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2018年12月 9日 (日)

落語【夢の皮財布】を聞く

 

今日は12月9日。

  

前投稿に引き続き、落語を聞いた話。

今回、名古屋で行われた第9回「教育と笑いの会」で、

落語を生で聞くことができました。

柳亭小痴楽さんに続いて、

桂雀太(かつらじゃくた)さんの

「夢の皮財布」を聞きました。

全く知らないお話だったので、

次はどうなる?と思いながらドキドキして見ていました。

途中からこれは人情噺だと思い、

ラストの一言はいいなと思いました。

「また夢になるといけねえ」

この一言を言うが為に、それまでの長い話が

用意されていると思いました。

  

「夢の皮財布」は江戸落語の「芝浜」が元の話であって、

財布を拾った場所を芝浜から、

住吉(現在の大阪市)の浜に置き換えた噺だそうです。

「芝浜」と聞いて、

おや?最近聞いたことがあるぞと思いました。

半月ほど前に見たドラマ「昭和元禄落語心中 6 心中」

(NHK 11月16日放映)でした。

ここで、二代目助六が再起を期して語った演目が、

「芝浜」でした。

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ドラマでは全てが語られていなかったので、

話が見えていませんでした。

雀太さんの落語で、話の内容がわかると、

二代目助六が涙を流しながら語る台詞

「俺が甲斐性がないばかりに、おめえに辛い思いをさせたな」

「俺が馬鹿だった」「おめえは悪くないよ」

「俺が悪かった」「勘弁してくれ」がよりジーンときます。

Rimg1099

Rimg1100  

もう1回やり直そうと思う(会場の片隅で聞く)みよ吉さんへの

メッセージだったのですね。

  

ネットでは雀太さんの「夢の皮財布」は聞くことはできません。

でもいろいろな「芝浜」を聞くことはできます。

アニメ「昭和元禄落語心中」での「芝浜」はここ↓

昭和元禄落語心中 助六芝浜

 

三代目桂三木助さんの「芝浜」↓


YouTube: 桂三木助(三代目)師匠の落語「芝浜」

 

立川談志さんの「芝浜」↓


YouTube: 立川談志 芝浜*

 

三遊亭圓楽さんの「芝浜」↓


YouTube: 三遊亭圓楽 芝浜

  

三代目古今亭志ん朝さんの「芝浜」↓


YouTube: 三代目古今亭志ん朝 - 芝浜

  

そしてもう一人。

柳家小三治さんの「芝浜」↓


YouTube: 落語 「芝浜」 柳家小三治

たくさん集めました。

少しずつ聞き比べをしよう。

  

2018年12月 8日 (土)

落語【佐々木政談】を聞く

今日は12月8日。

  

1週間前に落語を聞く機会がありました。

柳亭小痴楽(りゅうていこちらく)さんの

【佐々木政談】を聞きました。

小痴楽さんの同じ話をyoutubeで聞くことができました。


YouTube: 【佐々木政談】 柳亭小痴楽

Photo  

落語の後の座談会で、

小痴楽さんが親が落語家だったと言っていました。

小痴楽さんの生い立ちが知りたくなりました。

Wikipediaによると・・・

1988年12月13日生まれの29歳。

3代目柳亭小痴楽。

5代目柳亭痴楽の次男。

5代目柳亭痴楽は2009年に57歳で亡くなっています。

その痴楽さんは、元プロ野球選手の張本勲さんに顔が似ていることから、

物まねでテレビ出演していたとのこと。

調べよう。

Img_news 四国新聞社

いい顔をされています。

2005年に脳卒中で倒れ、

2009年に腎不全で亡くなっていました。

物まねの姿は見つけることはできませんでした。

  

話は小痴楽さんに戻ります。

Wikipediaから引用します。

  

2005年(平成17年)、16歳の時、

入門を申し出た途端に父が病に伏したため、

2代目桂平治(現:11代目桂文治)に前座修行に預けられ、

桂ち太郎で初高座。

2008年(平成20年)、寝坊癖を理由に破門され、

父の門下に移り 柳亭ち太郎と改める。

2009年(平成21年)、父・痴楽の没直後の二ツ目昇進を期に

3代目小痴楽を襲名し、同時に父の弟弟子・柳亭楽輔の門下となった

2011年(平成23年)、第22回北とぴあ若手落語家競演会奨励賞を受賞。

2015年(平成27年)10月、平成27年度NHK新人落語大賞 決勝進出

2017年7月から、NHK教育TVの『落語ディーバー!~東出・一之輔の噺のはなし~』に出演。

  

