2017年1月23日 (月)

ハッブルのこと その2/「ハッブル伝説」の支配力・リック天文台

  

今日は1月23日。

  

ぶ厚い本ですが、昨日だいぶ読み進められた本が、

膨張宇宙の発見~ハッブルの影に消えた天文学者たち~

(マーシャ・バトゥーシャク著/地人書館)です。

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421ページ中、現時点で200ページ読破。

面白い本なので、今日中に読めてしまうのではないか?

  

この本の趣旨にあたるような文章が、

序章に書いてありました。

  

引用します。

  

1929年、ハッブルはさらに驚くべき発見をした。

ハッブルとその同僚ミルトン・ヒューメーソンは、宇宙は膨張し、

それに伴い、外に向かって銀河が膨張の波に乗り続けていることを

証明する端緒となる重大な証拠を手に入れたのである。

時空は動いていたのだ!

実際は、この驚くべき結論に到達する研究の半分は、

10年前、ローウェル天文台の天文学者ヴェスト・スライファーによって、

アリゾナ州の山の頂上で行われていた。

しかし、この発見に到達するスライファーの決定的役割は、

今では学問外の世界ではほとんど忘れ去られている。

これが「ハッブル伝説」の支配力であり、

歳月がたつにつれ他の人々の貢献を影に追いやってしまったのである。

宇宙の本当の姿を明らかにすることに貢献し、

ハッブルの成功の礎となった登場人物たち全員に、

本書はもう一度余すことなくスポットライトを当てるつもりである。20p) 

 

  

「ハッブル伝説」の支配力。

この言葉が印象に残りました。

ハッブルに夢中になればなるほど、他の人が霞むのでしょう。

そうではないんだという内容の本のようです。

実際この本を200ページ読んだ段階で、まだハッブルは出てきません。

ハッブル登場前の天文台建設や天文学研究が語られています。

ハッブルの発見の礎となったことが、じっくり語られています。

  

富豪のジェームズ・リックは、天文学者に説得されて、

天文台建設に出資することを決めました。

最初は街中に天文台を建てることを考えましたが、

高い山の頂に建てる利点を言われて、標高3000mの場所に作ろうとします。

しかし結局、リックが住む街から見上げれば見られる1300mのハミルトン山に

建設されることになりました。

しかし、リックは1876年に亡くなります。

建設はその直後にスタート。1887年に完成しています。

天文台付近には、観測員たちの家族が住む町がつくられ、

「小さな科学の共和国」と名づけられました。

望遠鏡の台座に亡骸が納められたことについては、次のように書いてありました。

  

リックはこの新共和国の守護神になった。

というのも、天文学への高潔な贈り物とともに彼のわがままは死後も

決して完全には消えなかったからである。

1887年1月、望遠鏡の基礎が完成するとすぐ、

リックの遺体は山に運び上げられもう一度埋葬された。

その亡骸は、彼が出資した巨大屈折望遠鏡を支える土台の真下に眠っている。

旅行者のグループは今日でもその墓を訪れる。(39p)

そのリック天文台に雇われたジェームズ・キーラーが、

後に重要な天文学の研究をします。

功名心からの天文台建設の出資だったかもしれませんが、

リック天文台は天文学に貢献したのです。

2017年1月22日 (日)

ハッブルのこと その1/19世紀末のアメリカ天文台建設ブーム

  

今日は1月22日。

  

昨年11月24日放映「コズミックフロント NEXT 宇宙の革命児!

エドウィン・ハッブル」を見ました。

面白い番組でした。

この番組について書いていこうと思います。

そして今日から読み始めている本

膨張宇宙の発見~ハッブルの影に消えた天文学者たち~

(マーシャ・バトゥーシャク著/地人書館)の内容も

つけ加えていきたいと思っています。

それでは番組の聞き書きをします。

  

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ナレーター:およそ100年前、人びとは天の川銀河が、

  宇宙の全てだと考えていました。

  ところがハッブルは、その外側に広大な宇宙があり、

  それが今も広がり続けていることを発見したのです。

  世間は大騒ぎになりました。

  「コロンブスは世界の半分を発見したが、

  ハッブルは新たな宇宙を発見した」(当時の新聞記事)

  「ハッブルはガリレオ以降の400年で

  最大の発見を成し遂げた人物です」(現カーネギー天文台長)

  いったいどんな人物だったのでしょうか。

  (中略)

  20世紀もっとも偉大な天文学者と言われるエドウィン・ハッブル。

  知られざる人物像と大発見の舞台裏に迫ります。

  

