2020年1月17日 (金)

「校則なくした中学校~」③ 思考停止して耐え忍ぶようになっていく

 

今日は令和2年1月17日。

  

前記事に引き続き、 

校則をなくした中学校 たったひとつの校長ルール

(西郷孝彦著/小学館)よりひたすら引用します。

  

  

生徒たちは、小学校6年間で、教員から指示されることに慣れ

きっています。「指示を守る子」が「いい子」とされてきまし

た。「先生の考えとは違った自分の考えを主張する子」は、集

団の規律を乱す子と否定されてきたのです。でもそうでしょう

か?

社会に出れば、「自分で考え、判断する」ことが求められます。

指示を待っていても、人生は、前に進んでいかないからです。

私の尊敬するアップル創業者のスティーブ・ジョブズがその代

表的な例ですが、むしろ「自分の考え=アイデア」を持ってい

る人間こそが、最後は社会からも評価を受けます。

だったら、自分で考えるクセを早くからつけるべきではないで

しょうか。しかし、教員が指示を出し続けている限り、生徒は

考えなくなります。自分で考える必要がな、むしろ自分の意見

を言うと「生意気だ」と言われて損をするからです。

(49p) 

  

  

私は校則の存在そのものを否定しません。

たとえば、厳格な規律で知られるミッション系の私立中学校が

あります。こうした学校は規律=校則そのものが、校風になっ

ています。靴下やセーターも指定されたものしか許されないな

ど細かく決まっている場合が多いですが、そういう見た目もま

た、その学校のカラーです。生徒たちも、その校風に憧れて門

をくぐります。

でも公立中学校は事情が異なります。

公立中には、さまざまな生徒がやってきます。私立と違って、

子どもたちの多くは選んできたわけではありません。たまたま

その学区に住んでいただけです。

そういった多種多様な生徒たちに、理不尽な校則を強制すると

どうなるでしょうか。無用なストレスを与え、情緒を不安定に

しかねません。ストレスからいじめに走る子も出てくるでしょ

う。それだけではありません。過度なストレスは記憶力の低下

を招くことが、いろいろな研究で明らかになっています。

(55~56p)

  

  

そしてこの本で最も印象に残った文章を引用します。☟

  

さらにーーこれがいちばんの問題なのですがーー子どもたちは

やがて、論理的に考えることを放棄してしまいます。そして、

矛盾がある不合理な規則であっても、単に思考を停止して耐え

忍ぶようになっていきます。「先生の指示を守る」ことのほう

が、無用なエネルギーも消費せず、周囲に波風を立てないから

です。

虐待を受けた子どもたちの多くは、自分の持てる力のすべてを

使って虐待環境に適応しようとします。自分を守るために、感

情や思考、行動を抑制し、無反応になっていくのです。いわば

すべて諦めて無気力になってしまう。極端な言い方をすれば、

理不尽な校則を押しつけ続けると、生徒たちの多くは、虐待児

と同じように無気力な子どもになってしまいます。

(56p)

  

「思考停止」「無反応」

こんな状態にいつの間にかしていないか、

気をつけないといけないと思います。

 

さらに思うのは、自分自身が

「思考停止」になっていないかということです。

諦めて、波風立たないように時を過ごしていることをしていないか。

大人の集団でも、思考停止はあり得ます。  

いろいろなプレッシャーで、思考停止していた自分を思いだします。

もう思考停止したくない。

「校則なくした中学校~」② 「生徒を怒鳴ることはやめましょう」 

  

今日は令和2年1月17日。

  

前記事に引き続き、 

校則をなくした中学校 たったひとつの校長ルール

(西郷孝彦著/小学館)よりひたすら引用します。

  

 

