2024年2月22日 (木)

映画「湯を沸かすほどの熱い愛」をお先に見ちゃいました

    

今日は令和6年2月22日。

  

きっかけはいろいろなところにあります。

毎月末に、我が町内会では、

集会所でささやかな映画会が行われます。

平日の火曜日の午後に行われるので、

観客は、高齢者が多いです。

そのためか、映画は古いものが多いです。

12月は「黒部の太陽」でした。

この時には、関連して黒部ダムのことを調べ、

現在に至るまで、黒三発電所や高熱隧道のことを

継続して調べています。

  

今月は、2月27日(火)が予定されています。

いつもは、主催者から上映する映画を教えてくれて、

それを電子回覧板で町内会に発信していました。

今度の映画は〜です。皆さん、来てくださいね。

といった内容で発信します。

ところが今回は知らせが来なかったので、

こちらから問い合わせしました。

教えてもらいました。

  

映画「湯を沸かすほどの熱い愛」(2016年)

でした。

知らない映画でした。

映画のタイトルの第一印象は、説明的で安っぽいなあ、でした。

いつもと違って新しい映画だなと思いました。

どんな映画なんだろう?

調べました。

  

いやー、調べれば調べるほど、いい映画になっていきました。

ネット上での情報は、ネタバレしないように気をつけながら、

とても感動したという意見が多かったです。

これはすごい映画を知ったかなと感じました。

この動画が、最後のトドメでした。


YouTube: 【後悔しない】人生で必ず観るべき神映画 TOP30

  

初めて見るチャンネルでしたが、

マコなりさんの語りに引き込まれ、

43分の動画を一気に見てしまいました。

マコなりさんは、観るまで死ねない神映画TOP29で、

「湯を沸かすほどの熱い愛」を挙げていました。

30のうちの29と言う勿れ。

マコなりさんが、数多観てきた映画のうちのTOP29です。

これは観てみたいと思いました。

TOP30の「切腹」(1962年)も気になりました。

この動画でのマコなりさんの紹介を聞き書きします。

  

他人に金払ってでも見てほしい

人生かけておせる映画29位。

「湯を沸かすほど熱い愛」

見ると「い・ろ・は・す」より

透明な涙を流す。

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人によっては、

人生でいちばん泣いたという人が出ても

全然おかしくない作品。

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超ド直球。家族愛ドラマ。

末期がんで余命数ヶ月のお母さんが

死ぬまでに奮起して

家族を立て直していく話です。

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隠さずに言いましょう。

ド王道。お涙頂戴系。

ひねりなし。

驚きの展開、急展開はありません。

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ただひたすらに愛情一本勝負。

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だから良い。

お母さん役の宮沢りえさんの演技が

素晴らしすぎる。

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お母さんもちょっと不器用なところもあるので、

愛ゆえではあるものの、

子どもに対する教育としては

「そこはどうなの?」

というところもあります。

家族愛とかよくわからない人には

全然刺さらない可能性があります。

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悪い意味ではなくて、

ちょっとひねくれ屋の人は

この映画受け付けないかもしれません。

だけど私はぶっ刺さりました。

泣けました。

いつも尖ったことを言っていても

結局は「ピュアなり」なのかもしれません。 

  

ねえ、観たくなるでしょ。

今日、実行しました。

407円のレンタル料を払って、

アマゾンプライムビデオで観ました。

2月27日は仕事なので、観ることができないので、

お先に見ちゃいました。

  

私も泣けました。

刺さりましたね。

映画のタイトルは、安っぽくなくなったです。

この映画を観たことで、

このタイトルがいいんだと思いました。

出てくる俳優さんが上手い。

脚本がいいから、役者さんが光るんでしょうね。

宮沢りえさんの、瀕死(ひんし)の演技は、

背筋が寒くなります。

観てよかったです。

  

我が町内会にとって、2月27日はいい日になりそうです。

集会所は感動の場になるでしょう。

参加した人は、きっと思い出になること確実。

私の役目は、この映画を宣伝して、

できるだけたくさんの人に参加してもらうこと。

電子回覧板は役に立ちます。

  

電子回覧板は「結ネット」と言います。

興味のある方は、このサイトを見てください。

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結ネット HP

豊川市はこの結ネットを盛り上げようとしています。

私はその流れに乗っかっています。

2024年2月21日 (水)

3月16日 北陸新幹線敦賀まで開通 福井県のCM

   

今日は令和6年2月21日。

  

今日は出勤。

明日は木曜日なのでお休み。

そして3連休。

書きたいネタも溜まったので、

この5日間でたくさん記事を書きたいと思っています。

お付き合いください。

頑張るぞ!

