2020年5月14日 (木)

再読「明治・大正 日本人の意外な常識」② 混浴の習慣を無くすまでに30年かかった

  

今日は令和2年5月14日。

  

前記事に引き続いて、

「明治・大正 日本人の意外な常識」(後藤寿一監修/実業の日本社)

より引用します。

  

 

 銭湯といえば、番台を挟んで男湯、女湯に仕切られた構造が特徴

だが、明治時代の銭湯では男湯と女湯は分かれていないのが普通だ

った。

(36p)

 

混浴が当たり前だったのですね。

それでも西洋人と付き合わないといけないので、

混浴を取りやめようとしました。

簡単ではありませんでした。

   

 1969年(明治2年)、東京府内すべての銭湯に混浴が禁じら

れた。しかし政府の目の届かない地域ではなかなか実施されなかっ

た。行政の指導通りの施設にするには費用がかさみ、完全に男女を

分けた設備が整わなかったからだ。

 再三の混浴禁止令や浴場施設の制定が行なわれ、ようやく1900

年(明治33年)5月24日の内務省令で12歳以上の男女混浴を

厳しく禁じられた頃に「男風呂」「女風呂」の設備が整った。それ

までの混浴という習慣を無くすまでに開国から30年以上かかった

ことになる。

(38~39p)

  

習慣とはすごいものです。

明治前半は、「男女混浴」が当たり前だったんだ。

常識なんて、時代で変わりますね。

  

  

 今では学校給食でお馴染みの牛乳だが、日本における牛乳の歴史

は明治に始まったといっても過言ではない。古来日本では牛乳を飲

む文化はなく、「無乳文化圏」といわれていたからだ。

(中略) ところが幕末から明治にかけて、習慣的に牛乳を飲んで

いる外国人が日本に居住するようになったことから、乳業が誕生す

る。牛乳の栄養価の高さに目をつけた明治政府が、国民の栄養向上

のため1871年(明治4年)に乳牛の輸入を許可し、牛馬会社を

設立。牛乳の生産をはじめた。

(53~54p)

  

乳業に従事した人たちは、

明治維新で禄を失った元サムライたちでした。

 人々は牛乳を飲む習慣がなかったことに加えて、牛乳は高価であ

くまでも健康食品、または母乳の代用品とみなされたことで、一般

の飲料としてなかなか普及しなかった。しかし、1894年(明治

27年)の日清戦争で傷病兵が牛乳を飲んで元気になったことから

急速に普及、士族たちのアイデアが実って牛乳販売は飛躍的な発展

をみせる。

 じつは最近でも見られる牛乳宅配制度のシステムは、乳業に携わ

る士族たちが牛乳販売の拡大を狙って考え出したもの。この宅配は、

牛乳を買いに出かけなくても新鮮な牛乳を毎日家で飲めるとあって

販売拡大を後押ししたようだ。

 今日まで続く日本の牛乳文化を浸透させたのは、士族の商法の発

想によるものだったのである。

(54~55p)

  

思い出します。

毎朝我が家には牛乳箱が玄関先にあり、

毎朝牛乳が2本届いていました。

よく冷えた牛乳でした。

毎朝、新聞と牛乳を家に取り込んでいました。

あれは明治時代の名残だったのですね。

再読「明治・大正 日本人の意外な常識」① 明治期のウサギバブル

今日は令和2年5月14日。

 

3月に、100年前のインフルエンザの大流行のことを

調べたいと思い、図書館に予約しました。

ところが、新型コロナウイルス感染拡大のために、

図書館が閉館してしまい、借りれませんでした。

先日、通っている図書館の一つが、予約本なら

貸出OKとなり、次の本を借りてきました。

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「明治・大正 日本人の意外な常識」(後藤寿一監修/実業の日本社)

 

図書館でこの本を受け取った時に、

表紙に見覚えがあるぞと思いました。

家に帰って、机の上にこの本を置いておいたら、

奥さんに「この本、前にも読んでなかった?」と言われました。

「そうだよね、見覚えあるんだなあ」

試しに読み始めましたが、明治のウサギ税の話。

う~ん、ドラマ「タイムスクープハンター」

明治期のウサギバブルのことをやった覚えはあるけど、

本で読んだことがあったけなあ・・・。

 

