2015年4月 5日 (日)

羽衣文具の廃業/身近すぎたチョーク

  

今日は4月5日。

  

最近の新聞で見かけた記事で、注目は「羽衣文具」の廃業です。

ふだん普通に使ってきた「羽衣チョーク」を作っていたのが、

同じ県内の春日井市に本社のある羽衣文具でした。

3月末の新聞に、廃業のことが書かれていて、

有名な塾の講師林修先生も愛用者であり、

羽衣文具の廃業を惜しみ、感謝のメッセージが書かれていました。

勤務校も「羽衣チョーク」でした。倉庫の写真です↓

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羽衣チョークの製作技術は他のメーカーに引き継がれるそうです。

今まで当たり前のように使ってきたチョークでしたが、

すぐ近くで作られて、それも品質の良いものだったのですね。

当たり前すぎて、有り難みを感じていませんでした。

本当にすみませんでした。お疲れ様でした。

  

 

ホワイトボードが出回ってきました。  

世の中は、これからタブレットの時代。

自分もそう思って研究しています。

黒板にチョークで字を書く機会は、だんだん減ってくるのでしょうか。

「羽衣文具」の廃業ニュースは、

身近なチョークに目を向けるいい機会になりました。

今更ですが・・・・。

  

  

  

  

〇4月4日視聴「額縁をくぐって物語の中へ 名所江戸百景 

 玉川堤の花 1856 歌川広重」(2015年4月2日放映)

 歌川広重 岡場所

〇4月5日視聴「NHKスペシャル 腸内フローラ 解明!驚異の細菌パワー」

 (2015年2月22日放映)

 腸内フローラ 大豆 植物繊維     

2015年4月 3日 (金)

今朝、「フラッシュモブ」という言葉を初めて知りました

  

今日は4月3日。

  

「フラッシュモブ」という言葉を知っていますか?

私は今朝、起きてから今までの時間帯の中で知りました。

きかっけは、前投稿で「ボヘミアン・ラプソディ」のパロディ映像を探し、

そのついでに次の映像を見たからです↓

意味は・・・Wikipediaによるとこう書いてありました。

Wikipedia フラッシュモブ

  

フラッシュモブ(英: flash mob)とは、

インターネット上や口コミで呼びかけた不特定多数の人々が

申し合わせて雑踏の中の歩行者として通りすがりを装って

公共の場に集まり前触れなく突如として

パフォーマンス(ダンスや演奏など)を行って周囲の関心を引き

その目的を達成するとすぐに解散する行為。

  

ほう!

   

2003年5月にニューヨークでビル・ワジクが始めたのがきっかけと言われる。

  

まだ12年の歴史しかない。

Wikipediaの説明は続きますが、読むと実際の映像を

見たいと思ってしまいます。

できたら、説明の合間に映像を入れていきます。

  

 

日本においても各地で開催されるようになってきており、

社会性や規模、クオリティなどからその一例として、

2012年12月24日羽田空港で行われた

東北支援チャリティーイベント(指揮:山口健一)や、

東北支援チャリティーイベント 羽田空港フラッシュモブ 2012 KnK
YouTube: 東北支援チャリティーイベント 羽田空港フラッシュモブ 2012 KnK

2013年8月11日新宿で行われた

世界平和コンサートへの道(指揮:柳澤寿男)、

Orchestra Flash Mob in TOKYO (OFFICIAL)
YouTube: Orchestra Flash Mob in TOKYO (OFFICIAL)

2013年11月17日福岡で行われた800名の市民が参加した

「福岡マラソンPR」の大型フラッシュモブなどが挙げられる。

日本最大!総勢800名「福岡マラソン」フラッシュモブ@警固公園【公式】 /Fukuoka Marathon Flashmob , JAPAN【music by RYDEEN(YMO)】
YouTube: 日本最大!総勢800名「福岡マラソン」フラッシュモブ@警固公園【公式】 /Fukuoka Marathon Flashmob , JAPAN【music by RYDEEN(YMO)】