仲良しごっこを続けているよりも、一時的にもめたとしても、

本音を言い合ってそれを乗り越えたほうが、さらに深い関係が

築けると、私は考えます。

裏を返せば、喧嘩や言い合いをせず、ずっと仲良しでいるのは、

大半が表面だけの付き合いです。いったん破綻したあとに修復

できれば、もっと仲良くなれるケースが多いといえます。本当

に好きな人、自分が仲良くしたい人であれば、何としてでも修

復したいと思うものですし、喧嘩で相手の本音を知れば、相手

をより深く理解できます。

本気の衝突や喧嘩を経て成長した子どもは、強いですよ。

なぜなら、「人間は必ずしも言葉と感情が一致する時ばかりで

はない」と身をもって理解できるようになるからです。

たとえば「バカ」と罵倒してきた同級生が、「実はかまってほ

しいことを素直に伝えられないだけではないか」などと、言葉

の背景にある感情を察せられるようになります。結果、最終的

に無駄ないさかいは減っていきます。

(26p)

  

  

「ゆうゆうタイム」というのは、子どもたちが話をしたい教員

やカウンセラー、職員とゆっくり2人だけで話ができる、とい

う時間です。年に2回、放課後に時間を設定して、事前に申し

込んだ教員と教室で話をします。

(27p)

 

「ゆうゆうタイム」で生徒から総スカンを食らった教員はどう

なるのでしょうか。

これが見事に変わるのです。「これではいけない」と思うので

しょう。そもそも、子どもが好きでこの仕事を選んだ人がほと

んどなのです。それなのに子どもたちから避けられる。自分に

問題があると考えざるを得ません。

ではどうするか。

私は「本当の自分を出しなさい」とアドバイスしています。こ

れまでは、「教員とはこうあるべきだ」と考え、構えていたの

でしょうね。取り繕うから、人によって態度も違って見えてし

まう。

私たちは、教員である前に、ひとりの大人です。大人である前

にひとりの人間です。子どもたちの前で教員として振る舞うの

ではなく、本来自分が生きてきた「素」の自分でいるのです。

いいところも悪いところも包み隠さず、ひとりの人間として、

子どもに対峙すればいいのです。

取り繕わない素の自分で、思い切ってぶつかっていくと、子ど

もは寄ってきます。子どもたちは、教員としてではなくて、人

間としての自分に魅力を感じるのです。教員と生徒という関係

性はこれで一旦まっさらになり、対等な関係をつくることがで

きます。

(31~32p)

  

   

怒鳴ることなく、素で勝負したいです。

この先生の言われるように、素で十分なはずなのです。

  

 

たとえば校則の廃止。

「校則なんてきゅうくつだ。だから全廃しよう」という教育論

を金科玉条のように掲げて校則を廃止したのではなく、「子ど

もたちにとって、幸せな3年間を送らせるためにはどうしたら

いいか」ということを考え、議論に議論を重ねていったその結

果、そうなったということです。

(39p)

  

「子どもたちにとって、幸せな3年間を送らせるため」は、

この本の中で幾度か出てきます。

原則です。

  

  

怒鳴った経験がある人はわかると思いますが、怒鳴って気持ち

のいいことはありません。怒鳴られている生徒も気分が悪い。

つまり、どちらにとってもマイナスです。公衆の面前で怒鳴れ

ば、周囲も嫌な気持ちになります。誰も得をしていません。

では、怒鳴らないようにするためにはどうしたらいいか。

まずは朝礼を見直すことにしました。

「生徒がざわついてもかまわないから」

と教員たちに言いました。生徒が騒ぐとしたら、朝礼台の上か

ら私が発している話が、つまらないからです。面白い話だった

ら、きっと耳を傾けるはずです。

「もし生徒がうるさくしていても、それは私の話がつまらない

せい。だから生徒を怒鳴ることはやめましょう」

私自身も生徒が思わず聞き入るようなとっておきの面白い話を

準備しました。

「朝礼できちんとさせること」が学校生活でいちばん大事なこ

とではありません。いつの間にか、学校全体で大事なことを見

失っていたのです。

ではいちばん大事なこととは?