本棚を調べに行きました。

そしたら、何と!同じ本が出てきました。

私は以前読んだ本でした。

  

次のブログで調べました。

何らかの痕跡を見つけられないかと。

  

これまたありました。

ここでも道草 今年の7月30日/明治は遠くなりにけり(2012年4月30日投稿)

8年前に、この記事をはじめに4本、この本関連で

記事を書いていました。

いい機会なので、4本読み直しました。

 

再読しましたが、勉強になったので、引用します。

  

  

 今でこそペットといえばイヌやネコとだいたい相場が決まってい

るが、明治の日本人はウサギに夢中であった。待合茶屋、今でいう

貸しスペースでは、集まった人びとがそれぞれに毛色の珍しい自慢

のウサギを持ち寄り披露しあう兎会が開かれた。

 さらにひと儲けを狙った人々が、こぞって投機目的でウサギを飼

い始めたことでウサギの価格高騰に拍車がかかった。

(中略)

 ブームが過熱するあまり、ウサギ欲しさに娘を売る者や、ウサギ

ビジネスの利益を巡って親子ゲンカが傷害致死事件に発展するなど

トラブルも多発したという。

 事態を深刻に捉えた東京府は兎会を禁止、さらには「兎取締ノ儀」

を設けた。ウサギの頭数の届出を義務化し、一羽につき毎月一円を

課金、もし届出を行わなかった場合には一羽当たり二円の罰金を科

したのだ。これがウサギ税である。

 この足かせによりウサギブームは一気に収束を迎える。

(17~18p)

  

先にも書いたが、ウサギブームについては、

「タイムスクープハンター」で扱っていました。

調べました。

放映日は2013年4月30日でした。

7年前でした。録画してあります。

  

8年前に本を読んだ時にはつながりませんでしたが、

読み直したことで、本と番組が頭のなかでつながりました。

 

授業で紹介したい内容です。

 

つづく

2020年5月13日 (水)

日めくりより/「じゃがりこ」 コ・ロ・ナが合体してできる漢字

  

今日は令和2年5月13日。

 

日めくり「雑学王」(TRY-X)より。 

  

「じゃがりこ」の「りこ」とは何のこと?

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「じゃがりこ」の「りこ」は開発担当者の友人りかこさんの

名前からついたなんて楽しいです。

Wikipediaには次のように書いてありました。

  

商品名の候補には「カリットポテト」「ポテッキー」「スリムポテト」

などがあったが、若手社員中心の開発チームで議論するうち、

男性社員の「友人の利加子さんに試食させたら美味しそうだった」

という話で盛り上がり、「じゃがいもりかこ⇒じゃがりかこ⇒じゃがりこ」

となった。

 

  

2020年5月11日の朝日新聞朝刊の記事です。

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確かに「君」になります。

  

とっておきたくなった記事です。

  

「人間」 覚えているのは頻繁にその日のことを思い出していたから

 

今日は令和2年5月13日。

  

勤務校の図書室で借りた7冊目の本を読破。

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「人間」(又吉直樹著/毎日新聞出版)

    

私は太宰治の「人間失格」を読んだことはありませんが、

この本を読んでみて、きっと「人間失格」ってこんな本なんだろうなと

勝手に想像しました。

 

印象に残った文章を書き留めます。

 

 早口で話すのは変わりはないが、いつからか仲野はお調子者とい

う雰囲気を捨てて、どこか虚ろな暗い表情を意識的に作って話すよ

うになった。仲野の変化の理由はおおむね彼が読んでいる雑誌や小

説に答えが記されていた。

 一度、おなじようにリビングで仲野が政治の話を熱心にしていた

ことがあった。仲野がトイレに立ったときに彼が読んでいた本を見

ると、案の定、それは政治の本で、しおりが挟まれていたページに、

そのまま仲野がさっきまで語っていたことが書かれていたので思わ

ず吹き出してしまったこともあった。自分が触れたものの表面だけ

を直接摂取する悪癖は、中学生が修学旅行で買ったサングラスをつ

けて悪ぶっているような痛々しさがあったが、中学生達の風景のよ

うに愛することができなかった。

(30p)

