2019年12月10日 (火)

小説「出口のない海」⑤回天隊という紛れもない現実の中にいる

 

今日は令和元年12月10日。

  

前投稿に引き続いて「出口のない海」 (横山秀夫著/講談社)

から引用します。

ただ、まだ「出口のない海」を読んだことなくて、これから読

んでみたいと思っているのでしたら、私のブログを読むのを止

めた方がいいです。今から出撃シーンが出てきます。手に汗を

握る展開です。どうなるんだ!とドキドキします。すごい小説

なのです。私のブログを読んで、筋が見えてから読むとそこん

ところが楽しめません。止めましょう。

  

 

 

並木は聞いてみたくなった。

「沖田ーーーお前、早く出撃したいか」

真顔が向いた。

「もちろんです。明日行けと言われれば喜んで行きます」

「明日でもか」

「ええ。早ければ早いほうがいいです。それに、このままじゃ、

姉たちだって殺されてしまいますからね」

「ん。そうだな・・・・」

死ぬのは怖くないのか。喉まで出かかった質問を並木は呑み込

んだ。どれほど打ち解けても、それだけは言えない。たった一

つ存在する特攻隊基地のタブーだ。

(159p)

  

「死ぬのは怖くないのか」を言えない状態が続く生活。辛いか

ったろうなと思います。

  

  

歩数で測った線まで離れる。振り向いて、ポケットから寄せ書

きのボールを取り出す。親指と人差し指の間に挟み込む。

サイドスローからボールを送り出した。

ボッ。毛布がへこむ。

ボールを取りに行き、線まで戻り、また投げる。

ボッ。

死を覚悟した。自棄(やけ)っぱちに流れる時間も過ぎ去った。

しかし、だからといって送別会で流したあの涙が自分の本心だ

ろうか。

心静かに、そしてお国のためにと、喜んで死ねるだろうか。

ボッ。

送別会の涙は乾いていた。夢の中の出来事のように思える。

本当に死ぬのが恐くないのか。みんな、本当にそうなのか。

俺だけなのか・・・・。俺だけが生きることに未練を持ってい

るのか。

ボッ。

わかっている。もう生きることを考えてはいけない。確実な死

が約束されているのだから。

明日に夢を持ってはいけない。その夢はどう足掻(あが)いて

も実現できないのだから。

でも・・・・。

魔球を完成させたい。完成させてから死にたい。ちっぽけなこ

とでいい。自分がこの世に生きていたという証を残したい。

ボッ。

ーーーいいだろ、それぐらい・・・。

(164~165p)

  

先に出撃するの隊員たちの送別会に出席した並木は、

隊員たちの清々しい顔に感動して涙します。

その後の、シーンです。映画でもあったけな。

  

本当に上手な文章表現だと思います。

アプリ「OCR」を使えば、文章を写真に撮って、文字化でき

ます。でも、一字ずつうっていきたい文章なので、OCRを使

っていません。一字ずつうった方が、身になるという古い考え

の持ち主です。それと、労力がかかるので、本当に残したい文

章を精選できます。

  

 

並木も佐久間も回天隊という紛れもない現実の中にいる。恐い、

とひと言漏らしたら終わりなのだ。死にたくないと人に縋(す

が)ったら、もうこの現実の中にいられなくなってしまうのだ。

たとえ、地球上にどれほど自由で愉快で希望に溢れた世界があ

るのだとしても、たった今、ここに回天隊は存在し、並木も佐

久間もその只中にいる。男なら喜んで死ねという世界で、寝起

きし、飯を食い、息をしている。

(185p)

  

この文章を読んで思い出したのが、堀川城(浜松)を家康に攻

められて自害した土豪、山村修理の辞世の句。

ここでも道草 「直虎紀行」/堀川城跡 山村修理の辞世の句(2018年1月21日投稿)

  

「安穏に、くらせる人は、幸せよ」

  