それはただひとつ。

子どもたちが、幸せな3年間を送ること。それだけです。

とはいえ、染みついてしまったものは、なかなか変えられませ

ん。

「子どもは管理するものであり、教員が指示をだすもの」

こういう固定観念が教員の中にあるのです。

実際、教員たち自身の多くも、そういう教育を受けてきました。

悪しき学校文化です。

言うことを守らせることが自分の役目だと思い込んでいる教員

にとって「大きな声を出すな」と言われることは、理不尽でし

た。彼らは「きちんとさせたい」と思っているのです。使命感

から怒鳴っていました。私が言っていることは、「きちんとさ

せなくいていい=教員として振る舞わなくていい」と聞こえた

はずです。

(43~44p)

  

  

こういう方針の学校になってほしいと思います。

どの学校も。

  

  

つづく

「校則なくした中学校~」① 「まだ間に合います」

今日は令和2年1月17日。

1997年のこの日、阪神淡路大震災が起こりました。

  

次の本を読破しました。

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校則をなくした中学校 たったひとつの校長ルール

(西郷孝彦著/小学館)

    

舞台は、東京世田谷区立桜丘中学校。

この本で描かれているような中学校ならば、

生徒は居心地いいと思うし、

教師も自分らしさが出すことができて

過ごしやすいだろうなと思います。

ヒントというか、見本が書いてある本です。

どの中学校も、こうしましょうよと思って読みました。

  

購入した本で、手元にある本ですが、たくさん引用したいです。

  

  

この本では、そんな桜丘中学校の生徒たちのキセキを描きまし

た。でもこれは”奇跡”などではありません。

どんな学校でも、どんなご家庭でも、まだ間に合います。

子どもたちは必ず、本当の自分を取り戻すことができます。

桜丘中学校の生き生きとした子どもたちを、どうかあなたご自

身の目でご覧ください。

(はじめに)

  

「まだ間に合います」

が魅力的ですが、私には残された年数が少ないし、

管理職でもないし・・・でもこうなってほしい姿が

載っている本です。

  

  

前年度の生徒総会で「定期テスト廃止」が議題にのぼり、全会

一致で採択されたことをうけ、桜丘中学校では2019年4月

から、中間考査や期末考査といった「定期テスト」が廃止とな

りました。生徒との約束を守ったのです。代わりに導入された

のが、10点満点の小テスト「積み重ねテスト」です。

授業の8時25分から45分までの20分間は、「学習の時間」。

週3日程度、小テスト(1日1単元)を実施します。100点

満点の定期テストの代わりに、各教科10点×10回もしくは

20点×5回のテストで到達した学力が測られます。

「楽勝、楽勝」

「あちゃー、できなかった」

「再テストで勝負だ!」

テストが終わると、あちこちで声があがります。

後日放課後に受けられる、敗者復活の「チャレンジ・テスト」

も用意されているので、それほど落ち込んだ顔をした生徒は見

当たりません。ちなみに、通知表の成績には、良いほうの点数

が反映される仕組みになっています。

(12~13p)

   

  

1年生のクラスを目にした人の中には、あまりの騒がしさに、

「学級崩壊じゃないか」と思う人もいるかもしれません。

でも毎年、桜丘中学校の1年生の教室では、これが普通です。

教員は、大きな声を出したり、威圧的態度をとりません。

桜丘中学校の1年生の教員たちは、ゆっくりと子どもたちの成

長を見守ります。ここで、頭ごなしに叱ってしまうと、表面上

は大人しくなりますが、心を閉じてしまい、信頼関係を築けな

くなるのです。しかしゆっくり長い目で愛情をかけていると、

2年、3年と学年が上がるたびに落ち着いていく。そのことを

教員たちはわかっています。子どもたち自身が生まれながら持

っている「よく生きよう」というプログラムが発動するのを待

っています。

(15p)

 

  

登校時間は自由です。この子たちに限らず、この学校では遅刻

を注意されることはありません。学校に何時に来てもいいので

す。生徒たちにとって、まず学校に来ること自体が大切だと考

えているからです。

(16p)

  

   

