2024年2月15日 (木)

20240203鳥川アルプス登山② 森ケ嶺〜191登山口

   

今日は令和6年2月15日。

  

前記事の続きです。

  

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登り始めた頃は天気があまり良くなかったです。

写真のように。

ただ、天気予報は回復すると言っていました。

それを期待して歩きました。

  

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新しい看板がありました。

  

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「仙人桧」

え、どこかに立派なヒノキがあるのかな?

「後ろにあるよ」と同行者が教えてくれました。

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聳え立っていました。

少し雲がかかっているのも、幻想的でいいです。

  

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「ふっこし峠」

面白い名前です。

調べたら、群馬県の方言がヒットしました。

毎日ことばPLUS

このサイトから引用します。「吹越(ふっこし)」の説明です。

  

「ふきごし」とも。積もった雪が風に運ばれて舞い落ちる「風花」を、

群馬などでは吹越という。俳人・加藤楸邨(しゅうそん)はこの語を

好み、句集の題にもしている。「吹越に大きな耳の兎かな」。ちなみ

に俳優・吹越満さんの読みは「ふきこし・みつる」。

(2011年02月08日)

  

「風花」は「かざはな」と読むようです。

日本海側に積もった雪が、

風に飛ばされて群馬にやってきた様子のようです。

日が照っているのに、雪が舞う景色です。

でも、この峠は、ここは地元愛知県なので、

他の意味でしょうか。

  

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この絵が上手でした。

写真に撮って、ブログに記録。

  

同じ駐車場を利用して、同じ頃に出発した男女2人組に出会いました。

彼らは違う登山口から登り始めて、私たちとは逆の時計回り。

もう息が切れていました。

聞いたところ、「191番から1番まで歩きたい」と言っていました。

どういうことかな?と思いましたが、

歩いているうちにわかってきました。

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例えば、「高野御前山」の看板の上に「160」とあります。

この数字、だんだん増えていました。

この数字が191まであるんだ。

そして2人は、191から登り始めて、逆コースなので、

だんだん数字が減って、1になるところまで歩こうという魂胆だと

予想しました。

どうやらそれは、急がないと達成できないコースのようです。

2人は、なので息が切れていたのでしょう。

    

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登山道の真ん中に立派な木がありました。

天気も良くなってきました。

  

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ここで昼食。

  

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気持ちの良さそうな道でしょ。

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見晴台。名前が「まさみ台」

  

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191が迫ってきました。

  

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191の登山口。

あの2人はここから登り始めたんだ。

  

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気になったのは、電気柵を作った会社の名前。

「日亞鋼業」

「亞」の字を使うのが珍しい。

創業が古いのかな。

調べました。

日亞鋼業HP

このサイトによると、創業は1908年。明治41年。

会社名は「日本亜鉛鍍金工場」

「亞」は「亞鉛」の「亞」だったのですね。

新字体の「亜」、旧字体の「亞」

戦後、この2字は生き残りをかけてせめぎ合いをしたようです。

「亜」が消えて、「亞」が残る事態にもなりそうでした。

でも「亞」は生き残り、人名漢字として使えます。

その経緯は、このサイトを見るといいです。

せめぎ合いの様子がわかります。

「亞」が生き残ったら、書きにくかったでしょうね。

ことばのコラム 人名用漢字の新字旧字 第44回 「亜」と「亞」

  

きっと創業時は、「亞」が一般的だったと思います。

だから「日本亞鉛鍍金工場」だった可能性が高いです。

なので、看板も「日亞」になっていたのでしょう。

元々使っていた漢字なので。

  

「鍍金」の意味も調べました。

weblio辞書 

読み方にびっくり。「ときん」と読むのはいいとして、

このように漢字で書いて「メッキ」とも読みます。

意味もわかります。メッキのことです。

  

どこからでも勉強は時始まります。

面白かった。

20240203鳥川アルプス登山① 喜桜山 額堂山

   

