2022年10月 6日 (木)

電子回覧板/ガラケーの人たちにもっとお願いしてもいいのでは

      

今日は令和4年9月30日。

    

前記事に引き続き、

9月30日の朝日新聞朝刊の記事です。

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この記事は、可能性を示してくれました。

  

町内会の電子回覧板ですが、スマホは登録できますが、

ガラケーは登録には不向きです。

高齢者は、ガラケーを持っている人が多く、

その人たちに対して、スマホに買い換えてまで、

登録してほしいとは言えませんでした。

しかし、この記事は刺激的でした。

店の前を通りかかった92歳のおばあさんを、

店内に誘い入れて、契約までこぎつけた店員さんを見習いたいです。

ガラケーよりもスマホの方がいいのです。

それは92歳のおばあさんにとってもです。

ガラケーを持っている人に、もっとスマホを薦めて、

そして電子回覧板を登録してもらう。

よけいなお世話ではなくて、やってもいいことではないかと思います。

電子回覧板/既読してくれる記事を発信しなくては

     

今日は令和4年10月6日。

  

9月30日の朝日新聞朝刊には、

いくつか気になる記事がありました。

その一つがこれです。☟

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行政機関の情報を得るために、

自治体の公式LINEに登録する人がいる反面、

自治体からのメッセージをブロックする率が高くなっているそうです。

小牧市の担当者が言うには、

「市政情報が多くてわずらわしいのか、

スマホのプッシュ通知が多く『通知疲れ』があるのか」

  

小牧市の場合、人口約15万人のうち、

登録者は6万4146人(9月1日現在)

ブロック数は7839人。

瀬戸市の場合は、登録者5914人のうち、

ブロック数は2400人。

ブロック率は4割を超えます。

登録してくれたのに、ブロックされる。

辛いだろうなと思います。

  

現在、町内会で進めている電子回覧板の登録と重なります。

7月中旬から、とにかく登録率を上げることを目指してきました。

登録率は50%を越え、順調に増えてきています。

しかし、発信内容が良くなければ、

ブロック機能はないのでブロックされることはないけど、

既読されない状態になる可能性はあります。

  

町内会の電子回覧板もプッシュ通知というものです。

発信すると、登録者のスマホが鳴ります。

魅力的な内容ならば、その通知は楽しみになるでしょう。

どんな内容ならば魅力的なのだろう。

  

遠い親戚よりも近くの他人と言います。

住んでいる地区の近隣住人は、

やはり困った時、救助が必要な時には大事です。

だから、町内会がどのようなことをやっているか、

どんな人が住んでいるのか、

そんな情報は必要なことだと思うのです。

そんな気持ちで発信していきたいです。

  

今回の新聞記事は、発信内容を考える機会になりました。

2022年10月 4日 (火)

東大阪市が舞台の「舞いあがれ!」が始まりました

    

今日は令和4年10月4日。

  

3日の晩は、集中力が高まったのが、

午後9時すぎだったので、今晩は夜ふかしです。

道草をして寝ます。

NHKの「朝の連続テレビ小説」の新作が3日から始まりました。

「舞いあがれ!」

いつもはそれほど関心がないのですが、

番組の宣伝動画を見て、好奇心に引っ掛かりました。

舞台が東大阪市!

  

東大阪市は魅力的な町だと思っていました。

ここでも道草 生徒に伝えたい東大阪市の中小企業(2022年1月13日投稿)

生徒にその魅力を伝えたいなと、

この時に思いましたが、資料不足で十分できませんでした。

 

このドラマが、東大阪市の様子を伝えるものだったらいいなと思い、

3日の第1回を見てみました。

 

テーマソングの字幕に「撮影協力 東大阪市」となっていました。

心強いです。

こんな場面がありました。

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「ねじ製造考証」

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「東大阪町工場考証」

どうやら、東大阪市の町工場の様子が、

正確に表現される可能性大です。

  

では、初回の3日の放送でどうだったか。

 

ナレーターの聞き書きと写真を並べます。

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ナレーター:ここは東大阪市。町工場がひしめく物づくりの街です。

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ナレーター:舞の父浩太は、ネジをつくる町工場の社長さんです。

      毎月100種類のネジをつくっているんです。

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工場の場面は、こんなぐらいかな。

東大阪市の物づくりの歴史みたいなものが、

ドラマで描かれたらうれしいなと思います。

  

授業で使えるかどうかはさておいて、

東大阪市の様子を、このドラマで味わってみたいです。

2022年10月 1日 (土)

篠井山には2007年1月に登っていました

       

今日は令和4年10月1日。

   

