« 2018年12月 | メイン | 2019年2月 »

2019年1月

2019年1月13日 (日)

テレビ番組を見るのが当たり前ではない生徒を教えている

今日は1月13日。

  

前投稿に引き続き、1月6日放映の「サンデーモーニング」の内容。

メディア総接触時間の割合

Bf4faee344fb408689ebd1c143c412f9301  

 

私の社会科の授業のやり方は、

テレビ番組を利用して説明しています。

視覚的教材なので、生徒はイメージが浮かびやすく、

効果的だと思ってきました。

テレビ番組がとても勉強になることを授業で知らせたら、

生徒自ら進んで番組を選んで見ることになり、

授業だけでなく、授業以外にも生徒の学習は広がると

もくろんでいます。

  

このやり方は、18年前まで勤めていた中学校でも

10年間、その考えでやってきました。

久々の中学校勤務で、再びこのやり方を思い出し、

日々実践してきました。

  

でも、思ったのです。

18年前に比べて、授業で紹介した番組、

例えば「大河ドラマ」をよく紹介しましたが、

実際に見たという生徒は思ったよりも少ないのです。

授業の時の様子からして、もう少し生徒は見るぞと思っても、

それほどではないのです。

前中学校勤務の体験と比べても、少ないと思っていました。

  

「サンデーモーニング」で示されたフリップで、

少し理由が見えてきました。

今の時代、テレビ番組以外に、帰宅した生徒が見るものは

多岐になったのだと思います。

パソコン、タブレット端末、そして携帯電話・スマホ。

テレビ番組からだんだん遠のいています。

さらに、このフリップの下に隠れていた

20歳代に限ったグラフが登場してますますそう思えました。

E1ec49cb77114e109947b0e3449b0c78301  

携帯電話・スマホに接触している時間の多いこと!

パソコン・タブレット端末・携帯電話・スマホを合わせて約70%!

実際に自分の息子・娘(20歳代 息子は今日成人式参加)を見ていると

うなづけます。

 

テレビ番組を見るのが当たり前ではなくなっている若者を

今は教えていることを認識しないといけないなと思いました。

  

「番組を逃さず見る」という積極的な関りが有効と考えてきました。

この考えは変わりません。

それだけではなく、パソコンやスマホで見る動画も含めて

紹介していきたいと思いました。

実際、先日、Youtubeで番組を紹介した時は、

「これって検索したら(家で)見ることができますよね」と

言ってきた生徒がいました。

 

18年前とは違う状況です。

    

平成30年間の技術革新/パソコン、インターネット、スマホ他

今日は1月13日。

  

1月6日放映の「サンデーモーニング」では、

平成30年を振り返ることをやっていました。

「技術革新」というキーワードで、

その変遷を紹介するコーナーもありました。

そこから、転載・引用します。

  

まずはこの写真。↓  

Ad51e60b20fc42f987e04072e3444d9f3_2    

世界初の電子式コンピューター

「エニアック」(1946年)

  

先日、コンピューターの元を作ったチューリングの

映画を見た後だけに、気になりました。

ここでも道草 1年前の「見たい」を実行/映画「イミテーション・ゲーム」を見る(2018年1月4日投稿)

何気なく「サンデーモーニング」をみていましたが、

このフリップを見た途端に、録画をスタートさせました。

  

チューリングが作った機器は、電子式ではなく、

電気・機械式なのだそうです。電子式ではないのです。

どう違うの?

調べても、スッキリわかりませんでしたが、

電気信号を使ううか使わないかの差なのかなと思いました。

  

 

そしてこのフリップ↓

5b283c27ffc64d30ad6ad6a8822675043_2  

「携帯電話普及率」を示すグラフです。

平成元年(1989年)には普及率0.2%。

それが平成30年には135%!