今日は令和6年2月15日。

  

2月4日に登った山の報告をします。

  

この日に登ったコースは、鳥川アルプスと呼ばれる山々の

およそ半分です。

場所はかつての額田町。

現在は岡崎市鳥川町。

  

ここで「鳥川」の読み方。

新任で勤めた学校が、僻地(へきち)校だったので、

愛知県の僻地校の名前は、よく耳にしました。

「鳥川小学校」がかつてありました。

2010年(平成22年)3月末日で閉校。

「鳥川」は「とりかわ」ではなく「とっかわ」と読んでいました。

面白い読み方だなあと思い、

「とっかわ」と読むのが正しいと思っていました。

40年近くそう思っていました。

今回、調べてみて、単純ではないと思いました。

Wikipedia 岡崎市立鳥川小学校

このサイトによると、「鳥川」は「とっかわ」と読みます。

その理由は、校歌に「とっかわ」とあるからです。

しかし、学校のあった鳥川町は「とりかわ」と読みます。

「とっかわ」「とりかわ」をどう使い分けるのか?

このサイトが参考になります。

岡崎市公式公式観光ガイド 鳥川ホタルの里

ここから引用します。

  

「鳥川ホタルの里」とは、愛知県岡崎市の東部「鳥川町(とりかわちょ

う)」全域のことをいい、町名の正式な読み方は「鳥川=とりかわ」で

すが、「鳥川ホタルの里」は昔から愛着を込めて「とっかわ」と呼ばれ

ています。鳥川(河川名は「とりかわ」)には、ゲンジボタルがたくさ

ん生息しており、6月のピーク時には流域約2kmの範囲で1,000匹を超

える幻想的なホタルの舞が楽しめます。

 

どうやら正式には「とりかわ」のようです。

愛着を込めて「とっかわ」

小学校名はどうだったのでしょう。

校歌に歌われているのが「とっかわ」ならば、

「とっかわ」が正式だったのでしょうか。

すでに閉校した学校なので、確かめるのは難しいですね。

  

駐車所に、素晴らしい地図がありました。

令和元年のものです。

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この地図の上に、今回歩いたコースを、

黄色の線で表してみます。

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反時計回りに歩きました。

  

写真を載せていきます。

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鳥川小学校閉校記念植樹とあります。

何の木でしょう。

枝垂れています。

枝垂れ桜かな。

  

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今回の登山口です。

よく整備された登山道のように感じました。

この予感は当たり、整備された登山道でした。

道標も多く、ベンチもところどころあって、

場所によってはそれらが新しく作り直されていて、

現在整備更新中の雰囲気がある登山道でした。

    

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地図にも書かれていますが、小さなピークには、

それぞれ名前がついていました。

  

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喜桜山頂上。

ピークの多くには、「ほたるの鐘」なるものが設置されていて、

木の棒で鐘(缶?)を叩いて鳴らすことができます。

喜桜は「きざくら」と読むのかな。

お酒の「黄桜」を思い出します。

  

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登山道の整備は、鳥川ホタル保存会、岡崎里山軽登山同好会が

行なっているのかなと、ベンチの表示から思いました。

  

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歩いていて、ピーク「〜山」ではなくて、

「〜平」の方がいいよねと話していたら、

実際にありました。桧平(ひのきだいら)。

  

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額堂山。がくどうやま。

ここは「愛知の130山」(あつた勤労者山岳会編/風媒社/

1999年発行)の1山。

この本を参考に、昔、登っています。

その時は現在豊川市になった音羽町から登っているようです。

全く覚えがありません。

20年前くらいかな。

  




  


  

2024年2月14日 (水)

樹氷が見られるのは、日本とドイツ

   

今日は令和6年2月14日。

  

先日、御在所岳で樹氷を見てきました。

久しぶりのことでした。

これを社会科の授業で教えたいです。

樹氷が見られるのは、日本とドイツくらいだそうです。

THE GATE【樹氷】ができる仕組みとは?

