今日は2月12日。
前投稿のつづき。
「体験取材!世界の国ぐに36 ウズベキスタン」
(文・写真 吉田忠正/監修 中島章子/ポプラ社)より引用。
ウズベキスタンで外国語といえば、ロシア語か英語が中心で、
つづいてドイツ語、フランス語、中国語、韓国語などですが、
日本や日本語に関心をいだいて、学ぼうとする人も増えています。
(中略)
フェルガナ州の地方都市リシタンに、
日本語を教える学校があります。
ウズベキスタンとして赴任していた大崎重勝さんが、
休日を利用してリシタンの子どもたちに日本語を教えはじめたのが始まりです。
「もっと日本語を学びたい」という子どもたちの声におされて、
大崎さんは定年退職を機に、
1999年、退職金を投じて、奥さんの紀子(のりこ)さんとともに、
NORIKO学級を設立したのです。
「いつでも子どもたちが集まり、無償で日本語を学べる場所をもうけたい」と。(30p)
大崎さんは残念ながら2005年に亡くなりましたが、
NORIKO学級は他の人たちによって現在も引き継がれいます。
ここで学んだ生徒が、日本に留学することもあるとのこと。
今度来られる留学生は2人。1人は日本語を話せるとのこと。
この学級に関係するだろうか。
※「ようこそウズベキスタンへ/NORIKO学級」http://www.geocities.jp/uzbekfriends/rishtannoriko.html
※「リシタン ジャパンセンター NORIKO学級」http://rjc.bz/noriko.html
ほらほら、立ち止まって少し深く勉強すると、
知らなかったことがどんどん見えてきます。
ウズベキスタンにこのような学級があるのですね。(つづく)
今日は2月12日。
前投稿のつづき。
太平洋戦争後、ソ連に抑留されて強制移送された日本人捕虜が、
ウズベキスタンで何をしたか。
前投稿では、ナボイ劇場の建設に参加したことを書きました。
次の本にもナボイ劇場建設にかかわる日本人のことが書かれてました。
(中山恭子著/KTC中央出版)
中山恭子さんは、1999年にウズベキスタン共和国特命全権大使として赴任。
3年間勤めました。その時の体験をもとに書かれた本です。
引用します。
首都タシケントではナヴォイ劇場を日本人が建設したことはよく知られており、
その当時の日本人を語る逸話も伝えられています。
金融機関に勤めていた方の話です。
「子どもの頃、日本人が入っていたラーゲリ(収容所)の近くに住んでいた。
日本人は毎朝、挨拶をし隊列を組んで仕事場に出かけていった。
夕方また隊列を組んで戻ってきた。
ある時お腹が空いていることだろうと思って、
友達とラーゲリの垣根の壊れたところからパンと果物を差し入れた。
そうしたら2,3日後に、手作りの木のおもちゃが置いてあった。
親から『日本人は規律正しい人々だ。
勤勉で物を作ることがとても上手な人達だ。
そしてお返しを忘れない律儀な人々だ。
あなたも日本人を見習って大きくなりなさい』と言われて育てられた」(中略)
戦後この地で強制労働に従事した日本人が
その日々の生活を通して残した貴重なものが、
今の日本に対する信頼を形成する上でどれほど貢献していることか。
苦しい抑留生活の中でも規律正しく、
優しさを失わなかった日本人に心から敬意を表し、
心から感謝したいと思います。(212p)
ナボイ劇場建設のみならず、日本人捕虜の働く姿は、
ウズベキスタンの人たちの心に影響を与えたようです。
「体験取材!世界の国ぐに36 ウズベキスタン」
(文・写真 吉田忠正/監修 中島章子/ポプラ社)より引用。
ウズベキスタンに送られた日本人は約2万5000人にのぼります。
石炭の採掘、水力発電や道路、水路の建設などにかりだされました。
強制された仕事とはいえ、一生けんめいはたらくすがたに、
現地の人びとは感銘を受けました。
きびしい作業のさなか、現地で亡くなられた人もたくさんいます。
その人たちの墓を、現地の人たちが、
そうじや草むしりをして守ってきました。
さらに、2002年には日本人の寄付とウズベキスタン政府の手により、
13か所ある日本人墓地の整備が完成しました。(31p)
今度勤務校に来られる留学生も、きっとこんな歴史を勉強していることだろう。
今の日本人がどう見えるだろう。
まだまだ当時の日本人らしさは失われていないと思うが。
今日は2月11日。
先日、こんな看板を見かけ、自動車内から撮影しました。
「薬」だったのが、脱落してこうなったのでしょう。
私は顔文字に詳しくありませんが、こんな顔文字ありませんか?
