2020年3月21日 (土)

「近松よろず始末処」② 難読漢字6

  

今日は令和2年3月21日。

  

前記事に引き続き、

「近松よろず始末処」(築山桂著/ポプラ社)

より。

  

 

見慣れない漢字がいくつも登場しました。

舞台が江戸時代のためでしょう。

  

破落戸

 

読みは「ごろつき」でした。

「ならずもの」とも読めるそうですが、

この本では「ごろつき」とふり仮名がふられていました。

何度も出てきましたが、最初に登場した時だけふり仮名あり。

そこを見逃していて、何と読むのだろうと思って調べました。

ちなみに初登場は次の文でした。

 

そのままのたれ死にしていれば、よくある哀れな破落戸の一生だ

った。

(8p)

  

   

 

訝る

  

そんなことを訝る暇もなかった。

(214p)

読みは「いぶか・る」

意味は「疑わしく思う」引用:コトバンク

この字、次のようにも使われていました。

  

一瞬、怪訝そうな顏をした番頭は・・・

(59P)

  

「怪訝」は「けげん」

これもあまり使わなくなった言い回しです。

  

   

  

諍い

  

近松とは諍いを起こしたくない。

(249P)

  

読みは「いさか・い」です。

意味を見ると、「言い争い。言い合い。また、けんか。」引用:コトバンク

ごんべんが付いているだけに、言い争いですね。

 

 

怯む

  

虎彦は思わず怯んだが・・・

(263P)

  

読みは「ひる・む」

意味は「おじけづいてしりごみする。気後れする。」

引用:コトバンク

  

  

嬲る

     

遊ぶ半分で嬲られ・・・

(258P)

 

この字は、初登場でもふり仮名が付いていなくて困りました。

読みは「なぶ・る」でした。

意味は「弱い立場の者などを、おもしろ半分に苦しめたり、

もてあそんだりする。/からかってばかにする。愚弄する。」

引用:コトバンク

  

  

 

躱す

  

とっさに身を躱す。

(287P)

  

これも読めませんでした。

調べたら、読みは「かわ・す」

意味は「ぶつからないように身を翻して避ける。」引用:コトバンク

  

  

漢字の勉強にもなった本でした。

2020年3月20日 (金)

「近松よろず始末処」① 「好色一代男」の主人公の名前

今日は令和2年3月20日。

  

勤務している中学校の図書館で借りた本。

2冊目の読破。  

中野信子さんの説に乗って、

あまり手にしなさそうな装丁の本を選びましたが、

どうでしょう?

スラスラ読んでしまいました。

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「近松よろず始末処」(築山桂著/ポプラ社)

  

江戸時代を舞台にした本でした。

実在した近松門左衛門も出てくるので、

授業で江戸時代を教えたら、

「学校の図書館に面白い本があるよ」と

薦めることができます。

 

  

引用します。

  

近松門左衛門が、井原西鶴の『好色一代男』について、

主人公の虎彦に語るシーン。

    

「確かに色事の話ではあるが、そればかりではない。世之介という

一人の男の生き方を、男女の営みを通して描いたものだ。20年も

前の作品だが、今も色あせておらん。・・・・まあ、女子供の読む

ものではなかろうが」

(179~180p)

  

ここで注目は、『好色一代男』の主人公の名前です。

「世之介」だったのですね。

初めて知りました。

思い出すのが、映画「横道世之介」(2013年)

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2年ほど前にテレビ放映されたのを録画しましたが、

まだ見ていない映画です。

主人公の名前は世之介。

長崎から上京した青年、世之介がいろいろな人と出会う

1年間を描いたものだそうです。

この世之介という名前は、『好色一代男』の主人公名が

元である可能性が高いです。

Wikipedia 横道世之介には次のように書いてありました。

  

作者(原作者:吉田修一)によると、主人公名を作品タイトルに

する方針に沿い、まず世之介の名前が決定。「名字は韻を踏んだ

ほうがいい。」という助言を踏まえ、作者の郷里でもある長崎で

横着者を指す「横道もの」という言葉および、横道に逸れるとい

ったニュアンスを意識し、決まったとのこと

  

残念、世之介については触れていませんでした。

これを機会に録画してある映画を見たくなりましたが、

原作本「横道世之介」も読みたくなりました。

「続横道世之介」も興味津々の内容。

2019年2月発刊。

amazonの「内容紹介」です。☟

   

