2017年3月 7日 (火)

今日は第2回の「ドミノの日」でした

  

今日は3月7日。

  

今日は年に1回の「ドミノの日」でした。

勤務校のドミノクラブで、通常よりも多くのドミノ牌を使って

ドミノ倒しをする日です。

昨年は3月8日でした。

※参考:ここでも道草 明日は平成27年度最後のドミノクラブ(2016年3月7日投稿)

日本ドミノ協会から、4000個のドミノ牌を借りました。

私が持っているドミノ牌が3400個弱。

今日は通常の倍以上のドミノ牌でした。

  

会場は一日貸し切りでした。

私は異常に早く出勤して、ドミノを並べていました。

子どもたちも、休み時間のたびに会場に来て並べました。

そして6時間目が、本年度最後のドミノクラブでした。

   

今年も「祝」を作りました。

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昨年に比べてスケールは小さくなりましたが、

反省に基づいて、ドミノを間隔を狭くして並べました。

(昨年は間隔が開きすぎていて、全部は倒れませんでした)

朝、作成している最中に、どっと倒してしまい修復に

時間がかかってしまい、完成にこぎつけられませんでした。

「祝」の下の部分が、青いゾーンからはみ出ているのはそのためです。

  

でも、今年の「祝」は全てが倒れました。

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気分良し。

来年も「ドミノの日」をやりたい。

もっと時間をかけて並べたいです。

知恵を絞りたい。

2017年3月 5日 (日)

3月4日の報告2/豊国廟の階段・大仏前交番・方広寺・大仏殿跡地・大仏餅・正面橋

  

今日は3月5日。

  

前投稿のつづきで、3月4日の報告を書いていきます。

この投稿を参考にしてください↓

ここでも道草 「ヒストリア 京都 まぼろし大仏の旅」”ブラあさひ”で見たもの(2017年3月5日投稿)

  

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豊国廟の階段の写真です。

等間隔ではありませんでした。

広い場所狭い場所の繰り返しでした。

登るにはこちらの方が登りやすかったと思います。

    

  

豊国廟から下ってきました。

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ぐぐっと曲がった築地塀がよかった。

高校入試のためか、土曜日でしたが学生が多かったし、

歩く催しがあったようで、

それなりの格好をした大人もたくさんいました。

  

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↑三十三間堂

  

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↑大仏前交番

  

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↑豊国神社と方広寺の前にある巨石です。

そして方広寺。2010年の10月以来の訪問です。

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4代目の大仏があった駐車場です↓

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有名な梵鐘と鐘楼は現在修復中でした。

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「歴史秘話ヒストリア」では、方広寺から細い路地を通って、

3代目の大仏があった場所に行っています↓

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その路地はすぐに見つかりました。

ここです↓

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この路地を抜けたところの電柱に「大仏」の札がありましたが、

すっかり見忘れていました。

でも大仏があった跡地の公園は発見できました。

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「歴史秘話ヒストリア」では、

この場所は3代目の大仏があった場所と言っていました。

この説明板を読むと、

秀頼が命じて作った2代目大仏が引き継がれて3代目になっているので、

2代目もここにあったことになります。

秀吉が造った初代大仏もこの場所かな?

  

 

この後向かったのは、大仏餅の売っているお店です。

ここで勉強不足が出てしまいました。

間違った店に行ってしまいました。

ここに行ってしまいました↓

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「甘春」という字が店名にあったことは覚えていたので、

ここだと思って飛び込みました。

でもこの店には大仏餅は売っていませんでした。

「甘春堂」と「七條甘春堂」は違いました。

「3分のところに大仏餅を売っている店があるよ」と

教えてもらいましたが、残念ながらその3分が(往復6分)が

ありませんでした。走って駐車場に向かいました。

  

