2020年1月20日 (月)

「橙書店にて」④ 「うつくしいひと/うつくしいひと サバ?」

  

今日は令和2年1月20日。

  

前記事に引き続いて、「橙書店にて

(田尻久子著/晶文社)より引用します。

  

耳元で、とくとくとく、と人間より早い心音がかすかに聞こえ

ると、少しだけさみしくなる。たまに店に連れて行く白猫は、

いつも顔の横にぴたりと寄り添って寝る。二人で寝ているとき

は、必ず真ん中に入ってどちらかに寄りかかる。最初は、ぐる

ぐるぐる、と喉を鳴らす音が聞こえるが、寝入ると静かになっ

て、耳元に小さな心音が聞こえてくる。とくとくとく。人間よ

り心音が早いということは、それだけ自分より早く死んでしま

うということだ。

(132p)

  

猫としっかりお付き合いすると、心音まで聴けるのですね。

とくとくとく。生きている証拠ですが、

悲しい運命も予想されるものでした。

 

  

店にはいろんな人が来る。なぜ来るのだろう、と迎える私が思

うような人も来る。ものぐさだし、店を日々営業するというこ

とがいちばん大事だと思っているから、イベントの企画などを

自ら考えることはほとんどない。でも、行くよと言われるとな

かなか断れない。うれしいし、お客さんも喜ぶ。それで、スケ

ジュールが可能な限り対応していると、いろんな人が来てすご

いよね、とやり手ばばあのように言われることがある。

(140p)

  

谷川俊太郎さんや村上春樹さんも訪れるお店。

こういう人生もいいですね。  

  

  

なんと、行定勲監督の映画のロケ地にもなっています。

 

映画は2016年の3月に菊池映画祭で公開されたのだが、そ

の翌月、熊本自信が起こりチャリティー上映されることになっ

た。撮ったときは、行定さんもスタッフも出演者も、地震が起

こることなんて知る由もない。

タイトルは「うつくしいひと」。そこには、崩れる前の熊本城

の石垣が映っていた。壊れる前の通潤橋も映っていた。そして、

地震前の店内も映っていた。壁はひび割れておらず、天井も壊

れていない。古い建物で、もとから傷んでいたところも多かっ

たが、映画の中でライトであらが見えなくなっている。よく知

っているはずのその場所は、思いがけずうつくしかった。

(149p)

  

熊本地震の後、「橙書店」は被災し、引っ越しました。

そこがまたロケ地となって、

「うつくしいひと」の続編が撮られました。

  

店を移転することになった。夏頃から新店舗の工事をはじめた

のだが、工事中に行定さんが立ち寄られた。ふたたび熊本の街

を撮るためにロケハンをしている、と言う。「うつくしひと」

の続編としてつくるので、移転した橙書店でも撮影したいとお

っしゃった。撮影日を尋ねると、ちょうど工事が終わる予定の

頃だ。地震のあと、工務店さんやいろんな業者さんは休日返上

で働いている人ばかりだ。もしかしたら撮影に間に合わないか

もしれないから、書店の場面は入れないほうがいいのではと言

ったのだが、地震のその後を撮りたいのだとおっしゃった。

地震があっても、ほかの災害があっても、死なない限り暮らし

続ける。なるだけ、普通の日々を続けようとする。そういう人

々の姿を残したいと思われたのだろうか。撮影のあとに地震が

起きたのも、引っ越し直後にふたたび撮影が行われるのも何か

の縁だから、撮っていただくことにした。

(149~150p)

  

人を集める橙書店がロケ地にもなってしまいました。

気になる映画です。

今どきの動画サービスだと、

この映画を見たければ見ることができそうです。

440円。

どうしようかな?


YouTube: うつくしいひと/うつくしいひと サバ?