世の中には安穏と暮らしている人はいるが、

今の自分は死ぬしかないことを言っていると思います。

それが現実。

それは運命なのでしょうか。

そこに至るまでは、自分で決断してきた積み重ねのはずですが、

死を目前とすると、こう思うだろうなと思います。

  

     

出撃の朝は明けた。微風。快晴。(中略)

美奈子がくれた千人針は行李の中に残した。弾に当たらぬお守

りは必要ない。自分自身がその弾なのだ。

部屋を出る時、誰かに呼ばれたような気がして振り返った。も

う二度と見ることのない空っぽの部屋が、故郷の景色のように

懐かしく感じられた。

(218p)

 

誰かに呼ばれたような気がして振り返った

こんな体験したよなあということを文章化してしまっています。

 

 

つづく

小説「出口のない海」④あまりに完璧な自爆特攻兵器

 

今日は令和元年12月10日。

  

前投稿に引き続いて「出口のない海」 (横山秀夫著/講談社)

から引用します。

   

馬場大尉が重々しく言った。

「天を回らし、戦局の逆転を図る。名付けて回天である。弾道

に搭載する1.6トンの炸薬は、いかなる戦艦、空母といえど

も一撃で轟沈(ごうちん)可能だ。この回天が何十基、いや何

百基と敵艦に襲い掛かり、ことごとく敵艦を海に葬るのだ」

大量の爆薬・・・・。潜望鏡・・・・。

並木はすべてを悟った。

ーーーそういうことだ。俺たちは魚雷の目になって敵艦に突っ

込むんだ。

(136p)

  

 

川棚の魚雷艇訓練所にいた頃、「震洋(しんよう)」という特

攻兵器を見た。ベニヤ板に貨物自動車のエンジンを取り付けた

だけの、お粗末な船だった。これに爆薬を積み込み、水上を走

って敵艦に突撃するのだという。ただし、そのまま自爆してし

まうのではなく、敵艦に接近したところで搭乗員は海に飛び込

んで逃げる。だから水泳の達者な者を搭乗員に選んでいる。そ

んな説明を聞かされた。

  

それは気休めには違いない。敵艦に接近してから海に飛び込ん

でも、爆発の威力から逃れることは難しい。しかも敵との戦闘

のさなか、味方のいる海岸に泳ぎつくなど不可能だろう。だが、

気休めとはいえ、ともかく建前は自爆兵器ではない。死を覚悟

して行く「決死隊」であっても、必ず死ぬ「必死隊」ではない。

同じようでいて、二つの間には天と地ほどの開きがある。

  

必ず死ぬとわかって行くのでは、もう人間ではいられない。そ

れは機械の一部だ。歯車だ。自分自身に対する確実なる死の宣

告は、人としての感情を捨ててしまわねば成立しえない。

やはり川棚にいた頃、回天は改良されているらしいとの噂を耳

にした。一型には脱出装置がないが、いま開発中の二型には付

いているのだという話だった。そんな根も葉もない噂に縋りつ

く思いでこの光基地に来た。だがーーー。

全ての希望は断ち切られた。回天は、あまりに完璧な自爆特攻

兵器だった。

(139p)

  

 


回天の形が、ほぼ魚雷であったことで、

「全ての希望は断ち切られた」のでしょう。

  

  

海がちかい。波の音が聞こえる。

ーーーなぜ、俺はこんなところにいるんだろう・・・・。

たった1年前にはグランドにいた。毎日みんなで野球をしてい

た。剛原や、小畑や、津田や、みんなで泥だらけになって白球

を追いかけていた。ボレロで冗談を言い合い、一球荘で喧嘩を

し、グラウンドで心を一つにした。なのに今は散り散りだ。み

んなバラバラにされて、自分一人ここにいる。一人で回天に乗

り、一人で死ぬ。

(140p)

  

並木の心の機微が、とても上手に表現されていると思いました。

死ぬほどの苦境ではなけど、辛い時にはこう思う時があります。

さすが、作家です。

  

  