みんなの会話の中に、1年男子生徒が突拍子もない下品なネタ

で割り込んできました。

「そんなことばかり言うから、嫌われるんだよ」と私。

「そんなことないよ、おれはきらわれてないもん」と、目をそ

らして否定する男子生徒。

嫌われるのも、実は関係性のひとつです。相手から無関心とい

うのがいちばんつらいのです。この子は下品な発言をすること

で、他人の関心を引こうとしているのがわかります。彼なりの

関係づくりといえるでしょう。

「このままなら、ひとりぼっちで孤独死するな」

私が冗談で刺激します。

「えへへ」と笑う彼。

人の嫌がることを言っている子にも原因や理由があるのでしょ

う。一方で、「この学校は、何をしても自由なのがいい」と彼

はいつも言っています。彼にとっていまは、していいこととし

てはいけないことを学んでいる真っ最中なのでしょう。

(21p)

 

「していいこととしてはいけないことを学んでいる真っ最中」

という視点がいいなと思いました。

  

  

困っているこの子のために何ができるか。

そうやって考えていくと、突然、アイデアが閃くこともありま

す。自然科学の多くは、観察によって法則を発見しましたが、

それと同じです。アイデアの源泉はすべて、目の前の子ども。

子どもから発想をもらうのです。

目の前のこの子は、どういう子だろう?

どういうことを考えているのだろう?

何をしたいのか、何がつらいのか、何に悩んでいるのか。そう

やって観察をひたすら続けていると、「こうしたらどうだろう

?」というアイデアが生まれます。校則廃止や服装の自由化も、

こうした観察が基本にあります。

(23p)

  

その子についてじっくり考えて手をうっていく。

基本ですね。特別支援は特に個人でやっていかないと。

  

  

私は集団の中心にいる子をちょっとからかってみます。

「〇〇子は自分自身のこと、かわいいって思ってるの?」

「え?そうじゃない人っているの?自分のこと、好きになって

ナンボじゃない?」

この答えには拍手です。この子は自分のことを肯定することが

できています。自己肯定感が高い生徒です。

考えてみれば、小学校に上がる前の頃は、誰でも自分のことが

いちばんだと思って、みんな過ごしてきたはずです。世界の中

心は自分。誰かに比べて、自分を卑下することなんてありませ

ん。

いったいいつから、自信をなくしてしまうのでしょうか。

この学校の目標は、生徒が「自分」を取り戻すことです。喜び

に満ちた「素」の自分に戻ることです。思いのまま自分を表現

できることが、その子にとっていちばん輝ける瞬間なのです。

それを促してあげることが、私たちの仕事です。

(24p)

 

拍手している理由がいいです。

自己肯定感が高いことへの拍手です。

私もこういう状況で笑顔で拍手できるようにしておきたい。

 

まだまだつづく

2020年1月16日 (木)

難読漢字「紙垂」「奢侈」

  

今日は令和2年1月16日。

  

植物のネタを2つ書きたいです。

その1。昨晩放映のクイズ「東大王」の難読オセロより。

☟ この漢字読めますか?

  

紙垂

  

ヒントは、正月に関係あります。

答えは「しで」です。

「紙垂」って何かわかりますか。

念のため、紙垂の写真を転載します。

Pic_kagamimochi 奥井海生堂 食コラム

鏡餅のひらひらの紙の部分です。

紅白の時もあります。

注連縄(しめなわ)でも使われます。☟

0fcrlig1lmwtcvlejji6 終活ねっと

  

そして「紙垂」で思い出すのが、シデコブシ

Rimg1353_2_2 ここでも道草 シデコブシ(2013年3月26日投稿)

なぜ「シデ」なのかわかりますよね。

  

   

その2。今日の朝日新聞朝刊の「天声人語」より。

サザンカとツバキの話題でした。

興味深い内容だったので、ここに書き留めておきます。

  

