2020年3月15日 (日)

「ゼンメルワイスの闘い」⑤ 歴史に名を残したゼンメルワイス

  

今日は令和2年3月15日。

   

前記事に引き続き、

 「手洗いの疫学とゼンメルワイスの闘い

(玉城英彦著/講談社/2017年)より引用します。

   

  

ウイーン総合病院(医学校)の教授や医師、医学生らは、死体解剖

や内診を通じて死体や生体の“何らかの未知の物質”に触れる機会が

多い。妊産婦を診察する時に、未知の物質で汚染された手がこれら

の婦人の生殖器(性器)に接触し、それが体内に吸収され、血流に

侵入している、とゼンメルワイスは確信した。

(102p)

   

まだ細菌が発見されていない時代。

この結論に至ったのは、すごいことなのだそうです。

  

  

彼(ゼンメルワイス)は、この有害な未知の物質が生きた“有機体”

(細菌)であることは知らなかった。

細菌の発見には、パスツールやコッホのような偉大ない細菌学者の

出現を待たなければならなかった。一方で、彼は、産褥熱の原因が

生きた細菌であることを知らなくても、産褥熱を予防することはで

きた。病気の予防・対策には真の原因の特定は必ずしも必要ではな

い、ということをゼンメルワイスの仕事は示している。

(中略)

彼は、産褥熱の原因本体の解明には関心がなかったのではないだろ

うか。というのは、「手洗い」で産褥熱はほぼ完全に予防できるの

で、その本体が何であろうがなかろうが、彼にとってはそれほど重

要なことではなかったのではないかと思われるのである。

(124p)

  

産褥熱の病因は1879年、ルイ・パスツールが発見したといわれ

る。ゼンメルハウスの発見から30数年が経っていた。パスツール

はその原因物質を、「数珠のような微生物(ストレプトコッカス・

ピオゲネス、化膿連鎖球菌)」として報告した。新しい時代の幕開

けであった。

ゼンメルワイスは、細菌学や外科学、産婦人科学の新しい時代の黎

明期に亡くなった。パスツールらは、ゼンメルワイスがはじめた闘

いを勝利へと導き、最終的に、戦勝の美酒に酔った。人は、それぞ

れの時代にそれぞれの役割を果たして、次の世代につながっていく。

不幸な死を遂げたゼンメルワイスであったが、その役割を立派に成

就した人として、彼は歴史に名を残した。

(125p)

  

   

ゼンメルハウスは確実に歴史に名を残し、

私の目に留まり、こうやって書き残しています。

手洗いが話題になると、何分かの1の可能性で、

ゼンメルワイスの名前が出ることでしょう。

「ゼンメルワイスの闘い」④ 18世紀に多くの病院が建設された

  

今日は令和2年3月15日。

 

前記事に引き続き、

 「手洗いの疫学とゼンメルワイスの闘い

(玉城英彦著/講談社/2017年)より引用します。

                 

前記事で「ブダ」と「ペスト」が合併して

「ブダペスト」が誕生したことを書きました。

その時に疑問に思ったことは、伝染病の「ペスト」との関係。

由来・語源辞典」に次のように書いてありました。

 

ラテン語で、伝染病を意味するpestisに由来する。

  

都市「ペスト」とは関係ないかな。

  

それでは本からの引用を続けます。

   

ヨーロッパでは18世紀に多くの病院が建設された。イギリス全土で

1736〜1799年の間に32の病院が開院され、ロンドンだけ

でも1719〜1745年の間に5つの病院が建築された。(中略)

