2018年2月 4日 (日)

「驚きももの木20世紀」その6/「治療塔」からの引用

 

今日は2月4日。

 

前投稿に引き続き、

1993年10月29日放映の

驚きももの木20世紀 チャレンジャー爆発」をここに書き留めます。

  

1月28日の「今日は何の日」クイズをきっかけに、

25年前の番組を、このブログに書き留めました。

映像の読み物化をまた実行しました。

もう埋もれてしまいそうだった映像を、

最近はあらためてじっくり見てみました。

埋もれちゃいけない番組だと思いました。

このブログに書き留めたことで、

その気になればすぐに読み返して、

自分の中で再構築ができます。

見たければまたビデオテープを出してきて見ることができます。

もしかしたら、この番組について知りたいと思う人が出てきたら、

検索してヒットします。少しは役に立つでしょう。

今日は6本、番組に関する記事を投稿しました。

時間はかかりましたが、無駄ではないと思いたいです。

  

今昔の番組をこうやって読み物化していくこと。

私にとって大事な仕事です。

埋もれていってしまう番組を消さないために。

そして有効に活かすために。 

テレビ番組は貴重なのです。

最近の動画で、チャレンジャー号の事故を扱ったものを探しました。

この動画はどうでしょう↓


YouTube: 宇宙 緊迫の瞬間 スペースシャトル・チャレンジャー爆発事故

  

最後に、1月28日が「宇宙からの警告の日」と

なった本からの引用をしたいです。

どうも「今日は何の日~毎日が記念日~」の説明では

納得がいかなかったので、図書館で借りてきました。

※参考:ここでも道草 1月28日に思い出した番組(2018年2月1日投稿)

(ここに説明アリ)

    

その本は「治療塔」(大江健三郎著/岩波書店)。

1990年発行の本。SF小説。

時代は21世紀前半が舞台。今ですね。

51zccdrntkl__sx218_bo1204203200_ql4  

この本に、チャレンジャー号の事故のことが

次のように書かれていました。

  

リッチャンはまだ生まれていなかったから、

古き善き時代のケープ・カナベラル基地から

NASAのスペース・シャトルが打ち上げられていた、

宇宙航海の揺籃期のことは知らないよね?

しかしテレヴィのノスタルジーの番組で、

離陸したロケットがほんの数秒後に白い煙の輻(や)を

四方に放って爆発した、あの涙ぐましいようなヴィデオは

見たことがあるでしょう?

日本人には有人ロケットの打ち上げができなかった頃でね、

あのロケットにはオニヅカ宇宙飛行士という日系二世が

乗り組んでいたこともあって、とくに関心が集中していたんだよ、

こちらでも。

現場中継のテレヴィは西側世界のどこでも放映されたはずだよ。

あれを見ているとね、スペース・シャトルの関係者は

緊迫した雰囲気だったけれども、見送りに集まった見物人たちの

特設桟敷は花やかなピクニックのようでね。

人類的な規模の大事故が、ああした行楽気分のなかで起るものかと、

後になってつくづく気が滅入ったけれどもね。

ロケットが発射される。

お祭り気分の連中が喚声をあげる。

闘牛かなにかの熱狂ぶりでね、Go、Go!とか叫んでさ。

在郷軍人風の連中は手慣れたもので、

のんびり星条旗の紙旗を振ったりしていた・・・。

そのほんの数秒後、ドカーンと爆発して、

カメラがたまたまとらえていた宇宙飛行士の家族が、

Oh,No!と叫ぶ。

あの瞬間、テレヴィ中継を見ていた、

西側世界全域の人々の心にね、悲劇的な感情がサーッと走ったと思うよ。

そして、その感情は、奥深いところで正しかったんだね。

彼らの胸の底に届いていたのは、人的被害は最小にとどめての

宇宙意志からの警告だったさ。

私はね、あれを機会に、宇宙にロケットを打ち上げる試みは、

すべて断念すべきだったと思うよ。(中略)

ところが人類はそれとは逆の選択をしたんだなあ。(後略)

(16~17p)

  

