2018年9月30日 (日)

1959年の伊勢湾台風並みの高潮となりそう

今日は9月30日。

  

9月最終日。台風24号接近中。

先日の授業で、今日は何の日クイズをやりました。

紹介したのは9月26日の「台風襲来の日」

統計上、台風襲来の回数が多い日で

あることからこの日になりました。

1959年の伊勢湾台風も9月26日に襲来。

東海地方に多くの被害を出しました。

私は生まれていなかったけど、

父親母親から、あの時は家の壁が風で大きく押され、

不安であったという話を聞いた覚えがあります。

伊勢湾台風の名前も授業で出しましたが、

私も体験していないので、名前を出しただけでした。

 

しかし、その伊勢湾台風の名前が

今日のニュースで多く出ました。

あの伊勢湾台風並みの、あるいは上回る高潮が

予想されると言っていました。

伊勢湾台風については、次のサイトにいろいろな写真があり、

様子がわかります。

毎日新聞 写真特集「伊勢湾台風」

何枚か転載します。

今度伊勢湾台風を語る時に使いたいです。

  

Photo_52

深夜の住宅街、濁流うずまく中で救援の警官が

1人の少女を救出した=愛知県東海市横須賀町で

1959(昭和34)年9月27日撮影

  

Photo_53

1959(昭和34)年9月27日毎日新聞朝刊1面 

  

Photo_54

自衛隊ヘリコプターで救出される名古屋市港区南陽町の住民

=1959(昭和34)年9月撮影

  

Photo_55

名古屋市南区役所に並べられた犠牲者

=1959(昭和34)年9月撮影

 

  

Photo_56

名古屋市南区の名鉄常滑線大同町駅一体を埋めつくした

流木の山=1959(昭和34)年9月28日撮影 

   

  

Photo_57

被災地に降り続いた雨は10月5日朝にようやくあがった。

待ち構えていた自衛隊のトラック隊が国道1号を走り、

愛知県蟹江町方面に向かう

=1959(昭和34)年10月5日撮影 

  

 

Photo_58

やっと持ち出した“全財産”をイカダに乗せて、

わが家に帰る夫婦

=名古屋市南区で1959(昭和34)年10月8日撮影 

 

伊勢湾台風での人的被害は、

犠牲者5098人(死者4697人・行方不明者401人)、

負傷者38921人(「消防白書」平成20年度版)  

  

もうじき台風がやって来ます。

雨戸を閉めて備えていますが、

外の風はだんだん強くなっているのが、

風の音と家の揺れで感じます。

被害が少ないことを祈ります。

できたら死者0で。

  

  

【高潮】

風津波とも。台風や強い低気圧の来襲により,

海水の水位が異常に高まり陸地に浸入する現象。

低い気圧によって吸い上げられた海水が,

暴風とともに海岸に吹き寄せられるために起こり,

満潮やうねりの周期と一致するとさらに水位が高められる。

ピークは1回であるが,湾内で反射すると

2回目の高潮が生ずる場合もある。

1949年のキティ台風のとき横浜港内で

高さ6m以上の高潮を起こした例がある。

引用:コトバンク

「列島誕生 ジオジャパン 第1集」より/衝突が富士山とソメイヨシノをつくった

今日は9月30日。

  

前投稿の続きで、昨年7月23日に放映された

NHKスペシャル 列島誕生 ジオジャパン

第1集 奇跡の島はこうして生まれた」より。

これがラストの読み物化。  

   

ナレーター:桜と富士山。日本の絶景の代名詞です。

  実はこの風景も、火山島の連続衝突が生んだものです。

Photo_43

  伊豆半島の沖合25kmにある伊豆大島。

  春、この島を一斉に白く染めるのはオオシマザクラです。

  伊豆の島々で進化を遂げ、

  大きな花を咲かせるようになった桜です。

  香りが豊かなため、桜餅にはこの桜の葉っぱが使われています。

Photo_44

Photo_45

Photo_46

  伊豆半島の元がぶつかってきた時、

  この島の桜も一緒に本州へともたらされたと考えられています。

Photo_47

  このオオシマザクラが本州にあった桜と交配することで、

  大きな花をたくさん咲かせる見事な桜が生まれました。

  それがソメイヨシノです。

Photo_48

  大きな花を咲かせるオオシマザクラの特徴を

  引き継いだソメイヨシノは、

  江戸時代から日本人の心をとらえ、

  今や日本を代表する花となりました。

  そして桜とともに富士山も火山島の衝突がもたらしたものです。

Photo_49

  伊豆の島々がぶつかり続けることで、

  大量のマグマがこの場所で生まれ、日本一の山ができました。

Photo_50

  春、人々を魅了する富士山と桜の姿が、

  かつて東西に分かれていた日本が

  一つになったことを物語る絶景です。

Photo_51  

  