並木と起きたが親しくなったのには、もう一つ理由があった。

いま二人の間をちょこまか行ったり来たりしている「カイテン」

である。

茶色の毛の子犬だ。まだ目が見えないようなのを沖田がどこか

らか拾ってきた。食糧事情が悪い昨今だ。犬にまで食べさせる

余裕はないと飼い主に捨てられたのだろう。カイテンという名

に並木は反対したのだが、沖田はひどく真剣な顔で言ったもの

だ。救国の兵器の名を付けてどこが悪いんですか。こいつだっ

てきっと喜びますーーー。

 

基地では誰もが「回天」をあまり口にしない。そもそも軍の機

密だから軽々しく口にできないし、だからではないが、普段は

「的(てき)」とか「艇(てい)」とか呼んでいる。心のどこ

かで、その名を避けているところがあるのかもしれない。回天。

それは死を意味する言葉でもあるからだ。

「カイテン、メシだぞぉ!」「おーい、カイテン、カーイテー

ン!どこだぁ!」

こうなるともう、回天は本当に救国の兵器なのだろうかと疑わ

しくなる。並木は内心苦笑しつつ、そんな沖田とともにカイテ

ンの世話をするのが日々の楽しみになっていた。

(157p)

 

とてもユーモアのあるエピソードだと思う。

実際にあった話なのか、横山秀夫氏の創作か。

ちなみに「漫画で読める 出口のない海」にはなかった話です。

  

  

つづく

小説「出口のない海」③ボレロを聴きたくなる小説です

  

今日は令和元年12月10日。

  

前投稿に引き続いて「出口のない海」 (横山秀夫著/講談社)

から引用します。

  

並木は首を傾げた。マスターが赤いベストを着ていなかったか

らだ。

(マスター)「何だい?」

不思議な気がした。2年半もボレロに通いつめていて初めて目

にする(マスターの)ワイシャツ姿・・・。

並木は聞いてみたくなった。

「ねえマスター、前に、目立つから赤いベストを着てるんだっ

て言いましたよね?」

「そっ、目立たないと迷子になっちゃうからね」

「迷子・・・・?」

「僕は広島生まれでね」

ポットを傾けながら、マスターは意外な話を始めた。

「5歳の時、日清戦争に出征する父を宇品港まで見送りに行っ

たんだ。父の好物のおはぎをたくさん抱えてね」

マスターはヒロ坊と呼ばれ、父にすごく可愛がられていたという。

 

その日、宇品港は出征する兵隊と見送りの家族でごったがえし

ていた。母に手を引かれてやってきたヒロ坊は、はしゃいでい

るうちに迷子になってしまった。父と母は出会えたが、ヒロ坊

を探し回り、1時間の面会時間は瞬く間に過ぎてしまった。父

は好物のおはぎに手もつけず、母と話らしい話もしないまま、

引き裂かれるようにボートで輸送船へ向かった。ヒロ坊を頼む、

ヒロ坊をよろしくな。そればかりを繰り返し母に言いながら。

 

輸送船が出航した後、ヒロ坊を見つけた母は悔し涙を浮かべて

言った。目立つ服を着せとけばよかった。もっと目立つ服をーー。

「僕にはなんのことかわからなくてね、父が食べなかったおは

ぎを腹いっぱい食べてご機嫌だった」

二人は黙した。小畑は洟をすすっていた。

並木はマスターを見つめた。

「お父さんとは・・・?」

「それっきりだったね。1年ぐらいして戦死の報せがきたよ」

体の芯を貫くものがあった。

昨日まで隣にいた人が明日にはいなくなる。それが戦争という

ものなのだろう。

マスターは、何事もなかったように、店の掃除を始めていた。

下手くそな舞姫のスケッチを収めた正方形の額を、丁寧に布巾

で拭いている。息を吹きつけたガラスに優しい顔を映している。

マスターは胸の中の思いを言わなかった。言いそうでやはり言

わなかった。

だが、聞こえた。

戦争なんて勇ましくも男らしくもない。ただ、悲しいだけだー

ーー。

(89~91p)