  

今日は今朝見たニュースがきっかけのネタです。

3月16日に東京ー福井県が新幹線で繋がるそうです。

その関連CM。


YouTube: 北陸新幹線 東京・福井開通記念ムービー「聞きおぼえのある声の旅人(フル)」篇 古市憲寿さん/犬のお父さん/福イイネ!くん/あの宇宙人も!?

   

正確には、北陸新幹線が金沢まで来ていましたが、

それが福井県の敦賀まで延びるのです。

北陸周りでも新幹線が東海地方に迫ってきました。

この後、どうなるのか調べました。

小浜を通って、京都経由で、新大阪へと延びるそうです。

そうか、大阪と繋がってしまうんだ。

名古屋に来るかなと思ったけど、予想が外れました。

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福井県HP

この地図を見せたときに、北陸新幹線という名前と、

地元の愛知県を通る東海道新幹線の名前は押さえたいですね。  

このCMはサントリーやソフトバンクが協力した

福井市のCMです。

このCM、面白いので全国に放映してほしいという

意見があるそうです。

でもこうやってネットで簡単に見ることができます。

  

このCMを使って授業を考えたい。

  

まずはこのキャラクター。

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なかなかインパクトが高いロゴキャラクターです。

このキャラクターの名前を当てたい。

なんだと思いますか。

なるほどと思いますよ。

  

  

  

  

  

「福いいネ!」です。

   

次は映像に出てきた恐竜。

日本で発見された恐竜の化石の8割が福井県。

そりゃ、福井県が恐竜で有名になるよと思いました。

福井県立恐竜博物館は、できたのは2000年7月14日。

まだできたての頃に、息子と娘を連れて行きました。

昨年の7月14日に、リニューアルオープンをしたそうです。

リニューアルした理由として、

今回の北陸新幹線開通があったようです。


YouTube: 【全貌】福井県立恐竜博物館 一足早く内部公開 2023年7月14日(金)リニューアルオープン

恐竜博物館にとって、7月14日は大事な日のようです。

誕生日ですもんね。

  

動く恐竜が印象に残っています。

動画を探しました。


YouTube: 【4K】福井県立恐竜博物館 動くティラノサウルス・フクイラプトル色んな角度から撮影

20年以上経ったけど、動くのはすごいよね。

  

  

さて次はカニです。

ズワイガニは、福井では越前ガニのブランド名です。

調べていたら、面白いことがわかりました。

この動画を中心に話します。


YouTube: 生ズワイガニを中華鍋で豪快に茹でて食べる!!

  

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越前ガニは茹でる前の色は茶色です。

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カニの甲羅についた丸い粒々はなんだと思いますか。

ミミズが嫌いな人は閲覧注意です。

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カニビルの卵です。

カニビルは、海底にいるヒル。

両方に吸盤があるとのこと。

本当か?

他の動画でチェックしました。


YouTube: ズワイガニに付いてる寄生虫をペットにする

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本当だ。排泄はどうするんだろうと思います。

またそれは後日調べましょう。

  

越前ガニは、茹でる前に、締めるのだそうです。

「締める」というのは、殺すことです。

そのまま茹でてもいいと思うのですが、

カニは危険を感じるとある動作をするそうです。

なんだと思いますか?