1

☝ きっとこの場所が「橙書店」だ。

「橙書店」にて③ 「私たちとさほど差異のない人たちなのだ」

  

今日は令和2年1月20日。

  

前記事に引き続いて、「橙書店にて

(田尻久子著/晶文社)より引用します。

  

Aさんは、本屋をはじめてから来るようになったお客さんだ。

年は70代後半というところか。いつもこざっぱりした服を着

て、ひょうひょうとしている。ブコウスキーやケルアックがお

好みで、浅川マキもごひいきだ。

ここはみょうな本ばっかり置いとるけん、つぶれんごつ買わん

といかん。

そう言いながら買ってくださる。売れなさそうさ変な本ばかり

を並べているから店が成り立たないだろう、つぶれないように

私が買ってあげようという意味だ。だいたいいつも一冊購入さ

れるが、買いたい本がないときは喫茶だけ利用される。煙草を

吸いながら、珈琲を一杯。

(67p)

  

いいですね、この雰囲気。

そのAさんが、ある時戦争の体験談を話していった。

近所の女の子が空襲で死んでしまった話でした。

  

爆弾は真っすぐに落ちるものだから、空襲のときは道の端に避

ければそうそう当たるものではないという。女の子はその日、

真新しい下駄を履いていた。そして、逃げる最中に、脱げた下

駄を拾いに戻って爆弾に当たった。真新しい下駄を履いていた

ばかりに、女の子は死んだ。

(中略)

Aさんは、たあ世間話だった体(てい)であっさりと帰ってい

かれた。ひとり取り残されて、下駄の鼻緒は何色だったろうか

と想像する。道端の女の子と、離れたところに転がる下駄。そ

れを見ている少年。いつもひょうひょうと話していたが、A少

年のまなこに映ったその姿はいまもなお鮮明なはずだ。少年時

代のAさんになったつもりでその姿を記憶にとどめた。

(68p)

  

私も本を読むことで、その姿を記憶に留めました。

   

本と戦争のことでたっぷり引用します。☟

 

戦争の本を読む、映画を見る、テレビの報道番組を観る。いま

まで、たくさんやってきたことだ。でも、面と向かって体験談

を聞くという体験は、そのどれとも違った。記憶の断片は、そ

の人とともに、私の記憶にしまわれる。少年だったAさんの見

た映像を、何十年という時を経て、Aさんの言葉とその存在で

私の眼球に映してもらった。

何かが起こったとき、居合わせた人の数だけ物語が存在してい

る。こんなふうに話してもらえることはまれだから、本を読む。

過ちを繰り返さぬよう、知りたいから読む。立場が違うと景色

も変わるから、どちら側からも見たい。戦争が起きたとき、権

力者の目と戦う兵士の目は違うものを見る。大岡昇平の『野火』

を読めば、ごく平凡な生活を送ってきた人間が人肉を食べるに

至るという行動を通して、戦場がいかに人を異常な状況に追い

込むかを脳裏に刻むことができる。

テロの続くテルアビブに住むエトガル・ケレット。彼の自伝的

エッセイ『あの素晴らしき七年』を読んだ。それまで漠然と抱

いていたテルアビブのイメージは覆され、奇妙でおかしな出来

事に笑い、見知らぬ場所に住む人たちの気持ちにいつの間にか

寄り添っている。彼らは私たちとそう変わりない。

 

著者の両親はホロコーストを生き延びた。生き残り二世である

彼は、戦時下の街で家族と暮らしている。息子が生まれようと

する病院には、テロで怪我をした人々が担ぎ込まれる。公園で

のママ友との話題は、子どもを将来、兵役につかせるかどうか

だ、だ。イスラエルでは、暴力を見て見ぬふりはできない。で

もその一方で、電話の勧誘をうまく断れない話や。奥様方にま

ぎれてピラィスをする話が滑稽に語られる。暴力で満ち溢れた

世界をユーモアや優しさでかきまぜながら、あるいは社会を風

刺しながら、軽快な筆致で描写していく。遠い異国の戦時下の

話なのに、親戚のおにいちゃんの話を聞いているような親近感

をおぼえる。泣いたり、笑ったりして、酒を呑みながら聞いて

いるように。そして彼らは見知らぬ人々ではなくなる。戦争を

しているのも、テロ行為に及ぶのも、私たちとさほど差異のな

い人たちなのだ。

(70p) 

   