こうなると、宇宙に出ることが必ずしも良しではない。

人類は、本当に宇宙に出るべきかどうか考えろ。

1月28日は、そんな日と言うことでしょうか。

  

少々違うところあり。

打ち上げから爆破まで「数秒」とあるけど、

実際は「73秒前後」

オニヅカさんは「日系二世」ではなくて、

「日系三世」

  

  

ふ~、今日はよく書いた。スペースシャトルが夢に出てくるかも。

もうこんな時間。おやすみなさい。

 

「驚きももの木20世紀」その5/Come Fly with me

 

今日は2月4日。

 

前投稿に引き続き、

1993年10月29日放映の

驚きももの木20世紀 チャレンジャー爆発」をここに書き留めます。

 

 

いよいよ打ち上げです。

番組の写真を並べます。

Rimg1827_2

Rimg1829_2

Rimg1830_2

Rimg1831_2

Rimg1832_2

Rimg1833_2

Rimg1834_2

Rimg1835

Rimg1836

Rimg1837

Rimg1838

Rimg1840

Rimg1841

Rimg1842  

次の瞬間だ。

Rimg1843

Rimg1844

Rimg1845

Rimg1846

Rimg1847

ナレーターの森本レオさんが、この大事故を伝えます。

 

ナレーター:高度1万6千メートルで起こった大事故。

  一瞬の時を置いて、

  現実の悲惨さが誰にも伝わった。

  事態は最悪だった。

Rimg1848

Rimg1849

Rimg1850

Rimg1851

Rimg1852  

  ひとつ、またひとつ、

  チャレンジャー号の残骸が海に落ちていく。

  肉親を、友人を目の前で失う。

  観客席はどうにもならない悲鳴で埋まった。

Rimg1853

Rimg1854  

  だが、その中で1人、毅然としていた女性がいた。

  オニヅカの母だった。

Rimg1855

  「泣かないで皆さん、泣かないで。

   私は皆さんがいるから大丈夫。

   どうか泣かないで」

 

  

エリスンさんが母に送った言葉を、弟さんが紹介してくれました。

ディスカバリー号成功後の渡されたものと思われます↓

Rimg1856  

お母さんへ

僕の夢を信じてくれたことに

多くの愛と感謝を込めて。

あなたの助けがなくては

これは成し遂げられなかった。

母さんい一緒に飛ぼうよ。

(Come Fly with me)

Rimg1857

お母さんの証言。

息子がいないのは淋しいけれど

一人だけじゃなく 

仲間6人と一緒に逝ったのだから

あの子は幸せ者ですよ。

Rimg1858  

  

ここで映像は終了。

その直後の三宅裕司さんの顔。

Rimg1866  

この顔は覚えていました。

チャレンジャー打ち上げから爆発までの大事故を見て、

そしてエリスンさんの言葉、お母さんの言葉を聞くと

この顔になってしまうのです。

目が奪われ、心も奪われてしまう映像なのです。

  

「強いなあ、お母さん」

三宅さんはそう言います。

  

立川志の輔が言います。

 

本当に、お母さんというのが最後まで

印象に残りますね。

もしあそこで、お母さんが、

「雑貨屋は私一人でやっていけるんだから、

 あなたはあなたの夢を追いかけなさい」

と言わないで、

「あなたがいないとこの雑貨屋はやれないし、

 私のそばを去らないで」

と言っておけば、ひょっとすると、

オニヅカさんは今、生きてはいるかもしれないけど、

その夢は一切何もできない、実現されていない。

 

 

周りの人の助けを受けて努力することで、夢は叶う。

この番組のテーマはここだと思います。

  

つづく

「驚きももの木20世紀」その4/NASAは焦っていた

 

今日は2月4日。

  

前投稿に引き続き、

1993年10月29日放映の

驚きももの木20世紀 チャレンジャー爆発」をここに書き留めます。

  

いよいよ打ち上げが迫ってきました。

Rimg1810_2

Rimg1811

ナレーター:チャレンジャー号の打ち上げが迫っていた。

  当初、スペースシャトルは年に50回の

  宇宙への往復を目指していた。

  しかし、実行できたのは、年にわずか10回程度。

  NASAは焦っていた。

  

