2022年9月27日 (火)

「映像の世紀」のナレーションといえば山根基世さん

    

今日は令和4年9月27日。

  

前記事で26日の朝日新聞朝刊から

「映像の世紀」の記事を引用しながら書きました。

その記事の横にあった小さな記事をここに載せます。

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山根基世さんはファンですね。

NHKのニュースを報じていた頃からのファンです。

落ち着いた声と姿に魅せられていました。

「映像の世紀」はナレーションに

開眼させてくれた番組だったのですね。

もう74歳になられるのですね。

9月19日の「映像の世紀コンサート」

もし台風で延期にならなければ、

山根さんの生の声を聞くことができたのです。

残念です。

朝日新聞のネットニュースに、

この記事をもう少し詳しくしたものがありました。

朝日新聞DIGITAL 

ここにもいい文章がありました。山根さんの言葉です。

  

【初代「映像の世紀」から27年。「映像の世紀バタフライエフェク

ト」は、1人の小さな営みが生み出す歴史のうねりに着目した】

初回から、「この手があったか!」と思いました。テレビの生き残

る新しい道が開けたな、というくらいの思いがありますね。

たとえば、アラビアのロレンスを取り上げた回(6月20日放送「砂

漠の英雄と百年の悲劇」)。初代のときに見た映像が再編集されて、

ユダヤ人とアラブ人の関係が改めて整理された。その上に、現代の

覆面アーティスト・バンクシーがパレスチナの分離壁に描いた壁画

の映像も加わった。

お互い傷つけ合って、どっちが悪いとはいえないけど、どうして良

いのか分からない、そんな時代をこの先どうやって生きていくか、

よりよい解決の方法はないのか。バンクシーが加わることで、なん

だか明るいヒントを示してくれていますよね。

教科書を読んでいるような初代に対して、(一人の営みに着目した)

「バタフライエフェクト」は、歴史が人ごとじゃない、なんだか

「私の物語」という感じ。

戦時中、占領したグアムのテニアン島で日本人のための小学校を作

ったテルファー・ムック。キューバ危機の最中、軍の暴発を抑えよ

うと苦悩するケネディ。遠い歴史上の偉い人じゃなくて、なんだか

隣人のように身近に感じます。

   

「この手があったか!」がいいな。

「映像の世紀バタフライエフェクト」はそう思わせる、

画期的な番組なのです。

毎回の放送終了時に、次回の予告があることを祈っています。

終らないでほしい番組です。

いろいろな歴史を学びたいです。

山田孝之さんのナレーションもいいけど、

やっぱり私は山根基世さんの声で番組を見てみたいです。

2022年9月26日 (月)

新旧の「映像の世紀」シリーズ

    

今日は令和4年9月26日

  

今晩も見るであろう「映像の世紀バタフライエフェクト」

今晩は、ルーズベルト対リンドバーク。

アメリカの第2次世界大戦への参戦を巡っての激論とのこと。

楽しみです。

  

今日の朝日新聞朝刊では、

番組「映像の世紀」のことが書いてありました。

 

引用しながら、思ったことを書いていきたいです。

  

膨大な映像から激動の近現代を描き出すNHKの「映像の世紀」。

4月から放送中のシリーズ「バタフライエフェクト」(総合、月曜

午後10時)は、1995年放送開始の「初代」とは構成も素材も

様変わりした。看板ドキュメンタリーは、時代とともにどう変わっ

てきたのか。

  

大きく変わったと思います。

それがとても面白い。

  

初代や2015年からの「新・映像の世紀」は、19世紀末から現

代までを年代順にたどる「通史」。対して16年からの「映像の世

紀プレミアム」や「バタフライエフェクト」は「難民」「スターリ

ンとプーチン」といった様々な視点を毎回軸にする「テーマ史」の

構成だ。制作を指揮する寺園慎一エグゼクティブ・ディレクターは、

「現在の視聴者に分かりやすく見てもらうためには、ある程度のス

トーリーテーリングも必要」と語る。

  

