2019年8月 1日 (木)

「私何だか死なないような気がするんですよ」その3/一歩前に踏み出すのです

 

今日は令和元年8月1日。

  

前投稿に引き続き、

私何だか死なないような気がするんですよ」

(宇野千代著/海竜社)から引用します。

何度も書きますが、98歳の方が書いたエッセイです。

  

 

仕事は私の生命の源です。

ささやかでも仕事を続けることは、

世間とのつながりを持つということになる。

人と人とのつながりをもたらす喜びは、

老年の私の生命力を引き出してくれるのです。

(83p)

  

毎日誰かが読んでくれているブログをうつことは、

私には大事な仕事です。

元気をもらえる仕事です。

  

  

好き勝手に生きて来たように見える私ですが、

私なりに生きるための方策というものはあったと思われます。

方策とは何でしょうか。

いやなことは何ごとも忘れると言う私の特技を生かしたのです。

何がおこってもすぐに私は忘れる。

いや意識して忘れようとするのではない。

一歩前に踏み出すのです。

一歩踏み出すことによって、新しい世界はひらけました。

すべての行動は愉しいものになったのです。

(91p)

   

一歩前に踏み出す」は強く印象に残りました。

案外、これがいやなことを忘れるいい方法かもしれません。

  

  

年になったのだからもう死ぬなどと考えたこともありません。

死んだ後のことは、死んでから考えればよいと思っています。

(91~92p)

  

格好いいなあ。

  

 

自分の気に入った表情のまま、死ぬ事が出来ることが

私の何よりの願望です。

(100p)

  

なるほど。この発想はいい。

 

 

ほんとうの親孝行とは上げ膳、すえ膳で

親の面倒をみることではありません。

本当に、あなたがお母さんを長生きさせたいと思っているなら、

どうか、次の事を忘れないで下さい。

この家にとって、彼女は一時も欠かせない有用な人間である、

と思い込ませるようにして下さい。

お母さんは、どんなにか溌溂として、

生き生きと生き長らえることでしょうか。

あなたの老いたお母さんには、

それが唯一無二の長生きの方法であることを、

あなたはしっかりと思いとめて下さい。

(103p)

   

親の介護をしている身に、印象深い言葉です。

 

 

私が長生きしたかったのは、若い時には書けなかったことを、

ゆっくり生きて、心ゆくまで書きたいと思っていたからなのです。

時間がなくっちゃ、よい仕事はできませんもの。

(106p)

  

最近、ブログを更新するペースが上がっています。

ずっとこうやって書きたいと思ったことを

実行している感じです。

仕事を休んでいる時に申し訳ないと思いつつも、

こうやってうつことで心が元気になっていくのです。

 

10年ほど前のことであったか。

古い友達の瀬良正太郎さんから、或るとき、

京都の大徳寺の尾関宗園の作である

「長寿十則」というものが送られてきた。

その中に「九十になって迎えが来たら、

百まで待て、と追い返せ」というのがあった。

その一種ユーモラスな表現の中に、

私は多くの積極的な意思のようなもののあるのを

感じたものである。  (110p)

 

不肖ながら、私も感じました。

  

  

私はこのところ、耳がかなり遠くなった。

しかし、不思議なもので、

人々がにこにこと話している中にいると、

たとえ、聞こえなくとも、その雰囲気が伝わってきて、

私はとても、しあわせな気持ちになる。

心で見る、心で聞く、とはこのことなのだな、

と最近分かってきた。

心は伝わる。心は伝染する。

私たちは幸せだけを伝染させたいものである。

(116p)

  

再び父親を思いだします。父親は耳が遠い。

食卓で、家族が楽しい会話をしている時に

きっと内容は十分聞き取れていない父親が、

ニコニコしているのです。

「こうやって家族がそろって話すのはいいなあ」と

よくつぶやくのです。

そういう機会をこれからも増やさないといかんなあ。

  

まだつづく

「私何だか死なないような気がするんですよ」その2/休養することも”頑張る”

 

今日は令和元年8月1日。

  

前投稿に引き続き、

私何だか死なないような気がするんですよ」

(宇野千代著/海竜社)から引用します。

何度も書きますが、98歳の方が書いたエッセイです。

  

