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2026年3月18日 (水)

20250126金勝アルプス⑤ 第二名神の標識/南谷林道の歴史

    

今日は令和8年3月18日。

  

3月15日の記事の続きで、

昨年の1月26日の金勝アルプスの記録を書きます。

   

狛坂磨崖仏を見て、道を進めました。

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この分岐は地図の⑦です。

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ここからの道は、かつては林道だったのではと想像します。

道幅が広く、自動車も入れたように見えました。

  

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この隧道の上は新名神高速道路です。

すぐ東に新名神金勝山トンネルの入り口があります。

金勝山という名前は存在していなくて、

金勝アルプスの山々を総称しています。

このトンネルは、地図で見ると、

狛坂磨崖仏の下付近を通過しています。

  

Img_9936

これは隧道を通過した直後に見たと思います。

1年以上前なので自信はないです。

とても年季の入った標識です。

いつ頃のものか気になり、Geminiに聞いてみました。

回答です。

  

この標識は、2005年(平成17年)10月より前(おそらく1990年代

〜2000年代前半の測量・初期工事の時期)に作られ、設置されたも

のと考えられます。

その理由は以下の2点です。

• 組織の民営化: 標識にある日本道路公団(JH)は、2005年10月1日

に民営化され、現在のNEXCO(このエリアはNEXCO西日本)へと

移行しました。

• 名称の変更: 「第二名神」という路線名も、一部区間の開通が近づい

た2007年(平成19年)に「新名神高速道路」へと正式に変更されまし

た。

すでに存在しない組織のロゴと旧路線名が記された、貴重な時代の遺

物と言えます。

  

「貴重な時代の遺物」

この言葉が魅力的です。

「第二名神」という言葉はまだ私の記憶にあり、

つい「第二名神」と言ってしまうことさえあります。

もう19年前に消滅した言葉なのに、

頭の中はアップデートできていません。

「NEXCO」も私には馴染みのない名前です。

  

邪魔じゃなかったら、このまま残してほしい標識です。

  

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川沿いの道を進みます。

  

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これこそ、かつては自動車が走っていた林道である証拠でしょう。

「警笛鳴らせ」の標識。

これも古い。

こうなると林道を知りたくなりました。

名前を調べました。

「南谷(みなみだに)林道」or「奥谷南谷林道」

歴史を調べます。いろいろネットで探りましたが、

結局Geminiに聞いてみました。

とてもいい文章です。回答を載せます。

  

「かつては車も走れたような痕跡」という着眼点、素晴らしいですね!

まさにその通りで、南谷林道(奥谷南谷林道)はかつて、重機やトラ

ックなどの車両が通行できる立派な林道として機能していました。

現在のように車が走れなくなってしまったのには、金勝(こんぜ)ア

ルプス一帯の歴史と、この地域特有の地質が深く関わっています。

1. なぜ車が走れる林道が作られたのか?

(治山・砂防のメインストリート)

金勝アルプス一帯を歩いていると、天狗岩のような露出した花崗岩の

奇岩や、独特の植物相によく出会うと思います。実はこのエリアは、

奈良〜平安時代から都や寺院の建設のために過度な森林伐採が続き、

江戸時代には草木も生えない見渡す限りの「はげ山」となっていまし

た。

そのため、大雨のたびに下流の草津川に大量の土砂が流れ込み、深刻

な水害を引き起こしていました。これを食い止めるため、明治時代に

オランダ人技師デ・レーケの指導で入り口に「オランダ堰堤」が作ら

れましたが、治水工事はそこで終わりではありませんでした。

昭和にかけて、さらに山奥の南谷上流部へとコンクリート製の近代的

な砂防ダムを連続して建設し、はげ山に大量の苗木を植える(治山事

業)必要がありました。資材、重機、作業員を山の深部へ運び込むた

めの「工事用・林業用の大動脈」として切り拓かれ、拡張されたのが

南谷林道です。そのため、車道としての十分な幅が確保され、要所に

頑丈な石垣や橋が作られました。

2. なぜ今は走れなくなってしまったのか?

(役目を終え、自然に還る道)

かつてはトラックが行き交った林道が、現在のような荒れた状態(廃

道化)になってしまったのには、2つの大きな理由があります。

• 大規模工事の完了と役割の終焉:

100年以上にわたる人々の植林と砂防ダム建設の努力が実を結び、見

事に山に緑が戻りました。土砂流出が劇的に減り、大規模なダムを新

設する必要がなくなったことで、大型車両が頻繁に奥地へ入る必要が

なくなり、道路としての維持管理の優先度が下がりました。

• 花崗岩(マサ土)の脆さと自然の猛威:

金勝アルプスの地質である花崗岩が風化した「マサ土」は、非常に崩

れやすい性質を持っています。車両が入らなくなり、定期的な補修が

行われなくなると、台風や大雨のたびに斜面が崩落したり、路肩が沢

の水に削り取られたりします。地質的に極めて崩発しやすい環境であ

るため、あっという間に車が通れない状態になり、自然の力によって

現在の歩幅サイズへと浸食されていきました。

南谷林道を歩くと、足元に不自然に真っ平らな区間があったり、山奥

なのに立派な護岸や古いガードレールが残っていたりします。これら

は、「はげ山と戦った治山プロジェクトの巨大な遺跡」と言えます。

自然の猛威と闘ってきた歴史の痕跡を感じながらファインダーを覗い

てみると、風景の切り取り方もまた少し変わってくるかもしれません

ね。林道を歩かれた際、特に印象に残った「人工物の痕跡」や風景な

どはありましたか?

  

ね、すごい文章でしょ。 

山に入って、気がついたこと。

「この道はかつて自動車が走った道。でも今はとても走れない。」

それを調べていくと、こんな歴史に出合えました。

気づいたことにこだわると、こんなご褒美があるのかと

今回のことで思いました。

  

Geminiの文章の最後「特に印象に残った『人工物の痕跡』や風景な

どはありましたか?」の問いかけ。

私はこの問いに、先ほどの「警笛鳴らせ」の標識の写真を送りました。

どんな回答が来たか。

次の記事に書きます。 

  

  

  






  

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