2017年2月 3日 (金)

「情熱大陸 磯田道史」その2/古文書を読めるということは・・・

  

今日は2月3日。

  

前投稿に引き続き、

1月22日放映の「情熱大陸 磯田道史」から聞き書き。

  

ナレーター:歴史には今を生きる人々の悩みを解決するヒントが

      詰まっている。

  それを伝えるのが、自分(=磯田さん)の使命だと考えている。

    

これは実践していて、番組「英雄の選択」のまとめの時には、

この内容に触れることが多いです。

ちなみに、1月12日の放映の「英雄の選択 直虎」ではこう言っています。

  

磯田:ぼく、やっぱりね、この人(=直虎)、

  理不尽な時の過ごし方の名手だと思うんですよ。

  やっぱり、人生も、組織体も、

      いつも自分が勝てる要素を持っている時ばかりではなくて

  むしろ弱かったり、ダメなときって、多いですよ。

  その時、どう過ごすかっていうことが、本当、一番重要で、

  いや、こんな状態、今川、続くはずがないと、一時のことだと、

  夜明けの前が一番暗いだと、もうちょっとしたら、

      確実に曙が来るってことを

  ひたすら信じて処していった、凌(しの)いでいった。

  戦闘力という武士にとって一番重要なものを、

      男を殺されつくして失っていたところで、

  どのように凌ぐか。

  やっぱり、目の前のことに過ぎないと、

      わりと明るく先の大局を読んでですね、

  これから何を身に着けていったらいいのか、

      考えたと思うんですよね。

  戦闘力という点では、

      この家はこれまで自分たちの谷を襲ってきていた

  武田軍を配下に組み込んで、家柄、戦闘力、外交情報力、

  三拍子揃った井伊家になって日本最大の譜代大名、

  将来は35万石井伊家になっていくわけですよね。

  だから、これで今、ちょっとつらいと思っている皆さん、

  大河ドラマを見ながら、つらい時の凌ぎ方、学びましょう。

  

  

実践しているでしょ。

  

ナレーター:土器とお城が何より好きな少年に

  運命的な出会いがおとずれる。

  磯田家に残された古文書。

  文字が整然と並ぶ様に心奪われたという。

  専門の辞書を買い、文字を片っ端から覚えていった。

  古文書を読めるということは、

  昔のあらゆる漢字パターンを記憶しているということなのだ。

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↑これが辞書

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↑いろいろな漢字パターン

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↑「可」にもいろいろあり

  

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ナレーター:↑こんな文章も、新聞を読むのと同じような速さで

      読めるという。

  高校を卒業する頃には、すでに一線級の学者レベルになっている。

  

   

「古文書を読めるということは、

昔のあらゆる漢字パターンを記憶しているということなのだ。」

この台詞が印象に残りました。

そうか、だから読めないんだ。

そのパターンがわかれば読めるんだ。

そんなことを今になって知りました。

  

魅力的な宴会↓

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この席での中野信子さんの発言。

 

中野:磯田さんは、一次資料読めるからなあ、それ強いですよね。

  

中野:磯田さんの特徴は、文献的な知識や無機質なデータから

  人の振る舞いを生き生きとよみがえらせるところ。

  そういうところが、人より発達している感じ。

  

さすがいいこと言うなあと思います。

一次資料を読むためには勉強が必要だけど、

データから、人の振る舞いを生き生きとよみがえらせることは、

自分でもできそうな気がします。面白そうと思えるから、きっとできる。

機会あるごとにやっていきたいと思います。

   

ラスト↓

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古文書を読み解いて、それを活字にしている場面での

磯田さんのつぶやきです。

こうやって思うのですね。

でも、テレビの聞き書きも、似た感覚かもしれません。

一生懸命に聞いて、パソコンに打ち込みのは時間もかかりますが、

やめられません。共通点を感じました。

「情熱大陸 磯田道史」その1/宝飯郡西方村

  

今日は2月3日。

  

1月22日放映の「情熱大陸 磯田道史」から聞き書き。

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ナレーター:学べば学ぶほど、わかってくることがある。

  自分には知らないことが多すぎる。

 