まず心、そして体です。

健康健康といって体にばかり注意を向けても、

心の方が不健康では、自然な生命力を保つことは出来ません。

長生きをしたい方は心の持ち方が大事であると

肝に銘じて下さい。

では、どんな心の持ち方をしたらよいのでしょうか。

それは、いつでも平常心でいること。

平常心とは、常に平らかな心でいるということです。

ヒステリーやかんしゃくを起こさない、

怒りやいらいらにとらわれない、悩みや心配事を抱え込まない、

いつでも静かで平らかな気持ちで暮らしていくことです。

執着から解き放たれることです。

その境地で暮らして行けば、長生きをし、

楽な死に方ができると言うのです。

(44p)  

  

その心が病み中の私。徐々に回復中。

  

私は九十歳をすぎたころから、とても、耳が遠くなりました。

目の方も弱くなりました。

年齢を考えれば、やむを得ないことでしょう。

百歳近い今は歩くのも不自由になりましたが、

いざとなれば車椅子だってあると割り切っています。

何よりも、毎日のごはんがうまい。テレビをみるのも不自由はない。

ないものねだりして、老い、を嘆かないことです。

(55p) 

 

ないものねだりをしないのは、今からでも。

  

人はいくつになっても、心持ちは変わりません。

肉体は年をとっても心が年をとることはないのです。

もし自分がおばあちゃんだという人がいれば、

その人は、心でそう思っているだけのことです。

(56p)

 

私は毎日、自分のすることに、これはバカなことか、

バカなことではないかという標準をつくらないようにしています。

その時、自分が一番したい、と思ったことを、

思わずしてしまうような気がするのです。

今、この時が人生ではないでしょうか。

(56p)

  

私は今、思わず本を読破し、

書き留めたいことをブログにうっています。

  

 

ストレスの少ない暮らし方をしたいと思うのでしたら、

自分のまわりの人に対して、あまり多くの事を

期待しなければいいのです。

他人が、自分の思い通りに動いてくれない時に生まれるのが

ストレスだからです。

(60p)

  

  

体の具合の悪い時、人は快活に振る舞えません。

それは、ある程度仕方がない事ですね。

私が不思議に思うのは、体の具合が悪くないのに、

快活に振る舞わない人がいることです。

それは、心や、体中の全組織を窒息させて、

病気になるのを待っているようなものではないでしょうか。

(63p)

 

 

私は”頑張る”ということが好きだけれど、

いつもいつも頑張ったからといって、

良い仕事ができるとは限らない、と言う事も知っています。

休養することも”頑張る”ことの一部だと認識しています。

(75p)  

  

  

年を取っても若さのある人は行動的である。よく動く。

やろうと思ったことはすぐ実行する。

いや思ったとたん体が動いている。

素早い行動が、ひょっとしたら、

若さにもつながるのではないだろうか。

(81p)

  

  

ブログのサブタイトルにずっと掲げている「即今着手」

これからも心掛けたい。

 

 

つづく

「私何だか死なないような気がするんですよ」その1/病気を顕微鏡でのぞく?

  

今日は令和元年8月1日。

  

岐阜県本巣市の淡墨桜を見たことが縁で、

この本を読みました。

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私何だか死なないような気がするんですよ」

(宇野千代著/海竜社)です。

98歳の方が書いたエッセイです。

  

そう、近ごろ、私はふと思うのですが、私は、

何だか死なないような気がするんですよ。

こんな私はおかしいでしょうか。ハハハハ、ハ。

(13p)

 

一緒に笑っちゃいます。

自分も98歳になったら言ってみたいセリフです。

  

 

生きている限り、人間は、百パーセント健康という人はいない。

百パーセント病気という人もいない。

健康と病気を合わせ持つのが人間である。

私たちは、病気を探しながら生きるのではなく、

健康を信じて生きなければならない。

ちょっとした病気をあげつらって

まるで顕微鏡でものぞくように拡大してみれば、

少しの病気も大きくなってしまう。

(17p) 

  

このことを実感することを最近体験しました。

うつの薬の副作用で毎日出ていた便が出なくなりました。

2日も出ない!大変だあと思ったら、腹痛になり

寝込んでしまいました。

この時は、病気を顕微鏡でのぞいていたのでしょう。

でもお医者さんから、4日出ないのが便秘であって、

2日ぐらい出ないのは普通ですと言われたら、

気が楽になり、何と再び毎日出るようになりました。

気持ちが楽になれば、薬の副作用も吹っ飛ばしてしまいました。

不思議なくらいです。

   