また匿名掲示板で集った人々がフラッシュモブよりもかなり前から、

大規模オフと呼ばれる類似した行為

(例えば吉野家オフやマトリックスオフ)がたびたび行われ、

話題となっている。

なお、街頭などで複数の人間が突然ダンスを踊りだす

「ダンスフラッシュモブ」の略を指す場合もある。

2013年にリリースされたSMAPの50枚目のシングル「Joy!!」の

ミュージックビデオでは、SMAPとダンサー1000人による

フラッシュモブダンスが演出として使われた。

2014年に放送されている綜合警備保障(ALSOK)のCMでは

同社所属アスリートを中心としたフラッシュモブダンスを披露し、

それを目にした外国人が「フラッシュモブ」の

台詞を言うシーンも収録されている。

TAKAHIRO監修!吉田 沙保里選手、伊調 馨選手、中矢 力選手 「ALSOKフィーバー」篇 CM
YouTube: TAKAHIRO監修!吉田 沙保里選手、伊調 馨選手、中矢 力選手 「ALSOKフィーバー」篇 CM

Photo

 

「フラッシュモブ」

学校で生かせないかなあ。

このみんなで楽しむ雰囲気がいいなあ。

 

次のサイトもWikipediaを引用しつつ、映像を並べていました↓

【動画まとめ】世界のびっくりフラッシュモブ

さらにこれ↓

【動画まとめ】世界に負けるな日本のフラッシュモブ!

今年度最初の番組は「世紀を刻んだ歌2 ボヘミアン・ラプソディ殺人事件」

  

今日は4月3日。

  

2002年3月27日に初めて放映された番組

「世紀を刻んだ歌2 ボヘミアン・ラプソディ殺人事件」

今年の2月23日に再放送されていました。

13年前の番組です。

でも映像がきれいで、年月を感じさせませんでした。

クイーンの1975年発表「ボヘミアン・ラプソディ」のことを詳しく紹介してくれていました。

この曲、何回も聞きましたが、何と人を殺したことを

母親に告白したところから始めていたのですね。

 

Mama,just killed a man (ママ たった今人を殺した)

  

ビックリです。

クイーンがどのように誕生したのか、

この曲を作ったフレディ・マーキュリーの生い立ち、

衝撃のPVができた経緯、

そして告白された?フレディ・マーキュリーの母親まで登場。

イギリスの人たちがどれくらいこの曲を愛しているかまで知りました。

充実の1時間12分でした。

あらためてこの曲を聴きました。皆さんもどうですか?

 

Queen Bohemian Rhapsody
YouTube: Queen Bohemian Rhapsody

  

英語の歌詞と和訳が画面に映し出されるこの映像もいいですね↓

Bohemian Rhapsody 英詩 和訳 コード
YouTube: Bohemian Rhapsody 英詩 和訳 コード

 

さらにこの映像もいい↓ こういうことがやりたくなる曲調なんですよ。

セクシー美女な女子3人がエロ可愛すぎ話題!クイーン ボヘミアンBohemian by Rhapsody by Queen
YouTube: セクシー美女な女子3人がエロ可愛すぎ話題!クイーン ボヘミアンBohemian by Rhapsody by Queen

  

  

この番組が新年度1本目に見た番組でした。

2本目は「探Q!Aトリップ 蒲郡」でした。

3月21日に放映されたものでした。

印象に残ったのは小島喜八さん(1843~1913年)のこと。

蒲郡の形原町に生まれた人で、

明治7年に日本初の麻糸製造機を開発した人だそうです。

この製造機で作られたロープは丈夫で、漁師さんに使われたそうです。

そして今、形原町には約50軒!ほどのロープ工場があり、

蒲郡市は繊維ロープのシェア日本一。

ロープが作られていく様子も紹介されていました。

あのロープはこうやって作られているのかと、興味深く見れました。

実際に形原町に行って、工場見学をさせてほしいと思いました。

蒲郡の片原町の小学生はきっと、社会見学で行っているのですよね。いいなあ。

魅力的な話です。

  

