2019年8月22日 (木)

病院の待合室で「チコちゃん」の本に出合う/森のニオイ

  

今日は令和元年8月22日。

  

以前、運慶の本と出合った病院の待合室。

ここでも道草 病院の待合室で「運慶」の作品に出会う(2017年11月8日投稿) 

今回はこの本と出合いました。

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面白い本だったので、さっそく購入しました。

番組「チコちゃんに叱られる」は、

今年の1月くらいから見始めました。

この本の内容は、私が見始める前の内容でした。

 

印象に残った文章を引用します。

引用するぞ!

  

疑問:森のニオイって、なんの匂い?

答え:森のニオイは殺しの香り

 

「森のニオイは、植物が出している毒のニオイなんです」

こう語るのは、森について30年以上研究している

森林総合研究所の森林博士こと香川隆英さん。

「森のニオイは、木や草やコケ、そして土の匂いなどで

構成されていますが、人間が嗅いでホッとする成分のひとつが、

植物が出しているフィトンチッドと呼ばれるものです」

フィトンチッドとは、1930年ごろにロシア人研究者の

ポリス・トーキン博士によって発見された、

樹木などが発する化学物質のこと。

ロシア語のフィトンは日本語で植物、

チッドは殺すという意味になります。

「つまり植物が出している毒なんですね。

この毒を出すことによって、

植物は自分自身を守っているんです」

植物にとっての天敵のひとつが、カビや細菌といった微生物。

感染すると、光合成を邪魔されるなど、枯れる原因となります。

そこで植物は、フィトンチッドという毒を出して、

微生物を攻撃しているのです。(中略)

「ものすごく高い濃度のフィトンチッドを吸えば、

ヒトにも毒ですが、森の中に漂っているフィトンチッドは

とても微量です。むしろ人間にとっては、

すごく良い作用をもたらすのです」

香川さんによると、ヒトがフィトンチッドを吸引すると、

脳の活動が沈静化し、コルチゾールと呼ばれる

ストレスホルモンの分泌が抑えられることが分かっています。

「ストレスが減るのでリラックスするといわれています」

(中略)

フィトンチッドはさらに、こんなメリットもあると香川さん。

「がん細胞やウィルスを攻撃する細胞の量が、

飛躍的に増えることが最近の研究で分かってきたのです」

フィトンチッドが増やすといわれているのは、

ナチュラルキラー細胞と呼ばれるリンパ球。

病原体から体を守る免疫細胞の一種で、

この細胞の量が増えることでがんなどの病気に対する

免疫力が上がるのです。(中略)

というわけで、ぜひ森へ森林浴に出かけて、思う存分、

植物が放出しているフィトンチッドを吸い込んできましょう。

(80~84p)

これを読むと、ますます山に行きたくなります。

登山靴を買ったのに、まだ行くことができていません。

でもそろそろ行ける。行くぞう。

北海道開拓の小説「石狩平野」「石狩川」

今日は令和元年8月22日。

  

 「北海道」「開拓」に関する小説を以前・・・高校生くらいに

読んだ覚えがあります。

筋は覚えていませんが、とても辛い小説でした。

読んでいて北海道の開拓がいかに大変だったか、

苦しかったかが伝わってきた小説でした。

読後も暗い気持ちになった覚えがあります。

黒田清隆に対して悪いイメージを持ちました。

なぜだろうか?

  

何という本の名前だったか?

「石狩」が本名に含まれていて、作者には「船」の字があったと

覚えていました。

今の世の中、これだけ覚えていたらどうにかなります。

調べました。「石狩」を含む小説は2つありました。

  

 

石狩川」(本庄陸男)

石川平野」(船山薫)

    

もう決まりです。「石狩平野」です。

その本はなぜ家にあったのかわかりませんが、

現在はありません。

いい機会なので、また読んでみようと思いました。

地元の図書館にはありませんでした。

amazonで注文しました。

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20日に発送されたと連絡があったので、

今日ぐらいに届くかな?