  

私も日々新聞や本を読んで、印象に残った文章を書き留めたり、

記事の写真を載せたりしています。

まさに「表面の直接摂取」の連続のように思えます。

でもこの積み重ねの果てに、何か総合的な力が得られると信じて

日々ブログに向かっています。

  

   

 小学校に上がる前、もっと自分達が小さな頃に近所の児童公園で

その女の子と一度だけ話したことがあった。(中略)その日のこと

を女の子は覚えていない。僕が覚えているのは頻繁にその日のこと

を思い出していたからだ。

(40p)

  

こういう記憶が確かにありません。

それは思い出したくないような、

すぐにでも心から追い出したくなる思い出です。

あの時、そんなこと言うんじゃなかった、

そんな態度をするんじゃなかったと思う。

わすれていたのに、時々思い出すことで、

記憶に何度も刻まれ続けてしまう記憶。

2度と同じような行動をとらないように、

人間の防衛反応がなせる業でしょうか。

  

  

 なぜか自分は、人から気難しいとおもわれることが多かった。

子供の頃はもっと上手に馬鹿にされることができた。いつから

周りを警戒させてしまうようになったのだろう。

(52p)

  

こう思う時が時々あります。

気さくに話しかけられないなあ、

歳が歳だもんなと考えもしました。

共感できた文章なので、引用しました。

  

   

(僕)「子供の頃、絵を描くのが好きやってん。いつものよ

うに自由に絵を描いていた。保育所の先生が、あなたの絵を見

るのが楽しみや、って言ってくれたり。でもな、小学校の図工

の授業でゾウの絵を描く時間があってんな。俺は迷うことなく、

街の風景とゾウの尻尾だけを画用紙に描いた。ここをゾウが歩

いていきましたよという風景を描こうとおもって。10秒前な

らゾウは画用紙の中央にいたけど、今は画用紙の外にいるとい

う絵を描いてん」

(影島)「ええやん」

「先生になんて言われたとおもう?」

僕が質問すると、影島がこちらに顔をむけた。影島の前歯が1

本なかった。

「褒められたんちゃうの?」

「そうおもうやん?」

「違うん?」

 前歯が1本ない影島が真剣な表情で僕の言葉を待っていた。

少しだけ息を吸って吐く。

「調子乗んな、って言われて頭叩かれてん」

 影島は飲みかけのハイボールを噴き出した。彼が笑ったので、

僕も釣られて笑った。

「嘘やろ?」

「ほんまやねん」

「無茶苦茶やん」

「そのあと、先生ちょっと笑いながら、もうええねん、こうい

う奇をてらうの、って言うてん。めっちゃ恥ずかしかった。も

う絵なんて描きたくないとさえおもった。」

そう言って、笑ったけど、もう影島は笑っていなかった。

「そっからな、絵を描こうとおもうたびに、その先生の言葉が

頭のなかで響くねん。ほんならこれも、奇をてらってるとおも

われちゃうかな?かっこつけてないかな?って気になってしも

うてな、わざと平凡な構図で描くようになったり・・・」

(249~250p)

「うん。それから、人と違うことをやるのが恥ずかしくなった。

人と違うことをやるということは、人と違うとおもわれたいと

いうことと解釈されてしまうのが苦痛で。それをはね返す力が

自分にはなかったから」

(251p)

  

先生の言葉って、影響力がありますよね。

又吉さんの実体験だろうか。

さらにこんな文書も。☟

  

(影島)「(前略)教師からすれば、各々の個性を尊重するべき

みたいな言葉は頭の片隅にあったとしても、身体に馴染んではな

やろうから、結局は自由に描いていいはずの絵まで、矯正して

まう。しかも、それが絵に対する批評ではなくて、人と違うこ

をいうことを恥ずかしくおもえという理屈やねん。」

(252p) 

   

「身体に馴染んではない」に注目です。

教師は「自由」が馴染んでいないんだよなあ。

指導しちゃうんだね。

真逆の西郷孝彦先生が思い浮かびます。

ここでも道草 今晩のお薦め番組「ハートネットTV」「ノーナレ」(2020年5月11日投稿)

 

