今日は12月18日。
前投稿に引き続き、傘山登山報告。
どんどん進みます。
↑進みたいけど「ネズミサシ」の名前は気になります。
なぜこのような名前がついたのか?
調べました。
次のサイトから引用します。
ネズミサシという名は、ネズミが刺さるかのような
葉の鋭さを表すだけでなく、実際にこの葉を
鼠の通り道に突き刺して、その被害を防いだことに由来するという。
写真も上のサイトから転載↓
確かに痛そうな葉です。また面白いことを知りました。
これも草木の名前プレートを
たくさんとりつけてくれた方のおかげです。
頂上めざして、進みます。
↑「入口屋」?
紅葉はもう終わっていましたが、
木から葉が落ちたために、
木漏れ日を楽しめる登山道になっていました。
これもまたいい。
↑ずっと「傘山」をめざして登ってきましたが、
40分後に「傘山登山道入口」とありました。
”いまさら”感がありました。
↑いかん!「ホツツジ」が気になる。
ここで立ち止まって調べます。
次のサイトを参考にしました。
引用します。
【和名の由来】 花が穂状につく、ツツジの仲間。
【生育地・特徴など】 低山の林内に生える落葉低木。
枝の断面は三角形で、よく分枝する。葉は先が尖った倒卵形。
花は枝先の円錐形の花序に多数つく。咢は円いお椀状。
花冠の先は深く3裂し、後ろに大きく反り返る。
雌しべは長く花の外に突き出し、先はかるく上に曲がる。
さらにWikipediaによると、有毒であって、
その毒は花粉にも含まれます。
蜂蜜に混入して食中毒を起こすこともあるそうです。
ネズミサシの葉、そしてホツツジの花を見るために
また傘山に来たくなりました。
う~ん、なかなか頂上に着かない。
それでも次の投稿で到着できそうです。
(つづく)
今日は12月18日。
前投稿に引き続き、傘山登山報告。
↑イヌシデ
プレートには次のように書いてありました。
果穂が垂れ下がり、しめ縄につける四手(紙のかざり)のようだから。
子犬のシデという意味。
どのような果穂なのでしょう?
画像を探しました。
ありました。
http://www.jugemusha.com/jumoku-zz-inuside.htm
四手の写真はこれ↓
http://kanon1001.web.fc2.com/foto_sinrin/K_mokuren/side_kobusi/side_kobusi.htm
「シデコブシ」の「シデ」も、この「四手」が語源のようです。
せっかくたくさんの草木のプレートがあったので、
少し立ち止まって書いてみました。
しかし、これではなかなか頂上に行かないので、
登山道をどんどん進みます。
↑御嶽神社に到着。
ここからの景色もいいはずですが、雲がかかっていました。
休憩所にあった説明板↓
しっかり読んで勉強しました。
↑岩間山城跡です。これが主郭と思われる場所↓
最近は城跡にも興味が出てきたので、楽しみました。
次のサイトも参考になりました。
見る人が見たら、堀の後もわかるんだよなあ。
(つづく)
今日は12月18日。
前投稿に引き続き、傘山登山報告。
飯田市を通過して飯島町へ入りました。
道の駅「花の里いいじま」に寄りました。
ここでさらに情報収集。
次のパンフレットを入手しました。
「ふたつのアルプスが見えるまち」
このキャッチフレーズで、町を盛り上げようとしておられるのですね。
北アルプス、そして反対側に南アルプス。
両側にとびきり高い山々がそそり立つ場所でした。
上のパンフレットの地図です↓
御獄神社に近い駐車場をめざしました。
天気はあまり良くなくて、これから登る山々の上には、
雪を降らす雲がありました↓
駐車場です↓
↑買ったばかりのスタッドレスタイヤが目立ちます。
駐車場には先客はいませんでした。
登山口です↓
登り始めは午前10時6分。
このゲートを開け閉めしてスタートでした。
山から獣が下りてくるのを防ぐ柵なのでしょう。
登山は、獣の世界に入ることになります。
実際、登山道でイノシシが掘り返した跡は見かけました。
↑草木の名前のプレートが、少々多いと思いませんか?