  

  

  

「自切(じせつ)」です。

足を自分で切り落とし、捕食者が足に気を取られている間に

逃げるのだそうです。

ちなみにカニの足の数は覚えていますか。

  

  

  

  

  

ズワイガニは10本です。

タラバガニは8本。タラバガニはヤドカリの仲間だそうです。

Img_4353 魚屋が選ぶカニ通販

しかし、なんとタラバガニには、隠れた足があるそうです。

だから正確には10本なのです。

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足の数はここまで。話を「自切」に戻します。

自切のシーンを見たいです。


YouTube: 渡り蟹の自切シーンにびっくり‼️😱💦

  

こうならないように、カニをゆっくり締めます。

その方法は、真水につけることです。

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10分〜20分真水につけることで、

越前ガニは締められるのです。

  

  

動画の13分あたりで茹で始めます。

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そして15分40秒あたりで茹で上がります。

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こんなカニの勉強をやってみたいです。

  

  

以上の勉強をして、時間が余ったらこの動画。


YouTube: 【8K車窓】JR東海道新幹線N700系 "こだま732号" 新大阪~東京<GPS位置情報/速度計付/2023年ダイヤ改正後版 Max 285km/h>

1時間41分から豊橋駅に着いて、東京までの車窓が見られます。

東海道新幹線です。

右側の車窓なので、富士山が見られないのが残念。

  

  

以上で、今日の教材研究は終了。

出勤します。

2024年2月20日 (火)

今日は6年ぶりにやじろべえを作ってみよう

   

今日は令和6年2月20日。

 

今日はやじろべえを子どもたちと作ってみたいです。

先日、電動モグラを作りましたが、

ほぼ同じような材料で作ることができるのがいいです。


YouTube: 【科学実験】やじろべえモーターをつくろう!【あっとほうむ】


YouTube: 【科学実験】やじろべえモーターをつくろう!解説編【あっとほうむ】

 

できるかな。

  

これをやってみたいのですが、

その前にほぼ6年前にやったやじろべえに注目。

ここでも道草 「やじろべえ」を作ってみました(2018年2月25日投稿)

スーパーボールと針金を使ったやじろべえ。

当時の写真です。

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まずこちらを先にやろう。

6年前の反省を役立てたい。

針金をやまがたにするよりも、スーパーボールの位置を

下げることを考えるように当時の私は書いています。

ちゃんとやっていたんですね。

すっかり忘れていました。

  

今日は、6年ぶりにやじろべえを頑張ろう!

2024年2月17日 (土)

火の見櫓/豊川市下長山町 半鐘があった

   

今日は令和6年2月17日。

  

昨日、火の見櫓の写真を載せましたが、

あそこにもあったぞと思って、昨日、写真を撮りに行きました。

豊川市下長山町の火の見櫓です。

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3つ目にして、半鐘を初めて見ました。

なぜ「半」なのだろう?

Wikipedia. 釣鐘(つりがね)

ここに次のような説明がありました。

  

大きさから梵鐘・半鐘・喚鐘に分けられ、これらの分類については諸説

あるが、概ね口径約30cm(1尺)以下のものが喚鐘、55cm~70cm以

下のものが半鐘、半鐘より大型のものを梵鐘という。

  

大中小の中なんですね。

本「黒三ダムと朝鮮人労働者」② 黒三と黒四は「不ニ一体」

   

今日は令和6年2月17日。

  

昨日の記事の続きで、

「黒三ダムと朝鮮人労働者」(堀江節子著/桂書房)から

引用していきます。

  

『黒部・底方の声』は、おおよそ三〇年前、富山県内に住む、私を

含む三人の女性が記した歴史書ともドキュメンタリーともつかない

本である。 「黒三」 建設と当時の朝鮮人労働者の過酷な労働実態

をまとめたもので、題名は峡谷の奥底から聞こえる、故郷へ帰るこ

とができなかった朝鮮人労働者の声を聴いて ほしいとの思いでつけ

た。本は、一章「黒部川第三発電所の建設」 此川 (山本) 純子、二

章「朝鮮人遺族たちの半世紀」堀江節子、三章「富山県における朝

鮮人労働者―「強制連行」前史」 内田すえのの三者による、三つの

章で構成される。

(5p)

  

「黒三ダムと朝鮮人労働者」の作者、堀江さんが書かれた本について。

「底方」は「そこい」と読みます。

この本も手に入れたいと思ったけど、廃刊された本のようで、

ネットでは見つからなかったです。

図書館にもなかったです。残念。

  

堀江さんについては、このサイトでも情報を得ました。

中日新聞 「なかったこと」にしない 富山の堀江節子さん「黒三ダムと朝鮮人労働者」を出版(2023年9月2日)

堀江さんは1948年生まれ。

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著者の顔を知るのも重要。

この方が書かれた本なんですね。

   