17日に、縁があってウズベキスタンからの留学生が勤務校に来られます。
6年生が話を聴きます。
しかし、私も含めてウズベキスタンに疎い。
これでは失礼。勉強しようと思います。
図書館で借りてきたのが次の本。
この本をベースにして、いろいろ情報を集めるつもりです。
(文・写真 吉田忠正/監修 中島章子/ポプラ社)
最も印象に残ったのは、首都タシケントにあるナポイ劇場。
オペラやバレエが上演される劇場です。
※ナポイ劇場・・・http://www.geocities.jp/tatsuo1920/sub-66.htm
引用します。
じつはこの劇場の建設には、第二次世界大戦後、
ソ連に抑留されウズベキスタンに強制連行された
日本人捕虜がたずさわっていました。
劇場のプレートには「1945年から46年にかけて、
極東から強制移送された数百名の日本人が
このナポイ劇場の建設に参加し、その完成に貢献した」としるされています。
1966年にタシケントを大地震がおそったとき、
まちの大半がくずれたにもかかわらず、
ナポイ劇場はほとんど被害を受けませんでした。
「さすがは日本人がたてた建物」と、
しっかりたてた日本人への評価がたかまりました。(31p)
日本人とウズベキスタンとの関係を知って、がぜん興味を持ちました。
ただ、「日本人がたてた建物」と言い切っていいかどうかという文に出会いました。
このサイトです。
※「シルクロード日誌」http://blog.silkroad-j.lomo.jp/?eid=1321078
http://blog.silkroad-j.lomo.jp/?eid=1321079
確かに日本人捕虜がナポイ劇場の建設にかかわりましたが、
日本人捕虜がやってきた時には、ほとんどが完成していて、
日本人がやった仕事は、このサイトに次のように書いてあります。
日本人捕虜が行った作業の中心は、
左官・彫刻・寄せ木作りの床張り・大理石の床張り
・電気工事などの内外装工事の『仕上げ』であった。
したがって劇場のプレートに書いてあった
「劇場の建設に参加し、その完成に貢献した」は正しい。
でも地震で崩れなかったのは、日本人だけでなく、
ロシア人を中心とする技術者・労働者の人たちのおかげであるわけです。
あのアースマラソンを走り切った間寛平さんもウズベキスタンを走っていました。
※「ウズベキスタン入国!」http://www.earth-marathon.com/2010/07/04/165031.html
(つづく)
今日は2月11日。
先日テレビのニュースで、岐阜県でドクターヘリの運航開始式が行われた(8日)と伝えていました。
※「岐阜県HP」http://www.pref.gifu.lg.jp/kensei-unei/kocho-koho/kensei-shiru/kensei-news/2302/7.html
9日から運航開始だそうです。
このニュースを見て、以前スキャナでコピーしておいた記事を思いだしました。
昨年11月27日の記事です。
岐阜県で年度内にドクターヘリを始動させたいとありました。(今回実行されました)
2011年度内には三重県でもドクターヘリがスタートする予定。
記事内の図にあるように、岐阜・三重にドクターヘリが配備されることで、
より広範囲でドクターヘリでカバーできるようになり、
助かる命が増えると思います。
円が重なっている部分が重要。
県をまたいで、出動できる時は出動するという考え方が素晴らしい。
2年前の今頃、豊橋の消防署に行って、
隣県の静岡のドクターヘリに出動要請をしていることを初めて知りました。
※http://mitikusa.typepad.jp/blog/2009/02/post-b05d.html
お互いさまということですが、
この助け合いの行動が印象に残っていました。
課題は運航費。
どうにかならないのでしょうか。
ドクターヘリの活動は大賛成。
ドクターヘリについては今までも何回か書いてきました。
※「ドラマ『コード・ブルー』を見る」http://mitikusa.typepad.jp/blog/2009/03/post-b731.html
※「ドクターヘリの本」http://mitikusa.typepad.jp/blog/2009/03/post-fcf2.html
※「ドクターヘリの本その2」http://mitikusa.typepad.jp/blog/2009/03/post-11a6.html
※「いつかドクターヘリで授業を」http://mitikusa.typepad.jp/blog/2009/03/post-36b1.html
※「ドクターヘリのドキュメンタリー」http://mitikusa.typepad.jp/blog/2009/09/post-6537.html
※「愛知県唯一のフライトドクター」http://mitikusa.typepad.jp/blog/2010/01/post-ede4.html?cid=6a0133f2a604a3970b013485ca2cba970c#comment-6a0133f2a604a3970b013485ca2cba970c
たまには読み返せるように、ここにメモ。
今日は2月9日。
久々漢字パドルの話。前回は12月20日の投稿。
3学期になっても、毎朝、子どもたちのだれかが作った漢字パドルに、
みんなで挑戦しています。
今朝の問題。
司 事 書
政 ☐ 商
者 水 状
解いてみてください。
答えは「行」。
このパドルを作った子は、できあがる2字熟語の意味も調べて書いていました。
【行司】=相撲の勝負を見きわめる人。
【行事】=略 【行書(ぎょうしょ)】=漢字を少しくずした字。
【行商(ぎょうしょう)】=品物をもって売り歩くこと。
【行状(ぎょうじょう)】=人のふだんの行い。
【行水(ぎょうずい)】=湯や水をたらいに入れて歩くこと。
【行者(ぎょうじゃ)】=仏教などの修業をしている人。
なかなか歯ごたえのある2字熟語ばかりです。
もう1問。2日前の問題。
着 平 手
危 ☐ 直
易 価 心
これは難しかった。
答えは「安」
「安」と言われて、すぐに納得できず。
どんな2字熟語ができるかと言うと・・・・
【平安】【安心】【安価】【安易】はOK。
しかし、【安危】?【危安】?
