2019年10月 2日 (水)

洞爺丸台風で沈んでいるのは洞爺丸だけではない

今日は令和元年10月2日。

  

前投稿に引き続き、8月25日放映の

池上ワールド 日本人が覚えておきたい大ニュースSP」より。

  

  

前回は伊勢湾台風のことでした。

今回は洞爺丸台風のこと少し書きます。

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「被害は洞爺丸だけではなかった」には驚きでした。

洞爺丸だけが沈没したと思いこんでいました。

台風の名前「洞爺丸台風」から。「洞爺丸が沈んだからこの名前」と

思っていて、他に被害があるなんて知りませんでした。

  

〇「洞爺丸台風」で沈没したのは、洞爺丸だけではなかった。

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〇洞爺丸・日高丸・十勝丸・第一青函丸・北見丸の五隻の

 青函連絡船が沈没した。

〇洞爺丸では乗員乗客あわせて1155人の方が亡くなった。

〇洞爺丸以外の青函連絡船は貨物船だった。乗員の方は亡くなったが、

 乗客がいなかったために、大きな扱いにならなかった。

〇五隻合わせての死者数は1450人にもなる。☟

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〇1954年9月27日(事故の翌日)の北海道新聞号外を見る

 池上彰さん。☟

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津軽海峡で未曾有の大惨事

 

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青函連絡船五隻沈没

死者実に千名突破

  

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多数が船内で溺死

    

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阿鼻叫喚、恐怖の一夜

     

〇函館市の浜には、事故を今に伝えるものがある。

 「台風海難者慰霊の碑」

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〇そこには、沈没した五隻の名前が書かれている。

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〇七重浜(ななえはま) 五隻の沈没後、多くの遺体が

 打ちあげられた浜である。

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得意のグーグルアースで、この碑がある場所に迫ります。

グーグルアース 台風海難者慰霊の碑

次はストリートビューです。

ストリートビュー 台風海難者慰霊の碑

Photo  

番組では函館市と紹介されていましたが、

調べると、北斗市ですね。

住所は北海道北斗市七里浜7丁目16

   

以上で、「池上ワールド 日本人が覚えておきたい大ニュースSP」の

読み物化完了。

 

伊勢湾台風の後に富士山レーダーができた

今日は令和元年10月2日。  

  

8月25日放映の「池上ワールド 日本人が覚えておきたい

大ニュースSP」 を見ました。

洞爺丸台風、伊勢湾台風のことを扱いました。

  

伊勢湾台風については、9月末にも書きました。

伊勢湾台風のことで書きます。

〇1954年の洞爺丸台風、1959年の伊勢湾台風と

 大きな被害を被った。これではいけないと、

 下の写真の設備が造られた。☟ 何か? 

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街角でインタビューをしていましたが、

若い人たちは知りませんでした。ビックリです。

〇正解は富士山レーダー。

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〇気象庁が富士山の頂上にレーダーを設置。

〇1965年から運用開始。当時は世界一の性能。

〇台風予測の精度が格段と上がり、テレビの普及に伴って、

 早く情報が伝わるようになった。

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〇今は当たり前である台風の予想進路もできるようになった。

〇最大800kmまで観測ができた

  

〇富士山頂に造るわけだから、命懸けの仕事であった。

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〇富士山レーダー設計者の木名瀬さんは語る。

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このレーダーを、これから我々が造るんだ。

レーダーができたら、きっと世の中の人のため働いてくれるだろうと

それが我々の使命だと。  

〇気象衛星ひまわりなどの運用で役目を終える。

〇施設は山梨県富士吉田市に移転された。

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富士山レーダーで思い出すのは、新田次郎さん。

小説家ですが、富士山レーダーで働いた体験のある方。

この小説を昔読んだなあ。☟

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20190925報告 またまた鳳来寺山 その3

 

今日は令和元年10月2日。

  

前投稿に続いて、鳳来寺山での写真を載せます。

  

天狗岩の廃屋が見えてきました。

十数年ぶりに訪れました。☟

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ここからの見晴らしがまたいい。☟

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しかし、この廃屋はいつまでもつのだろうか?