18世紀には、この現象がヨーロッパ大陸にも浸透し、多くの病院

が開設された。

病院の急増は(中略)、18世紀に始まる工業化に伴って、多くの

人が地方から都市へ流入したことに関係している。都市部への人口

流入は都市の混雑をもたらし、生活環境や衛生状況の悪化へとつな

がって、結果として病気が流行し、傷害が増加するようになった。

そこで、病院の必要性が年々大きくなっていった。と同時に、貧し

い人々に対する社会や個人の責任感の高まりが、これらの人々のた

めに病院を建設しようという気運となった。

当時、裕福な人は自宅で治療を受けるのがふつうであったが、ロン

ドンのような大都市では、貧困者が増え、彼らは金持ちのような選

択肢はなかった。このような背景から、大都市では病院の建設ラッ

シュが始まったともいえる。

(60〜61p)

   

そうかと思って読みました。

昔は病院はなかったわけです。

病院に行くのではなく、医者を呼びに行っていたんです。

日本には養生所というのもありましたが、

おそらく数は少なかったのではないでしょうか。

大河ドラマ「麒麟がくる」でも、患者が動かず、

医者を呼びに行っていました。

  

  

「チャンスは準備されたものに微笑む」といわれるように、この丹

念な、そして地味な仕事を通じてチャンスをつかまえる心の準備が

できていたように思う。チャンスはとつぜん訪れるものではない。

入念な準備をしている者にのみ訪れる。本著は、チャンスを逃さな

かったゼンメルワイスの物語でもある。

(63p)

  

再び著者の人生訓が登場。

自分にもこれから何かチャンスが来るだろうか?

どんなチャンスが来るのだろうか?

やはり死ぬまで何かチャンスはあると信じて、

これは自分にとってプラスであると思うことを、

日々積み重ねていきたいですね。

このブログもそのひとつ。

2020年3月14日 (土)

「ゼンメルワイスの闘い」③ 人間の誕生とともにあった産褥熱/ブダ

今日は令和2年3月14日。

  

前記事に引き続き、

 「手洗いの疫学とゼンメルワイスの闘い

(玉城英彦著/講談社/2017年)より引用します。

  

  

産褥熱は前述のとおり、18世紀になって独立した病気と認めら

れたが、おそらく人間の誕生と同時に妊婦や赤ちゃんを苦しめて

いたと思われる。その証左に、医学の父ヒポクラテス(前460

頃~前375頃)の有名な全集の中にすでに産褥熱の記述がある。

母親になるということは、いつの時代でも、産む”苦しみ”に加え、

自分の生命と生まれてくる子どもの命を危険を冒して”守る”とい

う二重の大きな責務を負っている。19世紀以前には、母親の4

人に1人が自分の赤ちゃんの顔を見ることなく、亡くなることも

珍しくなかった。古来日本では、産褥期での妊産婦の死亡を「産

後の肥立ちが悪く」亡くなったといわれていた。やせ細って、な

かなか体調が回復しない(肥らない)ことに由来するらしい。

(41~42p)

  

4人に1人が自分の赤ちゃんの顔を見ることができない時代。

今はそうではないことを幸せに思います。

医学の進歩のおかげです。

  

  

彼(ゼンメルワイス)は1818年7月1日ブダ(現在のブタベ

スト)に、ドイツ系商人の第5子(4男)として生をうけた。

(43p)

  

この文章でビックリしたのが、「ブダ」という都市があったこと。

「ペスト」という都市もあって、それが合わさって「ブタペスト」

になったことを知りました。

合併したのは1873年。Wikipedia ブダベスト

    

  

ゼンメルワイスは学生時代に、3人の先生の魅力に取りつかれて

おり、その指導ももとで研究の面白さをすでに学んでいた。そし

て何よりも彼らを尊敬していた。人の出会いによって私たちの人

生は大きく変わる。人生行路において何を学ぶかは重要であるが、

それ以上にその過程で”誰に会うか”ということがより重要である。

その誰かの一言は、何十冊の本の内容にも勝るものだ。ゼンメル

ワイスにとって、3人の恩師との出会いはまさに運命的なもので

あった。

(55p)

  

この本の中で、所々、著者の人生訓が顔を出します。

ここもその場面。

今があるのは、人と出会ってきた結果だと思います。

2020年3月13日 (金)