最後の一行のために、たくさんの文章を引用しました。

戦争をしているのも、テロ行為に及ぶのも、

私たちとさほど差異のない人たちなのだ。」

本によって、登場人物の気持ちまで描かれていて、

考えていること、考え方はそんなに差異がないのだと

読書ではよくわかると思います。

その点の力は、映像以上のものがあると感じます。

「橙書店」にて② 書くのと読むのとどちらが好きですか

 

今日は令和2年1月19日。

  

前記事に引き続いて、「橙書店にて

(田尻久子著/晶文社)より引用します。

  

いまみたいに、毎日ラインでつながって、顔を見ながら電話

して・・・・そんなことが当たり前でなかった頃、遠く離れ

た誰かと手紙でやりとりすることは、どんなに人と人を近づ

けたろう。パソコンやスマホのフォントで書かれた文字では

なく、あっちを向いたり、はねたりした文字。気が急いて書

いたから、判読が難しい文字。それをじっと見つめた末に、

なんと書いてあるかわかったときの喜び。

(53p)

  

たまに、面倒だからラインやってよと言われるが、不便でも

かまわない。友達も少なくてもかまわない。友達って、友達

になってくださいと言ってなるものではない気がする。

(53p) 

  

私はLINEもフェイスブックもやり始めたけど、

停滞しています。

ブログはうつのは好きだし、コメントのやり取りもいいです。

どうもLINE,FACEBOOKは深入りできません。

  

  

  

この間、お客さんが『バナの戦争』という本を貸してくれた。

バナは、シリア難民だ。

彼女は、戦時下のアレッポで、英語が話せる母の手を借りて

街の様子をツイートしつづけた。

 

わたしたち、しにかけているの。

 

ただ、こわがらずにくらしたい。バナ

  

私たちたちは武器を持っていません。なのに、なぜ殺される

の?バナ

 

ツイートをはじめたときのバナは、たった7歳だった。爆弾

の雨が降る街で、恐怖を感じることが日常となっている場所

で、何も知ろうとしない私たちに語り続ける。まだ、こども

でありたいと。すごくすごく、学校に行きたいと。

(中略)

バナのツイッターアカウントを世界的に有名にした最初のツ

イートは、「今夜、わたしは死んじゃうかもしれない。とて

もこわい。爆弾に殺されてしまう」だこんなこと。こんなこ

とを7歳の少女が言わざるを得ない世の中を、私たちは見て

見ぬふりをしている。

(53~55p)

  

シリアの情報収集をしている私。

「バナの戦争」もチェックですね。いつか読みたい。

  

  

約束はしたものの、やっぱり原稿は遅々として進まない。

(中略)ごはんを食べて風呂に入ってひと段落をしたら書こ

う、と家にたどり着くまでは思っている。でも、部屋には未

読の本が山と積まれている。書くよりも読むほうが断然たの

しいから、パソコンを立ち上げたものの、キーボードは打た

ず頁をめくっている。数行書いただけで電源を落とすことも

たびたびあるが、たまに誘惑に負けずにこうして書いている。

(59p)

 

昨日は書くよりも読むほうが優先した日でした。

ブログを書き上げることなく、次の本「山海記」を

読んでいました。

でも基本的には、私は読むことより書くことの方が

少し楽しいと思っているだろうな。

皆さんはどちらですか。

同僚の先生で「私は読むことが好きだから」と言って、

このブログを読んでくれています。

ありがたいです。

  

  

(編集者の大河さんは)たまにポツリと送る原稿を読んでは、

感想を書き送ったり、さりげなくプレッシャーをかけたりし

てくる。田尻さんの原稿が活力です、などと言われると思い

腰も少しあがる。もちろんそれが彼の仕事なのだが、有り難

いことに変わりなく、それでなんとか少しずつ前へ進むのだ。

世の中には、それぞれの本に大河さんみたいな人がいる。彼

らのおかげで、私たちは本と出会える。

(64p)

   

本は作家さんだけではできあがらないんですよね。

顔の見えない編集者に感謝。

この本、面白かったですよ。

  

つづく 

2020年1月18日 (土)

「橙書店にて」① 仲間に入れてほしい本好きの集まり

  

今日は令和2年1月18日。

  

この本を読みました。

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橙書店にて」(田尻久子著/晶文社)