こうして始まった番組でした。

番組は19世紀末のアメリカの天文台建設ブームを紹介。

19世紀末、アメリカは空前の好景気を迎えていました。

  

ナレーター:鉄鋼、自動車、石油などの重工業が飛躍的に発展。

  富を手にした富豪たちは、都市には高層ビルを、

  そして地方にはあるものを建てていきます。

  天文台です。

  1887年、当時世界最大の望遠鏡を備え付けた

  リック天文台が建設されます。

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  カリフォルニアの企業家、ジェームズ・リックが

  建設資金を賄(まかな)いました。

  10年後、その記録を抜いたのが、シカゴの鉄道王

  チャールズ・ヤーキスが建てたヤーキス天文台です。

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  冥王星を発見したローウェル天文台が建てられたのも、この時代。

  ボストンの資産家、パーシヴァル・ローウェルが建てました。

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このように、19世紀末のアメリカでは富豪が

天文台建設に出資しました。なぜ?

同じく天文台建設に出資したカーネギーの言葉が残っています。

解明されたていない謎を解くために、

世界中の科学者がアメリカを目指すことを願っている

産業や経済でトップにあったアメリカが、

科学でもトップになることを目指したのです。

  

ハッブルも1917年にカリフォルニアにできた

ウィルソン山天文台に就職して研究を始めています。

そのことについては、後の投稿に書きます。

  

リック天文台について、番組ではより詳しく紹介していました。

  

番組中の小コーナー。

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365か所ものカーブがある険しい坂道を登ると、

リック天文台はあります。自動車で約1時間半かかるそうです。

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世界で初めての山岳天文台です。

望遠鏡の台座には、何とリックのお墓があります。

亡骸(なきがら)が台座の中にあるのです。ビックリ。

そうまでして名を残したかった?

でも多額の出資をしたなら、そうでもしたかったのでしょう。

その墓標です↓

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リックは、天文台の付近に観測員やその家族が暮らす町も作りました。

学校や警察、郵便局もありました。

「科学者の楽園」と呼ばれました。

当時の写真です↓

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今もこの町は残り、15世帯の家族が住んでいるそうです。

このリック天文台については、

本「膨張宇宙の発見~ハッブルの影に消えた天文学者たち~

にも興味深いことが書いてあったので、

次の投稿で書いてみます。

  

2017年1月21日 (土)

日めくりより トランプのマーク/尸と水・比・米

  

今日は1月21日。

 

久々、日めくり「雑学王」(TRY‐X)より。

  

「トランプのハートマークの本来の形は?」

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トランプの4つのマークには、このようなルーツがあったのですね。

調べていて、新しい言葉を知りました。

「スート」です。Wikipedia スートよると・・・

  

スート(英語: suit)とは、トランプ、

あるいはタロットの小アルカナに書かれているマークの事。

  

トランプのハートとかクラブなどもスートです。

  

  

「『尿』と書いて、なぜオシッコを意味するのか?」

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面白い話です。

調べたら、「尿」「屁」の他に「屎」という漢字もありました。

米はくその形だそうです。

つまり「屎」は「くそ」と読みます。

参考:「常用字解」(白川静/平凡社)

「糞」以外に「屎」という漢字があるのを初めて知りました。

「尿」「屁」「屎」のこと、他の人に話をしたいけど、

ちょっと憚(はばか)るところもあるなあ。    

  

2017年1月19日 (木)

「真田丸」シリーズ31 次の大河ドラマの宣伝シーン/久々のオリオン座

 

今日は1月19日。

  

今週の月曜日の晩は、9時半くらいまで仕事。

帰宅しようと勤務校の玄関から外に出た時に、

一緒にいた人が「オリオン座がよく見える」とつぶやきました。

その言葉で、私も空を見上げました。

  

この時期、この時間、

オリオン座はどこにあるかは承知しています。

その位置にオリオン座はデーンとありました。

  

お久しぶりです。

この冬、オリオン座を見たのはもしかして初めて。

ご無沙汰していました。

そうだよ、この時期には、オリオン座を眺めながら、

自転車で帰ることが多かったのに。

どうやらこの冬は心に余裕がないようです。

ビックリするくらい、オリオン座のことが頭になかったです。

何かと忙しい日々だけど、

オリオン座を眺めるくらいの余裕は持ちたいですね。

  

そして道草をしよう。3日ぶり。

  

  

