくりも面白かったです。

 

「シャーロック・ホームズのモデルは?」

Epson685

つまりワトソンのモデルがドイルと言うことでしょうか?

「シャーロック・ホームズ ジョセフ・ベル」で検索すると

いろいろなサイトにヒットします。

次のサイトから引用します。

名探偵コナン資料館 Joseph Bell

 

シャーロック・ホームズのモデルとなった人物。

エディンバラ大学の医学部主任教授で、ドイルの師である。

鼻が高く端正な顔立ちで、人を射るような灰色の目をしている。

体は痩せていて細く、角張った肩、そして落ち着きのない歩き方をし、

声は甲高くて耳障りなほどだった。

ベル教授は外科医として優れた腕を持っていただけでなく、

患者に対する観察力が極めて優れていた。

ベル教授が学生達の前で普通の服を着た外来の患者を診察した所、

軍隊勤務をしていた事、除隊してから間もない事、

任官将校だった事、スコットランド高地連隊に所属していた事、

西インドのバルバトス諸島に駐屯してた事などを次々と言い当てた。

そして、ベル教授は学生達に向って説明をする。

「この患者は立派な感じの人であったが、帽子を取らなかった。

軍隊では脱帽しないからだ。しかし除隊してから長かったら、

普通の市民の作法通り帽子を取ったはずである。

態度には威厳があり、明らかにスコットランド人。

この患者の病症は像皮症だが、これは西インド諸島に特有のもので、

我が英国に生ずる病ではない」…と。

こうしたベル教授が患者を診察する際に披露する独特の推理や、

その学識にドイルは強く魅かれ、彼から多くの事を学んだ。

ホームズがワトスンと握手をしただけでアフガン帰りを見抜く場面や、

ホームズが依頼人を見てその職業等を言い当てる場面などは、

このベル教授が患者に対して実際にやっていた事なのである。

コナン・ドイルとジョゼフ・ベルの運命的な出会いが、

不朽の名探偵・シャーロック・ホームズを生み出したのである。

 

ラスト2行がいいですね。

ちなみにジョセフ・ベルの写真もサイト上にはありました。

神津仁の名論卓説  「A doctor’s touch ~医の道は日本も世界も変わらない~ Ⅰ」

このサイトに載っていた写真を転載します。

03  

左がドイル、右がジョセフ・ベル。

このサイトに載っていたお話も面白かったです。

ジョセフ・ベルが初めて?見る女性のことを次々に言い当てていきます。

ドイルはいい人に出会いました。

Wikipedia によると、ジョセフ・ベルは

モデルとされていたことに気づいており、

それを誇りに思っていたそうです。

  

朝からいい勉強ができました。

さあ、今日も1日動くぞ。

2016年7月18日 (月)

「真田丸」シリーズ21.ナレ死

  

今日は7月18日。

  

昨晩の大河ドラマ「真田丸」をまだ見ていません。

関白秀次はどのような展開で死に至るのか。

呂宋助左衛門はどのような言葉を発すのか。

録画を今日見てみたいです。

   

「ザ・テレビジョン」より。

Epson687

上手な絵です。

このまま見ただけで捨てられてしまうのがもったいなくて、

スキャナーで撮りました。

「ザ・テレビジョン」には次のような記事もありました。

Epson686

「ナレ死」が話題になっています。

有働アナのブログの記事はここ↓

あさイチブログ 2016年5月21日 

少々引用します。

 

私も、最初のころ思いました。  

大河一話の出だしの語りで

「信玄の死から九年」ってもう武田信玄死んでるしぃ~、

二話では息子の勝頼さんを葬り、

武田家滅亡を、台本3行で終わらせてしまったし、

四話では織田信長さんを、

炎の中で兜が崩れ落ちる映像だけで、

「天下統一を目前に、織田信長が、

私も、最初のころ思いました。  

大河一話の出だしの語りで

「信玄の死から九年」ってもう武田信玄死んでるしぃ~、

二話では息子の勝頼さんを葬り、

武田家滅亡を、台本3行で終わらせてしまったし、

四話では織田信長さんを、

炎の中で兜が崩れ落ちる映像だけで死んだ」って

一行やん!と。。。

なんか、私が殺っているわけではない。

あくまで三谷幸喜さんの作なのですが、

嘆願などをいただくにつれ、

申し訳ない気持ちが芽生え、

罪悪感さえ生まれております。。

台本をいただくと、誰かの死亡のくだりはないかを、

まず探すようになってしまいました。職業病です。

ま、でも、このナレ死、癖にもなってしまって、

この武将の死はどう読もうかとわくわくしてくるあたり、

自分が怖いです。

 