平成の30年間は、

携帯電話が当たり前になる期間だったと言えます。

  

私が初めて携帯電話を購入したのは、

1996年ぐらいだったかな。

ちょうど普及率のグラフが上向きになった時です。

中学校に勤務していて、生徒指導担当だったので、

きっと使うよと買うことを勧められて買った覚えがあります。

  

携帯電話の形も変遷してきました。

  

D48390e2fcc143ba9b838735eb160681301

↑ 平成より少し前に登場したショルダーフォン。

 1985年。

その2年後に、本格的な携帯電話が登場。まだまだ大きい。↓

16a9759e028a4a12af0f7c3a00737f3d301  

 

平成元年(1989年)

 

東芝が世界初のA4サイズ「ノートパソコン」

ダイナブックを発売  

  

F2342c4fb90e42deab2e63b59668c060301

302748341e424f1a9751fd2c0364a839301  

今は当たり前のノートパソコンは、日本が最初だったのは

知らなかったし、すごいなと思いました。

  

そして1995年(平成7年)の「Windows95」の発売。

17f6a8440f4f41f3a2e5d7bfd501ceb6301

F72b51b8a3254dd2a2a7014133171504301

7c5edbbeca2e455cbf3caf65184d76ef301  

参考:ここでも道草 20年前に発売が始まったWindows95(2015年11月24日投稿)

私もこのタイミングでパソコンを買いました。

Windowsの登場で、インターネットの普及率は、

急激に増えます。

32f4cda7ce364cf7894102ac66804a5b301  

1995年がスタートだとすると、

庶民の中でインターネットが始まってもうじき24年。

まだ24年なんですね。

このブログがスタートしてもうじき12年。

ちょうどインターネットの歴史の半分。

ブログの歴史で言うと、2005年に流行語大賞に選ばれたりして、

ブログが目立ち始めました。

私がブログを始めたのは2年後。

ホームページを作るよりブログの方が簡単でいい、

そんな選択で始めた覚えがあります。

  

  

1999年(平成11年)、携帯電話でも革新。

Fe872d7916084634aa9e733d6cd67ff6301

037f01edc60c448195030bbf9390fd86301  

NTTドコモが、iモードを生み出して、

世界に先がけて、携帯でネットに接続することが

可能となったのです。

ここでも日本が早かったというのが驚きでした。

さすが日本。

  

話をするための機器だったものが・・・

9c822cd980fe4ff2b8ae357152534341301  

知りたい情報を手のひらで得ることができるようになりました。

  

 

 

そして、2008年7月。

アップル社の「iPhone」が日本に上陸。

0c7a921c750c455990b15911337f5951301

9a036e7be3d44389be7ab9dd63f72b0c301

3d9aa9c382f743e59bb32b1d38803fb2301  

スマホの時代の到来です。

今、お年寄りが通うのは、パソコン教室ではなくて、

スマホ教室なのだそうです。

Ee401c4f3ad3442b84a17f12d9319d5c301  

 

今回まとめてみて、平成30年間の技術革新は、

あらためてすごいなあと思います。

パソコン、スマホの普及は私たちの生活を

いつのまにか変えていました。

  

  

私にとって、気になる変化について

次の投稿で書きます。

  

続く

  

 

2019年1月11日 (金)

「リチウムの池」その3/アルゼンチンのオラロス塩湖でも・・

  

今日は1月11日。

  

前投稿に引き続き、

「リチウムの池」について書いていきます。

 

最近、「リチウムの池」がCMに登場しました。

ビックリです。

Youtubeで見ることができました。

オダギリジョーさんが出演している豊田通商のCMです。

 

Youtube 企業広告TVCM リチウム資源開発事業編

  

写真を載せつつ、読み物化します。

たった15秒。セリフは短いけど、

たくさんの映像が詰め込まれた動画です。

 

Photo  

オダギリジョー:へんなことを言います。

  ここ、クルマの時代を変える現場なんです。

Photo_2

Photo_3

ナレーター:バッテリーの原料リチウムの安定供給を実現し、

  電気自動車の普及に貢献。

Photo_4  

Photo_5

Photo_6  

Photo_7

Photo_8

オダギリジョー:現場に立て、明日に役立て。

Photo_9

ナレーター:豊田通商

Photo_10  

前投稿までののように、番組「アーススキャナー」によって

予備勉強をしていると、オダギリジョーさんの

「へんなことを言います」は「へんなこと」に聞こえません。

アルゼンチンのオラロス塩湖も、アタカマ塩湖と同じように、

地下にリチウムの含まれた塩水があるであろうこと。

その塩水をくみ上げて、「リチウムの池」を作っていることが

この15秒でわかります。

さらに電気自動車に積まれている大型のバッテリー。

これからリチウムの需要が高まることがわかります。

オダギリジョーさんが、瓶を振っています。

その中にある白い粉がリチウムです。

  

