2014年8月22日 (金)

夏らしい雲/キミヤーズ塾の宣伝/「文量」

 

今日は8月22日。

   

20日、21日と夏らしい天気でした。

入道雲もあり、空が夏らしかったです。

夕方の雲も、久々見ごたえがありました。

20日。

Rimg4363

Rimg4366  

  

21日。

Rimg4367   

  

20日はプール当番でした。暑かった。

日に焼けました

夏らしい天気に誘われたのか、たくさんの子どもたちがやってきました。

  

   

先日、村上公也先生の講義を受けましたが、

村上先生の「キミヤーズ塾」が9月に行われます。

宣伝しておいてねと言われましたので、ここでも宣伝します。

パンフレットの写真を掲載します。

20090101_00000031

20090101_00000032  

9月6日はもう満員。7日はまだ空席があるとのこと。いかがですか?

楽しいですよ。新しい発想させてもらえますよ。

  

  

昨晩はこのパンフをメールで送ったりしました。

その時に「文量」という言葉を使いました。

このブログでもちょくちょく使ってきましたが、まてよ、「文量」という言葉はあるのか?

と疑問に思いました。

他にも疑問を持つ人はちゃんといて、次のサイトに出ていました。

BIGLOBEなんでも相談室 文量は正しい日本語ですか?

  

「文章の量」の意味の「文量」

今は辞典に載っていませんが、これから社会的に認められそうな漢字熟語のようです。

私も遠慮なく使って、この言葉を広めていきたいです。

とても都合のいい言葉です。

  

  

さあ今日は管理当番だ。

2014年8月21日 (木)

「好きなことだけして生きていけ」引用3/人から学んだことを反芻するブログ

 

今日は8月21日。

  

前投稿に引き続き、「好きなことだけして生きていけ」(PHP研究所)から引用します。

  

ドロップアウトしても明るい顔をしていると、

ほどなくしていいことがおこるのだ。

これは本当の話だ。

(中略)

周囲も「あいつはふて腐れていないから、まだ大丈夫だ」と応援してくれる。

周囲が寄って集って、

「次はあなたが成功する番だよ」と背中をおてくれるのだ。

ふて腐れさしなければ、人生は終わらない。

ふて腐れずに明るい顔をしていれば、次の扉は開くのだ。(76~77p)

  

背中を押してもらっての成功なんて、最高ですよ。

  

  

少しうまくいかなかったくらいで、つい言い訳をしていないだろうか。

言い訳を飲み込んでみると、その瞬間はつらいかもしれない。

だが、あとから振り返ってみると、

「言い訳しなくてよかった」と心から感謝できる。

言い訳をしないだけで、本当は実力が向上するのだから。(137p)

  

言い訳はしないようにと思いつつも、してますね。

力アップのために言い訳封印です。できんことはない。

  

   

年齢とともに自分から会いに行くのではなく、

相手から会いに来てもらえるような存在にならなければ、

あなたは魅力不足だということだ。

魅力は一人の人間を大切にした人だけが身につけることができる。

今、目の前で会っている人を大切にし、

一人の時間で人から学んだことを何度も反芻する。

一人の時間を捻出したければ、好きなことを貫くことだ。

好きなことを貫けば、

人脈はガラガラと音を立てながら変わっていくだろう。(162~163p)

   

人から学んだことを反芻するのがこのブログ。

やっぱり時間をかけたいブログです。

  

  

 

  

  

  

  

「好きなことだけして生きていけ」引用2/”子どものようだ”と言われていない

  

今日は8月21日。

  

前投稿に引き続き、「好きなことだけして生きていけ」(PHP研究所)から引用します。

  

「別にどっちでも」というのは、自分では何も感じられない頭の不感症だ。

頭の不感症は、それはそれで楽チンかもしれないが、

放っておくとそれが癖になって、どんどん不感症が酷(ひど)くなっていく。(22p)

もし、あなたが本気で幸せな人生を歩みたいのであれば、

「こっちが好き」「どっちもイマイチ」というように、

好き嫌いをハッキリさせていくことだ。

もちろんそれが人を傷つける場合には、わざわざ声に出していう必要はない。

ただ自分の心の中だけは正直でありたい。

どんな些細なことでも好き嫌いをハッキリさせる習慣にすれば、

次第に感性は研ぎ澄まされていくだろう。(23p)

