2026年7月12日 (日)

吹き矢/滅多にないことがあった

   

今日は令和8年7月12日。

  

昨日はレクリエーション吹き矢に参加。

滅多にないことが起こりました。

1回の射的で5本の吹き矢を撃つのですが、

1本の吹き矢が的に当たり、次の吹き矢が全く同じコースで進んで、

先の吹き矢の中に入ってしまったのです。

写真で見てください。

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レクリエーション吹き矢の世話役さんに、

「滅多にないことだから、写真を撮っておきんよ。

早くしないと落ちちゃうよ」と撮影を勧められました。

こういうことが起きるんですね。

  

ちなみにこの日の最高点は23点でした。

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境界線上に吹き矢がある時には、内側の高得点になります。

23点。

おそらく今までの最高点タイ記録じゃないかな。

次の目標は24点以上。

2026年7月11日 (土)

通算10300本目の投稿/「本草書の中のコウガイビル」昔の人も見ていた

   

今日は令和8年7月11日。

  

コウガイビルをネット上で調べていて、このサイトが面白かったです。

本草書の中のコウガイビル

  

「本草書(ほんぞうしょ)」とは?

サイトから引用します。

  

本稿では、「本草書」という語を、百科事典的なものも含めて

「博物学的情報を記載した近代以前の書物」 という意味で使って

います。

  

中国や日本の本草書に、コウガイビルの記述があるという話です。

「コウガイビル」という名前が登場する前、

コウガイビルは「土蟲(ドコ/つちむし)」とも呼ばれていました。

ちなみに「蟲」は、昔は虫全体を示す漢字でした、

「虫」はヘビ類を表す漢字でした。

しかし、次のように変化したそうです。

  

かなり早い段階、紀元前の昔から、本来ヘビを表す「虫」の字を、

ムシの意味で用いる例が出てきます。ムシを表すならば元来、

「蟲」を用いなくてはならないわけですが、やっぱり、「虫」を

三つ書くのはめんどくさかったのでしょう。そして現代の日本では、

当用漢字が制定された際、ムシのことを表すときには、「蟲」の

字の代わりに「虫」の字を用いることが正式に定められるに至り

ました。ムシの世界は「虫」に席巻されている、といえましょう。

引用:漢字漢字Q&A

  

「コウガイビル」の「土蟲」が出てきたのは、

8世紀半ばの中国の本草書だと言われています。

西欧社会よりも1000年以上早かったそうです。

時代が進むと、コウガイビルは「度古(どこ)」とも書かれます。

  

日本の本草書にいつ出てきたか。

引用します。

  

さて、日本ではどうでしょうか。厳密に言えば、本草書の範疇から

外れますが、 この「コウガイビル」の名前がはじめて文献に出てく

るのは、日本最古の百科事典といわれる、1713年刊・寺島良安の

倭漢三才圖會(写真では「漢」の字体が違う)です。また、寺島良

安は大阪の医師ですが、生没年は未詳です。

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七〇八 度古

書帯に似ている。色は、蚓 (いん) [蚯蚓 みみず] に類似し、長さは

二尺あまりである。頭はのみ [鉄器] に似て、背に黒黄の襴がある。

すこしふれると、きれてしまう。つねに蚓(ミミズ)を追いかけて

いる。蚓が動かなくなると、蚓の上にあがっておおいかぶさる。

ややしばらくたつと、蚓がとけてしまい、ただ、腹が涎のようにね

ばねばしてくる。 毒があり、鶏が食べると、すぐ死ぬ。俗に、土蠱

(どこ) と呼ぶ。

  

毒がある、というのは誤りですが、頭の特徴、背中の模様、体が切

れること、餌はミミズ、など非常に的確な記述がされています。図

はありませんが、この度古は、あきらかにコウガイビル類と考えら

れます。

  

