2019年9月12日 (木)

「健康診断 戦艦大和」その5/毎日のように虫垂炎の手術をしていた

  

今日は令和元年9月12日。

  

9月9日の記事の続きです。8月22日放映の

「偉人たちの健康診断 戦艦大和 男たちの“健康”」

の読み物化をしていきます。

  

今まで知らなかった戦艦大和のことがわかった番組です。

今までは、戦艦大和が、乗組員にとってどれほど快適だったかを

書いてきました。

しかし、戦闘配置につくようになると、

そうはいかなかったのです。

  

〇敵潜水艦に狙われて、魚雷攻撃を受けるようになった。

 そのような戦闘配置についた戦艦大和で、

 ある病気が頻繁に発症するようになった。

 語ってくれたのは、元軍医の祖父江逸郎さん。☟

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〇その病気とは、虫垂炎だった。☟

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〇虫垂炎は大腸の一部である虫垂で炎症が生じる病。

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〇主な原因は硬い便が詰まったり、ウイルス性の感染症などだが、

 近年 注目を集めている原因は、ストレス。

 急激な環境の変化や極度の緊張などにより免疫力が低下し

 虫垂炎を起こすのである。

 戦艦大和でも 同じようなことが起こっていたと考えられる。

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〇兵たちにとって 大和は、世界一快適な戦艦ゆえに

 戦闘時との落差は、ひときわ大きいものだった。

 被弾した際、火や煙が冷気ダクトを通って艦内に

 広がってしまう危険があった。

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〇そのため 戦闘時は、ダクトが閉められ、一転、とても高温になった。

 食事も ふだんの豪華なものから様変わり。 お握り2個のみ。

 ひとたび戦闘が始まると、兵の健康を考えて作った快適装備も

 十分な食事も なくなってしまったのである。

〇更にもう一つ、戦闘配置時は大和艦内に

 異質な環境を生み出された。

 戦闘時は 被弾に備え、区画ごとの扉を閉めます。

 分厚い鉄に囲まれた艦内の一部はとても静かになり

 無音に近い閉鎖空間となるのである。

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〇戦闘時の静かな閉鎖空間。

 これが兵たちのストレスを助長させていたと

 専門家は指摘している。

〇大和の艦内では、 無音に近い状態が続き

 不安と緊張感が増大していったと考えられる。

  

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〇最強の戦艦にして 最新の設備まで備えた大和だったが、

 最大の敵は ストレス。

 自慢の大砲や医療設備では解決できないものだった。

   

  

  

「無音」について、番組では、

アメリカ・ミネソタ州のオーフィールド研究所で行われた

実験のことを紹介していました。

「無響室」と呼ばれる外界の音を 一切遮断した空間で

人がどれだけ耐えられるかを調べたところ、

最も長い人でも およそ45分が限界だったそうです。

自分でも、想像しただけで嫌になってしまいます。

  

 

元軍医の祖父江さんが言うには、

毎日のように虫垂炎の手術をしたそうです。

戦闘配置についた時のストレスは、

命もかかっているだけに、想像を絶するものでしょう。

  

つづく

2019年9月11日 (水)

2つ目のスロープがセットされた/散歩に出かけるチャンス

  

今日は令和元年9月11日。

  

父親がほとんど車いす生活です。

車いすで厄介なのは、階段です。

 

6月に駐車場から玄関に通じる道に上がる階段を、

車いすに乗ったまま移動できるスロープを作りました。

ここでも道草 この土日で、車いす用のスロープができた!(2019年6月17日投稿)

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これも今も現役で使っています。

  

次に困ったのは、玄関をあけて土間があるのだけど、

その向こうには2段の階段があります。

その階段を上がるのが大変で、いつも苦労していました。

土間で車いすから父親を無理やり立たせて、

無理やり片足ずつ持ち上げて、支えながら

上にある車いすに座らせていました。

少々命懸けでした。

  

また手作りでどうにか作ろうかと思いましたが、

今回は介護用品を借りることにしました。

これが素晴らしい!