日本の敗戦により解放された朝鮮の人たちの多くは故郷に帰り、

また多くは日本に残った。戦後混乱期や朝鮮戦争の時期に再び戻

った人もいた。一九八〇年代になり、黒部川電源開発ゆかりの朝

鮮人(韓国人) 飯場頭の子弟が第二の故郷ともいえる富山を訪れる

ようになった。奇しくも三人のそうした韓国人男性と知り合い、

話を聞くことができた。そうした私しか知らない話を伝える責任

も感じていた。さらに、戦前の植民地支配や強制動員に関心を持

つ人たちだけではなく、地域に暮らす人たちや黒部峡谷を訪れる

内外の観光客・登山者に、峡谷の自然美に加えて、電源開発の歴

史に触れ、工事に携わった朝鮮人の物語に心を寄せてほしいと願

っている。

(5〜6p)

  

「私しか知らない話を伝える責任」がいいなあと思いました。

おかげで、その話を読むことができました。

そして近年中にきっと黒部峡谷に行きます。

観光客と登山客として。

  

話の舞台となるのは、峡谷への起点となる宇奈月から一八キロメート

ル余り上流の平にある黒部川第三発電所(以下「黒三」発電所)と、そ

のまた六キロ上流にある「黒三」ダム、ダムと発電所をつなぐ「水平

歩道」と二本の隧道(軌道トンネルと導水管)の、黒部峡谷の工事場で

ある。「黒三ダム」は「仙人谷ダム」とも呼ばれ、かの有名な「黒四

ダム」の一六キロ下流にあり、発電のみを目的とする最大出力八万一

千キロワットの重力式コンクリートダムである。 完成時には日本最大

出力を誇った。事業主体は日本電力株式会社(以下、日電)、本体施行

業者は佐藤工業株式会社(以下、佐藤組)で、ダムは「日本の近代土木

遺産~現存する重要な土木構造物二〇〇〇選」に選定されている。一

九四〇年に完成後、一九四一年には電力国家管理法に基づき、日電か

ら日本発送電株式会社に事業承継され、戦後一九五一年に電力再編成

により関西電力株式会社に移り、現在に至る。 

(12p)

  

昨年末になって、初めて「黒四」というくらいなので、

黒三、黒ニ、黒一があるんだよなあということに、

気がつきました。当然と言えば当然ですよね。

それから2ヶ月。だいぶ情報を得たなあと感じます。

黒三ダムは仙人谷ダムということ。

発電所は黒部川第三発電所というようです。

  

  

よく知られる「黒四」ダム(注)は、当初から「黒三」完成後に着工

する計画で進められ、二つのダムは「不二一体」のものと考えられて

いた。「黒三」発電所のある欅平からダムのある仙人谷までの六キロ

を「黒四」建設のための資材運搬ルートとするために、欅平の山中に

標高差二〇〇メートルの竪坑を掘り、資材を積んだトロッコを載せた

まま上方へ運び、上部軌道で仙人谷まで運ぶ計画だった。(中略)

(注)正式名「黒部ダム」は、富山県東部の黒部川に建設された水力発

電専用のダム。総工費五一三億円 (当時の関西電力資本金の五倍)、

業員延べ人数一〇〇〇万人超、労働災害による殉職者は一七一人。

ダム湖は黒部湖。アーチ式コンクリートダムで貯水量二億トン。発電

所とダムとの落差五四五メートル。最大発電量三三万五千キロワット。

電気事業者は関西電力。

(13p)

  

この文章で知りました。黒三と同時に黒四も計画されていることを。

それでなぜ仙人谷ダムから黒四ダムまでの道を

日電が造ったのかわかりました。

「不ニ一体」がわからん言葉です。

調べました。

「魂が震える話」ブログ 「不ニ一体」の境地とは?