勉強になった番組です。

桜餅については、10年前に記事を書いています。

ここでも道草 桜餅を買ってきて食べました(2008年4月13日投稿)

10年前の記事に、桜餅はオオシマザクラの葉が使われることが

ちゃんと書いてありました。

香りがいいからとも書いています。

10年ぶりに、桜餅の知識が増えました。

「列島誕生 ジオジャパン 第1集」より/次々と火山島が衝突していくシーン

 

今日は9月30日。

  

前投稿の続きで、昨年7月23日に放映された

NHKスペシャル 列島誕生 ジオジャパン

第1集 奇跡の島はこうして生まれた」より。

  

それでは今回は列島誕生を導いた第2の事件。

  

聞き書きします。

 

ナレーター:富士山を取り巻く南関東の山々。

  日本が二本だった頃、この辺りは海でした。

  この風景はまさに、第2の事件、

  火山島の連続衝突によって造られました。

Photo_13   

こうやって説明が始まった第2の事件。

一部要約。

南関東の山々の一つ、丹沢山地では、

400mの高さから枕状溶岩が発見されます。

Photo_14  

枕状溶岩は海底での噴火で流出した溶岩が、

海水によって急激に冷やされることによってできます。

海底の産物なのです。

さらには、サンゴやオウムガイの化石も発見されます。

Photo_15

Photo_16

Photo_17

なぜ、山の上にこのような枕状溶岩や

海の生き物の化石が出てくるのか?

  

  

枕状溶岩とサンゴがある場所が、

丹沢山地のはるか南に発見されました。

それが伊豆や小笠原の島々です。

実は丹沢山地も、もともとは南の火山島だったのです。

Photo_18  

   

ナレーター:これら南の海の火山島こそ、

  第2の大事件の主役たちです。

  この火山島(御蔵島)、実は・・・・

  水中から見ると、広大な裾野をもつ巨大な海底火山です。

  孀婦岩も、海の底から1200m盛り上がった巨大な火山です。

Photo_19

Photo_20  

※「孀婦岩」についてはここを見てください↓

ここでも道草 今晩、まもなく「孀婦岩(そうふがん)」を特集する番組放映(2018年9月29日投稿) 

 

ナレーター:これら伊豆の火山島は、

  関東の方に向かって一直線に並んでいます。

  実はこの並び方こそが、第2の大事件を引き起こしたのです。

Photo_21  

  

一部要約。

もともと火山島の列は、

日本列島の南で西向きに並んでいました。

日本列島が大陸から引きちぎられ、

日本が二本になっていた頃に、

火山島ののっているフィリピン海プレートが移動して、

北向きになり、ちょうど二本の日本列島の間に向かって

火山島が進むようになりました。

Photo_22

Photo_23

Photo_24

Photo_25 

そして、最後の写真でスポットライトが当たった場所に、

火山島が連続して衝突するようになりました。

  

再び聞き書きします。

  

ナレーター:地球史上稀な火山島の連続衝突。

  (中略)

  日本列島がまだ二本だった頃、今の関東の辺りは、

  東日本と西日本を隔てる海峡でした。

  その南の沖合には、火山島が一列に並んでいます。

  海底から見ればどれも巨大な火山です。

  火山島の周囲では、ひっきりなしにあの枕状溶岩が

  生まれていました。

  浅い海にはサンゴ礁が発達しています。

  そして1500万年前。

  フィリピン海プレートが北に移動します。

Photo_26

Photo_27

  これが奇跡の始まりでした。

  一列に並んだ火山島が、次々と西日本と

  東日本の間へと向かって行ったんです。

  500万年前頃には、丹沢山地の元になる島々がぶつかりました。

  島の周囲のサンゴ礁も海底の溶岩も

  陸地の高いところへ押し上げられていきます。

Photo_28

Photo_29

Photo_30

Photo_31

Photo_32

Photo_33

  丹沢の山中にサンゴ礁や枕状溶岩があるのは、

  この大事件の名残です。

   

  空から見たこの光景は、

  連続衝突の規模の大きさを物語っています。

  最も初期に衝突した火山島が櫛形山地になりました。

  その後やって来たのは御坂山地になり、

  続いて丹沢山地になり、最後の衝突で伊豆半島ができました。

Photo_34

Photo_35

Photo_36

Photo_37

Photo_38

  日本列島誕生、第2の大事件。

  それは2つに分かれていた日本の間を偶然埋めるように起こった

  火山島の連続衝突でした。

  (中略)