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これで車いすによる出入りは、すごく楽になります。

このスロープが借りれたことで、やってみたいことがあります。

車いすでなかなか外に出ることができなかったけど、

2つのスロープで、私がついていたら、

外に簡単に出て行くことができます。

 

近所には、昔、同じ会社で同僚だった方が

ちょくちょく住んでいます。

涼しくなったら、そんな人たちが住んでいるところに

散歩に行くのもいいかなと思います。

会社のOB会で、涼しくなったらグランドゴルフ大会が

あるようです。プレーはできそうもないけど、

連れて行くのもいいのかなと思います。

  

昔の仲間と会って話す機会がぐっと減っていたので、

2つのスロープができたのをいい機会に、

やってみたくなりました。

 

 

四字熟語「鎧袖一触」

  

今日は令和元年9月11日。

  

先日「石狩平野」(船山馨著/河出書房)を読破しました。

そして今は、同じ北海道の開拓の物語である

石狩川」(本庄陸男著/新日本出版社)を読んでいます。

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この2冊については以前書きました。☟

※参考:ここでも道草 北海道開拓の小説「石狩平野」「石狩川」(2019年8月22日投稿)

  

石狩川」の方が発行年が早く、1939年発行です。

石狩平野」は、1967年発行です。

  

30年ほど違うのですが、

2冊に同じ四字熟語が使われていていることに気がつきました。

その四字熟語は、(私は)今まで目にしたことがありません。

 

その四字熟語は「鎧袖一触(がいしゅういっしょく)」です。

  

石狩川」では次のように使われていました。

石狩川の様子を表現したところです。

 

季節が来ると川はあふれた。

木の根や草の芽は鎧袖一触であった。

堅い岸べもぽこりと削りとられた。

(45p) 

  

意味を予想できますか?

  

調べました。

  

福島みんなのNEWS 今日の四字熟語・故事成語 No.1506 【鎧袖一触】

☝ ここが参考になります。

このサイトを参考にして書いていきます。

  

鎧袖一触は、「相手を簡単に打ち負かしてしまうことのたとえ」です。

上記の文の意味は、木の根や草の芽は、

石狩川によってひとたまりもなく流されてしまうと

いったところでしょうか。

   

鎧袖一触は、江戸時代の頼山陽の『日本外史』が

語源なのだそうです。

保元の乱で、源為朝が次のように豪語しました。

「平清盛などにいたっては、私の鎧の袖が一たび触れれば

皆勝手に倒れるだけです。」

この豪語が語源です。

詳しくは上記のサイトを見てください。

  

  

最近、ある番組を見ていて『日本外史』が登場しました。

この冊子が、今の歴史に大きな影響を与えていました。

そのことを近いうちに書きたいです。

日本外史』という名前、覚えておいてくださいね。

  

調べると、鎧袖一触は、アニメ「機動戦士ガンダム」で

使われたようです。

※参考:英語部

勝手に死語だと言っちゃいそうでした。

 

 

「ザテレビジョン」が近くのコンビニから消えました

  

今日は令和元年9月11日。

  

我が家から一番近いコンビニ「ローソン」で

先週まで売っていた「ザテレビジョン」。

水曜日発売なので、今日行ったら、

書棚にありませんでした。

ショックです。

 

かつて日本一売れていた週刊誌「ザテレビジョン」ですが、

売っている店がどんどんなくなっていきます。

本屋なら必ずあるかというと、そうでもないのです。

ある本屋に行ったら、「TVガイド」は置いてあるけど、

ザテレビジョン」がありませんでした。

  

TVガイド」は以前は買っていましたが、

いつだったか、本のサイズを変更して、

内容も一新してから、買うのを止めました。

関心がない内容にたくさんのページを

割くようになったためです。

生き残りをかけての判断だと思いますが、

私にはダメでした。すみません。

   

 

今日は、近くのスーパーに行って、

ザテレビジョン」を手に入れることができました。

意外にも、そこのスーパーの小さな書棚には、

1冊は置いてあるのです。

(「TVガイド」は2冊ありました)

