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2021年9月18日 (土)

「日本怪死人列伝」③ 19年前、安部譲二さんは充分迫っていた

       

今日は令和3年9月18日。

    

前記事に引き続き、

「日本怪死人列伝」(安部譲二著/産経新聞社)

より引用していきます。

    

第12章「御巣鷹山の五百二十人」

   

「おやッ、あれ、あれは何だ」

副操縦士の佐々木祐は、機長に昇格する為の訓練で、二席並んでい

る操縦席の左側に坐っていたのだが、隣の高浜機長が、腰を浮かし

て右を見ながら緊張した声で言ったから、つられて右前方を見据え

る。

その見たことのないものは、かなりの速さでこちらの方に接近して

来た。

距離は迫っていて、二千メートルはない。

「このままだと、ぶつかってしまう」

席から立って、機長の背後に来ていた福田博が、低いけど厳しい声

で呟く。

機長は左手を伸ばして、切ったばかりのベルトサインを点灯した。

「あーッ」

操縦席の三人は、同時に叫んだ。

ドーンッと、衝撃音が響いて来る。

機体のどこかに、あの飛行物体が当たったのだ。

離陸してから十二分後の、十八時二十四分三十四秒で、これから長

く過酷な三十二分間の飛行が始まる。

(274~275p)

   

青山透子さんや小田周二さんの本では、

操縦席の様子をここまでリアルに書いていません。

安部譲二さんは、公開された部分のボイスレコーダーの声や音から

この状況を想像したのだろうか。

操縦席の3人は、飛行物体に気づいていたのか。

福田機関士が「オレンジエアー」と発し、

オレンジ色の飛行物体に気づいていたと書いてあったのは、

どの本だったっけな。

  

  

つまり墜落した場所が特定できなかったのはおかしい。

おかしいというような生易しいことではなくて、翌日の朝方まで本

当の墜落地点をマスコミや遺族に教えなかったのは、限りなく怪し

いのだ。

とにかく全長が七十・五、全幅五十九・六、全高十九・三メートル

で機体重量が二百五十トンもある世界最大のジェット旅客機が、五

百二十四人もの人を乗せて墜落したのだから、その大音響を耳にし

た者もいたし、煙と炎を目撃した村人もいた。

一般人ばかりではなく、自衛隊のヘリの搭乗員まで現場を確認して

いた。それなのに、なぜか日本航空は現場を翌日の朝まで特定でき

なかった。

(282p)

   

先にも書いたが、この本が出版されたのは2002年。

その時点で、安部さんは、強く怪しんでいました。

さらにNHKについても書いています。

  

自衛隊と日本航空は、政府とNHKをはじめとするテレビ局の協力

の下に、翌十三日の昼近くまで事態を曖昧にし続けたのだ。

しかしNHKがこの時、テレビやラジオで流したニュースには、慄

然とする。

長野県は目撃者の証言から、LAL123便の墜落現場は県内では

ないと、この頃すでに公表していたのにも拘らず、NHKテレビは

テロップで十九時二十五分頃と二十時に「長野県北相木村の御座山

北斜面」と報じ続けたのだ。

この積極的な誤報は、現場をミスリードしてマスコミと遺族をおび

き寄せ、時間を稼ぐことだったと私は考える。

私が考えたことには裏付けがあって、現場にマスコミや民間人が来

ない間に、日本航空と自衛隊が密かに何やらやっていたという証言

がある。

(285p)

  

安部譲二さんは真相に迫っていました。

日本航空と自衛隊は密かに行動していたのです。

自衛隊は乗客乗員の抹殺。

そして日本航空は証拠隠滅。

   

 

私のような一介の作家でも、集めた資料と取材で、JAL123便

の事故が伝えられていることとは違うことを知るのに、日本のマス

コミは調べようともしないのに腹が立つ。

事故調もボーイング社も、防衛庁も日本航空も、すべて怪しい。

自衛隊の無人標的機がJAL123便に衝突して、垂直尾翼と油圧

系統を破壊すると、御巣鷹山に墜落したという事実を、皆総掛かり

で隠している。

自分では決して調べたりしない日本のマスコミは、これでも騙し通

せるのだが、私はこんなことでは騙せない。

機密費でも不倫でも、隠しごとには無理があるから、目の利く者が

いれば必ず露見する。

JAL123便、JA8119は、事故で墜落したのではない。

無残に撃墜されたのだ。

事故調は起こりもしなかった圧力隔壁の破壊を、でっち上げた。

取材資料を熟読した私は、それを確信して背筋に冷たいものが流れ

る。

この事件の真相が明らかにされていたら、自衛隊は国民の批判を浴

びて大変なことになり、日本政府は崩壊していたのに違いない。

日本政府に頼まれて、非常識な早さで自社の修理ミスを自白したボ

ーイング社は、充分な見返りを得た。

事件から十六年、日本の空はボーイング社の旅客機だけで、ダグラ

ス社の旅客機は、もう飛んでいない。

毎年八月十二日になると、新聞もテレビも、老いた遺族が御巣鷹山

の現場に登って、亡くなった方を追悼するシーンを、ただセンチメ

ンタルに報じる。

この事件の真実を追求するマスコミは、日本にはない。

なぜないのか。

それが残念ながら、日本の民度なのだ。

(293~294p)

   

新任の年の事故であって、

36年経って私もやっとこの事故には疑惑があることを知りました。

そして本「永遠に許されざる者」(小田周二著)を読んで、

真相はもうわかっていると思いました。

   

この後、どういう動きをしたら事は前進するのだろうか。

なぜだろう。社会科教師だからか。

この事故を放っておけなくなっています。

この事故を放っておいて、

授業で社会科を生徒に教える資格がないように思えます。

今を生きている人の義務で、真相を究明しなければと思います。

コメント

さすが安倍譲二さん、視点が違うのだなと感じます。
当時、どうして墜落場所が分からないのだろう、この時代に分からないことなどあるのか、と思っていたモヤモヤ感。その後の圧倒的な報道で、わたしは、それをすっかり置き去りにしたように思います。

-自分では決して調べたりしない日本のマスコミは、これでも騙し通せるのだが、私はこんなことでは騙せない

自分なりに考えることの大切さを感じました。

19年前の本にここまで踏み込んで書いてあって
驚きました。
私は36年間、圧力隔壁破壊説を疑いもしませんでした。
この夏の体験は、とても大きなものでした。
青山透子さんへの手紙は書きました。
今朝投函しました。
何か実行に移したくて行いました。

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