 

2月にはすでに次のようなニュースがありました。

  

視聴率が伸び悩んでいるNHKの大河ドラマ「真田丸」だが、

ここにきて有働由美子アナのナレーションに注目が集まっているという。

「織田信長をはじめ、明智光秀など有名武将の

最後のシーンが詳しく描かれることなく

有働アナのナレーションで語られるだけ。

たった一言で歴史上の名シーンを処理してしまうため、

今、ネット上では『ナレ死』という言葉が流行り始めています」

(テレビ誌記者)

確かに、信長の最期は「天下統一を目前に、織田信長は死んだ」

というナレーションで片付けられているし、

光秀が秀吉に討たれる「山崎の合戦」などは、

「6月13日、明智光秀は山崎の合戦において羽柴秀吉に敗れた」

のみで、合戦シーンすらなかった。

「歴史的な名場面をどう描くかを楽しみにしていた大河ファンからは

『物足りない』と言う声があがっています。

視聴率が20%をなかなか超えられない理由は、

そのあたりにあるのではないでしょうか」(前出・テレビ誌記者)

しかし、これが今回のドラマで脚本を担当する

三谷幸喜の狙いでもあるという。

「主人公の真田信繁が実際に見てこなかったシーンは、

たとえ歴史的な名場面でも描かない。

それが今回の脚本の特徴でもあります。

地方の小豪族がいかに戦国の荒波を乗り越えて行くか。

そこに主眼が置かれていますから」(NHK関係者)

だからこそ、有働アナのナレーションが大切になってくる。

昨年の大河ドラマ「花燃ゆ」が大コケして、今年は失敗できないNHK。

「ナレ死」が流行ることで視聴率につながればいいが‥‥。

(2016年2月21日)

Asagei+ 大河ドラマ「真田丸」で有働由美子アナの「ナレ死」が流行の気配!?

穴山梅雪もあっけない「ナレ死」でした。

反対に昌幸の母(信繁の祖母)のとりは、

ナレーションで死を伝えようとしたらよみがえっていました。

三谷さん、楽しんでいます。

このサイトが詳しいです↓

NAVERまとめ 死神有働アナのナレ死を回避!

  

三谷さんのこのさまざまな発想、思いつきはあこがれます。

今日、私も何か新しい発想で行動したい。

何か思いつけ、面白いこと。

7月14日4時間目にやった情報モラルの授業その2

今日は7月18日。

  

前投稿に引き続き、7月14日にやった授業の紹介です。

  

〇写真を撮るのは面白いよねと言って、

 いくつか写真を見せた後に、

 ブロンコビリーでアルバイトが冷蔵庫に入って

 撮った写真を見せました。(ここに写真を載せるのをやめました)

 この写真はツイッター上に公開されました。

  

〇写真を公開した後にどうなったかを資料を使って話しました。

 (資料の写真はぼかしました)

Photo_2

Photo_3

Photo_4

Photo_5  

1枚の写真を公開したことで、

大きなトラブルを起こしてしまったことを話しました。

  

もう一件、アルバイトの悪ふざけの写真公開がきっかけで、

人気のそば屋が閉店した例を示しました。

  

そしてこのプレゼン資料。

「これがインターネットのこわさ」

Photo_7   

そして面白がっての公開ではなくて、

怒りという一時的な感情での公開例として映像を見せました。

Photo_9

Photo_11  

この映像は、株式会社エフ・エー・ブイが制作した

「情報化社会の新たな問題を考えるための教材」というDVDから

利用しました。

これは各学校に5~6月に届けられたものだと思います。

教材6の「写真や動画が流出する怖さを知ろう」という映像です。

  

その動画を見た後に、

一度公開された写真は消すことができないことを、

「デジタルタトゥー」という言葉を紹介して教えました。

Photo_12 Photo_14

  