あれは、昭和48年のことですから、

もう22年も前のことになりましたが、

一度枯れかけた、幹回り約11メートルもあるという桜の大木が、

何百本もの若木の根の接ぎ木によって蘇生したという話を

友人の小林秀雄から聞いた私は、たちまち、

その桜のとりこになってしまいいました。

話をきいているうちに巨大な枝を空いっぱい広げた桜が、

万朶(ばんだ)と咲き誇っている有様が

目の前にありありと浮かびました。

その桜は、薄墨の桜とよばれる樹齢1200年の老樹で、

岐阜県の根尾村にあるといいます。

(38p)

   

宇野千代さんと淡墨桜との出合いです。

千代さんはさっそく淡墨桜を見に行きます。

しかし、淡墨桜は再び枯れかけていました。

千代さんは、いろいろな人に働きかけて、

この老樹を救ってほしいと呼びかけます。

岐阜県知事に直接会いに行きお願いしました。

千代さんの働きかけで、淡墨桜再生への動きが

本格的に始まりました。

  

 

宇野千代が、死にかけた淡墨桜を助けた、

という人もありますが、

それは違う、とはっきり申し上げておきましょう。

私はただ、自分が好んで、大騒ぎしただけなのです。

私の癖である大騒ぎが、いつもよい結果を生むとは限りませんが、

この時ばかりは、皆さんの喜ぶことにつながってよかったなあ、

と思っています。

(40p)

  

人が多いと思いますが、桜の花がきれいな時の

淡墨桜を見に行きたいです。

 

 

つづく

 

漢字の勉強をしました/江守賢治さん 

  

今日は令和元年8月1日。

  

他の先生に貸してもらった本を読みました。

う~ん、読みましたというか、

目を通した程度の理解かな。

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私には難解な本でしたが、楽しんだ面もあります。

著者の方法が良かったです。

古代からの漢字を、書き写したものだけではなくて、

文献に載っている字の写真根気よくを並べていきます。

そうすることで、漢字は古代から徐々に固定されてきていたのに、

清の時代に康煕字典なる漢字字典が出版され、

字体が混乱してしまったことを証明しています。

その粘っこさが楽しい。

現在頻繁に使っている「高」という字も、

古代から「髙」が使われてきたのに、

康煕字典で「高」としたため、現在はそちらが普及しています。

「高」は、古代の文献には見受けられず、

どこから出てきたのか不明です。

  

時には、テレビ番組の写真も掲載して、

自分の考えを証明していきます。

30年以上前の本であり、テレビ画面の写真は鮮明に

写っていませんが、ふだん私がブログでやっていることと同じであり、

そこも楽しめました。  

著者の江守賢治さんについて調べていたら、

次のサイトに出合いました。☟

ネタフル 「右」と「左」の書き順の違いを決めたのは江守賢治氏

詳しくはここを読んで見てください。

そもそも「右」「左」の「ー」「ノ」の長さの違いがあるために

書き順が違うようです。

基本は「短い画→長い画」です。

普通の活字では区別が難しいです。

そしたら、とってもいい動画がありました。


YouTube: 「右・左」楷書の書き方(筆順) How to write "Migi・Hidari"(Right&Left)

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勉強になった!

 

 

4月1日の『雑学王』より/「広辞苑」の意味の記載のルールとは

 

今日は令和元年8月1日。

さあ8月だ。8月もいい月にするぞ。

 

前日の記事に引き続き、4月1日放映の

「芸能人雑学王最強No1決定戦2019春!」より。

これがラストとしたい。

  

聞き書きです。

  

ナレーター:昨年1月、10年ぶりの改訂となり

  話題になった「広辞苑」。

  その「広辞苑」を見ると、1つの言葉でも、

  複数の意味を解説している場合があり、

  ①②③と意味の項目に順番をつけて記載しています。

  実は発行当初の1955年から意味の記載順に

  ルールを設けているのです。

  では、「広辞苑」が言葉の意味を記載する

  順番に設けているルールとは何でしょうか。

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Rimg1972  

 

考えてみてくださいね。

解答は次の通り。

岩波書店辞書編集部の平木靖成さんの言葉を

聞き書きします。

 

平木:一つの言葉に複数の意味が発生している場合は、

  現在の意味を優先するのではなく、もともとの

  古い意味から順番に伝えるようにしています。

  このことによって、言葉の歴史がたどれるように

  なっています

  これが「広辞苑」の魅力の一つです。

Rimg1974

Rimg1975  

と、いうわけです。

「優しい」の変遷。☟

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Rimg1977  

「凄い」の変遷。☟

Rimg1978  

そして正式解答。☟

Rimg1979

  