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再び緑の中の登山道。☟

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再び見晴らしのいい鷹打場に到着。☟ ここも十数年ぶり。

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ここで昼ごはん。この時のメニューです。☟

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お湯を沸かして「緑のたぬき」を食べ、「甘酒」を飲みました。

山で食べるカップ麺はおいしく、

甘酒は体が温まります。

   

だいぶ年季の入った通路を渡りました。☟

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上から見た東照宮。☟ 山奥にあるこの建造物は、神秘的に見えます。

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東照宮のすぐ下にあるスギには、札がついていました。☟

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この杉

樹令370年

高さ52m

  

札は古そうなので、もう樹令400年くらいになっているのではと

勝手に想像しています。

  

下山。

私の予定通り、自動車は大木(イチョウ)の木の陰の中でした。☟

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2019年10月 1日 (火)

20190925報告 またまた鳳来寺山 その2

  

今日は令和元年10月1日。

  

前投稿に続いて、鳳来寺山での写真を載せます。

  

見晴らしのいい場所です。☟

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以前と同じように駐車場を見おろします。☟

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☝ 黄色の太い矢印が私の車。

 すぐ横にある大きな木の影が、細い黄色の矢印のように動いて、

ちょうど下山の頃は車は木の影の中。涼しい状態になります。

そう考えて駐車しました。

  

  

鳳来寺山山頂です。☟ 「鳳来寺山々頂」と標示されています。

「々」をそこで使うかと突っ込みたくなりました。

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登山道。☟ フィトンチッドを吸いながら歩きました。

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階段のところにイヌがいるように見えませんか?☟

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一瞬、イヌだと思いました。☟

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イヌではなくて、切り株が横倒しになったものでした。☟

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う~ん、今晩はここまで。

20190925報告 またまた鳳来寺山 その1

 

今日は令和元年10月1日。

  

鳳来寺山登山が続きます。

1400段余の階段が魅力です。

体力と気持ちの向上を目指します。

  

写真を並べていきます。

  

今回の鳳来寺山。☟ いい空でしょ。

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道端にあった花。「花くさぎ」とあります。☟

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う~ん、でも「花くさぎ」で検索してもヒットしません。

おそらく「ボタンクサギ」でいいと思います。

7年前に調べて記事にしていました。☟ たぐります。

ここでも道草 7月下旬の花々5/ボタンクサギ(2012年8月19日投稿)

  

仁王様のアップです。☟

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不動堂。☟

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☟ 横にあった説明を見てビックリ。鬼の人権、いや鬼権はないのか?

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勝岳不動

自分の寿命を悟った利修仙人は、お供の三匹の鬼に

「共に死んで鳳来寺の守り神になる」ことを

約束させました。仙人は鬼の首を本堂の下に埋めた後、

ここで勝岳不動で入寂(僧や仙人が亡くなること)されたと

伝えられています。

 

不動堂の横の岩の間から出ていた花。☟

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これは「ギボシ」だと思います。

これも過去に記事にしています。☟ たぐります。

ここでも道草 6月上旬の花々26/ギボシ(2012年6月23日投稿)

ここでも道草 8月中・下旬の花々16/ギボシ2(2019年10月8日投稿)

  

今回はここまで。

「石狩に立つ虹」/ランプが燈って、文明開化

今日は令和元年10月1日。

  

本「石狩に立つ虹~新十津川物語3~」を読み終えました。

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引用します。長い文章です。

きっと将来、ブログを読み直した時に、忘れてしまうと思うので、

引用文を読むときに必要な説明を書いておきます。

時は明治39年の春と思われます。

明治22年の台風による被害で、奈良県の十津川から

北海道の新十津川村に移住した人たちの話です。

主人公の中崎フキ。旦那さんは豊太郎。

子どもが長女あや、長男庄作。

この中崎家に、縁あって恭之助という年輩の男が

居候で一緒に住んでいます。

引用した文章中に「コトボシ」という言葉がでてきます。

照明器具のようですが、わかりませんでした。

調べました。

阿蘇ペディアには、

木枠(きわく)に紙を張った提灯(ちょうちん)