次に「Exif(イグジフ)情報」について話しました。

Photo_15

Photo_16  

スマホなどで撮った写真には、

撮影した場所が記録されている話をして、

授業の始めにタブレットで撮った写真にも位置情報があるよと言って、

アプリを使って示そうと思いました。

しかし、いつも必ず位置情報が埋めこまれるわけではないのですね。

授業の始めに撮った学年ごとの写真には

位置情報が埋めこまれていませんでした。

でもこれは想定内のこと。

前日に学校の最寄りの駅で撮った写真を見せて、

撮影場所が示されている状況を見せました。

(プロジェクターの明かり不足で見えにくかったです)

ちなみにそのアプリは「PhotoGPS」

※参考:ここでも道草 本宮山登山/位置情報を消すアプリ(2016年3月29日投稿)

そのスクリーンショットはこれ↓

Photo_17 PhotoGPS

   

4~6年生に5月に行ったアンケート結果をほんの少し利用↓

Photo_18

Photo_19_3

Photo_20_2  

いやな思いをした人が0人であることを幸いと考え、

みんなが公開する時には気をつけて、

0人のままでいると良いと話しました。

  

そしてまとめ。これはプレゼン資料を通常サイズに戻して表示します。

Photo_22

Photo_23

Photo_24   

以上です。

この日は懇談会があって40分の短縮授業。

終わった後の教室への移動時間も考えて、

5分前に終わったので、実質35分間の授業でした。

 

2016年7月17日 (日)

7月14日4時間目にやった情報モラルの授業その1

  

今日は7月17日。

  

以前、「やる!」と宣言した授業をやりとげました。

ここでも道草 7月14日4時間目 情報モラルの授業に挑戦(2016年6月9日投稿)

誰かの役に立つかもと考えてここに報告します。

  

授業は体育館で行いました。

4~6年生6クラス。

4年以上にしたのは、3月の石鎚先生のお話を参考にしたからです。

ここでも道草 3月19日報告5.4年生からの指導/ネット・スマホ依存(2016年3月27日投稿) 

  

授業の流れを紹介します。

プレゼン資料の一部の写真もはさみながら。

  

〇「情報モラル」にもいろいろあるけど、

 今日は「写真」に関することをやるよと宣言しました。

Photo

Photo_2

Photo_5

〇タブレットを見せて、これは何?と聞きました。

〇タブレットを持っている人、スマホを持っている人を挙手させたり、

 写真を撮ったことのある人をたずねました。

〇「タブレットとかを使えば簡単に写真を撮れるよ」と言って、

 タブレット端末で5年、4年、6年の順で撮影しました。

 その様子は、タブレットから無線でプロジェクターにつながっていて、

 スクリーンに映っていました。

〇「写真を撮るのって楽しいよね」と言って、

 私の自慢の写真を紹介しました。花、高校野球、給食・・・

Photo_6

Photo_8

Photo_10

〇「1年生を送る会」の微笑ましい写真を紹介して、

 この写真は学校HPにアップしたこと、そしてそのHPを見せました。

Photo_11  

〇インターネット上に写真を載せることを

 「公開する」と言うと説明しました。

 ※「アップロード」という言葉もここで説明すれば良かった反省。

  

〇こうやって写真を公開してみんなに見てもらうことがあるけど、

 「しかし!この写真・・・」と言いながら、

 かつて騒がれた、ブロンコビリーでアルバイトが

 冷蔵庫に体を入れた写真を見せました。

  

続きは次の投稿で。

「生きるのが楽しくなる脳に効く言葉」その5

  

今日は7月17日。

  

前投稿に引き続き、「生きるのが楽しくなる脳に効く言葉」

(中野信子著/セブン&アイ出版)からの引用です。

  

自分が得をしようと思ってやったことが誰かの役に立ち、

人からほめられたりすると、「社会的報酬」が得られ、

脳からドーパミンが大量に分泌されます。

一説では性的快楽よりも社会的快楽の方が

ずっと上だと言われているように、

これが「いつまでも意欲的で若々しい」人の秘訣にもなっているようです。

(78p)

  

