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2009年8月

2009年8月28日 (金)

松原用水/関係写真

(つづき)松原用水土地改良区で古い写真を見せてもらいました。

接写させてもらった写真を載せます。

Photo     

    

    

松原用水への水を、豊川(とよがわ)から取水する今の牟呂松原頭首工の工事の写真。

それまでの頭首工が老朽化したため、

少し下流に作られました。

写真右手に写っているのが、老朽化した頭首工。

工事は平成3年~6年に行われました。

     

次の写真はまだ謎の写真。

松原用水は、その名の通り、かつては旧一宮町(現豊川市)の松原地区の豊川(とよがわ)から取水していました。

その頃の写真はありませんかと尋ねたところ、

この写真を見せてくれました。

P8260058       

    

    

昭和42年頃の写真。

松原頭首工の写真らしい。

この写真をどう見たらいいのだろう?

写真を見せてくれた方もよくわかりませんでした。

松原地区に長く住んでいる人にこの写真を見せて解明したい。

   

※8月30日にこの写真に関する投稿をしました。よかったら見てください。

http://mitikusa.typepad.jp/blog/2009/08/post-d100.html

    

P8260060    

    

   

写真の説明には「松原用水頭首工廃止まで使用していた樋門(ひもん)」とありました。

     

P8260061    

    

   

「松原用水樋門を開閉するハンドル」

このハンドルは、今、松原用水土地改良区の庭に移されていました。

P8260067    

    

    

     

P8260054    

    

    

「松原用水元松原事務所」

豊川下流は、洪水のたびに川筋が変わる川でした。

したがって松原用水の取水場所も変わってきました。

松原地区から取水したのは、明治2年~昭和42年でした。

この事務所がどこにあったのか?

やはり地元の年輩者に尋ねてみたい。

事務所の傍らにあった石碑も、土地改良区の庭に移されていました。

P8260069     

    

    

碑文は大正7年に刻まれたものでした。

松原用水の歴史が切々と書かれていました。

    

この夏休み、松原用水のことをだいぶ勉強できました。

     

※土地改良区でコピーをいただいた「松原用水430年のあゆみ」(平成10年発行)を参考にして、今日の文章を書きました。

2009年8月27日 (木)

松原用水/松原用水土地改良区へ

(前投稿のつづき)松原用水のことが続きます。

もし将来、「松原用水」のことを調べようと思った人が、

インターネットで調べた時に、このブログがヒットして、

調べる人のきっかけになってくれたらなと思います。

ブログにはそんな楽しみがあります。

     

昨日(8月26日)、校外に出て調査。同じ学年の先生と2人で。

松原用水を管理する「松原用水土地改良区」という施設に出向きました。

疑問に思っていたことを聞きました。

なぜパイプライン化したのか?

水の無駄が少ないこと。蒸発や地中への漏れもない。

各田んぼまでパイプラインで水が引かれている。

田んぼにはバルブがあって、ひねれば水は出てきます。

P5250036sonoappu    

※5月25日の自然観察の時の写真

    

   

パイプラインのパイプの大きさはかなり大きく、

上流から1650㎜、1350㎜、1000㎜と3種類の太さの管が使われています。

年間4980万トンの水が流れるわけです。(つづく)    

2009年8月26日 (水)

松原用水/パイプラインになっていた

(前投稿のつづき)

後日、水道・用水関係の人と話をする機会がありました。

松原用水に関する疑問を尋ねました。

      

松原用水がサイフォンで豊川(とよがわ)の下をくぐり抜けてどこに現れるか?

豊津分水工という所に出口があるそうです。

でもそこから水は出ていませんでした。

なぜ?

ここでビックリの事実を教えてもらいました。

何と今松原用水はパイプライン化されて、ずっと地中を流れているそうです。

え~そうなの。

では私が自転車で走って見てきたあの用水路は?