エビの尻尾と呼ばれるのは、枝のどちらがわにできるか?

風上?風下?

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GAN REF

これが意外に難しい。

これは風上側に伸びていくんですよね。

  

上記の「THE  GATE」から引用します。

 

樹氷は3つのステップを繰り返すことで成長していきます。

①着氷:雪や風の中に増えた水分が枝や葉にぶつかり、凍る

②着雪:着氷した氷の隙間に吹雪などで多くの雪が入り込む

③燃結:さらに雪がくっつき、風上に向かって成長する

  

「燃結」という表現が驚き。

寒さで起こる現象に「燃」が使われています。

ただもっと知りたくて、「燃結」で検索すると、

「焼結」が出てきてしまい、

「燃結」がひとつもヒットしません。

う〜ん、燃結という言葉は本当に存在するのか?

  

樹氷のすごいのが見られるのは、なんと言っても、

蔵王です。

山々が連なっているのいが「山脈」

御在所岳は「鈴鹿山脈」

蔵王山は「奥羽山脈」にあります。

「山脈」という言葉にも触れておこう。

  

授業では御在所岳の雪景色を見せて、

山形県と宮城県の境にある蔵王山の樹氷を見せたい。

この映像が良さそうです。


YouTube: 【これがZAOだ!!】大快晴スキー 絶景と樹氷の蔵王ロープウェイ

  

関係する県の県庁所在地も押さえておこう。

愛知県ー名古屋市

三重県ー津市

滋賀県ー大津市

岐阜県ー岐阜市

山形県ー山形市

宮城県ー仙台市

  

  

以上で、今日の教材研究終了。

出勤です。

巨大なベテルギウス 「もう無い」かも?

   

今日は令和6年2月14日。

  

この記事の続き。

ここでも道草 太陽で生まれた光子が、地球に来るまでに10万年かかる(2024年2月7日投稿)

ここで掲載した動画。


YouTube: got balls - planet size comparison, 12tune

この動画を翻訳しようとしましたが、

これはどうやらドイツ語で、

BLAUER  RIESEなど、不明なものがあるので、

途中で挫折。

できたらベテルギウスが出て来る方が、

授業には向いているので、

ベテルギウスが登場する動画を探しました。

  

これはどうでしょうか。


YouTube: 【宇宙】巨大天体比較 4K 60fps

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ベテルギウスの大きさは太陽の750倍。

太陽は地球の109倍なので、

地球から考えると約75000倍。

地球が1cmと考えると、75000cm。

750m。

太陽から地球に光が届くのに8分19秒かかります。

太陽が1年かかってたどり着く距離を1光年と言います。

この光年を使って、地球〜ベテルギウス間は、

550光年かかるそうです。

  

こんな大きな星、ベテルギウスがあることを、

子どもたちに教えて、もうすぐこの星が寿命を迎えて、

爆発するかもしれないという話をしたいです。

いや、もしかしたら、すでにないかもしれないのです。

でも、光がやってくるのは550年(650年説も)。

それがわかるには時間がかかるのです。

  

ここで予備勉強。


YouTube: 【超巨大な星】ベテルギウスの超新星爆発で地球はどうなるのか?

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そして子どもたちが夜空を見た時に、

オリオン座が探しやすいように、

この動画を利用したい。


YouTube: 冬の星2024 (冬の星の観察ガイド)。この動画を見れば、自分でオリオン座、冬の大三角、冬のダイヤモンド、すばるなどが探せるよ。双眼鏡や望遠鏡があれば、すばるや木星を観察すると、感動します。

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これだとわかりにくいので、反転してくれています。

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なるほどです。

これでオリオン座は探しやすいです。

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オリオン座を確認して、ベテルギウスを見ることを

宿題にしたいくらい。でも今晩は雲が多いかな。

この図も見せます。

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じゃらんニュース

  