  

国語辞典は関心があって、ブログにもたくさん書いてきました。

岩波書店の平木さんは、この記事でも登場しています。☟

ここでも道草「知られざる国語辞書の世界」その1・・・各辞書の紹介(2013年4月4日投稿) 

ここでも道草 「知られざる国語辞書の世界」その2・・・「恋」の語釈(2013年4月7日投稿)

「その2」の記事には、今回の解答を自分が書いていました。

 

広辞苑では、語釈を古いものから順番に表記しているようです。

 

「知られざる国語辞典の世界」シリーズはその7まであります。

たぐっておきたいです。

 

次の記事もたぐっておきたいです。

ここでも道草 「ケンボー先生と山田先生~辞書に人生を捧げた二人の男~」を見た その1(2013年5月11日投稿)

これはその2までです。

  

  

以上で、「芸能人雑学王最強No1決定戦2019春!」の読み物化完了。

2019年7月31日 (水)

押入れから出てきた絵葉書で社会科の勉強その2

 

今日は令和元年7月31日。

  

親の押入れの片づけをしていて出てきた絵葉書の話つづき。

  

Epson073  

東京駅です。

東京駅は太平洋戦争中の空襲で被害を受けました。

それまでは3階建ての駅舎でしたが、

戦後の工事で2階となりました。

戦前の東京駅の写真は、この記事に載せました。☟

※ここでも道草 戦災前の東京駅(2011年1月25日投稿)

☝ この記事でも触れていますが、

戦後東京駅は1951年(昭和26年)にできています。

すなわちこの絵葉書は、1951年以降のものとなります。

そして前記事で書いたように、連合国総司令部(GHQ)が

まだ存在することから、1952年4月以前ということに

なります。年代が絞られました。

  

気になるのは、絵葉書の下に書かれた漢字です。☟

Epson073a  

東京驛 東京都の ◇ 門

◇ がわかりません。

門構えに「前」で「前門」かなと思ったけど、

門構えに「前」という漢字が見当たりません。

※参考:漢字辞典オンライン 部首:もん・もんがまえ・かどがまえ(門)の漢字(画数順)

☝ ここを見て最も適当なのはこの字だと思いました。☟

Photo_3  

この字は「関」と同じ意味です。

つまり「関門」です。

「東京都の関門」というと、ようこそ!という感じではないのですが、

この字が最も私の中では有力です。

 

  

もう1枚絵葉書を載せます。

Epson072  

十分、戦災復興している仲見世だと思います。

遠くに気になるものが写っています。

Epson072a  

浅草寺の屋根の上に見えているのは、

アドバルーンではないでしょうか。

ちょうど風船の部分が看板で見えなくなっていると想像します。

アドバルーンについて調べると、面白いことがわかりました。

コトバンク 日本大百科全書(ニッポニカ)/小学館

  

引用します。

  

戦後初めてのアドバルーンは、1948年(昭和23)に

東京・日劇屋上であげられた「お夏清十郎」ショーのものであるが、

風船爆弾のイメージが残存するという

GHQ(連合国最高司令部)の指令で、

わずか2個のアドバルーンでさえ1日だけの浮揚で

禁止されてしまった。解禁許可第一号は

翌1949年11月の東京郵政局(のちの日本郵政公社東京支社。

日本郵政公社は民営化され現在は日本郵政グループ)によるものであった。

その後1951年4月の「繋留(けいりゅう)広告気球制限規定」の

緩和によって本格的なアドバルーン時代となった。

  

もし、絵葉書の不明のものがアドバルーンだとしたら、

この絵葉書は、1951年4月以降となります。

東京駅のことも考えて、この絵葉書の写真は、

1951年4月~1952年4月の撮影となります。

※参考 アドバルーンについてはこのサイトも勉強になる。☟

サイトを開いてスクロールすると、アドバルーンの話になる。

NHKスペシャル 戦後70年のニッポンの肖像 見上げる視線をくぎづけに!日本生まれの広告媒体  

  

  

  

この絵葉書は、すでに亡くなった母親が

買ったものと思われます。

昭和7年(1932年)生まれです。

1952年くらいに東京に遊びに行ったとしたら、

母親が20歳くらいの時に買ったものとなります。

結婚前です。

ちょっと想像しちゃいます。

自分が見たことがない若さなんだよなあ。

  