  火山島が連続して衝突する山々からは、

  大量の土砂が流れ始めました。

  その土砂は二本に分かれていた日本の間の海を埋め、

  今の関東平野の元となりました。

  偶然に起こった火山島の連続衝突により、

  それまで2つに分かれていた日本列島が、

  ついに一本につながったのです。

  およそ500万年前の出来事でした。

Photo_39

Photo_40

Photo_41

Photo_42

以前から伊豆半島は衝突した島だとは聞いていました。

それだけではなかった。

次々に火山島が衝突して山地ができたことが

よくわかった素晴らしい映像でした。  

   

このような映像満載のこの番組を、

いつかは授業で使いたいですね。

  

火山島が衝突したことで、

今身近にあるものが誕生した話を次の投稿で書きます。

 

つづく

「列島誕生 ジオジャパン 第1集」より/大地から引き裂かれる仕組み

 

今日は9月30日。

  

前投稿の続きで、昨年7月23日に放映された

NHKスペシャル 列島誕生 ジオジャパン

第1集 奇跡の島はこうして生まれた」より。

  

第2の大事件について読み物化しようとしましたが、

その前に、なぜ日本列島が大陸から引きちぎられたかを

説明している映像の読み物化をしたいと思いました。

実行。

  

  

ナレーター:地球の表面を覆う十数枚の岩盤、プレート。

  仲でも最大のものが太平洋プレートです。

Photo

  この地球最大のプレートの西のはじに接していたこと、

  それが日本列島の運命を決めたと考える研究者がいます。

  地球物理学者の吉田晶樹(まさき)さん。

  最新のコンピュータシュミレーションを使って、

  太平洋プレートの動きを再現しています。

Photo_2

  右側からもぐりこんでいるのが太平洋プレートです。

  太平洋プレートは地球最大のプレートで、

  厚さは100kmもあり、極めて重くなっています。

  そのため日本付近では、自らの重さで、下へと沈んでいきます。

Photo_3

Photo_4  

吉田さん:沈み込んだプレートの体積を埋め合わせるように、

  時計回りの上昇流が生まれます。

  この上昇流は沈み込んだプレートの側面を押します。

ナレーター:側面を押された重い太平洋プレートが、

  沈み込みを続けることで、右向きの強い流れが生まれます。

  太平洋プレートのように巨大なプレートでないと起こらない

  強い流れです。

Photo_6 (赤い楕円で囲んだ部分が右向きの強い流れ)

  同じシュミレーションを上から見ると

  プレートが沈み込むと、その時生まれる流れに引きずられて、

  ユーラシア大陸が引き伸ばされていきます。

  そして大陸はしだいに薄くなり、  

  次にちぎれました。

Photo_7

Photo_8

Photo_9

Photo_10

Photo_11

吉田さん:マントルの上昇流が陸のプレートを引き裂きます。

  そうすることによって日本列島は大陸から  

  引き離されたのです。

ナレーター:日本列島誕生、第1の大事件。

  それは地球最大の太平洋プレートが、

  大陸の縁に接していたことで起りました。

  この運命的な場所で、地球の歴史上たぐい稀な

  大陸の引きちぎりが起きて、日本列島が誕生したのです。

Photo_12  

そんなちぎられた土地で、私たち日本人は生きているのですね。

大地は、揺るぎないようなものに思えますが、

この話を知ると、危なっかしい場所に住んでいるのだと

思えてきます。

ただその変化が、人間にとってはとてもゆっくりなので、

大地は揺るぎないものと感じるのでしょう。

  

つづく

2018年9月29日 (土)

通算5900本目の投稿/「列島誕生 ジオジャパン 第1集」より/大陸から引き裂かれるシーン

 

今日は9月29日。

  

前投稿の続きで、昨年7月23日に放映された

NHKスペシャル 列島誕生 ジオジャパン

第1集 奇跡の島はこうして生まれた」より。

  

第1の事件。大陸から日本列島が引き裂かれたシーン。

番組では次のように紹介されていました。

  

ナレーター:激動の始まりは、今からおよそ3000万年前。

  恐竜が絶滅した後の哺乳類の時代。

  8mもある地球史上最大の哺乳類たちが

  温暖な大陸で暮らしていました。

Photo_11

Photo_12

  大地に亀裂が入っていきます。

  ここから、その後、数百万年の時をかけて

  大地はゆっくりと裂けていきます。

Photo_13

Photo_14

Photo_15

  大陸の真ん中で大陸が割れることはあっても、

  大陸の縁(ふち)が引き裂かれるのは、

  地球史上でも稀な現象です。

Photo_16

Photo_17

Photo_18

Photo_19

  そしておよそ2500万年前。

  大陸の裂け目はさらに広がり、

  ついに太平洋から海水が入り込んできました。

  日本海の元となる巨大な入り江です。 

Photo_20

Photo_21

Photo_22

Photo_23

Photo_24

Photo_25

Photo_26

Photo_27

  さらに数百万年かけて、陸地が大陸から

  引きちぎられていきます。

  こうして日本列島の元が2つに分かれて、

  海へと出て行きました。

Photo_28

Photo_29  

  (中略)