  

  

テレビ番組は短時間でこうやっていろいろな世界に連れて行ってくれます。

好奇心をビンビンに刺激してくれます。

新年度もたくさん見ていきたい。

1本1本の番組をきちんと見た証に、

また番組視聴の報告を、このブログに打ち込もうと思います。

かつてやっていたように、緑の字でうっていきます。

前回継続できなかったので、今回もいつまで続くかわかりませんが始めます。

※あくまでも自分の記録用(自己満足)です。緑の字が出てきたら読み飛ばしてください。

〇4月1日視聴 「世紀を刻んだ歌2 ボヘミアン・ラプソディ殺人事件」(2015年2月23日放映)

 クイーン  フレディ・マーキュリー 西田尚美 

〇4月1日視聴 「探Q!Aトリップ 蒲郡」(2015年3月21日放映)

 ロープ 蒲郡 形原町 小島喜八

2015年4月 2日 (木)

「ルビをふる」→→→「神輿を振る」映像

  

今日は4月2日。

  

いよいよ始まった新年度。頑張ろう。

昨日は雨でしたが、今日は晴れるようです。

自転車通勤です。

3月末に自転車を磨いておきました。

昨年度は1年間で125日、自転車通勤でした。

毎月10日以上、年間120日以上の目標を達成しました。

今年度も今日から始めて積み上げていきたいです。

有酸素運動中毒ですね。

  

昨晩「振る」についての記事をほぼ打ち終わったら、

なぜか消滅してしまいました。ショックで寝てしまいました。

今朝、気を取り直して打ち始めます。

  

先日記事をうっていて、「ルビをふる」の「ふる」は「振る」?

と疑問に思いました。

調べたら「振る」でした。

スイングの「振る」がこんなところでも使われていました。

デジタル大辞泉によると「振る」にはたくさんの意味がありました。

転載します。

  

1 からだの一部を、また物の一方の端をもって

 上下・左右・前後に何度も繰り返すようにして動かす。

 「ハンカチを―・る」「腕を―・って歩く」「犬がしっぽを―・る」

2 手を動かして握ったものを下方に投げる。また、勢いをつけて振りまく。

 「さいころを―・る」「塩を―・る」

3 割り当てる。仕事や役割を与える。「大役を―・られる」

4 文字のわきに記号・読みがななどをつける。「ルビを―・る」

5 相手の求めを退ける。はねつけて相手にしない。「女に―・られる」

6 得た地位・立場などをあっさり捨てる。

 また、しようとする意志を捨てる。むだにする。

 「重役の地位を―・る」「一生を棒に―・る」

7 動かして方向を少しずらせる。進む向きをある方向に変える。

 「舵を右に―・る」

8 煎じて出す。「薬を―・る」

9 勢いよく担ぎ動かす。「みこしを―・る」

10 本題に入るきっかけとして話す。話を導き出そうとする。

 「落語家がまくらを―・る」「司会者が話題を―・る」

11 為替・手形などを発行する。「為替を―・る」

12 神体を移す。

13 入れかえる。置きかえる。

  

たくさんあります。

「大役を振られる」「女に振られる」「一生を棒に振る」

「司会者が話題を振る」などなど、確かに「振る」は使われていると

あらためて気がつきました。

しかし、知らない使い方もあります。

「薬を振る」?

「みこしを振る」?

「為替を振る」?

わからない。

「神体を移す」「入れかえる、置きかえる」の意味での「振る」?

イメージが浮かびません。

このような「振る」の映像はないかと探しました。

そしたら「神輿(みこし)振り」の映像がありました!