 

  

その時に買った絵葉書を、息子がこうやって分析するなんて、

20歳だった母親は想像しなかったでしょうね。

押入れから出てきた絵葉書で社会科の勉強その1

  

今日は令和元年7月31日。

  

親の押入れの片づけをしていると、

いろいろ出てきます。

親が旅行に行った時に買ってきたと思われる絵葉書が

いくつか出てきました。

捨ててしまおうと思ったけど、

中身を見たら、捨てるのを留まりました。

  

何枚か絵葉書の写真を載せます。

Epson070  

☝ 絵葉書が入っていた袋のデザインです。

国会議事堂はわかりますが、下にある建物が

何かわかりません。

でも、中に入っている絵葉書を見たらわかりました。

  

Epson074  

☝ 連合国総司令部(GHQ)の建物でした。

連合国司令部は、終戦から1952年の4月まで、

日本を統治していました。

この建物を絵葉書の1枚にし、

さらには袋のデザインにもしていたことに、

不思議な気がしました。

今はこの建物はどうなっているのだろう。

建物については、Wikipedia 連合国軍最高司令官総司令部

次のように書いてありました。

 

当初は現在の横浜税関に置かれたが、

後に皇居と東京駅に挟まれた丸ノ内地区一帯のオフィスビルは

その多くが駐留する連合国軍によって接収され、

このうち総司令部本部は第一生命館に置かれた。

マッカーサー用の机は石坂泰三(第一生命社長)のものをそのまま使用した。

第一生命保険側は占領下では第一生命館の接収が免れ得ない事を承知しており、

当時では最新のオフィスビルであった当館を司令部として使う

優位性を説明し採用されたものである。

これは、司令部として使われるのであれば丁寧に使用され

将来の接収解除後は問題なく使用できるであろうことを期待した措置であり、

結果としてその目論見は奏功した。

   

  

したがって、総司令部が撤退後は、

第一生命がビルを使っていたそうです。

その後、このビルは「DNタワー21」という

オフィスビルの一部となっているようです。

※参考:第一生命館

  

こうなったらグーグルアースとストリートビューで迫ります。

ストリートビュー

Photo_2  

戦後は威容を誇っていたと思いますが、

今では、ビル群に埋もれていますね。

でも今でも残っているのが貴重。

内装もだいぶ変わったようですが、

マッカーサー記念室などの6階の一部は

保存されているようです。

  

まだ2枚絵葉書を見せたいけど、

次の記事にします。

押入れから出てきた十銭玉で社会科の勉強

 

今日は令和元年7月31日。

  

親の押入れの片づけをしていると、

いろいろ出てきます。

1円玉がザクザク出てきました。

あちらからも。こちらからも出てきました。

その1円玉の中に、穴の開いた1円玉がありました!

なんで穴が開いているんだと思ってよく見たら、

それは別のお金でした。

50円玉かと思いきや、50円玉でもありません。

老眼の私にはすぐにわからず、老眼鏡をかけて

見直してみました。

Rimg1941

Rimg1943

十銭でした。

「大日本」「昭和十九年」という文字が見られます。

 

十銭」について調べました。

古銭買い取り比較 全種類・前年代の【10銭硬貨】買取情報や概要の一覧

  

引用します。

 

額面が10銭の硬貨は明治時代~昭和21年までに

計10種類が発行されており、一時には穴あき

10銭硬貨なども発行されていました。

  

10種類のうちの1つというわけです。

 

さらに引用というか転載。

Photo  

錫(すず)930、亜鉛70に注目。

 

なぜ錫がこんなに多いんだろう?

  

さらに調べると、次の言葉が目に入りました。

臨時補助貨幣

  

次のサイトで調べました。

Wikipedia 臨時補助貨幣

 

ここから引用します。

 

戦局悪化に伴う貨幣材料調達事情による様式変更を、

勅令(後に政令)を以って臨機応変に対応可能とした

「臨時通貨法」(昭和13年法律第86号)の下

日本で製造され発行、流通した補助貨幣の総称である。

  

 

当初はアルミニウムが中心で硬貨が作られました。

しかし、戦時中、アルミニウムは航空機材料として使われるようになると、

次は錫が使われるようになります。

 

そのことが、上記Wikipediaには次のように書いてありました。

 