40年ぶりの対面です。

  

3つの小説のうち「石狩川」も北海道開拓の話です。

石狩川」を原作にした映画があります。

Cimg1092野村淳一の流氷の街から

映画「大地の侍」(1956年)

  

いい映画のようです。

映画も小説も読んでみたいですね。

  

北海道開拓と「お米」その3 屯田兵(夫)もやった米づくり

  

今日は令和元年8月22日。

  

前投稿に引き続いて、2018年12月15日放映

BS1スペシャル 北海道開拓 ~困難の果てに~」です。

  

聞き書きです。

  

ナレーター:さらに、屯田兵の暮らしには、もう一つ、

  耐え難い決まりがありました。

  問題となったのは、作物の栽培に関わる軍の指導です。

鈴木功一さん:イモだとか、トウキビだとかね、

  中隊からくれるのは、そういう種。

  畑の種しかくれない。

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ナレーター:実は屯田兵には、米作りが許されていませんでした。

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  水が冷たい北海道には不向きだというのが、理由でした。

  そんな中、ある屯田兵の家で、命令に背く者が現れます。

  米どころ、青森県出身の藤田貞元(ていげん)。

  ひそかに種もみを取り寄せ、自宅の片隅で、栽培を始めました。

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  この命令違反は、早々に露見し、隊長が激怒。

  水田は、丸太で埋められてしまいました。

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  それでも藤田は、残った苗を栽培。

  秋には収穫を得ます。

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  そして、この稲穂を手にあらためて稲作の許しを請うたところ、

  隊長は黙ってうなずいたと、伝えられています。

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  この後、旭川の屯田兵の間では、

  少し変わった軍事訓練が行われることになりました。

  土木工事の訓練として実施されるようになったのが、

  こちらの水路を掘ること。

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  軍は、負担が大きい灌漑用水路の建設を、

  自ら行うことにしたのです。

  出来上がったのが。総延長33km、今も使われる水路網です。

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  今や日本の有数の米どころ旭川。

  その礎には、米と暮らしてきた人々の執念がありました。

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旭川が米の大産地という話も、授業でしたことがあります。

大産地になるきっかけを知りました。

きれいごとではなかったかもしれませんが、

屯田兵である夫たちも開墾に協力して成し遂げた

米づくりだったんだなあと思いました。

やっぱり、みんなでやらなくては!

それぞれが、できることをやって成し遂げたら、

喜びもひとしおです。

  

これで「BS1スペシャル 北海道開拓 ~困難の果てに~」の

読み物化は終了。

次は、この番組でも紹介されていた厚真町にかんする番組を見ます。

   

北海道開拓と「お米」その2 立場の弱い者に、重い負担

  

今日は令和元年8月22日。

  

前投稿に引き続いて、2018年12月15日放映

BS1スペシャル 北海道開拓 ~困難の果てに~」です。

  

聞き書きです。

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ナレーター:当時の開墾の様子を、屯田兵の一人が

  詳細に書き記した絵巻が残されています。

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  屯田兵たちが家族とともに入植したのは、

  鬱蒼と繁る原生林の中。

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  開拓は人の力でこの大木を1本ずつ切り倒すことから

  始まりました。

  多くの人が命を落とす過酷な作業でした。

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  冬場は、厳しい寒さとの闘いでした。

  氷点下41度の中、開墾の作業を続けたという記録も

  残っています。

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  雪が解ければ、村にヒグマが出没。

  開拓は自然との格闘の連続でした。

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中谷:何とかここで頑張って、大きな土地を開拓して、

  それが自分のものになるわけですので、

  やはり(土地を自分のものにする)願いが

  強かったのではないかと。

ナレーター:屯田兵の開拓にはさらに意外な事実もありました。

  絵巻物をよく見ると、作業をしていたのは、

  女性や子どもが多いのです。

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  農作業を主に担っていたのは、屯田兵ではなく、

  その家族だったのです。

  屯田兵本人は、朝から夕方まで軍事訓練。

  開拓には、あまり手がまわらなかったのです。

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  この分業は、家族の側に重い負担となりました。

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  鈴木(功一)さんの祖父、伝治さんは、旭川で

  屯田兵の家族として、子ども時代を過ごしました。

  当初は尋常小学校に通いながら開拓にたずさわりましたが、

  両立は難しく、中途退学したと聞かされています。

鈴木:厳しい時代だったらしいですよ。

  大変、朝、暗いうちから行って、そして暗くなるまで、

  それなりにやっぱり大変だったのではないかと。

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ナレーター:さらに伝治さんが入植した年のある夜のことです。