番組の冒頭はこの言葉から始まりました。

好奇心旺盛な磯田さんの特集らしい始まりでした。

電車に乗っていて、車窓から見えた看板に書かれた企業名を

スマホで調べていました。

自分にもこの気持ちはありますが・・・・

最近はこんな風に考え方を変えています。

世の中のことをすべて知ることはどうしても無理。

しかし、縁があったと感じたことは大切にして調べていきたい。

このブログにも書き留めていきたい。

そう思うようになりました。

50半ばの年齢がそう考えさせるのでしょうか。

磯田さんの場合はまだまだ全部知ってやろうという意欲満々だろうなあ。

うらやましいのはその記憶力。

自分でも、ほとんど忘れないと言っている。

自分のように書き留めなくても、調べていけば頭に残る。

その分、新しいことをどんどん調べて吸収できる。実にうらやましい。

  

ナレーター:そして、この人、

  歴史についてしゃべりだしたらとにかく止まらない。

  

知識があふれているようなしゃべり方だもんなあ。

あこがれながら聞き入ってしまいます。

  

ナレーター:あらゆる時代の古文書を集め、

  読み込むのが磯田の研究であり、趣味でもある。

  

磯田さんが三重県の人家におじゃまして、そこにある古文書を読むシーンがありました。

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「三河国の宝飯郡西方村」が気になりました。

すでに消滅してしまった宝飯郡ですが、

そこの住民だった者としては、この場所はどこだろうと思いました。

(消滅は2010年2月1日のことでした。↓ここにあっさり書いてあります

   ここでも道草 持ち帰った枝に花が咲いた 2010年2月1日投稿 )

聞いたことがある地名だぞと思ったら、

現在豊川市内に含まれる旧御津(みと)町にその地名はありました。

JR東海道本線愛知御津駅付近から海に至る付近を言います。

  

「ニシガタ」と読むようです。

服部姓があるのかな?

8年前の電話帳があったので調べてみました。

豊川市の服部姓の人はたくさんいましたが、

う~ん、御津町西方の人はいませんでした。

残念。でもこういう情報が縁があったネタ。

大事にしたいと思います。

 

ナレーター:最近は平成の司馬遼太郎と呼ばれることがある。

  だが学会という場所が磯田の本籍地。

  テレビにばかりに出て、

  学者としての本業を疎かにしているのではないかという

  声もある。

磯田:歴史学とは、過去を人々に認識してもらうことであるから、

  その方法は本や活字だけで必ずしもある必要はない。

  テレビであろうが、映画であろうが、何であろうが、

  直接的間接的な手段でかかわるものなら何でもやれる。

  学者の書いた歴史学は、正しい認識かもしれないけど、

  一般の人たちの歴史認識にどれくらいの影響力があるか?

  一生知らずに終わるような状態がずっと続いていて、

  そして代替(だいたい)作用として 

  司馬遼太郎さんを使っていたわけですよね。

  この問題、直視したいですよね、私はね。

司馬遼太郎さんの役割って何だったんだろうと思いました。

学会の新しい歴史認識を世間に広めるための、

学会の代弁者だったのでしょうか。

今までそのような見方をしていなかったので、興味を持ちました。

活字だけでなく、テレビや映画でも手段は構わないというのは賛成。

私にとって新しい歴史認識は、テレビからどしどし入ってきます。

テレビがきっかけです。とびきりすぐれたきっかけです。

(つづく)

 

二酸化塩素使用の商品名について

 

今日は2月3日。

  

前投稿に書いた「クレベリン」。

効果があるのかどうか?

製造元が大幸薬品。

あの「正露丸」を作っているラッパのマークの会社です。

「正露丸」によくお世話になっていた身としては、

信頼したい気持ちです。

「クレペリン」検査とよく似た名前は、

 

今までになかった方法でclever(賢く)clean(キレイにする)

からの造語(引用:Wikipedia クレベルン

  

だそうです。

 

昨日奥さんが買ってきたのは、「クレベリン」ではありませんでした。

これです↓

L_09504002 「クロニタス」

製造元はグローバル プロダクト プランニングです。

このクロニタスには、関連ブログがありました。

たとえば「クロニタス」でも「クレベリン」でも、

除菌でキーになる「二酸化塩素ガス」について勉強できます。

※参考:クロニタスブログ 二酸化塩素の除菌・消臭の仕組み

(ただ、ほぼ2年近く更新されていません)

  

上記サイトに「クロニタス」の商品名のいわれが書いてありました。

 

ちなみに、二酸化塩素の化学式は"ClO2"と表記します。

「シーエルーオーツー」の読み方を変えると、、、「クロニ」

あれ?クロニってどこかで聞いたことがあるような…

そうです!