司会の三宅裕司さんが「NASAは焦っていた」のことを

専門家の中村浩美さんに尋ねました。

Rimg1813_2

中村さんが言うには、事故の後、レーガン大統領による

特別命令を受けた調査委員会が調査して、

報告書が出されました。

Rimg1812_2  

この報告書によると、Oリングというロケットブースターをつなげる部品が、

合成ゴムでできているため、寒さのために破損したんが、

直接原因とのこと。

それはそれとして、スペースシャトルにはビジネスの面もありました。

お金をいただいて人工衛星を運んだりするといった面です。

延期したり計画を取りやめたりすると信用にかかわります。

だからNASAは、何とかスペースシャトルを飛ばしたかったという

背景はあったと中村さんは言います。

  

チャレンジャー号の発射は近づいていました。

発射台のあるフロリダ州は、異常な寒波。

発射台は凍てついていました。  

Rimg1814_2

Rimg1815_2

 

その日(1月28日)は寒かったので、

発射は延期されるのではと思っていたと広報官。

しかし、延期されませんでした。

  

  

チャレンジャー号打ち上げの1週間前、

宇宙飛行士たちは、発射台のあるフロリダのケネディー宇宙基地に到着。

 

ハワイから来た応援団60人余りも

フロリダに来ていました。

もちろん、エリスンさんのお母さんであるミツエさんも。

Rimg1816_2  

弟のクロード・オニヅカさんの証言。

打ち上げ前に、エリスンさんは母親に会いたがっていまた。

しかし、エリスンさんのいる隔離室に入るためには、

面倒な身体検査が必要でした。

年老いた母親には無理と判断して、会うことをあきらめました。

「会わせておけばよかった」と、

クロードさんは後悔しています。

  

いよいよ1986年1月28日。

Rimg1817

午前5時。

チャレンジャー号の乗組員はにこやかに朝食。

Rimg1818_2  

Rimg1819

打ち上げ30分前。

ハワイから応援団を乗せたバスもやってきて、

用意された”応援席”に着きました。

Rimg1820_2

Rimg1821_2

 

ナレーター:刻々と近づく発射の時間。

  全てが順調に進んでいるようだった。

Rimg1822  

 

Rimg1823_2

姉のシャーリー・マツオカさんの証言。

打ち上げ前に電話で弟と話しました。

最後にエリスンさんはこう言ったそうです。

「お母さんのことをよろしくたのんだよ」

   

午前8時。

7人の宇宙飛行士は発射台へ向かいました。

Rimg1824_2  

  

打ち上げ前日の夜、エリスンさんは、

お母さんのいるホテルの部屋に電話しています。

Rimg1826_2

家族の様子、応援団の様子を話した後に、

エリスンさんはこう言ったそうです。

「みんなうまくいっているから、心配しないで」

  

いよいよ打ち上げ。

  

  

つづく。

  

「驚きももの木20世紀」その3/442連隊の精神

  

今日は2月4日。

 

前投稿に引き続き、

1993年10月29日放映の

驚きももの木20世紀 チャレンジャー爆発」をここに書き留めます。

   

宇宙飛行士は、宇宙に行くときに持参するものがあります。

どれだけでも持参できるわけではなく、

限られた量だけでした。

したがって、何を持参するかで、宇宙飛行士の思いが表れます。

Rimg1813

ディスカバリー号搭乗の際に、

エリスン・オニヅカさんは3つのワッペ持参しました。

その中の、このワッペンにまつわるお話を、書き留めます。

Rimg1812

Rimg1814  

  

ディスカバリー号搭乗後、彼はハワイに凱旋帰郷。

Rimg1815  

偉業を成し遂げたお祝いのパーティーが行われました。

そこには母の姿もありました。

Rimg1816  

夢だった宇宙に行くことができたエリスンさん。

その喜びは、エリスンさんだけでの喜びではなく、

エリスンさんのことをアメリカ中の日系人が、

まるで自分の息子のように祝いました。

 

なぜか?