アルゼンチンのオラロス塩湖を探します。

もちろんグーグルアースで。

ここがそうかな?↓

グーグルアース

Photo_12

確かめたくて、これより拡大しようとすると、

この青い池らしき場所は消えてしまいます。

でもCMに出てくる池の形から考えても、

ここがオラロス塩湖の「リチウムの池」と思われます。

「リチウムの池」その2/日本はリチウムをチリから多く輸入している

  

今日は1月11日。

  

前投稿に引き続き、昨年5月19日に放映された番組

アーススキャナー宙(そら)からわかる奇景」の

読み物化をしていきます。

  

Rimg1404

最初↑、塩水1リットルに対して2cc程だったリチウムですが、

太陽の光による水分の蒸発によって、

塩水1リットルに対して60cc(30倍!)程になります。↓

Rimg1405

こうなるのに、およそ10ヶ月。

  

水は濃い黄色になり、

含まれていた塩分は白く結晶化されます。↓

Rimg1406  

しかし、リチウムは水に溶け込んだままです。↓

Rimg1407

Rimg1408  

↑この黄色い液体は、言わばリチウム入りのジュースです。

  

  

このジュースを加工工場に運び、

化学的に処理してできあがるのが、

炭酸リチウムという物質。↓

Rimg1409

これを原料にして、リチウムイオンバッテリーが作られます。

  

輸出先は、日本をはじめ世界各地。

  

  

世界のリチウムの生産高のグラフを示してくれました。

Rimg1411  

今回の産地はチリ。

世界の33%を占めます。

そのうちのほとんどが、アタカマ塩湖のリチウム池の生産。

そして日本が輸入しているリチウムはチリからの輸入。

つまり日本製のリチウムを使ったバッテリーは、

今回見た番組で紹介されたリチウムが入っているということです。

  

  

次は過去の衛星写真によって、

アタカマ塩湖のリチウムの池が

どのように増えてきたかを示します。

  

Rimg1412

↑ これが現在の様子。

 

1980年代まで、遡ります。↓

Rimg1413

Rimg1414

↑ ひとつ池がありますが、それは農業用のカリウムを

 生産するための池だそうです。

  

1990年代になって、リチウムの池が誕生します。↓

Rimg1415

Rimg1416  

Rimg1417

Rimg1418

Rimg1419  

リチウムが携帯電話やノートパソコンのバッテリーに

使われるのに合わせて、池が広がってきました。

  

Rimg1420

Rimg1421  

スマートフォンが世界中に普及し、さらには電気自動車の登場で

ますます需要が高まるリチウム。池は年々増えています。

  

番組では、この後、「リチウムの池」が近隣住民に及ぼす、

悪影響についても紹介していますが、ここでは割愛。

 

まだ続く。リチウムのことをもう少し。

2019年1月10日 (木)

「リチウムの池」その1/リチウムの濃度が高くなると黄色になる

今日は1月10日

  

昨年5月19日に放映された番組「アーススキャナー

宙(そら)からわかる奇景」のことは以前記事にしました。

ここでも道草2回目の「アーススキャナー」もよかった/グーグルアースで追体験(2018年5月21日投稿) 

チリにある青やら黄色の池が紹介されていました。

今一度、グーグルアースで迫ってみます。

23°30'34.83"S  68°21'30.12"W

この数字を打ち込みました↑

グーグルアース

Photo


これは地元の人が「リチウムの池」と読んでいる場所でした。

その実態は?