『クロニタス』の名前の由来は『ClO2』です!

二酸化塩素に付加価値をつけるという意味で

「クロニ」に「+」を付けました。

「+」 をタスと読んで「クロニタス」となります。

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2商品とも、ちょっと気になる名前だったので、

今朝調べて、解決しました。

  

現時点で、不調な家族はいません。

誰にもインフルエンザがうつらないように願います。

2017年2月 2日 (木)

インフルエンザに罹患!

  

今日は2月2日。

  

2月に入ってとんでもないことが起こりました。

今週、体調不良だと感じていて、早く寝ていました。

そしたら、昨日の朝、熱が出てしまいました。

久々の38度台。こりゃあダメだと、仕事をお休みすることに。

病院に行って検温したら、38.9。滅多にない体温です。

噂に聞いていた、鼻の奥に綿棒を押し込む検査を初めて体験しました。

検査の結果、インフルエンザA型だと言われました。

20年以上、インフルエンザと言われていなかったので、久々。

その時は、奥さんが妊婦だったので、

インフルエンザをうつさないように気をつけました。

今回は息子が受験生。これまた気を遣っています。

どうもタイミング悪く罹患してしまうようです。

  

  

クレベリンって効果があるのでしょうか?

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息子にうつさないためには、いろいろやりたいです。

参考:豆知識PRESS クレベリンはインフルエンザやノロウイルス対策に効果があるの?

この↑サイトには、こんな文章がありました。

 

「家族でインフルエンザにかかってしまった人がいて、

慌ててクレベリンを購入したら他の家族には移らなかった」

「予防のためにクレベリンを置いていたら、

誰もインフルエンザにならなかった」など、

効果があったと感じる方もたくさんいらっしゃいます。

  

買って試したい気分です。

2017年2月 1日 (水)

我が家に新しいパソコンが登場

 

今日は2月1日。

  

今週に入って体調不良。

風邪っぽい。幸い熱はないけど、咳が出始めています。

早めに帰宅して、薬を飲んで寝ています。

咳が出始めると、長引くことが多いので、今のうちに直したいです。

  

我が家のパソコンについて。

こちらもずっと調子が悪く、いきなり画面上にミミズのような模様が無数に現れ、

挙げ句の果てにシャットダウン!

2年前の夏に業者の人に頼んで、悪戦苦闘で修理してもらいました。

それから1年半ほど持ちましたが、

昨年末から再び同じ現象が出てきました。   

  

同じ業者の人に来てもらって、直してもらいましたが、

今年に入ってまたダメ。

仕事にならないので、思い切って新しいパソコンを買いました。

デスクトップ型です。

新しいパソコンを見て驚いたことが2つ。

画面が大きい。

文書を作るときに、文書全体が適切な文字の大きさで見られるため、

きっと有効です。

そして何より、モニターと本体が一体型。

これがすっきりしていい。

  

少しの間に進化しているんだなあと思いました。

昨晩新しいパソコンをセット。

今朝が使い始めです。

やっぱり最初は、ブログへの投稿だと思い、こうやって始めました。

  

新しいパソコンは、まだまだ未知。

Windows7からWindows10になって何が変わるかな?

使いこなして、面白い生活をしたいと思っています。

幸いにも学校のリモートアクセスはすぐにできました。

家でも仕事ができる状態です。

  

今からリモートアクセスをして、一仕事を始めよう。

風邪でも最低限の仕事をしなくては。

2017年1月30日 (月)

なぜカラスは「烏」と書くの?

 

今日は1月30日。

  

1月4日の撮影↓

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カラスです。

ハシボソガラスでしょうか。

  

同じ日に別の場所で撮影↓

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これもカラスと思って撮影しました。

アップにしてみたら、お馴染みのハシブトガラス、

ハシボソガラスではないように思えました。

もしかしたらミヤマガラス?

   

「カラス」を漢字で書くと「烏」です。

「鳥」と違って、横棒が1本ありません。

なぜそうなったのでしょう。

  

カラスのひみつ 生態と行動のふしぎをさぐろう

(松原始監修/PHP)

引用します。

  

なぜカラスは「烏」と書くの?