大仏餅の売っている「甘春堂」の位置を

事前に詳細に勉強していなかったのがいけなかった。

実は豊国神社前から撮った写真に、その店は写っていました。

耳塚を撮ったものですが、写っていました。

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これが「歴史秘話ヒストリア」で登場した店でした。

「甘春堂本店」が下の写真の矢印方向に行くとあります。

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キミヤーズ塾に行った後に行ってみました。

閉店時間が過ぎていたので、大仏餅は買えませんでした。

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その店の向こうにあるのが、正面橋。

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次回京都に行ったときには、この正面橋をじっくり渡り、

「甘春堂」の東店か本店で大仏餅を買いたいですね。

そうそう電柱の「大仏」も見ます。

では次の投稿からキミヤーズ塾の報告を書きます。

3月4日の報告1/豊国廟(ほうこくびょう)

 

今日は3月5日。

  

テレビ番組で見たことに興味をもち、その場所に実際に行ってみる。

このような体験をしてみたいと常日頃思いつつ、

なかなかできないものです。

でも、昨日(3月4日)はその体験をした日。贅沢な日でした。

書き留めておきます。

前投稿を参考にしてください。

ここでも道草 「ヒストリア 京都 まぼろし大仏の旅」”ブラあさひ”で見たもの(2017年3月5日投稿)

  

朝5時過ぎに出発して、京都を目指しました。

最初に行ったのは豊国廟でした。

駐車場には8時10分頃に着きました。

ネットで事前に調べて、豊国廟の駐車場は

午前7時半から始まることを知っていました。

しかし、500円払ってもらった駐車券には、

午前8時半と書いてありました。

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まあ入れたからいいか。

他の駐車場より少し安いので、

自動車で来て一日京都観光をするには、いい場所だと思いました。

  

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いよいよ登り口に行き着きました。

豊国廟の説明↓

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この豊国廟(秀吉のお墓)にも栄枯盛衰があったことを知りました。

江戸時代、豊臣秀吉は浮かばれなかったんだ。

 

テレビ番組のこの場面↓

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入り口の2つの案内板には、次のようなことが書いてありました。

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さあ登るぞ。

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上まで登って振り返りました↓

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よくぞこのような階段を造ったなあと思いました。

  

 

↓登りの途中に広場がありました。   

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↑ここに豊国社があったのでしょうか?

  

登りはまだ続きます。

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また振り返りました↓

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頂上の秀吉のお墓です↓

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実際に見て、思ったより大きいなと思いました。

  

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ここは「阿弥陀ヶ峰」という山の頂上でした。

樹間から京都市街が見えました。

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久々、登山をした気分を味わいました。

今日はこの豊国廟でゆっくりして、

キミヤーズ塾に行こうかなと思っていました。

寒くもなく、誰にも出会わず静かな場所。

日々忙しい毎日なので、

ここで静かにたたずんで気分転換をするのもいい。

でも、せっかく京都まで来ているのだからという貧乏性のためか、

動き出してしまいました。

事前勉強不足だったけど、他の場所も巡ることにしました。

(つづく)

「ヒストリア 京都 まぼろし大仏の旅」”ブラあさひ”で見たもの 

 

今日は3月5日。

  

さっき5日になったばかり。現在は0時5分。

寝る前に少しブログを打ってから寝ます。

4日は京都まで自動車で往復しました。

第12回キミヤーズ塾に参加しました。

  

毎回キミヤーズ塾に行く前に、京都を散歩しています。

今までは琵琶湖疎水関連の場所でしたが、

今回は京都大仏関連の場所を駆け足で見てきました。

  

きっかけは、琵琶湖疎水の時同様に「歴史秘話ヒストリア」でした。

昨年9月23日放送の

歴史秘話ヒストリア 京都 まぼろし大仏の旅」です。 

  

今回の京都報告をする前に、

この番組の内容を書き留めます。

「エピソード1 京都の大仏を探せ!」の抜粋です。

  

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↑オープニングは「ブラタモリ」風でスタート。

井上あさひアナウンサーが、「京都の大仏を探せ!」というお題を

開いています。

お供は、ブラタモリでおなじみの方↓

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最初は「正面橋」

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↑大仏の正面にあったことから「正面橋」という名前がついたそうです。

では大仏はどこにあったのか?