と書いてありました。画像が欲しいと探しました。

ジョンの部屋にありました。

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中崎家は開拓農民。田舎に住んでいます。

何か買いたいと思うと、少し離れた街、滝川まで出かけます。

その日はフキと恭之助が滝川に出かけました。

以上が説明です。

  

いよいよ引用します。

  

石狩川の氷橋がきょうで通行禁止になるという日、

 

恭之助はにこにこしながらかえってきた。

 

フキもうれしそうだった。

  

「いいもんがあるぞ。あやも庄作もきてみな。

  

豊さんも出ておいでよ。」

  

家族が顔をそろえると、 フキは大きなにもつをといた。

  

「なんやと思う。おじさんが買うてくれたんよ。」

  

中からは見たこともないガラス器があらわれた。

  

「なによ、それ。」

庄作が手をのぱそうとするのを、フキはおしとどめた。

  

「わかった」

  

と、あやが手をたたいた。

  

「ランブやんか。」

  

どちらかといえば大きな声を出すことのすくない彼女がとびあがった。

 

「滝川のお店で見たことあるわ。ランプやんか。」

  

「そうさ、 ふんばつして買ってきたぞ。

 

なあに、はこびだした材木が高く売れたのさ。」

 

ほやをはずして石油をいれる。

 

火をつけると小屋の中は見ちがえるように明るくなった。

 

「どうだい、これがわが中崎家の文明開化というもんだ。

 

いままでのコトポシとは大ちがいだぞ。」

 

「ほんまや。」

 

「こうやっておいておくだけで、

 

おれは心ん中までばあっと明るくなるみたいだぜ。」

 

「ええものを買うてくれたの。」

 

豊太郎も目をほそめた。

 

ほやの中の炎は大きくのびあがって、まるで宝石のようにかがやいている。

 

「ただし、こいつは油をたんと食うようだから、

 

夜っぴて、ともしておくというわけにはいかねえよ。

 

恭之助はランプをつりさげるともうしわけなさそろにいった。

 

たしかにコトボシはホタル火のようにたよりなかった。

 

そのかわり、石油はひと冬に二合(.36リットル)もあればたりた。

 

ランブだとそうはいかないだろう。

 

「よかった。」

 

と、フキはためいきをついていた

 

「どうしようかとおじさんとだいぶん相談したんよ.

 

そやけどこんなによろこんでもらえたら、

 

買うてきてよかったの。」

 

だが、子どもたちにはよいことばかりではないという。

 

しごとがひとつふえたのだ。

 

「朝になるとランプのほやをとりはずす。

 

それから布きれでもって中のすすをふきとるんだ。

 

わかるか。こいつばかりはおとなにはできやしねぇ。

 

ほら. おじさんの手は大きすぎてはいらないだろう。

 

だからランプそうじは子どものしごとだって。

 

そう神さまがおきめなすったんだって。」

 

「ずるい。」

 

あやはじぶんの手をながめた。

 

「うん、でもかまわん。 こいつはおれと庄ちゃんでみがくわ。

 

じゃあけどこんど買うときはおとなの手がはいるのをたのむわ。」

  

友だちにじまんできるのがうれしかった。

 

「よしよしわかった。」

 

恭之助はたばこをすいつけた。

  

(79~81p)

 

  

長く引用しましたが、とてもいいなと思い、

いつかまた読みたいと思った文章です。

まず、社会科的に勉強になる話です。

明治になって文明開化と言われますが、

石油ランプは、その象徴だったと思います。

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日本の洋燈(石油ランプ)の歴史(上の写真も)によると、

明治中期ごろになると東京ではほとんど石油ランプが

いきわたっていたようです。

そして日露戦争(明治37~38年)後の好況時代に

一層広く使わられようになったとありました。

引用文のように、北海道の開拓村にもやってきたのです。

   