以上です。

300年余りの前の本草書に載っていました。

コウガイビルは、寿命がない生き物と言われています。

分裂して、新しい個体が受け継がれているからです。

300年前の人たちが見たコウガイビルを、

現代の私たちがみている可能性もあるのです。

  

昔の人も、コウガイビルを気味悪がっただろうなあ。

でもほっとけずに観察していたのでしょう。

  

 

2026年7月 8日 (水)

コウガイビルの動きを撮影してみた

   

今日は令和8年7月8日。

  

コウガイビルを手に入れたので、じっくり動きを撮影してみました。

現時点で気になっているのが、コウガイビルの口と目です。

口はお腹の中央にあるらしい。

目は矢印の端に複数あるらしい。

その程度の知識で、撮影しました。


YouTube: 閲覧注意 動くコウガイビル 2026年7月6日

    

口はよくわかりませんでした。

食事風景を観察したら、口は判明する可能性があると思います。

目についても良くわかりません。

扇形の頭部の縁に複数あるとなると、扇形をしているのは、

理にかなっていると思いました。

広い範囲を見渡すこといができるからです。

実際に撮影してみて、頭部を動かして情報を得ているであろう姿が

見られました。

このサイトが参考になります。

豊田ホタルの里ミュージアム(下関市)

転載します。

Img_8979

右の写真がコウガイビルの目のようです。

黒点です。無数にあります。

  

ここでコウガイビルの目についてGeminiに聞きました。

一部引用します。

コウガイビルの目は、まさにその頭部の扇形(半月型)の縁(フチ)に

沿って、ずらりと複数並んでいます。

コウガイビルの目の構造と働きについては、以下のようになっています。

コウガイビルの「目」の特徴

眼点(がんてん)と呼ばれる器官:

哺乳類のようにレンズを持った複雑な目ではなく、「眼点」と呼ばれる

原始的な器官です。

配置と数:

頭部の広がった先端のフチに沿って、小さな点のような目が数十個から、

多いものでは数百個ほど点在しています。種類によっては、頭部だけで

なく体の側面にまで眼点が並んでいるものもいます。

視力(見え方):

物の形や色をはっきりと認識することはできません。光の強弱や方向

(明るいか暗いか)を感じ取る程度の能力です。

なぜそのような目をしているのか?

コウガイビルは極度の乾燥と光を嫌うため、この多数の眼点を「暗く

て湿った安全な場所を探すための光センサー」として使っています。

光を感じると、そこから逃げるように暗がりへと移動します(負の走

光性と言います)。

(中略)

コウガイビルの場合は、あの独特なハンマー型の頭をレーダーのよう

に広げ、そのフチに並んだ多数のセンサーで周囲の環境を感知しなが

ら、器用に獲物のミミズなどを探して進んでいきます。

もし飼育や観察をされる機会がありましたら、ルーペなどで頭部の

フチをじっくり観察してみてください。小さな点が並んでいるのが

見えるかもしれません。

  

以上です。

今回撮影したコウガイビルは、すでに逃しました。

次にまた見つけた時には、ルーペで頭部を見てみたいし、

食事の様子も観察してみたいです。

  

今回のコウガイビルは、ここまで。 

2026年7月 7日 (火)

アカハライモリのお腹の模様を記録21〜27体

   

今日は令和8年7月7日。

  

7月4日に設楽町に行き、教室で飼育していた10匹のイモリを

元から住んでいた田んぼに逃し、あらためて10匹のイモリを

捕獲して、昨日教室に持って行きました。

この10匹が26ー28〜26ー37となります。

このまま1学期は終了。夏休みになったら、この10匹を

設楽町の田んぼに逃して、今年のイモリの飼育は終了とする予定です。

  

今まで20体のイモリのお腹の模様を、ブログに載せました。

ここでも道草 アカハライモリのお腹の模様を記録1〜10体(2026年6月4日投稿)

ここでも道草 アカハライモリのお腹の模様を記録11〜20体(2026年6月28日投稿)