  

感性は研ぎ澄ませたいと思っています。

感じることは楽しいからです。

研ぎ澄ませるなら、そのやり方を実践したい。好きなものは好きだと言いたい。

 

  

  

自分で自分の人生を生きていける人間は、

「やらなかった後悔」ではなく、「やっちゃった後悔」をする。

死に際に「やっちゃった後悔」をする人が、幸せな人生を謳歌した人なのだ。(27p)

  

 

これは新任の時に、新任訓で習字の達者な教頭先生に書いてもらったものと

同じ内容です。

この考え方と、コンビニで買った本で出会いました。再確認。

  

  

今は「好きなこと=才能」とはハッキリしなくても、

必ず好きなことの周辺に才能があるものだ。(51p)

身近で一番よく観察しているのが、じつはあなたの母親だ。

母親は、幼少の頃からあなたの長所も短所も知り尽くしている。

多少親バカな部分もあるだろうが、あなたが真剣な眼差しで

「自分は何をしている時が一番輝いていたか?」

と質問すれば、真面目に答えてくれるだろう。

私も、母親から未来のヒントをもらった。(52p)

  

  

教育でも関係する内容です。母親と一緒に子どもの教育はやっていくべきですね。

開花させられるかも?できたら開花させたいとは思っている教師です。

  

  

 

「まるで子どものようだ」というのは、紛れもなく褒め言葉なのだ。

あなたは最近、「子どものようだ」といわれたことがあるだろうか。

思い出せないなら、かなり危険信号だと考えよう。(60p)

「まるで子どものようだ」といわれなくなったら人間はおしまいだ。

周囲から見て、それほど退屈な人間はいない。

退屈な人間には、人もお金も集まってこない。

もちろん、退屈になってしまった理由は

好きなことを放棄して生きてきたからだ。

「まるで子どものようだ」といわれるのを目標に、

熱中できるものを思い出そう。(60~61p)

  

言われていないなあ。

 

再放送のお知らせ/「好きなことだけしていきていけ」引用

 

今日は8月21日。

  

8月16日の晩11時から放映された番組「君が僕の息子について教えてくれたこと」は、

とてもいい番組でした。

毎週「ザ・テレビジョン」をチェックして、録画したい番組を探す作業が実を結んだと思いました。

自閉症に関する番組です。

近いうちに、このブログに印象に残ったことを書き記しておきたいと思っています。

再放送があることがわかりました。

みんなに宣伝したいと思います。

 

〇総合 8/28(木) 午前1:30~2:29 ※一部地域を除く
 

〇総合 9/13(土) 午後3:05~4:04 

  

夏休みに読んだ本。

  

ほとんど読みません。読み切りませんが、やっと読めた本について。

好きなことだけして生きていけ」(千田琢哉著/PHP研究所)

ビールを買いに入ったコンビニで見かけて買いました。

本のタイトルが魅力的でした。

  

好きなことの片鱗は、小学生の頃にすでやっている。

というタイトルの章がありました。

引用します。

  

小学生の頃、自分が没頭していたものが本当は好きなことなのだ。(55p)

 

  

これまでの人生で、他人の半分の努力で、

他人の倍以上の成果をあげられたことを思い出そう。

きっとそれに打ち込んでいる間は、我を忘れてのめり込んでいるはずだ。

それがあなたの伸ばすべき才能だ。(56p)

  

他人の倍以上努力して、やっと人並の成果をあげたことは忘れてもいい。

きっとそれに打ち込んでいる間は、

時間が経つのが遅く、とても辛く感じたはずだ。

それは他人に譲るべき才能だ。(56p)

  

  

人は強制されることは、

他のすべてを凌駕して嫌いになる本能があるからだ。(57p)

  

  

いいことを言うなと思いました。

  

じゃあ、私が小学校の頃からやっていたこととは?