  列島誕生、第1の大事件、それは大陸の縁が2つに分かれて

  引きちぎられるという、地球史上極めて稀な大激変でした。

  そうして生み出された日本列島は、1500万年前、

  こんな形の島々として、この位置に定まったのです。

Photo_30

Photo_31

Photo_32

Photo_33  

ここにたくさんの写真を載せましたが、

これが動画で見ることができます。

とても魅力的な動画でした。

 

  

この大陸から引き裂かれたシーンの中で、

大きな陸地が海の下に消えるところがあります。

Photo_34

Photo_35  

その名残(なごり)は大和堆と言われる

日本海海中にある大きな広大な浅い場所。

Photo_36

↑ 赤枠の部分が大和堆(やまとたい)。

それを大陸側に移してみると、合致します。↓

A

(黄色の矢印は私が書き加えました)  

  

以上です。

第2の大事件は、明日の投稿で。  

「列島誕生 ジオジャパン 第1集」より/日本列島はなかった

 

今日は9月29日。  

  

前投稿で孀婦岩のことで、

昨年7月23日に放映された

NHKスペシャル 列島誕生 ジオジャパン

第1集 奇跡の島はこうして生まれた」のことを書きました。

以前から読み物化したいと思っていた番組です。

今回、いっきにやってみようと思います。

  

この番組は、授業で使おうと思って断念した番組です。

ここでも道草 3000年前の列島誕生から、マンモス復活に変更(2018年7月2日投稿)

子どもたちに見せたい内容ですが、

上手に紹介できないと判断して止めました。

  

でもいつかは授業で使いたい番組。

(と、言っても私に残された年数は少ない)

ここで読み物化しておくことは大事です。

いざ使おうと思った時に、どのような内容だったか、

読むことで短時間で思い出せます。

  

  

番組では、日本列島が誕生したのは、

地球史上稀な4つの大事件が起こったからだと言っています。

 

第1の事件は「引き裂かれた大地」・・・

 日本列島は大陸から引き裂かれました。

第2の事件は「火山島の連続衝突」・・・

 二本に分かれていた日本を一本にしました。

第3の事件は「(紀伊半島で起った)地球最大規模の噴火」

第4の事件は「(東北で突如として起こった)列島の大隆起」

  

「列島誕生 ジオジャパン 第1集」では、

第1の事件・第2の事件を扱っています。

(残りの2つの事件は第2集)

  

それでは印象に残った部分の聞き書きをしていきます。

 

ナレーター:今から46億年前。太陽系ができた頃。

  当時地球の表面はドロドロに溶けていました。

  その後、冷えて大陸ができます。

  大陸は形を変えながら、移動を繰り返します。

  そしておよそ1億年前、ユーラシア大陸の東を見ると、

  あれ?日本がありません。

Photo_6

  そう、日本は最初なかったんです。 

Photo_7

Photo_8

  では、何が起こって、日本列島は産声をあげたのでしょうか。

   

大陸の一部だった日本列島が、大陸から引き裂かれたのです。

Photo_9

Photo_10   

その引きちぎられた時の様子を次の投稿で紹介します。

  

 

今晩、まもなく「孀婦岩(そうふがん)」を特集する番組放映

 今日は9月29日。

  

今晩から明朝は道草するぞ!

  

今晩9時からの「NHKスペシャル」は注目です。

Photo NHKスペシャルHP

  

NHKスペシャル 東京ロストワールド 第2集 孀婦岩」です。

  

この孀婦岩に初めて注目したのは、昨年の7月23日に放映された

「NHKスペシャル 列島誕生 ジオジャパン

第1集 奇跡の島はこうして生まれた」を見た時でした。

この番組については、ブログで読み物化しようと思っていましたが、

後回しにしていました。

今晩、孀婦岩が登場するのを機会に、

孀婦岩の部分だけ読み物化してみます。

  

東京都から南の海には、

たくさんの火山島があります。

それらの火山島は、関東方面に向かって一直線に

並んでいます。

これらの火山島は、太古の昔から北に移動していて、

日本列島の同じ場所付近に次々衝突していきました。

その結果、櫛形山地、御坂山地(この夏登った!)、

丹沢山地、そして伊豆半島ができました。

その火山島の移動は今も続いていて、その一つが孀婦岩なのです。

「列島誕生 ジオジャパン」の写真です。

 