フランスの研究所時代に一番仲の良かった同僚研究者のFさん。

彼女はライバルを見つけるのが得意でした。

そして、ライバルを見つけるやいなや、

その人の良い部分に目をつけて、

自分に取り入れよう、自分もできるようにしようと取り組むのです。

人間は共に強くなる相手がいないと、

どうしても慢心してしまい、「この辺で十分だろう」と

だらけてしまうものです。 (中略)

今の自分にとって最高のライバルを見つけ、

そのライバルと戦える自分に誇りを持つ。

誰かにライバル視されることがあったら、光栄だと思う。

戦うのはしんどいことですが、ひるまず戦っているうちに、

脳が上手に使われて、どんどん力がついていくのです。 (81p)

118924590218316423650 http://doqpops.at.webry.info/200709/article_2.html

  

  

「聞く力」は相手の心をつかむ

人は自分を深く理解してくれる人に感謝の気持ちをいだき、

その感謝の心を示したいと思うもの。

科学的に言うと、「あの人はすごい!」と誰かに認められるような

「社会的報酬」を求める生き物なのです。

大きな快感を覚える脳の報酬系は、

男性のほうが女性より活発な活動をしています。

男性の方が自尊心を満たそうとする傾向が、より強いのです。

話をよく聞くことは、相手の自尊心を満たします。

それが、相手の信頼を得て、心をつかむ第一歩になるでしょう。

(106~107p)

  

  

脳にとっての幸福は、学び続け、成長し続け、

達成を繰り返すこと。 (119p)

  

  

楽観主義とは、「やればできる」と信じること

「楽観主義」は物事を「なんとかなるさ」と脳天気に考えることでも、

「自分に特別な力がある」と思い込むことでもありません。

「やればできる」と、自分の力を信じること。

「誰でもできることをきちんとやれば、

絶対に結果が出る」と信じることです。

こう思える人は自分だけでなく、他の人にも

「やればできる力」があることを信じています。

他者への信頼があると、変にかしこまったり

威張り散らしたりすることがなく、

対等に付き合うことができるようになります。

そのため、困難が起きても、それを「現実である」と

受け入れることが可能です。

また、好き嫌いという感情に支配されずに

非常に合理的な判断ができるのも特徴。

嫌いという感情があっても、

目的のためにそれが必要なら行動する、

ただそれだけなのです。

このような生き方の人は、

いつも未来に向かって準備ができています。

そのため、目の前にあることに不安を感じることが少なくなり、

精神状態も安定しています。

この安定した精神状態による余裕が、

不測の事態にも対応できる柔軟性を生み、

「やればできる」という自信が強化され、

誰かをおとしめることなく、

目標に向かってぐんぐん進むことができるのです。 (120~121p)

51fped8n11l amazon

  

他の人にも「やればできる力」があると思うことは、

相手への信頼につながるという考え方はなるほどと思いました。

そう、みんな「やればできる」のです。

 

Jppdgv8i_400x400 https://twitter.com/soccerk17

  

人も脳も何歳でも変われる

1998年、ピーター・エリクソンとフレッド・ゲージの研究により、

大人の脳内でも新しい神経細胞が生まれることが

明らかになりました。

ただし、大人の脳に生まれた神経細胞は、

刺激の乏しい状態ではすぐに死んでしまいます。

(中略)

脳を若く保つには、脳に適度な刺激を与えること、

つまり、適度に困難な課題を乗り越えていくことが

必須なのです。 (132~133p)

  

逃げないと心に決めると脳が変わる

逆境に直面して「よし!必ず乗り越えてみせる」と

心のファイティングポーズを取れたなら、

その瞬間に脳も闘う姿勢を取ります。

闘うための神経伝達物質が脳と体内を駆けめぐり、

脳細胞が発火。

シナプスやニューロンが伸びてつながっていくのです。

しかし、逆に「ああ、もうダメだ」とあきらめたら、

脳も”逃げの方向”に変わります。

逆境に直面したら、「今こそ脳を鍛えるチャンス!」と

心の中で叫んでみましょう。 (134p)

Design_img_f_1492477_s https://www.ttrinity.jp/product/1699648

  

   

今日も逃げずに頑張ろう!