バブル最後の売り手市場に乗り遅れ、バイトとパチンコで食いつ

なぐこの男。名を横道世之介という。いわゆる人生のダメな時期

にあるのだが、なぜか彼の周りには笑顔が絶えない。鮨職人を目

指す女友達、大学時代からの親友、美しきヤンママとその息子。

そんな人々の思いが交錯する27年後。オリンピックに沸く東京

で、小さな奇跡が生まれる。 

  

実際の東京オリンピック、どうなるんだろう。

  

  

  

「近松よろず始末処」のこと、次の記事でも書きます。

2020年3月19日 (木)

「数学教師 井本陽久」を見る/無責任ではない「ありのままでいい」

今日は令和2年3月19日。

  

また勉強になる番組を見ました。

勉強になり、再確認することができた番組でした。

  

本年1月7日放映の「プロフェッショナル 仕事の流儀

数学教師 井本陽久(はるひさ)」です。

見ただけではもったいないと思った言葉を聞き書きしました。

ここに書き留めます。

   

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井本:自分がとにかく授業で一番大切にしていることは、

  できるできないじゃなくて、

  理解する理解していないじゃなくて、

  今考えているかどうか、

  ということだけを見ているので、

  そうすると授業って変わりますよね。

  少なくともずっと黒板で正解をずっと書く授業って

  何にも考えてないわけだから。

  

  

授業中に生徒が考えている状況をつくるために工夫する。

自分の考えをもつように仕向けていくこと。

今までも気をつけてきましたが、井本先生のように、

時間をたっぷり使う考える時間も生み出したいですね。

授業が終わっても考えているような・・・

社会科ならどのような問いだろうか。

       

   

井本:正解か不正解か。

  そこで評価するのはあんまり意味が無いというふうに思いますね。

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  学校でつける評価っていうのは、

  求めた答えを出せるかどうかってことなので、

  それを正確に再現する力はつくかもしれないけど

  別の壁がポンと立ちはだかったときに、

  自分でどうにかするってことはできないですよね。

  なぜかって。試行錯誤を知らないから。

   

「施行錯誤」もキーワードだと思います。

そこにはうまくいかない失敗もあるわけです。

失敗をしても、あきらめずに成功に向けて行動することは、

社会人にも大切な力です。

   

 

井本:(相手に)用があって、何かするって、

  ちょっと(関係が)遠いじゃないですか。

  でも用もないのに、訳の分からないことをするっていうのが、

  純粋にその子に興味をもっているっていうことですよね。

  たぶん興味を持っているよっていうのを、

  つまり好き好きっていうのをペタペタって貼りたいっていうのが

  たぶん僕の根底にあるんだと思いますね。

  不思議なのは、好き好きってペタペタ貼っていると、

  もっと好きになるんです。

  やってみるといいです。

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井本先生、通りすがりの生徒に盛んに触れています。

小突いています。

  

私にとって「くすぐり(擽り)」は、子どもたちに関心があるぞ、

好きだよという表現だと思います。

勤務校は、ボディータッチ禁止のルールがありますが、

私の大事な指導方法なので、学級ではやっています。

※参考:ここでも道草 この1年間のキーワードは「くすぐり」(2018年3月23日投稿)

   

   

井本:学校とか世間っていう評価軸とか取っ払っちゃえば、

  (子どもの)魅力はたくさんあるんですよね。

  特に自信のない子ほど周りの評価軸を気にするじゃないですか。

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  だから子どもにとっての大人の意味って、

  (子どもが)何かやっていて、ふっと大人の顔を見た時に、

  ほほ笑んでもらえることだと思います。

  子どもがふっと見たときにほほ笑み返せる、返すこと。

  あの瞬間って、めっちゃ大きいですよ。

  

 

具体的に大人の態度を示してくれました。

賛成です。

子どもにとって、大人がにこにこして見守ってくれているのは、

安心感が得られてプラスなのでしょう。

微笑みを返すことぐらいしないとね、大人は、教師は。

    

  

ナレーター:こうあるべきという社会が決めた評価や価値観。

  それにとらわれず、今、目の前にいる子だけを見つめると

  井本は決めている。

井本:今のこの子がここにいるのにね、

  この子のままでダメなはずがない。    

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井本:こういう力が必要だ、ていうことを目的に置いて、

  教育をするのが教育だとすれば、

  子どもは見えなくなるんですよ。

  だって見ているのは”こうなってほしい(目標)”というところだから、

  それ(目標)を見て、その子を見たなら、

  これが足りているか足りていないかという視点でしか、

  (子どもを)見れないんですよね。

  その子自身が見えない。

   