  

  

授業のラストにこの歌を聞かせたいね。

歌詞の冒頭はこれ。

  

オリオンの右肩に輝く 

ベテルギウスはもう無いと、

知らずに僕らは今日も見てる

500年前の光を

  


YouTube: コブクロ - べテルギウス

   
光の勉強をして、光の速さの勉強をして、

そしてオリオン座のベテルギウスの勉強。

メインストリートの勉強ですね。

  

今日の最初の質問は

「太陽の寿命は100億年。

現在50億年経ちました。

最後はどうなっちゃうと思いますか」

  

ここから寿命が近いベテルギウスの話に移ろう。

  

2024年2月13日 (火)

20240212御在所岳登山 猿が鳴いていた

  

今日は令和6年2月13日。

  

昨日の御在所岳登山の報告の続き。

  

駐車場に戻ってきて、帰り支度をしていたら、

道路の反対側の木に、猿が登ってきました。

最初は2匹と思いきや、3匹になり、

5匹になり、6匹になりと、増えていきました。

群れでやってきたようです。

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猿が鳴いていたので、録画してみました。


YouTube: 2024年2月12日 御在所岳麓 猿が鳴いていた

  

どんな意味を込めて鳴いているのか、

昨晩、いろいろ調べましたが、わかりませんでした。

猿といえば、キーキー、キャーキャーとイメージですが、

今回は違いました。

鳴き声をカタカナにしにくかったです。

次のサイトに「ギュイッ!」と言うのが載っていました。

新狩猟生活 ニホンザルの捕獲許可・追跡・捕獲準備編 〜【サル語】を覚えて捕獲効率UP〜

  

濡れた靴で車のペダルを踏むと「ギュィッ!」って音が鳴りますよ

ね?こんな音が聞こえたときは、高確率でサルが近くにいるので、

車のエンジンを切って耳を澄ませてみましょう。

この「ギュィッ!」という音は、竹がしなる音に似ているため、結

構間違えることがあります。助手席に乗っていた猟友も反応してい

たので、間違えるのは私だけではないっぽいです(笑)

  

「ギュイッ!」が猿の鳴き声とは書いてありませんが、

この音が、今回の猿の鳴き声に近いかなと思っています。

猿語に詳しい方がいたら、分析してもらいたいなあ。

のんびりしていた猿なので、警戒した鳴き声ではないなという結論。

  

今日は子どもたちに、昨日の雪山の様子と、

この猿の鳴き声を聞かそうかな。

そのついでに、こんなクイズもやってみよう。

【鳴き声クイズ】意外と知らない?動物の鳴き声!

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そしてこの動画で、シマウマの鳴き声を当ててみよう。

【アニア】シマウマの鳴き声って知ってる?

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20240212御在所岳登山 MOOSEは「ヘラジカ」

   

今日は令和6年2月13日。

  

昨日の御在所岳登山の報告を書いています。

  

国見峠から、左折。

御在所岳方面を目指します。

 

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樹氷(霧氷のひとつ)が見られました。

何枚かアップで撮影しましたが、

寒中で、よく見えないスマホの画面でのピント合わせは難しく、

たくさん撮影を失敗しました。

  

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雪に負けずに、黒い葉がありました。

イワカガミでしょうか。

参考:驚くべき!イワカガミの越冬術

  

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歯ブラシのように樹氷ができていました。

  

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スキー場。ここがゴール地点です。

天気は良くありませんでしたが、賑やかでした。

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こんな景色を見ながら昼食。

今回は甘酒を持参。お湯を沸かして飲みました。

  

下山はアイゼン装着。

滑るのではとビビることなく、安心して足を置けました。

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どなたかの誕生日だったようです。

おめでとうおざいます。

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行きと違い、こんなに天気がよくなり、

暖かくなりました。

  

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この直方体の巨岩が気に留まりました。

  