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↑方広寺にやってきました。

現在駐車場になっている場所に、京都4代目!の大仏がありました。

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大仏があった頃の写真↓

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↑胸から上の大仏だったそうです。

  

次は3代目が作られた場所に向かいます。

方広寺から細い道に入ります↓

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進んでいくと電柱の表示に注目します。

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「大仏」の文字。

この電柱のあった場所の近くにある公園に、3代目大仏はありました。

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↑これくらいの大きさだったそうです。

 

江戸時代に作られた3代目京都大仏は、人気があったようです。  

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「東海道中膝栗毛」の中で弥二さん北さんも訪れています。

大仏はこのような顔だったようです↓  

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人気の場所であった大仏。

大仏餅の販売もあったようです。

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今でも食べられるということで、

お店を訪れているシーン。

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↑NHKなので?店の名前をテロップで出すようなことをしません。

でも暖簾に書いてあるのを見ると、

「甘春堂東店」とありました。

下の地図で、大仏餅のイラストが書かれた場所のようです。

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甘春堂HPに地図がありました。

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駐車場は豊国神社内にあるそうです。

大仏餅です↓

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次に豊国廟(ほうこくびょう)を訪れています。

ここは階段をしっかり登ります。

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秀吉のお墓と、2代目?大仏(秀頼が作った)が描かれた

当時の絵です↓

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梅林さんが言います。

私は京都の街の案内人をいつもやっているんですけど、

是非ともね、一人でも多くの人に大仏ワンダーランド

(方広寺付近の大仏跡地~豊国廟)を実際に歩いてもらいたい。

豊臣秀吉であったり、江戸時代の人々、ドイツ人の人々の

歩いていた道のりを一緒に歩けたらと思います。」

  

  

以上が番組の「エピソード1 京都の大仏を探せ!」の抜粋です。

これをベースに、3月4日は歩いたり走ったり?しました。

それは明朝のアップを。

 

2017年3月 3日 (金)

偶然見ることができた廊下の天井の景色

  

今日は3月3日。

  

今日は勤務校で管理当番でした。

夕方、校舎の施錠・見回りをしました。

校舎3階の廊下で、面白い景色に出会いました。

  

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↑廊下の天井がこのようになっていたのです。

振り返るとこのような景色↓

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西向きの窓から、夕日が差し込んでいました。

最近廊下にWAXをかけたばかりなので、

夕日が反射しています。

それが廊下の天井に映っているのです。

私がそこに立っているために、影が映っています。

  

いろいろな偶然がこの景色を見させてくれたと思っています。

太陽の位置。

校舎の窓の位置。

廊下にWAXをかけたばかり。

早めに回った管理当番。

廊下を西から東に向かって歩いていた。

  

急いで職員室に行って、カメラを持ってきて撮影しました。

いい写真が撮れました。

2017年3月 1日 (水)

2月のBGM「KETSUNOPOLIS10」はとっても良かった

  

今日は3月1日。

  

2月3日に借りたアルバム「KETSUNOPOLIS10」(ケツメイシ)は

とても良かったです。

16曲も入ったアルバムでしたが、充実していました。

  

最も良かったのは「手紙~あれから」です。

ここでも道草 生活のBGM この10年を肯定してくれる「手紙~あれから」(2017年2月5日投稿)

この曲は、ブログ10年を迎える4月21日に

ガンガン聴いていることでしょう。

  

次の話題にしたのが「テイクオフ

ここでも道草 ケツメイシ「テイクオフ」(2017年2月12日投稿)

  

  

そして最近話題にしたのが「ほら行こう」でした。

ここでも道草 この曲を聴いてゆっくり立ち直ってください/ケツメイシ「ほら行こう」(2017年2月21日投稿)

勤務校の学校で行われた「6年生を送る会」で、

6年生の退場曲で「ほら行こう」が使われててビックリ。

選曲をした5年生の担任の先生と、この曲について話をしました。

  

その他、「いい感じ」「僕らのために...」「エターナリー

さらば涙」「友よ~この先もずっと...」「君と出逢って」なども

良かった。

ラストの曲「君とワンピース」の歌詞もいい。

  