なるほどと思います。

目標に重点が置かれると、その子の足りないところに目が行き、

その部分を教育することが目的になってしまいます。

この番組で知った新しい視点です。

さらに次のような視点を示してくれました。

   

井本:たとえば将来、未来の「社会」っていうのは、

  「社会」が先にあるんじゃなくて、

  彼ら自身が(将来)暮らしているのが「社会」。

  「社会」がこうだから、彼らを(教育しようというのは)、

  めっちゃあべこべですよね。

  息苦しくないですか。

  それって変ですよね。

  だから「社会」なんて見なくていいと思います。

  「社会」は彼らがつくるものであって、

  こちらが(教師が)先に規定するもんじゃない。

  そんな感じがするんですね。

   

井本先生は、手振り身振りで話をしたものなので、

この文面を読んだだけでは意味が通じないかもしれません。

簡単に言えば、「社会に出たら挨拶が必要。しっかり挨拶をしよう」

「社会に出たら我慢が大事。姿勢よく人の話を聞こう」

「社会」はこうだから、こうしようというのはおかしい。

将来の「社会」を作るのは、

その時代に暮らす子どもたちであるという考え方。

この考え方は、数か月前に、尾木直樹先生、西郷孝彦先生が、

テレビ番組で話していました。

私にとっては新鮮な発想でした。

  

  

井本先生は、養護施設にもかかわっています。

22年間、月に2回、養護施設に通い、

夕食後、勉強を見ているそうです。

どういうきっかけがあったかは知りませんが、

子どもを教えることが好きなんだと思います。

井本先生はこう言っています。

 

井本:大人を独占するって経験がたぶん少ないじゃないですか。

  お互いに大事にされて、うれしいって感じじゃないですか。

  僕も結局そうなんで。

  

私も養護施設の子どもとかかわります。

お互いに大事にしあえる関係を作りたいです。

  

ナレーター:井本さんは、いつもありのままでいいと口にする。

  それは後悔の中で、子ども達から教えてもらった信念。

 

井本さんの担任している子で、自殺したいという子がいました。

話を聞くと、優しく優等生の子ども。

その状態をキープするために、他人を気にして、

評価を気にして、疲れてしまったようです。

この体験を経たことで・・・・

  

ナレーター:井本さんは世間の評価や価値観が、

  いかに子どもたちを追い込むかを痛感した。

  しかし、痛恨の出来事があった。

  

その出来事とは。

問題のある子どもを自分の学級で引き受けた井本さん。

その子がかわいい子であるとは思いつつも、

担任としての責任感で、無事卒業させたいという思いで、

「勉強をしろ」「素行を直せ」を言い続けてしまいました。

1年後、その子は学校を去りました。

  

井本:教師としての責任感みたいなものが、

  入っちゃうとだめなんですよ。

  見えなくなるんですね。

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ナレーター:あれほど憎んでいた、子どもたちを縛る評価や価値観。

  それにとらわれ、押しつけてしまった自分。

  井本さんは大好きだった学校に通うことができなくなった。

井本:朝起きて、熱を測ると熱があるんですよ。

  学校に電話して、きょうはすみません、休みますって言って、

  電話切って、しばらくすると熱が下がるんですよ。

  ”不登校”ってこれだなと思って。

    

井本先生は不登校になってしまったのです。

それほどの体験だったわけです。

立ち直った井本先生は次のように考えます。

   

井本:自分がもっている価値観っていうんですかね。

 そういうどうしようもない価値観っていうものを

 捨ててみたいな、こうじゃなきゃいけないみたいなものを

 どんどん子どもを通して捨てさせてもらったので。

 本当に子どもたちを通してですよね。僕は完全に。 

                               Rimg2140

ナレーター:いつしか心から思えるようになった。

  そのままでいい。

  そのままがいい。

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ナレーター:ありのままでいいというのは、きれいごとで、

  無責任のように思える。

  でも井本さんの言葉はそう聞こえない。

  それは今も自分の中で闘っていて、ありったけの勇気を込めて

  伝える言葉だから。

  