初代の「映像の世紀」は、頻繁に授業で使いました。

確かに「通史」であって、数分ごとに話が変わっていく感じでした。

現在の「バタフライエフェクト」は最初からラストまで、

一つの話がつながっていく感じで、ドラマチックです。

特に、7月4日の「RBG 最強と呼ばれた女性判事 女性たち

百年のリレー」は素晴らしかったです。

近年亡くなったアメリカの判事

ルース・ベイダー・ギンズバーグ(RBG)が誕生したのは、

女性による地位向上の活動の

100年のリレーがあったからだと証明してくれました。

ここでも道草 毎週月曜日「映像の世紀バタフライエフェクト」が楽しい(2022年7月4日投稿)

テーマごとに考えることができる教材を、

「バタフライエフェクト」は提供してくれていると思います。

  

「映像の世紀」は歴史教育の教材に用いられる機会も多い。折しも

高校教育では今年度から、世界史と日本史を合わせて学ぶ、「歴史

総合」が必修化された。テーマ史を軸に、生徒の自発的な思考を促

すことが求められている。

歴史教育に詳しい北村さん(神戸学院大准教授 ドイツ現代史)は、

近年の歴史教育では、歴史を学ぶことが知識を得るという「ゴール」

ではなく、思考材料を提供する「出発点」になったと指摘する。「

いわば『歴史を教える』から『歴史で教える』への移行。バタフラ

イエフェクトの試みは教材としての有用性も高い」

  

なるほど。「バタフライエフェクト」の構成は、

現代の考え方にマッチした考え方なのだと思いました。

初代の制作者の言葉も印象に残りました。

  

米ABCとの共同取材で作られた「初代」の制作統括を務めた河本

哲也さん(79)は「歴史好き以外にも展覧会のように見てもらえ

るような番組」を目指したという。専門家の解説映像は「禁じ手」、

映像のない密室政治の場面はあえて省略するなど、思いきった手法

で斬新な番組を作った。作品性や主体性を重視するベテラン制作者

からは「絵合わせだ」「ただの紙芝居だ」と批判されたが「紙芝居

でいいんです」と言い返したという。

近現代アジアのメディア史に詳しい貴志俊彦・京都大教授は「旧来

の歴史ものとは違い、白黒映像がリアルで新鮮に感じられた」と当

時の衝撃を振り返る。

  

まさに衝撃でした。

映像が音楽とともに、自分の前に次々に現れ、

その時代の雰囲気が伝わってきた覚えがあります。

映像を積み重ねて、時代を表現しようという試みは

十分達成できたと思います。

だから初代は初代でとっても良かったのです。

  

私にはやりたいことがあります。

「新・映像の世紀」「映像の世紀プレミアム」は、

録画してあるけど、あまり見ていないのです。

当時は小学校勤務で、特別支援教育をやっていて、

社会科教師としての自分はとても薄かったです。

他の勉強・仕事に時間を割いていて、

「映像の世紀」からは遠ざかっていました。

そのたまった「映像の世紀」を見ることがやりたいことです。

  

でも今晩は「映像の世紀バタフライエフェクト」の最新版を見ます。

あと5分で始まります。

2022年9月25日 (日)

サッポロラガービール赤星を購入・・したところまで

     

今日は令和4年9月25日。

  

3連休の真ん中の9月24日は、

中間テストの採点と、社会科ノートのコメント書きに

時間をかけました。

でも合間には、やまやへ。

やまやって、どこが発祥の地だったかな、

以前調べたよなと、過去記事を検索。

ここでも道草 「やまや」の歴史(2015年3月13日投稿)

宮城県塩釜市が発祥の地でした。思い出しました。

やまやへ行ったのは、何を買うためか、

最近の記事を読んでくれている方なら、

すぐにわかりますよね。

  

サッポロラガービール赤星を買うためです。

ありましたよ。4本買ってきました。

記念撮影。

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冷蔵庫で冷やしています。

秋味」が残り2缶。

それを飲んだら、次はいよいよサッポロラガービール赤星です。

今週の金曜日かな。

  

   

今日は山に行ってきました。

本栖湖の近くの山を歩いてきました。

報告は明日以降。

今晩は明日の授業で見せる映像の準備で、

ちょっと寝るのが遅くなっています。

2022年9月23日 (金)

村田兆治さんが逮捕された

    