前記事で、山梨県の篠井山に行ったのに、

覚えがないことを書きました。

いったいいつ行ったんだ。

ハッキリさせるために、写真の入ったCDを見てみました。

2000年からの写真を見ていって、

ついに篠井山に行きつきました。

2007年1月7日でした。

今回一緒に登ったHさん、Sさんと登っていました。

このブログがスタートする3か月前の登山でした。

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当時はこのフォレスターでした。

1月に雪山を歩く。若かったなあ。

頂上から見た富士山は、雲の中でした。

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とにかくこうやって確認できたことがうれしい。

私の歴史の中にちゃんとあった。

20220925本栖湖湖畔の山歩き④ 中部横断自動車道で帰る

   

今日は令和4年10月1日。

  

0時を過ぎ、10月になってしまいました。

この報告を記事にして寝ることにしたい。

   

帰り道は、Kさん、Hさんの提案で、

来た時とは別のコースで帰ることになりました。

  

本栖湖から一度西の方角に進み、

山梨県の下部温泉へ。

そこから中部横断自動車に乗って南下。

静岡市の清水JCTに出て、東名高速で帰ってくるコース。

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つまり山梨県の南の静岡県に突き出た”右腕”部分を通って、

帰ってきたのです。

中部横断自動車道ができたおかげで、

スムーズに走れるようになったから選んだコースでした。

片側一車線の自動車道でしたが、

まあまあのスピードで走ることができました。

なにより山梨県の”右腕”を走ったのは面白かったです。

山梨をずっと走っているなと思ったら、いきなり清水。

海の近くまで来ていました。

  

”右腕”走行中、右手に大きな山塊の山がありました。

あれは篠井山だね。

昔、行ったね。

そんな会話がありました。

私は行ってないなと思っていたら・・・

20年くらい前に行ったね。

その時に連れていってくれたのは、

なんと”私”だったと言うのです。

当時は、順番で山を選択して、計画を立て、

先導していました。

篠井山は私だったというのです。

Sさん、Hさんが2人して言いました。

私は、篠井山に登ったことすら記憶から抜けています。

   

え~思い出せない。

昔の写真を調べてみないといけない。

せっかく汗水たらして登ったのに、

忘れてしまうなんてもったいない。

いつか写真探しを実行したい。

  

ラストは三ケ日の集合場所へ。

そこからはそれぞれの車に乗り換えて、帰宅です。

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飛行機雲が文字Xを描いていました。

  

最後に大笑いしたこと。

Sさんが私より先に、車で走っていきました。

交差点で赤信号で止まりました。

その交差点で、いつもSさんは左折、私は直進です。

そしたら、なぜかSさんが右折のウインカー。

あれれ、今日はSさん、どこかに寄っていくのかなと思いました。

対向車線にも右折車が3台ほどいました。

青信号になりました。

予想外のことが・・・・

Sさんは、右折のウインカーを出しながら、

何の迷いもなく左折していってしまったのです。

大笑いしてしまいました。

対向車の3台の車もビックリしたことでしょう。

  

以上で9月25日の報告は終わりです。

2022年9月30日 (金)

20220925本栖湖湖畔の山歩き③ 城山へ そしてゴール

   

今日は令和4年9月30日。

  

前記事に引き続き、山歩きの報告。

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下降したかと思ったら、登る。

アップダウンが多かったです。

道もはっきりしなくて、踏み跡を探して歩きました。

尾根もけっこうやせていました。

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30分で着くはずの城山になかなか行き着けませんでした。

今日のコースは、紅葉の時に奥さんと来てもいいなと思っていましたが、

この城山までのコースは無理でしょう。

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城山はどこに行ってしまったんだと思っていた頃、

やっと城山らしきところにたどり着きました。

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道は間違っていなかったんだと安心しました。

しかし、ここは「のろし台」

城山はもうちょっと先でした。

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本栖城跡でした。

武田信玄ゆかりの場所でした。

甲斐と駿府の境だから大事な城だったのでしょう。

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城山からの下り道は、歩きやすかったです。

烏帽子岳~城山が悪路でした。

もうこのコースは歩きたくないなと、その時は思っていましたが、

今は、悪路だけど、一度通った道で、次は安心して歩けるので、

また歩いてもいいかなと思っています。

 

やっぱり登山で、初めての道で、悪路で、

本当に行き着くのか不安なのが良くないです。

気持ちが追い詰められます。

  

舗装道路まで下りてきました。

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舗装道路の交通量はとても多かったです。

さすが3連休最後の観光地。

舗装道路の下がトンネルになっていました。

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トンネルで、舗装道路の向こう側に移り、

舗装道路を歩いて駐車場を目指しました。

地図を見て、郵便局があるところを右折だなと目安にしました。

 