教えてもらいました。

あれは排水専門だったのです。

田んぼなどで使用済みの水が流れ込むところでした。

それで水量が少なく、臭かったんだ。

子どもたちは排水路で遊んでいたわけです。いかんかった!反省。

※以前、排水路(悪水路)について書きました。

http://mitikusa.typepad.jp/blog/2009/07/post-7296.html    

     

パイプラインの中を流れる水を分水工という施設で取水して、

田畑に水を行き渡らせていました。

P8060261     

※麻生田分水工     

    

松原用水がパイプライン化したのは、2005年のことだったようです。

地元新聞「東海日日新聞」のサイトに記事がありました。

http://www.tonichi.net/news.php?mode=view&categoryid=1&id=7406

一部引用。

愛知県が20年の歳月と総事業費85億円を投じ建設してきた「松原用水」のパイプライン化(用排水分離)が完成し、

(2005年)2月8日午前10時から豊川市行明町地内、松原用水土地改良区事務所で完工式を挙げる。

      

    

地元に流れ、地元の田畑にとって重要な松原用水について

何も知らなかった自分を思い知らされて愕然。

夏休みにいい勉強ができました。

実はもう少し松原用水で知りたいことが残っています。

ちゃんと解決して2学期を迎えたいです。

松原用水/これが松原用水だったんだ

(前投稿のつづき)

松原用水の出発点がわかりません。

豊川の下をくぐり抜けた水はどこに現れるのでしょうか?

わからずまま、一度松原用水がどこを流れているか、

用水沿いを自転車で走ってみることにしました。

P8060259    

    

    

P8060266    

    

    

P8060272   

    

    

走ってみて驚きでした。

この用水はよく見ていたのです。

見ていたのに、それが「松原用水」だとは思っていませんでした。

これが松原用水だったんだ。

目の前にありながら見えず。

さらに、何と勤務校の近くにも流れていて、

子どもたちと自然観察に行った時には、

用水の中に入っていました。

P6290015    

    

    

6月29日の写真です。

これが松原用水でした。

川だと思っていました。

恥ずかしいことです。何も知りませんでした。

      

走ってみて、そしてこの自然観察の体験から疑問が生じました。

用水の水が少ないのです。

田んぼが今真っ盛りであるのに、

松原用水に流れる水があまりに少なく、そして臭い!

    

この疑問も、サイフォンの水が出てくる場所についても、

後日解決します。予想外のことでした。(つづき)

松原用水/サイフォンの出口が見つからない

(24日の投稿のつづき)久々に「松原用水」のこと。

牟呂松原頭首工から豊川の水を取水し、牟呂松原用水となります。

この用水がしばらくすると牟呂用水と松原用水に分かれます。

松原用水がどのように流れているか。

豊津分水工(旧一宮町・現豊川市)というところに地図がありました。

P8060257P8060258    

    

    

色あせた地図ですが、赤い部分が松原用水です。

上半分をアップにします。

P8060258a      

    

    

地図の北から南に黒白の線で表わされているのが牟呂松原用水。

それが2つに分岐。南に下っているのが牟呂用水。

そして西に向かって流れ始めたのが松原用水。

色あせていますが、よく見ると豊川の下をくぐり抜けているのがわかります。

(う~ん、ちょっとわかりにくいかな)

つまり松原用水は、豊川をサイフォンを使ってくぐり抜けているのです。

     

このサイフォンを見に行くことにしました。

8月6日。自転車で出かけました。

    

サイフォンがあるらしき場所の辺りを探しました。

見~つけた。

P8060250_4 P8060251     

   

     

   

サイフォン関係の施設です。

写真左手に豊川が流れています。(上流側に立っての写真)

上の地図に黄色でAとして表した場所です。

松原用水は左手の方から豊川の下に入り、右手に出てくるわけです。

     

サイフォン自体は完全に地中にあるようで、全く見ることができません。

次の関心は、豊川の下をくぐり抜けた松原用水はどこに現れるのかです。

    

堤防の上からの風景です。

P8060253sirusituki    

    

    

この風景を見ると、黄色の丸の部分で用水はサイフォンから流れ出し、

矢印の方向に流れると想像できました。

もちろん堤防から下りて観察。

丸印の場所はこうなっていました。

P8060256     

    

    

全く水が出ている気配なし。?????