ワンピースが似合うぜ

腕を組んで歩いて

ちょっと近場のお店へディナーへ行こうぜ

同じテンポで歩いて

今夜君をエスコート

出会った頃の二人みたいに

  

  

思い出の店へ君をエスコート

こんな日 君と手 繋ぎたくなる

あの日の思いで 浸りたくなる

僕が右で 君が左で

手を引き歩く道 街並

  

 

いい年になりましたが、

この歌詞でちょっとドキドキしました。

僕らのために...」の歌詞も印象に残りました。

  

この世は思うよりも複雑で

痛み悲しみや喜びに溢れる

人々さらに考え過ぎて

現実よりもっと難しくしている

「ありのまま生きる」のを忘れてる

いらない理屈ばかり集めてる

何が無駄で 何が大切か

気付かないよ 目の前の愛ですら

  

手放す勇気に意味がある

心も断捨離 ミニマル

人生は引き算 足は崩して

何かと逃げた 自分許して

  

考え過ぎてない?いつも

抱え込みすぎた それは必要??

複雑な時代に未来

シンプルに君は今何がしたい

他人からどう見えるかより

「真実・嘘」何を選び 見てるか

「世の常識」という罠 見抜いて

小さな幸せ 愛から気づいて

  

「ミニマム」は「最小限度」という意味かな。

抱え込みすぎて四苦八苦している自分に、

それでいいのかと問いかけてくる曲です。

もっとシンプルで行きたい。

四六時中、仕事関係のことをしていて、寝不足。

おかしいと思いつつも、ずっとそんな生活。

無理すんな、自分。

 


YouTube: ケツメイシ / 僕らのために... Special MV

今晩はこの動画も楽しもう。

  

  

明日からの生活のBGMを借りてきました。

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アルバム「WAKADANNA3」(若旦那)です。

2017年2月28日 (火)

息を吐く時間を長く/一映像で一つの間

 

今日は2月28日。

  

2月1日朝、インフルエンザで発熱。

そして右肘の腱鞘炎(けんしょうえん)。

2月は体調面で良くありませんでした。

昨日と今日、自転車通勤をしましたが、

2月は通算でたった3日の自転車通勤でした。

明日から3月。

【1月は行く、2月は逃げる、3月は去る】

1月は行ってしまい、2月も逃げてしまいました。

3月はもっとじっくり味わうぞ。

    

  

先の日曜日にサークルに出席しました。

勉強になりました。

サークルの一員である校長先生が、

勤務校の職員に発行している通信を2枚見せてくれました。

その2枚を掲載します。

ブログに載せておいて、読み直したい通信です。

通信の画像上でクリックすると、拡大されます。

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引用した文章の出典は次の本です。

最高の勉強法」(齋藤孝 著/KADOkAWA)

 

「息を吸う時間を短くして、息を吐く時間を長くする。」

覚えておきたい方法です。

教師だと、この方法を教える機会がたくさんあると思います。

案外、こういうことを教えることで、

教師への信頼がアップすることが多し。

  

  

もう1枚。

Epson726 引用した文章の出典は次の本です。

授業を成立させる基本技60」(岩下修 著/明治図書)です。

  

ふつうは、音読されることまで想定して読点を打っていない

なるほど。

一映像で一つの間

一つの映像を喚起させたところで間を空け、

その映像が収まったところで、次の読みへと入る

なるほど、なるほど。

音読指導は、このことを知ってやると、

レベルアップした指導になることでしょう。

まずは心がけてやってみよう。

やらなければ身につかない。

  

  

やっぱり収穫ありのサークルでした。

 

2017年2月26日 (日)

2月のギンヨウアカシア/日めくりより・年齢を忘れる?