Photo_2

↑ ほらほら見えてきましたよ。

 

Photo_3  

Photo_4  

圧倒される姿です。

こ孀婦岩の海底は下のようになっています ↓

Photo_5  

海の底から1200mも盛り上がった火山だったのです。

 

この番組で興味をもっていた孀婦岩を特集する番組が

もう少しで放映されます。

もちろん録画します。

楽しみです。

2018年9月26日 (水)

20180901報告その5 他人と違ったとしても、自分の大事なことを表現する

今日は9月25日。

  

前投稿の続きで、

9月1日に参加したキミヤーズ塾の報告です。

  

キミヤーズスタッフが、国語・算数の時間に、

それぞれのクラスで実践している教材・教具を

実演を交えて解説してくれる時間がありました。

  

「花びら学習」に興味をもちました。

中央に漢字を書いて、その漢字で見て思い浮かべることを

その周りにつなげて書いていくものです。

いきなり創作熟語が難しいと感じた時には、

このやり方がいいと説明してくれました。

出来上がった図は、漢字の意味を正しく説明するのではなく、

子どもの内にある漢字からいだくイメージの

「表現」になります。

  

 

赤木和重先生のお話より。

 

茶色が要項からの引用や聴いたことです。

※印は私の感想など。

  

最近、村上公也先生がよく怒っている。

学習規律や礼儀(返事「はい」)に嫌悪感を示している。

なぜか?不明。(村上先生は説明をする人ではない。)

ただ言えることは、教師が子どもを下に見て指導している。

子どもをコントロールしようとしている。

このことに村上先生は嫌悪感をもっているのではないか。

子どもに指導したことを対等(と考えている)の人間にしますか?

という自問。

  

※子どもを下に見ている。

 指導の時の言い方、やり方が、子どもを下に見ていないか。

 同等の人間に同じやり方ができるか?

 「教える」立場、「教えられる」立場はあると思うけど、

 それを上下感覚で指導することは、正直あると思います。

 でも感情的指導にならないようにしてはいきたい。

 子どものことを思い、どう言ったら気持ちよく浸透していくかを考え、

 指導にあたりたい。

  

 

・れっきとした子どもの人権侵害

 子どもの権利条約

 1:【人間としての尊重】

   子どもも1人の人間として尊重されなければならない。

   →他者の口に無理矢理ご飯を入れる行為の問題

 2:【子どもとして尊重】

   子どもの時期が、人間にとって特別な意味のある存在

   →一列歩行の問題(他:授業2分前に着席)

    特別支援学校小学部で、校舎周りを1列で黙って

    寄り道せずに歩く練習。実践意図は、社会に出て困らないように。 

   (子どもらしく遊ぶ・ブラブラする権利:31条)

   31条:締約国は、休憩および余暇についての児童の権利並びに

       児童がその年齢に適した遊び及びレクリエーションの活動を

       行い並びに文化的な生活及び芸術に自由に参加する権利を

       認める。

 

※同等の人間に、無理やり口にご飯を入れることはしないでしょう。

 大人だったら、休憩時間が短ければ文句を言うでしょう。

 これらの指導は、疑問符のつく指導です。 

  

  

正しさが前面に出るときの先生の顔は、きつくなる。

優しさや面白さが出てこない。

(それがいいかどうかはまだ不明:赤木先生)

 

確かにそうなりやすいと実感あり。

赤木先生の用意された資料に、

赤木先生が書かれたコラムがありました。

これがまたいい。たっぷりここに書き留めます。

 

ある小学校5年生(通常学級)の授業をときどき見学するのですが、

 

そのクラスを訪れるのが楽しみです。

 

楽しみの理由の1つは作文。

 

掲示されている作文を読むのが楽しいのです。

 

生き生きしています。

  

文法や誤字など気にしないで

 

のびのび書いている様子が伝わってきます。

 

(実際、先生も、作文をみるとき、訂正や指摘は一切しないとのこと)

  

さて、ある思慮深い女の子の作文が目にとまりました。

  

大意を書くと、「担任の〇〇先生は変人だ。

 

〇〇先生以外にも、私の周りには変人がたくさんいる。

 

変人が多い分だけ、力や勇気をもらっているんだ」という内容。

 

え? 変人に力や勇気をもらう?・・・・

 

「変人」とか言わなさそうな子なのに、どうなってるの?