どこだ、どこに出ているんだ?(つづく)

      

2009年8月25日 (火)

今年も秋味フライング発売

このブログを書き始めた2007年は8月22日。

2008年は8月27日。

そして今年は8月26日。

キリンのビール「秋味」の発売日です。

毎年この頃になると、ブログに「秋味」のことを書いていました。

http://mitikusa.typepad.jp/blog/2007/08/post_d41e.html

http://mitikusa.typepad.jp/blog/2008/08/post-eef5.html

そして今年も書き始めました。

今年が19年目。

数多ある新発売ビールが消えていく中で、

こうやって年数を重ねていくことができている「秋味」は幸せなビールだなと思います。

266     

    

     

    

   

今年も発売日前日の今日(25日)、

コンビニに行って「秋味」を探しました。

ありました、ありました。

今年もフライング販売。

おかげで今晩は1年ぶりの味を楽しめました。

夏休みは終わってしまうけど、

最後にこういう楽しみが毎年あるのがうれしいです。

中京大中京が優勝!

8月24日。高校野球の決勝戦。

地元愛知県の中京大中京と日本文理の試合は盛り上がりました。

9回裏2アウト、10対4リード。

子どもの頃から愛知県が優勝することを願ってきたけど、

今だ一度もありませんでした。(記憶にない)

いよいよ見れる。優勝の瞬間を見逃すまいと思って見ていました。

ところが・・・・・・

そのまま終わると思いきや、あれよあれよと5点が入って10対9。

ランナー1塁、3塁!

どうなっちゃうんだ。心の中では同点を覚悟していました。

打者が打った。

いい当たり!・・・・・次の瞬間、三塁手がライナーとキャッチしていました。

アウト。試合終了。終わった~。

見ていた人たちと拍手。愛知県人にとっては、思い出深い決勝戦となりました。

2126    

     

     

今晩の10時から、愛知県では「プロフェッショナル 仕事の流儀」が後日放映になって、

特別番組があります。今から見ます。貴重な愛知県優勝を一緒に喜びたいです。

下が番組紹介。

  • おめでとう!!中京大中京優勝
  • 1回戦から決勝までの「中京大中京」の戦いぶりをVTRで振り返りつつ、地元に帰ってきた監督や選手たちの喜びの声をたっぷりとお届けします。
  • 第91全国高校野球選手権大会「決勝」は、「中京大中京」(愛知)が「日本文理」(新潟)を10-9で破り、1966年以来43年ぶり7度目の全国制覇を成し遂げました。番組では、1回戦から決勝までの「中京大中京」の戦いぶりをVTRで振り返りつつ、地元に帰ってきた監督や選手たちの喜びの声をたっぷりとお届けします。
  •     

    7月30日に目の前で見たチームが優勝したんだなあ。よかった、よかった。

    http://mitikusa.typepad.jp/blog/2009/07/post-2362.html     

    大光山登山

    8月の始めに北アルプスに行って、運動不足を痛感しました。

    肺活量が減って、粘りが出ませんでした。

    こんなんじゃいけないと、それ以後自転車に乗る機会を増やしました。

    そして8月23日に山登りに行きました。

    機能回復訓練(リハビリ)ですね。

          

    場所は静岡県山梨県境の安倍峠から大光山(おおぴっかりやま)への往復です。

    アップダウンのある尾根歩きで、いい汗を流しました。

    写真を掲載します。いろいろな景色に出会えました。

    たくさん載せちゃいます。

         

    P8230024    

       

        

    県境の道路にあったプレート。

    今日は山梨県にも足を踏み入れました。

    P8230030 P8230035_3     

       

        

         

    富士山が目の前にで~んと姿を見せてくれました。

    思ったより大きかったです。

    南アルプスの一部に来ていることを実感しました。

    富士山の上には笠雲。

    天気が悪くなる前兆と言われますが、約5時間後に雨。

    P8230045_3 

          

    P8230046    

           

        

    立派なサルノコシカケ。

    P8230048_4      

         

         

      

               

    P8230067     

          

     

                

    P8230050_2    

          

          

           

       

    ツルアジサイに覆われてしまった古木。

    P8230037_7    

        

         

       

                       

    P8230064     

       

                    

    大光山の頂上。

    樹木に囲まれたささやかな頂上。

    秋の高気圧に覆われていたため、日陰は快適でした。

    P8230067_2      

          

          

    P8230071     

          

          

    P8230072_2

         

          

       

    以前はよく登った仲間と久々に登りました。

    2週間おきくらいに登っている人たち。

    それくらい登りたいなあ。      

         

    2009年8月24日 (月)