書くことが好きでした。

文章を書くのが好きだったと思います。

小学生の頃はやっていませんでしたが、

高校生の頃は、友達と新聞を作っていました。

「銀バエ」という編集長のニックネームが新聞のタイトルでした。

勝手に始めて、勝手に発行していました。

その後、教師になって学級通信、社会科通信、部活動通信など書いていました。

このブログもその流れでしょう。

心に引っかかったことをどんどん書いていくのが、自分の才能だと思いたいです。

これが人生のプラスになっているかどうかはわからないけどね。

2014年8月20日 (水)

「ペリリュー」その9/アメリカ軍側からの上陸シーン

  

今日は8月20日。

  

ドラマ「ザ・パシフィック」より。

2011年制作のようです。

  

グッときたのは、アメリカ軍側から見た上陸シーンです。

  

Rimg4319

Rimg4320

Rimg4295

Rimg4296

Rimg4297

Rimg4298

Rimg4300

Rimg4301

Rimg4302

Rimg4303

Rimg4304

Rimg4305_2

Rimg4306_2

Rimg4307

Rimg4308

 眩しかった前方の風景。光に慣れると戦場が見えてきました。

ブルッと身震いするシーンです。

そして水陸両用の上陸艇は海に滑り降ります。

Rimg4309

Rimg4311

Rimg4312

Rimg4313

Rimg4314

Rimg4315

Rimg4316   

  

上陸艇を迎え撃つ日本軍側に立つことが多かったのですが、

上陸艇が船から出てくるシーンを克明に撮って、

アメリカ軍側の兵士の気持ちを感じたのは初めてだったかも。

アメリカ軍側には余裕があると勝手に思っていましたが、そうではなし。

生きるも死ぬも運しだいの戦場では、だれも余裕は持てないでしょう。

 

  

  

  

「NHKスペシャル 狂気の戦場ペリリュー ~”忘れられた島”の記録~」で

上陸時の実際の映像が紹介されていました。

上陸艇の壁の上かカメラだけを出して撮影したもの。

Rimg4322  

恐怖が伝わってきます。

 

  

以上で、「ペリリュー」のことは、一度中断します。

今晩にでも、「ザ・パシフィック」の第7章を借りてきて見ようと思います。

「ペリリュー」その8/34人は2年間洞窟に潜んでいた

 

今日は8月20日。

  

8月15日放映のドラマ「命ある限り戦え、そして生き抜くんだ」より。

  

ドラマの写真をいくつか載せます。

  

  

Rimg4412  

洞窟陣地。

  

Rimg4429  

洞窟を掘っているシーンもありました。

つるはしを使った作業。発破も使ったようですが、気が遠くなる作業です。

  

  

Rimg4431

Rimg4434

Rimg4433

Rimg4435  

ペリリュー島の住民が、日本兵と一緒に戦いたいと申し出るが、

中川大佐は拒否、島から避難する命令を出します。

別れのシーンです。

民間人の死者が出なかった戦いだったそうです。

  

   

Rimg4436  

米軍が使う火炎放射器。

  

  

Rimg4444

Rimg4437  

日本人女性が戦っていたことを報じる新聞。

ドラマでも北乃きいが演じていました。

  

  

 

Rimg4439  

降伏する時には「サクラサクラ」と打電することになっていました。

Rimg4441  

切腹する中川大佐(上川隆也)。

  

  

1万人のうち生き残ったのは34人。

彼らは終戦も知らずに洞窟に潜み、1947年4月になってやっと出てきたそうです。

そんな歴史もあったんだ。

ビックリしました。

  

 

「ペリリュー」その7/パラオは日本の委任統治を受けていた

  

今日は8月20日。

  

今回は8月15日放映のドラマより。

ドラマはフジテレビ系列で放映された「命ある限り戦え、そして生き抜くんだ」です。

Rimg4417  

ペリリュー島守備隊長だった中川州男(くにお)大佐を中心に描いたものです。

  

番組の冒頭で、池上彰さんが登場して、時代背景を説明してくれました。

Rimg4413  

パラオについて。

Rimg4414  

池上さんは語ります。

  

パラオも戦争で奪い取った土地なのか?

そう思ってしまうかもしれませんが、実はそうではないんです。

当時のパラオは、ドイツの植民地でした。

しかし、第1次世界大戦でドイツが敗れたため、国際連盟によって、

日本がパラオを委任統治するように決められたのです。

Rimg4415

Rimg4416

委任統治とは、将来独立できるようになるまで統治すると言うことですから、

当時の日本は道路整備や病院の建設など、

25年にわたって、支援を続けていました。

そのパラオもまた太平洋戦争に飲まれていきます。

  

  

ペリリュー島を含むパラオがそんな歴史があったことを、あらかじめ知れました。

  

  