 

マスターの赤いベストの逸話は長くても引用したかったです。

「まさか、あれが最後の対面だった」という別れが、戦争中には

たくさんあったのだと思います。

死があっけなくやってきてしまうのです。

  

  

マスターは額(がく)の裏側の留め金をはずし、慎重な手で中か

らスケッチを取り出した。いや・・・。

それはただのスケッチ画ではなかった。やや厚みのあるレコード

のジャケットだった。マスターの手がくるりと裏を返す。

「ボレロ・・・」

美奈子が呟いた。

ラヴェルのボレロ。並木にもすぐにそうだとわかった。裏だと思

った面が表だった。舞姫のスケッチは、ボレロのレコードのジャ

ケットの、何も印刷のない真っ白い裏の面に描かれていたのだ。

並木は呆然とした。空転する頭の中で、しかし、霧が晴れるよう

に喫茶ボレロで一番の謎が解けていく。

「特別な時にかけるんだ」

そう言って、マスターは蓄音機の埃を払い、ネジを巻いた。

レコードが回り出した。

(111p)

 

「ボレロ」という喫茶店なのに、「ボレロ」が流れたことがなか

った喫茶店。出征する並木と見送る美奈子のために、特別に「ボ

レロ」が流れました。

  

並木がずっと聴きたいと思っていたボレロだ。美奈子がずっと聴

かせたいと思っていたボレロでもあった。

(112p) 

 

みんな娑婆っけたっぷりに「ジャズが聴きてえなあ」などと口に

する。並木はボレロだ。ああ、ボレロを聴きたいなあ、と思う。

美奈子の手紙を読み、美奈子に手紙を書く。その時だけ、胸にボ

レロが流れる。いっとき、軍隊のことも戦局のことも頭から消え

てなくなる。

(119p)

「頭の中」に流れるのではなくて「胸」に流れるんだ。

彼女の手紙を読んだり、彼女への手紙を書く時だから、

やっぱり「胸」なのでしょう。

  

この小説の中で、ボレロは時々出てきます。

死ぬ直前に並木がきいたボレロは、女教師が特攻兵の並木のため

に、オルガンで一生懸命に引いたボレロでした。ボレロが聴きた

くなる小説です。

 

 

並木が「回天」を初めて見た時のこと。

  

黒い物体が目に入った。その瞬間、ふと眩暈がして視界が暗く

なった。並木が目を瞑(つぶ)った。小さくかぶりを振り、そ

して、ゆっくりと目を開いた。

ーーーこれか・・・・。

知らずに拳を握り締めていた。

回天が眼前にあった。丸みのある弾頭が鈍く光っている。長い

胴体。前の方が太く、後ろ半分はやや細い。大きな魚に小さな

魚が後ろから突っ込んだような格好だ。二連のスクリューが尾

鰭(おびれ)のように目に映る。

魚雷だ。形そのものは魚雷に違いない。だが、それは巨大な棺

桶に見えた。鉄の棺桶ーーー。

(135p)

 

このページで、初めて回天が姿を現します。

そして何度も登場人物をのみ込んでいきます。

2019年12月 9日 (月)

小説「出口のない海」②古典的なセリフと出合ったのは、きっとこの本

今日は令和元年12月9日。

  

長野のことを書きたいけど、

明日までに本を返さなくてはなりません。

出口のない海」 (横山秀夫著/講談社)から引用します。

  

美奈子を送る並木。

 

「あ、もうここでいいです。ありがとうございました」

橋の袂(たもと)で、美奈子は深々とおじぎをした。そのまま

顔を見せずに小走りして、だが、すぐにスカートを翻した。

「古典的なこと言っていいですか」

「えっ?」

「私、ハダカ見られちゃったんですから、ちゃんとお嫁さんに

してくださいね」

(48p)

  