引用はあと1回の投稿で済みそうです。

  

2016年7月16日 (土)

「生きるのが楽しくなる脳に効く言葉」その4

 

今日は7月16日。

  

7月3日以来、「生きるのが楽しくなる脳に効く言葉」

(中野信子著/セブン&アイ出版)からの引用です。

  

たくさん引用したくなる文があった本です。

  

集中力」を身につけるには、

脳が集中しやすい環境をつくる。(中略)

集中するためのひとつの方法は、

聴覚や視覚を刺激するものを遮断すること。

音楽やテレビを消す。

目から入る刺激が気になる人は、妨げにならないように

サングラスなど色つきのめがねをかける。

ふたつ目の方法は、途中で邪魔が入らないようにすること。

おそらくもっとも邪魔になるのはメールやSNS経由のメッセージでしょう。

頭を元の状態に戻すのには30分以上かかることも。

メールチェックの時間帯を決めるなど、

自分でルールを設定しておくといいと思います。 (58~59p)

  

頭を元の状態に戻すのに30分もかかることもあり。

そりゃあ困る。

  

想像力が試される仕事に一番適しているのは、

適度なレベルのノイズがある環境だと言われます。

この理由は、適度なレベルのノイズという邪魔が、

想像力を働かせるスイッチになること。

それが、高次の処理を促進させて、

想像力をアップさせる効果につながるというわけです。 (63p)

  

想像力はぜひ高めたいとおもっている能力です。

音楽がかかっていた方がいいのでしょうか。

もう少し具体的に書いてほしかった。

前引用では、音は遮断とありましたが、

想像力となると、そういうわけではないようです。

現在はDefTechの音楽がBGMです。

  

  

潜在意識が答えを出してくれる

脳はすぐ、ひとつの刺激に対して慣れてしまい、

飽きてしまうという性質を持っています。

ですが、飽きたらすぐ別のものに目を向けることで、

いつも新鮮でやる気がある状態に持っていくことができます。

飽きている状態で同じことを続けながら、

「より楽しむためには、どのしたらいいのかな」と思うことです。

脳は苦しみを嫌い、楽しみを求める傾向があります。

”飽きた”状態を嫌がるので、そう思うことで

潜在意識が答えを出してくれるのです。 (64p)

  

潜在意識が今まで答えを出してくれたことってあったのかな?

「どうにかしたい」と思い続けているとアイデアが出てくることあり。

あれはそうだったのかな。

  

  

どのようにほめたらいいのでしょうか?

本当にほめるのがうまい人は、

相手をしっかり観察しています。

だから、その相手の素晴らしいところを発見できるのです。

あなただけが見つけた相手の素晴らしいところを、

心を込めてほめる。

そうすることで「この人は自分のことを理解してくれている」と、

相手はぐっあなたに惹きつけられます。 (72~72p)

  

「あなただけが見つけた相手の素晴らしいところ」

これを見つられたらいいですね。

教師にとって必要な力です。

  

  

自分の努力を「記録」して、見返すことで、自信がわく

成果を挙げたりやる気を出したりする方法のひとつに、

「自分の努力の記録」を残すことがあります。

記録するということは、モチベーションを維持する上で、

とても重要なポイントです。

あとから努力の痕跡を見返した時に

「自分はこんなにやってきたじゃないか!」

と感じて励みになる。

すると自信がわいてきて、挫折を防ぐこともできるのです。

さらに、努力の痕跡を残すことは、本番で結果が出たあとの

心のケアにも役立ちます。

惜しくも期待からほど遠い結果が出てしまった時、

きっと残念な気持ちになり

「努力しても無駄だった」「私には才能なんてない」と

やけっぱちになるのではないでしょうか。

でも、自分がどんな努力をしていたのか、

どのようなアプローチをして時間を割いてきたのかを

記録に残しておけば、どんな結果が出ても、

自分と冷静に向き合えるはずです。

自分の努力が見えないと、他人の努力が気になって、

本来やるべきことから心が離れてしまうことが起こりがちです。

自分の努力を記録することは、目標に向かってブレずに進んでいく

一助にもなるでしょう。  (75p)

  

ずっと、やってきたことをメモしてきた今までのやり方を

肯定してもらった気分です。

ブレずに進むぞ。

たまにはこの投稿を読もうと思いました。

やっていることを肯定してくれるのは励みになります。

ここでも道草 後押しされてブログをやり切りたいです(2015年11月29日投稿)