1月6日放映の「歴史秘話ヒストリア おんな城主 直虎のイロハ」を

見ました。

今年の大河ドラマ「女城主 直虎」の主人公、直虎が

どんな人なのかといった基本的なこと(イロハ)を知りました。

直虎は、井伊家を存続させた人なのですね。

女城主として3年間、その後は徳川家の家臣になれるように、

井伊家の少年を立派に育て上げて売り込むこともしています。

その少年が井伊直政(なおまさ)。

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井伊直政は、家康家臣となってからは、家康天下取りに貢献。

徳川四天王の一人と称されました。

武田家の兵法を受け継ぎ、鎧の色は朱色とし、

「井伊の赤備え」と呼ばれました。

赤備えを纏(まと)って兜には鬼の角のような立物をあしらい、

長槍で敵を蹴散らしていく勇猛果敢な姿は

井伊の赤鬼」と称され、諸大名から恐れられました。

※参考:Wikipedia 井伊直政

  

井伊直政は関ヶ原の戦いでも活躍しましたが、

その2年後に亡くなります。

しかし、井伊家は徳川家の重要な家臣として存続し、

大坂冬の陣では、直政次男の直孝が出陣しています。

ここで大河ドラマ「真田丸」のシーンが思い出されます。

  

昨年11月13日放映の45話「完封」から聞き書きします。

  

要塞「真田丸」の櫓の上で、徳川軍を見る真田幸村と高梨内記。

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幸村:壮観だな。

内記:相手に不足はござりませぬ。

  あちらにも赤備えがおりますぞ。

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幸村:あれは井伊直孝の陣。

  かの井伊直政の次男坊じゃ。

内記:井伊でございますか。

幸村:向こうにも、ここに至るまでの物語があるんだろうなあ。

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内記:一度聞いてみたいものですなあ。  

  

  

三谷幸喜さんのくすっと笑える企てがありました。

ちゃっかり次の大河ドラマを宣伝していました。

幸いにも「ここに至るまでの物語」を聞く機会を得た身として、

これから1年、「女城主 直虎」を見ていこうと思います。

  

  

4週間ごとに通っている内科の病院の待合室には、

毎年大河ドラマのガイドブックが置いてあります。

17日に行ったら、「女城主 直虎」のガイドブックが置いてありました。

さっそく見ました。

直虎は織田信長と同世代と書いてありました。参考になりました。

織田信長は1534年生まれで、

1582年6月に本能寺の変で亡くなりました。

直虎は1536年前後に生まれたとされていて、

亡くなったのは1582年の10月です。信長の没年と同じです。

ちなみに徳川家康は1543年生まれ。

豊臣秀吉は1537年生まれ。

三英傑が目立っていた同時代に、頑張っていた人でした。

さあ、今日も1日、私も頑張ろう。

2017年1月15日 (日)

2006年9月16日竜爪山との比較

 

今日は1月15日。

  

1月9日に登った竜爪山は、以前登ったことがあると言われても

情けないことに思い出せませんでした。

でも帰りがけに寄った平山温泉はよく覚えていました。

  

具体的に2006年9月16日に登ったと教えてもらい、

写真を調べました。

そしたらちゃんと登っていました。

今のように文章は残っていません。

写真のみです。

でもこうやって自分が撮った写真が残っているのに、

覚えていないのは寂しいなあ。

  

10年以上前と今回を比較したくなりました。

  

2006年↓

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↑初代フォレスターです。

こうやって駐車したのですね。

  

2006年↓

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↑この時は新道から登りました。

今回と同じメンバーです。

今回はここがゴールでした。

2017年↓

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壁面に古さが出てきています。

    

  

2006年↓ 新道と旧道の分岐

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2017年↓

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同じような場所を撮影するんだなあと思いました。

少し変わったかな?

  

  

2006年↓ 穂積神社

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2017年↓

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2006年↓ 神木

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2017年↓

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↑しめ縄がなかったなあ、今回は。

  

  

2006年↓ 薬師岳頂上

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2017年↓

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↑微妙に変わっているぞ。

  

  

2006年↓ 文殊岳からの景色

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2017年↓ 

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2006年も富士山は拝めなかった模様。

写真がありませんでした。

  

 

2006年↓

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2006年はホトトギスを楽しんでいます。

  

  

2006年↓ 道白山頂上

今回と全く逆コースだったのですね。

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2017年↓

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黄色いのは同じ標識ですね。

  

  

2006年↓ 平山温泉

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2017年↓

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垣根がなくなっているぞ。

 

  