  屯田兵の妻たち3人が示し合わせ、村から逃げ出しました。  

  それを捕らえることになったのは、夫たち。

  軍に知られれば、家族の脱走は、厳しく罰せられます。

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  国防と開拓。一石二鳥をねらった矛盾が、

  立場が弱い者に、重い負担を強いる形となったのです。

  

立場が弱い妻や子に重い負担を強いたということでしょう。

そしてそういう人たちの歴史は残りにくい。

私は、この番組を見て初めて、妻子が開墾にたずさわっていたことを

知りました。

今までのイメージは、屯田兵が木を切り倒し、

土地を耕しているイメージでした。

  

つづく

北海道開拓と「お米」その1 屯田兵の配備

  

今日は令和元年8月22日。

  

昨晩の夕食は焼き魚。ビールはもちろん「秋味

焼き魚と秋味は合うんです。幸せでした。

 

前投稿に引き続いて「北海道」「開拓」関連の番組を見ました。

2018年12月15日放映「BS1スペシャル 北海道開拓

~困難の果てに~」です。

  

大きく分けて4つの内容でした。

旭川における屯田兵の開拓と米作り。

十勝における実業家依田勉三さんの挑戦。

東京世田谷の人たちによる戦後開拓。

そして最後は、災害にあってもなお厚真町で農業をする夫婦。

  

その中で特に印象に残った屯田兵による開拓について、

聞き書きして、書き留めておこうと思います。

  

ナレーター:初夏。日本有数の米どころ、

  北海道中部にある旭川で、少し変わったお祭りが開かれます。

  地元の神社が執り行うお田植え祭。

  一見、全国各地で行われている豊作祈願の祭りと同じですが、

  この田植え歌の詞に特徴があります。

  ♪ 屯田兵に はじまれる

    あさひの 川の稲作り ♪

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  屯田兵とは、北海道開拓を担った特殊な軍隊です。

  国防と開拓、2つの目的のために、明治初期に創設。

  明治半ばに道内各地に広がりました。

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  かつて蝦夷地と呼ばれていた北海道。

  その開拓は、明治政府の指導で行われてきました。

  明治元年。政府は、蝦夷地開拓条項を制定。

  禄を失った侍、土地を失った農民など、

  全国各地から北海道へと人が送り込まれました。

  北海道の人口は、明治からの100年で、

  およそ6万人から520万人にまで増えました。

  この北海道開拓の初期に、拠点づくりを担ったのが、

  屯田兵です。

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  当時、北海道の開拓が急がれた背景には、

  ある、国際情勢がありました。

  この頃、ロシアでは、シベリア鉄道の建設、

  そして、軍隊の強化が進められていました。

  日本にも、これに対抗する兵力が求められたのです。

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  この旭川に屯田兵が設置されたのは、明治25年のこと。

  最もロシアに近い場所に駐留する部隊として、

  400人が配備されました。

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この番組を見て、久しぶりに「屯田兵」という言葉に触れました。

以前、社会科の授業で教えた以来かな。

それがいつのことだったかも忘れました。

  

この屯田兵と、北海道の米作りがつながっていきます。

 

つづく

    

2019年8月21日 (水)

北海道開拓を決めた先祖伝来の前飾り

今日は令和元年8月21日。

  

前投稿に引き続き、 2017年12月8日放映の

歴史秘話ヒストリア北の大地に夢をひらけ!