幸せについて考える時にも、この引用文はいいなと思います。

高価なものを悩んで買って来たら、

家族が大喜びし、掃除の仕事が増えても、

「うん、でもかまわん。 こいつはおれと庄ちゃんでみがくわ。

 

じゃあけどこんど買うときはおとなの手がはいるのをたのむわ。」

と切り返す。幸せな家族だと思います。

ふだんは切り詰めて生活して、

たまに少し贅沢をして、家族全員が明るくなる。

  

我が家の洗濯機がこの頃不調で、

洗濯途中で勝手に止まってしまうことがちょくちょくありました。

悩んだ末に、新しい洗濯機を買いました。

新しい洗濯機がやって来た日、

家族はどんなのかのぞきに来ました。

そんな家族の様子を見て、父親も興味をもったようです。

室内も車いすで移動する身ですが、

「おれも見てみたい」と言うので、

車いすを押して連れていきました。

外見だけでなく、ドラム内も見たいというので、

すぐ近くまで連れていきました。

車いすに座りながら背を伸ばして、のぞきこんで見ていました。

「いいなあ」と真新しい銀色のドラムに感心していました。

父親を含め、みんながウキウキした時間でした。

 

 

たまには少し贅沢して、家族で幸せな時間を共有するのは

いいことだなあと思います。

引用した文書は、そんな様子を上手に表現していました。

2019年9月30日 (月)

伊勢湾台風60年 色が呼びさます記憶④子どもたちの反応はとてもいい

今日は令和元年9月30日。

  

前投稿に引き続き、9月26日放映の「チャント!」より。

  

伊勢湾台風のカラー写真や、

白黒撮影した映像をカラー化したものが

教材化できるということを

番組内で証明してくれました。

  

大石邦彦アナウンサーが、名古屋市の小学校に出向きました。

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大石アナが「伊勢湾台風を知っている人?」と聞いたら・・・

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 全員?が知っていました。

この小学校のある場所は、伊勢湾台風で大きな被害を被った場所です。

  

大石アナは、まずは白黒写真を見せました。

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そしてカラー写真を見せます。☟

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カラー写真を見た時の子どもたちの顔です。☟

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しっかり注目しました。

「わかりやすい!」の声もあがりました。

  

つづいてカラー化した映像を大石アナは見せました。☟

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子どもたちの感想です。

 

白黒の時も怖かったけど、カラーがついた方が、

全体的にわかりやすくて、リアルで

より怖い部分がたくさんあった。

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昔のことのように白黒は感じて、

カラーは最近のことのように思います。

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大石アナが「カラーだと最近の話のように思える人?」と聞いたら・・・

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みんなが挙手。

最後にナレーターの言葉。

 

ナレーター:よみがえった色は、

  あの日を全く知らない(体験していない)

  子どもたちの心をも揺り動かしました。

  

子どもたちの反応はとてもよく、教材として十分です。

じっくり見させて、気づきを集めるのもいいし、

実際に現場に行くのも効果的だと思います。

60年前に撮影者が立った位置で、

想像力を働かせる体験はとてもいいと思います。

「チャント!」を見せることで、

毎日のニュース番組でも社会科の勉強ができることを

示せます。

さらに、伊勢湾台風に興味をもった人に、

名古屋市博物館で今、こんなことをやっているよと

紹介してもいいですね。☟

Isewann

インターネットミュージアム

     

私自身が行きたいです。

その気になれば、勉強はどんどん広がる。

そんな体験をさせたいですね。  

  

  

以上で、9月26日放映の「チャント!」の映像化完了。

  

伊勢湾台風60年 色が呼びさます記憶③AIによってカラー化された映像

 

今日は令和元年9月30日。

  

前投稿に引き続き、9月26日放映の「チャント!」より。

伊勢湾台風からちょうど60年ということで、

「チャント!」では伊勢湾台風の特集をしてくれました。

情報を得るチャンスはこういう時。

チャンスを逃さないように録画セットを確実に行いました。

  