「鳥」という漢字は、鳥のかたちから生まれた象形文字です。

カラスを漢字で書くと、「烏」ですが、これには、

カラスが全身まっ黒で、目がどこにあるかわからないため、

「鳥」の字の目にあたる4画目の線を取って、

「烏」になったという説があります。   (60p)

 

この説を授業で子どもたちに紹介しました。

その時のものです↓

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カラスの顔をよく見ると、確かに目はわかりにくいです。

2017年1月29日 (日)

ハッブルのこと その6/太陽系は中心から外れ、人類もまた結果的にそうなった

  

今日は1月29日。

  

前投稿に引き続いて

昨年11月24日放映「コズミックフロント NEXT 宇宙の革命児!

エドウィン・ハッブル」より。

  

この番組は、今現在youtubeで見ることができます。

私の文章を読んでも、イメージが浮かばない方は、

ぜひこの映像を見てください。


YouTube: 〔コズミックフロントNEXT〕天文学の革命児! エドウィン・ハッブル〔Cosmic Front Next〕

  

今晩書くのは、上の映像だと24分25秒付近からの内容です。

  

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ナレーター:ワシントンにあるスミソニアン博物館。

  1920年、ここで、渦巻き星雲の正体にいどむ

  大論争が行なわれました。  

  「グレートディベート」です。

  壇上に立ったのは、ウィルソン山天文台のハーロウ・シャプレー。

  そしてリック天文台のヒーバー・カーティスです。

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  シャプレーは、渦巻きを生まれたての星と、

  それを取り巻くチリやガスの集まりと考えました。

  ちょうど太陽系が誕生する時の状態です。

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  そしてそれらは全て「天の川銀河」の中にあると主張したのです。

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  一方、カーティスは、これに真っ向から反対します。

  渦巻きは「天の川銀河」と同じような大量の星の集まりだと

  考えました。

    そして「天の川銀河」の外側の、ずっと遠くにあるものだと、

  主張したのです。

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  このカーティスの説に、ハッブルも所属するウィルソン山天文台の

  研究者たちは、猛反発します。

  根拠としたのが、メンバーの一人、ヴァン・マーネンのデータです。

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  マーネンは、観測データから、渦巻きが回転していると主張します。

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渦巻き星雲の渦巻きが回転していることが、

どうしてカーティスの説に反発する根拠になったのか?

そのところについては後日の投稿で。

  

この「グレートディベート」について、

膨張宇宙の発見~ハッブルの影に消えた天文学者たち~

(マーシャ・バトゥーシャク著/地人書館)では

次のように書いてありました。

なお、本の中で「グレートディベート」は「大論争」と訳されています。

  

1920年の最も記憶に残る天文学史上の出来事は、

ワシントンDCで、ハーロー・シャプレーと

ヒーバー・カーティスが会い、

国立科学アカデミー会員の前で宇宙の構成について

議論したことだった。(中略)

この時代を画す対決は一般には「大論争」として知られているが、

実際のところ、それは適切な表現ではない。

2つの講演が続けて行われただけと言った方がよく、

この出来事は科学を対象とする出版物にさえ

取り上げられることはなかった。

天文学界では、この4月の会合にまつわる由緒ある伝説

ーその記憶は、”宇宙の巨人たち”が激しく衝突したというもので、

言ってみれば、『真昼の決闘』の天文版であるー

が、時を経て少しずつ発展し、過度に潤色されたため、

最後は対立する2つの陣営が最高の殿堂で

科学知識を戦わせて相まみえた「ホメロスの戦い」と

表現されるようになったのである。  (238p)

  

「グレートディベート(大論争)」と聞くと、

熱い討論がなされたように思えますが、

その会合の様子が書いてあるところを読むと、

「静か」なイメージがあります。

後に潤色されたイメージなのです。

  

ハッブルと同じウィルソン山天文台に勤めていたシャプレー。

(シャプレー在勤時期は1914年~1921年、

ハッブルは1919年から亡くなる1953年まで) 

シャプレーの功績は、私たちが住む太陽系が、

「天の川銀河」の中心ではなくて、

中心からは外れた場所にあることを証明したことです。

  

そのことを書いた文章を引用します。

  