今日は令和4年9月23日。

  

村田兆治さんが逮捕されたニュースにはビックリ。

空港での暴行容疑での逮捕でした。

関連するネットニュースを読んでいて、

印象に残ったことがありました。

  

まずは愛甲猛さんのコメントです。

ヤフーニュース

村田兆治さんを評して、

「昭和生まれの明治男」と言いました。

村田兆治さんの性格がよくわかる表現でした。

愛甲さんは60歳でした。

1962年生まれ。1歳違い。

そんな近い年だったんだっけ。

   

映画「居酒屋兆治」に関する話も印象に残りました。

原作は山口瞳の小説「兆治」

映画の舞台になる居酒屋の名前が「兆治」

(2度ドラマ化もされています)

なぜ「兆治」か。

Wikipedia

☝ ここに次のように書いてありました。

  

店名のモデルはプロ野球選手でロッテオリオンズのエース投手だった

村田兆治。主人公・藤野英治は高校時代に投手で、村田兆治への憧れ

から店の名を「兆治」にしたという設定。野球ファンの山口瞳が、村

田の全力投球に魅了されていたことが背景にあったといわれる

  

この小説と映画に興味が出てきました。

  

「晩節を汚す」と表現しているニュースもありました。

晩節とは?

調べました。

「晩年。人生の終わりころ」

村田兆治さんは72歳。

う~ん、72歳で晩節か。

あと11年でその年になる今、72歳は晩節ではないと思います。

村田さん、まだまだ晩節ではありません。

復活してください。

「晩節を汚す」と表現したニュースを見返してください。

  

いろいろ思ったニュースでした。

絵本「クマと少年」を読みました

     

今日は令和4年9月23日。

   

この絵本を読みました。

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amazon

「クマと少年」(あべ弘士作/ブロンズ新社)

  

サークルで、アイヌのイオマンテが話題になりました。

冬眠から目覚めたクマを仕留めるアイヌ。

その時に一緒にいた子熊は、連れ帰って、

大事に育てます。

そして2年ほど経った時に、成長した子熊を殺す儀式が

イオマンテです。

殺すことで、神の国へ帰ってもらうという考えです。

クマは、神様が皮を被って目の前に現れたものと考えます。

  

子熊と一緒に育った少年。

子熊はイオマンテを目前に村から消える。

8年が経って、たくましくなった少年は、

子熊を探す旅に出かける。

子熊を、神の国へ送ってあげるために。

再会した子熊は、大きな熊になっていた。

少年は、月光を受けて去っていく熊に向けて

弓矢を射ます。

  

そんな話でした。

アイヌの人たちが、クマをどう考えていたかがわかる本でした。

  

あべ弘士さんは、1948年生まれ。

旭山動物園で25年間働き、絵本作家として活躍する人。

この生き方に興味あり。

「自然と人とヒグマの暮らし」を読みました

    

今日は令和4年9月23日。

   

この写真集を読みました。

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amazon

「世界遺産知床の自然と人とヒグマの暮らし」

(伊藤彰浩写真/伊藤かおり文/少年写真新聞社)

  

一番印象に残った写真です。

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(19p)

 

アキタブキというのは、

葉っぱがこんなに大きくなるんだと驚きました。

ヒグマの巨体が小さく見えます。

  

それと裏表紙裏のページの豆知識。

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ヒグマは、冬眠中に出産します。

その時の子熊の体重は、400gほど。

パンダの赤ちゃんを見たことがありますが、

とっても小さいです。

パンダとヒグマは同じ仲間なのか、

この絵のヒグマの赤ちゃんは毛が無く、小さく、かよわい。

パンダの赤ちゃんとよく似ています。

春に穴から出てくるときには、その10倍になっています。

そうか、小さく生んで、急激に大きくなるんだなと思いました。

  

「それからの納棺夫日記」を読みました

     

今日は令和4年9月23日。

   

「定本納棺夫日記」の続きがあることを知って、

この本を読みました。

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amazon

「それからの納棺夫日記」(青木新門著/法藏館)

  

「定本納棺夫日記」の1・2章はすんなり読めましたが、

3章は難解だったです。

この本の中で、次のような文章がありました。

  