  

ハワイの農園には、日本人の血と涙がしみ込んでいます。

Rimg1818

ハワイに日本の移民が移り住んだのは、135年ほど前だそうです。

(番組では110年ほど前と言っていました)

そのほとんどが、サトウキビ畑やパイナップル畑の労働者でした。

Rimg1820

Rimg1821  

日系人たちは団結し、

お互いに助け合わないと生きていけませんでした。

やがて苦労は実を結び、ほとんどの人たちが、

自分の土地を持てるようになりました。

1941年。

突然に日本軍がハワイを攻撃しました。

Rimg1823

太平洋戦争の勃発です。

  

祖国日本とアメリカとの戦い。

日系人は苦難の時代を迎えました。

強制収容所に入れられた人も多かったそうです。

Rimg1824

日系人への迫害の嵐が、自由の国アメリカで吹き荒れました。

  

この時に立ち上がった日系人がいました。

Rimg1825

Rimg1826  

なぜ日系人だけ差別を受けるのか。

彼らは、アメリカ軍として戦うことで、

日系人としての誇りを保とうとしました。

そんな日系人の部隊が442連隊です。

442連隊は、ヨーロッパ戦線で、命を惜しまぬ戦いっぷりで

活躍をしました。

Rimg1827

Rimg1828

Rimg1829

Rimg1830

442連隊が、アメリカ軍部隊の中でも、

最も勲章を得た部隊として記録されています。

ただその勲章の陰には、おびただしい犠牲がありました。

部隊の半数以上の者が負傷あるいは戦死しました。

Rimg1831

Rimg1832

↑これがエリスンさんが宇宙に持参したワッペンのマーク。

442連隊のマークでした。

442連隊のことを今も日系人は忘れていません。

そしてエリスンさんも。

  

エリスンさんも、お祝いの会のスピーチで言っています。

 

もう一度宇宙に行けるとすれば、

442連隊や100大隊の日系人がしたのと同じように、

私も合衆国に忠誠を誓います。

  

Rimg1833  

戦後生まれのエリスンさんに、

442連隊のことをいつも語っていたのは、

母親でした。

Rimg1834

日系人の人たちにとって、442連隊の人たちの精神は、

心の中に植えつけられているものなのでしょう。

きっとそれは私たちの予想を上回っていると思います。

 

ただ、この番組から25年。

エリスンさんの世代は引退して、今は次の、

あるいはその次の世代が中心です。

442連隊の精神は、今も日系人に受け継がれているのでしょうか。  

古い番組を書き留めていると、今はどうなんだろうと思います。

  

「驚きももの木20世紀」その2/母は強かった

 

今日は2月4日。

  

前投稿に引き続き、

1993年10月29日放映の

驚きももの木20世紀 チャレンジャー爆発」をここに書き留めます。

  

1978年スペースシャトル計画のスタート。

宇宙飛行士を募集。

一般の人から初めて集められた。

募集したのは8000人!

その中から選ばれたのが35人。

Rimg1768

チャレンジャー号に乗っていた7人も、その中のメンバー。

ではエリスン・オニヅカはどこで生まれ、

なぜ宇宙飛行士を志したのか?

Rimg1769

生まれはアメリカのハワイ島コナ。

1946年生まれ。

ゲストの中村浩美さんが、「同じ年生まれ」と言っていました。

したがって、現在生きていたら71歳。

  

Rimg1771

両親は日系2世。中央がエリスンさんを思われる。

  

Rimg1770

オニヅカ家は、コーヒーを栽培しながら、

小さな雑貨店を経営してました。

  

オニヅカさんが9歳の頃、実験を行いました。

家の床下で、花火を使ってロケット実験を行いました。

床からはもうもうと煙。

しかし、母親は頭ごなしに怒ることなく、

訳を聞いてくれる母親だったと、

エリスンさんの姉や弟が証言しています。

Rimg1773

  