今回はその続き。

21〜27体の写真を載せます。

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以上です。

今日から新しいイモリのお腹の撮影をします。

もちろん子どもに手伝ってもらって。





 

2026年7月 5日 (日)

設楽町の田んぼで、ウマビルを見る

   

今日は令和8年7月5日。

  

昨日、また設楽町に行きました。

6月25日に捕獲してきたイモリ7匹と、

6月4日以来ずっと教室で飼っている3匹のメスを

元の田んぼに逃してきました。

そしてまた10匹捕獲。

奥さんに手伝ってもらいましたが、

「すごいがいたよ」と言って

網の中の生き物を見せてもらいました。

「それはヒルだ!」

  

山でヤマビルしかほぼ見ていないのですが、

このヒルは見覚えがあります。

五島列島・福江島の博物誌~川と水辺の生きもの

今回手元にカメラがなかったので撮影できていません。

上記サイトから写真を転載します。

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この緑色が特徴でした。

正体はウマビル。

調べると、人間の血は吸わないとのこと。

ホッとはしますが、飼うとなると勇気が必要です。

  

今回は雨降りの中であったし、

カメラも持参しませんでした。

次回、設楽町の田んぼに行く予定日は、

天気も良くなりそうだし、カメラを持参して観察したいです。

さらにもう一つ観察したいのが、イモリの赤ちゃん。

昨日見かけたと思うんです。

これかなと思って、手で捕まえようとしましたが、

逃げられました。

これも次回の楽しみです。

三河地震の体験画11枚/昭和52年「わすれじの碑」「わすれじの記」

   

今日は令和8年7月5日。

  

前記事の続きです。

蒲郡市博物館で行われた企画展「三河地震と戦争とー体験談から迫る

『隠された大災害』」のパンフレットを発見。

そこにはたくさんの体験画が印刷されていました。

う〜ん、もしここに載せたことが差し障りがあるなら、

それが分かった時点でこのページは削除します。

体験画をここに残し、ネット上に記録として残しておきたいです。

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これが企画展で見たつっかえ棒で建物を支えている絵だったと思います。

  

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最後にパンフレット最後のページに載っていた

Img_7215  

ここにもいつか行きたいですね。

場所は蒲郡球場の近く。行けますね。

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(Googleマップより)

QRコードの拡大です。

ここから「わすれじの記」のページに行けます。

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ここにもたくさんの体験記があります。

昭和52年発刊の記録本。

この時ならまだ間に合った人たちによって、

この貴重な体験記は記されたのだと思います。

  

深溝断層を見るために宗徳寺(蒲郡市一色町)に行く

   

今日は令和8年7月5日。

  

前記事の続き。

昭和20年(1945年)の1月13日に起きた三河地震。

その時にできた深溝(ふこうず)断層が見られる場所の一つ、

蒲郡市宗徳寺に行った時の写真を載せます。

  

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駐車場からの撮影。

「三河地震 地割れ」という表示があり、迷いません。

  

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この坂を登リ、右に曲がります。

  

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階段を登ったところで見られます。

  

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この案内板の向こう側で見られます。

  

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後日2月23日に再び行って撮影したものも載せます。

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案内板裏手の、この段差が断層(地割れ)です。

ただ自信がなかったので、2回行きました。

この段差は、雨などによって少しずつ崩れ、

明瞭ではなくなりそうです。そんな不安を持ちました。

  

案内板にあるように、本堂と同じ高さにあった番神堂が

隆起して高い位置にあるというのは、

現在もわかりやすいです。

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番神堂に向かうところにある階段の分だけ、

隆起した高さです。

Img_4521

以上、報告でした。
  






  

企画展「三河地震と戦争とー体験談から迫る『隠された大災害』」に行く

   

今日は令和8年7月5日。

  

蒲郡市博物館での催しのチラシです。

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行ってきました。

行ったのは今年の1月22日。

Img_4469

チラシの裏面にあった文章をここに引用します。

  

