商店名が交差点の名前になった「権七」/いつ閉店したのか?
今日は令和8年3月19日。
クラウドに写真がたくさんたまっています。
いつかはブログの記事にしたいと思っている写真です。
その中の1枚。
昨年(2025年)3月13日の写真です。
浜松市にある交差点の写真。
赤信号で止まっている時に撮影。
この交差点の名前が面白い。
「権七(Gonhichi)」です。
なぜこの名前?
「七」を「ひち」と読むのも異色です。
ここでも道草 20250309納古山/空ふさがり⑨ 花や蝶、草に地名(2026年2月7日投稿)
ここで岐阜県七宗(ひちそう)町のことを書いています。
「し」を「ひ」と言ってしまうことは経験ありです。
これは方言の可能性が高いです。
岐阜県〜愛知県〜静岡県遠州地方の方言ではと思っています。
場所を地図で示します。
Googleマップを利用します。
浜松市の姫街道と呼ばれる道の交差点です。
この時には、地図の村櫛三方原線を南西から自動車で走ってきて
姫街道と合流する状態でした。
その交差点のすぐ南に「権七店跡」があります。
この「権七店」の店の名前が、交差点の名前になったようです。
ねこじゃらし・Kの懐かし処 百年以上商っている商店が地名に・・・権七(姫街道沿い)
このサイトに説明がありました。
スクリーンショットの写真を載せます。
この記事は2013年に書かれたものです。
真ん中の看板の文字をここに記します。
葵町
権七店(ごんひち店)
三方原追分(おいわけ)で左に折れると、うっそうとした松並木が続
いている。ここから権七店までは家がほとんどなく、寂しいところで
あった。約一〇〇年以上も続いた権七店は、近隣の人々の寄り合い所
となり、井戸端会議に花が咲いた社交の場所でもあった。店先には山
桃の木があって、そこに馬方(うまかた)は牛馬をつないで休憩した。
店では、駄菓子だんご・お酒等を売っていた。
13年前にはあった看板は今はどうなっているのか。
地図には「権七店跡」となっているので、
13年前には商いをしていた権七店は閉店してしまった可能性高し。
今はどうなっているのか。
その辺りを調べてみました。
まずGoogleアースを利用。
「権七店跡」にストリートビューで降りてみました。
最初に見た画像。
「権七」と書いたバス停があり、左手に先ほどの看板がありました。
この画像の撮影は2025年7月です。
看板はきっと今も存在するでしょう。
そしてお店はどうなっているのか。
左の方向に進むとお店はありました。
う〜ん、営業していないようです。
窓には白いものが貼られて、中が見られないようになっています。
やはり「権七店跡」になっています。
ストリートビューで過去の写真を見ることができました。
最も古い写真。
2012年5月撮影
営業しています。
明らかに営業をしています。自販機が1台無くなりました。
「ゆうパック」の幟があるので、営業しているのかな。
店さきに置いてあるのはタマネギ?
この後の写真が、最初の2025年7月なので、
Googleアースのストリートビューの画像から判断して
閉店は2023年9月以降、2025年7月前と予想します。
どうなんでしょう。
ここでGeminiに聞いてみました。いつ閉店したのか。
回答の一部です。
権七商店(現代の店舗)が正確にいつ閉店したのかについて、公的な
記録や明確な年月は残念ながら残っていません。個人の商店であった
ため、市の歴史書などにも閉業の記録までは記載されていないようで
す。
その後、年月を経てお店を閉じられ、現在では店舗の建物自体もなく
なってしまいました。今は写真に収めていただいたあの看板と、「権
七」という交差点やバス停の名前だけが、かつての賑わいを伝えてい
ます。
Geminiでも閉店した時はわかりませんでした。
新事実。昨年7月にあった建物は現在無くなってしまったそうです。
それはびっくり。
こうなると現場に行きたいですね。
現場に行けばわかることもあり。
近所の人に聞けば、閉店がいつ頃だったかもわかるはず。
そもそも「ごんひち」という店名のいわれも知りたいです。
きっと最初の店主が権七さんだったのでしょう。
1枚の写真を記事にできてよかったです。
読んでいただきありがとうございます。













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