  

寝坊癖で破門。やっぱりここに注目してしまいます。

なるほど、そんな雰囲気は感じました。(失礼ながら)

NHKの番組に出ていたんですね。

録画はしてあるけど見ていなかった番組。

これを機会に見たいです。

 

もうじき30歳というのは、

私が見た高座でも小痴楽さんは話をしていました。

会場からおめでとうの拍手がありました。

その時に、小痴楽さん、楽しいことを言って、

さらに笑いと拍手をもらっていました。

何と言ったけな。

「30歳になるだけで拍手をもらえる」だったけな。

拍手が必要な落語家にとって、

簡単にもらえる拍手を揶揄したような語りでした。

  

【佐々木政談】は小気味よく、楽しく聞けました。

まだ若い人なので、こどもの役も違和感なく聞けました。

さっそく録画した番組を見たりして、

縁のあった小痴楽さんの落語を楽しんでいきたいです。

2018年12月 5日 (水)

今日は出張 そしてiPad Proが届く日

今日は12月5日。

 

今日は出張で津島市に行きます。

人権週間に人権教育関連の出張です。

同じ県とはいえ、けっこう距離があるので、

2時間目まで授業をして、学校を出発します。

晩に帰宅した時に楽しみがあります。

注文してあったiPad Proが届く予定なのです。

楽しみです。

今まで使ってきたiPadは、2015年7月に購入しました。

ここでも道草 8月6日に向けて、タブレット端末の勉強(2015年7月21日投稿)

iPad背面には、「これで道草しています」と刻印してありました。

その通りで、授業では常にタブレットを持参して、

いろいろなことを試すことができました。

いろいろ道草してきました。

2代目タブレットにも期待したいです。

大金をはたいているわけだから、

その分は楽しみたいです。

すでに付属品のApple PencilとSmart Keyboard Folioは

先着で届いています。

Photo アップルストア

 

iPadのカバーが、キーボードになるのがとっても魅力です。

今まで、iPadでブログに投稿することはありませんでしたが、

これからはやることになるかな。

いつでもどこでも投稿。

そんな生活が始まるかも。

  

そうだ、この機会に、こんなのに挑戦予定↓

Apple Teacher

Photo_2  

iPadの機能を使い切るには、ここで学ぶのもいい。

  

  

1日頑張ってお仕事をして、

晩に少しはiPad proをいじくりたい。そんな1日。

  

  

2018年12月 3日 (月)

キリマンジャロの標高は5895m?

今日は12月3日。

  

忙しくても道草。

  

今日は授業で、キリマンジャロの標高を生徒と調べました。

ズレがありました。

資料集や地図帳には5892mとあり、

教科書は5895mでした。

Wikipediaを調べたら5895mでした。

このズレは、どうしてなのか?

 

資料集の標高の出典は「理科年表など」とありました。

他のものは出典がわかりません。

  

さあ困った。

そんな時、キリマンジャロ登山を報告しているブログに出合い、

読みました。このサイトです↓

daiki55.com 見たら絶対行きたくなる!5895mキリマンジャロ頂上の絶景!

 

記事のタイトルに「5895m」が書かれています。

標高を記事のタイトルにしたのは、

キリマンジャロの頂上にある看板のためでしょう。

上記ブログの写真を掲載します。

  

Photo  

この看板に「5895M」とあるのです。

  

2015年1月の写真です。

頂上にそう書いてあるのなら、まあ5895mでいいのかなと思います。

  

グーグルアース キリマンジャロ

↑ これを見ると、キリマンジャロが火山だとよくわかります。

先ほどのWikipediaによると、

山脈に属さない独立峰では世界で最も高いそうです。

看板にある

WORLD HIGHEST FREE STANDING MOUNTAIN

は、そのことを書いているのでしょう、きっと。

  

2018年12月 2日 (日)

マゼランとマゼラン雲との関係は?