昭和20年(1945)1月13日午前3時38分、寒い冬の暗がりの中で

三河地震は発災しました。この地震はいわゆる内陸直下型地震で、

蒲郡市を含む西三河南部(安城市・西尾市・幸田町)の比較的狭い

範囲において、死者2,306人、全壊家屋7,221棟、半壊家屋は

16,555棟という甚大な被害をもたらしました。また、この地震は

戦争中に発災したため、国民の士気低下につながらないよう軍部に

よって情報統制され、「隠された地震」とも言われてきました。

こうした状況から、現存する文書や写真資料は限定的でしたが、

平成15年(2003)以降、名古屋大学地震火山防災研究センター

(当時)によって震災体験者への聞き取り調査、そして調査に基

づく体験画の作成が行われました。蒲郡市内でも6名の方が調査に

協力され、体験画とともに地震発災時の貴重な証言が得られてい

ます。今回の展示では、当時調査を担当された木村玲欧(兵庫県

立大学)、林能成(関西大学)両氏からご提供をいただき、こち

らの資料を一同に紹介します。

また、これから起こりうる南海トラフ巨大地震に対する最新の防

災、減災対策についても紹介します。本企画展の会期中に、三河

地震は発災から81年目、同じ直下型地震として関西地方に大きな

被害を与えた阪神・淡路大震災も、発災から31年目を迎えます。

身近に起こりうる大災害にどう備えるか。体験談を通して、また

最新の防災、減災対策から、日ごろの備えについて考える機会と

なればと思います。

  

愛知県に住む者として、三河地震は知っておくべきことだと思います。

前年昭和19年(1944年)12月7日の東南海地震と

セットで覚えておくべき、記録に残しておくべきものだと考えています。

  

館内で撮影したものです。

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三河地震を体験画で伝えようという試みです。

絵をたくさん見てきました。

チラシに刷られた絵を掲載します。

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段差の大きさに驚きます。

これらの段差を今も見られる場所があります。

  

その一つが、蒲郡市の宗徳寺です。

ここでも道草 深溝断層を見ることができる場所/蒲郡市2カ所(2025年4月6日投稿)

ここでも触れています。

この企画展に行った後に、宗徳寺に行っています。

その時のことは、次の記事に書きます。

館内で撮ったこの写真も印象的でした。

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体験画でも、つっかえ棒をした建物の絵が何枚かありました。

当時の写真は、少しは残っているようです。

そのことを書かれた掲示です。

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その写真がどこで撮影したものか、現時点でも尋ねているのが

印象的です。

今じゃないとわからないことです。

 

   

この写真も館内で撮影したもの。

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東南海地震で、建物が倒れたりしたので、

地震直後にすぐに避難できるように、

1階で就寝していたことで、建物の下敷きになった被害者が

多く出てしまった・・・残念です。

  

簡単ですが、以上が企画展を見た報告です。






  

ヤブキリの小顎髭は、昔は脚だった?

    

今日は令和8年7月5日。

  

1年前のことです。

勤務校の男性用務員のSさんは虫好き。

Sさんが、「こんなのがいたよ」と渡させた虫。

「ヤブキリ」でした。

鳴き声を録画したいと思って、教室で待ちました。

やっと録画したものを、1年ぶりにアップしました。


YouTube: ヤブキリの鳴き声・食事風景 2025年7月9日

鳴き声については、次のサイトが参考になりました。

生き物ネット ヤブキリってどんな昆虫

ここから引用。

鳴き声は昼と夜で異なり、昼は「ジーーー」「ジリリリリリリ」という

声で、夜は「しりりりり」といった声で鳴きます!

  

でも動画では「ジリリジリリジリリ」と聞こえました。

ちなみに「ヤブキリ」の名前の言われも、

このサイトにありました。

  

ヤブキリの名前の由来は「生息地」と「種類」にあります!