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鈴鹿アルパインクラブによるプレート。

山で亡くなった方達が紹介されていました。

花は新しかったです。

  

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MOOSEはなんと読むのか気になりました。

MOOSE HP

「ムース」のようです。

MOOSEは「ヘラジカ」でした。

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https://bcny.blog/2023/05/04/moosevselk/

  

よく歩きました。

朝の7時15分スタート。

戻ってきたのが14時27分。

7時間ほど歩きました。

山じゃないと、こんなに歩けませんね。

  

猿を見かけた話を次の記事で書きます。

20240212御在所岳登山 国見峠まで

    

今日は令和6年2月13日。

  

書きたいことはたくさんあるけど、

ひとつひとつ、しっかり書いていこう。

その積み重ね。

  

昨日は2月2回目の登山でした。

三重県の御在所岳を登ってきました。

裏道コース。昨年は2月4日に登っています。

ここでも道草 20230204御在所岳を登ってきました(2023年2月4日投稿)

昨年は集合時刻に起きるという思い出の登山でした。

今回は大丈夫でした。5分前に到着。

  

昨年と比べて明らかに雪が少なかったです。

さすが暖冬。

でも山の上には雪があり、

雪があるところにはちゃんと雪があるんだと思いました。

  

写真を並べていきます。

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朝の雪で、山の木々は雪を載せていました。

  

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登山口。昨年もこの車はありました。

どういう車なのでしょう。

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橋は立派になっていました。

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藤内小屋。

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ビールなどが冷やしてありました。

冷たい水の中をプカプカ浮いています。

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太陽はなかなか雲の中から出てきてくれませんでした。

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この日も多くのロッククライマーが、

この藤内壁に向かったようです。

ヘルメットを所持して、足先に爪のあるアイゼンを履いているので、

よくわかります。

ちなみに、ここに名前のある北川みはるさんという方は、

有名な登山家だったそうです。

生きていたら、田部井淳子さんに匹敵するとか。

この北川さんのこと、そして藤内小屋については、

この本に詳しいようです。

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amazon

Amazonで見たところ、現在在庫切れとのこと。

入荷は未定。図書館にはないので、Amazonで注文。

忘れた頃に届くかな。

  

写真を続けます。

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裏道コースの8合目。国見峠です。

ねえ、暖冬とはいえ、雪があるところには雪があるでしょ。

別世界を楽しめました。

上に上がれば上がるほど、風が強まってきました。

  

登山後半は次の記事で。

















  

2024年2月11日 (日)

本「高熱隧道」① 犠牲者が出た日電歩道

    

今日は令和6年2月11日。

  

この本を読みました。

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The 9th trail

「高熱隧道」(吉村昭著/新潮文庫)

   

昨年末頃から勉強を始めた黒部第三発電所関係の本です。

ダムと発電所を造るために、資材を運んだりするため、

ダムで貯水した水を発電所に送る水路のために、

トンネルを造らなければなりませんでした。

この本は、そのトンネル工事に関わった人たちの物語です。

しっかり調査して書かれた本で、

ノンフィクション作品に限りなく近いのではと思いました。

黒部第四ダムや発電所に注目が行きますが、

それより昔に、このような人間の営みがあったことを

う〜ん、思い知らされた気分です。

ここにも忘れてはいけない歴史がありました。

  

引用していきます。

   