  

ザテレビジョン」を熟読して、

19番組を録画することにしました。

9月14日~20日はなかなか豊作です。

気になった番組を一つ紹介します。

Photo ETV特集 HP

☝ 今なら動画を見ることができます。

  

自分の中で風化してしまいそうなことを、

テレビ番組をよく探すことで番組と出合いことができ、

風化を防いでくれます。

  

土曜日の午後11時からの放映です。

「いい番組は、隅っこにある」って、

誰かが言っていました。

2019年9月10日 (火)

「自分をかわいそがるのはつまらんです」と思います。

 

今日は令和元年9月10日。

  

前投稿に引き続き「日本一心を揺るがす新聞の社説2

(水谷もりひと著/ごま書房新社)から引用します。

この本はいつ読んだか忘れてしまいました。

図書館で借りて読みました。

いいなと思ったページを、コピーしておきました。

それから数年?

最近、片づけをしていたら、そのコピーが出てきました。

 

  

もうひとつ分、コピーが残っていました。

引用します。

  

NHKの連続テレビ小説『ゲゲゲの女房』にハマった。

あのドラマに心惹かれた理由はいくつかある。

第一に、人気漫画『ゲゲゲの鬼太郎』の原作者・

水木しげる氏の波乱万丈の半生が描かれていることだ。

(112p)

 

水木しげる氏は、太平洋戦争に従軍し、

過酷な体験をしながらも、生き残った人です。

そのことを以前書きました。たぐります。

ここでも道草 玉砕1 ズンゲン支隊(2010年9月11日投稿)

 ☝ この記事に続いて「玉砕2」「玉砕3」「玉砕4」

「玉砕5」とあります。

    

再び本からの引用をします。

  

 

(ドラマの中で)戦争で精神的に病み、働かない男がいた。

彼に言う「しげる」の台詞もいい。

 

「戦争ではエライ目にあいましたなぁ。

死んだ者たちは無念だったと思います。

死んだ人間が一番かわいそうです。

だから自分は生きている人間には同情せんのです。

自分は貧乏してますが、好きな漫画を描いて

生きているんですから、

少しもかわいそうなことはありません。

自分をかわいそがるのはつまらんです」

(113p)

     

  

前記事でも書いたことに通じますが、

戦場で命を落とすことは

とても無念なことだったはずです。

現代、交通事故死や災害による死で命を落とす人は

少なくありません。

7月18日の京都アニメーションの放火でなくなった方たちも

それはそれは無念だったでしょう。

 

その上で「自分をかわいそがるのはつまらんです」は

心に沁みる言葉です。

介護と仕事でダウンして、現在は休養中。

でも「自分をかわいそがる」つもりはありません。

ダウンするまで、精一杯やったつもりです。

もうヘトヘトでした。

休養したら、また動きます。

どう動くか考えています。

自分の物語をどう作っていくか。面白くしていきたい。

突然、「物語」が終わるのは無念だと思う

今日は令和元年9月10日。

  

前投稿に引き続き「日本一心を揺るがす新聞の社説2

(水谷もりひと著/ごま書房新社)から引用します。

  

(前略)

先日、(『特ダネ!』の司会の)小倉(智昭)さんは、

オープニングトークでポール・ポッツのことを話題にしていた。

まず紹介されたのはイギリス版「スター誕生」ともいうべき

オーデション番組の予選審査の映像だった。

 

「携帯電話のセールスをしているポール・ポッツです」

と司会者から紹介されて出てきたポールは

ちょっとくたびれた服に、

とてもビジュアル系とは言えないルックス。

「何を披露してくれるの?」という審査員の言葉に、

「オペラです」と自信なさそうに答えた。

そのとき、「はぁ?オペラ?その顔で?」と言いたげな

一人の審査員の表情が映し出された。

「じゃぁ、とにかく歌ってみて」と言ったのは、

激辛審査員として有名なプロデューサーの

サイモン・コーウェル氏。

 