一人でカウンターに座っていたら、著名な女流作家が数人の連れと

一緒に入ってきて、私の横に座った。

店のママに知らされてか、その女流作家に、「あなたがあの本を書

いた青木新門さん?いい本だけどなぜ宗教のことなど書いたの?あ

の第三章さえなければノンフィクション大賞ものだったのに」と、

突然声をかけられた。私は酒の勢いもあって、「三章を書きたいか

ら書いたのであって、一章、二章はイントロです」とむきになって

応えた。

(13p)

  

この女流作家の言うことは、実感します。

最初は面白く読んだのだけど、途中から、

難しくなったのです。

「納棺夫日記」がきっかけになって作られた映画「おくりびと」

そのシナリオが、青木さんに送られてきた時のことです。

  

本木雅弘君が映画関係者に『納棺夫日記』の映画化を働きかけはし

たものの、最初は誰も乗ってくれなかったという。しかしやがてそ

の情熱に促されて彼の所属するプロダクションやプロデューサーが

動くことになり、松竹や電通等が加わって制作委員会が設立される

こととなった。私にもシナリオの初稿が送られてきた。

表題には、「仮題『納棺夫日記』」とあった。

読み始めて私はがっかりした。そのシナリオは納棺という職業に焦

点が当てられて書かれていた。確かに『納棺夫日記』には納棺の現

場が描かれている。しかしそれは、私にとって目指すテーマのイン

トロに過ぎなかった。その後半の六割は、親鸞の思想を借りて宗教

のことを書いたつもりであった。その部分が完全にカットされてい

た。

(8p)

  

そうだろうな。

あの部分は映画化が難しいと思いました。

でも青木さんにとっては、残念だったようです。

結局、映画は映画と割り切って、製作をOKした青木さん。

ただ条件をつけます。

 

「本木さん、シナリオ通り作ってください。ただし『納棺夫日記』

という題は使わないでほしい。そして「原作・青木新門」というの

も外してください。それさえ守っていただければ私の本からどこを

どのように引用されていても、あとから文句を言うことはしません

から。映画は映画として勝手に作ったということにしてください。

本は本にしておきたいので」という趣旨のことを私は話した。

(10p)

   

こんないきさつがあって、映画「おくりびと」は作られたのですね。

  

青木新門さんが、本当は伝えたいという宗教の話。

もう一度挑戦しようと、この本を読み始めましたが、

実は途中で挫折しました。171pの本ですが、

116pで読むのをやめました。

やっぱり難しいですよ、青木さん。

死ぬ時には、身の回りのものが全て輝いて見え、

安心に包まれて死を迎えることができるという考えだと

私は理解します。

だから死は恐れることのないものだと言いたいのかな。

  

ここでも道草 訃報 青木新門(2022年8月9日投稿)

青木さんは86歳で亡くなりました。

ご自身が書いたように、

死ぬ直前は光に包まれる体験をされたのでしょうか。

それを聞くことはできません。

  

自分が死ぬ時には、光に包まれて、

安心して死にたいなあ。

2022年9月22日 (木)

「遺留捜査7」第10話 最終回/今日の名言は?

     

今日は令和4年9月22日。

    

もう1週間が経ってしまいました。

先週の木曜日、9月15日に放映された

ドラマ「遺留捜査シーズン7 第10話」

いつもの糸村刑事の名言は、イレギュラーでした。

いつもは村木さんに言っていましたが、

今回は科捜研の滝沢綾子研究員に言っていました。

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その名言とは?

  

人類の進歩のほとんどは、

不可能を受け入れなかった人々によって達成された

て、誰かが言ってました。

  

それに対して、滝沢研究員が反論するところもイレギュラーでした。

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糸村さんの「誰かが言ってました」シリーズって、

都合よく作っているだけですよね。

  

笑えました。

「誰かが言ってました」シリーズっていう言い方が面白かった。

都合よく作っているわけではなく、

脚本家が、数多ある名言の中から、

シーンに合う名言を選んでいるんですよ。

  

さて今回の名言は、誰が言った言葉でしょう。

探しました。

すぐにわかりました。

ビル・ゲイツでした。

ビル・ゲイツの名言からの学び

☝ このサイトのトップに載っていました。

このサイトには、他にもいいなと思う

ビル・ゲイツの名言がありました。

  

成功の鍵は、的を見失わないことだ。

自分が最も力を発揮できる範囲を見極め、

そこに時間とエネルギーを集中することである。

  

これもいい。

私は61歳。時間は限られ、エネルギーもいつまで出るか?