このサイトに意味の説明がありました。

  

二つとなく、一体になっている

  

例えが、日本人と箸でした。

わかった気がします。

それと、黒四が正式名が「黒部ダム」なんだと知りました。

つまりその前の3つのダムには、黒部峡谷に造られたけど、

「黒部ダム」の名前がつかなかったわけですね。

  

  

いつか真鶴町/道草書店 魚つき保安林

   

今日は令和6年2月17日。

  

1ヶ月に2回は登山に行きたいと、

今年は思っていました。

明日は幸いにも2月3回目の登山の予定。

神奈川県湯河原市の幕山(まくやま)に行きます。

梅の名所。

昨年も行っています。

ここでも道草 20230305神奈川県の幕山を登ってきました(2023年3月12日投稿)

昨年は3月5日でした。

今年は暖冬なので、開花が早まったから、

明日、行くことになりました。

予想以上に早い。

  

昨年、幕山登山中に、海が見え、半島が見えました。

その時は知識がなくて、何半島だろうと思いましたが、

今はわかります。真鶴半島です。

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googleマップより

  

何気なく真鶴町を検索していたら、「道草書店」を見つけました。

「道草」には反応してしまいます。

若い夫婦が、子どもを授かったのを機会に、

自然豊かな場所で育てたいと、東京から移住して、

始めた書店だそうです。

参考:日経BOOK PLUS 真鶴・道草書店 風光明媚な町で移住者夫婦が始めた本屋さん

本屋さんをやっていたわけでなく、

何か商売を始めようと考えていたところ、

地元の人たちの本屋さんがないという声で、

始めたそうです。

オープンは2022年6月。

上記のサイトから写真を転載。

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いつか行く機会があるかな。

「道草」繋がりで行きたいですね。

「道草」について語り合いたいです。

なぜ「道草書店」にしたのか。次のように書いてありました。

  

ところで、道草書店の店名は、夏目漱石の『道草』が由来でしょうか。

店名はさまざまな意味を込めてつけたのですが、漱石の『道草』(角

川文庫)もその一つです。私(中村道子)は漱石の中でもこの作品が

いちばん好きです。物語の世界観が好きというより、漱石の内面がよ

く表れ、自伝的であるところが魅力です。それから私たちは移動書店

から始めたということもあって、お客さんには、道草の途中で寄って

いただけるような店にしたい。また私の名が道子ということもありま

す。

  

なるほどです。

紹介が遅れましたが、ご夫婦の名前は、

中村竹夫さん・道子さんです。

   

上記のサイトの文章の中で気になったのが、この文章。

  

相模湾に突き出す真鶴半島の奥には、江戸時代から続く魚つき保安林がある。

  

「魚つき保安林」?

なんだろう?

調べました。

森林・林業学習館 魚つき保安林

「うおつきほあんりん」と読みます。

こんな説明でした。

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このサイトでは、まさに真鶴町の保安林の写真が載っていました。

  

  

2024年2月16日 (金)

火の見櫓/豊川市篠束町・牛久保町

   

今日は令和6年2月16日。

  

以前、火の見櫓を記事にしたことがあります。

ここでも道草 「火の見踏切」から火の見櫓を教えよう(2024年1月15日投稿)

   

この投稿した1月15日に、2箇所の火の見櫓を撮影しています。

その写真を載せます。

豊川市篠束(しのづか)町にある火の見櫓です。

記事で話題にした火の見踏切の傍にある火の見櫓です。

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YouTube: 豊川市篠束町 火の見踏切 2024年1月15日

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次は、飯田線牛久保駅の近くにある火の見櫓です。

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こうやって、火の見櫓について調べていると、

火の見櫓にもマニアがいて、ちゃんと調べていることがわかりました。

牛久保の火の見櫓は、このサイトで詳しいです。

エディ草子 遠州写真日記 火の見櫓164豊川市牛久保町

  

牛久保の火の見櫓は昭和27年のもの。

70年ものです。

でもいつかは撤去されるでしょう。

そう思うと、このブログに載せた写真も、

いつかは価値あるものになるでしょうね。

  

本「黒三ダムと朝鮮人労働者」① 「日電歩道」「水平歩道」「下ノ廊下」

    

今日は令和6年2月16日。

  

黒部第三の勉強をしていて、一度整理しておかないといけないと

感じた用語があります。

「日電歩道」「水平歩道」「下ノ廊下」です。

  

「高熱隧道」(吉村昭著/新潮文庫)には、この地図が載っていました。

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部分をアップします。

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この地図によると、日電歩道は欅平〜阿曽原になっています。

  