この古典的なセリフは覚えがあります。

この古典的なセリフに出合ったのは、15年前にこの本を読んだ

時だったのかなあ。

 

 

日本軍の快進撃は束の間の夢だった。

開戦から半年後の昭和17年6月、日本海軍の誇る航空艦隊が、

米海軍の機動部隊がミッドウェー海域で大敗を喫した。わずか二

日間の戦闘で虎の子の主力航空母艦六隻のうち、「加賀」「赤城」

「蒼龍」「飛龍」の4隻を失い、航空機322機と熟練した優秀

なパイロットの大半を海に散らした。

(70p)

  

社会科教師としては、小説を読みながらも歴史の復習です。

子どもの頃、日本の空母の写真が載った本を持っていて、その中で

「飛龍」がお気に入りでした。青っぽい本でした。あの本はどこか

にあるかな。

  

 

北が東京オリンピックのマラソンの候補選手だったという。誰もが

忘れてしまったが、日本では2年前の昭和15年に東洋初のオリン

ピックが開かれる予定だった。その東京五輪は日中戦争突入のあお

りであっさり中止が決まったのだが、中止決定の少し前、北はA大

競走部の監督に見込まれ、奨学金を受けて郷里の長野から上京した

のだという。

(72p)

  

このブログのネタで、幻の東京オリンピックのことは常連になって

きました。「あっさり中止」と書かれてしまったけど、大河ドラマ

「いだてん~東京オリムピック噺~」を見ていると、「あっさり」

ではないなと思います。

  

  

学生の身分ってやつが重たくなっちまったんだーーー。剛原の言葉

は誰の胸にも重かった。とりわけ、日ごろ勇ましいことを言ってい

た津田には堪(こた)えたはずだ。学生は戦争に行かずに済んでい

る。日本が勝ちまくっている間はそれでよかったが、戦局が怪しく

なってくるにつれ、徴兵猶予という特典は確かに後ろめたくもあった。

(86p)

  

「学徒出陣」は歴史的な出来事でしっているけど、当の学生たちが

どう考えていたかは詳しくは知りません。確かに、こう思うだろう

なと思って読んだところです。

  

  

今回はここまで。

午後9時から、ドラマを見ます。

  

小説「出口のない海」①12月8日 日本は冷静さを失っていた

今日は令和元年12月9日。

  

小説「出口のない海」(横山秀夫著/講談社)は図書館に

返す本です。手元に置いておきたい文章を書き留めます。

 

外野のほうでマネージャーの小畑聡が土埃(つちぼこり)を

舞い上げていた。ロイド眼鏡が鼻で弾むほど懸命に走り、

そうしながら両手をメガホンにしている。

「日米開戦だ!日本がハワイの真珠湾を攻撃したぞぉ!」

うおっ、と剛原は吠えた。

「ついにやったか!」

胸のすく思いがした。日中戦争は暗くジメジメした感じがして

嫌だったのだ。勝っているのか負けているのかよくわからない

ままだらだら戦っているし、そもそも相手は日本と同じアジア

民族ではないか。アメリカは違う。腹いっぱい食ってるくせに、

このうえ貧しいアジアを食い物にしようとしている列強だ。相

手にとって不足はないーーー。

(17~18p) 

  

 

1941年12月8日の出来事として描かれたところです。

こんなふうに思った人がいたのでしょう。

 

関連して、昨日12月8日の朝日新聞「天声人語」を書きうつ

します。

  