映像を見たら、確かに振っています!まあ見てください。

天王祭本祭の神輿振り
YouTube: 天王祭本祭の神輿振り

天王祭2010
YouTube: 天王祭2010

  

Wikipediaで「神輿」を調べると、担ぎ方の一つとして次の記述↓

 

千住や品川地域で見られる、神輿を左右に振る横田担ぎ 

  

上の「天王祭」は千住のお祭りです。

次は「横田担ぎ」を検索。

動画を発見しました。

シーソーみたいな神輿横田担ぎ。Mikoshi portable shrine of the dynamic movement.
YouTube: シーソーみたいな神輿横田担ぎ。Mikoshi portable shrine of the dynamic movement.

  

なぜ神輿を振るのでしょう?

幸せのお裾分け?

短時間ではそこまで調べられませんでした。

でも「ルビをふる」から始まって、神輿を振っている映像に行き着く調査が

楽しかったです。こういうのをこの1年もやっていきたいです。

どれだけ仕事に生きるかは不明ですが。

さあ、出勤です。今日もいい日にしよう。

2015年3月31日 (火)

浜松市美術館ですごい”青”を見ました

  

今日は3月31日。

  

あと2本投稿したい。

  

浜松の報告の続きです。

  

浜松市美術館に行った目的は、

三方ヶ原合戦立体絵巻を見ることでした。

しかし、せっかく1000円払って入館したので、

ちょうど開催されていた「絵画者 中村宏展」(~3月29日)も見てきました。

  

知識ゼロで鑑賞しましたが、引き込まれてしまいました。

特にこの絵がよかったです↓

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作品名「HUDSON-C62」

写真は絵葉書ですが、本物はけっこう大きな絵です。

162.0×130.0cm。

機関車のバックの青が濃くて、

濃いがゆえにか目が離せなくなりました。

40年前に描かれた青なんですよね。

色あせしていませんでした、全く。

すごい青でした。忘れられない青になりました。

本来は東京にある絵です。見られてよかったです。

  

  

今回の企画展のパンフレット裏面です↓

Epson573_3  

その中の1枚の絵。

Epson573_4  

絵のタイトルは「国鉄品川」

絵の横にあった説明を読んでみてビックリ。

鉄道職員が持つのはバール。

そのバールで犬くぎを抜くのだと書いてありました。

見たばかりの番組「ブラタモリ」と繋がりました!

こういう偶然が楽しい。うれしくなります。

すぐに頭には、絵の登場人物が、

長いバールで犬くぎを抜くシーンが浮かびました。

犬くぎは、日本で普及したアメリカ製のカメ型犬くぎです。

  

  

浜松市では三方ヶ原合戦立体絵巻の

製作者山田卓司さんが作品が見られる

浜松ジオラマファクトリーに行きました。

その報告は、4月に入ってからにします。

  

浜松市の報告を中断して「ブラタモリ 京都 完全版」

  

今日は3月31日。

  

このブログ、そして「毎日タブレット」に春休みであることを利用して、

せっせと投稿してきました。

その春休みを大詰め。

  

浜松市の報告の続き。

なのですが、ちょっと話題が飛んで、3月27日に放映された

「ブラタモリ 京都 完全版」のことを書きます。

  

この番組を知ったのは、この時でした↓

ここでも道草 素晴らしい企画「琵琶湖疏水クルーズ!」(2015年3月8日投稿)

  

録画して見ました。

  

琵琶湖疏水のことは期待通り。

新しいネタを提供してもらいました。

もう一つ御土居(おどい)を初めて知りました。

  

琵琶湖疏水は、南禅寺~インクラインの散歩でした。

そのインクラインで、自分では見逃すものをタモリさんはちゃんと見ていました。

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インクラインでタモリさんは「犬くぎ」に注目しました。

レールを枕木に固定するくぎのことを言うそうです。

まずそれを知りませんでした。

どうやらタモリさんの知らない形の犬くぎだったようです。

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タモリさんが知っていた犬くぎがこれ↓

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亀の形に似た犬くぎです。

  

タモリさんの見たことがな犬くぎの方が、犬の形でした↓

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つまり、日本の場合、カメ型のアメリカ製犬くぎが多く、

イヌ型のイギリス製は少なかったようです。

イギリス製が「犬くぎ」の語源なのに、

そちらのほうが日本では普及していなかったのです。

ややこしい。

タモリさんが「アメリカ製を”犬くぎ”って言っちゃダメだよね」と

言っていました。確かに犬には似ていない。

  