ヤブキリは「藪に生息するキリギリス科のバッタ」であることから

「藪(ヤブ)にいるキリギリス(キリ)」と名前がつけられました!

  

なるほどです。

変わった名前だと思いましたが、

説明されて納得です。

気になるのが、口の周りにあるヒゲのようなもの。

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調べたら「小顎髭(しょうがくしゅ)」と言うそうです。

小さな「あごヒゲ」と読みたいところです。

この役割はなんだろう?

Geminiがわかりやすく説明してくれたので、引用します。

  

口の周りで忙しく動いている触角のような短い器官「小顎髭(しょう

がくしゅ)」には、昆虫が食事をする上で欠かせない2つの重要な役

割があります。

1. 味覚・嗅覚・触覚の「センサー」

小顎髭は、人間の「舌」「鼻」「指先」を合わせたような役割を果た

しています。

 味と匂いを感じる: 表面には化学物質を感じ取る細かいセンサー

(化学受容器)が集中しており、目の前にあるものが「食べられるも

のか」「毒はないか」「美味しいか」を舐めるようにして判断してい

ます。

感触を確かめる: 物理的なセンサー(機械受容器)も備わっており、

食べ物の硬さや形、表面の質感を確かめています。

2. 食べ物を運ぶ「マニピュレーター(手)」

もう一つの役割は、人間の「手(またはお箸やフォーク)」のような

働きです。

食べ物を保持する: 食べる対象が動いたり転がったりしないように、

器用に押さえます。

口(大顎)へ誘導する: 最も強力な歯にあたる「大顎(おおあご)」

で効率よくかじり取れるように、食べ物の位置を微調整しながら口の

中へと運び込みます。

映像のヤブキリの様子

映像で小顎髭がニンジンの表面をトントンと叩いたり、撫でたりする

ように絶えず動いているのは、まさに「どんな形かな?美味しいかな

?」とニンジンの味や硬さを確かめながら、かじりやすい位置へと手

を添えて夢中で食べている証拠です。

  

やっぱりねえ。

そんな役目があったのですね。あの動きは絶妙ですよ。

しかし、この小顎髭の秘密はまだありました。

このサイトにびっくりです。

植物のミカタ 昆虫の口は複雑だ

  

ここで紹介されていた図。

Img_8867

  

この図の説明文も引用します。

上の図は脚が沢山あるワラジムシのような節足動物から六脚の昆虫へ

進化した過程の推定を示したもので、多脚だった昆虫が六脚になる際

に各節がまとまっていく様が記載されている。

注目すべき個所は多岐にわたるけれども、今回の本題に合わせて頭部

に注目すると、図のFの頭部は脚があった四節程が合わさって頭部を

形成している。四節分の脚の一部はバッタでいうところの小顎髭にな

っていたりする。(中略)

極端で雑なイメージになるけれども、人の口に手があって、その手が

長い進化の過程で食べ物を摂取する為の便利な器官へと変化したとい

うことになる。

  

小顎髭はまるで脚のように見えるのは、

このようね進化があったからなのかな。

この図は魅力的です。

今回、小顎髭に注目して、面白いことを知りました。ラッキーです。



  

2026年6月30日 (火)

動画「動く!動く!ハナムグリの幼虫」作成/見たい「土繭(どまゆ)」

   

今日は令和8年6月30日。

 

今はハナムグリの幼虫の、仰向けで移動する姿に

魅了されています。

動画を作成しました。


YouTube: 2026年6月24日 動く!動く!ハナムグリの幼虫

  

ハナムグリの写真を、無料のものを掲載します。

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私が見たいのは、土繭(どまゆ)。

ハナムグリは土繭の中で蛹化して羽化します。

今年の夏は、これを見てみたいです。

最近の写真

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楽餓鬼

今日はにゃんの日

いま ここ 浜松

がん治療で悩むあなたに贈る言葉