お殿様の北海道開拓使」より。

  

印象深かったシーンを、読み物化します。  

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ナレーター:宮城県亘理(わたり)町。伊達邦成(くにしげ)の

  領地だった場所です。仙台伊達家の一門として、

  2万4000石もの石高がありました。

  その亘理伊達家に代々伝えられた黒い甲冑(かっちゅう)。

  あの伊達政宗の腹心で邦成の先祖、伊達成実(しげざね)の

  ものです。

  印象的な兜の前飾り。何だかふさふさしています。

  実は、この飾りに、邦成や代々の当主が大切にした

  ある決意が込められていました。

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この前飾りが何を模したもので、どのような意味(決意)が

込められていると思いますか。

私は何か動物の尻尾なのかなと予想しましたが、

皆さんはどう思いますか。

真実は、私の予想外なものでした。

  

  

北海道に家臣ともども移住することを決断した邦成。

そのシーンで、前飾りの真実が語られました。

  

ナレーター:大きな決断をした邦成。

  後押ししたのは、何と先祖伝来の兜。ふさふさも前飾りです。

  実はこれ、毛虫を模したもの。

  当時毛虫は、前進しても決して退かないことの象徴でした。

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  ピンチの時こそ、前進あるのみ。

  邦成は、先祖から受け継ぐ心構えを胸に刻み、

  北海道開拓を決意しました。

驚きでした。

当時は、毛虫をそう見ていたんだ!

以上で「歴史秘話ヒストリア北の大地に夢をひらけ!

お殿様の北海道開拓使」の読み物化完了。

  

2019年8月20日 (火)

北海道開拓と「小豆」

  

今日は令和元年8月20日。

  

前記事の続きの内容。

  

さっそく2017年12月8日放映の「歴史秘話ヒストリア

北の大地に夢をひらけ!お殿様の北海道開拓使」を見ました。

  

「英雄たちの選択」と同様、伊達邦成を中心とする開拓の話。

前記事では、「テンサイ」いついて書き留めましたが、

「歴史秘話ヒストリア」では、「小豆」について詳しく

扱っていたので、ここに書き留めます。

  

聞き書きです。

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ナレーター:明治5年9月。邦成たちに衝撃が走りました。

邦成:突然のことではあるが、そなたたちは皆、

  士族の籍を離れ、民籍に入ることとなった。

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家臣:平民に。それは何故でございますか。

家臣:我らに何か罪が?

邦成:さにあらず。先ごろ行われた御改革にとものう

  ご処置である。

ナレーター:新政府が、「廃藩置県」を断行。

  藩は廃止され、主君と家臣という関係も断ち切られます。

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  それは、伊達家の家臣たちが武士でなくなることを

  意味していました。    

  (北海道に)移住してまで守った誇りを、失ったのです。

  なかには、やけになり、酒におぼれる者もいたといいます。

  せっかく成功の兆しが見えた開拓が、

  振り出しに戻ってしまう。

  邦成は決意します。

邦成:この開拓を、我らが生きるためだけではなく、

  明治日本の根元を支える大事業にしよう。

  さすれば、皆の誇りもきっと。

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ナレーター:邦成の策は身近なところから始まりました。   

  (中略)

  邦成はさまざまな苗を植え、

  この地に最も適した植物を探しました。

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  そして、一つの作物にたどり着きます。

  小豆です。

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  このころ多くの日本人が甘いものを口にするようになり、

  あんこの材料、小豆が、高値で取引きされていました。

  しかし、小豆をたくさん育てるには、土地が足りません。

  そこで(中略)※プラウの映像 ☟

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  プラウは、馬や牛にひかせて土を耕す農機具のこと。

  人力の、何と20倍近い効率の良さで、

  アメリカの広大な土地を切り開いた実績がありました。

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  以前から、西洋式農業に注目していた邦成は、

  127台のプラウを購入。

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  効果は絶大でした。

  たった5年で、耕作地は激増し、小豆の生産量は、

  およそ9倍に。

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  有珠は、全国で有数の産地となります。 

   