(僕)「美術館で長い時間を掛けて絵画を鑑賞したあと、外に出る

と見慣れた景色のなかにある、いつも目にしていたはずの色が、異

常なほど際立って、奇跡のような印象で目に映ることはある」

(影島)「それは、作家の目をかりてんのかもしれへんな。」

(276p) 

  

「作家の目」

本を読んだ後に、「作家の目」を感じます。

300pぐらいの本を読みきると、

作家の思考みたいなものが自分の中に残っているなあと思います。

又吉さんなら、こう思うだろうなと想像します。

  

  

以上で「人間」からの引用を終えます。

2020年5月12日 (火)

生活のBGMは11年ぶりに「JIN-仁ー」のサントラ

今日は令和2年5月12日。

  

最近物忘れが顕著になってきた感じがします。

芸能人の名前が出てこないというレベルはもちろん、

朝ブログにうったことをすっかり忘れていて、

同じ文章をその日の晩にうっていることもありました。

大丈夫かな、脳みそ。

  

先の土日曜日に、ドラマ「JIN-仁ー」

再放送をやっていました。

この機会に、自分の脳みそを試しました。

自分の覚えでは、このドラマのサントラCDを

買った覚えがあります。

その覚えが正しいかどうか。

  

探しました。

そして見つけました。

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私の脳みその覚えは正しかったです。

調べたら、ちゃんと記事を書いていました。

ここでも道草 ドラマ「JIN-仁ー」サントラ入手(2009年12月6日投稿)

 

11年前の私は、なかなかいいことを書いています。

やっぱりその時、その時、思ったことを書き残しておくことは

いいなと思いました。

読み直すことで、当時だから思ったことを思い出せます。

そして、読み直すことで、ほぼ感心します。

今回のように、いいこと書いているじゃんと思うのです。

ケツメイシの曲「手紙~あれから」の歌詞を思い出します。

 

やるべき事はそれなりに 手を抜かずに

やってきたから 心配ないぜ

 

ここでも道草 生活のBGM この10年を肯定してくれる「手紙~あれから」(2017年2月5日投稿) 


YouTube: ケツメイシ/手紙 ~あれから・・・

「手を抜かず」にやってきたことを確認できるのです。

明日からの頑張りの励みになります。

  

生活のBGMは11年ぶりに「JIN-仁ー」のサントラです。

「9月入学」についてどう考えますか?

 

今日は令和2年5月12日。

  

9月から新学期が始まるという提案を皆さんはどう思いますか。

今回、次の新聞記事をじっくり読んでみました。

 

5月10日朝日新聞朝刊の記事です。

前川喜平さんは、「9月入学」は今じゃない。

実施するなら、5~10年計画でという考え方。

藤川大祐さんは、「9月入学」は今回の選択肢の一つであるし、

いずれは必要になる改革という考え方です。

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そして今日の朝日新聞朝刊の記事。

「9月入学」の主な利点と課題。

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次の記事を読んで、「9月入学」には

前倒し案と後ろ倒し案があることを知りました。

今回は、学習の遅れを取り戻すためなので、

後ろ倒し案です。

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復職プログラム中とはいえ、現場にいる身として、

これらの記事を読んで思ったことは・・・・  

 

「9月入学」案を聞いて、少しホッとしてしました。

休校中にできることは何かといろいろ模索していましたが、

「9月入学ならいいか」と思ってしまいました。

しばらくしてこの「ゆるみ」は恐いと思いました。

  

現場は、というか私は、やはり「今できること」を探して、

実行しないといけないと思いました。

休校中にできること、学校が再開したらできることに

夢中になることだと思いました。

  

「9月入学」の是非は、その立場の人たちに考えてもらい、

私は目の前のことを頑張ります。

もちろん、情報は入手します。

5~10年計画で「9月入学」に移行する案が、

現時点で私の中で有力です。

それも前倒しで。

2020年5月11日 (月)

今晩のお薦め番組「ハートネットTV」「ノーナレ」

今日は令和2年5月11日。

  

新聞を読んでいて、今晩急きょ録画することになった番組です。

 