左から「ウリカエデ」「ヤマシロギク」「サワヒヨドリ」
「リュウノウギク」「アキノキリンソウ」(”五の松”の下)
「ヤマホオコ」の6種。
実は写真におさまりませんでしたが、
さらに左に「ヤシャブシ」がありました↓
つまり、視界に7種のプレートがありました。
このプレートを置いてくれた人のまじめさが伝わってきます。
でも、寒い季節になって、草木が全く姿がないのに、
「ヤマシロギク」「サワヒヨドリ」「リュウノウギク」
「アキノキリンソウ」などの名前があるのは楽しい。
ここに旬の季節には花が咲いているんだよなあ。
全て多年草なので、季節になれば再び芽が出て育つのでしょう。
↑ヤマシロギク
http://mikawanoyasou.org/data/inakagiku.htm
↑サワヒヨドリ
http://matsue-hana.com/hana/sawahiyodori.html
↑リュウノウギク
http://www.jugemusha.com/yasou-zz-ryuunougiku.htm
↑アキノキリンソウ
「ヤマホウコ」も多年草ですが、ハハコグサの仲間です。
↑ヤマホウコ(ヤマハハコ)
ハハコグサの仲間は、冬は葉っぱをロゼッタ状にするそうですが、
「ヤマホウコ」がそうなっていたかは観察していないし、
写真からもわかりません。
もっとよく見てくればよかったです。
(つづく)
今日は12月18日。
最近贅沢をしました。
16日は給料日。
その日の晩に自動車屋さん行き、
注文しておいたスタッドレスタイヤをはめてもらいました。
昨年の冬ははけなかったスタッドレスタイヤ。
今年はついに入手です。
そして翌17日は、長野県の傘山(からかさやま)を登ってきました。
雪があっても大丈夫。
そんな気持ちで行ってきました。
その登山報告、というか自分の記録です。
今回登山にあたって参考にしたものは3つ。
①山仲間の登山報告
11月12日に山仲間が登っていました。
私はその日、サークルと社会体育への参加、
さらには飲み会と用事だらけ。断念していました。
報告を読むと魅力的なことがたくさん書いてありました。
②ヤマレコの報告
山仲間が登った翌日の11月13日の報告でした。
紅葉そして山々の姿が美しい!
山仲間の人たちも、この景色を見ることができたのですね。
③ヤマレコの報告その2
これは12月8日の報告。
周回できることを知り、やってみたいと思いました。
雪があることも判明。
以上の下調べをして、家を午前6時に出発。
アイゼンを忘れていたことに気づいてすぐに帰宅。
再び出発したのは午前6時15分頃。
休日の朝なので、道路がすいていると見込んで、
高速道路を使わずに、下道で北上しました。
↑2年前に飯田市の山に登りに来た時にも気になった地名。
座光寺「美女」
なぜこのような地名になったのか?
ちゃんと調べている人がいました。ありがたい。
※参考:いいだファンクラブ 飯田市地名
4つの説が書いてあります。見てください。
4つのうちの2つを引用します。
1 昔この近くに城があり、2つ目の備えてある城「備城(びじょう)」が
あった場所で呼び名が変わっていった。
2 城があってのろしを上げたりした場所で
「火城(びじょう)」と呼ばれて、現在の呼び名に変わっていった。
何か理由があるんですよね。
上の2つは「そうかも」と思えましたが、もう2つは・・・・。
2年前は笠松山に登りました。もう2年経つのですね。
※ここでも道草 12月23日笠松山登山報告1/予想以上の雪でした(2016年12月24日投稿)
(つづく)
今日は12月17日。
11月21日に郵便局に行った時に、
駐車場で見かけた自動車についていたステッカーが気になりました。
それも2つ。
四つ葉のデザインです↓
↑この自動車を運転していたのは、
車いすで移動する男性でした。
どういうステッカーか調べました。
これは「四つ葉マーク」の通称で呼ばれている身体障害者標識。
Wikipedia 身体障害者標識より一部引用。
2002年(平成14年)6月1日の道路交通法改正による
障害者に係る免許の欠格事由の見直しに伴い導入された。
肢体不自由であることを理由に運転免許に
条件を付されている者であって、
肢体不自由が自動車の運転に影響を及ぼすおそれがあるとき、
運転車両前後の視認性の高い部分(地上0.4〜1.2m以内)に
掲示して運転するよう務めなければならない。
周囲の運転者はこの標識を掲示した車両を保護する義務を有し、
幅寄せ・割り込み(やむを得ない場合は除く)などの行為を
行なってはならないと定められており、
掲示中の車両に対し幅寄せや割り込みをした場合、
交通違反(初心運転者等保護義務違反や割り込み)となって
処罰が下されることとなる。
もう一つ。
車いすのデザインのステッカーです↓
おそらく、車いすを利用している人が
乗っていることをしめすために貼っているステッカーだと思います。
調べていくと、このステッカーを自動車に貼るのは、
ちょっと問題があるようです。
これは、国際シンボルマークで、
障害者(車いすを利用する障害者だけではない)が
利用できる施設を表すマークなのだそうです。
車いすを利用する人が乗ってますよという使い方は、
本来の趣旨とはズレがあるようです。
このステッカーが、ホームセンターとか通販で売っていることは
いいことなのか?
