設楽町の巨木:豊邦のアカガシ/クラガシ(暗樫)と呼ばれていた
今日は令和8年3月26日。
春休み。ブログの投稿を増やしたいですね。
昨年撮影した写真を記事にします。
昨年8月31日に設楽町にある巨木を見てまわりました。
ここに記録として残します。
「豊邦(とよくに)のアカガシ」
植林されたヒノキに囲まれて、
なかなか全体像を写しにくい場所でした。
でもよくぞこんな植林された場所で、この木が残されたなとも
思いました。
これは次世代の幼木かな。
ここが主幹。ここから何本かの幹が四方に伸びています。
このサイトからの転載です。
「全体は雄たけびをあげているような姿」とあります。
なるほどの表現です。
悲鳴のようにも思います。
これも折れた幹のようです。
案内板の文章を引用します。
幹周り一一・六〇m、根回り一〇・五m、樹高約一八・〇m。日本で
も指折りの大きさ。文化一二年(一八一五)の村絵図に「クラガシ」
と記載されている。
「赤樫」ではなく「クラガシ」なんだ。
その村絵地図が見たいですね。
「クラガシ」の名前についてGeminiに聞いてみました。
結論から言うと、「クラガシ」は漢字で「暗樫(くらがし)」と書き、
この巨木の下が昼間でも暗くなるほど葉が鬱蒼(うっそう)と茂って
いたからだと言われています。
詳しく解説しますね。
🌳 なぜ「暗樫(クラガシ)」と呼ばれたのか?
巨大な樹冠による日陰: 画像の案内板があるのは、愛知県設楽町にあ
る「豊邦のアカガシ」という木です。アカガシは常緑広葉樹で、革質
で厚みのある葉が密に茂る特徴があります。 この木は日本でもトップ
クラスの巨木(枝が四方に約15メートルも広がる)であるため、日光
を大きく遮り、木の下に広い「暗がり」を作っていました。
地元の愛称が定着: その圧倒的な暗さや存在感から、地元の人々の間
でいつしか単なる「アカガシ」ではなく「暗い樫=暗樫(クラガシ)」
と呼ばれるようになりました。
歴史的資料への記載: その呼び名が地元で完全に定着していたため、
案内板にある通り、1815年(文化12年)の村の絵図にも、まるで正
式名称のように「クラガシ」として記録されています。
つまり、生物学的な品種名ではなく、「強烈な日陰を作るほどの巨大
な樫の木」という、この木ならではの特徴を表した地元特有の愛称だ
ったというわけです。江戸時代からそう呼ばれて親しまれてきたと思
うと、歴史のロマンを感じますね。
なるほどです。
出典なども教えてもらいましたが、確かなようです。
文化12年の村絵地図を見たいのですが、
Geminiに聞くと、ネット上にはないとのこと。
設楽町奥三河郷土館に行って、調べることを勧められました。
見たいな村地図。
昔はこんなヒノキに囲まれることなく、
住民から目に見える場所だったのではと思います。









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