天声人語

古い文章を読んでいて、この書き手には未来が見えていたのか、

と思うことがある。武者小路実篤の「日米戦争はまさかないと

思ふが」も、その一つだ。日本が米英との戦争を始める17年

前、雑誌「文芸春秋」に載った。▼「恐ろしいことは中々(な

かなか)起(おこ)つて来ないやうに見えて平気で起つてくる

ものである」。そう書き出す文章は、日米戦争のうわさが出て

いることを懸念し、そんな戦争がいかにばかげているかを論じ

ている。▼いわく、日米が戦えば結果は明らかだ。米国も損を

するだろうが、一番ばかを見るのは日本だ。戦争は国を富ます

のではなく貧乏にするものだ・・・。「日本の運命は今実に大

事な時で、狂ひかけてゐるのを感じる」とも。▼真珠湾攻撃か

ら戦争が始まったのが1941年12月8日である。残念なが

ら、その時の武者小路に非戦論者の面影はなかった。「真剣に

なれるのはいい気持(きもち)だ。僕は米英と戦争が始まった

日は、何となく※昂然(こうぜん)とした気持で往来を歩いた。

と開戦直後に書いている。▼文豪の変わりようは、冷静さを失

った日本の姿そのものであろう。国力の差に対する懸念は、勇

ましい声にかき消された。言論弾圧そしてメディアの迎合によ

り批判は失われていった。不況や貧困に対処できない政治は信

頼を失い、軍人に光があたった。▼非戦論者としての武者小路

は「人間の殺しあいや、武力で勝負をきめるなぞと云(い)ふ

時代はもう過ぎてしまつていゝと思ふ」と述べていた。その理

想は今もまだ成し遂げられていない。

   

※昂然=意気の盛んなさま。自信に満ちて誇らしげなさま。

  引用:goo辞書

  

  

情報はいろいろなメディアから得ていこうと思いますが、

冷静さは失わないようにしたいです。

上記のような文章を読むと、あらためてそう思います。

「漫画で読める!出口のない海」は、小説「出口のない海」のダイジェスト版ではなかった

今日は令和元年12月9日。

  

15年ほど前に読んだけど、最近また読みたくなった本。

家の本棚で見つからず、図書館で借りて読みました。

81vefhksjnl amazon ※写真は文庫本。私が読んだのは単行本でした。

出口のない海」(横山秀夫著/講談社)

  

漫画本もあると知って、そちらも借りて読みました。

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漫画でよめる!出口のない海」(三枝義浩漫画/

横山秀夫原作/講談社)

  

私は、この2冊を読んでみて、先入観が崩れました。

小説「出口のない海」のダイジェスト版が「漫画で読める!

出口のない海」だと思っていました。

違いました。

  

出版の順番は「漫画で読める!出口のない海」が先です。

出版の経緯について、次のように書いてありました。

  

この作品は、横田寛(ゆたか)氏によって書かれた『ああ、

回天特攻隊』(光人社NF文庫)をもとに、追加取材のうえ、

脚本をおこし、1995年に漫画化したものです。

  

  

そして、小説「出口のない海」(2004年初版発行)の

出版の経緯は次のように書いてありました。

 

本書は’96年、マガジン・ノベルズ・ドキュメント『(漫

画で読める)出口のない海』(作/横山秀夫、画/三枝義

浩)として刊行された作品を全面改稿したものです。  

  

  

漫画で読める!出口のない海」を元に、より情景や心情を

詳細にして、ドラマチックにしたのが小説「出口のない海

だと思いました。2冊を比較して、横山秀夫さんの創作力の

すごさを感じました。

特に主人公並木浩二の心を揺さぶるライバル的な北勝也なんて、

どうしても気になる存在でした。

(それなのに、映画化された時には、北の存在は薄くなっていて

とても残念でした。限られた時間内で描かなくてはならない映画の

限界でしょうか)

2019年12月 8日 (日)

2019年冬長野(10)上山田温泉街にあった「井上靖の碑」

  

今日は令和元年12月8日。

  

長野県千曲市の足山田温泉街の地図を見ていて、

井上靖の碑」というのを見つけました。

最近、ブログで「天平の甍」の書いたりして、

関心が高まっていた井上靖。

こういうめぐり合わせは大事にしたいと思って、

見に行きました。

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潮が満ちて来るやうな そんな充(み)たし方で、

私は私の人生を 何ものかで充たしたい。

                  井上 靖

  

  