当時の日本が占領下においたマレーシアなどに

スズ(錫)の産地があった。スズは軟質であり、

貨幣材料としては適当と言えるものではなかったが、

アルミニウムに替わる貨幣材料として、

1944年(昭和19年)には錫貨幣(十銭・五銭・一銭)が

発行されるに至った。

  

  

たった一つの十銭玉から、当時の日本の様子が見えてきました。

びっくりです。

    

押入れから出てきた十銭玉は、

マレーシアの錫で作られた可能性が出てきました。

でもこの錫も十分に供給できなかったようで、

Wikipediaの続きにはこう書いてありました。

  

制空権、制海権を連合軍側が握るとスズの輸送も困難となり、

新たに陶貨幣(十銭・五銭・一銭)の試作を行い、

その製造が開始されたところで終戦を迎え

その陶貨幣は結局発行されなかった。

   

十銭玉から当時の日本の様子が見えてきました。

びっくりです。

  

  

現在の錫(スズ)の生産国を調べました。

GLOBAL NOTE 世界の錫生産量 国別ランキング・推移

2016年のデータでの生産国多い順10か国。

1.中国

2.ミャンマー

3.インドネシア

4.ブラジル

5.ペルー

6.ボリビア

7.オーストラリア

8.コンゴ民主共和国

8.ベトナム

10.マレーシア

  

日本が太平洋戦争で占領した東南アジアの国々が見受けられます。

4月1日の『雑学王』より/高齢者のために◇◇◇をつけることができる自動販売機

 

今日は令和元年7月31日。

 

前投稿に引き続き、4月1日放映の

「芸能人雑学王最強No1決定戦2019春!」より。

  

その自動販売機は、ボタンを押すと、 

Rimg1966

Rimg1967

Rimg1968  

問題:自動販売機に備えられた高齢者が

飲み物を安全に飲める機能は? 

  

  

これはわかりませんでした。

 

Rimg1958  

とろみをつけることがなぜいいのでしょうか。

ここがわからない。

説明を聞きました。

Rimg1959

Rimg1960

とろみをつけたお茶は、ゆっくり落ちていきます。

このゆっくり落ちていくのが大事です。

Rimg1969  

人が何か飲み物(緑色)を飲んだ時に、

喉頭蓋が動いて、気管に飲み物が入っていかないように

蓋をしてくれます。☟

Rimg1961  

ところが高齢者になると、

喉頭蓋の動きが遅く、蓋がされる前に、

飲み物の一部が気管に入ってしまうことがあります。

Rimg1970

Rimg1962

気管に入った飲み物のおかげで、肺炎になったりします。

とろみをつけることで、飲み込まれていくのが遅くなり、

気管に入る可能性が減るのです。

なるほどと思いました。

Rimg1963  

お茶だけでなく、コーヒーやココアにもとろみを

つけることができるそうです。

 

おじいちゃんの通っているショートステーや

デイサービスの施設にも、そのような設備はあるのでしょうか。

実物を飲んでみたいですね。

  

4月1日の『雑学王』より/地面に設置される信号機の目的

 

今日は令和元年7月31日。

 

久々・・・6月12日以来の「4月1日の『雑学王』より」シリーズ。

4月1日放映の「芸能人雑学王最強No1決定戦2019春!」より。

  

Rimg1944_2  

信号機の問題。

ここ数年、小型化やLED化など進化をしている信号機。

Rimg1945

オランダ郊外では、下の写真のように地面にも

表示されているものがあります。

Rimg1946_2  

これは、最近頻繁に起こるある問題を解消するために

設置されているそうです。

Rimg1948

Rimg1949   

  

正解の予想がつくのではないでしょうか?

  

 

  

それでは正解。

  

Rimg1950

海外で地面に表示される信号を設置した目的は、、

まだ試験的なプロジェクトだそうですが、

スマホに夢中になっている歩行者に

信号機の状態を知らせるためだそうです。

Rimg1951

Rimg1952

実際にこのようなものができているのですね。

私はスマホを持っていないので、やっていませんが、

歩きスマホの人の多いこと、多いこと。

しょうがなく必要な信号機と言えます。

 

ドイツの場合。

Rimg1953

Rimg1954  

停止の時には、赤いライトが点滅します。

シンガポールでも実施されているそうです。

  

中国では、歩きスマホを許可する専門レーンが

設置されているそうです。

Rimg1955  

皆さん、ちょっやりすぎていませんか?

あらためて、問題の回答はこれ。☟

Rimg1956

  

  

 

 

 

 

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