この動画だと、違っていました。


YouTube: 【テント泊登山】断崖絶壁30kmの道、黒部峡谷の歴史を歩く|旧日電歩道-下ノ廊下-水平歩道

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部分をアップします。

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これによると、欅平〜仙人谷ダム間が水平歩道。

仙人ダム〜黒部(第四)ダム間が旧日電歩道になっています。

そして水平歩道と旧日電歩道を合わせたのが、

下ノ廊下と思われます。

  

日本電力(日電)が造ったので、日電歩道というと思いますが、

日電が造ったのは、水平歩道であって、

旧日電歩道は、戦後の作業なので、

もう日電は存在していなかったので、

日電歩道という名前はおかしいのではと思いました。

  

しかし!この本を読んで、理解できました。

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amazon

「黒三ダムと朝鮮人労働者」(堀江節子著/桂書房)

   

水平歩道は日電が造ったものではありませんでした。

引用します。

  

1917年、タカジアスターゼの発見者として知られる高峰譲吉が、

アルミ精錬の電源を求めて黒部川の水力発電の可能性に注目して調査

に乗り出した。1919年にはアメリカのアルコ社と共同で東洋アル

ミナムを設立、富山湾に面する良港、高岡銅器の加工技術、水力発電

による電力、豊富な労働力を結合してアルミ産業を興すという壮大な

計画を立てた。1920年には欅平から上流へと水平歩道の開削を開

始、1921年には・・・(14〜15p)  

  

水平歩道を造ったのは、東洋アルミナムでした。

Wikipedia 水平歩道

ここにも同様に書いてありました。

  

富山で設立された東洋アルミナムが、多くの電気を必要とするアルミ

ニウム精錬のため水力発電用ダムを自前で建設することを計画し、そ

の調査を目的として1920年(大正9年)に開通させたものである。

  

日本電力が、黒部に関わったのは1923年なので、

水平歩道には関係していません。

つまり、「高熱隧道」の日電歩道は違うのです。

じゃあ、仙人谷ダムから黒部ダムの道はどうか。

これも、記述がありました。引用します。

  

黒部川電源開発を引き継いだ日電は、さっそく1923年9月に宇奈

月ー猫又間12キロの軌道の開削に着手、上流へと調査を進めた。さ

らに、「黒四」へのルート開発として日電歩道の開削に取り組み(1

929年完成)、翌1924年には・・・・(15〜16p)

  

日電は、黒三を造ると同時に、黒四も造る予定だったのです。

Wikipedia 日電歩道

この本を読んだ後だと、このサイトの説明も理解できます。

  

「日電歩道」の名は、日本電力(日電)が水力発電の建設に備えた調

査を行うために開削したことから付けられた。1925年に着工し、19

29年に平(現在の黒部ダム西岸・平ノ小屋付近)まで開通した。黒部

川左岸断崖絶壁にわずかな隙間をうがつような形で建設され、当初は

最も狭いところで道幅が50センチメートル (cm) しかなく、岩壁から

太い針金を垂らして木をぶら下げ桟道代わりにしていた箇所もあった。

歩道上流部に黒部ダムが建設されるにあたってこれらの狭隘な箇所が

拡幅され、現在の道になった

日電がすでに存在しない現在では「旧日電歩道」とも呼ばれる。また

水平歩道の部分に当たる区間も含めた約30 kmの道のりを指して「日

電歩道」と総称する場合もある。ただし水平歩道の開削は、日電が黒

部川の水利権を得る以前に東洋アルミナムの手で行われており、日電

が開設したという意味では「日電歩道」と呼べるのは仙人谷より上流

側である。また、対岸の右岸側には、古河合名会社(現在の古河機械

金属)や東信電力も調査用の道を開いていたが、現在では使われてい

ない。

  

整理できてきました。

次は「下ノ廊下」

これについては、次のサイトの記述が参考になりました。

チューリップテレビ 5年前には10日余りで5件の死亡事故も…北アルプスの秘境・黒部峡谷の下ノ廊下でまた滑落 登山者を魅了する“美しさ”と“険しさ”(2023年10月18日)

こう書いてありました。

  

黒部峡谷は、黒部湖から上流を「上ノ廊下」、下流を「下ノ廊下」と

呼ばれています。

  