冬枯れの庭を濃い紅色の花で飾るツバキ。晩秋から咲くサザン

カと混同されることもままある。花が首からポトリと落ちれば

ツバキ、花びらが散るのがサザンカ。そんな見分け方をむかし

祖母に教わった▼「ツバキとサザンカはもともと近縁。交雑と

改良によって双方の特徴をあわせ持つものもあって園芸家でも

迷います」と話すのは国立歴史民俗博物館(千葉県佐倉市)の

青木隆浩准教授(50)。企画展「冬の華サザンカ」を26日

まで開催中だ▼ツバキを見ると、何とはなしに和装の女性を連

想する。「散り際が侍の首切りを思わせる」と嫌った人もいた

ようだ。それでも江戸時代を通じ、ツバキやサザンカは園芸植

物としてツツジやボタンと並ぶ爆発的な人気を博したという▼

華やかで人目を引くその花は、時に奢侈(しゃし)の象徴とも

目される。飢饉や一揆が頻発して幕府が引き締めると、表から

姿を消した。太平洋戦争中も伐採命令が出た。戦後には米国や

豪州などで流行し、日本でも人気が復活する。太平の世に愛さ

れ、世情が厳しい時には忘れられる。時代を映す鏡のような花

である▼ツバキから妖女を連想したのは漱石である。『草枕』

で主人公の洋画家が「人を釣り寄せて、しらぬ間に、嫣然(え

んぜん)たる毒を血管に吹く。欺かれたと悟った頃は既に遅い

(略)あの花の色は唯(ただ)の赤ではない」と論じた▼こち

ら想像力乏しく、妖女を思い浮かべたことはないが、寒さに耐

えて凛と咲くその姿には目を奪われる。いてつく朝に映える花

である。

 

この漢字が印象的でした。

 

奢侈

  

意味は「度をこえて贅沢なこと」  

太平洋戦争中はツバキやサザンカは伐採命令が出たのですね。

もう社会科教師の血が沸々とした話です。

ツバキやサザンカが当たり前ではない時代が

あったことを知りました。

この2字熟語も認識しました。

  

  

 

 

「脳科学者の母が、認知症になる」/「認知症の第一人者が認知症になった」

今日は令和2年1月16日。

  

1月15日朝日新聞朝刊に次のような記事がありました。

  

認知症になっても、母は母のまま

脳科学者の娘 発見つづった本に反響

脳科学者の恩蔵(おんぞう)絢子さん(40)が、認知症にな

った母と暮らす日々を見つめながら、記憶を失ってもその人ら

しさを失われないのかを考察した本「脳科学者の母が、認知症

になる」(河出書房新社)が、静かな反響を呼んでいます。自

分や身近な人が認知症になった時、誰しもが悩む問いを考え続

けた恩蔵さんは、「母らしさ」をどのように見つけたのでしょ

うか。

  

そして本文に続きます。 

本文の一部を引用します。

 

記憶などの認知機能が低下すると、好き嫌いや何が大事かとい

う母の人格、感情まで変わってしまうのか。母の姿を見るのが

つらく、恩蔵さんは気持ちをはき出そうと日記をつけ始めた。

「『母らしさ』って何だろう」。次第に、娘として、研究者と

して、脳科学の視点から「認知症の人の、その人らしさ」はど

う説明できるのかを、母のそばで考えたいと思うようになった。

認知症であってもその人らしさはあり、本人を尊重し、本人の

立場に立って考えて接するケアが重要であることが知られてい

る。脳科学から見たら?

(中略)

これまで日々から「『その人らしさ』は、記憶や判断にかかわ

る認知機能がつくるその人らしさと、より根本的な感情からく

るその人らしさの二つに分かれるのではないか」という仮説を

得た。

  

私の父親の場合、数年前から物覚えが悪くなり、

日付や曜日があいまいになり、

家族の名前を間違えたりし始めました。

忘れていくことに焦りを覚え、病院に連れていって

診てもらったりしました。

認知症と診断され、薬も飲むようになりました。

  

現在は、物忘れで焦りはなく、平成20年に亡くなった

母親の所在を毎日のように尋ねるので、

「もう11年前に亡くなっただよ」「今は天国にいるよ」

と答え、「そうだったかなあ。死んじゃったか」

といった会話をしています。

今、心配しているのは、「父親らしさ」です。

  