さらにドラマ冒頭で、アメリカ軍のペリリュー島上陸時の映像が流れて、

ナレーターの黒木瞳さんが語りました。これも印象に残りました。

  

Rimg4419

Rimg4420

Rimg4421

Rimg4423

Rimg4424

Rimg4418

Rimg4422

Rimg4425

Rimg4426

Rimg4427

Rimg4443

Rimg4428

アメリカ軍は、2~3日で島を占領できると予想したが、中川大佐率いる守備隊は、

抵抗をつづけ、70日を越える激戦の部隊となった。

アメリカ最強とうたわれた第1海兵師団第1連隊は、

全体の60%近くの損失を出して、壊滅状態に陥った。

このことは長く秘することであったが、

後にスピルバーグの作品「ザ・パシフィック」によって、

世界に知らしめることとなった。

   

  

ザ・パシフィック」については、このナレーターで初めて知りました。

さっそくレンタル店に行きましたが、10章からなる長大なドラマでした。

5~7章がペリリュー島の攻防でした。

5~6章を借りてきて見ました。

7章はどなたかが借りていて、まだ見ていません。

でもこうやって立て続けにペリリューの攻防の映像を見れたのは、勉強になりました。

「ペリリュー」その6/容赦なき戦いの原点

  

今日は8月19日。

  

前投稿のつづき。

  

8月13日の放映の「NHKスペシャル 狂気の戦場ペリリュー ~”忘れられた島”の記録~」より。

  

  

ピュリッツァー賞を受賞した歴史家ジョン・ダワー氏の言ったことが印象に残りました。  

  

日本が長期持久戦によって最後まで徹底抗戦するつもりだと

アメリカが初めて悟ったのが、ペリリューでした。

ペリリューで洞窟に潜む日本兵に使った火炎放射器やナパーム弾を、

硫黄島や沖縄でも更に大規模に使っていきます。

Rimg4289

ついには、日本の本土の都市を焼き尽くす

焼夷弾の使用にまでつながって行きました。

そうした容赦なき戦いの原点がペリリュー島の戦いだったのです。

Rimg4292

  

この見解はすごいことですよ。

ペリリュー島の攻防は、多くの民間人の命を奪うきかっけになったということです。

焼夷弾による本格的な空襲が始まったのは、

ペリリュー島の攻防がすんだ11月以降のことでした。

  

  

Rimg4269  

戦車から放たれる火炎。

130メートルの先まで、まっすぐに火炎が伸びます。

130メートル!

狙われた人たちは恐怖。

気が狂うほどの。

 

2014年8月19日 (火)

「ペリリュー」その5/味方も殺す戦場

  

今日は8月19日。

  

今晩は「ペリリュー島の攻防」について書いていくぞ。

  

8月13日の放映の「NHKスペシャル 狂気の戦場ペリリュー ~”忘れられた島”の記録~」より。

  

今回もR・V・バーキンさんの証言。

   

仲間の一人が「俺は殺される やつらに殺される」と大声でわめき出しました。

衛生兵が、馬でも死ぬくらいの大量のモルヒネを打ちましたが効きません。

Rimg4416

彼のわめき声は大きくなるばかりでした。

300メートル先には、日本兵の陣地があったのです。

このままでは日本兵に気づかれてしまう。

Rimg4417

仲間の一人が塹壕用のシャベルで頭をぶん殴り殺しました。

多くの仲間が1人のために危険にさらされることを思えば、

しかたがなかったのです。

  

  

味方を殺さざるを得ない場面の話。

恐ろしい話です。

  

ドラマ「ザ・パシフィック」でも、上記の証言のような場面が描かれていました。

Rimg4412

Rimg4413

Rimg4414   

  

  

日本側にもこんな話がありました。

Rimg4293  

ナレーター

一方、日本側が味方の処刑を行っていた可能性のある映像が残っていた。

手足をしばられ首を切り落とされた遺体です。

当時日本軍では、敵前逃亡や投降は死に値するとみなされていました。

  

亀谷長成さんの証言

投降しようとしたら、もう許さんから。

Rimg4327

(戦場では)人間でも動物くらいにしか考えない。

そうしないと殺せない。やらないと自分がされるから。

  

亀谷さんは投降者が処刑されたのを目撃したそうです。

戦争にはこういう面も当然出てきてしまいます。

  

  

 

Rimg4287  

こんな場面もありました。

 