彼(シャプレー)がやりとげたことは、

コペルニクスの法則にまで及ぶほどだった。

16世紀に、コペルニクスが地球を太陽系の中心から

動かしたのとちょうど同じように、シャプレーも太陽系の位置を

銀河系の心臓部から動かしたのだ。

「太陽系は中心から外れ、人類もまた結果的にそうなったが、

これは人類がそれほど大きな存在ではないことを

意味するのだから、どちらかと言えば良い考え方だ。」

(210p)

  

いいことを言うなあと思いました。

人間は自分を中心に考えがちで、

それが地動説・天動説論争になりました。

そして人類は、今度は銀河系の中心から外されたのです。

今は当たり前のことですが、当時の人たち、

それもたった100年あまり前の人たちにとっては

大きな衝撃だったようです。

  

そのような功績を残したシャプレーですが、

この「グレートディベート」での内容は、

後に間違っていたことを認めています。

間違った理由の一つが、同僚のマーネンの

渦巻きは回転しているという主張なのです。

そのことについてはすぐにでも書きたいけど、

後日にします。

「ハッブルのこと」シリーズは小休止。

2017年1月28日 (土)

ハッブルのこと その5/ウィリアム・ハーシェル

  

今日は1月26日。

  

前投稿に引き続いて

昨年11月24日放映「コズミックフロント NEXT 宇宙の革命児!

エドウィン・ハッブル」より。

  

番組の聞き書きをしていきます。

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ナレーター:↑これは天文学者ハーシェルが18世紀に描いた宇宙の姿です。

  地球を取り巻く天の川銀河↓

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  それが宇宙の全てとされてきました。

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  渦巻きがその中にあるのか、外にあるのかは、

  すなわち宇宙の広さや形を決める大問題だったのです。

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番組では、天文学者ハーシェルについては、これだけの情報でした。

しかし、

膨張宇宙の発見~ハッブルの影に消えた天文学者たち~

(マーシャ・バトゥーシャク著/地人書館)

では、ハーシェルの人物像が興味深く書かれていました。

引用します。

 

1781年、天才的な彗星探索者シャルル・メシエが、

今日も使われている100個以上の星雲をリストしたカタログを

フランスで出版すると、少しずつ発見されていくこれらの天体の

重要性はさらに増した。(中略)

その直後、イギリスで「天文学界のプリンス」になる

ウィリアム・ハーシェルほど、メシエのリストに夢中になった者は

なかった。

ハーシェルは、メシエ・カタログが届けられるやいなや、

望遠鏡を天空の星空に向けた。

「適切な状態で調べることができるほとんどの星雲が、

私の(望遠鏡の)集光力と分解能に屈し、

星々に分解されるのを見て、とても嬉しかった」

と彼は数年後に書いている。

当時の口径30センチ、長さ6メートルの望遠鏡を使って、

ハーシェルは最初にこれらの発見をした。

ハーシェルの望遠鏡はその当時最も強力なものだった。

これを使って彼は、(今日私たちが散開星団、球状星団と呼ぶ)

星雲の多くが、実際は数百、数千の恒星からなっているのを

見ることができた。

このことからハーシェルは、「すべての」星雲は遠く離れた

恒星系だと信じるようになった。

接眼鏡を覗いてなお雲のように見える星雲もあったが、

それらは距離があまりに遠いため個々の星が

はっきり見えないだけだとハーシェルは考えたのである。

(83~84p)

  

私たちがいる銀河系の外には、

恒星をたくさん含む他の銀河系がたくさんあると考えました。

ハッブルが最終的に証明する1世紀前に。

さらにハーシェルは、そこには地球外生命体が住み、

私たちを見つめ返していると想像までしました。

想像力豊かな人です。

その当時地球外生命体の存在を想像できた人は、

きっとものすごく少ないと思います。

  

ハーシェルが天文学に没頭するのは、34歳の時でした。

それまでは音楽家として安定した生活をしていたようです。

  

引用します。

  