記憶がなくなっていくことで、「父親らしさ」がなくなって、

別の人格になってしまったらどうしようという不安です。

父親が家で寝るときには、10分ほど添い寝をするのが

習慣になっています。

布団の中でたわいのないことを話しています。

「明日は(デイサービスに)行かにゃあいかんか」

「そうだね、行ってよ」

「朝、何時に迎えに来るだったか」

「8時だよ」

「何時に起こしてくれるんだ」

「6時半だよ」

「着ていく服はお前が用意してくれるんだよな」

「大丈夫、朝、着替えさせてあげるよ」

時々いたずらで、父親の鼻をつまんだりすると、

「お前はすぐにそういういらぬことをする」と叱られます。

そんなことをして「父親らしさ」を

味わっているのかもしれません。

  

  

恩蔵さんの記事の最後にはこう書いてありました。

  

「『認知症になっても、母は母のまま』という発見は、

私の支えになっています」

 

  

いろいろなことを忘れてしまうのはしょうがない。

でも最後まで「父親らしい」父親であってほしいと自分も思います。

  

実はこのことは、1月12日放映の

認知症の第一人者が認知症になった」という番組でも

同じような思いの方がいました。

 

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長谷川さんは精神科医であって、認知症治療の第一人者です。

「痴呆」と呼ばれていた病名を「認知症」としたのも

長谷川さんの功績でした。

その認知症の第一人者が、認知症と診断されてからの日々の

ドキュメンタリー番組です。

お世話している娘さんの言葉が印象に残りました。

父親が認知症になっても、人柄が変わっていないと言うのです。

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娘さんは「人格」と表現しましたが、

「らしさ」と同義だと思います。

  

親が物忘れをして、親が変わっていってしまうことが

ショックでしたが、中心となる「らしさ」を見つけると

ホッとします。

 

私にとっての添い寝の10分間は、

自分が安心したいんだろうなあ。

 

添い寝していると、

父親がププッとおならをすることがあります。

父親は「おならが出ちゃった」と正直に言います。

「ええ、参ったなあ」

「わざとじゃないんだよ。出ちゃうんだ」

「そうだよね、じゃあ、俺は行くね」

「わかった、明日の朝は6時半、頼むな」

こんな会話をして、私は父親の布団から出ます。

けっこう楽しいです。

2020年1月15日 (水)

パラリンピック〈11〉車いすバスケのルール/全盲スイマー木村敬一さん

  

今日は令和2年1月15日。

  

パラリンピックに関する記事を2つ載せます。

  

昨年11月27日朝日新聞朝刊の記事です。

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ティルティングというテクニックがあるのですね。

勢いでやっているのかと勝手に思っていましたが、

テクニックでした。

「選手のクラス分けと持ち点」と持ち点の合計が

14点以内というのも勉強になりました。

パラスポーツらしい点だと思います。

5人がそれぞれの持ち味を出して試合ができたらと思います。

この記事のルールを踏まえて、車いすバスケを見たいです。

  

  

1月11日朝日新聞朝刊の記事です。

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全盲のスイマーで、最初に知ったのは河合純一さんです。

20年くらい前のことです。

浜松に全盲で泳いで、オリンピックでメダルをとった人がいる。

そして私と同じで学校の先生をやっている。

そんな噂を聞いて、河合純一さんのことを知りました。

  

まったく見えないなんて、想像もしたくないことです。

恐怖です。

それなのに泳ぐ!

先生もやっている!

驚きでした。

 

その後継者が木村敬一さんです。

河合さんに引き続いて気になっていた人です。

「何事も集中して生きていないと、僕、死んじゃったりするので」

「僕、(料理を)目分量で作っちゃうから。目が見えないのに」

この明るさ、いいですね。

励まされます。

 

「石炭火力発電Q&A」② バタン石炭火力発電所予定地の地元住民の声

  

今日は令和2年1月15日。

  

前記事で、インドネシアのバタン石炭火力発電所のことを

書きました。

地元住民が来日して建設反対を訴えたなど、

他のサイトで調べてみました。

  

国際環境NGO FoE Japan バタン石炭火力発電事業

☝ 2017年6月の報告書です。

これを見ると、地元住民は2015年7月に来日して、

JBIC(国際協力銀行)に訴えに行っています。

☟ このサイトを見ると、その時の写真も載っています。

FoE Japan 2017年1月 勉強会 

 

地元の農民・漁民は建設に強く反対しているようです。

このような動画もありました。

COAL WAR〜石炭火力発電所による環境破壊に抵抗するバタン県住民の闘い〜  

  

上記の2017年6月の報告書によると、

2020年運転開始予定になっていました。

どうなったのでしょう?