今日は12月2日。

  

いかんなあ、マゼランのことで道草が止まらない。

前投稿に引き続き、マゼランのこと。

  

授業で、「太平洋記念日」「マゼラン」のことを

紹介した後に、生徒から

「マゼラン雲ってありますよね。

マゼランと関係があるんですか?」と尋ねられました。

「きっとあると思うよ」

「ぜひ調べてきてよ」と言いました。

  

その子に調べることを任せたいところですが、

私も、好奇心に負けて調べてみました。

  

マゼラン雲はアニメ「宇宙戦艦ヤマト」で登場しています。

宇宙戦艦ヤマトが目指したのは、

「大マゼラン星雲」にあるイスカンダル星であり、

それを阻止しようとするガミラス帝国の主星ガミラス星も

大マゼラン星雲にありました。

 

マゼラン雲としてWikioediaに次のように書いてありました。

  

銀河系の近くにある2つの2銀河、

大マゼラン雲 と 小マゼラン雲 の総称である。

(中略)

希に、マゼラン星雲 、マゼラン銀河 とも。

(中略)

ヨーロッパ人に知られるようになったのは、

1519年から1522年のフェルデイナント・マゼランによる

世界一周航海に参加したヴェネツイアの

アントニオ・ピガフェッタが記録してからである。

世界一周の航海においては夜も航行しつづけるわけで、

夜間でも進行方角や自船の位置を確認する必要があるわけであるが、

(北半球では北極星を見つければよいのだが、

南半球で緯度が低くなるにつれて北極星は見えなくなるので)

マゼランらは夜空の星々の中に白っぽい星雲(マゼラン雲)を

見つけることでそれを行った、と記されているのである。

ただし、当時は無論「マゼラン雲」とは呼ばれておらず、

この逸話にちなんでその星雲に「マゼラン」の名が

冠されるようになったのはかなり後のことである。

  

111129_m NATIONAL GEOGRAPHIC 天の川と彗星とマゼラン雲

写真の右側、上にあるのが大マゼラン雲。

下にあるのが小マゼラン雲。

  

マゼランとマゼラン雲は関係があるとは思っていましたが、

このような関係であったのかは、予想外でした。

面白かった。

  

明日は生徒の調べを聞いてみよう。

 

今朝は朝からマゼランで道草しました。

Ferdinand_magellan マゼラン Wikipedia

  

  

 

2年後の11月28日が楽しみ/「マゼランの未知なる大陸への挑戦」

 

今日は12月2日。

  

前投稿に続いてマゼランのこと。

 

11月28日「太平洋記念日

マゼラン海峡から太平洋に出た

1520年11月28日にちなんだ記念日。

よく年数を見てください。

あと2年後・・2020年11月28日。

それはちょうど500年!

2年後はきっと太平洋が(ヨーロッパ人に)発見された日から

ちょうど500年ということで、

今年以上に世間が大騒ぎしている気がします。

その頃はきっとまだ社会科教師。

授業で熱く語っているだろうなあ。 

次の曲を流しながら・・・ 

 

  

マゼランについて調べていて出合った曲です。

 海上自衛隊東京音楽隊 Tokyo Band マゼランの未知なる大陸への挑戦
YouTube: 海上自衛隊東京音楽隊 Tokyo Band マゼランの未知なる大陸への挑戦

  

参考:吹奏楽マガジン BAND ROWER 富樫哲佳の吹奏楽曲でたどる世界史

「吹奏楽曲でたどる世界史」・・・魅力的なタイトルです。

「1812年」を思い出します。

ここでも道草8年ぶりの「1812年」/私にとって縁のある曲(2018年11月10日投稿) 

上記「吹奏楽マガジン」から一部引用します。

  

 