「ありのままでいい」に説得力があるんだろうなあ。

私も目指したい。

それは自分自身にも言えることだと思います。

他人に言うように、自分自身にも「ありのままでいい」と言いたい。

ありのままじゃいけないと思って無理する自分は、

もう見たくないです。

  

井本先生の発言。

 

ナレーター:自分の中から追いやったはずの、

  できるできないという評価や価値観。

  今でもとらわれそうになることがある。

井本:彼ら(こどもたち)を信じるっていうこと、

  信じる?重いなあ。

  信じるじゃなくて、

  いや、もうダメな子なんかいないですよ。

  そういう感じですかね。

  ダメな子なんかいない。

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井本先生は、「プロフェッショナル」とは?と聞かれて、

次のように答えています。

  

井本:今の君も、これまでの君の人生も

  ぜんぶOK、大丈夫。

  心から思ってあげられること。

  愛ですね。

  

  

子どもたちを肯定して、期待している先生だと思いました。

この先生の教育は、異端ではなく、

もうこのような流れになってきていると感じます。

私もこの流れに飛び込んでいきたい。

2020年3月18日 (水)

「自分のしたいことをする心地よさ」を味わいたい

 

今日は令和2年3月18日。

   

復職プロフラム3週目。

第1週が2時間勤務。

第2週が4時間勤務。

そして今週から8時間勤務。

主治医の先生からは、ペースが速くないかと言われましたが、

生徒もいないので、楽な気持ちで過ごしていると思います。

徐々に慣らしています。

「皆さんは働いているのに、私は働いていない」という

負い目がなかったと言えば嘘になります。

8時間働くことで、少し負い目は減りつつあります。

今週の2日間の仕事は、教材研究が中心でした。

教師にとって大事なのは教材研究ですよと

自分に言い聞かせてやっています。

同僚の先生は、家庭訪問をして通知表を渡したり、

指導要録などの文書を作成したりしています。

   

3月17日朝日新聞朝刊の「声」の欄より。

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人の目を気にしていた中村さんが、人の目を気にせず、

「自分のしたいことをする心地よさ」を感じています。

この部分に共感します。

復職してみて、現場に座ってみて、

なぜ自分はこの場におれなくて、

つぶれてしまったのかを否応なく考えさせられます。

やらなければならないことが公私とも多かったです。

時間と気持ちの余裕がなかったと思います。

でもそれ以上に、自分がやりたいと思っていたことが、

スムーズにできなかったことが大きかったと思います。

びくびくしていました。

そこが精神が疲弊した理由だと思います。

  

この中村さんの「声」はいいです。

勇気を出して、やりたいことをやった心地よさがあれば、

時間的に忙しくても踏ん張れると思います。

17歳の「声」に励まされました。

   

残り2年の教員人生。

もうつぶれたくありません。

   

2020年3月17日 (火)

「星ちりばめたる旗」④ 442連隊の勉強につながった

  

今日は令和2年3月17日。

  

前記事に引き続き、

星ちりばめたる旗」(小手鞠るい著/ポプラ社)

より引用します。

  

  