 

こういうのをエッセイと言うのか、ノンフィクションと言うのか

私はよくわかりません。

熊本市にある実際にある本屋(兼雑貨店・喫茶店)の主の

田尻久子さんが見聞きしたことを、

そっと教えてくれるような本でした。

本屋ですが、ちょっとこだわりのある本が置いてあるそうです。

したがってやってくるお客さんは、根っからの本好きの人たち。

数十年ぶりに本好きだったことを再確認した私としては、

仲間に入れてほしいなあと思える空間でした。

  

図書館に返す本です。

気になった文章を書き留めておきたいと思います。

  

普通の人、普通の人生なんてものはなく、人はそれぞれで、み

んな違う人生だ。誰かの人生に起きた小さな物語が、世界をつ

くっている。

(27p)

 

今日起こった小さな物語。私の場合は、奥さんと一緒にパソコンで、

福島へ行く新幹線の指定席と1泊目の宿の予約をしたことかな。

「福島に行きたい」とブログに書いてきましたが、

いよいよ第一歩を踏み出しました。いつ行くかは内緒。

皆さんはどんな物語がありましたか?

  

  

金木犀の香りは突然現れる。通りすがりに思わず振り向いてし

まうべっぴんさんのように、香りに振り返る。するとそこには、

濃い緑の中に、小さいけどふっくらとしたオレンジ色の花が無

数に咲いている。花の時期が短いから、ただ通り過ぎるのはも

ったいない気がして、深く息を吸い込む。記憶にある金木犀の

匂いとおなじ。金木犀の花の香りは誰の記憶にもあるらしく、

(店で)飾っていると、お客さんから声がもれる。

あっ、金木犀だ。

(35p)

 

「通りすがりに思わず振り向いてしまう

べっぴんさんのように」の表現がいいですね。

私が書くと、奥さんに怒られてしまいます。

でもこれはあくまでも田尻さんの表現と言うことで、

このブログに書き留めておきたいと思いました。

わかりますか、この複雑な気持ち。

 

もちろん、金木犀のことに共感します。

だからこの文章を書き留めました。

  

  

今晩はここまで。

 

2人で思い出した田辺誠一さん

今日は令和2年1月18日。

  

16日放映のドラマ「アライブ 第2話」を録画して、

昨日、奥さんと一緒に見ていました。

  

画面に出た医者役の男優さんの名前が浮かばない。

「今の人、何て言ったっけ?」

「何だったけ?」

奥さんも名前が浮かばず。 

思い出せない。

「にっぽん!歴史鑑定」の進行役でよく見るのになあ。

 

しばらくして再びその男優さんが画面に登場。

苗字が何となく浮かんだ・・・

「たなべ・・・」

奥さんがすかさず、

「せいいち!」

「”せい”ってどんな字だたっけ?」

「まこと(誠)」

「そうか、そうか、田辺誠一だ」

  

自分1人で見ていたら、しばらく解決できなかったでしょう。

2人で見ていたから、さっと解決できました。

何か楽しかった。

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☝ ドラマ「アライブ 第2話」より

  

11・12・1月の生活のBGM「ヨルシカ」

  

今日は令和2年1月18日。

  

久しぶりに生活のBGMのお話。

11月中旬から昨日まで、私は「ヨルシカ」がマイブームでした。

3枚のアルバムを聴いていました。

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だから僕は音楽を辞めた

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負け犬にアンコールはいらない

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夏草が邪魔をする

  

動画がいくつか公開されています。

  

7カ月ぶりの勤務校出勤の時の曲は「靴の花火」でした。

選んだ曲ではなく、ちょうどこの曲が始まったので、

往路はリピートして聴いて、勤務校の駐車場に入りました。


YouTube: ヨルシカ - 靴の花火 (Music Video)

  

パンパンと手をたたくところが好きな曲「ただ君に晴れ」。

運転しながら口で「パンパン」と言っています。

軽快で、つい言いたくなります。

本当は手をたたきたいのですが、運転中ですので。


YouTube: ヨルシカ - ただ君に晴れ (MUSIC VIDEO)

  

長野市でボランティアをしていた時にはこの曲が流れていました。

ボランティアの現場と宿泊場所をつなぐ道路の光景が浮かびます。

パレード」イントロのメロディがお気に入り。


YouTube: ヨルシカ - パレード (Music Video)

  

この曲も年末年始を思い出す曲になりました。

藍二乗」 ♪ そんなことはわかっていたんだ エルマ ♪

ヨルシカにとって「エルマ」って誰?