まさかの変人マニア? ドキっとしたのですが、

 

その担任の先生の様子を見ていると、

 

なんとなーく、文章の意味が見えてきました。

 

担任の先生はとてもユニークな方です。

  

社会の授業開始早々、1枚の写真(棚田の写真など)を見せて、

 

「これどう?』と子どもに問いかけるのみ。

 

「え、どうって言われても……」と固まるワタクシ。

 

それをよそに子どもたちは、自由にさまざまな意見を出します。

 

そして、子どもたちの意見を先生が拾いつつ、

  

授業が進んでいきます。 

 

子どもにとっても、見ている私にとっても、 

 

どこに話がいくか予想がつきません。 

  

予想がつかないのですが、不思議とそのなかから大事な問いが出てきて、

  

みんなで考えを深めていきます。とてもユニークな授業です。

 

ほかにも、「板書をそままうつさないこと。それは勉強ではない」

  

「本当に集中していたら姿勢なんて崩れる。

 

だから姿勢に気をつけすぎる必要はない」などユニークで、

 

でも本質的な哲学をもっておられます。

  

たしかに変人です。

 

こういう指導をするのは勇気がいることです。

 

他の先生と違うことをすれば、同僚や保護者のなかには

  

理解が難しい人がいたかもしれません。

  

でも、それでも自分の大事なことをまわりと調整しながらすすめていく。

  

そんな先生に、その子は魅かれたのだと思います。

  

他人と違ったとしても、自分の大事なことを表現する、

 

その姿勢に力と勇気をもらったのでしょう。

 

それに、そんな先生だから、きっと子どもの突き抜けた表現や

  

「おかしな」表現も大事にしてくれる、

 

そういう温かさと信頼も感じているのでしょう。

(後略)

「目からウロコ!驚愕と共感の自閉症スペクトラム入門」

(全障研出版部)より

 

「それでも自分の大事なことを

 まわりと調整しながらすすめていく。」

 自分の理想をしっかり持っていて、 

 それを周りと調整しながらすすめていくこと。

 すごいなあ。でも、感心してばかりではだめです。

 今のうちにやっておかないと、もう引退だぞ。

 ちゃんと理想を目指してやっているかい?

 自問したくなった文章です。

 

 今日の1時間目は、通常学級での社会科。

 何か一つ、理想としていることをやろう。

 聴くときには鉛筆を持って聞く。

 そのためには、メモする価値のある話をしないといけない。

  

 「他人と違ったとしても、自分の大事なことを表現する、

 

  その姿勢に力と勇気をもらったのでしょう。」

 

 教師の行為は、子どもに波及します。

 予想外の子どもたちの表現を楽しみたいです。

  

  

以上で、9月1日のキミヤーズ塾の報告終了。 

9月1日はいい日でした。

また異文化体験ができました。

 

岡本太郎さんが、かつてフランスの芸術に感化されて

日本に戻ってきました。

そしたら、日本のわびさびの世界がつまらなかったようです。

しかし、縄文時代の土器や土偶を見て、

大喜びをしたそうです。

岡本太郎さんが縄文時代に夢中になったのは、

このような過程を経たからなのですね。

・・・この話、誰がされていたかな?

キミヤーズ塾で聞いた話です。

最後に思い出しました。

  

 

2018年9月25日 (火)

20180901報告その4 枠を外して発想することをやってみたくなる塾

 

今日は9月25日。

  

体育祭の振り替え休日があったので、

勤務校は4連休でした。

やりたいこと、やらねばならないことを

いくつかやってきたけど、

なかなか終わらないなあ。

  

9月1日のキミヤーズ塾に参加した時の報告も、

4連休中にはできずに、今朝やり始めました。

ここでも道草 20180901報告その3 膝に手を置いて聴くのがいいのか?(2018年9月18日投稿)

↑ この記事の続きです。

  

※茶色の文字は要項の視写。あるいは聴いたこと。

※印は私の思ったことなど。

 教えてもらったことをここに書き留めていくことで、

 教えが私の血や肉になっていくことを願っています。

  

 

ほめる=良さの発見 価値の創造

・ほめないと、ほめることが上手にならない

 NTH(何はともあれほめる)

・3段ほめ はじめにほめ、プロセスをほめ、最後にほめる

・「遠ぼめ」遠いところからわざとほめる。参加者がわかる。伝わる。

・「振り返りぼめ」”先生と一緒にやったからできた”ではなくて、

  ”自分一人でやった”感を子どもにもたせるためのほめ方。

  途中まで一緒にやって、できそうだと判断した段階で他の子を見て、

  やり遂げた時に振り返って驚きながらほめる。自信をつけさせるため。

・「おびきぼめ」座っている子をほめることで、座っていない子もおびきよせる。

 