現時点がわかりません。

農民や漁民の気持ちはわかりますが、

発電は間に合っているのでしょうか?

発電が必要とインドネシア政府が考えての政策だと思います。

しかし、場所の選定を誤ったのでしょうか。

そして世の中は脱炭素の雰囲気。

再生可能エネルギーで替えられるのか?

  

政治は難しい。

「石炭火力発電Q&A」① 日本の石炭火力の輸出は途上国に役立っているの?

今日は令和2年1月15日。

  

この本を読みました。

Photo 『石炭火力発電Q&A「脱石炭」は世界の流れ』 発売のお知らせ

石炭火力発電Q&A『脱石炭』は世界の流れ

(気候ネットワーク編/かもがわ出版) です。

  

ここでも道草 石炭火力を考える/石炭火力の勉強を始める(2019年12月28日投稿)

☝ この記事で引用した「日本は石炭火力で多くの

人々の命を救える」というレポートと

比較して読むといいかなと思いました。

今回の本は「脱炭素」を進めるべきだという態度です。

  

特に関係するところを引用します。

  

Q9:日本の石炭火力の輸出は途上国に役立っているの?

A:地球温暖化を加速するだけでなく、環境破壊や人権侵害を

  引き起こし、問題だらけです。

 

日本は、国内だけでなく、途上国における石炭火力発電所新

設計画にも関わっています。政府は、高効率の石炭火力発電

の輸出を日本経済の成長戦略のひとつに位置づけています。

そして、「途上国の経済開発を支援しながら地球温暖化対策

に貢献できる」と説明しています。

(中略)

日本が途上国への石炭火力発電の支援を続けていることに対

しては、かねてより厳しい批判が繰り返されてきました。気

候変動枠組条約締結国会議(COP)では、途上国向け石炭

事業支援を理由に、繰り返し『本日の化石賞』を贈られてき

ました。

(中略)

日本政府や電力会社は、「日本の石炭火力発電技術はクリー

ンだから、他の国より日本が輸出した方が地球環境に良い」

と説明しています。しかし、この説明は言い訳にすぎません。

まず、たとえ最新型でも石炭火力発電所のCO2排出量は膨

大です。また、日本が支援してきた石炭火力発電所には、実

際には最新型ですらないものが多いのです。例えば、JBI

C(日本の国際協力銀行)の支援で2010年以降に計画・

建設された石炭火力発電所のうち、高効率とされる超々臨界

圧(USC)を採用したのはわずか7%、一世代前の超臨界

圧(SC)が62%、二世代前の亜臨界圧(Sub-C)が

42%でした。

(中略)

さらに、JBICが2003~2015年に支援した途上国

の石炭火力発電所の約半数で、汚染物質を減らすための装置

が設置されていないことも明らかになっています。また、粒

子状物資の除去も5分の4の発電所で性能が不十分でした。

石炭火力発電所は、仮に最新の対策を用いても汚染物質をゼ

ロにすることはできませんが、汚染除去技術を持ちながら、

それを採用せずに「クリーンだ!」と宣伝するとは、さすが

にひどい話です。

(55~57p) 

  

この話が本当なら、途上国のことを軽く見た行いと

考えられます。

日本ではできないけど、途上国なら造ることができると

考えているなら、残念なことです。

さらにこんなことが書いてありました。

  