社会科地理の南アメリカの「レアメタル」の勉強で、

この番組が利用できました。

この番組を読み物化しておこうと思います。

 

地上から見た「リチウムの池」です。↓

外国の取材クルーが、2年ほど前に取材した映像だそうです。

Rimg1391  

Rimg1392

Rimg1393

Rimg1394  

数百メートル四方の池が何百枚も並んでいます。

 

この地域は「アタカマ塩湖」と呼ばれる地域です。↓

Rimg1395  

湖ですが、表面にはほとんど水がなく、

その混じった砂があるだけです。↓

Rimg1396  

ところが地下には、リチウムを多く含む塩水の層があります。

Rimg1397  

その塩水を、ポンプでくみ上げて、リチウムの池を作っていました。

Rimg1400

  

地下から塩水をくみ上げているポンプ(井戸)。↓Rimg1402 

ここから池まで、塩水がパイプで運ばれています。

  

  

砂漠の強烈な太陽に照らされて、

「リチウムの池」の水分は次々に蒸発していきます。

その結果、溶けているリチウムの濃度が高くなります。

  

リチウム濃度が高くなると、「リチウムの池」の色が変化します。

青が黄色になるのです。

Rimg1403_2

 

つづく。

 

2019年1月 7日 (月)

「アイデア大国オランダ」その1/「オランダはオランダ人が造った」

 

今日は1月7日。

  

昨年12月1日に放映された「世界ふしぎ発見!知らなかった!

びっくりアイデア大国オランダ」はとても面白い内容でした。

書き残して置きたいと強く思いました。

3学期が始まって忙しくなってきたけど、

少しずつ書き進めたい。今回が初回。

  

Rimg1380

この日の「世界ふしぎ発見!」は

こんな↑シーンから始まりました。

 

ナレーター:ここはオランダの運河。

  街行く人も思わず足を止めるこれは、

  「ホットタグ」と呼ばれる、お湯につかりながら乗れる、

  お風呂型ボート。

Rimg1381

Rimg1382

Rimg1383

 

ナレーター:ボート全体がお風呂になっているので、

  併走するスタッフもお風呂につかりながらの必死の撮影。

Rimg1384   

ボートには煙突がついていて、薪をくべて、

追い焚きをすることも可能な船です。

Rimg1385

Rimg1386  

 

船長のブライアン バン リエンプドさん:

  日本の露天風呂とオランダの観光船を合体させたら、

  面白いと思って作ったんだ。

Rimg1387

Rimg1388  

日本には「湯船」という言葉があります。

この「ホットタグ」は、まさにその「湯船」だと、

レポーターの発言。

Rimg1389

船長が「それも動くの?」と尋ね、

レポーターは「動かない、動かない」と言っていました。

  

ナレーター:驚きの発想をもつオランダには、

  こんな言葉がある。

Rimg1390  

世界は神が創造した

 オランダはオランダ人が造った

ナレーター:この国には、何でも自分たちの

  生活に合うように作り上げてしまう

  驚きのアイデアがたくさん。

  一見、型破りのアイデア。

  しかし、そこにはこれからの時代を楽しく生きるための

  ヒントが秘められていた。

こんなオープニングでした。

 

ここで引っかかるのが、「湯船

この言葉の語源を、以前何かで見た覚えがあります。

それこそオランダの「ホットタグ」みたいなものだった?

ような気がします。でも自信なし。

しょうがない。知らべました。

  

いくつものサイトで「湯船」について書いてありました。

その中で、ここがよかった↓

日経スタイル 浴槽はなぜ「湯船」? 本当にあった移動式銭湯

 

引用します。

 

はじめは浴槽はなく、湯を入れた桶(おけ)を積んだだけで

「行水船」と呼ばれた。

それがやがて浴槽を設けた屋形船になり、

港や河岸に横付けして商売をするようになった。

江戸時代の川船の識別図鑑ともいえる

「船鑑(ふなかがみ)」(船の科学館)によると、

船の全長は二丈十二尺とあるから10メートル足らず。

船の中央に風呂があった。

客は風呂からあがると船上でのんびり涼んだのではないか。

湯をはった風呂のことを湯船というのはこの船に由来する。

湯船はまた、川や水路を利用して町々をめぐり、

移動式の銭湯としても親しまれた。

到着の合図はほら貝の音で、これが鳴り響くと、

近くに住む町人らがいそいそとやってきた。

町人に人気だった理由の一つが低料金。

通常の銭湯の料金(8~10文)の半額で入浴できたという。

川の水を存分に使えたせいかもしれない。

湯船は文化文政期(1804~29年)ごろまで続いたが、

江戸の町が整備され、湯をはった銭湯(湯屋)の軒数も

増えてくると次第に消えていった。

Https___imgixproxy_n8s_jp_content_p

  