  

引用はまだ続く。

「真田丸」シリーズ20.明晩、呂宋助左衛門登場

 

今日は7月16日。

  

久々の「真田丸シリーズ」です。

前回は5月17日でした。2か月ぶりです。

そこで、松本幸四郎さんが38年ぶりに呂宋助左衛門を

演じることに決定したと書きました。

ここでも道草 「真田丸」シリーズ19.松本幸四郎さんがあの役で!(2016年5月17日投稿)

その松本幸四郎さん演じる呂宋助左衛門がいよいよ

明晩の「真田丸」に登場します。

楽しみです。

  

NHKHPの「真田丸」のコーナーに、

松本幸四郎さんへのインタビューが紹介されていました。

Photo http://www.nhk.or.jp/sanadamaru/special/interview/interview36.html

インタビュー記事を一部引用します。

  

1978年の大河ドラマ『黄金の日日』で呂宋助左衛門を演じてから、

38年の時を経て、『真田丸』で再び同じ役を演じさせていただくことに

なりました。

『黄金の日日』は、三谷幸喜さんが劇作家を志すきっかけになった

作品だというお話はご本人から伺っていましたが、

まさかこのようなことになるとは、当時ご覧になっていた学生さんが、

今、大河ドラマの脚本をお書きになっている。

こんな嬉しいことはありません。

私としては「お声をかけていただいて、

本当にありがとうございました」と、感謝しています。

  

三谷さんは脚本家という仕事を通して、

自分の過去の思い出を

自分の作品の中に取り込んでいるように思えます。

殺陣師の林邦史朗さんを、信玄役に抜擢したのも

その流れだと思います。

こういうのをオマージュと言うのでしょうか?

林さんや松本さんへの三谷さんの尊敬・あこがれを感じます。

あこがれのものを自分の作品に取り組むことは、

きっとワクワクすることだと思います。

脚本家だけができるというわけではないと思います。

教師も授業や発行物の中にきっと取り入れることはできます。

もうやっているのかな?

「あこがれ」はたくさん話したり書いたりしてきたよな。

同じ年の三谷さん、楽しんでいるよなとうらやましく思えます。

  

   

呂宋助左衛門は、ルソン(現在のフィリピン)に渡海して

ただ同然の壺を持ち帰り、豊臣秀吉らに高値で売りつけて富を得た、

堺の豪商です。

それまでの大河ドラマでは歴史上の英雄が描かれていたので、

堺の一商人が主人公になった『黄金の日日』は、

とても画期的でした。

大河ドラマが、初めて歴史ドラマから人間ドラマになった

作品なのではないでしょうか。

この作品以降、テレビはもちろん、

歌舞伎や舞台の世界も影響を受けて、ずいぶん変わりました。

  

面白いことを言っているでしょ。

『黄金の日日』で歌舞伎や舞台の世界も変わった!

そうだったのですね。

確かに『黄金の日日』はインパクトのある作品でした。

  

  

庶民だって歴史と戦っているんですよ。

偉い大将は立派で当たり前でしょう?

そうじゃない人間にも品格が備わっているんです。

「弱い者の味方」の一商人が、権力者の太閤・秀吉と対抗する。

それは人間として最高のことなのではないでしょうか。

『星の王子さま』でも言っているように、

「本当に大事なことは目に見えない」のです。

『真田丸』も、ちゃんとそういう視点で描かれていますね。

こういうドラマが、広がっていってくれると嬉しいなあ。

  

「そうじゃない人間にも品格が備わっているんです」

が印象に残りました。

人間、そうは変わらないのです。

  

まだまだ松本さんのいい発言が続きます。

  

  

  

脚本にすると2ページほどの登場シーンですが、

『黄金の日日』がこの1シーンに凝縮されていればいいと

思っています。(中略)

もっと助左を演じたかったかと問われれば・・・、

正直、そういう時期はもう過ぎました。

年齢的にもキャリア的にも(笑)。

100のセリフをしゃべったから心に届くかといえばそうではなく、

たとえたった一言、たった1シーンだったとしても、

大事なものはいつまでもお客様の心に残ります。

三谷さんは『真田丸』で、そういう描き方をしてくださいました。

出るシーンは少ないけれども、助左の想いが込められていた。

そこには、三谷さんの想いも込められていたように感じました。

 