20:00~20:30

「ハートネットTV 故郷へ~サハリン“樺太”で生まれた 

ろう者の戦後~」

ハートネットTVより転載 ☟

Photo

かつて「樺太」と呼ばれ、日本の統治下にあったサハリン。

去年の6月、この地を75年ぶりに訪れた人がいます。

村川健雄さん、耳が聞こえないろう者です。そして10月、

今度はサハリンで暮らすろう者が初めて日本にやってきました。

ヒラヌマ・ニコライさん。サハリンと日本、二人はこれまで

二つの“故郷”に思いをはせ続けてきました。

これまで見過ごされてきた「樺太」出身のろう者たち。

知られざる戦後、重い歴史の記録です。 

  

 

この説明の「重い歴史」という言葉が気に留まって

録画することにしました。

   

  

  

22:45~23:15

【ストーリーズ】ノーナレ【校長は反逆児】

ノーナレより転載 ☟

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今日の朝日新聞朝刊の記事です。☟

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西郷孝彦さんの本について、

1月に5本の記事を書きました。

この番組を見て、その記事を読み直し、

自分の血や肉にしたい。

最初の1本 ☟

ここでも道草 「校則なくした中学校~」① 「まだ間に合います」(2020年1月17日投稿) 

 

 

「夏の騎士」② 勇気こそ、人生で最も大切なもののひとつ

  

今日は令和2年5月10日。

  

前記事に引き続き、

「夏の騎士」(百田尚樹著/新潮社)

より引用します。

  

 

 帰宅すると、早速、算数の教科書を開いた。そして壬生に教え

てもらった文章題の復習を始めた。壬生に言われた通り、同じ問

題を反復して解いた。壬生は「わからないときは、解答を見ろ」

と言っていた。

「本当はしっかり考えたほうがええにゃけど、時間がもったいな

い。解答を見て、そのやりかたを覚えるほうが早い」

 壬生の言われた通りにしたら、よく理解できた。それで初めて

ひとりで勉強に取り組むことができた。

 ただ、これで勉強が楽しくなったと言えば嘘になる。なにもせ

ずにごろごろしているほうが二倍は楽しいし、マンガを読んだり、

テレビを観ているほうが10倍は楽しいし、ドラクエをやってい

るほうが100倍は楽しい。でも、以前より苦痛でなくなったの

はたしかだ。それに、ゲームやテレビでは味わえない充実感のよ

うなものがあった。この感覚はそれまでに味わったことのなかっ

たもので、この後、より一層強く感じることになる。

 大人になって理解したことがある。世の中には、一流大学に合

格する人は勉強が好きな変わり者だと思っている人が少なくない。

もちろん一部にはそういう人もいるだろうが、優等生にとっても、

やはり勉強は面白くないのだ。ただ、彼らはその苦痛を充実感に

変えたり、その結果得られることを、楽しさに変換しているだけ

なのだ。一流のスポーツ選手は激しいトレーニングを行うが、筋

肉が負荷に悲鳴を上げ、溜まった乳酸が「もうやめろ!」と叫び

出すようなことが快楽のはずがない。それでもアスリートにとっ

て、それらはやはり「楽しいこと」なのだ。そこには達成感があ

るからだ。別の譬(たと)えで言うと、登山のようなものだろう

か。一歩一歩足を動かすと、確実に上へ行く。テレビをどれほど

観ようと、何時間ごろごろしようと、その達成感は味わえない。

(136~137p)

  

最後に登山に例えてくれたことで、腑に落ちました。

「筋肉」「楽しい」でイメージしたのは番組「筋肉体操」の

谷本道哉さんです。

筋肉体操中の声かけは印象に残るセリフが多いです。

「楽しい」「うれしい」「喜ぶ」が含まれる言葉が

多いように思えます。

たとえば・・・

「キツくてもツラくない!キツくても楽しい!」

昨年はこんな本も出版されました。

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 あの夏、ぼくが得たものはそれだけではない。それは勇気だ。

でも勇気は決して天から舞い降りてきたものではない。幸運に

恵まれて道端で拾ったものでもない。

 人はみな勇気の種を持っている。それを大きな木に育てるの

は、その人自身だ。そして勇気こそ、人生で最も大切なものの

とつだ。ぼくが今もどうにかこうにか人生の荒波を渡ってい

るのは、わずかな勇気のお陰だ。

(249p)