  

レポーターさんは「動かない、動かない」と言っていましたが、

かつて湯船は動いていたのです。

日本人のアイデアもすごい。

つづく

2019年1月 6日 (日)

毎日通っているスギ薬局/宿題の表紙のヒントをもらう

 

今日は1月6日。

  

今年に入って6日目ですが、

毎日行っていることのうち一つが、

スギ薬局に行って買い物をしていること。

  

これはスギ薬局の作戦?にすっかり乗っている形です。

昨年末にスギ薬局は、年始に使うクーポン券を

たくさん渡してくれました。

1月1日~3日の期間に買った商品1品15%引き。4枚。

1月4日~6日の期間に買った商品1品15%引き。4枚。

1月6日~14日の期間に買った商品1品10%引き。4枚。

1月1日~1月31日の期間に買った商品10%引き4回分。5枚。

1品だけなので、まとめて買うのはもったいない。

1回寄るごとに、1品が原則で買い物をしています。

同じスギ薬局に通うと、「また来た!」と思われる?ので、

近所の4店舗を巡っています。

せこいかもしれませんが、けっこう楽しんでやっています。

  

ポイントも微増中。

今までに、ポイントでホースを入手していたりしましたが、

しばらくポイントを使っていなかったら、

いつの間にか30000ポイントに迫っていました。

現在29978ポイント。

スギ薬局に行くようになって、もう何年だろう?

20年以上?

地元愛知県西尾市で創業した薬局。

長いお付き合いになりました。

  

  

年末に、次のようなことでお世話になりました。

その日は、家に帰って、

冬休みの宿題の表紙を作ろうと思っていました。

どんなのにしようか、全く浮かんでいませんでした。

その日もスギ薬局に寄って買い物をしていきました。

レジで並んでいて、ふと目についたのが、

開店時間を知らせる掲示物。(下は今晩、店外で撮った写真)

Rimg1379  

この掲示物を見てひらめいて、

家ですぐに作ったのが下の表紙。

Photo  

お気に入りの表紙です。

掲示物がヒントになって作られた表紙に見えますか?

見えますよね。

  

明日から3学期。

生徒はこの表紙の宿題の冊子を持って登校します。

生徒は何度もこの表紙を見て、

「しょうがない、やるか」と思って宿題に挑んできたことでしょう。

少しはその気持ちを和やかにできたかな。

  

 

明日も父親が使う膝のサポーターを買いにスギ薬局に寄ります。

毎日通うのがいつ途切れるか?

1月は全部行ってしまいそうです。

部分日食のあった日/前回に引き続き見ることができず

今日は1月6日。

  

今日は部分日食があった日。

早朝は好天気で大丈夫と思いましたが、

だんだん雲が出てきて、太陽は雲の向こう側。

9時半ぐらいから観察を始めました。

遮光板はないので、厚紙に穴を開けて、

ピンホール式の観察をしました。

Rimg1367

Rimg1369  

ピンホールを通過した日の光は、

洗濯しておいてあった息子の黒ズボンに、

太陽の姿を写すはずです。

欠けているなら欠けてる形で。

 

う~ん、やり方を間違っているのかなあ。

午前10時6分頃が日食が最大と言うことですが、

その10分後の写真だから欠けていると思うのですが、

まん丸に見えます。

雲の向こう側にある太陽の光なので、

光のパワーが弱く、クッキリ映らないのかなあ。

  

やはり遮光板を用意すればよかったかなあ。

 

次の日食はいつだろう?

調べました。

今年はもう1回チャンスがあります。

いい年だ。

12月26日です。部分日食です。

冬休みに入ってからなので、時間的には融通がききますね。

さっそく日記に書いておこう。

1年頑張って、この日を迎えよう!