インクラインには、2種の犬くぎがありました。次の機会に確認したい。

 

  

さらにさらに、タモリさんはレールに注目。

 

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レールに刻印が残っていました。

BARROW STEEL 6Mo 1887 272 ・・・・

 

イギリスのBARROW社 1887年製のレールを示していました。

明治20年だそうです。

1885年に着工して1890年に完成した琵琶湖疏水。

ちょうどその時に作られたレールでした。

 

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どういうこと?

75ポンドレール?インクラインで初めて使った?

  

ここはよくわからなかったので調べました。

京都市上下水道局サイトにちゃんと説明がありました。

京都市上下水道局 所蔵品紹介 蹴上インクラインのレール

一部引用します。

インクラインにレールが敷かれた

明治22(1889)年当時の一般鉄道のレールは,

すべて60ポンドで, 75ポンドレールが採用されたのは,

14年後の明治36年のことです。

つまり,このレールは日本で最古の75ポンドレールであると考えられ,

産業遺産としての歴史的価値を持つと評価されています。

当館(=琵琶湖疏水記念館)地階の第二展示室では,

番組(=ブラタモリ)で紹介されたものと同型のインクラインのレール・犬釘をはじめ,

インクラインに関する資料を展示しています。

ぜひお立ち寄りください。

      

え、琵琶湖疎水記念館の地階って行ったけなあ。

行きそびれているかな。

やっぱり1回行ったぐらいじゃダメですね。

勉強していくと、見逃していることに気がついてまた行きたくなります。

(最近の浜松市も同様です)

  

長いけど、「ブラタモリ」のことを一気に書いてしまいます。

  

豊臣秀吉が造らせたという御土居(おどい)にビックリです。

京都の街を囲むように、このような大規模な御土居を造っていたのですね。

御土居の内側が洛中、外側が洛外だったそうです。

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こうやって特別に柵の中に入って、

御土居の上を歩けるなんてうらやましい。

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京都駅に行ったら確認ですね。ああ忙しい。

  

  

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↑これが御土居の上です。歩きたいなあ。

そう思っていたら、「京都市高低差崖会」のサイトで、

御土居ツアーの誘いがありました。

4月に3回予定されています。

Photo ↑京都市高低差崖会 ブラタモリ記念:4月・御土居ツアーを開催!

から転載

  

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「御土居餅」というのを食べるシーンがありました。

これまた食べてみたい。

「おどい」を「おいど」と言い間違えると、

とんでもないようです。

どうやら「おいど」とは「お尻」のことのようです。

語源由来辞典によると、愛知と近畿以西の方言にみられるそうです。

愛知もそうなの?

知らんかったよ。

 

  

以上で「ブラタモリ 京都 完全版」の印象に残ったことを書きました。

いい番組でした。

次の投稿で浜松市に戻ります。

  

  

 

  

御土居ツアー、参加できんもんかなあ。

  

三方ヶ原合戦立体絵巻「激突」

  

今日は3月31日。

  

前投稿のつづき。

  

さあ次は「激突」です。

 

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左が家康の陣地。右が信玄の陣地です。

 

磯田さんの動きを真似してみました。

家康の陣の裏からのぞいてみました。

 

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これが戦場なんですよね。

敵は上からやってきます。すぐ近くです。

長篠の戦いの古戦場に行って思ったことですが、

戦場は思ったより狭いです。

味方が守ってくれなければ、敵軍はすぐにやって来てしまいます。

味方を信頼すればこそ、どっかりと座っていられるのでしょう。

  

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↑家康のアップです。

どのような気持ちだったのでしょう?

  

それではガラスケース越しですが、撮影したものを載せます。

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↑信玄側から撮影

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↑信玄です

  

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↑戦場から逃げていく商人?