最近、上の2つが合体したマークを見かけます。
車いすの車輪の中に四つ葉マークを配していました。
そのマークは写真に撮ることがまだできていません。
インターネット上にないか探しましたが、
今のところ見つかっていません。
ここで示すことができないのが残念です。
国際シンボルマークを改変してもいいのかな?
今日は12月15日。
以前、「空っぽのスーパー」というタイトルで記事を書きました。
※ここでも道草 空っぽのスーパー(2016年11月18日投稿)
近所のスーパーが改装中。
11月18日に撮影しましたが、
1週間後の11月25日にオープン予定なのに、
本当にオープンできるのかと心配していました。
その後の記録を書きます。
11月22日の撮影↓
まだまだ雑然としていますが、品物は積み込まれていました。
そして、11月25日。
オープン当日です↓
改装オープン、おめでとうございます。
もし私のブログを見て
「あのスーパーは本当にオープンしたの?」と気になっていた人。
ご安心ください。
今日は12月13日。
12月12日は「漢字の日」
恒例の「今年の漢字」が発表され、「金」でした。
http://www.oricon.co.jp/news/2082902/photo/4/
「今年の漢字」の発表が行われた清水寺の番組を見ました。
10月18日放映された番組「国宝に会いに行く③
エクストリーム(超絶)建築”懸造り”清水寺」です。
この番組からの勉強になったことを書きます。
東山三十六峰の一つ音羽山(清水山)の
中腹に開かれたのが清水寺。
山の高さを調べました。
242mでした。
世界文化遺産にも登録されているお寺です。
その中心が、本堂です↑
舞台は檜の板を敷き詰めた舞台は、
舞楽を奉納するために作られました。
78本の柱が支える清水の舞台は、「懸造り」と呼ばれる
日本独自の工法で造られています。
清水の舞台の下から、懸造りを見上げました。
釘が使われていません。
「貫」と呼ばれる横板を渡して、格子状に組んだものです。
「貫」にはくさびが打ち込まれています。
柱は礎石の上に立っているだけです。
現在の舞台は、1633年、徳川家光の寄進により、
再建されたものだそうです。
柱の下には土砂が溜まり、そのため柱の下が腐ることがあります。
そこで、下の部分が交換されます。
番組の後半がさらに面白かった。
懸造りの原点を探るために、
レポーターの2人が訪れた場所がよかった。
大悲山峰定寺(だいひざんぶじょうじ)
ここには日本最古の懸造りによる舞台があります。
↑すごい場所を登って行きます。
写真右下の説明によると、悪天候時は団体(20名以上)、
小学生以下は入山できないとのこと。
危険な場所があるのでしょうか?
あまり見かけない規制です。
そんな規制が興味関心を高めます。
キミヤーズ塾に行く前に、行ってみたいと思いましたが、
拝観時間は9:00以降。ちょっと無理かな。
そしてこれが舞台↓
ますます行きたいくなる映像でした。
次の場所も行きたくなった場所です。
その場所は歌川広重によって描かれた場所でした。
大悲山笠森寺(かさもりじ)
こちらも「大悲山」
「大悲山」とは何ぞや?