YouTube: ヨルシカ - 藍二乗 (Music Video)

  

「ヨルシカ」のアルバムは、途中にピアノの

インストゥルメンタルが入り、それが心地よかったです。

どこから聴きだしても、繰り返し聴いても、

読書しながらでも聴けてしまいました。

以前にも書きましたが「上質な曲」をつくり出す人だなあと

思いました。

 

今日からの生活のBGMはズピッツのアルバム「見っけ

2020年1月17日 (金)

「校則なくした中学校~」⑤ 自分のとんがったところを磨く

  

今日は令和2年1月17日。

  

前記事に引き続き、 

校則をなくした中学校 たったひとつの校長ルール

(西郷孝彦著/小学館)よりひたすら引用します。

  

「エッジを立てる」ということ。

前例をそのまま授業に取り入れたり、他の優秀な教員の方法を

まねしてみるのも一つの方法ですが、自分の得意分野を生かす

ことも大事です。できないこと、不得意なところに目を奪われ

て、自信をなくす必要はありません。自分のとんがったところ

を探して、それをとことん磨くのです。これは子どもたちにも

常々言っていることです。

(161p)

  

管理職になって学校を変えることはできませんが、

「エッジを立てる」ことはできる可能性があります。

とんがったところは、

社会の授業、映像を使った授業、特別支援の授業かな?

だから一番いいのは、特別支援学級で映像を使って

社会科の授業をすることです。

う~ん、タブレット端末も絡めたい。(欲張りですね)

残りわずかの年月ですが、

とんがった(出っ張ったぐらいかな)ところを

磨いていきたいです。

    

  

生徒がしたいことをしたい時にさせてあげる。

これは本当に大事なことだと思っています。

実際に、こんなことがありました。Pくんが家から麻雀牌を持

ってきたのです。Pくんはゲームの麻雀は知っているけど、本

物の麻雀はやったことがありません。でも「家に麻雀牌があっ

たから」とわざわざ学校に持ってきた。ということは「麻雀を

やりたい」ということです。だったらやらせてあげよう。Pく

んを見て教員らはそう考えました。

(184p)

 

実際に、学校の廊下にテーブルが用意され、

通りかかった子らが参加して麻雀が行われました。

  

いったい麻雀を学校でやることに何の意味があるのか。

そう思う人もいるでしょう。

たしかに、何かの役に立つかと問われたら答えに窮します。

将来、何かのプラスになるかもしれないし、ならないかもしれ

ない。でもそれでもいいと思っているのです。大事なのは「や

りたい」という気持ちを尊重してあげることなのです。「何か

やりたい」と自分の意志を表現することは、心を閉じ気味な子

どもからすれば大変な冒険です。

何かに行き詰っている子は、このことをきっかけにそれを打開

できるかもしれない。うまく心を開けない子は、一緒にやりた

いことができたことで、周囲との距離を少し縮められるかもし

れない。

きっとPくんもうれしかったと思います。だって、麻雀を付き

合ってくれる子が現れたのだから。

(186p)

  

いまの世の中は、「やりたいこと」を見つけにくくなっていま

す。子どもたちは、触れる情報があまりに多く選択が難しい上

に、ゆっくり考える時間がありません。自分が何をやりたいの

か、見つからなくなっているのです。

だからなおさら、それが麻雀であってもモデルガンであっても、

なんでも「やりたことをやらせてあげたい」と思うのです。「

やりたいと思ったらできるんだ」と思えば、本当にやりたいこ

とも見つかるかもしれません。「やりたい」と口にするハード

ルも下がるのではないでしょうか。

(189p)

   