「ゼンメルワイスの闘い」② 世界手洗いの日/CDC

  

今日は令和2年3月13日。

  

昨日の記事に引き続いて、

手洗いの疫学とゼンメルワイスの闘い

(玉城英彦著/講談社/2017年)より引用します。

 
国際連合(国連)は、「国際衛生年」であった2008年から、

毎年10月15日を「世界手洗いの日:Globai Handwashing

Day」と定めた。今さら感がないでもないが、世界のリーダーた

ちが「世界手洗いの日」という特別の日を設定する背景には、感

染症予防に対する”手洗い”の重要性が再認識されてきていること

があると思われる。つまり、手洗いや衛生の効果は明らかである

が、個人のレベルでも政策のレベルにおいても、その重要性が認

識されず、行動としての優先度が低いことにも一因がある。

(15~16p)

  

この本を読んで、手洗いの歴史を知って、

手洗いの意識は確実に上がったと思います。

新型コロナウィルスが流行する今、

手洗いは重要な予防方法として励行されています。

本当に効果があることなのです。

やるべきです。

身近では、息子がまだできていないので、勧めよう。

  

  

特にここ40~50年、院内感染対策の重要性が強調され、医療

従事者のとくにその汚染した手が感染源となって院内感染を発生

させていることが知られるようになってきた。そこで特に重要な

役割を果たしたのが、アメリカ合衆国ジョージア州アトランタに

あるアメリカ合衆国保健福祉課(HHS:Department of Health

Services)所管の感染症対策の総合研究所「CDC」(Centers

for Disease Control:アメリカ疾病予防管理センター)である。

その背景には、アメリカにおける耐性菌による院内感染の流行が

多発し、問題が深刻であったため、どこの国よりも先だって医療

従事者が問題認識を共有したことと無関係ではない。1981年

にCDCの院内感染プログラムは「院内感染予防対策のガイドライ

ン」と「病院環境対策のためのガイドライン」を発刊し、院内感

染予防対策を推し進めていった。

(20p)

  

 

現在の新型コロナウィルスのニュースで、

「CDC」についてよく耳にしていました。

その「CDC」が、この本に登場しました。

耐性菌による院内感染の流行がCDCを生んだのですね。

いい機会なので、Wikipediaを見ました。

  

次のように書いてありました。

  

1946年に創設され、

アメリカ国内・国外を問わず、人々の健康と、

安全の保護を主導する立場にあるアメリカ合衆国連邦政府機関。

健康に関する信頼できる情報の提供と、健康の増進が主目的である。

結核など脅威となる疾病には、国内外を問わず駆けつけ、

調査・対策を講じる上で主導的な役割を果たしている。 

   

  

素晴らしいですね。

映画やドラマでも扱われているようです。

  

2020年3月12日 (木)

映画「アンノウン・ソルジャー 英雄なき戦場」を見る

  

今日は令和2年3月12日。

  

今週2本目の映画を見ました。

昨日書いた記事で紹介した映画です。

ここでも道草 「独ソ戦」② 「大祖国戦争」 報復感情を正当化(2020年3月11日投稿)

2017年製作の

映画「アンノウン・ソルジャー 英雄なき戦場」

(TUNTEMATON SOTILAS/UNKNOWN SOLDIER) です。

ここで予告編を見ることができます。☟

映画.com アンノウン・ソルジャー 英雄なき戦場

予告編の写真を並べます。

1_2  

フィンランドの人口が551万人(2018年12月現在)なので、

5人に1人は映画館に足を運んだと単純に思います。

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今年の2月に

フィンランドの教育はなぜ世界一なのか

(岩竹美加子著/新潮新書)を読んだことで

第2次世界大戦中にフィンランドは2回ソ連と戦争をしたことを

知りました。

1939年11月にソ連が侵攻してきた時には、

3カ月戦って、多くの犠牲を払って独立を守りました。

冬戦争と呼ばれます。

1941年6月から1944年9月までは、

ナチスドイツと同盟を組んでソ連と戦います。

冬戦争の継続ということで、フィンランドでは継続戦争と呼ばれます。

ソ連に敗れた後、フィンランドは残留するドイツ軍を排除するために、

ドイツ軍とも戦います。

 