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アップで見ると、あらためてすごい仕事だなあと思います。

人形は2センチの高さ。たった2センチなのに、ちゃんと動きがあります。

それが450体!白く見えるのは雪なのだそうです。

山田卓司さん、すごいです。(つづく)

  

三方ヶ原合戦立体絵巻「敗走」

  

今日は3月31日。

  

前投稿のつづき。

 

行ってきました。浜松市美術館に行きました。

入場料は1000円でした。

すぐにでも「三方ヶ原合戦立体絵巻」を見に行きたかったけど、

1000円も払ったのだから、ちょうど期間中だった

「絵画者 中村宏展」もじっくり見ました。

ここでお気に入りの絵が2枚ありましたが、また後で書きます。

  

ありました、三方ヶ原合戦立体絵巻!

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あれ?「英雄の選択」とは違って、ガラスケースの中にあるぞ。

それに「英雄の選択」やニュースでは「出撃」「激突」が展示されていましたが、

今回は「敗走」と「激突」でした。

  

まずは「敗走」

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説明から一部引用します。

  

家康公を守るために家臣たちは次々と身代わりになって

何とか家康公を逃がそうとしました。

家康公は命からがら三方ヶ原を南下し、

玄黙口(げんもくぐち)(浜松市中区元目町)から

浜松城に入って難を逃れました。

  

この玄黙口は史跡として残っているようです。

浜松市 中区の魅力発見 玄黙口跡

このサイトに調査隊コメントとして興味深い話が書いてありました。

 

徳川家康が浜松城を築く時に、玄黙に門をつくって玄黙口と称しました。

三方ヶ原の合戦で敗れた家康は、犀ケ崖の手前に旗を立てさせ、

逃れ来る味方を集めて玄黙口から収容し、

自身も夏目次郎左衛門正吉が「我が家康なり」と名乗って

討ち死にする間に玄黙口から城に入ったという史実があります。

  

そのような出来事のあった場所に行きたいですね。

また浜松市に行きたくなりました。

  

  

ところで、「敗走」の人形のうち、家康はどれだろう?

明らかに家康だとわかるようでは、敵をあざむけないわけですが、

やっぱり先頭の立派な飾りの馬に乗った武者かな。

(つづく)

 

 

「窮すれば通ず」のこともう少し/家康くんストラップ

  

今日は3月31日。

 

いよいよ平成26年度最終日。

プラスマイナスいろいろでしたが、プラス多めの1年だったと思います。

そうだったと思い込みたいですね。

  

前投稿で「窮すれば通ず」のことを書きました。

もう少し詳しく知りたいと思って調べたら、次のサイトに行き着きました。

株式会社クロスリンク・コンサルティング コラム 第2回 窮すれば通ず?

  

磯田道史さんの話とだぶります。引用します。

  

取締役 野瀬 純郎 

「窮すれば通ず」という言葉がある。

行き詰まって困りきると、

かえって活路が見出されるというような意味で使われる。

何となくそんなものかなと思ってきた。

だから事に当たっては、まじめに、一人称で、逃げない、

さすればあとは何とかなるものだ、その程度で納得していた。

ところが、そんなふうに甘く考えてはいけないらしい。

出典は中国最古の書・易経で、

「易窮則変 変則通 通則久」とある。

「易は窮すれば則ち変じ、変ずれば則ち通ず、

通ずれば則ち久し」と読む。

つまり「窮」と「通」の間には「変」というプロセスがあるよ、

ということである。単に窮しただけでは通じないのである。

窮して、そして変わることによって通じるのである。

変わることが大事なのである。(後略)

  

ここにも「窮すれば通ず」をちゃんと理解している人がいました。

「取締役」と肩書きを書いておられます。

会社のサイトだからでしょう。

でもなんか不思議な感じだったので、一緒に引用しました。

 

 

でなでは、浜松市のことを書きます。

  

3月28日のことでした。

奥さんと娘と出かけました。

家族サービス?