宇宙へのあこがれがうかがわれるエピソードですが、

エリスンさんのあこがれを決定づける出来事が続きます。Rimg1775  

1961年4月12日。私が生まれた3日後。

Rimg1776  

Rimg1777

ガガーリンは言いました。

「地球は青かった」

  

番組からは一時離れますが、この有名な言葉の続きがあることを

最近知りました。

「ここに神は見当たらない」です。

日本では「地球は青かった」が有名ですが、

世界では「ここに神は見当たらない」の方が有名なのだそうです。

※参考:Wikipedia ガガーリン

  

番組の内容に戻ります。

同じく1961年5月5日。

Rimg1778

Rimg1779  

アメリカ、ケネディ大統領の演説。

 

1960年代の終わる前に、

アメリカは人類を月に着陸させ、

安全に地球に帰還させるという

目標を達成するであろう。

  

この言葉が、エリスンさんの心に火をつけました。

1964年。エリスンさんはハワイから出て、コロラド大学に入学。

宇宙工学を学ぶためでした。

  

しかし、卒業を控えたエリスンさんのもとに、

悲報が届きます。

1968年2月20日。

父親マサミツさんが亡くなったのです。

Rimg1780

エリスンさんは悲しみに暮れ、そして悩みます。

年老いた母親をほっておいて、そのまま勉強をしていていいものか。

  

オニヅカ家のことをよく知るノーマン・サカタさんの証言。

 

オニヅカは大学をやめて、

ハワイに戻る決心をしていたようです。

でもあの時、お母さんは、オニヅカにこう言ったのです。

「小さな雑貨店のひとつぐらい、母さん一人でやっていけるよ。

余計なことを考えずに、好きな勉強を続けなさい」って。

Rimg1781

  

次にナレーターの森本レオさんの語り。

 

母は強かった。

母の言葉を胸に、オニヅカは再び夢に向かって羽根を広げた。

この母がいたから、ハワイ初の、そして日系人初の

宇宙飛行士が生まれた。 

Rimg1782

ここが感動のシーンでした。

自分一人では、夢は成し遂げられない。

誰かの力を借りながら、自分が努力して成し遂げられるもの。

言い古されていることかもしれませんが、

実際の典型例をここで知ることができました。

  

エリスンさんは、ディスカバリー号に搭乗しました。

チャレンジャー号は2回目の搭乗でした。

Rimg1784

Rimg1785

宇宙で箸を最初に使った人物でもあります。

 

  

つづく。

「驚きももの木20世紀」その1/それは1月28日午前11時39分に起きた 

 

今日は2月4日。

立春です。

  

2月1日の記事の続きです。

ここでも道草 1月28日に思い出した番組(2018年2月1日投稿)

1993年10月29日放映の

驚きももの木20世紀 チャレンジャー爆発」をここに書き留めます。

  

Rimg1748

番組のスタート。

今回は「日の丸を宇宙に初めて持って行った宇宙飛行士の話」と

紹介されました。

「驚きももの木20世紀」の司会者はこの2人。

Rimg1749  

三宅裕司さん。

1951年5月3日生まれ。現在66歳。当時は42歳。

楠田枝里子さん。

1952年1月12日生まれ。現在66歳。当時は41歳。

お二人は同学年だったのですね。

  

スペースシャトルチャレンジャー号爆発事故は、

1986年1月28日に起きました。

  

Rimg1750

Rimg1751

↑手を挙げているのが、この番組の主人公エリスン・オニヅカさん。

Rimg1752

Rimg1753

Rimg1754

Rimg1755  

チャレンジャー号が地上を離れて72秒後。

Rimg1756

Rimg1757

Rimg1758

Rimg1759  

チャレンジャー号は、空中で大破しました。

私はこの時、確か生放送で見ていたと思います。

具体的な時刻を調べました。

現地時間1月28日午前11時39分。

日本の標準時で1月29日(水)午前1時39分。

う~ん、起きていたかな?平日だもんなあ。

生放送で見ていたのか、少々自信がなくなってきました。

  