まわりを有刺鉄線の柵で囲まれ、監視塔からは、戦闘装備に身を固

め、自動小銃を手にした兵士が24時間、人々に銃口を向けている。

どこからどう見ても、ここは明らかに強制収容所であり、無実の日

系人を犯罪者に仕立て上げ、社会から隔離している「監獄」---

ケンはそう名づけているーーーに違いない。仲間たちのなかには「

日系人専用の刑務所」と呼んでいる人もいるし、「人種差別刑務所」

と呼んでいる人もいる。

去年の7月、バスを降りて、初めてこの地を踏んだときの絶望感を、

ケンは思い出す。「湖ないね」と言った、末っ子のハンナの不思議

そうな表情が浮かんでくる。

トゥーリレイク。その名の通り、この土地にはもともと巨大な湖が

あった。水辺には、ネイティブアメリカンが生活用具に加工して使

っていた「トゥーリ」という名の葦が生い茂り、あたりには、さま

ざまな水鳥の棲息する沼地や、野生動物の暮らす豊かな森が広がっ

ていたという。かれこれ20年ほど前に、政府はこの湖を買い上げ

て、水を抜いてしまった。ニューディール事業の一環として、ここ

に3500エーカーの農地を開発しようとしたらしい。しかし、な

んらかの事情が発生し、放置された。水を抜かれ、荒れ果てたまま

捨て置かれた土地に築かれたのが、トゥーリレイク収容所だった。

隣の部屋で暮らしている男からそのような話を聞かされたとき、あ

まりの皮肉に、ケンは顔を歪めて笑い出してしまった。

「国から放棄された土地に、国から見捨てられた日系人を集めたっ

てことか。僕らの家や財産を抜き取って」

冬の厳しさは想像を絶するものだが、夏の猛暑もまた、限界を超え

ていた。

猛暑を和らげるはすの風でさえも、牙を剥いて襲いかかってきた。

あたりの砂塵を巻き上げながら、バラックとバラックのあいだを吹

き抜けていく強風は、さながら砂嵐のようだった。薄い壁の節や割

れ目を通して、砂塵は容赦なく部屋のなかまで吹き込んでくる。何

度シャワーを浴びても、体じゅうがざらざらする。細かい砂の粒子

が目に入ってくるため、眼球は充血して真っ赤になった。突風が吹

いているとき外に出ると、無数の砂粒が皮膚に当たって、針で刺さ

れているように痛かった。

(274p)

  

たくさん引用しましたが、

この本で描かれている在米日系人の収容所は、

ここまでひどかったのかと思えるものでした。

戦争が起これば、世界各地でひどいことは起こっていたのです。

  

  

17歳以上の二世男子のためには、特別な登録所が設置された。そ

こには、陸軍から派遣された下級将校と思しき徴兵面接官が詰めて

いた。

この特別な登録所で、ケンはきょうの午後、登録を済ませた。

登録のために用意された質問は28個。収容所内で物議を醸してい

たのは、最後のふたつ、第27番と第28番である。

「あなたは、アメリカ合衆国軍隊に入隊し、命令に従ってどこへで

も行く意志がありますか?」

ケンは、面接官の目をまっすぐに見つめて「イエス」と答えた。

「けっこうだ」

「あなたは、アメリカ合衆国に忠誠を誓い、日本の天皇、他の外国

や政府の勢力や組織のための、いかなる形の忠誠も服従も拒否し、

合衆国のために、内外の敵からの攻撃に対して、勇敢に戦う意志が

ありますか?」

視線を逸らさずケンは「イエス」と答えた。

「非常にけっこうだ」

ふたつの質問に「イエス、イエス」と答えた二世男子には、収容所

を出て、しかるべき場所でしかるべき訓練を受けたあと、日系人だ

けで構成されている陸軍戦闘団に入り、戦場へと向かう道が用意さ

れていた。

アメリカ合衆国への忠誠の道。

それは、死と隣り合わせになった道でもある。「おまえらは敵性外

国人だ」と一方的に決めつけ、収容所へ放り込んでおいて、今度は

「アメリカのために戦え」か。多くの二世男子と同様、憤懣やるか

たない気持ちを抱きながらも、ケンはこの道を選んだ。「日系アメ

リカ人は、日本との戦いには参加しない。敵味方の区別がつかなく

なるから。きみたちに赴いてもらいたいのは、ヨーロッパ戦線だ。

きみたちの倒すべき敵はナチスドイツだ」という陸軍側の説明を信

じて。

(277~278p)

  

ケンは陸軍第422連隊戦闘団に入ります。

またまた昔の勉強とつながります。

ここでも道草 「驚きももの木20世紀」その3/442連隊の精神(2018年2月4日投稿)

「星ちりばめたる旗」を読む③ 4選されたフランクリン・ルーズベルト

  

今日は令和2年3月17日。

  

前記時に引き続き、

「星ちりばめたる旗」(小手鞠るい著/ポプラ社)

より引用します。

  

 

アメリカへの帰国を3日後に控えたその日、幹三郎と佳乃は夫婦水入

らずで、備中松山城を訪れた。備中高梁駅の北にそびえる臥牛山(が

ぎゅうざん)の南の峰、小松山の山頂に築かれた、日本一の高度を誇

る山城である。

(152p)

  

今まで2回、このお城について書きました。

前回はここ。☟

ここでも道草 備中松山城で殺人事件の死体発見(2019年2月19日投稿)

その都度復習して、知識を固めていきたいです。

  

 