ひらめきは1773年5月10日に訪れた。

その日34歳のハーシェルは、一般向けの天文学書を購入した。

「望遠鏡を使ってなされた数多くの

魅力的な発見について読んだ時、

私はそのテーマに非常に大きな喜びを感じ、

それらの機器の一つを使い、自分自身の目で

天空や惑星を見たいと思いました」と彼は述べた。

そして秋には、反射望遠鏡の金属鏡の製作を始めていた。

新しい趣味の虜になったハーシェルは、

間もなくその興味を地上の音楽から

天上の音楽へと移してしまった。

彼があまりに天文学に興味を傾けたので、

すでにイギリスで一緒に暮らすようになっていた

妹のカロラインは、ハーシェルが(金属鏡の)研磨や

磨きの仕事を中断しなくていいように、

食べ物を一口ずつ手で運んで食べさせた。

自作の機器を空に向けたハーシェルは

天空を記録するようになり、1781年、

有史以来初めて新しい惑星としての天王星を発見して、

一つの頂点に達した。 (85p)

  

天王星を発見したのも、ハーシェルでした。

参考:Wikipedia ウィリアム・ハーシェル

ハーシェルは、最終的に考え方を変えてしまいます。

その過程は、記述されていました(88p)が、

少々難解でわかりませんでした。

ただハッブルが証明した

私たちの住む銀河系の外にも、たくさんの銀河系がある考えは、

決して荒唐無稽なものではなく、

すでに18世紀にはあった考え方だと知りました。

  

(まだまだつづく)

2017年1月26日 (木)

ハッブルのこと その4/渦巻き青雲が見えるようになった

  

今日は1月26日。

昨晩もハッブルのことを書こうと思ったけど、時間切れ。

今朝と今晩で2本うちたいです。

昨年11月24日放映「コズミックフロント NEXT 宇宙の革命児!

エドウィン・ハッブル」より。

  

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「調査File.2 天文学を変えた『奇跡の5年』」

この章は、じっくり聞き書きしたいと思いました。

この「5年」がいつなのか、現時点では私はわかっていません。

もう一度番組を見直して、きっちり区切りたいです。

ナレーター:宇宙の大きさは変わらない。

  人々が信じてきた宇宙の姿を、ハッブルは根本から塗り替える。

  天文史に残るターニングポイントはどのように生まれたのか。

  「奇跡の5年」を見る。

ナレーター:大型望遠鏡の登場で、飛躍的に伸びた観測技術。

  それは科学者たちに、新たな謎を突きつけました。

  「渦巻き星雲」の存在です。

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  肉眼ではぼんやりと雲のように見えていたものが、

  最新の望遠鏡で見ると、奇妙な光の渦巻きであることが、

  わかってきたのです。

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  これは当時撮影された渦巻きの写真↓

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  無数に見つかるこれらの渦巻きが、

  何でできているか?

  地球からどれくらいの距離にあるか?

  全くの謎でした。

Rimg2467   

  このことは、人々の宇宙観を揺さぶります。

  

  

大型望遠鏡のおかげで見えたことが新たな疑問につながる。

この展開がいいですね。

そしてこれからの展開がまた面白い。

だから書き残しておきたいと思いました。

残念ながら、今朝はここまで。

手元にある仕事を片づけよう。

    

  

※後記:26日晩は結局書けませんでした。(1月28日記)

 

  

2017年1月24日 (火)

ハッブルのこと その3/フッカー望遠鏡

  

今日は1月24日。

  

昨年11月24日放映「コズミックフロント NEXT 宇宙の革命児!

エドウィン・ハッブル」より。

  

第1次世界大戦に従軍したハッブルが、

その後に就職したのはウィルソン山天文台でした。

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そしてこの天文台には、世界最大の望遠鏡が稼働寸前でした。

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フッカー望遠鏡です。

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天文台の広報であるニック・アルキモヴィチさんは、

次のように言っています。聞き書きします。

  

この望遠鏡は、鏡がとても大きいので、

1万5000キロ先のろうそくの炎でさえ見ることができます。

さらに、当時出回り始めたばかりのカメラも

取り付けられていました。

望遠鏡というより、宇宙を撮影する巨大なカメラです。

  

この望遠鏡がハッブルの大きな味方になったのです。

ハッブルがウィルソン山麓にある町に到着した1週間後の、

1919年9月11日に、フッカー望遠鏡は台員に対してのみ、

使用可能になりました。

※参考:「膨張宇宙の発見~ハッブルの影に消えた天文学者たち~

(マーシャ・バトゥーシャク著/地人書館)285p

 

  

少しずつハッブルのことを書いていきます。

今晩はここまで。

さあ、もう寝ます。明日からまた頑張ります。

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