  

今日は2月26日。

   

買い物に行ったスーパーの駐車場近くで、

ギンヨウアカシアの花を見かけました。

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今までにも何度か出会っている花です。

ここでも道草 H25 ギンヨウアカシア(2013年3月9日投稿)

ここでも道草 H25 ギンヨウアカシア(2013年3月31日投稿)

”3月の花”のイメージですが、今年は2月に花を見ることができました。

まだまだ真新しい黄色の花でした。

  

  

日めくり「雑学王」(TRY-X)より。

「年齢を忘れると、人間は若返る?」

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奥さんが注目した1枚。

「年齢を忘れなくては」と言っていました。

街で「どうして車いすの人とすれ違わないんだろう」

  

今日は2月26日。

  

今朝の投稿で、2本前の投稿で紹介したサイト「logmi(ログミー)

サブタイトルは「世界をログする書き起こしメディア」とありました。

さらに次のサイトから引用。

logmi(ログミー)とは?

スピーチや対談、テレビ・ラジオ、セミナーなどの内容を

全文書き起こし、テキスト化(ログ)することで、

価値あるコンテンツをより多くの人にシェアするメディアです。

  

賛成ですね、この企画。

さらに部分コピー。

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私もこのブログでやってきた書き起こし。

価値ある行為だと後押ししてもらいました。

  

今朝、もう1本番組を書き起こししてみたい。

ただすでに書き起こしをしている方がおられました。

ありがたいです。ベースにします。

じゅにあのTV視聴録 【NNNドキュメント’17】

  

1月7日放映の

NNNドキュメント’17 空飛ぶ車いす 見たことありますか」です。

  

ドキュメンタリーの主人公は加藤健一さん。36歳。

21歳の時に筋ジストロフィーだと診断を受け、

4年前から車いすを使わないと移動できない生活になりました。

  

ナレーター:27歳の頃から外出には車いすを使うようになりました。

  そして、街の中で疑問を感じました。

  どうして車いすの人とすれ違わないんだろう。

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  車いすの利用者は、全国に200万人以上いると言われています。

加藤:ただ病気があるかないかの違いだけなのに、

  健常者と障害者との間に、何か見えない溝のようなものを

  感じる場面が、すごく多くあて、何か変えていきたいなあという

  思いが次第に強くなっていったんですね。

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ナレーター:加藤さんは3年前、学生時代の友人たちと

  障がい者支援グループ「グラッティテュード」を立ち上げました。

  みんなで塗っているのは、障がい者用の広めの駐車区画です。

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参加者の女性:普通の駐車場だと通路に車いすやバギーを

  置かなくてはならなくて、他の人にも迷惑ですし危ないので、

  こういう青い所があるととても助かります。

加藤:自分たちの目指している社会はこういう感じですから。

  やっぱり障がいがあってもなくても交ざり合える。

  もうみんなの笑顔がすごく素敵ですね。

ナレーター:乗り降りしやすい駐車区画。

  これまで県内18か所を塗りました。

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ナレーター:さらに加藤さんは障がい者でも自由に外に出て

  楽しめるようにと動き出します。

  去年4月、市や県と連携して観光地のバリアフリー情報を

  紹介する会社を立ち上げました。

  (山形バリアフリー観光ツアーセンター)

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  自ら観光地を訪れ、バリアフリーの調査だけでなく

  アドバイスも行います。

  地元を代表する観光名所、熊野大社では・・・

  行く手を阻む砂利道に、加藤さんがある補助器具を紹介します。

  車いすを人力車のように引っ張ります。

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  大規模な改修だけがバリアフリーではない。

  少しの工夫と障がいへの理解が第一歩。

  

車いすは特別ではない。

身近によく見られるもの。

そうなれば、ドラマの通行人として車いすも登場します。

昨年8月28日放映の「バリバラ」との共通点を感じます。

車いすが特別にならない、つまり車いすに乗っている障害者も

特別視しない世の中にしたいですね。

   

バリアフリー観光の一つとして行われているのが、

車いすに乗ったままのパラグライダー。

番組の最後で、加藤さんが一人でパラグライダーに挑戦する姿が

紹介されました。

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この番組、今はネット上で見ることができます。


YouTube: NNNドキュメント「空飛ぶ車いす 見たことありますか」 語り 篠原ともえ 17 01 08

   

8月28日放映の「バリバラ」/”感動ポルノ”の作り方

  

今日は2月26日。

  