原子爆弾は、ニューメキシコ州にあるロスアラモス国立研究所で設計、

製造され、1945年7月16日、ニューメキシコ州ソコロの南東に

位置する巨大軍事施設、ホワイトサイズ・ミサイル実験場ーー当時の

名称は「ホワイトサイズ性能試験場」--で実験された。これが、人

類の歴史が始まって以来、初の核実験、コードネーム「トリニティ」

である。この実験は成功し、原子爆弾はそれから1か月足らずののち

に広島と長崎に投下され、何十万人という民間人の命を一瞬に奪うこ

とになる。

(188~189p)

  

「ホワイトサイズ」という地名はあまり聞いたことがありません。

調べました。

Wikipedia ホワイトサイズ・ミサイル実験場

HIS ホワイトサイズ国定公園

 

HISのサイトには次のように書いてあります。

写真も転載。

Img_carousel_taiken01

アメリカのニューメキシコ州の荒野に忽然と現れる純白の砂漠、それ

がホワイトサイズ国定公園です。

(中略)

広大な砂漠はアメリカ軍のミサイル実験場になっており、国定公園と

して指定されているのはこの実験場の敷地内。

 

実験場>国定公園なんですね。

また後日調べてみたいです。

  

 

アメリカ大統領は、中国びいき、日本嫌いで知られるフランクリン・

ルーズベルト。大統領の任期は最長二期、合計八年という不文律を破

って、彼は来年の初頭から、三期目の任務に就くことがほぼ確実視さ

れている。つまり昨今の日本とアメリカは、いつ戦争が始まってもお

かしくない、一触即発の状態にあると言っていい。

(197p)

   

フランクリン・ルーズベルトは、

1933年3月4日から大統領となります。

そして1940年に3選され、

1944年に4選もされた大統領でした。

戦時・有事を理由に大統領選に出馬して選ばれたようです。

※参考:Wikipedia

  

これまでの長きにわたって、執拗に、病的なまでの排日運動を推し進め

てきた各種団体、マスコミにとって、真珠湾攻撃ほど、運動の正当性を

示してくれた出来事はなかった。反日思想、人種差別主義を標榜する新

聞は、こぞって書き立てた。

<われわれは国内に卑劣な敵国民を住まわせている>

<毒蛇はどこで孵化しても、毒蛇である>

卑劣な敵国民とは、幹三郎と佳乃のような、アメリカ国籍を持たない日

系一世をさしていた。そもそも国籍を与えようとしなかったのはアメリ

カだったということを、人々は忘れてしまっていた。三国同盟国のうち

二国、ドイツとイタリアからの移民には与えられていた国籍が、日本人

だけには与えられていなかったという事実を。

毒蛇とは、アメリカで生まれ、アメリカ国籍を有する日系二世を指して

いた。真珠湾攻撃に半ば便乗するような格好で、この際、一世だけでな

くて二世をも排除してしまおうとする機運が高まっていたのである。

(217~218p)

  

毒蛇はどこで孵化しても、毒蛇である」は

非常にきつい文章です。

実際にあったことなのでしょう。

知らないことを知ることができました。

「星ちりばめたる旗」を読む② 「せつない」という日本語

 

今日は令和2年3月17日。

  

前記事に引き続き、

「星ちりばめたる旗」(小手鞠るい著/ポプラ社)

より引用します。

   

  

当時、私の気に入っていた言葉のひとつに「せつない」という日本

語があった。「アイム・サッド」でも「アイ・ミス・ユー」でも「

アイ・フィール・ブルー」でもない、曰く言い難い微妙な感情が「

せつない」という言葉で言い切れてしまう。好き、でもなく、愛し

ている、でもなく、でも恋しくてたまらない、というような気持ち。

彼に会って、楽しい時間を過ごしたあと、彼と別れるときにはいつ

も「私はせつない」と、日本語で思っていた。

(81p)

 

これも日系アメリカ人3世の思いです。

   

日系アメリカ人1世の大原幹三郎は、

マスクメロンづくりに挑戦していました。

  