富山聯隊では、その不祥事を陸軍省へ報告するため、かれら七名の事

故前の動きをひそかに調査した。それによれば、かれらは、聯隊の営

門を出ると富山市から宇奈月町に行き、昭和十一年六月日本電力の手

で開通された黒部鉄道の軌道車に乗って黒部川沿いにさかのぼり、小

屋を経て宇奈月から二〇四キロメートル上流に位置する軌道の終点欅

平(けやきだいら)まで行っている。そこから上流は、通行がきわめ

て危険なため一般乗客はその地点で引き返していたが、かれら将校た

ちは大胆にもさらに黒部渓谷の奥へと足をふみ入れた。

その欅平から上流仙人谷までの直線距離六キロメートル弱の険阻な黒

部渓谷には、黒部第三発電所の電源開発工事が積極的にすすめられて

いた。 仙人谷(せんにんだに)にダムを構築し、そこでせきとめられ

た貯水湖の水を水路トンネルで下流に送り、一挙に落水させて欅平の

発電所で八八、◯◯◯KWの電力を生み出そうという計画だった。そ

のため欅平から仙人谷にいたる峨々(がが)とそびえ立つ山塊に、水

路トンネル・ダム構築その他に必要な工事用資材を輸送する軌道トン

ネルの掘鑿(くっさく)がおこなわれていたのだ。

(7p)

  

視察に来た7人の軍人が、事故で亡くなる話から物語が始まります。

その際に、この工事のあらましが紹介されていました。

欅平、仙人谷は、よく物語に出てくる地名。

読み方を覚えておきたい。

   

かれら将校たちは、佐川組の請負っている軌道トンネル工事が世界

隧道工事史上きわめて特異な性格をもつものであることを、県内紙

の紹介記事から知っていた。その記事によると、隧道は温泉の湧出

する地帯を強引につらぬこうとするもので、坑内には熱い湯気が充

満 し 、一般の者はその熱さのために坑道の奥にまで達することは

到底できないほどだと説明されていた。 七人の青年将校たちは、

近々のうちに中国大陸の戦場へ派遣されることになっていたのだが、

内地での思い出の一つとして、特別にあたえられた休暇を隧道工事

の見学にあてようと企てたのだ。

(8p) 

   

トンネル工事を始める前に、すでに高熱の場所を掘削することは、

わかっていました。でも実際は、より高熱でした。

   

北アルプスの北半部にあたる黒部渓谷は、本州の中央部に位置してい

て、丁度細長い本州の南北から地殻的な圧力をうけているかのように

隆起現象にさらされ、それ自身の造山運動のはげしさに加えて夏の豪

雨洪水と冬の豪雪雪崩による地形の侵蝕によって、谷は深く崖は急峻

をきわめている。殊に欅平から上流は、道をつけようにもその足がか

りさえなく、猿やカモシカなどの野生動物もたどることはできない地

域であった。

しかし、日本の最多雨地帯でありその上十五分の一から二十分の一と

いう大きな河川勾配をもつ黒部渓谷は瀑布(ばくふ)の連続で、早く

から電源開発の最好適地として注目され、下流から徐徐に合計十箇の

ダムが構築されてきている。さらに欅平から上流の渓谷にもダム建設

の計画がきざして、その調査のために遠く大正七年夏にはすでに、電

力関係の調査班が地元の猟師の覚束(おぼつか)ない案内で初めて渓

谷の上流に足をふみ入れた。

(12〜13p)

  

黒部渓谷には、4つどころかたくさんのダムができていることが

この文章からわかります。

この続きで、黒部峡谷の断崖の道、日電歩道の説明になります。

  

