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2024年2月17日 (土)

本「黒三ダムと朝鮮人労働者」② 黒三と黒四は「不ニ一体」

   

今日は令和6年2月17日。

  

昨日の記事の続きで、

「黒三ダムと朝鮮人労働者」(堀江節子著/桂書房)から

引用していきます。

  

『黒部・底方の声』は、おおよそ三〇年前、富山県内に住む、私を

含む三人の女性が記した歴史書ともドキュメンタリーともつかない

本である。 「黒三」 建設と当時の朝鮮人労働者の過酷な労働実態

をまとめたもので、題名は峡谷の奥底から聞こえる、故郷へ帰るこ

とができなかった朝鮮人労働者の声を聴いて ほしいとの思いでつけ

た。本は、一章「黒部川第三発電所の建設」 此川 (山本) 純子、二

章「朝鮮人遺族たちの半世紀」堀江節子、三章「富山県における朝

鮮人労働者―「強制連行」前史」 内田すえのの三者による、三つの

章で構成される。

(5p)

  

「黒三ダムと朝鮮人労働者」の作者、堀江さんが書かれた本について。

「底方」は「そこい」と読みます。

この本も手に入れたいと思ったけど、廃刊された本のようで、

ネットでは見つからなかったです。

図書館にもなかったです。残念。

  

堀江さんについては、このサイトでも情報を得ました。

中日新聞 「なかったこと」にしない 富山の堀江節子さん「黒三ダムと朝鮮人労働者」を出版(2023年9月2日)

堀江さんは1948年生まれ。

Img_4260

著者の顔を知るのも重要。

この方が書かれた本なんですね。

   

日本の敗戦により解放された朝鮮の人たちの多くは故郷に帰り、

また多くは日本に残った。戦後混乱期や朝鮮戦争の時期に再び戻

った人もいた。一九八〇年代になり、黒部川電源開発ゆかりの朝

鮮人(韓国人) 飯場頭の子弟が第二の故郷ともいえる富山を訪れる

ようになった。奇しくも三人のそうした韓国人男性と知り合い、

話を聞くことができた。そうした私しか知らない話を伝える責任

も感じていた。さらに、戦前の植民地支配や強制動員に関心を持

つ人たちだけではなく、地域に暮らす人たちや黒部峡谷を訪れる

内外の観光客・登山者に、峡谷の自然美に加えて、電源開発の歴

史に触れ、工事に携わった朝鮮人の物語に心を寄せてほしいと願

っている。

(5〜6p)

  

「私しか知らない話を伝える責任」がいいなあと思いました。

おかげで、その話を読むことができました。

そして近年中にきっと黒部峡谷に行きます。

観光客と登山客として。

  

話の舞台となるのは、峡谷への起点となる宇奈月から一八キロメート

ル余り上流の平にある黒部川第三発電所(以下「黒三」発電所)と、そ

のまた六キロ上流にある「黒三」ダム、ダムと発電所をつなぐ「水平

歩道」と二本の隧道(軌道トンネルと導水管)の、黒部峡谷の工事場で

ある。「黒三ダム」は「仙人谷ダム」とも呼ばれ、かの有名な「黒四

ダム」の一六キロ下流にあり、発電のみを目的とする最大出力八万一

千キロワットの重力式コンクリートダムである。 完成時には日本最大

出力を誇った。事業主体は日本電力株式会社(以下、日電)、本体施行

業者は佐藤工業株式会社(以下、佐藤組)で、ダムは「日本の近代土木

遺産~現存する重要な土木構造物二〇〇〇選」に選定されている。一

九四〇年に完成後、一九四一年には電力国家管理法に基づき、日電か

ら日本発送電株式会社に事業承継され、戦後一九五一年に電力再編成

により関西電力株式会社に移り、現在に至る。 

(12p)

  

昨年末になって、初めて「黒四」というくらいなので、

黒三、黒ニ、黒一があるんだよなあということに、

気がつきました。当然と言えば当然ですよね。

それから2ヶ月。だいぶ情報を得たなあと感じます。

黒三ダムは仙人谷ダムということ。

発電所は黒部川第三発電所というようです。

  

  

よく知られる「黒四」ダム(注)は、当初から「黒三」完成後に着工

する計画で進められ、二つのダムは「不二一体」のものと考えられて

いた。「黒三」発電所のある欅平からダムのある仙人谷までの六キロ

を「黒四」建設のための資材運搬ルートとするために、欅平の山中に

標高差二〇〇メートルの竪坑を掘り、資材を積んだトロッコを載せた

まま上方へ運び、上部軌道で仙人谷まで運ぶ計画だった。(中略)

(注)正式名「黒部ダム」は、富山県東部の黒部川に建設された水力発

電専用のダム。総工費五一三億円 (当時の関西電力資本金の五倍)、

業員延べ人数一〇〇〇万人超、労働災害による殉職者は一七一人。

ダム湖は黒部湖。アーチ式コンクリートダムで貯水量二億トン。発電

所とダムとの落差五四五メートル。最大発電量三三万五千キロワット。

電気事業者は関西電力。

(13p)

  

この文章で知りました。黒三と同時に黒四も計画されていることを。

それでなぜ仙人谷ダムから黒四ダムまでの道を

日電が造ったのかわかりました。

「不ニ一体」がわからん言葉です。

調べました。

「魂が震える話」ブログ 「不ニ一体」の境地とは?

このサイトに意味の説明がありました。

  

二つとなく、一体になっている

  

例えが、日本人と箸でした。

わかった気がします。

それと、黒四が正式名が「黒部ダム」なんだと知りました。

つまりその前の3つのダムには、黒部峡谷に造られたけど、

「黒部ダム」の名前がつかなかったわけですね。

  

  

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