サンダーストームに備えて材木で補強しておいた入り口の戸をあけ

て、幹三郎はハウス内に足を踏み入れた。その瞬間、もわっとした

南国の空気に包まれる。常夏の空気を胸いっぱい吸い込むと、微か

ではあるけれど、微妙に鋭い、神秘的な香りに鼻腔をくすぐられる。

「はぁ、ええ匂いじゃ」

思わず知らず、ひとりごとがこぼれ落ちる。

この匂いをいったい、何にたとえたらいいのか。いつ嗅いでも、幹

三郎にはわからない。書物を読んで知識を得た佳乃の話によれば「

マスクメロンの『マスク』には、麝香(じゃこう)という意味があ

るそうです」ということらしいが、そもそも麝香とは、どんな香り

なのか。

「それは、おまえらの、この香(かぐわ)しい匂いなんよなぁ」

天国の香りかもしれない、などと思いながら、幹三郎は腰を曲げ、

手塩にかけて育て上げた苗木たちに話しかける。

(93~94p)

   

この文章も、以前の知識と結びつきました。

私も麝香の香りがわかっていません。

参考:ここでも道草 日めくりより/「マスクメロン」の「マスク」の由来(2019年6月19日投稿)

      

    

玄関から前庭に張り出しているポーチで、大原佳乃は、お気に入り

の揺り椅子に腰を沈めて、お気に入りの江戸川乱歩を読んでいる。

好きな作家は、ほかにもいる。内田百閒、長谷川如是閑(にょぜか

ん)、谷崎潤一郎、稲垣足穂(たるほ)、佐藤春夫・・・・ほかに

もまだまだ。育児、家事、畑仕事の手伝い、近所づきあい。体がい

くつあっても、時間がどれだけあっても足りないと思えるほど忙し

い日常のなかで、わずかな暇を見つけては、佳乃は活字の世界ーー

海かもしれないーーに身を浸す。作家の言葉によって創られた、こ

の世に存在しない人間の、実際には存在しない人生の物語を読むこ

とによって、なぜ、こんなにも心が豊かになり、現実の人生まで生

き生きとするのか。佳乃には不思議でならない。

(104p)

   

昨日、中学校の図書館に入り、この本を開いたおかげで、

今朝まで私の頭の中は、20世紀初頭から太平洋戦争中の

在米日系人の生活に染まっていました。

  

  

裸一貫、ふんどし一丁でアメリカに渡ったのは1904年の春。弱

冠17歳だった日本男子が、苦行にも似た船旅の果てに、栄養不足

のために霞んだ視界にアメリカ大陸をとらえてから26年が過ぎ、

いわゆる棄民ーー国内におけ人口膨張を緩和するために、当時の日

本政府は主に地方の農村の男子を対象として、アメリカへの移民を

奨励していたーーに過ぎなかった男が、アメリカで成功した移民一

世となって家族を引き連れ、故国にもどってきたのである。これが

凱旋でなくてなんだろう。

(140~141p)

  

明治時代以降の日本の人口急増のため、

諸外国への移民が奨励されたようです。

今の日本にはない状態です。

  

  

つづく

読む本がない/「星ちりばめたる旗」を読む① アメリカは自由の新天地

  

今日は令和2年3月17日。

  

地元図書館が休館なため、読む本がない事態。

解決策がありました。

中学生には申し訳ありませんが、

勤務校の図書館です。

昨日、図書館に入りました。

本が次々誘ってきます。

「いいよ、この本」「面白いよ」

「全3巻、今なら読めるよ」

誘惑の声の中、選んだのは次の本でした。

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「星ちりばめたる旗」(小手鞠るい著/ポプラ社)

ここでも道草 「あんずの木の下で」/著者は小手鞠るいさん(2018年2月25日投稿) 

ここでも道草 「優しいライオン」からの引用1.「作家は人生で作品を書くべきだ」(2018年3月18日投稿) 

小手鞠るいさん、3冊目です。

今朝読み終えました。

第2次世界大戦中のアメリカでの日系人強制収容の話でした。

少しずつ引用していきます。

  

空港が近づいてきた。空の港。そう言い換えただけで、無味乾燥な

空港が途方もなくロマンチックな場所のように思えてくる。日本語

は不思議だ。日本語には、控えめで、でもしたたかに、何かを煙に

巻いてしまう力がある。学んでも学んでも、日本語は私の手のひら

から滑り落ちて、さらさら流れていく。水のようでもあり、風のよ

うでもある。

(20p)

   

これは日系アメリカ人3世の思いです。

日本語をこのように表現するのは、

日本語を客観的に見ることができる環境にある人でしょう。

     

   

 

一方、日本政府も海外への移民を奨励した。奨励には「遺棄」とい

う意図も隠されていた。政府の側からすれば、移民事業とはすなわ

ち棄民政策だった。貧しい農民は、国家から見放された捨て子たち

だったのである。

(25p)