今回の反省で、遮光板は手に入れておきたい。

  

このブログで、「日食」でヒットした記事の中で5本リンクします。

ここでも道草 父親が畑で見た日食(2009年7月23日投稿)

最近は高齢で物忘れの激しい父親ですが、

この時には、こんな子どもの時の話をしてくれました。

今晩、この話をしたけど、覚えていないなあとのこと。

10年前に聞いて、書き留めておいて良かったです。

  

※ここでも道草 肉眼黒点(2011年4月29日投稿)

「肉眼黒点」この言葉の意味を思い出しました。

自分で調べたことですが、面白い内容でした。

 

※ここでも道草 体験できた金環食(2012年5月21日投稿)

※ここでも道草 金環食の素晴らしい写真/小説「金環蝕」(2012年5月22日投稿)

この時は金環食でした。大騒ぎしてこの日を迎えた覚えがあります。

ちょうど雲があったおかげで撮影できました。

もうあれから6年かあ。

  

 

※ここでも道草 ドミノクラブ終了/昨日の霧/今日の日食(2016年3月9日投稿)

この時が前回の部分日食の日。

この日も今日みたいに曇天で見ることはできませんでした。

それから3年。

月日の流れるのは早い。

1日1日、しっかり生きよう。

  

 

新しい大河ドラマが始まっています。

いだてん

今年を思い出すのに、きっと

「『いだてん』がやってた年」で思い出すことになると思います。

今から真剣に見ます。

2019年1月 5日 (土)

1年前の「出かけたい」を実行/蛇峠山登山その2

  

今日は1月5日。

  

前投稿の続きで、蛇峠山登山の報告の続き。

  

馬の背からぐいぐい登りました。↓

Rimg1381

Rimg1382

Rimg1385

↑ 舗装道路は、頂上まで続きますが、

 馬の背にゲートがあるため、頂上まで自動車で上がれるのは

 頂上にある中継所などの施設関係者のみです。

  

Rimg1386

Rimg1388

Rimg1390

↑ 寒い中、日差しに当たるのが心地よかったです。 

 ついつい日差しをもたらす太陽を写真の中に入れたくなりました。

  

そしていよいよ2つのピークのうちの一つに到着。↓

Rimg1391

Rimg1392

↑ 雨量観測用データ施設です。

 ここで思い出しました。

 雪の量を気にして登ってきましたが、

 蛇峠山からは南アルプスが眺められることを。

 すっかり忘れていました。

 

Rimg1395

Rimg1405

Rimg1406

↑ 右に聖岳、左に赤石岳。

 ごっつい山です。

 しっかり見ることができました。

 こんな南アルプスが見えたのは、予想外の喜びでした。

 得した気分ででした。

  

さて、当初の目的、「わかん」です。

でもピークに至るまで、アイゼンすら使わなかった山道。

雪の量は、予想外に少なかったです。

2つのピークの間の雪を期待しましたが・・・

Rimg1419

↑ 向こう側のピーク(頂上)までの谷間の写真。

 見たとおり、雪は少なく、わかんで歩いたら、

 笑われてしまいます。

 

頂上に向かいました。

Rimg1408

Rimg1409

Rimg1410

↑ 頂上には2階建ての展望台があります。

 以前はこの展望台の下で、寒さをしのいで

 昼食を食べた覚えがあります。

Rimg1411

Rimg1414  

今回も頂上は寒く、景色も木々にさえぎられていたので、

すぐに撤退することにしました。

先ほど南アルプスがよく見えたレーダー施設をめざしました。

Rimg1417

Rimg1418

↑ この谷間に雪が積もったら、またやってきたいと思いました。

 

Rimg1420

↑ ここが昼食を食べた見晴らしのいい場所。

Rimg1424

↑ 今回カップ麺はそば。最近はそばが多い。

 ガスカートリッジの下には昨年末に購入したスタビライザー。

 カートリッジが安定するのがありがたい。

 

Rimg1425

↑ 運んだだけの「わかん」

  

2つのピークで1時間ほど滞在して、帰路につきました。

Rimg1430

Rimg1433

Rimg1432

Rimg1431

Rimg1434

Rimg1434a

↑ 馬の背にあった電子基準点。

 ピカピカしていてきれいでした。

 ここでのデータはつくば市で集約しているのだと知りました。

 