ちゃんと「上ノ廊下」もありました。

黒部峡谷は奥が深いのです。

木のお雛様と梅の花

    

今日は令和6年2月16日。

 

2月13日(火)

仕事が終わって帰路へ。

職員室を出たところで、いいものを見ました。

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いいなあと思いました。

  

2月14日(水)

やはり帰る時に、職員室を出た時、ん、何か違うと思いました。

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紅梅が増えていました。

賑やかになっていました。

   

人の心を和ませる仕事をされている方が、

勤務校にはいます。

  

2024年2月15日 (木)

20240203鳥川アルプス登山③ 1〜京ケ峰〜ホタル学校

  

今日は令和6年2月15日。

  

前記事の続き。

  

そしたら、出ました!「1」

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ここで、今一度、地図を載せます。

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ここに全て書いてありました。

鳥川アルプスは、ぐるっと周回できるようになっています。

ちょうど地図の中央の北に、「191」があり「1」があります。

(よく見ると192があります)

つまり、鳥川アルプスは、「1」からスタートして、反時計回りで、

「191」まで歩けば、1周できるわけです。

出会った2人組さんたちは、191からスタートして、

逆回りで1周を目指していたのです。納得。

私たちがこの日歩いたのは、鳥川アルプスの北の半分だけでした。

    

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「あの子どこの子よその人」??? 意味不明。

旧額田町は、小学校が統合されて、現在は豊富(とよとみ)小学校のみ。

その小学校名がついた丘ですね。

  

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この見晴台の名前は「まさえ台」

さっきは「まさみ台」だったよな。

これは女の子の名前なのかなと予想。

  

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今度の見晴台は「はるみ台」

  

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また見晴台。今度の名前は・・・・「じゅんこ台」

まさえさん、まさみさん、はるみさん、じゅんこさんがいた教室を

想像します。

  

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京ケ峰頂上です。

これは「愛知の130山」(あつた勤労者山岳会編/風媒社/

1999年発行)の1山かなと思いましたが、

どうも違います。

愛知県には「きょうがみね」が3山あると聞きました。

調べたら、その3山を1日で歩いた人がいました。

YAMAP 京ヶ峯・京ヶ峰・京ヶ峯(2021年1月31日)

「愛知の130山」の京ケ峰は登っているので、

これで2山目の京ケ峰でした。

  

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「学校山」

こんな名前の山は珍しいのでは。

   

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「カール」!

氷河が造った斜面のことをカールというと思うのですが、

本当にこれはカールなのか。

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木が多すぎてわかりませんでした。

ネットで調べましたが、ダメでした。不明です。

  

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新東名が見えました。

  

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水とみどりの森の駅 鳥川ホタルの里「トヨトミ梨」の花が満開(2013年4月6日)

このサイトから引用します。

  

トヨトミ梨は、岡崎市指定の天然記念物で、野生梨の一種で全くの固有

種です。よって野生のトヨトミ梨は世界でたった1本しかないという、

とても珍しい木です。

かつて樹齢300年を超える大木(下の写真)でしたが、昭和34年の

伊勢湾台風で幹が枯れてしまいました。しかし、根元から枝が伸び、現

在のトヨトミ梨となり、復活したのです。現在のトヨトミ梨も、平成

21年の台風18号で根元から倒れ、枯死寸前でしたが、奇跡的に復活

をしました。

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秋に小さな実をつけますが(下の写真)、渋くてとても食べられない

ので「石梨」とも呼んでいます。現在は、この実から育てた苗木が岡

崎市内を中心に数十本育てられており、子孫が元気に育っています。

ホタル学校にあるのもそのうちの一本です。

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梨の花は好きなので、見たいですね。

ここにも歴史あり。

  

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もっと接近して撮ればよかったです。

「中貝津庚申塔」の説明の札が立っています。

昔、庚申塔に興味を持って、見に行っていました。

ここでも道草 庚申塔報告1/新城編 (2012年5月4日投稿)

次回は、この庚申塔をしっかり見てきたいです。

  

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旧鳥川小学校。

夏はホタルで賑やかになるのかな。

  

午前8時20分頃に出発。

午後3時30分頃に戻ってきました。

7時間ほど山の中にいました。

  

  

  

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