日本がとった政策です。後により詳しく出てきます。

   

  

「ほら、ここにも書いてあるじゃろ。アメリカはな、外国から貧し

い移民をどんどん受け入れて、国をつくっていったんよ。『じゃが

いも飢饉』が起こって、大変な目に遭(お)うとったアイルランド

の農民は、百万人以上も、アメリカに渡ったんよ。つまりアメリカ

は農民の国、いうことじゃ。よう覚えとき、農民にとって、アメリ

カは自由の新天地なんよ」

(33p)

 

移民1世の幹三郎の兄、葉次郎の言葉。

アメリカは移民の国であると語っています。

幹三郎がアメリカに移住する時に、思い浮かべた言葉です。

しかし、実際は・・・・。

アイルランド移民には、こんな歴史があったのですね。

参考:Wikipedia ジャガイモ飢饉

昔、勉強をした覚えがうっすらあります。

    

    

1906年、サンフランシスコが大地震に見舞われたときには、校

舎が壊滅的な被害を受けたことを理由にして、サンフランシスコ教

育委員会は、市内の公立小学校に通う日本人生徒たちを全員、東洋

人学校に移す、と決議した。

移そうとしたのではなくて、隔離しようとしたのである。

(57p)

 

日本人への差別が露見した出来事なのですね。  

  

参考:Wikipedia サンフランシスコ地震

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2020年3月16日 (月)

読む本がない/「阿・吽(あ・うん)」4巻まで読む

今日は令和2年3月16日。

  

本をよく借りている地元図書館。

新型コロナウイルスの影響で、当初は今日まで休館でした。

ところが休館が延長されて3月31日までに延びてしまいました。

予約している本はすでに図書館に用意されているのに、

借りることができません。4冊も。

読む本がないという状況に陥りました。

  

我が家にマンガ本がありました。

「阿・吽(あ・うん)」(おかざき真里作/小学館)

2巻を再読し、3・4巻を読みました。

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このマンガでは、最澄、空海、桓武天皇、坂上田村麻呂等、

生き生きと、生臭く?描かれています。

桓武天皇と坂上田村麻呂が時代が同じとは知っていましたが、

最澄と空海も?

調べました。Wikipediaで調べました。

  

桓武天皇(737~806年)

坂上田村麻呂(758~811年)

最澄(766/767~822年)

空海(774~835年) 

   

そうか、同じ時代を生きた人たちだったんだ。

社会科教師として情けないけど、今さら4人がつながりました。

「阿・吽」のおかげです。

   

各話の末尾に、豆知識風のカットがあり、

なかなかいいです。

 

2巻六話の末尾より。☟

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参考:ここでも道草 「ネコはいつ日本へ」その2/須恵器にネコの足跡(2019年3月26日投稿)

ネコの歴史の復習ができました。

 

  

  

2巻九話の末尾より。☟

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参考:ここでも道草 火が常に灯されている話/延暦寺の「不滅の法灯」(2018年9月17日投稿)

「不滅の法灯」の復習ができました。

 

    

昔の知識とつながるのが楽しい。

常磐線 9年ぶりに全線開通

   

今日は令和2年3月16日。

   

2月に福島県大熊町に行きましたが、

その大熊町に関するニュース2つに注目しました。

  

1つは3月6日です。

その日のNHKのニュース番組「ニュースウォッチ9」の

写真です。

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ピンク色に塗られている場所は、避難指示区域でした。

全域が、避難指示区域であった双葉町では、

初めて北東の一部と、双葉駅に向かう道が、

避難指示解除となりました。☟

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そして大熊町では、今まで避難指示解除されていた地域から、

大野駅に向かう道が新たに避難指示解除になりました。☟

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このように準備をしてきて、3月14日を迎えました。

3月15日の朝日新聞朝刊の記事です。

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双葉駅と大野駅に向かうか細い避難解除区域を見ると、

まだまだ復興は先ではあるなと思いますが、

そうまでして開通した常磐線が、地域の活性化に

つながればいいなと思います。

たった、2泊3日の滞在でしたが、福島県に行けたことは

改めていいことだったと思います。

新幹線で4時間の場所で起こっていることが、

身近に感じることができます。

最近の写真

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楽餓鬼

今日はにゃんの日

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