※「3段ぼめ」は「その気」にさせて、「やる気」にさせて、

 自信をつけさせる村上先生の基本につながる方法だと思います。

  

 

・「もう一人の自分」 怒られた時の圧迫感を減らす。

 

※久々、「もう一人の自分」の解説。

 真似したくてもなかなかできない村上先生の手法の一つ。

 なかなか作るのが難しい。

 このやり方がいいことは、最初に村上先生の話を聴いた時から

 思っています。 

  

  

・本の読み聞かせ 表紙の題名が隠されている。

 「題名は何でしょう」と聞くよりも、

 「ここに何と書いてあるでしょう」と聞くのが、発達障害の子にはよい。

  

※後者の方が具体的でワクワク感があります。

 村上先生は経験上、この結論に至ったのだと思います。

  

  

・支援は、徐々に外していく

 最も重要な支援は、支援を外すという支援

 常に、支援の外し方を考えておく

 支援の外し方の妙味をある(芸術的な外し方)

 障害特性を強めてしまわないように

 無意味に丁寧すぎないように 過干渉は×

 いつも新しい目で、子どもを見つめる

 細かくマイナーチャンジを試みる

 支援を外すことで、教材が染み込む

  

※「芸術的な外し方」に興味あり。どのような外し方だろう。

 「外し方」をあまり意識したことがないので、視点の一つに加えたいです。

 やっていることをやめていく・・そんな簡単な「外し方」でしか

 今のところありません。

  

  

・プリント学習の功罪

 ①見かけ上の成果が残せる   

 ②プリント学習は作業であって、考えることではない。

 ③解法の手順をおぼえるだけで、考えなくなる

 ④脳の刈り込みが起こる(シナプス刈り込み)

 ⑤人間関係を希薄にする(関係ぶつ切り)

  

※まずは「功罪」の意味調べ。「優れた成果と罪や過ち」の意味。

 でもプリント学習の「罪」しかありません。

 次のサイトには、「功罪」についてこうも書いています。

 意味ブロ - ちょっと難しい言葉の意味まとめ 功罪の意味

  

 優れた成果には、悪い面もある。

 「功罪」はどちらかというと、その悪い面を表すことが多いです。

  

 まさに村上先生はこの意味で「功罪」を使っています。

 計算を解ける子にするのではなく、考える子にするには

 プリントを解いていくだけの授業ではダメなのです。

 社会科教師としては、必要な知識を与えつつ、

 子どもたちに表現させる機会を与える必要があります。

  

  

・説明ではなく表現

 1.文字の学習で、子どもたちの豊かな感性や発想、

   そして意欲を妨げないように

 2.正確さや再現性だけを求めると、それは単なる説明になる

 3.うんち語文字をこき(書き)、それをもとに話すという

   一連のプロセスが、表現

 4.うんち語文字を介在させることで、子どもたちがつながり、

   表現の創発を引き出す 

 5.表現することで、創造を体験させる

  

※子どもたちに「創造を体験」させたいですね。

 そう願っていないと、教師もマンネリになっていくと思います。

 教師も創造し続けないと、創造の楽しさを伝えることはできないと思います。 

 そのためには「発想」できるかどうか。

 村上先生の発想は、枠がないのがすごい。

  

  

・発想を狭めるための大義

 正しいということ

 倫理的・道徳的ということ

 合理的ということ

 役に立つということ

 人間工学的に正しい

 基礎・基本ということ

 常識・良識・分別などなど

 保健・安全面からの見地など

   

  

※これらの大義を横に置けるから村上先生の発想は

 新鮮で、危険? だから魅力があるんだよなあ。

 100分1?くらい見習って何か考えて動くと、

 それは効果的で、周りの注目を受けます。

 教師は、自分で枠をはめて考えており、もったいないこと。

 村上先生に触れることで、少しは枠が外せます。

 前回の報告のように、膝に手を置いて話を聴くことが

 本当にいいのかと考えることができます。

  

  

・極意 

 子どもの自主性・自発性を徹底的に引き出す

 (仕掛け、罠にかける)(リアリティ)

 子どものモチベーションを上げる

 具合的に教具を考える(こじ付けでも)

 威圧的な指示語はダメ(命令口調×)

 子どもに対する興味を持ち続ける

 子どももワクワク、指導者もワクワク

 自由な創造性がカギに(アート)

  