写真に写っているポムロイ1等兵の証言

岩山での戦いの最中(さなか)、日本兵が突然銃剣で襲いかかってきた。

私は彼の腹に2発うち込んだ。

倒れた彼の懐から1枚の写真がのぞいていた。

手に取って見ると、彼が両親と幼い妹とともに写っていた。

いったい何てことをしてしまったんだ。

私は大きなショックをうけ言葉を失った。

  

  

狂気の中でも、ふと正気に戻った時、

自分のやったことにショックを受ける。

  

  

こうやって証言から、戦争の実態がうかがい知れます。

証言をこうやって書き残すことは大事なことだと思います。

映像はわかりやすいけど、すぐに見られない。

たくさんの人に見られないという短所があります。

私自身が見直す時にも、誰かがこのブログを見てくれた時にも、

文章になっているのは絶対いい。そう思って聞き書きしています。

 

村上先生登場/成功体験をさせることで、次のやる気が育つ

 

今日は8月19日。

  

やっぱりいい日になりました。

  

村上公也先生にお土産を買おうと、まずは豊川稲荷前に行きました。

当初の予定通り、「稲荷寿司」は買えました。

※当初の予定=

ここでも道草 木星金星は見れなかったけど、今日はいい日になりそうだ(今朝投稿)

これであとは、「稲荷寿司でシュー」を買えばOK。

月曜日は定休日だけど、今日は開いていると思ったお菓子屋さんが

まさかの「臨時休業」  げげげ・・・・

「お客様にはご迷惑をおかけします」と書き添えられていました。

う~ん、ちょっと迷惑かな。でも何か事情があったのでしょう。

仕方なし。少し買い足して、用意をしました。

「稲荷寿司でシュー」は次の機会にしましょう。 

  

  

 

村上先生がついに豊川市に登場。

講義が行われました。

4月3日に、このブログにコメントをいただいたのがきかっけでした。

それがこうして実現したことが、うれしかったです。

はるばる来ていただいた村上先生に感謝です。

豊川市は来年も村上先生を呼ぶことになりそうです。

豊川市の先生達も、すっかり村上先生に魅了されました。

  

今回の講義は、昨年11月に聞いた講義に近い内容でした。

ここでも道草 11月24日の講座/「嫌なことを我慢する力」は×(2013年11月30日投稿)

いつも思いますが、似た内容であっても、聴くと内容が染み込んできます。

1回目以上に血や肉になった気がします。血や肉になってほしいです。

新しい発見もあります。

  

成功体験をさせることで、次のやる気が育つ。

成功体験をしていないから、やる気につながらない。

  

この言葉が最も印象に残りました。

黙って人の話を聞いて、正確に内容をつかめたとします。

その結果、ほめられれば、それが成功体験。

今日初めて見た教具は、短時間ですが口を閉じて聴こうと自然にできるものでした。

短時間でも聴く機会を作って、なんて言っていたかを問います。

子どもが答えられたら、ほめます。

針金で大きな耳が形作られていました。教具の名前を忘れちゃったなあ。

  

次のことが勉強になりました。

  

  

反復練習をやりたいと思わせる方法として、バラエティー豊かな支持棒を使う。

   

ほめ方のいろいろ

ビックリぼめ 感激ぼめ うわさぼめ 鳴り物ほめ 

一人を褒めてだんだん広げていく・・・座っている子をほめて、立ち歩いている子を座らせる。

    あわてて座った子には、「君も座っていたかい」と言ってほめる。

    今気がついたみたいにほめる。

  

教科書を開いて勉強を始めるのではなく、教科書を開きたくなる工夫を。

  

  

これで3回目の村上先生の講義。

やっぱりキーワードは「やる気」

2学期が始まる前、10月30日の研究発表前にお話が聞けてよかったです。

9月6日にまた講義に参加して、2学期はいい学期にしたいなあ。

  

今晩は「秋味」を堪能。

いい日でした。

最近の写真

  • Img_9044
  • Img_9040
  • Img_9039
  • Img_9036
  • Img_9132_2
  • Img_1999
  • Img_1998
  • Img_1994
  • Img_1993_2
  • Img_1992
  • Img_1989
  • Img_1986_2

楽餓鬼

今日はにゃんの日

いま ここ 浜松

がん治療で悩むあなたに贈る言葉