次のサイトの説明が参考になりました。
一部引用します。峰定寺のことを書いています。
大悲山峰定寺(ぶじょうじ)は、
平安時代末期に天台宗系修験道の
お寺として創建されました。
天台宗のお寺は、山号+寺号で名付けるそうで、
比叡山(山号)+延暦寺(寺号)のように。
峰定寺も正式名称は、大悲山峰定寺となります。
その峰定寺の本尊は、観音菩薩です。
観音菩薩の正式名「南無大慈大悲観世音菩薩」の
『大悲』をとって山号とされたそうです。
そして、その山号が後に山の地理名としても
使われるようになったということです。
笠森寺も山号が観音菩薩の正式名称から得たと考えられます。
そしてこれが懸造りの建物です↓
これまた行ってみたいです。
日本にはまだまだ面白いところがあります。
今日は12月12日。
12月8日放映の番組(10月放映の再放送)
「ドキュメンタリーWAVE 子どもたちの”リアル”を取り戻せ
韓国ネット依存治療最前線」を見ました。
その中で特に印象に残った場面の聞き書きです。
ネット依存から抜け出せず、
病院で治療を受ける子どもも増えています。
去年3月に開設されたネット依存症専門の病院です。
ここには1日30人近くの患者が訪れます。
その8割以上が、オンラインゲームによる依存症と診断されています。
院長のイ・ジェウォンさんです。
脳神経科が専門で、ネット依存症の子どもの脳には、
機能障害が見られることから、専門病院を開きました。
イ先生は、インターネットやゲームをやめられなくなる理由には、
脳のある特性が関係していると言います。
オンラインゲームをしている時、楽しさや喜びを感じると、
脳内では快感をもたらす物質ドーパミンが放出されます。
ところが、失敗したり負けたりすると、ドーパミンは減り、
大きく落胆します。
次にうまく行くと、喜びが倍増。
さらに多くのドーパミンが放出されます。
短い時間にこれが繰り返されるため、
快感がどんどん大きくなり、やめられなくなってしまうのです。
最終的には、ゲーム以外の日常生活で快感を感じられなくなり、
鬱状態におちいってしまうと言います。
以上です。なぜ依存してしまうのかを説明している場面です。
短い時間に喜び→落胆→喜び→落胆が繰り返されることが、
依存を生むようです。
ゲーム以外のことに喜びが感じられないのなら、
ゲームにはまるのは必至。したがって、依存を治すには、
ゲーム以外の活動で喜びを見出す体験が必要になるわけです。
今日は12月11日。
昨日は豊川親子合唱団たけのこ20周年コンサート
「子どもの幸せと平和を願う音楽会」に行ってきました。
第一部 「のこのこステージ」
第二部 合唱劇「ピカドンたけやぶ」
でした。
注目はもちろん合唱劇「ピカドンたけやぶ」でした。
原作 はらみちお
脚本 小田 健也
作曲 藤村記一郎
合唱団たけのこが「ピカドンたけやぶ」を初めて演じたのは、
1995年9月のことでした。
その時には、何とビデオカメラを会場に持ち込んで
堂々と録画していました。
今思うと赤面してしまう行動です。
でもその時に強い印象が残っていました。
素晴らしい劇だと思いました。
それから16年経った2011年。
現任校で6年の主任の時に、あの劇を自分の手で作りたいと思い、
学芸会で「ピカドンたけやぶ」をやりました。
その時に、2005年のたけのこ10周年記念コンサートで行った
「ピカドンたけやぶ」のDVDをフル活用しました。
さらには、同じ県内の6年生が学芸会で平成6年(1994年)に
演じたものも見て刺激を受けました。
つまり、私は1994年・1995年・2005年・2011年と
4回「ピカドンたけやぶ」を見てきました。(生は2回)
そしてまた昨晩「ピカドンたけやぶ」に出会いました。
曲が流れ、歌が始まると、どんどん思い出されます。
やはり合唱劇はいいなあ。
心に染みてきます。
いやいや今まで染みていたものが、新たな曲や歌に触れて、
再び体の中からにじみ出てきたように思えました。
自分の中には、「ピカドンたけやぶ」の曲や歌は、
思ったよりたくさん染み込んでいたことに気がつかされました。
懐かしくもありました。どの場面も、よかったけど、
かずゆき君に、たけやぶが
「死んじゃダメ 死んじゃダメ がんばって がんばって」と
強く言いながら迫るシーンは特に感動。
ここが山場だよなと思いました。
どっぷり「ピカドンたけやぶ」の中に巻き込まれていました。
またいつか、自分の手で作り出したい合唱劇です。
もうそんな機会はないかな。
1995年は全てビデオカメラで撮影しました。
今年はもちろんそんなことをしません。
幕が下りて、再び上がった時のフィナーレの写真を
一枚だけ撮りました。
感動をありがとうございました。
※配布されたパンフレットの表紙です↓
このパンフレットの中にあった藤村氏の文章は
合唱劇「ピカドンたけやぶ」の誕生に関することが書いてありました。
貴重な話なので、ここに転載し記録します。
はらみちをさんの、自筆のコメントと絵が掲載されていましたが、
その転載はやめました。
はらさんは昭和3年生まれ。88歳になられたのかな。