私ができることで、子どもたちに

「やりたいと思ったらできる」体験をさせたいなあ。

もちろん私もその体験をしたい。

ブログでもいろいろな種類の「やりたい」をつぶやいてきました。

それを実際にやることを重視しているつもりです。

やっぱりやりたいと思ったことは、

生きているうちに何とかやりたいのです。

諦めない。

  

以上で、「校則をなくした中学校 たったひとつの校長ルール

からの引用は終了。

同僚の先生、読んでみてください。

同志が欲しい。

「校則なくした中学校~」④ 「宿題がない理由は明快です」

  

今日は令和2年1月17日。

  

前記事に引き続き、 

校則をなくした中学校 たったひとつの校長ルール

(西郷孝彦著/小学館)よりひたすら引用します。

  

  

「校則という規範がないと、先生によって言うことが違ってく

るんじゃないか」

こんなふうに言ってくる人がいます。

それでいい、と私は考えています。それこそまさに、「社会」

ですよね?

(57p)

  

そう、それこそ「社会」です。

  

  

多くの公立中学校では、不要な校則を生徒に守らせるために、

教員は膨大な時間を「生徒指導」に割いています。そしてこう

した指導によって、教員と生徒の信頼関係が壊れています。悲

しいけれど、これが現実です。いったい誰が得をしているので

しょうか。

(63p)

  

  

「教員採用試験に受かったら、一生安泰」という考え方は、言

い換えれば「一生教員を続ける」ということです。これではい

ざという時に逃げ道がありません。

「ずっとは教員の仕事をやらないかもしれない」

「いつか転職しよう」

と考えると気が楽になります。いま問題になっている、教員が

心の病になってしまうケースが減るのではないでしょうか。

転職して、別の社会の空気を吸ってくるのもいい経験です。そ

れで「また教員をやりたい」となったら、戻ってくればいい。

社会経験は、教える上できっとプラスになるはずですから、教

員免許があればそれが可能なのですから、もっと気楽に考えれ

ばいいと思います。

(66p)

 

  

今回の休職は、辞めることを本気に考えました。

他の職業も考えました。

でも11月下旬に「また教員をやりたい」という気持ちになり、

いまに至っています。

「社会経験」ではないけど、

この「休職経験」をプラスにしたい。

  

   

  

宿題がない理由は明快です。宿題を出しても、あるアメリカで

行われた調査にもあるように、学力は上がらないのです。また、

ワークや問題集のように、同じレベルの宿題を全部の生徒にや

らせることはナンセンスです。宿題を出すのであれば、それぞ

れの生徒のレベルにあった宿題を出すべきです。強制して宿題

をやらせても嫌々やるだけで、モチベーションが上がらないの

で、なかなか成果が出ないのです。

(117p)

  

  

宿題をこうやって考えたいです。

中学校ならなくてもいいと思います。

  

  

若い教員には「将来、管理職を目指しなさい」とも言い続けて

います。もし、自分が赴任した先の中学校で、いろいろなこと

に疑問を持ってーーたとえば桜丘中学校のように校則をなくそ

うと思っても、一教員ではなかなか難しい。校長でないと変え

られないことは多いのです。校長でないなら、教育委員会でも

いい。若い頃から授業や法律をきちんと勉強して、教育界を変

えなさい。そして世界を変えなさい、と。

(149p)

  

  

私は管理職ではないので、学校を変えることは無理なのですかね。

病み上がりの教師の話は広まらないかな。

でも、この本に書いてあることは正しいことであり、

そうなるべきだと思うんだけどなあ。

ほぼ1年前に読んだ「学校の『当たり前』をやめた」も

ほぼ同じ発想のやり方で、中学校を変えていました。

ここでも道草 「学校の『当たり前』をやめた。」その1/教師は今も時代の最先端でありたい(2019年2月10日投稿)

この2冊は購入した本です。

いつも身近にあります。

読み直して、自分がぶれないようにしておきたいです。

  

つづく

「校則なくした中学校~」③ 思考停止して耐え忍ぶようになっていく

 

今日は令和2年1月17日。

  

前記事に引き続き、 

校則をなくした中学校 たったひとつの校長ルール

(西郷孝彦著/小学館)よりひたすら引用します。

  

  

生徒たちは、小学校6年間で、教員から指示されることに慣れ

きっています。「指示を守る子」が「いい子」とされてきまし

た。「先生の考えとは違った自分の考えを主張する子」は、集

団の規律を乱す子と否定されてきたのです。でもそうでしょう

か?