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今回はCBC(中部日本放送)の撮影した伊勢湾台風の白黒映像を

カラー化したことです。

 

強風のため、葉が引きちぎれそうな蘇鉄(ソテツ)。☟

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バス停にしがみつく女性。☟

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横転する三輪トラック。☟

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水につかる住宅。押し寄せた流木。☟

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これらの白黒映像をどうやってカラー化するか。

筑波大学の飯塚里志助教授の協力でAIを使いました。

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自動的にどうやって着色するかというと・・・

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AIってすごいですね。

飯塚先生の説明を繰り返しますが、AIは、どこがどんな物体か判断して、

それによって適切に同じ色をつけられるそうです。

そのためには約2000万枚!の写真を読み込んでいるのです。

勉強しているのです。 

さらに、最近山本丈路さんが公開した51枚の被災写真も、

Aiは取り込んで学習しました。☟

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その結果、白黒動画はどうなったか。

カラー化された動画の写真を載せます。

  

蘇鉄(ソテツ)の緑色がわかります。☟

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しがみついていた女性のレインコートの色は紫でした。☟

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横転する三輪トラックのライトは黄色く光ります。☟

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台風の翌日は青空だったという証言がたくさんありました。

それを実証する写真です。☟

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座礁した大型船。撤去するのに2カ月半かかったそうです。☟

でも洞爺丸のように転覆しなかったのは幸いでした。

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水がひかないために、舟で移動する人たち。

飛行機に手を振る人もいます。☟

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この年はお米は豊作が予想されていました。

しかし、その稲は濁水の下です。☟

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身近な人の遺体と対面。☟

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遺体はこのような場所で荼毘(だび)にふされました。☟

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水がひかないために、荷物運びは間に合わせの舟で。☟

人が前後で舟を操っています。

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水位が高まった時には、屋根を破って上に避難をしたのでしょう。☟

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元の映像とカラー化の映像の比較、☟

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自然にできた慰霊の場所で花を添えたり、冥福を祈る人。☟

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届けられた救援の水を飲む子ども。

プラスチックの容器がなかった時代。

茶碗で水を飲んでいます。☟

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屋根にあけられた穴から、屋根上に洗濯物を干す人。☟

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元の映像とカラー化の映像の比較、☟

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流木の怖さを示す写真。☟

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カラー化した写真や動画が教材として効果があるか。

もちろん効果は期待できます。

大石邦彦アナウンサーが、模擬授業をしました。

次の記事で。

 

2019年9月29日 (日)

伊勢湾台風60年 色が呼びさます記憶②51枚のカラー写真

今日は令和元年9月29日。

  

前々の記事に続いて、9月26日放映の「チャント!」より。

  

この日の特集は「伊勢湾台風60年 色が呼びさます記憶

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60年前は白黒写真・白黒映像が当たり前。

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伊勢湾台風から60年の今年、伊勢湾台風の被害を受けて数週間後の

名古屋市港区付近の写真が公開されました。

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全部で51枚。

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発見したのは山本丈路さん。☟

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写真を撮影したのは、山本さんの母方の祖父、山田芳さん。

数年前に、遺品を整理していて発見したそうです。

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カラー写真は普及していなかったので、

現像もこの地方ではできなくて、東京に送って現像してもらったそうです。

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山本さんが語ったことの聞き書きです。☝ この写真に関連します。

 

山本:カラーで見ると、ここに何かあったのは

  誰かの衣服なんだとか、色味があることによって

  「生活感」が出て、その「生活感」が伊勢湾台風の被害で

  崩れていったのが、カラーだとすごくわかりますよね。

 

51枚の写真は、ポジフィルム(スライド用)で保存されていましたが

色が褪せていて、赤みを帯びていました。

色の修正を専門家が試みました。☟

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こんな具合に修正されました。☟

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それでは修正された写真を並べます。

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愛知工科大学の安田孝志学長の語ったことの聞き書きです。

 