2006年↓ 平山温泉

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2017年↓

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この置物は不動だったのですね。

すっかり忘れていました。

でもこうやって比較するのは面白かった。

1月9日の竜爪山登山報告その4/無事下山・平山温泉へ

  

今日は1月15日。

  

前投稿に引き続き、1月9日の竜爪山登山報告を書いていきます。

  

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永い間、長尾川の清流に洗われ、自然にできた神石である。」

石はそのつもりはなかったと思いますが、

川に削られたのではなくて、洗われて、いやいや磨かれて、

立派になったのでしょう。

  

穂積神社から、欅立山(けやきたてやま)に行く予定でしたが、

雨が降り始めたので中止。新道を下山しました。

出発は11時44分。

  

よく見かけたのはこの実。

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この植物の名前は、また「みんなの花図鑑」で教えてもらおう。

わかったら、ここに書きます。

  

◇後記:わかりました。

イイギリです。さすが「みんなの花図鑑」

※参考:庭木図鑑植木ペディア イイギリ(飯桐)

  

  

新道・旧道の分岐↓

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どんどん下ります↓

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↑カーブは整備されていましたが、

だいぶ崩れていました↓

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下山道からみた竜爪山↓

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もうじき登山も終了。竹林が美しかったです。

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新道登山口↓

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駐車場に戻ってきました。12時36分でした。

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帰路は平山温泉へ。

2度目の入浴。

竜爪山は登った記憶が吹き飛んでいましたが、

平山温泉はよく覚えていました。

硫黄の匂いの強いお風呂であること。

石鹸で洗ってはいけないこと。

ひたすら浸かっている風呂であることから印象に残っていました。

今回、円形の風呂に仕切りがあって、湯温が違うことがよくわかりました。

私はずっと一番熱い場所に浸かっていました。

平山温泉の写真です↓

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玄関にこんな飾りがありました↓

どうやって作るのだろう。

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平山温泉のすぐ近くに、第二東名がありました。

その工事の写真が飾ってありました。

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平山温泉を後にしました。

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今度はいつここに戻ってくるかな?

いい湯をありがとうございました。

  

  

後日、同行者から連絡がありました。

前回竜爪山に登った日を教えてもらいました。

2006年9月16日。

一緒に登ったのは、今回と同じメンバー。

10.5年前のことでした。

写真の入っているCDを探しました。

ありました。ちゃんと写っていました。

これはブログスタート前の出来事。

したがってブログ上に記録は残っていません。

これを機会に残そうかな。でもまずはブログ投稿は中断。

今からはやらなければならないことをやる。

 

1月9日の竜爪山登山報告その3/薬師岳~穂積神社

  

今日は1月15日。

  

前投稿に引き続き、1月9日の竜爪山登山報告を書いていきます。

  

文殊岳から薬師岳への道です↓

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↑向こうに見えるのは薬師岳。

  

そして薬師岳頂上↓ 10時48分着。ここは素通りでした。

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頂上にあったこれ↓が薬師如来?

薬師岳と言うからには、薬師如来が祀ってあるのが本来?

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薬師岳北展望地

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雲に隠れていた富士山が少し見えていました。

富士山の左手にある雪山は毛無山だそうです。

毛無山もまた登ってみたい山です。

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ここから穂積神社までぐんぐん下りました。

急降下って感じです。

登ってくる人たちは、喘(あえ)いでいました。

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途中でホッとするものに出会いました↓

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太陽電池で体をゆする雪だるまのおもちゃです。

見ているとつい微笑んでしまう動きでした。

この急坂の途中にあるのはいい。

登ってくる登山者を、なごませることでしょう。

  

  

ミツマタがまたありました↓

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薄暗い登山道で、ミツマタの花は、小さな星のように見えました。

   

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↑この植物にも注目していました。

なぜか?

今回の登山で参考にしていたのが、次のサイト↓

参考:nobuのハイキングだより 竜爪山(1月6日登山)

3日前の登山報告です。

そこに魅力的な話が書かれていました。

上記サイトから、その部分を転載させていただきます↓

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私もアサギマダラの幼虫を見たいと思いました。

たった3日前の報告なので、見られる可能性が高いと思いました。

虫に明らかに食べられているこの葉に、きっといるぞと思って、

葉を裏返して確かめていきました。

同行者も手伝ってくれましたが、見つかりませんでした。

残念でした。

  

  

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↑古い竜爪山の説明板。

ここは何の跡地なのだろう?ここに穂積神社がもとはあったのかな?