前投稿に引き続いて、

昨年の8月28日に放映された

バリバラ 生放送 検証!〈障害者×感動〉の方程式」より。

  

前投稿で紹介したステラ・ヤングさんのミニ講演を問題提起として、

「バリバラ」では、障害者を”感動ポルノ”とする見方について

検証していました。

”感動ポルノ”はステラ・ヤングさんの造語。

障害者を、健常者に勇気や希望を与えるための道具とみる見方を

指しています。

  

  

「バリバラ」では、感動ポルノがどうやって作られるかを、

番組でおなじみの障害者、大橋グレースさんを主人公にして、

ドキュメンタリー作りの様子が紹介されました。

見る人を感動させようとして、「大変な日常」⇒「過去の栄光」⇒

「悲劇」⇒「仲間の支え」⇒「いつでもポジティブ」

というありがちなストーリー展開と

効果的な音楽にナレーションを入れていました。

更に、制作サイドの意図に則して取捨選択されていきました。

主人公のグレースさんが言います。

(感動させるために)自分の意に反する音楽が使われたり、

編集によって、こうやって感動的なものが出来あがって、

いろんな人に伝わっていっちゃうんだなとしみじみ感じた。

  

放送作家の鈴木おさむさんは言います。

障害者だけでなく、社会的弱者としてシングルマザーや

収入、家の無い人とか自分より不幸な人を見せて

感動させるパターンは多い。

そういう意味でも障害者は上から見られやすいし、

それを感動につなげてしまうパターンが多いのが現実

   

障害者の岡本真希が言います。

(こういう番組は)めっちゃ嫌い。感動の材料にされたくない。

普通に生きているだけだから

  

ステラ・ヤングさんと共通している重いです。

次のようなアンケート結果が紹介されました。

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障害者は「嫌い」が9割!

そして健常者も思ったより「好き」が多くない状況でした。

それなのに”感動ポルノ”は作られています。

  

次に「バリバラ」は面白いことをやっています。

メディアが、障害者をどのように描いてきたかを紹介してくれました。

NHK バリバラHPから引用。

 

実はメディアも昔からずっと感動的な話を描いてきたのではなく、

時代によって変化してきた結果、今に至る。

ということでNHKの膨大なアーカイブス映像の中から紐解いてみることに。

1950年代に放送された番組では

「障害者=不幸でかわいそう」という表現が。

それが1981年「国際障害者年」をきっかけに

「元気で明るく社会参加する」障害者を

描こうとする番組が作られるように。

しかし「不幸でかわいそう」というイメージを払拭しきれず、

結果、「けなげに頑張る」障害者像になり、

それが“感動ポルノ”へとつながっていった。

こういった“感動ポルノ”的な描き方に対して、

1992年イギリスでは抗議運動がおき、

BBCによって1996年に障害者の描き方に関する

ガイドラインが制定された。

「障害者を“勇敢なヒーロー”や

“哀れむべき犠牲者”として描くことは侮辱につながる」

  

    

なるほどと思う。このメディアの影響を受けていることを思う。

  

 

「バリバラ」の中で印象的だったシーンがもう一つ。

司会の山本シュウさんが、放送作家の鈴木おさむさんに

日本のドラマで、通行人とかで車いすの人が出ないですよねと

話を振りました。それを受けて、

鈴木さんが言ったことが印象に残りました。

映画「ハンサムスーツ」制作時に、

車いす役の人を普通に主人公の友人役で出演させたら、

批判されたそうです。

その理由は、「何で車いすの人を出したの?」「何か意味があるの?」

という批判でした。

  

でもそういう声は出るだろうなあ。

車いすは特別なのです。

特別なものを出すからには意味が必要なのです。

それだと、ドラマの通行人に車いすの人は

出てこないだろうなと思いました。

  

   

今、この「バリバラ」をブログに書いたのは、

障害をもつ6年生と接していて、

その子にどうやって卒業式に参加させるかを考えているからです。

ここに詳しく書くことはしませんが、

無理させずに普段通りの姿でいきたいと思っています。

”感動ポルノ”にはしたくないです。

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