 

 

「勇気」はいくつになっても必要です。

まだまだしょぼい「勇気」を時には奮い立たせて、

毎日を過ごしています。

  

  

これで「夏の騎士」からの引用を終えます。

 

「星ちりばめたる旗」

「近松よろず始末処」

「100時間の夜」

「パーマネント神喜劇」

「美しき愚かものたちのタブロー」

 

いつの間にか勤務校の図書館の本を6冊読みました。

どの本も生徒にお薦めです。

お薦めの本が勤務校の図書室にあるという状態は

なかなかいい気持ちです。

休校中の収穫の一つです。

こうなったら10冊を目指す!

2020年5月10日 (日)

「夏の騎士」① 騎士道は女性に愛と忠誠を誓う

  

今日は令和2年5月10日。

  

勤務校の図書室にある本です。

借りて読みました。

生徒が登校するようになったら、

読むことを勧めたい本となりました。

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「夏の騎士」(百田尚樹著/新潮社)

 

気になった文章を引用します。

(安西先生)「騎士というのは、日本で言えば侍だな。日本に武士道

があるように、西洋には騎士道がある。この二つはよく似ているが、

実は決定的に違うことがひとつある」

 安西先生はクラスを見渡して言った。

「さっきドン・キホーテの話でしたように女性に対する姿勢や。武士

道には女性は出てこないが、騎士道は女性に愛と忠誠を誓う。実はレ

ディーファーストというのは、その名残りなんや」

(42~43p)

  

なるほどです。

「ドン・キホーテ」「三銃士」

どちらも女性が重要です。

女性のために頑張ります。

  

  

 突然、陽介が口を開いた。

「4年の終わりに、女子だけ体育館に集まったのを覚えてるか」

 健太はうなずいた。そのことはぼくも覚えている。体育館の窓に黒

いカーテンが張られ、男子が覗けないようにされていたという噂だっ

た。その日は男子だけが早く帰れるということで、ぼくらは大喜びで

帰宅した。

「すごいスライドが上映されたらしいで」

「し、し、知ってるよ、あ、あ、あそこから血が出るビデオやろ」

 健太がいつも以上にどもりながら言った。

 その話はぼくも聞いていた。といっても、それが具体的にどのよう

な生理現象なのかは知る由もなかった。ただ、保健体育の教科書で、

女子は大きくなるとあそこから血が出るということを知って、腰が抜

けるほど驚いた記憶がある。そして、女子とは恐ろしい生き物なんだ

と思った。高学年になると、胸が膨らんだり、あそこから血が出たり、

低学年のころとはまるで違った生き物になる。それはまるで芋虫から

蝶になったりカブトムシになったりする完全変態の昆虫のようにも思

えた。女子と比べると、男子はバッタかゴキブリみたいな不完全変態

の昆虫だ。

(63~64p)  

   

 

先に成長する女子を、幼い男子はこんなふうに見るのかな。

完全変態、不完全変態の例えは面白いと思いました。

体育館に女子だけ集めて映像を見せ、男子は早帰り。

そんなことをやった小学校があったのかな?

私の体験ではありません。

  

  

 妄想の世界では、ぼくは常に輝ける存在だった。できないことはな

い。その気になればテストはいつだって満点がとれたし、学校の誰よ

りも速く走れた。ハットトリックもできたし、140キロのストレー

トを投げることもできた。いざとなれば空さえ飛べた。そして、有村

由希子は、ぼくに恋焦がれていたのだーー。

 小学校時代の自分の妄想を思い返すと、苦笑しかない。多かれ少な

かれ子供とはそういうものかもしれないが、ぼくの場合は、それがい

ささか度を過ぎていた。人は誰でも、自らが思い描く理想の自分がい

て、それは多くの場合、現実の自分とはかなりの開きがある。人はそ

の差を埋めようとして努力するわけだが、中には理想像を描くだけで

満足して、少しもその差を埋める努力をしない人間がいる。それが小

学校時代のぼくだった。

(85~86p)

  

 

私も小学校6年生で妄想していました。

マラソン日本一です。

中学校で現実を知って挫折しました。

 

