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2021年11月 3日 (水)

番画〈491〉〈493〉:映画「心が叫びたがってるんだ」をビデオの日に見た

   

今日は令和3年11月3日。

      

番画です。

    

〈491〉フィッシャーズ

【感謝祭】地元で本気で¥1000000使って豪遊してみたら下町の愛と人情で心が一杯になった!?
YouTube: 【感謝祭】地元で本気で¥1000000使って豪遊してみたら下町の愛と人情で心が一杯になった!?

 

〇なんとまあうらやましい企画。

 ザカオは自転車まで買ってしまった。

 自分も新車がほしいなあ。でも我慢、我慢。

 いい自転車ですよ。

   

   

〈492〉フィッシャーズ

【心霊】死にかけた不運が続いたのには理由があった。
YouTube: 【心霊】死にかけた不運が続いたのには理由があった。

 

〇すごく運が良さそう、運がいいからここまで来ているシルク。

 でも今年の夏は不運が続いた。その理由に思い当たるのが面白い。

        

          

〈493〉映画「心が叫びたがってるんだ」(2017年)

  (購入したDVDで視聴)

   

〇まもなく番画が500になる。

 自分にとっていつの間にか糧になっていたらいいなと思う。

〇生徒お薦めの映画を見た。

 アマゾンの批評を見て、納得したのがあったので引用したい。

 アマゾン

 特に凝ったところはない。しかしお勧めしてもよいと思う。

 これを恋愛映画として観ると、非常に混乱する。

 結局ハッピーエンドだったのは誰だったのか、ガラガラポンで

 よく分からないからだ。つまり結末に必然性がない。

 やっぱり、チョイ悪の野球ボーイが一番男らしかった、

 という落ちである。

 要するに「やさしいふりして卑怯者!」の男が女たちを

 振り回した話に過ぎない。みんなで踊って歌うのも意味不明だろう。

 しかし、これは恋愛映画ではない。

 喋れなくなった主人公は一種の「隠喩(たとえ)」であり、

 日常の中で本当のことを言えずに多くのことを黙っている

 昨今の我々自身を象徴している。

 最近の日本の不誠実な政治社会の下で喋れなくなっているのは、

 この少女ではなく、我々なのだ。

 恋愛映画ではなく、そういう普通の人間のドラマだと観れば

 すっきりして分かりやすい。

 エンディングが大団円で終わるのも物語の必然性がある。

 メッセージは明確だ。

 製作者たちがそこの意識を共有して映画を作ったと

 感じられるところに好感が持てる。

 -玉子の中には何がある、いろんな気持ちを閉じこめて、

 閉じ込めきれなくなって、爆発して、そして生まれた、

 この世界は、思ったより綺麗なんだー

〇言いたいことを言うことは健全なんだ。

 そのことを伝える映画だと思えばいいのだ。

 映画のタイトルもそのことを表している。

〇生徒たちに見せようと思う。

 生徒に薦められて、生徒たちに見せる映画だ。

 そんなストーリーを持った映画を見せるのもいい。 

  

    

今日は「ビデオの日」

DVDを購入してこうやって映画を見るのは、

この日の趣旨に合うことだと思います。

ただ私が長く利用してきたレンタルビデオ店は

10月31日に閉店してしまいました。

寂しい限りです。

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http://www.videonohi.jp/

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