そんな知らなかったフィンランドの歴史が、2月以降、

私の頭の中に流れ込んでいます。

  

上記の「映画.com」に載っていた感想を転載。

  

中年熟練兵士ロッカのセリフ、表情がこの作品の製作者達の

戦争への思いを表していると思う。

「家族のため、奪われた土地を取り戻すために戦っている、

国や上官のためじゃない」

敗走する兵士達を止めようとする太った上官を見つめる哀しげな眼差し。

  

この上官というのがドイツ軍人です。

敗走するフィンランド兵士を、銃で脅しながら

留まるように命じます。(7枚目の写真)

その時のロッカの哀しげな眼差しは、私も印象に残りました。

独ソ戦 絶滅戦争の惨禍」(大木毅著/岩波新書)を読んで

ドイツ軍の敗北が決定的になっても、

ヒトラーの命令で最後まで戦わされたドイツ軍のことを知りました。

当時のドイツ軍の様子がわかるシーンでした。

  

  

いい映画でした。

これも教材研究。

 

「ゼンメルワイスの闘い」① 産褥熱/今でこそ「感染防護の父」ですが・・

  

今日は令和2年3月12日。

  

ここでも道草 「手洗い」にも歴史あり/「天声人語」(2020年3月2日投稿)

☝ ここで出合った本を、読み終えることができました。

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手洗いの疫学とゼンメルワイスの闘い

(玉城英彦著/講談社/2017年)

143pまでは歴史として面白かったけど、

それ以後は、専門学者向けになってきたので、

読みとばしてしまいました。

でも十分楽しめた本です。

装丁が”固い”本に見えますが、そんなことはなかったです。

引用していきます。

  


この本で「産褥熱」が何度も出てきます。

何と読むのかなと思いつつ、最初に登場したときに

読み仮名がついていたんだろうな、

それを見逃したなあと思いつつ最後まで読み終えました。

「屈辱」の「辱」に似ているから「じょく」と読むかなとは

思っていました。つまり「さんじょくねつ」

読後に、ページを戻って、最初に「産褥熱」が

登場したところを見てみました。

  

3pでした。

でも読み仮名はついていませんでした。

調べました。

「さんじょくねつ」でした。

この本を選ぶ人が免疫学の学者とか、医師なのかな。

その人たちにとっては「産褥熱」は読めて当然なのでしょう。

   

  

ゼンメルワイスは病気の原因が病理学説から細菌説に移る、転換

期に生まれ活動していました。彼が診療実践していた1847年

ごろは、その過渡期、パラダイムシフトのまっただ中にありまし

た。

権威者は、大家は古いパラダイムにしがみつき、新しいパラダイ

ムの出現を怖がります。(上司の)クライン教授もその例に漏れ

ず、保身のためにいろいろな方法をもってゼンメルワイスの仕事

を妨害しました。

(中略)

ゼンメルワイスはさらに活動の領域を広げ、あたかも神に呪われ

たかのように医師や医学生に手洗いを徹底させて、多くの妊産婦

の命を救いました。

(中略)

でも残念ながら、彼の考えを受け入れるほどに社会はまだ熟して

いませんでした。パイオニアの悲劇というのは往々にして、この

ようなパラダイムの狭間において起こるのです。ゼンメルワイス

の場合も例外ではありませんでした。

ゼンメルワイスは今でこそ「感染防護の父」「母親の救世主」と

呼ばれていますが、彼の人生は極めてドラマティックでかつ悲劇

的なものでした。

(5p)

  