社会に出れば、「自分で考え、判断する」ことが求められます。

指示を待っていても、人生は、前に進んでいかないからです。

私の尊敬するアップル創業者のスティーブ・ジョブズがその代

表的な例ですが、むしろ「自分の考え=アイデア」を持ってい

る人間こそが、最後は社会からも評価を受けます。

だったら、自分で考えるクセを早くからつけるべきではないで

しょうか。しかし、教員が指示を出し続けている限り、生徒は

考えなくなります。自分で考える必要がな、むしろ自分の意見

を言うと「生意気だ」と言われて損をするからです。

(49p) 

  

  

私は校則の存在そのものを否定しません。

たとえば、厳格な規律で知られるミッション系の私立中学校が

あります。こうした学校は規律=校則そのものが、校風になっ

ています。靴下やセーターも指定されたものしか許されないな

ど細かく決まっている場合が多いですが、そういう見た目もま

た、その学校のカラーです。生徒たちも、その校風に憧れて門

をくぐります。

でも公立中学校は事情が異なります。

公立中には、さまざまな生徒がやってきます。私立と違って、

子どもたちの多くは選んできたわけではありません。たまたま

その学区に住んでいただけです。

そういった多種多様な生徒たちに、理不尽な校則を強制すると

どうなるでしょうか。無用なストレスを与え、情緒を不安定に

しかねません。ストレスからいじめに走る子も出てくるでしょ

う。それだけではありません。過度なストレスは記憶力の低下

を招くことが、いろいろな研究で明らかになっています。

(55~56p)

  

  

そしてこの本で最も印象に残った文章を引用します。☟

  

さらにーーこれがいちばんの問題なのですがーー子どもたちは

やがて、論理的に考えることを放棄してしまいます。そして、

矛盾がある不合理な規則であっても、単に思考を停止して耐え

忍ぶようになっていきます。「先生の指示を守る」ことのほう

が、無用なエネルギーも消費せず、周囲に波風を立てないから

です。

虐待を受けた子どもたちの多くは、自分の持てる力のすべてを

使って虐待環境に適応しようとします。自分を守るために、感

情や思考、行動を抑制し、無反応になっていくのです。いわば

すべて諦めて無気力になってしまう。極端な言い方をすれば、

理不尽な校則を押しつけ続けると、生徒たちの多くは、虐待児

と同じように無気力な子どもになってしまいます。

(56p)

  

「思考停止」「無反応」

こんな状態にいつの間にかしていないか、

気をつけないといけないと思います。

 

さらに思うのは、自分自身が

「思考停止」になっていないかということです。

諦めて、波風立たないように時を過ごしていることをしていないか。

大人の集団でも、思考停止はあり得ます。  

いろいろなプレッシャーで、思考停止していた自分を思いだします。

もう思考停止したくない。

「校則なくした中学校~」② 「生徒を怒鳴ることはやめましょう」 

  

今日は令和2年1月17日。

  

前記事に引き続き、 

校則をなくした中学校 たったひとつの校長ルール

(西郷孝彦著/小学館)よりひたすら引用します。

  

 

仲良しごっこを続けているよりも、一時的にもめたとしても、

本音を言い合ってそれを乗り越えたほうが、さらに深い関係が

築けると、私は考えます。

裏を返せば、喧嘩や言い合いをせず、ずっと仲良しでいるのは、

大半が表面だけの付き合いです。いったん破綻したあとに修復

できれば、もっと仲良くなれるケースが多いといえます。本当

に好きな人、自分が仲良くしたい人であれば、何としてでも修

復したいと思うものですし、喧嘩で相手の本音を知れば、相手

をより深く理解できます。

本気の衝突や喧嘩を経て成長した子どもは、強いですよ。

なぜなら、「人間は必ずしも言葉と感情が一致する時ばかりで

はない」と身をもって理解できるようになるからです。

たとえば「バカ」と罵倒してきた同級生が、「実はかまってほ

しいことを素直に伝えられないだけではないか」などと、言葉

の背景にある感情を察せられるようになります。結果、最終的

に無駄ないさかいは減っていきます。

(26p)