Rimg1435

↑ 馬の背と大川入山。

 このベンチは大川入山をゆっくり眺める場所ですね。

 

Rimg1438

↑ そのベンチのは後には、蛇峠山の頂上方面。

  

帰路の3分の2は山道 ↓

Rimg1439

Rimg1440

↑ 左折して山道ですが、ここは山道に行かずに

 舗装道路をゆっくり歩いて下山しました。

  

Rimg1442

↑ こんな道を下りてきました。 

 夏ならうんざりですが、冬の雪道だと

 開放感があり、雪を踏む楽しさも味わえて

 これはこれで楽しい。

Rimg1443

↑ 治部坂スキー場

  

 

駐車場には昼前に着きました。 

今回は「わかん」は運んだだけでしたが、

雪が降った知らせがあったら、やりくりして

この蛇峠山に来たいなと思いました。

以上で報告終了。

 

  

  

1年前の「出かけたい」を実行/蛇峠山登山その1

 

今日は1月5日。

 

今日は土曜日。

中学校勤務になって部活動をやるようになって、

土曜日の昼に家にいることが少なくなりました。

午前の部活では12時半までやるし、

午後の部活なら12時半から始まるからです。

今日は部活動はなく、昼に家にいることができます。

そうすると、正午から放映の

よしもと新喜劇」を見ることができるのです。

この番組を見ることで、休みを実感できるのです。

でも、学校に仕事に行きます。

午前11時30分まで仕事をしてきます。

やらねばならないことを済ませて、

「よしもと新喜劇」を楽しみたいです。

それが今日の前半の目標ですね。

  

前置きが長くなりました。

前投稿に引き続き、1年前の記事に刺激されて

実行したことを書きます。

  

この記事です。↓

ここでも道草 2017年の最終日に「わかん」を購入(2017年12月31日投稿)

1年前に「わかん」を購入していました。

記事にこう書いてあります。

 

「わかん」を持って出かけたいなあ。

 

でも、昨年の冬は結局出かけることができませんでした。

今年の1月3日。2日前に出かけてきました。

 

雪山というと、私の場合は長野県の大川入山が定番です。

このブログでも何度か登場しています。

でも今回は、大川入山と道路を挟んで反対側にある

蛇峠山に行くことにしました。

以前、数回登った山ですが、ブログ内で検索しても

ヒットしないので、ブログを始めた2007年4月以降は

登っていません。12年以上、ご無沙汰の山です。

Photo yahoo!地図

  

雪が少ないと予想されるため、大川入山に行くよりも、

蛇峠山に行く方が、雪があり、わかんを楽しめると思ったのです。

蛇峠山には2つのピークがあり、そのピーク間の谷間は

雪が深かったという体験が印象に残っていたからです。

あそこなら、雪があると考えました。

その理由と、もう一つは、久々の登山であり、

体力的にも不安があったので、半分の時間(体力)で登れる

蛇峠山がいいと判断しました。

  

では写真を並べていきます。

 

Rimg1355

↑ 駐車場の様子。気温は-5℃くらい。

 寒いけど、雪は少なかったです。

 年末年始なので駐車代500円。

  

Rimg1357

↑ 出発は午前8時23分頃。

 まずは、別荘のある地域を通る舗装道路を歩き出します。

 

Rimg1358

↑ ここから山道に入ります。

 

Rimg1359

Rimg1361

Rimg1363

↑ 途中で舗装道路を横切ります。

 登りはひたすら山道でした。

Rimg1365

↑ 馬の背(1457m)に到着。

 

Rimg1371

↑ 馬の背の「背」

 遠く向こうに見えるのは、中央アルプスです。

 

Rimg1375

Rimg1376  

 

Rimg1377

↑ 馬の背からの大川入山。

 全く白くなく、緑の山でした。この時期、珍しい。

  

つづく

最近の写真

  • Img_3905
  • Img_3904
  • Img_3899
  • Img_3898
  • Img_3897
  • Img_3895
  • Img_3894
  • Img_3893
  • Img_3891
  • Img_3890
  • Img_3889
  • Img_3888

楽餓鬼

今日はにゃんの日

いま ここ 浜松

がん治療で悩むあなたに贈る言葉