安田:モノクロだと「被害があったんだな」程度にしか思わない。

  それだけですんでしまう。

  カラーだと懸命な復旧の姿、人がぐっと浮かび上がってくる。

  非常に価値ある写真。ぜひ多くの人の目に触れるような機会を

  つくっていただけるといいなと思う。

  

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祖父が撮影した場所に立った山本さんが語ったことの

聞き書きです。

 

山本:こういった悲惨なことがあった場所に、

  僕のおじいちゃんの立っていて、この光景を見て、

  写真におさめていたんでしょうけど、

  やはり白黒写真だと「昔話」となってしまうが、

  カラーだと身近になってくる。

  自分と近い時代だと感じるというのがあります。

  

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さらに山本さんが語ったことが印象的でした。

 

山本:おじいちゃんがカラー写真を撮っていたのは、

  1953年から1956年くらいまでの期間しか

  撮っていなくて。

  カラー写真はすごくお金がかかることだったので、

  それを趣味ではやれなかったのだとおもいます。

  そこから数年とんで1959年伊勢湾台風の写真だけ

  あるんです。59年、他の写真があるわけではなくて

  伊勢湾台風の写真だけは撮りに行っている。

  ある種の使命感というか、

  「これだけはおさめておきたい」という気持ちが

  あったかもしれないですね。

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☝ 山本さんは、ポジフィルムを名古屋市博物館に寄贈しました。

もう少し写真を並べます。

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私にとっても、伊勢湾台風は生まれる前のことです。

両親が、風で家の壁が揺れて怖かったと聞いたくらいの

「昔話」でした。

でもカラー写真の威力はありました。

山本さんの言うように、近い時代だと思いました。

  

  

この特集の読み物化、まだ続きます。

今度は白黒映像をカラー化します。

 

つづく

   

お薦め番組「薩摩硫黄島」「テルマエ・ロマエ」「サギデカ最終回」

今日は令和元年9月29日。

  

何度も書いていますが「ザテレビジョン」の話。

本屋であるにもかかわらず、「ザテレビジョン」を1冊も

置いていなかったS市の本屋。

ここでも道草 「ザテレビジョン」が近くのコンビニから消えました(2019年9月11日投稿)

☝ この記事で書いた本屋です。

 

先週の水曜日にその本屋に再び寄りました。

もしかしたらあるかもと思って。

そしたら、5冊も置いてありました。

喜んで買ってしまいました。

  

  

お薦め番組。

 

8月3日に放映された「潜れ!さかなクン~火の島 

薩摩硫黄島の海へ~」の再放送が、

今日!の午後4時15分からNHK総合であります。

この番組については、先月記事にしました。

ここでも道草 「巨大カルデラの謎に迫る」その6/さかなクンが崖の下の海に潜った(2019年8月17日投稿)

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あれれ・・今日の朝刊のテレビ欄を見たら、愛知県は違う番組でした。

      

映画「テルマエ・ロマエ」が明日!の午後1時から

BSプレミアムで放映されます。

これも社会科の教材になる映画です。

記事にも書きました。

ここでも道草 今晩、映画「テルマエ・ロマエⅡ」が放映されます(2019年2月16日投稿)

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昨晩、NHK土曜ドラマ「サギデカ」の第5話(最終回)を見ました。

第1話、第2話を見て、詐欺にだまされた人の末路、

だます人の悲惨な境遇を見て、見るのが辛くなって、

第3話、第4話を見ませんでした。

いいと直感して見始めて、

それを止めたモヤモヤした気持ちが残りました。

自分の直感を疑ってしまいました。

Pc_topimage NHK

でも、昨晩はつい見てみて、最後まで見ちゃいました。

いい最終回でモヤモヤが解消しました。

直感を当たっていました。

再放送を録画セットしました。

いい番組は身近に置いておきたいです。

再放送は10月3日午前0時55分です。

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今日はにゃんの日

いま ここ 浜松

がん治療で悩むあなたに贈る言葉