  

  

「ゆうゆうタイム」というのは、子どもたちが話をしたい教員

やカウンセラー、職員とゆっくり2人だけで話ができる、とい

う時間です。年に2回、放課後に時間を設定して、事前に申し

込んだ教員と教室で話をします。

(27p)

 

「ゆうゆうタイム」で生徒から総スカンを食らった教員はどう

なるのでしょうか。

これが見事に変わるのです。「これではいけない」と思うので

しょう。そもそも、子どもが好きでこの仕事を選んだ人がほと

んどなのです。それなのに子どもたちから避けられる。自分に

問題があると考えざるを得ません。

ではどうするか。

私は「本当の自分を出しなさい」とアドバイスしています。こ

れまでは、「教員とはこうあるべきだ」と考え、構えていたの

でしょうね。取り繕うから、人によって態度も違って見えてし

まう。

私たちは、教員である前に、ひとりの大人です。大人である前

にひとりの人間です。子どもたちの前で教員として振る舞うの

ではなく、本来自分が生きてきた「素」の自分でいるのです。

いいところも悪いところも包み隠さず、ひとりの人間として、

子どもに対峙すればいいのです。

取り繕わない素の自分で、思い切ってぶつかっていくと、子ど

もは寄ってきます。子どもたちは、教員としてではなくて、人

間としての自分に魅力を感じるのです。教員と生徒という関係

性はこれで一旦まっさらになり、対等な関係をつくることがで

きます。

(31~32p)

  

   

怒鳴ることなく、素で勝負したいです。

この先生の言われるように、素で十分なはずなのです。

  

 

たとえば校則の廃止。

「校則なんてきゅうくつだ。だから全廃しよう」という教育論

を金科玉条のように掲げて校則を廃止したのではなく、「子ど

もたちにとって、幸せな3年間を送らせるためにはどうしたら

いいか」ということを考え、議論に議論を重ねていったその結

果、そうなったということです。

(39p)

  

「子どもたちにとって、幸せな3年間を送らせるため」は、

この本の中で幾度か出てきます。

原則です。

  

  

怒鳴った経験がある人はわかると思いますが、怒鳴って気持ち

のいいことはありません。怒鳴られている生徒も気分が悪い。

つまり、どちらにとってもマイナスです。公衆の面前で怒鳴れ

ば、周囲も嫌な気持ちになります。誰も得をしていません。

では、怒鳴らないようにするためにはどうしたらいいか。

まずは朝礼を見直すことにしました。

「生徒がざわついてもかまわないから」

と教員たちに言いました。生徒が騒ぐとしたら、朝礼台の上か

ら私が発している話が、つまらないからです。面白い話だった

ら、きっと耳を傾けるはずです。

「もし生徒がうるさくしていても、それは私の話がつまらない

せい。だから生徒を怒鳴ることはやめましょう」

私自身も生徒が思わず聞き入るようなとっておきの面白い話を

準備しました。

「朝礼できちんとさせること」が学校生活でいちばん大事なこ

とではありません。いつの間にか、学校全体で大事なことを見

失っていたのです。

ではいちばん大事なこととは?

それはただひとつ。

子どもたちが、幸せな3年間を送ること。それだけです。

とはいえ、染みついてしまったものは、なかなか変えられませ

ん。

「子どもは管理するものであり、教員が指示をだすもの」

こういう固定観念が教員の中にあるのです。

実際、教員たち自身の多くも、そういう教育を受けてきました。

悪しき学校文化です。

言うことを守らせることが自分の役目だと思い込んでいる教員

にとって「大きな声を出すな」と言われることは、理不尽でし

た。彼らは「きちんとさせたい」と思っているのです。使命感

から怒鳴っていました。私が言っていることは、「きちんとさ

せなくいていい=教員として振る舞わなくていい」と聞こえた

はずです。

(43~44p)

  

  

こういう方針の学校になってほしいと思います。

どの学校も。

  

  

つづく

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