日本の官民が支援している途上国への石炭火力発電事業は、

現地住民の生計手段の喪失や周辺環境の破壊、健康被害、人

権侵害などのさまざまな深刻な環境社会問題も引き起こして

います。

途上国では、石炭火力発電所の建設予定地の土地を確保する

ため、住民が強制的に立ち退きを迫られたり、建設に反対す

る住民が警察や軍に抑圧されたり、長期間にわたって不当に

勾留されたりする例もあります。例えば、日本が支援するイ

ンドネシアのバタン石炭火力発電所の計画をめぐっては、イ

ンドネシア国家人権委員会も地元住民に対する人権侵害を問

題視し、2013年に「売却教養につながる警官、国軍兵士

の交渉からの撤退」を勧告しました。地元住民が来日して直

接の訴えも行いましたが、JBICや事業者の伊藤忠商事と

電源会社からは適切な対応が結局取られませんでした。また、

建設後に農業や漁業を営む住民の生計手段が失われたり、石

炭火力発電所からの汚染排出で周辺環境が破壊され、十分な

補償が行われていない場合もあります。

このような人権侵害や環境破壊の問題は日本の国会でもたび

たび問題にされていますが、方針を改める様子がないのは、

とても悲しいことです。

(57~58p)

  

本当なら悲しいことです。日本側にも、

受け入れるインドネシア側にも問題があるようです。

  

実際にバタン石炭火力発電所の名前が出てきたので

調べてみます。

2020年1月14日 (火)

東栄町の中心街本郷の古い写真

今日は令和2年1月14日。

  

「澤田久夫写真集 奥三河物語

(監修・執筆:鈴木富美夫/樹林舎)を見ました。 

  

私は愛知県のなかでも海に近いところ出身です。

同じ愛知県の山間部は縁のないところでした。

その山間地「奥三河」の東栄町が新任の地となり、

いきなりたくさんの縁ができて今に至っています。

 

この本も、その縁あってこそ借りた本です。

 

1枚だけ、ここに転載します。

Epson214  

東栄町の中心街の写真です。

昭和30~40年代の写真だそうです。

私が新任の頃(昭和50年代)は、

このレンガ造りの建物はありましたが、

郵便局ではなくて銀行でした。

  

今はどうか?

 

う~ん、今はどうなっていただろう?

  

東栄町に行くことはあっても、現在はバイパスができて、

この中心街を通らないので、

今はどうなっているか覚えがありません。

今度行った時には、ぜひ確かめたいです。

  

そのため、この写真はここにキープしておきたかったです。

同じ角度で写真を撮って、

比較してみたいです。

復職に向けての活動が始まる

今日は令和2年1月14日。

  

昨日教頭先生から電話があって、

今朝8時30分に勤務校に出かけることになりました。

いよいよ復職に向けての活動が始まりました。

復職プログラムの打ち合わせです。

目標は4月からの復職です。

7カ月と10日ぶりの勤務校です。

  

教頭先生からの電話を受けてからの気持ちを

書き残しておきたいです。

  

幸いなことに、いやだなあという負の気持ちは

ほとんどなかったです。

毎週登山をしてきたのに、体重が減らずに、

太ったねと言われるのがいやだなあというくらいです。

  

ずっと着ていなかったワイシャツはきつくないか。

ネクタイはちゃんと締められるか?

スラックスははけるか?

ジャケットは小さくなっていないか?

そんなことも心配しましたが、

昨晩から洋服ダンスにあるのを確認して、

今朝は起床後すぐに着てみました。

ワイシャツはゆったり着ることができました。

ネクタイも手が締め方を忘れていませんでした。

スラックスもきつくないです。

体重が増えたのは、筋肉増が理由だと思いたいです。

  

久々の勤務校で、緊張感はあります。

ドキドキです。

校長室に行くまでに、学級の前の廊下を通ります。

どんな顔をして歩こうか?

  

昨晩の寝るころになって、

「さあまた仕事ができるぞ!」という気持ちが湧いてきました。

心が前向きになっている自分にちょっとビックリ。

7カ月間充電することができたエネルギーのおかげでしょう。

  

  

勤務校の近くに行くことすら、ずっと私にはタブーでした。

近づけば体調不良に陥っていました。

でも今日は思ったよりも楽に入っていけそうです。

家を午前8時15分頃出ます。

  

 

最近の写真

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楽餓鬼

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