かれらは、岩の割れ目や草木の根を唯一の足がかりとして黒部川左岸

沿いに瀕行し、四〇◯メートルにおよぶ岩壁をものり越えて立山方面

へぬけることに成功した。その折たどったルートを基礎に、 大正十三

年夏には測量用足がかり通路としてそのルートの改修をおこない、徐

々に通路を補修して測量班もしばしば谷に分け入ることが可能になっ

た。しかし、その日本電力歩道ー略称日電歩道は、やはり道という一

般的な概念からははるかに程遠いものがあった。

道といっても、その半ばは切り立った崖の岩肌をコの字型に刻みこん

だもので、その幅員もわずかに六〇センチほどしかない。その上至る

所に桟道と称するものがあって、ボルトを崖の中腹に打ちこみその上

に丸太をのせ、人間ひとりを辛うじて渡すことができるような箇所も

ある。また桟道も渡すことのできない場所には、丸太を六〇センチ間

隔で横たえただけ細々とした吊橋(つりばし)や、鎖で連結された梯

子(はしご)もかけられている。しかも、通路の下は一〇〇メートル

にもおよぶ切り立った崖が、深い渓谷に落ちこんでいるのである。

今後工事をおこなうためには、この道を何十往復、何百往復もしなけ

ればならない。 工事課長の藤平は、その危険な運搬作業のために、

黒部川下流沿いに散在した村落からボッカ(負荷)と称する山歩きに熟

達した強力一〇〇名を、倍の賃金を条件にかき集めた。そして、欅平

の急斜面をよじのぼり、日電歩道に足をふみ入れた。

ポッカたちの背負う荷の重量は平均して一人一三貫(五〇キロ弱)だっ

たが、貫あたりで賃金が計算されるのでかれらは競って重いものをか

つぎたがり、中には四〇貫(一五〇キロ)の機材の部品を背にしばりつ

けている者さえあった。

一行は、うねりくねった崖に刻まれたせまい通路を、岩壁に身をすり

つけるようにつたわって行く。下の渓谷には豊かな水量が飛沫をあげ

て走り、絶え間なくつづく瀑布が音を立てて深い滝壺に落下している。

顚落(てんらく)事故は、すでに第一回目の運搬作業から起った。そ

れは日電歩道入口から二キロほどの距離にある蜆坂谷を越えたあたり

で、崖下には滝が落ち、その水しぶきが舞い上って霧雨(きりさめ)

のように崖の岩壁をぬらしていた。

通路から消えたのは中年のボッカで、その男の肩に背負っていた骨材

の先端が通路に突き出た岩にあたり、滝の飛沫にぬれて滑りやすくな

っていた通路から男の体は骨材とともに八◯メートルほどの崖下に消

えたのだ。

すぐにロープがおろされ、崖下につたわり下りた人夫の手で男の体が

引き上げられたが、岩にあたりながら落ちたものらしく頭部はつぶれ

て歯列と眉毛が密着し、足の骨も横腹から突き出ていてほとんど原型

はとどめていなかった。そして布につつむため持ち上げると、全身の

骨格が粉々にくだけていて体中からきしむような音が一斉に湧いた。

その後もポッカたちの落事故はつづいて起ったが、運搬作業は強引に

つづけられ、ボッカたちに支払われる金額もそれにつれて増額されて

いった。

日本電力では、運搬作業の円滑化をはかるため加瀬組、佐川組に命じ

て六〇センチ幅の通路を一メートル幅までひろげる工事に着手させた。

さらにトンネルの岩肌をうがつ鑿岩機(さくがんき)の動力に必要な

電源を得るために、その通路に11000ボルトのケーブル(電纜/

でんらん)を突貫工事で埋設することを指令した。

すでに顚落死した者は十八名を数え、そのうち十二名は崖下の渓流に

のまれて遺体を収容することもできなかった。そして、新たにはじめ

られた通路の拡幅工事とケーブル敷設作業のために、落死する者は日

を追って多くなっていった。

(13〜15p)

  

日電歩道。

この文章を読んだだけでも、異常だと思います。

日電歩道をネットで調べましたが、

この小説で言う日電歩道は、どうも今は水平歩道と

呼ばれているようです。ややこしい。

欅平から仙人谷ダムまでの道のことだと思います。

  


YouTube: 【テント泊登山】断崖絶壁30kmの道、黒部峡谷の歴史を歩く|旧日電歩道-下ノ廊下-水平歩道

  

この動画の後半が日電歩道だと思います。

今は水平歩道と呼ばれるのかな。

また明日、考察してみます。

今日はおやすみなさい。  

2024年2月10日 (土)

ブログのデザインを問い合わせたり、設定したり・・

   

今日は令和6年2月10日。

  