  

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太い大木が登場。そして穂積神社に行きつきました。

11時34分でした。

  

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ここのトイレに次の貼り紙がありました↓

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少々笑えました。

(つづく)

  

1月9日の竜爪山登山報告その2/文殊岳頂上へ

 

今日は1月15日。

  

前投稿に引き続き、1月9日の竜爪山登山報告を書いていきます。

  

則沢への分岐がありました↓

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もちろん私たちは文殊岳をめざします↓

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相変わらず文殊岳までの道は急登が多いです。

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足元に赤い実がありました。

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↑同行者で、この植物の名前を知っている人がいました。

ツルリンドウです。

四季の山野草 ツルリンドウ

リンドウと言うと、花が思い浮かびますが、

このような実ができるリンドウもあるのですね。

  

 

こんな景色もありました↓

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デジカメだと、近くの木々にピントがあってしまいます。

向こうの山の頂に、太陽光発電パネルが設置されていました。

目を引きました。

  

 

ミツマタがありました↓

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竜爪山では、ミツマタをよく見かけました。

  

こんな急登でした↓

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また赤い実がありました↓

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今度も同行者が知っている人がいました。

ミヤマシキミでした。

※参考:自然の便り・岐阜かかみ野から 華やかな赤い実

仏花としても利用されるそうです。

  

 

頂上が近づいてきました↓

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↑樹間に文殊岳頂上が見えました。

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↑文殊岳頂上です。午前10時ちょうどでした。

  

頂上での景色です↓

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頂上から富士山は見ることができませんでしたが、

海の方面はよく見えました。

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15年間使ってきたビニールの水筒から水が漏れていて、

ザックの中が水浸しになっていることに気がつきました。。

急きょ残った水を使って湯を沸かしてカップラーメンを食べました。

予定より早めの昼ご飯を食べました。

  

 午前10時33分。次の薬師岳をめざして出発しました。(つづく)

 

  

1月9日の竜爪山登山報告その1/出発は午前7時36分

 

今日は1月14日。

  

1月9日に登った竜爪山(りゅうそうざん)の登山報告を書きます。

忙しい日々だったので、今頃うち始めます。

  

同行者が用意してくれた地図に少し書き加えたものです。

これが今回のコース↓

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同行者が以前も竜爪山に登ったよと教えてくれましたが、

全く覚えなし。10年ほど前のようです。

登ってみたら思い出すかなと期待して、登りました。

   

ここが駐車場↓ 先客は3台。

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ここは有料駐車場。100円を支払いました↓

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登り始めは7時36分でした。

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↑この鳥居の下を通過して、いよいよ登り始めました。

  

すぐに左折して急登です↓

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↓木に絡まるつる性植物。もうつるではないですね。幹だ。

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724m峰↓ 

「道白山」と名前の山らしいけど、

頂上には山名を記したものはありませんでした。

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724m峰を過ぎ、次のピークを過ぎたあたりで、展望が良くなりました。

そこから見ることができた景色↓

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これから登る竜爪山方向↓

左のピークが文殊岳。右のピークが薬師岳。

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休憩した高圧線鉄塔↓

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ここに着いたのが午前8時47分。

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↑こんな山の中に、このような大きな鉄塔を立てた人たちがいるんだよなあ。

資材はどうやって運ぶんだろう?

  

再び文殊岳をめざしました。

(つづく)

  

 

2017年1月14日 (土)

明るくなった街路灯/今晩は雪がすごい

 

今日は1月14日。

  

雪がすごい。

先ほど近くの駅まで息子を迎えに行く。

道にもしっかり雪が積もっていました。

私の車はスバルのフォレスター、四輪駆動でスタッドレス。

雪山に行くために頑張って買った自動車なので、

ちょっと余裕です。でも油断禁物。

    

  

少し前に、わが家の前にある街路灯が交換されていることに気がつきました。

どうやらLED電球になったようです。

とっても明るい。

  

1月5日の朝、撮影してみました↓

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同じ日の晩にも撮ってみました↓

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どう撮影したら、この街路灯の明るさがつたわるか?

難しい。

その明るい街路灯が、わが家の真ん前にあります。

もちろんわが家のものではなく、公共の街路灯ですが、

わが家の入り口を煌々と照らしてくれています。

得した気分です。

  

  

先ほど、雪降る中で頑張っている街路灯も撮影してきました↓

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明日の朝、どんな雪の世界になっているか楽しみです。

一人、朝、フォレスターに乗って出かけたいと思っています。

奥さんには「やめときん」と止められていますが・・・。

  

最近の写真

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