う~ん、【危安】を見たことがあるような~~調べてみました。
【危安】はなくて、【安危(あんき)】がありました。トホホ。
意味は「安全であるか危険であるかということ。『一国の安危にかかわる重大事』」
【着安】?【安着】?
これもわからず。調べました。
これは【安着(あんちゃく)】でした。
意味は「途中事故なく目的地に着くこと。『安着の知らせが届く』」
もう一つあった。
【安手(やすで)】?
安手でした。意味は「安っぽいこと。粗末で低級なこと。」です。
「安手の生地(きじ)」といった使い方をします。
子どもたちは、辞典を見て一生懸命作っているので、
いろいろな熟語が出てきます。
知らなかった2字熟語とたくさん出会います。
けっこう勉強になります。
漢字パドル。お薦めです。
今日は2月8日。
上は2月7日の日の出直後の太陽。
うっすら曇っていました。
先日出した学年だよりです。
3つのクラスの担任で発行している学年だより「全力」も、
今日現在で73号まで届いています。
目標は100号です。
100号100通りのタイトルにしようと学年主任さんに言われたので、
苦しいタイトルです。お笑いください。
上記の72号は、1日のテレビ番組「カスペ!からだの不思議ミラクル★TV」の紹介です。
いい番組でした。
新発見がいろいろありました。
鼻の2つの穴は交代で働いていること。
熱いラーメンを食べていると鼻水が出るのは、
熱い湯気が、直接肺に入らないように、湯気を冷ますため。
これでかねてからの疑問が一つ解決。
サウナで、口で呼吸をすると苦しいのは、熱気が直接体内に入るため。
鼻呼吸なら冷めるので、楽だということ。解決。
ついでにサイトで調べたことも「全力」に載せました。
一番興味があったのは、
「塗り薬が皮膚にしみこむ時間は?」
塗り薬や化粧品などの皮膚にしみこませるタイプのものは、
皮膚にぬってから20分後頃から急激に皮膚に浸透しだし、
1時間後までの間にその殆どが吸収されるといわれている。
※「体の雑学集」http://www5.plala.or.jp/zatsugaku/body.html
今、手が乾燥して大変な状態になるため、
ハンドクリームを塗っています。
塗った当初はべとべとしますが、
20分余り我慢すればいいというわけです。
1時間たったら、あの薬は吸収されちゃうんだ。
吸収されたらどうなるんだろう?
今日は2月8日。
コンビニで手に入れたこの本が面白い。
「人体のしくみに驚かされる本」(河出書房新社)
引用します。
腸は、消化活動に欠かせない臓器で、
どんな動物にもあるものだが、
その長さはそれぞれ異なる。
腸の長さは食生活と深いかかわりがあって、
一般に繊維成分の多い食物を食べる動物ほど、
腸は長くなる。
たとえば、腸が長いことで知られているヒツジ。
人間の腸の長さは体長の5倍ほどだが、
ヒツジの場合は、なんと体長の約25倍もある。
ちなみに、曲がりくねった山道を「羊道」というのは、
ヒツジの腸の長さに由来し、
「ヒツジがとおる道」という意味ではない。(73-74p)
初めて「羊道」という言葉を知りました。
ところが国語辞典を引いてもこの言葉が出てきません。
代わりに出てきたのが、「羊腸(ようちょう)」です。
意味は2つ。文字どおりの「羊の腸」
もう一つが、「羊の腸のように、山道がいく重にもくねり曲がっているさま」です。
羊の腸は人間にはお馴染み。
6年3組でそのことを知っている子がいました。
ソーセージです。
羊の腸に豚肉を詰めて燻製処理したり茹でたりしたものがウィンナーソーセージです。
※http://www.towncoffee.com/so-se-ji.htm
ちなみに豚の腸に豚肉を詰めて作ったのがフランクフルトソーセージです。