私も何かで充たしたい。

今、その何かは何か?と聞かれたら、

「道草」が浮かびます。

私の今までの人生で「道草」は大事な熟語です。

生き方を正当化してくれる都合のいい?言葉でもあります。

たくさん道草してきました。

今も長~い道草をしてます。

 

 

自問する機会を与えてくれた碑でした。

2019年冬長野(9)夕食は「おしぼりうどん」

今日は令和元年12月8日。

  

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長野県千曲市の上山田ホテルに泊まった晩は、寒かったです。

どこかで夕食を食べようと、街に出ました。

温かいものが食べたくて、「うどん」の看板を見て、

さっと入ったお店で食べたのが「おしぼりうどん

 

「おしぼりうどん」?

この名前を聞いて思い浮かべたのは・・・・

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でも違いました。

 

「ねずみ大根」という大根をおろして、

そこからしぼったとっても辛いしぼり汁で、

釜揚げうどんを食べるのです。

しぼり汁には味噌を加えて、辛みを調節します。

辛いのは得意と思っていましたが、これは辛かった!

やせ我慢せずに「辛い!」と叫び、

注いでもらった水を飲みました。

味噌をどんどん加えました。

少し辛みがまろやかになったので、ほっとして味を楽しみました。

予想外の辛さでした。

でもおいしくて、楽しかったです。

 

「ねずみ大根」は、なぜ「ねずみ」なのか聞きました。

大根を見せてくれました。

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こりゃあ「ねずみ」だ。

納得。

千曲市のとなりの坂城町(さかきまち)の名産だそうです。

坂城町ねずみ大根振興協議会

☝ ここから引用します。

 

坂城町は年間降水量が800mm程度と少ないため、主に

果樹栽培が営まれてきた経過からもお察しいただけるように、

野菜の適作地とは云い難い自然環境にあります。

そうしたなか、ねずみ大根は昔から「鍬で耕せば、火花が

出るような小石混じりの畑」が栽培に適しているとされ、

他の土地ではねずみ大根本来の形や風味は出せないとされています。

そのため、肉質は緻密で硬いため汁が少なく、舌触りが良好なため、

地元では漬け大根のほかに、おろし大根やそばの薬味、名物の

「おしぼりうどん」用の大根として親しまれています。

11月になるとねずみ大根自身が寒さから身を守るため、

大根内部に澱粉質をさらに蓄えるため、辛さ以外にも

奥行きのある味になります。これが坂城町で俗にいわれる

「あまもっくら」した味で、辛さの後からほのかに感じる甘さが

特徴です。そしてこの味を活かした食べ方は何と言っても

「おしぼりうどん」に尽きるでしょう。 

 

最後は甘さを感じることができたと思います。

 

私が食べたお店の名前は「澄銀」 

変わった名前なので、いわれを尋ねました。

澄子さんのお店だから「澄」

「銀」をつけると商売にはいいと言われて、

「澄銀」となったそうです。

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2019年冬長野(8)更埴IC~戸倉上山田間の難読地名

  

今日は令和元年12月8日。

  

長野県の更埴ICから、国道18号線で戸倉上山田温泉を

目指しました。その時に、交差点に掲げてある地名が、

ちょっと変わっているのが多いぞと思いました。

 

更埴ICから南下していくと、まず気になるのが「杭瀬下」

(くいせけ)です。(以下、写真は全てストリートビューです。)

Photo  

変わった名前です。

長野県は日本一 「あんずの里」千曲市、杭瀬下の謎!テンはどこに行った?

ここから引用します。

 

元々「杭瀬下村」があったのですが、その由来は、なんと、

  

千曲川の氾濫による水害が多く、杭をたくさん打ったから、

 

だそうです! (BY杭瀬下に住んでいる千曲市役所の方)

  

現在は排水ポンプなども整備されてそんな心配もありませんが、

  

その名残は、杭瀬下の消防団のハッピに残ってます。というのも、

  

ハッピの「杭」の字には、なべぶた(亠)の上の点がないそうです。

 

これは、水害で、打っても打っても杭が流されてしまったから! 