近年、これほど中学・高校の吹奏楽部を中心に、

絶大な人気を得ている曲はない。

各地のコンクールで演奏されているようだし

(すでに全国大会にも2回、登場している)、

さるアンケートでも「邦人吹奏楽作品・人気ランキング」で、

堂々1位を獲得しているほどだ。 

演奏はなかなか大変だが、とにかくカッコイイ曲である。

おおむね急~緩~急~緩/終結部の4~5部構成。

まるで写真集のページを次々とめくるように、

場面が変化して行く。

予備知識なしで、ハリウッド歴史大作映画のサントラとして

聴かされたら、誰でも信じてしまうだろう

(私見だが、≪パイレーツ・オブ・カリビアン≫より

ずっとカッコイイと思う)。中間部の優しげな部分も、たいへん美しい。

文字通り、マゼランの魂が地球のあちこちを飛び回るような

ムードがある。アイリッシュ・ダンス風の部分もある。

クライマックスでも、ケルトの味わいが一瞬見え隠れするので、

もしかしたら作曲者は、マゼランをアイルランドの地へ

行かせたかったのかもしれない。

終結部の盛り上げ方なども、見事のひとことに尽きる。
 
作曲者・樽屋雅徳は、武蔵野音大作曲科卒業。

作曲・編曲のほか、吹奏楽指導も手がけている。

この≪マゼランの未知なる大陸への挑戦≫のほか、

≪マリアの七つの悲しみ≫≪ラザロの復活≫≪絵のない絵本≫

≪星の王子さま≫≪民衆を導く自由の女神≫など、

歴史・文学を題材にした作品が多く、若手注目株ナンバーワンである。

  

作曲をした樽屋雅徳(たるや まさのり)さんは、1978年生まれ。

40歳かな。 

またこの曲について、勤務校の音楽の先生と話してみよう。

 

この1曲で出合った「富樫哲佳の吹奏楽曲でたどる世界史」

はじめに」にこのようなことが書いてありました。

 

なぜか吹奏楽曲には、有名史実を題材にした曲がたくさんあります。

それらがどんな出来事だったのか、なぜ吹奏楽曲になったのか、

そして、演奏する際にどんな気持ちになるべきなのか…

そんなことが、少しでも皆さんの参考になればと思い、

このような連載を始めることにしました。 

また、この連載は、吹奏楽を知らない方々にこそ、

ぜひ読んでいただきたいと思います。

世界中の作曲家たちが、「吹奏楽」なる表現形態で、

これほどたくさんの有名史実を音楽化していることに、

きっと驚かれるでしょう。

 

中には「こんな作曲家、聞いたことないぞ」

「こんな曲、CDになってるの?」

「いったい、どこで演奏されているんだ?」

と感じる方もおられるはずです。

しかし、どれも、楽譜が発売され、CD化され、

コンクールやコンサートなど、

様々な場所で演奏されている曲がほとんどなのです。

つまり「吹奏楽」とは、これほど貪欲に広範に、題材を求め、

次々と新作を生み出している、パワー溢れる楽しい世界なのです。

そんなことを、ぜひ多くの方々に知っていただきたいと思います。

  

なお、私は単なる「吹奏楽好き」な「道楽者」の

音楽ライターでして、専門の音楽教育を受けたわけでもなく、

ましてや世界史の専門家でもありません。

よって、この連載で真面目に世界史を勉強しようなどとは、

くれぐれも考えないで下さい(そんな人、いないか)。

  

  

いやいや、ここに、社会科の授業で使えないかと

思っている人がいますよ。

富樫哲佳の吹奏楽曲でたどる世界史」の連載は、

64回!ここで一覧を見ることができます↓

Photo_9 「吹奏楽曲でたどる世界史」

当然ドレーク海峡を知らず、マゼラン海峡で太平洋へ

今日は12月2日。

  

11月28日は「太平洋記念日」でした。

今日は何の日~毎日が記念日~11月28日には、

次のように書いてありました。

 

1520年のこの日、ポルトガルの航海者マゼランが、

後に「マゼラン海峡」と命名される

南米大陸南端の海峡を通過して太平洋に出た。

天候が良く平和な日が続いたため、

この海をPacific Ocean(平和な・穏やかな大洋=「太平洋」)と名附けた。

マゼラン自身はフィリピンで原住民に殺されたが、

彼の船は初めて世界を一周して帰国し、地球が丸いことを証明した。

  

先日の授業で、このネタで「今日は何の日」クイズをしました。

今回注目したいのは、マゼラン海峡とドレーク海峡の位置です。

 

マゼランの世界一周コースは、下の地図を参照。

Photo コトバンク 出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)

  

マゼランは、1519年に5隻237人で

ポルトガルを出港して、大西洋を横断。

南米大陸ブラジルの海岸沿いに南下しながら、

西側に抜ける水路を捜しました。

広大なラプラタ川河口ではその水路を発見したと喜びましたが、

遡っても河であったことが判明しました。

Photo_2 Yahoo!地図

青い印が、ラプラタ川河口です。

参照:世界史の窓 マゼラン

 

そして、マゼランは後のマゼラン海峡を発見して、

太平洋に出ます。

Photo_3 講師のネタ帳365

水色の点線がマゼランの航路。マゼラン海峡です。

 

面白いのは、マゼランがもう少し頑張って南下したら、

南米大陸は終わりであって、ぐるっと回りこんで

太平洋に出れるということです。

なぜそうしなかった?