この境地がいいですね。

少ない言葉でも心に残るものを研ぎ澄ましていく。

う~ん、難しいけどめざしたい。

  

最後の引用。

  

撮影中は、私の両肩に『黄金の日日」の出演者が

いらっしゃったような気がします。

亡くなられた方、役者を辞めてしまわれた方、

スターとなられた方・・・。

いっぱいいらっしゃるけれども、

今回はその方々を背負って出演させていただきました。

  

松本さんにとって、『黄金の日日』を一緒に作り上げた人たちは

いいメンバーだったのでしょう。だからこの発言。

思い出します、個性的な出演者。

 

杉谷善住坊:川谷拓三(1995年に亡くなる)

石川五右衛門:根津甚八(現在68歳)

千利休:鶴田浩二(1987年に亡くなる)

今井宗久:丹波哲郎(2006年に亡くなる)

今井宗薫:林隆三(2014年に亡くなる)

豊臣秀吉:緒方拳(2008年に亡くなる)

豊臣秀次:桜木健一(現在68歳)

美緒:栗原小巻(現在71歳)

梢:名取裕子(現在58歳)

  

  

明晩が楽しみです。

 

  

現在4859本目「ここから、ここから」5000本をめざす

今日は7月16日。

通算4859本目の投稿。

高校野球の試合を見に行くと、

劣勢でも「ここから、ここから」と声をかけ合っています。

いいことだと思います。

1学期はぐんと投稿数を減らしてきましたが、

ここから、ここからです。

ひとつ目標を立てます。

8月31日までに投稿5000本を達成させたいです。

これが私の夏休みの目標です。

  

今回は昨日の朝撮った写真を並べます。

  

Rimg9304

Rimg9305

Rimg9311

通勤途中に撮った雲です。

迫力のある雲でした。

思えば、雲の写真を撮る余裕が最近はなかったです。

これから、これから。

  

通勤途中、ふと足元を見たら、 セミの抜け殻がありました。

標識の支柱を挟んで左右に抜け殻が2個あります。

信号待ちの時に気がついて撮影しました。

Rimg9306

これからはこの抜け殻を頻繁に見ることになるでしょう。

  

勤務校に着いたら、

ケヤキの木で、セミたちがワンワンに鳴いていました。

その1匹を撮りました。

Rimg9313   

夏らしい雲、夏らしい虫。

いい夏にするぞ。

これから、これから。

2016年7月10日 (日)

大谷吉継が好きな人が多い日本は捨てたもんじゃない

 

今日は7月10日。

  

前投稿に引き続いて、番組「英雄たちの選択」からの聞き書きです。

  

4月21日放映「英雄の選択 大谷吉継

関ヶ原のもうひとつのシナリオ 誤算に消えた西軍必勝」より。

Rimg9296

  

書きとめておきたかったのは2人の発言。

  

1人目は小谷賢さんの発言。

Rimg9306  

Rimg9302

私は、吉継の生き方を見ていますと、

彼の人生って、何か火中のくりを拾い続けるというかですね、

人のやりたがらないことを、まあ、自発的にですね、

やってきたような人生だなという気がします。

Rimg9303

典型的なのはやっぱり、そのう、関ヶ原の合戦の時の布陣ですよ。

Rimg9305

Rimg9307

彼は、あえて、そのう、裏切る可能性の高い小早川に側面をさらして

松尾山のすぐ下にですね、布陣をしているわけですよ。

これでも、誰かがやらないと、ほっとくと小早川は、

東軍と合流してしまう可能性がありますから、

誰かがそこにいて栓をしておかなければいけない。

ここにあえて、吉継が布陣をしたというのも、

これはもう普通の武将なら絶対やりたくない役割だっただろうな、

それをあえてやる。素晴らしいと思うなあ。

みんなこういうふうに生きたいけれども、実際にはやっぱり欲とか

自我が先に出て、無理だろうなという気がしますけどもね。

  

小早川秀秋が裏切って、

大谷吉継の軍を攻めたことは知っていましたが、

このような裏事情があったのですね。

  