今日はサークルに出席。

12月16日〜今日までの期間のブログ120本ほどの記事から、

12本の記事を厳選して印刷。59枚の資料になってしまいました。

4人の会なので、236枚。

3時間のサークルの時間の半分を使って報告しました。

ちょっと多かったです。

  

このサークルで次のことがわかりました。

私のブログは、パソコンで見てもらったときには、

本来次のようなデザインになるはずでした。

Img_4217

ところが、昨年から我が家のパソコン画面は次のようになっていました。

Img_4218

なんとも味気ない画面です。

仕事でよく使うiPadの画面は、本来のデザインだったので、

我が家のパソコンの調子が悪いのかなと思っていました。

だいぶ年季が入ったパソコンなので。

ところが、今日、サークルで聞いたら、

皆さんの家でも、パソコンで見たら、

私のブログは、味気ないデザインの画面になっているそうです。

  

我が家だけでないことを知りました。

なぜだ?

  

そこでサークルから帰った今晩、ブログを経営している会社に

問い合わせのメールを打ちました。

なぜこうなったのか、どうやったら修正できるのか、

教えて欲しいという内容です。

いつも返事は早いので、三連休明けには返事が戻ってくると思います。

  

今晩、いろいろ設定のところをいろいろいじくっていたら、

ブログ内検索をつけれたり、「アーカイブ・もっと読む」を

表示できることがわかりました。

今日のサークルで、昔の記事を読むにはどうしたらいいの?

と、聞かれていました。ありがたいことです。

ブログ内検索と「アーカイブ・もっと見る」機能で、

その要望に応えられると思い設置してみました。

Img_4216

ただ、「ここでも道草」内検索は、完璧ではないようです。

「トルーマン」で検索すると、昔の記事はピックアップされましたが、

最近の記事は無視されました。

検索窓も小さいです。

「アーカイブ・もっと読む」はいいです。

「もっと読む」を押すと、ブログを始めた

「2007年4月」までズラ〜と並びます。

昔の記事をたまには読んでみようかなってことができそうです。

  

  

私がお世話になっているブログの会社は、

シックス・アパート株式会社です。

ちょっと名前が気になる会社です。

また調べてみよう。

この名前のいわれ。

  

五社稲荷に昔、冷たい水のプールがあったとさ

   

今日は令和6年2月10日。

  

「豊川市の80年」(樹林舎)に懐かしい写真が載っていました。

加工して載せます。

Img_4213

写真の下の文章を引用します。

  

五社稲荷社のプール

まだ川で遊ぶ子どもが多かった頃。小坂井周辺にプールはなく、

昭和30年頃に開園した際には、近辺(豊川、豊橋)から子ども

たちが集まった。井戸水を簡易水道から直接引きポンプで汲み上

げているため、プールの水はとても冷たくて、唇が紫色になるこ

とも。そんな時は甲羅干しで体を温めた。2日間は冷たさが残っ

たという。現在は駐車場になっている。

(小坂井町/昭和35年頃・提供=橋本仁史氏)

  

思い出します。

あの水の冷たさ。

井戸水だったからなんですね。

昭和36年生まれの私は、小学生の頃に行きました。

コンクリートで作られていたので、

ゴツゴツしていて、歩くと、足の裏が多少痛かったです。

先日、洗濯場踏切の件がきっかけで、

久々にお会いした先輩(9歳年上)も、

このプールの思い出を話していました。

その方は、当時豊橋在住。

友達と、まだ舗装されていない!国道1号線を

自転車で走って、五社稲荷のプールまで来たそうです。

  

現在、このプールはなく、駐車所です。

1月12日に撮影したものを載せます。

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駐車場の入り口付近に、古い石柱がありますが、

昭和30年頃の写真に写る石柱(青い矢印)かなと思ったけど、

ちょっと高さが違うようです。

  

若い人は、ここにプールがあったなんて思いもしないでしょうね。

家も増えたなあと思います。

  

最近の写真

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