そしてポールは口を大きく開けて歌い出した。

前歯が一本欠けていた。

ところがその美しい歌声に3人の審査員も

会場の観客も度肝を抜かれた。

歌が中盤に差し掛かると会場から

割れんばかりの歓声が上がった。

(中略)

子どもの頃、彼はいじめられっ子だった。

「なぜいじめられたのかなぁ。僕が少し変だったからかな」

と語るポール。いじめられたせいで自分に

自信を持てないまま大人になった。

しかし、彼はこう語る。

「声だけは味方だった。

歌っているときだけ堂々としていられた」

 

予選を通過したポールは、次のステージで最終審査に

進出する5組に選ばれ、そして見事優勝。

審査員のコーウェル氏が最後にこう言って

会場を驚かせた。

「ポール、来週、デビューアルバムのレコーディングをするぞ」

一夜にして人生が変わった。

「携帯電話のセールスマンからオペラ界の大スターに」という

ドラマチックなサクセスストーリーは、今世界中で

一大センセーションを巻き起こしている。

 

もちろん、彼に優るとも劣らないアーティストは

オペラ界にごまんといる。

きっと彼に魅了された人たちは彼の歌声を買っている以上に、

彼の「物語」を買っているのだと思う。

(中略)

人も物もみんな「物語」を持っている。

それがその人の、その物の、魅力なのだ。

(84~87p)

 


YouTube: 自信を持って/ポール・ポッツ (日本語字幕つき) 

    

 

この文章を読んで、心に浮かんだことを書きます。

少しずれるかな。お許しを。

 

   

人生、いろいろなことがあります。

それらは全て物語だと思いたいですね。

実は偶然や奇跡は地味に起こっていて、

それが今の自分です。

そしてまだ物語が続きます。

どのような話になるか楽しみです。

 

 

起こってほしくない偶然は、突然命を落とすこと。

突然、物語が終わることは無念だと思います。

交通事故死をゼロにすると宣言した自動車会社の社長。

賛成です。

「もう十分だ」と思いつつ、ゆっくり死にたい。

自分だけじゃない。

みんながそうなってほしいなあと、最近はよく思います。

 

心の糧になるような記事を探して載せていきたい

  

今日は令和元年9月10日。

  

以前読んだ本「日本一心を揺るがす新聞の社説2

(水谷もりひと著/ごま書房新社)から引用します。

  

カー用品の専門店「イエローハット」の創業者で、

「日本を美しくする会」の鍵山秀三郎さんは、

新聞・社会面の暗いニュースは読まないそうだ。

理由は、「そういう記事を読んでも、

それが後々の自分の人生に何か参考になるとは思えないから」

(中略)

やっぱりタダで観れる民放の番組も、

わざわざお金を払って読む新聞も、

情報は受け手がきちんと取捨選択して、

本当に必要な情報を得たいものである。

とは言っても、我々凡人の心の中には、

他人の不幸を「おもしろい」「覗きたい」と思う心理がある。

だから、鍵山さんのように「いつも心をきれいに」

「いつも身の回りをきれいに」と心掛けていないと、

ついつい他人の不幸やプライバシーを酒の肴にして

会話を弾ませてしまいがちだ。

(中略)

「暗いニュースは読まない」という鍵山さんも、

たとえ小さくても心が温まる記事に目が止まると、

切り抜いて保存しているという。

「そういう記事は繰り返し読んでも心にほのぼのとした

感動を与えてくれます」

改めて、人生に役立つ情報というのは、

探そうとする意思がないと出合えないものだと思った。

受信機としての機能を持つ私たちの感性は

常に磨いておくことが大事だ。 (後略)

  

 

今、こうやって引用していて思い出した記事がありました。

このブログに載せました。

探します。

  

ありました。1分で見つかりました。

これが検索できるブログの良さです。

ここでも道草 「誠実」な2人の警察官の行動を記した記事(2018年7月18日投稿)

この記事は、忘れてはいけないものだと思います。

心の糧になる、何回でも読むべき記事だと思います。

  