そして磯田道史さんの締めの言葉。

Rimg9300

僕はね、こういう男がいたことにほっとしますね。

戦国日本に。 

Rimg9299

だって、もう欲でしか生きていなくて、

生き残ることしか考えていない巷(ちまた)にあって、

やっぱり、一服の清涼剤ですよ。

こういう誠実な生き方をする人が、

やっぱりこの世の中にいるんだという点は、

ものすごくすがすがしいと思いますね。

なにせこの人は、家康を最も知っている男なんですよ。

豊臣政権下で。

何故かというと、家康との交渉係、窓口ですから。

だから家康の強さも知っている。

ふつう、強さも将来性も知っていたら、

その味方になっておこぼれを預かろうと思うじゃないですか。

家康が強いからこそ、立ちはだかって、滅びる道を選ぶんですよ。

すごい人だと思うんですよね。

大谷吉継が好きな日本人が、こんなにたくさんいるってことは、

捨てたもんじゃないだなっというふうにも思いますね。

Rimg9301  

特に最後のセリフがいいです。

日本に期待しちゃいますよね。

大谷吉継はもっと知られて、日本がより上質な国になるといいです。

  

  

以上、今朝、2本の投稿を書きました。

忙しいけど、こうやって書きとめておきたいです。

見ただけではイマイチ。

今日もいろいろ動くぞ。昨日から腰痛ですけど。

  

「情報」の語源

 

今日は7月10日。

  

まだ終わっていないけど、忙しい1学期でした。

このブログの更新数が伸びない。

タブレット部会のブログも、学校HPも、更新数が伸びない。

とにかく発信数が少ないのは、自分にとって辛いところ。

日々面白いことはあるのに、書きとめずに流れて行ってしまうのが

とっても残念、無念。

少しは余裕ができる夏休みに立て直したいですね。もう少し。

  

  

忙しくても見ているのが、番組「英雄の選択」です。

1月28日放映「英雄たちの選択 知りすぎた男たちの挑戦 

渡辺崋山と高野長英の決断」より。

  

書きとめておきたかったのは平野啓一郎さんの発言。

Rimg9229  

こんなことを言っていました。

Rimg9228

「情報」って言葉は、近代になってからの言葉ですけど、

もともと「敵情報告」っていう言葉を省略して

「情報」という言葉になっているんですけど・・・・

   

勤務校で情報教育主任を務めていて、

日々情報に関する仕事をしていると、

このような発言が気になりました。

もう少し調べてみたら、次のサイトに参考にあることが書いてありました。

Project FKDのホームページ 「情報とは」

  

1.小野厚夫氏や野口康夫氏の調査(注記)では、

  「情報」は日本で造られた言葉とのことです。         

2.明治の初め、政府はフランスやドイツを教師として

  日本の軍事組織を作り上げていました。

  1876(明9)年発行の翻訳軍事書に初めて

  仏語renseignementの訳語で「情報」が現れたといいます。

  当時、敵地へ斥候やスパイを派遣して地勢や敵の情勢を調査し、

  結果を報告していました。         

3.この「敵状報告」「敵情報告」の真ん中の2字を取り、

  「状報」「情報」になり、これが、「情報」に統一され、

  独語nachrichtもinformationも情報に和訳されたといいます。

  この軍事用語の情報が1930年代から、

  世間一般に広く使われるようになりました。

注記:(1) 野口靖夫「情報という言葉と遊ぶ」学士会報2001-1 

    (2) 小野厚夫「明治9年、情報は産声」日経新聞1990-9-15

  

1876年だから、「情報」が使われてから

まだ140年しか経っていません。

江戸時代には存在しなかった言葉なのですね。

今ではとても重要な言葉になっています。

できた時とはちがう意味ですけどね。

  

  

同内容でタブレット部会のブログにも投稿しようと思います。

今日は発信しているぞ。

  

最近の写真

  • Img_6079
  • Img_6078
  • Img_6077
  • Img_6075
  • Img_6074
  • Img_6073
  • Img_6072
  • Img_6070
  • Img_5520
  • Img_5492
  • Img_5491
  • Img_5490

楽餓鬼

今日はにゃんの日

いま ここ 浜松

がん治療で悩むあなたに贈る言葉