チャレンジャー後の乗組員7人Rimg1760  

そしてエリスン・オニヅカさん。日系3世。

Rimg1761  

チャレンジャー号爆発直後の母親ミツエ・オニヅカさん。

Rimg1762

番組のサブタイトル。

Rimg1763

Rimg1810

  

  

ゲストの紹介。

Rimg1764

中村浩美さん。

1946年2月8日生まれ。現在71歳。当時は47歳。

  

Rimg1765  

マルシアさん。

1969年2月14日生まれ。現在48歳。当時24歳。

  

Rimg1767  

立川志の輔さん。

1954年2月13日生まれ。現在63歳。当時は39歳。

 

古い番組を書き留めていると、

今は何歳?当時は何歳?が気になりました。

皆さん、当然ながら若い。

私は32歳。

つづく。

 

2018年2月 2日 (金)

「開き直ってカモメを描いた」/「カモメ」の似合わない曲

今日は2月2日。

  

1月13日からの生活のBGMは竹原ピストルの

アルバム「BEST BOUT」の中の気になる曲のひとつ。

  

カモメ

  

この曲は長い感じのする曲ですが、

歌詞を見てみると、あっけなく短い。

じっくり歌いあげている曲だと思います。

歌詞のこの部分がお気に入り。

  

♪  青を塗って

  白を塗って

  一息ついてから最後に僕の気持ちを塗った

  空の絵を描いていたつもりが 

  海みたいになってしまった

  開き直ってカモメを描いた

 

曲名の「カモメ」はこの歌詞から引用。

曲を聴いてみるとわかりますが、

「カモメ」というタイトルが似合わない曲想です。

海の上を飛んでいません。

地べたをはいつくばっている感じの曲です。

でも「カモメ」なんですよね。

開き直って行動したことの象徴なのです。

 

  

この曲も、「よー、そこの若いの」がそうだったように、

1番が例えであって、2番がリアルです。

ここでも道草 「季節を報せない花なんてないのさ」そうだそうだ!(2017年12月25日投稿)

(↑ここでは「2番はストレート」と表現していました。)

1番の例えが何を表現しているのか、

2番を聴くとわかります。

ここで聴けます↓


YouTube: カモメ  竹原ピストル

さんざん曲を聴いてきましたが、

歌詞を見ると、あらためて

こういう気持ちを歌っていたんだと

新鮮な気持ちで再び聴けます。

  

2018年2月 1日 (木)

通算5600本目の投稿/1月28日に思い出した番組

 

今日は2月1日。

 

時々学級で「今日は何の日」クイズをやっています。

ヒントを言いながら、たくさんの間違いを経た後に

正解に行きつくやりとりが大好きです。 

先日ネタにしたのが、1月28日。

「〇〇○〇からの警告の日」

〇に言葉を当てはめさせます。

何だかわかりますか?

  

正解は「宇宙からの警告の日

そのいわれは・・

今日は何の日~毎日が記念日~

このサイトから引用します。

1986(昭和61)年のこの日、アメリカの

スペースシャトル・チャレンジャーが打ち上げられ、

発射74秒後に爆発し、乗組員7人全員が死亡した。

作家・大江健三郎は『治療塔』の中でこの事故を

「宇宙意志からの警告」と表現した。

 

何度も宇宙に人類を送り込んでいたスペースシャトル。

この時の事故は、宇宙飛行は決して安全ではないので

油断するなということでしょうか。

 

私はこの時、生放送で打ち上げを見ていた覚えがあり、

爆発直後は、何が起きたのかわからない状況でした。

え、爆発したの?本当に?

にわかには信じられませんでした。

 

チャレンジャー爆発事故に関しては、

次の番組を私はすぐに思い出します。

1993年10月29日放映の

驚きももの木20世紀 チャレンジャー爆発」です。

 

今から25年前の番組です。

実は中学校教師をしていた頃、

社会科の授業で必ず見せていました。

 

今回、この番組を読み物にしたいと思いました。

このブログに、番組のエキスを書き留めておきたいと思いました。

ただ今回の番組はビデオテープに収まっています。

Rimg1807

ビデオテープに収まっている番組の記録は初挑戦。

最近使っていなかったビデオデッキを出してきて

再生をしています。

横線がザザッと入ります。

トラッキングっという言葉を思い出します。

写真を撮りや聞き書きを始めました。

 

同年代の方たちよ、思い出しませんか?