新聞の切り抜きとは違うけど、

このブログに、後に読んでも自分の心の糧になる

記事(文章)を見つけ、載せていきたいです。

2019年9月 9日 (月)

20190904報告 長者峰~悪沢山~見晴台

  

今日は9月9日。

  

山に行ってきました。

3代目の登山靴で初めて登りました。

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登山仲間のKさん、Sさんと3人で登りました。

  

場所はここ。☟  長野県平谷村です。

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長者峰まで自動車で上がりました。

国道からの登り口には、この看板があります。☟

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長者峰すぐ下にある駐車場で、登山準備。☟

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駐車場から見た大川入山 ☟ 体力が戻ったら、また登りたい山です。

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いよいよ出発です。

目標は見晴台まで。

最近運動不測の私に合わせてくれたコースです。

長者峰頂上のの展望台。☟

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☟ 展望台からの景色。中央の一番高い山が茶臼山。

愛知県で一番高い山。

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茶臼山のアップ。その右奥にある凸は、おそらく明神山。☟

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平谷の街を見下ろします。☟

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登山道に咲いていた花。☟

花の名前が分かったら、順に写真の下に名前を書き込みます。

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☝ アケボノソウ

  

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☝ ジシバリ(イワニガナ)?  

 

いい空でした。☟

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高嶺への登りです。☟

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頂上です。☟

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これ以後は、クマザサとの闘いが多かったです。

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悪沢山頂上。☟

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登山道にあったキノコ。☟ 迫力がありました。

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またクマザサ。

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クマザサを抜けてゆき見台。

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すかさずクマザサ。

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クマザサを抜けて上悪沢山。

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上悪沢山からの景色。☟ 雲がいい。

しかし、この後、雲がどんどん増えました。

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少し歩いて、見晴台。ゴールです。

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見晴台から見ることができたこのキレイな山は、

恩田大川入山のようです。☟

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見晴台を後にします。

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雲がどんどん増えてきて、ゴロゴロと鳴り始めたので、

下山は急ピッチでした。

少し降られただけですみました。

平谷村にある温泉に入って出た時には、しっかりと雨でした。

  

約4時間、山の中にいました。

やっぱり山の中を、全身汗びっしょりになって、

登ったり下ったりするのは、気持ちがよかった。

フィトンチッドもしっかり吸ってきました。

※関連:ここでも道草 病院の待合室で「チコちゃん」の本に出合う/森のニオイ(2019年8月22日投稿)

月に1回、一緒に山に登ることになりました。

ありがたい。

自分の病気には効果ありの登山ですからね。

 

 

「健康診断 戦艦大和」その4/貴重な一週間献立表

 

今日は令和元年9月9日。

  

前記事の続きで、8月22日放映の

「偉人たちの健康診断 戦艦大和 男たちの“健康”」

の読み物化をしていきます。

  

今回は戦艦大和の食事について。

    

〇昭和16年12月  日本の真珠湾攻撃をきっかけに

 始まった太平洋戦争。

 連合艦隊の旗艦として 大和は満を持して最前線へと向かった。

 当時 日本海軍の拠点があったトラック島に、

 同じ時期に造られた同型の姉妹艦 武蔵と共に停泊。

 ところが出番は 一向になかった。

 当時 西太平洋の島々では、米軍との激しい攻防戦が

 繰り広げられていた。

 その周辺は さんご礁の浅瀬が広がり

 巨大な大和は近づけなかった。

 大和と武蔵が トラック島に、停泊し続けること

 実に8か月。

 その快適な設備から 他の艦では、皮肉を込めて

 こう うわさをしていた。 ☟

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〇8カ月の間、大和の乗組員は厳しい訓練を受けていた。

 そんな乗組員の楽しみが「食事」だった。

〇大和の調理を担当していた乗組員が撮った写真。☟

 大和の内部を撮影した唯一の写真と言われている貴重な写真。

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☝ 戦艦大和でどのような食事が出されているかの、

正式な記録は残っていなかった。

しかし、戦争を生き残って、大和での食事メニューを思い出し

書き残した人がいた。清書は長女が行った。☟

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〇月曜日。すべて麦飯だった。

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〇戦時中とは思えないほど、食べ応えのある おかずが並ぶ。

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〇量的にもたっぷりあったらしい。

 1日の麦飯の量はこれくらい。☟

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〇献立表をもとに再現された食事。☟

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〇最も人気のあったメニューは?