 

歴史秘話ヒストリア」では、

小豆が順調に生産されるようになってから

テンサイづくりに着手する様子が描かれていました。

(テンサイについては前記事参照)  

  

北海道の小豆で思い出すのは、

京都の「出町ふたば」の「名代 豆餅(なだい まめもち)」です。

あのおいしい小豆のルーツは、

有珠郡の開拓だったのですね。

つながった。

「出町ふたば」の創業は明治32年。

北海道の小豆は、十分京都にまで供給できたのでしょう。

ここでも道草 鴨川沿いに行きたくなった理由 「名代 豆餅」(2017年9月7日投稿)  

北海道開拓と「てんさい」

今日は令和元年8月20日。

  

前投稿に続いて、2015年1月29日放映の

英雄たちの選択もうひとつの明治維新

~敗者 伊達家北海道開拓の苦闘」より。

  

前投稿に書いた通り、「てんさい」のことを中心に

読み物化をして

  

今回の英雄は伊達邦成(くにしげ)。

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☟ 若い頃。

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幕末に戊辰戦争が起きたとき、

邦成は仙台藩亘理(わたり)伊達家の

15代当主であり家臣団1300人と

その家族を抱えていました。

邦成は、北海道の開拓を決断し、新政府に請願。

新政府から支配を命じられた場所は、

「胆振(いぶり)国有珠郡(現 北海道伊達市)」でした。

明治2年のことです。

新政府は同じ年、北海道を分割して、諸藩や士族に

統治を命じています。

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邦成は新技術を積極的に導入しました。 

ここから聞き書きです。

ナレーター:伊達市には、邦成たちの新たな挑戦を物語る

  ものが保存されている。

  当時、実際に使用された西洋式の農機具である。

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☝ 「カルチベータ」とありました。

意味を調べたら、「耕運機」でした。

京セラ ガーデン機器

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ナレーター:邦成たちは、開拓使を通して、最新の農機具を調達し、

  抜本的な農業改革に取り組んだ。

  特に普及が進んだのが、馬を使い、人力の4倍の効率で

  畑を耕すことができたプラウ。

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☝ 「プラウ」については、mimi_hokkaidoさんは

次のように書いていました。

「種まきや苗植え付けに備えて最初に土壌を耕起する鉄製農具」

伊達スケッチ便り

 

ナレーター:有珠郡のプラウ保有台数は、他の地域を圧倒し、

  北海道の農業改革に大きな影響を与えていった。

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  新技術の導入によって、有珠郡の特産物となったのは、

  砂糖の原料となるテンサイだった。

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  当時、砂糖は多くを海外からの輸入に依存しており、

  国内での生産が求められていた。

  政府は有珠郡に、日本初となる官営の製糖所を設立。

  邦成たちは、国力増強に大きな役割を果たしたのである。

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以上です。

  

中学校の社会科のテストで、「北海道でとれる作物で、

砂糖の原料になるものは?」と問われたら、

「テンサイ」で〇。うっかりサトウキビと書いたら✖。

それだけで終わってしまうこと多し。

教えることがたくさんだからです。

テンサイが実際にどのような作物であるのか?

テンサイの砂糖と、サトウキビの砂糖では違いがあるのか?

今回知ったことですが、伊達邦成ら開拓民が願いを込めて

つくり始めた作物であることなど、教えていません。

「テンサイ」にもこのような歴史があるのだと、

この番組で最も印象に残ったので、読み物化しました。

次は、「歴史秘話ヒストリア」を見ます。

   

  

砂糖の違いについては、このサイトが参考になりました。☟

たべるご きび砂糖・三温糖・てんさい糖!3つの砂糖の違い

2019年8月19日 (月)

明日は「秋味」発売日/「記憶に留めておきたいからという思い」に共感

今日は令和元年8月19日。

  

明日はいよいよ「秋味」発売日。 

昔は、フライング販売がありましたが、昨今はありません。

8月20日発売だったら、8月20日発売です。

明日から、お店のビールの棚の一部が色づきます

 