「はじめに」のこのページに、本の要約が書いてありました。

上記の通りです。

今は当たり前に言われている「手洗い」は、

150年ほど前にやっとその価値がわかって、

励行されるようになったのです。

それには、ゼンメルワイスという人が深くかかわりました。

 

2月28日朝日新聞朝刊の「天声人語」で初めて知った

ゼンメルワイス。

「全滅(ぜんめつ)」「エーデルワイス」と混同してしまいますが、

この本を読んで、名前にだいぶ慣れました。

今一度。ゼンメルワイス。

2020年3月11日 (水)

入学・進学祝い/黒板アートに挑戦②

  

今日は令和2年3月11日。

  

前記事の続きです。

  

桜は描けましたが、次は何を描くか?

思い浮かんだのは、家にマンガ本がたくさんある「ワンピース」。

主人公のルフィ―の笑顔を描きたいと思いました。

マンガ本を見ましたが、カラーで描かれているのは表紙。

でも登場人物が入り混じっていて、

ルフィーのいい絵がありませんでした。

ネットで調べることにしました。

見つけました。

プリ画像

69232323_480x480 

ルフィーが20を指で表わしています。

これは「ワンピース」20周年だと思いますが、

これは使えます。

黒板アート風にするには、指先でこすることだと信じて、

この絵を黒板に描きました。

合計で10時間かかりました。

ジャーン!

Img_0744  

これで「2020」になるでしょ。無理やりですが。

  

  

次はルフィーと桜の間の空間を埋めます。

何にしようかと思い、浮かんだのはなぜか年表。

番組「英雄の選択」で出てくる階段状の年表が浮かび、

実際に描いてみましたが、気に入らなくて消しました。

でも年表にはこだわって、こんなのを描いてみました。

Img_0745  

どうでしょう。

社会科教師らしいアイデアでしょ。

あとは新入生、新2年生、新3年生の名前を書けばできあがりです。

  

  

ルフィーと年表と桜を合体させると、こうなります。☟

Img_0743_2

   

入学式は4月8日。

早くも黒板の準備はOKです。

入学・進学祝い/黒板アートに挑戦①

  

今日は令和2年3月11日。

  

復職プログラム2週目です。

先週は2時間勤務。

今週は午前中勤務です。

最初に頼まれたのは、教室の黒板を

入学祝いバージョンにすることです。

特別支援学級で、入学式の日には、新入学の生徒とともに、

進学した中2、中3の生徒もいます。

どんな黒板にするか。

  

黒板アートもいいなと思いました。

一度もやったことのない黒板アートですが、

頭に浮かんだのは、少し前に見たこの番組。

「所さん!大変ですよ なんでもかんでも”動画”時代」

(2月20日NHK放映)です。

番組の内容は、この方がまとめてくれています。☟

おひとり様TV 【NHK】の「所さん!大変ですよ」の情報

この番組の中で、動画で大谷翔平選手や千賀滉大選手の

投球フォームを見て、真似をして、硬式野球の経験のないのに

時速150kmの速球を投げられるようになった大学生が紹介されました。

 

黒板アートも、どうせ自分にはできないものと思い込んでいましたが、

動画で描き方を見て、その通り真似したらできるんじゃないかと思いました。

「所さん!大変ですよ」を見てたから浮かんだ発想です。

動画を探しました。

桜を描きたいと思いました。

ありました。


YouTube: チョークアートで春を楽しむ!黒板に描く桜の描き方(chalkart:how to draw SAKURA)

なるほど!

コツは指の先でこすることだなと思い、

動画を真似して描いてみました。☟

Img_0737_2

どうでしょう。

黒板アート風にはなっているでしょ?

  

試しだったので、この桜は右の片隅に描きました。☟

Img_0738_2

  

残りのスペースはどうするか?