送り迎えだけです。

浜松市のショッピングセンターに2人を送って、浜松市美術館に向かいました。

  

美術館の隣は浜松城公園になっていて、花見客でにぎやかでした。

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その公園で働いていたであろう「家康くん」を見かけました。

写真を撮らせてもらいました。

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実は後で美術館で「家康くん」のストラップを買っています。

ビールの泡を再現したもの。

どうも「家康くん」のお土産は値が高いと以前から思っていましたが、

今回は迷わず買いました↓ いいでしょう。

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432円でした。

  

この投稿はここまで。

 

2015年3月30日 (月)

三方ヶ原の戦い「負けても道はある 負けたからこそ開ける道もある」

  

今日は3月30日。

  

3月28日に浜松市に行ってきました。

浜松市に行きたいと思ったのは、三方ヶ原合戦立体絵巻のニュースです。

ここでも道草 「三方ケ原合戦立体絵巻」はどこに行けば見られる?(2015年3月8日投稿)

  

浜松市に行く前に「英雄の選択 大敗北が家康を天下人にした 

知られざる三方ヶ原の戦い」(3月12日放映)を見ました。

  

その時の写真を並べます。

浜松市博物館での除幕式。  

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幕の下から出てきたのは・・・・

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有名な「しかみ像」の等身大立体像です。

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今回は行けませんでしたが、次の機会には博物館に行って、

この立体像を見ておきたいです。

  

  

今度は浜松市美術館での写真です。

  

磯田道史さんが美術館に行き、立体絵巻を見ています。

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磯田さんは、家康の陣の背後から見ます↓

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位置的に武田信玄の方が高い位置にいます。

高い位置から波状攻撃を仕掛けてくる信玄軍。

家康側から見ると恐怖を感じたであろうと想像していました。

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磯田さんと同じ位置から自分も見てみたいと思いました。

魅力的な動きに思えました。

  

  

三方ヶ原合戦のいきさつも番組でやってくれました。

浜松城で武田信玄軍がやってくるのを待ち構えていた家康。

ところが信玄は、浜松城の目の前を素通りしていく。

家康は信玄軍の背後をつく奇襲をかけようと城から出た。

ところが目の前に信玄軍が待ち構えていた。

信玄の策略に引っ掛てしまった家康だったのです。

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家康は命からがら逃亡しました。

しかし、家康はこの敗北を後の人生に生かします。

関ヶ原の戦いの前に、石田三成を城から関ヶ原に誘い出したのは、

信玄のやり方と同じでした。信玄から戦法を学んだのです。

    

番組の最後に、磯田さんが言った言葉が心に残りました。

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「負けても道はある

負けたからこそ開ける道もある」

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「窮すれば通ず」という言葉にも触れています。

一般的には、この言葉の意味は、

「困った時は道は開ける」

「最悪の事態に陥ってどうにもならなくなると、

かえって活路が開けるものだということ。」である。

しかし、磯田さんはこう言っています。

 

たぶん家康が子どもの頃からよく読んでいたのが、

四書五経ですよ。その中に「易経」がありますよね。

『易経』になかに『窮すれば通ず』があり、

『困ったら道が開ける』という意味になっているけど、

日本人は、実は全部を知らなくて、

窮したら変わることができる、

変わることができたら道が開けるになるわけです。

変わるためには、自分が謙虚でなければいけない。

謙虚になった時、武田軍から学ぶとかして変われると思うんですよ。

それをやった者が、失敗しても失敗に終わらず、最後は成功する。

家康はそれを一番やったんじゃないかと感じました。

    

どうでしょう?

  

自分を振り返ります。

3回も病気で休んだ体験。それは窮した状態。

変われたのか?変わらなければ、同じ失敗を繰り返す。

謙虚にそれまでの自分の至らないところを変えていかなければいけない。

変わってきているとは思う。

せっかく窮したのです。もう怖いものなし。

変わりたいなあ。そして通じたい。

  

「英雄の選択」を見ました。

これで準備OK。浜松市に向かいました。

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楽餓鬼

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