※「具体的に教具を」は忘れてはならないこと。

 私には毎年2月に発表の場所があります。「わらしべ」です。

 子どもたちにこんな力を!と思ったら、教具に走る2学期にしたい。

 それが面白いから。

※子どもには知れば知るほど事情があり、能力があり・・・

 中学校で触れ合うことが少ないと、見えていないことが多いです。

 できるだけ触れあい、情報を集めることを諦めないで行こうと思います。

 上っ面だけのつきあいで終わりたくないですね。

※「創造」だよなあ。再び書くけど、子どもにも体験させたい「創造」

 そのためには教師も「創造」をしていかなくては。

  

つづく

  

 

 

  

 

  

  

  

  

 

2018年9月23日 (日)

国語の教科書に載っていたクニマス/もう一つの水路を発見

今日は9月23日。

  

前投稿に引き続き、クニマスの話。

  

同僚の先生が教えてくれました。

新しい中学校の国語の教科書に、

クニマスの話が載っているよと。

1kxoxkl0_400x400 光村図書

幻の魚は生きていた」(中坊徹次著)です。

164~170pに載っていました。

  

中坊さんは、さかなクンにクニマスの絵を描いてよと

頼んだ人です。

ここでも道草20180825樹海を歩いてきました クニマス展示館で長居(2018年9月2日投稿) 

2010年のクニマス発見に大きくかかわった人です。

  

この教科書の文章を読むと、

なぜ玉川の水を田沢湖に流したかの理由がわかりややすい。

  

クニマスは地元の民話にも登場する魚で、

田沢湖周辺の人々の生活や民話にも登場する魚で、

田沢湖周辺の人々の生活や文化に根ざした大切な

存在だったのだ。

にもかかわらず、クニマスが絶滅したのには、

次のような背景がある。

 

田沢湖の南に広がる一帯は、大きな川が少なく、

農業用水を確保することが難しかった。

近くを流れる玉川は、水量はあるが強い酸性の水で、

農業にも、また多くの生物の生活にも適さなかった。

 

ところが、その田沢湖一帯を巡る事態が

変わり始める。

1934年、東北地方を大凶作が襲うと、

食料の増産が人々にとって切実な課題となった。

そこで、玉川の水を田沢湖に引き入れて酸性を弱め、

それを農業用水として使うこと、また、

電力の供給を増やすため、湖の水を水力発電に

利用することが計画された。

酸性の水はクニマスをはじめとする田沢湖の

生物に打撃を与えてしまう。

しかし、人々の生活のためにはやむをえず、

1940年、玉川の水は田沢湖に引き入れられたのである。

(166p)

  

ね、わかりゃすいでしょ。

さらに、教科書166pに載っていた図が

またよかった。

Epson865 前投稿で、玉川と田沢湖を結ぶ水路は、

田沢湖の北にあるのを見つけました。

しかし、田沢湖の南東にもありました。

きっとこれは、田沢湖から玉川に

流れ出す水路と思われます。

 

Yahoo!地図で探してみます。

ヒントは鉄道と玉川がクロスしている場所です。

そこには施設がありました。

生保内(おぼない)発電所です。

田沢湖をダム湖の代わりにしてできたという

発電所です。

Hatu04 秋田県・歴史・観光・見所

ここに田沢湖から水が流れ出て、発電に使われ、

そして玉川に流れ出る仕組みなのでしょう。

田沢湖から流出する場所と水路を予想して、

地図上に書いてみました。

Photo_11  

「おそらくここが流出口」をYahoo!地図の「写真」で

アップにしてみます。

Photo_12  

可能性大です。

いつか行くことがあったら確かめたいですね。

きっといつかは行く!

  

  

再び教科書の文章を引用します。

 

2012年、クニマスが西湖の湖底を悠然と泳ぐ姿が

テレビ放送された。

世界で誰も見たことがない野生のクニマスの映像であった。

(169p)

  

2012年の番組何であったか調べました。

クニマスは生きていた!」(池田まき子著/汐文社)にも、

この番組については書いてありました。

NHK取材班による撮影とありました。

それだけわかれば十分。検索しました。

判明しました。

 

2012年6月3日放映の

ダーウィンが来た 生きもの新伝説 

生きていた絶滅魚 クニマスを追え」でした。

もしやと思って、我が家の録画番組一覧表を見たら・・・・

自分を褒めたくなりました。

ちゃんと録画してあったのです。

すごいぞ自分!

Epson866_2

まだその番組を見ていません。

近いうちに見て、またブログに書いてみたいです。

 

 

最近の写真

  • Img_9052
  • Img_9051
  • Img_9050
  • Img_9048
  • Img_9046_2
  • Img_7318
  • Img_7313
  • Img_7312
  • Img_7309
  • Img_7308
  • Img_8997
  • Img_8977

楽餓鬼

今日はにゃんの日

いま ここ 浜松

がん治療で悩むあなたに贈る言葉