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〇元乗組員の廣さん。☟

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〇一番人気はカレーライスだった。

 船上では、曜日がわからなくなりやすいので、

 毎週土曜日はカレーライスだった。 

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〇海軍は昔からメニューにカレーライスがあった。

 船で揺れてもこぼれないように、

 海軍がカレーに小麦粉を入れるようになったという説もある。

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〇現代の視点で・・・カレーに含まれるスパイスのひとつ、

 ターメリックには、認知症の予防になる成分がある。☟

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〇戦艦大和の中で、ラムネが作られ飲まれていた。

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〇このような小さなラムネ製造機が積まれていたと予想される。☟

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〇赤い部分の中身。☟

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☝ 瓶がセットされ、シロップ・炭酸水が入って、回転する。☟

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逆さになったところで、炭酸の圧力で、

ビー玉の栓がしまる。☟

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戦艦大和での食生活が見えてきました。

「健康診断 戦艦大和」その3/快適な設備「冷房」「ベット」「風呂」

 

今日は令和元年9月9日。

  

前記事の続きで、8月22日放映の

「偉人たちの健康診断 戦艦大和 男たちの“健康”」

の読み物化をしていきます。

  

〇戦艦大和の設計者の一人、松本喜太郎が目指した理想。

 世界一の戦艦は

 「世界一快適で 乗組員が健康であること

 このような考え方で設計されたことを初めて知りました。

 今までは、戦艦大和の外から見えるものに注目していました。

 「世界一快適」を実現するための戦艦大和の快適装備として

 空調による冷房があった。

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〇冷房が 一般家庭に普及するのは、昭和40年代のこと。

 兵たちは 見たことすらない冷房装置に

 感激したという。

〇もともと 軍艦の弾薬庫には、

 高温になって自然発火することを防ぐために

 冷房装置が入っていた。

 大和では その能力を高め 艦内の大部分に

 冷気を供給できるようにした。

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〇戦艦大和の快適装備その2。「ベット」 

 他の軍艦では、ハンモックであったものが、

 大和ではベットが設置された。

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〇ハンモックと違って、ベットは、就寝中に寝がえりがうてる。

 それが安眠を可能にした。枕も硬めのものだった。

 これも、寝返りには向いていた。

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〇戦艦大和の快適装備その3。「風呂」

〇 ☟ これは他の軍艦の入浴映像。

 水が貴重な軍艦では 湯船に海水をためた海水風呂に

 入っていた。 通常は 1週間に1度の割合だった。

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〇大和では 水回りの設備を大幅に改善。

 3日に1度は、海水風呂に入ることができるようになった。

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〇塩水性の風呂は、今でも多くある。効能が高い風呂である。

 熱海の温泉もその種類の温泉。

 したがって、戦艦大和の風呂は、

 熱海温泉と同じようなものと考えらえる。

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〇ここで番組は、大和ミュージアムへ。

 そこに展示されている(海底に沈む大和からの)引き上げ品。

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〇展示品の中に、士官の浴室のタイルがあった。

 模様がほどこされ、セメントは非常に分厚い。☟

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〇展示品の中にはビールや酒の瓶もあった。

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〇大和には大量のお酒が積まれていた。

 アメリカの海軍は 一滴も 船にはアルコールを

 積んではいけないというルールがあったらしい。

 日本の軍艦はお酒を積んでいた。

 船内で何カ月も生活するため、いつも緊張していられない。

 飲んでいいという許可が出た時には、喜んで飲んでいた。

 例えば、赤道祭り。船が赤道を越える時は、赤道の神様に

 赤道を越える鍵をもらうという船独特のお祭りがあった。

 その時には どんちゃん騒ぎをしていた。☟

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つづく  

  

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