  

消防団の奮闘ぶりが、そんなところからも伺えます。

 

  

「埴生」(はにゅう)

Photo_2  

「はにゅう」は「羽生」と書くことがありますが、

ここでは「埴生」でした。

「埴土」は赤土のことらしいです。

  

「埴土のある土地、利用するところ」といった意味で、

「埴生(はにふ)」が転訛して、「はにう」→「はにゅう」となり、

あるいは短縮化されて「はふ」→濁って「はぶ」となった

引用:Wikipedia  

  

  

「打沢」(うっさわ)

Photo_3

これを「うっさわ」と読むのかと驚いた地名。

「うっさわ」「うっさわ」と運転しながら何度も声に出していました。

「千曲」が読めるあなたにも!千曲市にある地名の謎と難読地名を考える

☝ 私と同じく、国道18号線沿いの地名に興味を持ち、調べて

いる人のサイトに行きつきました。打沢について次のように

書いてありました。

  

発しやすさから言葉の間に「ん」や「っ」を入れる地名は少なく

ありません。由来は不明ですが、「沢を打つ」ニュアンスから

「杭瀬下」にも関係しているのでは?と考えました。

 

 

「鋳物師屋」(いもじや)

Photo_5

上記サイトには次のように書いてありました。

  

鋳物(いもの)とは、溶かした金属を型に流し込んで作った

金属製品。鋳物師(いもじ)とは、朝廷から認可を受けた鋳物を

扱う技師のことです。

鋳物師が集まって拠を構えた場所だったと推測できます。

  

 

 

さらに南下するとこの地名。これは難しい。

「寂蒔」(じゃくまく)

Photo_6  

上記サイトには次のように書いてありました。

  

寂しさを蒔くと書いて寂蒔。言葉自体は、ものさみしい状態を

表します。千曲駅の近くにある地名ですが、由来は調べても

分かりませんでした。元は「寂蒔村」、日本中を探しても

同じ地名は出てきません。

  

最後にこの地名。

「戸倉駅入口」(とぐらえきいりぐち)

Photo_7  

ずっと「とくら」だと思っていました。

「く」ではなく「ぐ」でした。

 

  

思えば、「千曲市」の「千曲」だって、「ちくま」とは普通は

読めませんよね。

千曲市は難読地名の多い場所のようです。

今回調べていて、また面白いことを知りました。

千曲市にある姨捨(おばすて!)SAには、

下のような看板があるそうです。「地名よめますか?」

Photo_8 毎日新聞

千曲市らしい看板です。

こたえはてんないGO

  

このサービスエリアに行って、見てみたいです。

2019年12月 7日 (土)

2019年冬長野(7)ドラマ「鉄道捜査官17」ロケ地巡り

  

今日は令和元年12月7日。

  

戸倉上山田は、ドラマのロケ地としても関心がありました。

ここでも道草 ドラマ「 鉄道捜査官(17)」より/戸倉上山田温泉(2017年6月17日投稿)

ドラマ「鉄道捜査官(17)」でのロケ地探し。

    

その1 ドラマシーン ☟

Rimg4745  

実際に行ってみました。☟

Rimg2141

Rimg2141a  

上山田ホテルのすぐ横でした。

  

  

その2 ドラマシーン ☟

Rimg4746  

これは「旅の宿 滝の湯」だったのですが、見つかりません。

何と、昨年の夏に名称が変わったそうです。

新しい旅館の名まえは「玉の湯」

その入り口です。☟

Rimg2149

Rimg2149a   

 

その3 ドラマシーン ☟

「滝の湯」にはこのようなテラスがありました。

Rimg4750  

そのテラスに行くであろうと予想される階段がありました。☟

Rimg2150

Rimg2150a  

今度、上山田温泉街に泊まる時には、「玉の湯」に泊まって確認したい。

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