郵便局がありました。

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そこを右折。

田舎道を歩いていたら、こんな色鮮やかなシシトウが干してありました。

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向こうに見えているのが、本栖湖です。

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駐車場に戻ってきました。

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5時間歩きました。

歩きやすい登山靴でした。

でもちょっとハイカットの登山靴の方がよかったかなと思いました。

かかとの部分から、小石が入ってきそうでした。

岩場を歩く時は、足首がガシッと

ハイカットで固定されている方が

やっぱりいいのかなと思いました。

冬山に行った時に、アイゼンをつけるのに、

ハイカットじゃないとまずいかなとも思いました。

もう1足買いたいとは言いにくいなあ。

  

20220925本栖湖湖畔の山歩き② パノラマ台へ

     

今日は令和4年9月30日。

  

前記事の続きです。

  

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烏帽子岳~パノラマ台ではトリカブトの花を見ることができました。

  

パノラマ台に着きました。

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本当は富士山が見えるはずでしたが、雲がいっぱい。

ここで昼食を食べました。

お湯を沸かして、そばを食べました。

最近はダイエットで、家での昼ご飯はそばのみ。

でも、山ではしっかり食べなければと、

パンもおにぎりも食べました。

食べているうちに、雲が移動して、少し富士山を見ることができました。

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今日のニュースで、富士山に初冠雪があったと聞きました。

ちょっと前の富士山を生で見ることができました。

樹海の広がりも見え、遠くに見えたのは西湖、河口湖でした。

パノラマ台を出発して、烏帽子岳に戻るコースを歩き出しました。

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ね、紅葉の時に来るといいと思うでしょ。

  

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クワガタを見つけました。

登山道にいました。

動かないので、生きているのか?と思って、つかむと、

脚で抵抗してきました。

その力は思ったより強かったです。

「生きているのか?」と疑ったことは、失礼でした。

ドングリの木がたくさんある森だから、

クワガタがおってもおかしくないよね。

クワガタは、Sさんが孫に見せたいということで、ザックの中へ。

孫は幼い小3もいるとのこと。きっと喜ぶぞ。

  

20220925本栖湖湖畔の山歩き① 烏帽子岳まで

    

今日は令和4年9月30日。

  

9月25日に、山梨県の本栖湖湖畔の山を歩いてきました。

その報告です。

今回歩いたコースを地図で示します。

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駐車場です。県営本栖湖駐車場です。

Kさん、Hさん、Sさん、そして自分の4人で登りました。

私は、このメンバーの中では若造です。

運転を頑張りました。

しばらく舗装道路を歩きました。

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トンネルの手前を右に曲がって、いよいよ山道です。

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落葉樹が多い道でした。

紅葉の時に来たら、それはそれ楽しめると思いました。

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ヒキガエルに出会いました。

まだまだこれから大きくなる可能性を感じました。

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あちこちに立派なキノコが出ていました。

一番関心を持って見ていたのがSさん。

「これは食べられるかな」「これは食べられないね」

チェックして歩いていました。

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パノラマ台への道では、ずっとドングリが落ちていて、

時にはクリも落ちていました。

イガの中には、小さいけど実がちゃんと入っていました。

そうそう、アケビが落ちているのも見ました。

中身は、すでにありませんでしたが、

昔食べた甘酸っぱい味を口が思い出しました。

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こんな山道を歩きました。

ふだんの生活では味わえない別世界。

そうだ、この日は、山の日(8月11日)に買った登山靴を

初めて履いて歩きました。

ここでも道草 山の日/60歳代に履く登山靴を購入(2022年8月12日投稿)

28センチの登山靴。

下り道も足先への負担がなく、快適に歩けました。

買ってよかったです。

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烏帽子岳に到着。

ここで途中で拾ったドングリをアップで撮影。

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これは何の木のドングリだろう?

殻斗がうろこ状です。

ミズナラかナラガシワか?

特定できず。

だれか教えてください。

  

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景色は雲のため見ることができませんでした。

  

パノラマ台に向かって歩き出しました。






 

2022年9月29日 (木)

「地図の街佐原」とは?/映画「大河への道」をリベンジしたい

     

今日は令和4年9月29日。

  

9月25日に行った山の報告を

記事にしようと思っていますが、

その前に、気になっていることを解決したいです。

  

どこで見かけたのか正確には覚えていませんが、

山に行く途中の道路で、「地図の街佐原」と書かれた

車を見かけたのです。

「地図の街佐原」とは?