 

それは南米大陸の地図を見ているから言えることです。

マゼランの時代、そんな地図はありません。

まだ大陸は続くと考えていて、

発見した水路で西側の海に出ることを

必死に目指しました。

そりゃそうだ。

 

南米大陸の南端と南極大陸の間は、

ドレーク海峡と言います。

マゼランは、ドレーク海峡まで行かずに、

マゼラン海峡を通解したのは、正解だったかもしれません。

ドレーク海峡は世界一の幅を誇る海峡ですが、

危険たっぷりの海峡だそうです。


YouTube: 世界で最も危険な水域ワースト10

「世界で最も危険な水域」のワースト2がドレーク海峡でした。

Photo_4

Photo_5

Photo_6

Photo_7

Photo_8  

ドレーク海峡を通過する船は、

いたるところに出現する氷山、

130km/hにまで達する暴風。

流れの早い海流、そして鹿不良といった

様々な試練を乗り越えなくてはなりません。

パナマ運河を使用する以前のマゼランの時代から、

ドレーク海峡は船を転覆させ続け、

文字どおり船の墓場となっているんです。

  

正確に言うと、「マゼランの時代」は違うかな。

「マゼラン」がマゼラン海峡を通過したのが、

1520年の11月28日。

イギリス人の探検家ドレークが、

海峡を発見したのは1578年。

50年以上のズレがあります。

 

 

  

マゼランは太平洋を横断して

フィリピンまでたどり着きますが。 

その地で、戦死してしまいます。

しかい、部下が航海を続け、

1522年にポルトガルに戻ってきました。

その時に船は1隻、人数は18人でした。

 

ほとんどの生徒は、マゼランを知りませんでした。

マンガ「ワンピース」に出てくるマゼランを知っていました。

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私たちの世代とは、知る順番が逆でした。

 

つづく。  

 

2018年12月 1日 (土)

視力の復活/今日は落語を聞いてきます

今日は12月1日。

  

11月末はあわただしく、”道草”を後回しにしていたら、

4日間も間が空いてしまいました。

今日は”道草”する!

書きたいこと、書き留めておきたいことはたくさんあり。

その中から・・・

そうだ、うれしかったこと。

昨日は人間ドッグに行って、いろいろ検査を受けてきました。

うれしい結果が出たのは、視力検査。

かつては、両目とも視力2.0を記録したのですが、

老眼が進み、老眼鏡なしではすまない生活になってから、

視力もがた落ち。

近くだけでなく、遠くも見えないなあ~

年だからしょうがないかと思っていました。

  

ところが、昨日は「視力検査表」の下の方が、

最初はボケていましたが、ス~とピントが合って、

見えるようになってきたのです。

一番下のランドルト環の切れ目が見えて、少々興奮しました。

全く期待していなくて、

どうせ加齢現象を突きつけられるとおもっていたのに、 

予想外の展開。

結果は右目が1.5・

左目が2.0!

やったね。

衰える一方だと思っていましたが、復活がありました。

 

自分の体の可能性を知って、うれしくなりました。

なぜ視力が復活したのか理由がわかりませんが、

ふだんの生活がプラスになったのでしょう。

よかった、よかった。

3485300x225 ちなみに、ランドルト環の「ランドルト」は、

考案者のフランスの眼科医エドマンド・ランドルトの名前にちなみます。

1909年に発表されたそうなので、

すでに100年以上使われている検査方法なのです。

   

  

自分の体が衰える一方ではなく、

もしかしたら改善されるかもと思えることは貴重。

身体を鍛え、もっと勉強もしたい。

  

今日は朝から部活動でしたが、

主顧問にお願いして抜けさせてもらいました。

今から名古屋に行って勉強してきます。

「教育と笑いの会」に参加してきます。

落語を教育に活かそうという会です。

どんな話が聞けて、体験ができるか楽しみです。

 

2018年11月26日 (月)

「バンコ」とは何だ?