 

続きは次の記事を。

  

「独ソ戦」② 「大祖国戦争」 報復感情を正当化

  

今日は令和2年3月11日。

  

昨日「次の記事に書きます」としたのに、

書かなかったことです。

独ソ戦 絶滅戦争の惨禍」(大木毅著/岩波新書)より

引用していきます。

     

独ソ戦で「絶滅戦争」を目指したヒトラーに対して、

ソヴィエト側はどうだったか。

  

 

そうした意図を持つ侵略者に対し、ソ連の独裁者にして、ソヴ

ィエト共産党書記長であるヨシフ・V・スターリン以下の指導

者たちは、コミュニズムとナショナリズムを融合させ、危機を

乗り越えようとした。かつてナポレオンの侵略をしりぞけた

1812年の「祖国戦争」になぞらえ、この戦いを、ファシス

トの侵略者を撃退し、ロシアを守るための「大祖国戦争」であ

ると規定したのだ。

これは、対独戦は道徳的・倫理的に許されない敵を滅ぼす聖戦

であるとの認識を民衆レベルまで広めると同時に、ドイツ側が

住民虐殺などの犯罪行為を繰り返したことと相俟(あいま)っ

て、報復感情を正当化した。戦時中、対独宣伝に従事していた

ソ連の作家イリア・エレンブルグは、1942年に、ソ連軍の

機関紙『赤い星』に激烈な筆致で書いている。

  

ドイツ軍は人間ではない。いまや「ドイツの」という言葉は、

もっとも恐ろしい罵(ののし)りの言葉となった。(中略)

もし、あなたがドイツ軍を殺さなければ、ドイツ軍はあなたを

殺すだろう。ドイツ軍はあなたの家族を連れ去り、呪われたド

イツで責めさいなむだろう。(中略)もし、あなたがドイツ人

一人を殺したら、つぎの一人を殺せ。ドイツ人の死体にまさる

楽しみはないのだ。

 

このような扇動を受けて、ソ連軍の戦時国際法を無視した行動

もエスカレートしていった。両軍の残虐行為は、合わせ鏡に憎

悪を映したかのように拡大され、現代の野蛮ともいうべき凄惨

な様相を呈していったのである。

(ⅴ~ⅵp)

  

  

ある程度戦って、和平交渉をするような戦争ではありませんで

した。相手を同じ人間として扱わない、やったらやり返す終わ

らない戦争になっていきました。

  

  

独ソ戦争は、ソヴィエト軍がベルリンを陥落させるまで続きます。

そのあらましが読めてしまう本です。

人の命が何と軽い戦争だったのでしょう。

 

  

43pにソヴィエト軍の戦車の名前が出てきます。

  

「新型のT-34戦車」

  

この戦車が登場する映画を見ました。

2018年のロシア映画「T-34 ナチスが恐れた最強戦車」です。

この映画は、独ソ戦争開戦前の出来事をもとに映画化していました。

今年公開されている映画「T-34 レジェンド・オブ・ウォー」は、

まさに独ソ戦争最中の映画のようです。

レンタルが始まったら、見てみたいです。

こんな悲惨な戦争をどう描いているのか。

もう1本気になる映画がありました。

フィンランドとソヴィエトとの戦いを描いた映画です。

ここでも道草 「フィンランドの教育」③ ロシアとの国境線がヨーロッパでは一番長い(2020年2月14日投稿)

今回の本にも出てきましたが、☝この記事でも触れた

「冬戦争」「継続戦争」です。

映画の名前は「アンノウン・ソルジャー 英雄なき戦場

2020年3月10日 (火)

「ひきこもり支援 石川清」⑤ 取材者から支援者になった

  

今日は令和2年3月10日。

  

前記事の続きで、1月14日放映の

プロフェッショナル 仕事の流儀 ひきこもり支援 石川清

より聞き書きをしたものを書き留めます。

  

石川さんは小さい時から、みんなで一緒に何かをすることが

苦手だったそうです。

学校ではひどいいじめ受けて、人間不信となります。

石川さんは大学を休学して、逃げるように国外へ。

何とフィリピンのマニラ、貧困のスラム街に住みつきます。

ビックリです。

その行動力に驚きました。

   