この番組冒頭のシーン↓

Rimg1747   

つづく。

2018年1月31日 (水)

皆既月食を撮ったつもりでしたが・・・

今日は1月31日。

  

午前中の投稿の続き。

日中は天気が悪かったのに、幸いにも晩は晴れて、

満月を見ることができました。

1日、頑張って働いたので、ご褒美かな。

私だけでなく、頑張った人が多かったのでしょう。

 

そして、CASIOのEX-SC100で、

皆既月食をタイムラプス撮影しました。

ここでも道草 買ってもらったCASIOのEX-SC100(2016年10月29日投稿)

だんだん月が欠けていく様子を撮影しました。

1時間あまりを7秒に短縮しました。

すぐに済んでしまいます。

 


YouTube: 2018年1月31日皆既月食を撮ったつもり

 

月が欠けていくのが撮影できているだろうと思ったら、

何と、月がだんだん小さくなっていって消えてしまう動画に。

きっとこれは1回、1回の撮影の露出時間が短すぎるためでしょう。

よくわかりませんが。

笑っちゃいました。  


午後9時からのNHKニュースで

各地での月食の様子を生放送していました。

その時の写真を載せます。  

Rimg1806

Rimg1799

Rimg1800

Rimg1802

Rimg1803  

月が地球の影に隠れると赤くなることから、

血の色を連想して「ブラッドムーン」と呼ばれるそうです。

「スーパームーン」は、月が地球に近づいている状態。

でも本当の今年のスーパームーンは1月2日のはず。

リフレイン「やむにやまれず ふってふられて」「好奇心はとまらない まだまだ知りたい」

今日は1月31日。

  

1月13日から聴いている生活のBGMは

竹原ピストルのアルバム「BEST BOUT」です。 

その中の印象に残る曲のひとつ。

RAIN」 

ここで聴けます↓


YouTube: 竹原ピストル「RAIN」 「LIVE IN 和歌山」

 

次の歌詞がリフレインされます。

 

♪ やむにやまれず ふってふられて

  

ここがいいんだようなあ。

  

最近あまり耳にしていなかった、

「やむにやまれず」という言葉に久々に出会って、

けっこういい使われ方をしてるじゃんと

三河弁で声をかけたくなる歌いっぷりです。

  

「やむにやまれぬ」

意味は「やめようとしてもやめられない。そうするよりほかない」

 

  

先日、このブログでオオオナモミを調べていました。

その時についでに次の投稿に目がとまりました。

ここでも道草 天網恢恢(てんもうかいかい)/陣内大蔵(2009年12月16日投稿)

懐かしい曲、歌手に再開しました。


YouTube: 陣内大蔵 - 好奇心


YouTube: 陣内大蔵 - 深呼吸


YouTube: 陣内大蔵 - 空よ

  

「好奇心」の歌詞が思い出されます。

 

♪ 好奇心はとまらない まだまだ知りたい

  好奇心はとまらない 君のことを知りたい

  

  

このリフレインは、頭にこびりついていますね。

やむにやまれぬ好奇心。

とまらない好奇心。

仕事もせずに道草をしていました。

満月を見たり、満月のことを書いたり、

心に残ったリフレインについて書いていました。

さあ、仕事、仕事!

今朝だけBGMは陣内大蔵の「好奇心」

  

今晩まで頑張って仕事をしたら、

ご褒美で皆既月食を見させてくれないかなあ。

最近の写真

  • Img_2014
  • Img_2013
  • Img_2012
  • Img_1925
  • Img_1984
  • Img_1983
  • Img_1981
  • Img_1980
  • Img_1936
  • Img_1926
  • Img_9052
  • Img_9051

楽餓鬼

今日はにゃんの日

いま ここ 浜松

がん治療で悩むあなたに贈る言葉