  

これを解決したい。

ネットで調べました。

地図の聖地、千葉の佐原に行ってきた!

☝ このサイトが参考になりました。

  

伊能忠敬ゆかりの地でした。

佐原は「さはら」と読むと思いましたが、

「さわら」でした。

平成の大合併によって、旧佐原市は「香取市」になりました。

しかし、現在も佐原の名称は町名として残っているそうです。

その佐原にあった豪商で有名だった伊能家に婿養子で入ったのが

伊能忠敬でした。

伊能忠敬は、多大な努力によって、佐原で評判の名主となりました。

伊能忠敬が、地図作りで旅に出るのは、その後の話です。

なるほどね、それで「地図の街佐原」だったわけです。

解決しました。

  

伊能忠敬で思い出すのは、映画館で寝てしまった「大河への道」です。

寝てしまったので、レンタルで必ず見ると決めています。

調べると・・・10月5日からブルーレイの発売は始まるようです。

レンタルはどうかな。

さらに調べると、この映画の舞台は、千葉県香取市でした。

そうだったけ?

映画をしっかり見ていたら、

「地図の街佐原」はすぐにピンと来たはずです。

本当に大失態です。リベンジしたい。今度はじっくり見たい。

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https://movies.shochiku.co.jp/taiga/news/220715/

2022年9月28日 (水)

平安時代「新しい税と国司の変化」は難しかった

      

今日は令和4年9月28日。

   

今日は教えるのにとっても苦労しました。

平安時代の「新しい税と国司の変化」というところです。

東京書籍の教科書「新しい社会 歴史」の48p~を

引用します。

  

班田収授法が行われなくなると、地方では多くの田を集めて豊かに

なり、郡司に逆らう人々も現れました。

  

もうこの一文で降参です。

豊かになった人々は、どんなことをして郡司に逆らったのでしょう。

税を払わないぞと言ったのでしょうか。

想像では、生徒に教えることができないので、

この部分はスルーしました。続きを引用します。

  

10世紀になると、朝廷は、租・調・庸という税の取り立てをあき

らめ、かわりに、実際に耕している田の面積に応じて、租・調・庸・

労役に当たる分の米を納めさせることにしました。こうして、人々

は戸籍に登録して税を課すという律令国家の仕組みがくずれ、耕し

ている土地に税を課す仕組みに変わりました。

   

班田収授法は、人に税を課していました。

偽りの戸籍が横行したり、逃亡したりする者が増えたため、

人に税を課すことが難しくなります。

そこで、耕している土地に税を課すようになったことが、

書いてあると思います。

なぜ、人に税を課すのをやめて、土地に税を課すことにしたと、

シンプルに書かないのでしょうか。

そして、「租・調・庸・労役に当たる分の米を納めさせる」

がよくわかりません。

イラストで学ぶ楽しい日本史 平安時代(10)

☝ このサイトを読むと、教科書の文章が見えてきます。

この頃の税は、2つに分類されるようです。

官物(かんもつ)と臨時雑役(りんじぞうやく)です。

この官物というのが、米なのでしょうか。勉強不足です。

教科書をさらに引用します。

  

朝廷はまた、地方の政治を立て直すために国司の権限を強め、税の

取り立て方などは、ほとんど国司に任せるようになりました。こう

した政策により、朝廷にとって必要な最低限の収入が確保され、貴

族への給料もここからまかなわれました。

一方で、取り立てた税のうち、一部を朝廷に納め、残りは自らの収

入にする国司や、任命された国に代理人を送って、収入を得るだけ

の国司が多くなり、地方の政治は次第に乱れていきました。国司た

ちは、国司を任命したり推薦したりする権限を持つ天皇や貴族に、

多くのおくり物を届けました。

  

国司は、郡司が担ってきた徴税請負人の仕事を吸収します。

でも、教科書の文中には郡司は出てきません。

そうか、最初の「郡司に逆らう人々も現れました」が生きるわけか。

郡司に逆らう人々がいたので、国司の権限を強めたということ?

しかし、教科書には本文のすぐ横にこの資料が添えられていました。

Epson190

郡司の立場が変わっています。

税を取りたてる人から、

取り立てられる人になっています。

でもその変化は本文には書いてありません。

混乱してしまう可能性があります。

   

  

とにかく難しいところでした。

教科書を読んだだけでは、内容が頭に入ってきません。

私は、上記の「イラストで学ぶ楽しい日本史」を読んだことで

どうにか教えた感じです。

ありがたいサイトでした。

  

  

このページのことは記録に残しておこうと思って書きました。

明日は、他の学級で教えます。

今日よりは多少はうまく教えることができるかな。

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