ここで石川さんは転機となる体験をします。

石川さんは高熱を出して寝込んでしまいます。

そこに周囲の人たちが貴重な食料を持って、

次々に見舞いに来てくれました。

最初は、自分のところにあるものを盗みに来たのかと

疑ったりもしましたが、

彼らの行為は見返りを求めてのものではなく、

どこまでもやさしかったそうです。

  

「人はそれほどひどいものではないかもしれない」

石川さんの心にそんな思いが宿ります。

人をもっと掘り下げたいと、大学卒業後テレビ局に入社して

記者になります。

しかし、組織になじめない石川さんは3年で退職。

フリーで活動するようになります。

そして34歳の時・・・・・ 以下は聞き書きしたものです。

  

ナレーター:家にひきこもる人たちの存在を知る。

  何気なく取材を始めたが、膝をつき合わせて話を聞くうちに

  慄然(りつぜん)とした。

石川:その苦しみたるや、僕が思ったのは

  「フィリピンのスラムの人たちよりも全然苦しんでいるぞ」

  て思いました。

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  物質的には極めて豊かなこの国で、

  しかもそれだけの苦しみを感じている人たちが

  しかも周りの人に気づかれずに暮らしているわけですよね。

ナレーター:周囲から助けもなく絶望する人たち。

  自分に重なるものがあった。

  すい寄せられるようにひきこもる人に次々に会った。

  そんな時、一人のひきこもりの男性と出会った。

  医療機関や支援団体からも見放され、死にたいと訴えていた。

  見て見ぬふりはできなかった。

石川:「どうせ死ぬんだったら、死んでもいいから、その前に

  東南アジアの奥地に行こうか」

  「楽しいよ、おもしろいよ」

  「そういうことを見てから死んだ方がいいじゃないの?」

  みたいな話とかして・・。

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ナレーター:旅に出て3週間ほどたった頃、石川さんの何気ない言葉に

  男性が反応し、突然笑い始めた。

石川:何かが楽しくなっちゃって、

  「笑いの止め方がわかりません」とか言って

  寝っ転がって笑ってみたいなことをやって、

  それで我に返った瞬間、

  「生まれて初めて笑いました」

  「初めて笑ったので、どうやって笑っていいかも分からなければ、

  笑いの止め方のわかりませんでした」

  みたいなそんなこと言っていましたね。 

Rimg2125

ナレーター:その日を境に男性はみるみる変わっていった。

  自分と関わることで、人が死ぬのを止めて、

  生きる希望を見出してくれた。

  自分自身も救われた思いがした。

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  気がつけば、取材者から支援者になっていた。

  専門知識はなく、ただ向き合うのみ。

  「俺で商売するんじゃねえ!」「偽善者野郎!」

  心ない言葉を幾度となく浴びせられた。

  でも彼らを憎む気にはなれなかった。

石川:僕自身もまだまだ元気になりたいと言うか、

  僕自身も決して人に施しを与えるとか

  そういう立場では全然ないですからね、まだね。

  やっぱり一緒に元気になりたいっていう気持ちはすごくありますね。

  突き詰めて言うと、自分も元気になって、できることをやって、

  ひきこもりの子が同時に元気になって、

  これを両立できるから、この瞬間が最高ですよね。

  

  

話しているものを聞き書きしているため、

わかりにくいところもあると思いますが、

番組を見た時にジーンときたシーンです。

自分がかかわったことで、相手がよい方向に進みだすことは、

教師としてはとてもいいことです。

「癒やす」というのがいいです。

究極、人は癒されたいのだと思います。

  

また教壇に立つことができます。

教壇に立つ決心をしました。

できることをやって、

「人を癒やし、人に癒やされる」を体験したい。

 

 

石川清さんの風貌は、向山洋一先生を思い出します。

話し方も似ているかな。

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