つづく

「HSPでした」② HSPは疲れやすい

   

今日は令和2年5月10日。

  

前記事に引き続いて、

「ダメ人間だと思ったらHSPでした」

(染井アキ著/産業編集センター)より引用します。

  

 

 HSPは疲れやすい

 日頃から勝手に刺激に敏感に反応しまくっている&どこか緊張

しているせいか、疲労が抜けずその回復をはかるため、睡眠時間

がとてつもなく長くなってしまいます。人生の半分以上は寝てい

るんじゃないかと思うくらいです。(中略)

 HSPは脳が疲れている。それを知ったとき、この疲れやすさ

はそのせいか!と原因不明から解放されて、それだけで安心でき

たことを覚えています。脳が疲れているとはどんな感覚かという

と、頭の容量が常にいっぱいいっぱいという感じです。インプッ

トと思考することが大好きな上に、ちょっとしたことで刺激を受

けるので、頭の中にそれらがどんどん溜め込まれていき、何にも

していなくても、することがなくても、他人からどれだけ無駄な

1日を過ごしているように見えても、私は今までの人生で一度も

「暇」を感じたことがありません。というか暇という感覚がわか

りません。これも、人と違うな、と感じていたことの一つでした。

今考えてみればアウトプットしない限り容量が空くわけもなく、

動作がスムーズにいくはずがない。

 その特性を知った今、こうやって思考を文字におこしアウトプ

ットすることは、自分を上手に動かす上で大事なことであり、こ

れからの人生で必要なことの一つだと感じています。

(117~119p)

  

私はこの気持ちはわかります。

この点では私はHSPだと思います。

「暇」と感じたことは極めて少なく、

このブログのように、

各種通信を書いてアウトプットしてきました。

  

  

5月を褒めています。

  

 欝々した時期を抜けて気付いたのは、5月はめちゃ綺麗!5月は

美しい!5月はキラキラしとる!5月は泣ける!5月は鬱を抜ける

手助けをしてくれるといっても過言ではない!です。

 5月の何がいいかって、まず、時期。時期最高。日照時間が少な

い寒いときを経て光が多くなる頃。必然的に過ごしやすい気温の日

が多くなる。冬が終わり、桜の時期を抜けて、新緑が芽生え、優し

い緑たちが陽の光に照らされ、その木漏れ日も風も風によってなび

く葉のざわめきさえも、全てがキラキラして、この世はなんて美し

いんだと泣けてくるほどきらめく世界。

 街路樹を見上げれば、柔らかく生命力にあふれた緑が透けていて、

その先には、輝く眩しい光と澄んだ水色の空。自分の心が淀んでい

ればいるほど、それに対比したその美しさに圧倒される。毎度5月

の緑と光と空を体感しても毎回新鮮に驚くほどに美しい。人生であ

と何回5月を体験できるのかと思ってしまうほどに。

(120~121p)

 

まさに今がその5月。

5月の良さは共感できますが、

それをたっぷり味わえる山に登れないのがとても残念。

3月22日に鳳来寺山に行ったのが最後です。

  

  

 HSPの文章は、改行多めの絵文字少なめ

 どうでもいい情報化もしれませんが、これもよくあることだと思

うので、記しておきます。

 私は日頃からツイッターランドの住人で、そこでHSPやHSS

の言葉をプロフィールに書いてある方を200人近くフォローして

いるのですが、その方達の文章を見ていると、刺激を無意識に避け

る傾向にあるのか、絵文字を避け、改行をよく使い、字だけで伝わ

るように読みやすくしている方が多いように思います。

 ふと、自分はどうなんだ?と思ったら、自分も同じでした。

(124p)  

  

改行が多いのは一緒です。

見やすさを考えていますね。

そういうところまで気を遣うのはHSPなのかな。

私も半分くらいHSPだと、この本で思いました。

読む前は、どっぷりHSPだと思っていましたが、

もっと生き辛い人たちがいることがわかりました。

 

以上で「ダメ人間だと思ったらHSPでした」からの引用を終えます。

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楽餓鬼

今日はにゃんの日

いま ここ 浜松

がん治療で悩むあなたに贈る言葉