  

ここでも道草 日めくりより/北海道八雲町の開拓事情(2019年8月18日投稿)

☝ この記事をきっかけに、

「北海道」「開拓」に関する番組を見ました。

2015年1月29日放映の「英雄たちの選択

もうひとつの明治維新~敗者 伊達家北海道開拓の苦闘」です。

読み物化はすでにやってくれている方がいます。

”mimi_hokkaido”の伊達スケッチ便り 伊達開拓の物語

  

この方は、番組のほとんどを聞き書きしてくれています。

読むことで、番組の内容がよみがえってきます。

かなり時間がかかったと想像します。

そのおかげで、私はとても助かります。

  

聞き書きした理由を、

サイトの筆者mimi_hokkaidoさんが

次のように書いています。

 

今回は、このビデオを見ながら、

番組での話を書き留めてみました。

ほとんど私見は交えず、

番組内の話やゲストの意見などを記したものです。  

この番組を記憶に留めておきたいという思いからです。  

わたしにとっては、この地の歴史を知るうえで

とても参考になった番組でした。  

  

mimi_hokkaidoさんのプロフィールをみると、

2007年に横浜から夫婦で移住し、

趣味は自然観察/山登りとありました。

ブログのタイトルから想像して、

伊達市に移住してこられて、

伊達市の歴史に関することだったので、

番組を視聴し、聞き書きされたようです。

アクティブな方です。

面白い生き方をされているように思えます。

  

記憶に留めておきたいからという思い」に

強く共感します。

そうなんです。

私もこの思いでブログを書いてきました。

番組の写真を撮って、聞き書きしているのはそのためです。

 

次の記事で、私は番組中の「てんさい」のところだけ、

読み物化しようと思います。明日、書きます。

(番組では「てんさい」と紹介されていたのに、

なぜか、mimi_hokkaidoさんは「てんさい」とせずに、

「ビート」としています。なぜだろう?)

  

つづく

忘れたくない試合 智弁和歌山VS星稜

今日は令和元年8月19日。

  

自分で自分のことが忘れん坊だと思います。

いろいろなことをすぐに忘れてしまいます。

このブログでも、同じネタで記事を

書いたことがありました。☟

※ここでも道草 3度目の「パラシュートの穴」(2018年10月24日投稿)

  

こんないい場面を見たから、

こんないいことを知ったから、

忘れたくない。

過去に、同じネタで記事を書いたのにも懲りずに、

忘れたくないことは、このブログに書き留めておきたいです。

  

さっそく。

  

それは8月17日のこと。

高校野球、夏の甲子園。

第2試合の智弁和歌山VS星稜戦。

1-1のまま延長に入り、延長14回裏、星稜の攻撃。

タイブレークなので、ノーアウト1・2塁。

ここでいい場面に出合いました。

晩の番組「熱闘甲子園」の写真を並べます。

  

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☝ 星稜の先発は、注目の奥川選手。

初回から23三振、1失点で、智弁学園打線を抑えてきました。

14回裏の最初の打者はその奥川選手。

マウンドは、途中から登板のエース池田投手。☟

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奥川選手は送りバント。☟

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☝ 池田投手がマウンドから下りてきて捕球。

サードに投げます。

そのボールが手に引っかかったためか、ハーフバウンドに。☟

テレビで見ていて思わず、「アッ!」と声を出してしまいました。

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☝ 難しいハーフバウンドのボールを、

三塁手が腹で受けるようにキャッチ。

アウト!

ホッとする三塁手、そして池田投手。☟

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しかし・・・・

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ホッとした直後に、福本選手のサヨナラホームラン。

劇的でした。

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引き締まった、いい試合でした。

そしてラストは、人生を感じました。

ホッとした直後に、予想外のことが起こることは、

人生にはあります。

まさかあそこでホームランが飛び出るとは思いませんでした。

 

きっと忘れない、忘れたくない試合でした。

 

書き留めました。 

 

  

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