 

今日は11月26日。

  

ひとつ調べ忘れをしていました。

「バンコ」です。

この記事の中に登場します。↓

ここでも道草 JICAの活動「Dream~みんなの学校が開く未来」その4(2018年11月25日投稿)

その写真を載せます。

Photo_28  

「バンコ」とは?

コトバンクによると、九州地方で使われる言葉で、

「腰掛け」や「ベンチ」の意味。

でも今回はこの意味ではおかしい。

 

いや、長い机や長い椅子の意味ならいいのか。

映像を見ると、確かにそのようなものである。

 

Wikipedia 縁台には次のように書いてありました。

  

九州各地に縁台を意味する「ばんこ」という方言形がある。

この語は、ポルトガル語 banco(英語のbench、bankと同語源)からの

借用語と見られ、縁台が外来であることをうかがわせる。

  

何と、BANK(銀行)の語源になったbancoから生まれた

「バンコ」が九州で使われているようです。

今回のJICAの動画に関わった人が、

きっと九州出身者であり、「バンコ」に慣れた人なのでしょう。

翻訳で、「ベンチ」ではなく「バンコ」を使った可能性あり。

もちろん、ニジェールで使われている言葉に「バンコ」が

あった可能性もあり。

真相はどうなのだろう?

  

 

「バンコ」を日常で使っている方、

このブログを見たら、ご意見ください。

JICAの活動「Dream~みんなの学校が開く未来」その6

 

今日は11月26日。

  

前投稿に引き続き、この動画↓の読み物化をしていきます。

  

  

動画の最初に出てきたハリマトゥ・ハディ(25歳)が、再登場です。

  

Photo_12

リマトゥ・ハディ:私は学校に入学した頃、

  ミミズが這ったような線しか書けませんでした。

  でも、学校で様々なことを学び、

  名前が書けるようになり、

  足し算を覚え、本も読めるようになって、

  どんどん世界が広がっていきました。

Photo_13

  そして私は、ひとつの「夢」を持ちました。

  それは学校に行く前には

  考えもしなかった「夢」でした。

Photo_14

  私は、そのために一生懸命勉強し

  名前も書けなかったあの頃から10年経ち、

  

  

  「夢」を実現しました!

Photo_15

  私は・・・教師になりたかったのです!

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子どもたち:先生!

ハリマトゥ・ハディ:次は、この子たちの番です。

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  さあ!授業を始めましょう!

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子どもたち:はい!先生!

Photo_19

  

  

Photo_20

ナレーター:これまで40000校にも及ぶ

  「みんなの学校」モデルを西アフリカ地域に普及させた

  「みんなの学校プロジェクト」

  地域住民、学校関係者、行政など学校を取り巻くみんなが一体となり、

  大勢の子どもたちに、学びの場を提供してきました。

  そして子どもたちは多くのことを学び、

  視野を広げ、将来の目標を見いだせるようになったのです。

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  「みんなの学校プロジェクト」は、教育へのアクセスや、

  質の改善によって、子どもたちに夢や希望を与えるとともに、

  学校を取り巻く人たちの信頼のネットワークを

  形作っています。

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Photo_27  

以上です。

12分12秒の番組を読み物化しました。

よく練られた構成の動画であったと思います。

少しアフリカの教育の実態が見えてきました。

もちろん、この動画だけでは不明な点があります。

より詳しく知りたくなりました。たとえば・・・

JICAは日本の団体です。

日本人がどのように関わっているのか知りたくなりました。

同じ頃に作られた動画があります↓

この動画は、今回読み物化した動画を補完していると思います。

日本人も登場します。

この動画も読み物化するといいのですが、

私には時間がないなあ。

 

 

小学校の教師をやっている間に、

疎くなっていたものは、世界情勢だと思います。

中学校の地理の内容です。

教材研究をしていて、それを痛感します。

私の知識や、ためてある録画番組は少々古いです。

  

今はアフリカの今を勉強中です。  

 

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