何かに集中させんとね。

  

 

「遺留捜査」は最終回。

テレビ朝日の木曜8時の「木曜ミステリー」シリーズも

これにて終了。

「科捜研の女」はたっぷり見ました。

「科捜研の女」は、曜日と時間を変えて放映されます。

10月18日(火)午後9時スタート。

一緒に年をとってきた沢口靖子さんを見ようかな。

戦前の畠山重忠

      

今日は令和4年9月22日。

   

今日の朝日新聞朝刊に、

畠山重忠のことが書いてありました。

9月18日放映の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」第36話では、

畠山重忠の最期が描かれました。

その時の一場面です。

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新聞は、中世史研究者の山本みなみさんの文章。

畠山重忠は「武士の鑑」と称されていたこと。

それは、坂東だけでなく京都でも有名だったこと。

北条時政との対立から、42歳で討たれたことなど

書いてありましたが、最後の文章が気にとまりました。

  

ただし重忠については、勇猛で清廉潔白な生き様から、戦前、青年の

士気高揚の素材として利用されたことも忘れてはならないだろう。

  

そうだったんだ。

調べると、修身の国定教科書で取り上げられていました。

埼玉県立嵐山史跡の博物館 畠山重忠

☝ ここを見ると、その文章を見ることができます。

でも難解で読めません。

よく昔の人は、難解な漢字の入った文章を読めたもんだと思います。

梶原景時が、頼朝に「重忠謀反の気配あり」と注進した話のようですが、

よくわかりません。

 

戦前生まれの人だと、

畠山重忠はお馴染みの人なのかなあ。

もしかしたら、将来、畠山重忠を、

士気高揚で利用する輩が出てくるかもしれません。

その時には、見極めなくてはなりません。

世の中がおかしい方向に向いていると、

ここで畠山重忠に脚光が当たるのはおかしいと。

2022年9月21日 (水)

2分間の黙祷

    

今日は令和4年9月21日。

   

今日、1日で中間テストは終わりました。

5教科を1日でやりました。

お疲れさん、生徒の皆さん。

今日で、社会科のテストを採点してしまおうと

意気込みましたが、午後9時半ごろに諦めました。

計算すると、午前3時くらいに

終わることがわかったからです。

そんな夜ふかしして採点しても、きっと不具合がでます。

連休にじっくり採点することにしました。

  

そんなわけで、今晩もブログをうつことにしました。

イギリスのエリザベス女王の国葬で注目したのは、

2分間の黙祷です。

先日勉強したばかりです。

ここでも道草 黙祷の歴史(2022年8月29日投稿)

  

黙祷の歴史は、英国の1919年11月11日の、

第一次世界大戦の追悼記念日に行われた

2分間の”沈黙”が出発点です。

日本だと、1分間の黙祷が多いと思います。

イギリスは、2分間を選びました。

その伝統は、今回の国葬でも再現されました。

   

こんな映画が検索していたらヒットしました。

2019年公開の映画です。


YouTube: 5月17日公開! すべては2分間の黙祷から始まった『僕たちは希望という名の列車に乗った』

冷戦下、ソ連に抵抗したハンガリーの民衆は

多くの死者を出しました。

その人たちのことを想って、東ドイツの高校生たちが、

教室で、2分間の黙祷を行ったのです。

それは、ソ連の支配下にあった東ドイツでは、

国家への叛逆となってしまったのです。

高校生たちは、冷戦の渦に巻き込まれていきます。

 

この映画で重要なのは2分間の黙祷です。

2分間です。

英国の影響を受けているのでしょうか。

  

私の道草の心は、この映画を見てみたいです。

「僕たちは希望という名の列車に乗った」

幸いにも、アマゾンプライムビデオで観ることができます。

実行のスイッチをいつ押すか。

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