    失敗しても、失敗しても/発達障害のわが子とともに

    夏休みの研修の報告。

    8月19日。人権教育指導者研修会に参加。

    講演を聞きました。

    「NPO法人ゆう」の荻野ます美さんでした。

    テーマは「発達障害のわが子とともに」

    荻野さんの長男は3歳の時に「自閉症」と診断され、

    5歳で「最重要度の知的障害をともなう自閉症」と判定を受けました。

    現在養護学校中学部2年生。発語なし、言語理解なし。

    その子とどのように接しているかが話の中心でした。

        

    わが子が何かできないと、

    かつては「なぜできないの!」と感情的になっていたようです。

    しかし荻野さんはくじけません。

    ねばって、いろいろな方法を試していきます。

    この方法がだめなら、次はこれ。

    「なぜできないのか!」が「どう工夫したら、できるのか?」に変わってきたそうです。

    これは教師にとって大事な発想。

    それを実践されている荻野さんに驚き。

          

    「自閉症」が周囲から理解されていないと考え、

    荻野さんは運動会で簡単なチラシを配布したことにはじまり、

    地域行事・子供会・地域の小学校との交流などに家族で参加。

    しかし、これらの活動は子どものためになっていないと気がつきます。

    息子さんはちっとも楽しいと思わず、引っ張られ、かつがれての活動でした。

    親のエゴだったと今は反省しているそうです。

    荻野さんはこう言いました。

    「ノーマライゼイションには、『目的』と『方法』がなければダメ!」

        

    恥ずかしながら「ノーマライゼイション」の意味が不明。調べました。

    障害者と健常者とは、お互いが特別に区別されることなく、社会生活を共にするのが正常なことであり、本来の望ましい姿であるとする考え方。

         

    息子を参加させ、周囲の自閉症への理解を深めるためには、

    息子も楽しめるものを設定させなければならない。その部分は「方法」ということです。

    例年音楽会が行事として開催されていましたが、

    川での魚つかみに変更して、息子を参加させたとのこと。

    すごい活動力。

         

    何度も書きますが、失敗をたくさん積み重ねて、

    いい方法を見つけていく荻野さんの態度がいい勉強になりました。

       

    荻野さんのブログはここ。http://koumama.seesaa.net/

    8月19日の講演のことを書かれているのはここ。http://koumama.seesaa.net/article/126044551.html

    結局何も知らなかった松原用水

    (前投稿のつづき)

    ※東三河・・・・正確に言うと、東三河南部に水を行き渡らせている豊川用水事業について最近はずっと書いています。

    他地域の人にはあまり関心のないことでしょう。

    ご勘弁を。

    豊川用水事業関係のことをここにしっかり書き留めておきたいと思っています。

    自分のため、いずれは人のためになる資料として。

         

    牟呂松原頭首工から分水された水から、いずれ松原用水が流れ出します。

    松原用水の位置は、

    再び「いいのんとよがわ」http://www.pref.aichi.jp/tochimizu/mizu/toyogawa/outline.htmlのこの地図を参考にしてください。

    Outline

        

       

       

    松原用水。時々耳にする用水の名前です。

    夏休みに松原用水について少し調べてみて、気がつきました。

    夏休みに入る前まで、この松原用水について私は結局ほとんど知らなかったんだなと。

    知ったかぶりはしていませんでしたが、

    きっとこんなんだろうと漠然と頭にあるだけでした。

        

    松原用水とは?概略を書いてみます。

    松原用水は1567年に作られた県内で最も古い農業かんがい用水路。

    豊川の右岸の取水堰から水を取り入れ、

    現在の豊橋市、豊川市、小坂井町の水田を潤していました。

    旧一宮町(現豊川市)の松原に取水堰があったことから、

    松原用水と呼ばれます。

    この取水堰は、豊川の洪水でたびたび壊れ、修理が繰り返されました。

    昭和43年牟呂松原頭首工が作られ、

    もう一つの牟呂用水とともにこの頭首工から水が取水されるようになりました。

    牟呂松原用水として豊川左岸をまず流れます。

    松原用水はしばらくして、牟呂用水と分かれ、

    豊川の下をサイフォンでくぐりぬけて、豊川右岸に移り、

    昔からの地域を今も潤しています。

       

    ※参考「豊川用水ホームページ」http://www.water.go.jp/chubu/toyokawa/ayumi/04.html

         

    これくらいのことは頭にはありましたが、

    松原用水は奥が深かった。(つづく)     

          

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