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2016年6月11日 (土)

バタフライ誕生にかかわった日本人/さらに・・

 

今日は6月11日。

  

日めくりより。

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バタフライにはこのような歴史があったのですね。

さらに調べていくと・・・・

ラーデマッヒェルというドイツ人が考案したのは腕の動きでした。

そしてバタフライの足の動き(ドルフィンキック)は、

日本人の考案であることを知りました。

その方の名前は長沢二郎さんです。

次のサイトから引用。

短文ネタ置き場 〈水泳選手・長沢二郎〉の名はもっと広く知られていい。 2010年3月28日投稿記事

  

〈水泳選手・長沢二郎〉の名はもっと広く知られていい。

朝刊で長沢さんの訃報を知り、そう思った

◆この人がいなかったら、世界に今のバタフライ泳法はなかった。

1ストローク2キックのドルフィンキックは

バタフライ泳法の常識だが、これをあみ出したのが、

長沢二郎その人だった

◆もう半世紀以上も昔になる。氏は早大水泳部の現役選手だった。

彼以前のバタフライといえば、キックは平泳ぎと同じカエル足だった。

さらにいえば、バタフライは独立した種目ではなく、

生まれは平泳ぎ種目の一泳法だった

◆長沢さん自身、ヘルシンキ五輪(1952年)に出場、

200メートル平泳ぎで6位入賞を果たしたが、

この時の泳法はカエル足のバタフライだった

◆その後、54年にバタフライが平泳ぎから分離、

独立種目になって長沢さんはドルフィンキックを開発。

平泳ぎでは認められなかったこのキックで世界記録を連発した

◆23日、長沢二郎逝く。78歳。

ドルフィンキック創始者の死を悼み、

強かった水泳日本の時代を偲ぶ。

  

  

長沢二郎さんは2010年に亡くなっていますが、

このようなパーティーがあったようです。

あらいSS ドルフィンキック泳法生誕50周年記念パーティー

2004年のこと。

このサイトに掲載されていた写真です↓

0608cliclip_image002241  

この方が、長沢二郎さん。

  

日めくりのおかげで、偉大な日本人を知りました。

  

 

  

この投稿は、ここで終わる予定でしたが、

もう少し載せたいことが出てきました。

上記の長沢二郎さんの写真は「あらいSS」という

スイミングクラブのサイトに載っていました。

このあらいSSのオーナー兼コーチが新井敏郎さんです。

おそらく上のパーティーに参加した人です。

0608clip_image00216 右が長沢二郎さん、左が新井さん。

この新井さんにはこの後過酷な人生が待っていました。

進行性のガン「悪性黒色腫」を患ってしまい、

2015年1月31日に永眠されていました。

その闘病記ブログがこれ↓

1/100000の戦い

このブログが始まったのが2010年7月。

少し読んでみた。急に自分の前に現れた人物。

ズシンと心に残りました。 

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