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2026年7月11日 (土)

「本草書の中のコウガイビル」昔の人も見ていた

   

今日は令和8年7月11日。

  

コウガイビルをネット上で調べていて、このサイトが面白かったです。

本草書の中のコウガイビル

  

「本草書(ほんぞうしょ)」とは?

サイトから引用します。

  

本稿では、「本草書」という語を、百科事典的なものも含めて

「博物学的情報を記載した近代以前の書物」 という意味で使って

います。

  

中国や日本の本草書に、コウガイビルの記述があるという話です。

「コウガイビル」という名前が登場する前、

コウガイビルは「土蟲(ドコ/つちむし)」とも呼ばれていました。

ちなみに「蟲」は、昔は虫全体を示す漢字でした、

「虫」はヘビ類を表す漢字でした。

しかし、次のように変化したそうです。

  

かなり早い段階、紀元前の昔から、本来ヘビを表す「虫」の字を、

ムシの意味で用いる例が出てきます。ムシを表すならば元来、

「蟲」を用いなくてはならないわけですが、やっぱり、「虫」を

三つ書くのはめんどくさかったのでしょう。そして現代の日本では、

当用漢字が制定された際、ムシのことを表すときには、「蟲」の

字の代わりに「虫」の字を用いることが正式に定められるに至り

ました。ムシの世界は「虫」に席巻されている、といえましょう。

引用:漢字漢字Q&A

  

「コウガイビル」の「土蟲」が出てきたのは、

8世紀半ばの中国の本草書だと言われています。

西欧社会よりも1000年以上早かったそうです。

時代が進むと、コウガイビルは「度古(どこ)」とも書かれます。

  

日本の本草書にいつ出てきたか。

引用します。

  

さて、日本ではどうでしょうか。厳密に言えば、本草書の範疇から

外れますが、 この「コウガイビル」の名前がはじめて文献に出てく

るのは、日本最古の百科事典といわれる、1713年刊・寺島良安の

倭漢三才圖會(写真では「漢」の字体が違う)です。また、寺島良

安は大阪の医師ですが、生没年は未詳です。

Img_8980

七〇八 度古

書帯に似ている。色は、蚓 (いん) [蚯蚓 みみず] に類似し、長さは

二尺あまりである。頭はのみ [鉄器] に似て、背に黒黄の襴がある。

すこしふれると、きれてしまう。つねに蚓(ミミズ)を追いかけて

いる。蚓が動かなくなると、蚓の上にあがっておおいかぶさる。

ややしばらくたつと、蚓がとけてしまい、ただ、腹が涎のようにね

ばねばしてくる。 毒があり、鶏が食べると、すぐ死ぬ。俗に、土蠱

(どこ) と呼ぶ。

  

毒がある、というのは誤りですが、頭の特徴、背中の模様、体が切

れること、餌はミミズ、など非常に的確な記述がされています。図

はありませんが、この度古は、あきらかにコウガイビル類と考えら

れます。

  

以上です。

300年余りの前の本草書に載っていました。

コウガイビルは、寿命がない生き物と言われています。

分裂して、新しい個体が受け継がれているからです。

300年前の人たちが見たコウガイビルを、

現代の私たちがみている可能性もあるのです。

  

昔の人も、コウガイビルを気味悪がっただろうなあ。

でもほっとけずに観察していたのでしょう。

  

 

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