8月28日放映の「バリバラ」/”感動ポルノ”の作り方
今日は2月26日。
前投稿に引き続いて、
昨年の8月28日に放映された
「バリバラ 生放送 検証!〈障害者×感動〉の方程式」より。
前投稿で紹介したステラ・ヤングさんのミニ講演を問題提起として、
「バリバラ」では、障害者を”感動ポルノ”とする見方について
検証していました。
”感動ポルノ”はステラ・ヤングさんの造語。
障害者を、健常者に勇気や希望を与えるための道具とみる見方を
指しています。
「バリバラ」では、感動ポルノがどうやって作られるかを、
番組でおなじみの障害者、大橋グレースさんを主人公にして、
ドキュメンタリー作りの様子が紹介されました。
見る人を感動させようとして、「大変な日常」⇒「過去の栄光」⇒
「悲劇」⇒「仲間の支え」⇒「いつでもポジティブ」
というありがちなストーリー展開と
効果的な音楽にナレーションを入れていました。
更に、制作サイドの意図に則して取捨選択されていきました。
主人公のグレースさんが言います。
「(感動させるために)自分の意に反する音楽が使われたり、
編集によって、こうやって感動的なものが出来あがって、
いろんな人に伝わっていっちゃうんだなとしみじみ感じた。」
放送作家の鈴木おさむさんは言います。
「障害者だけでなく、社会的弱者としてシングルマザーや
収入、家の無い人とか自分より不幸な人を見せて
感動させるパターンは多い。
そういう意味でも障害者は上から見られやすいし、
それを感動につなげてしまうパターンが多いのが現実」
障害者の岡本真希が言います。
「(こういう番組は)めっちゃ嫌い。感動の材料にされたくない。
普通に生きているだけだから」
ステラ・ヤングさんと共通している重いです。
次のようなアンケート結果が紹介されました。
障害者は「嫌い」が9割!
そして健常者も思ったより「好き」が多くない状況でした。
それなのに”感動ポルノ”は作られています。
次に「バリバラ」は面白いことをやっています。
メディアが、障害者をどのように描いてきたかを紹介してくれました。
NHK バリバラHPから引用。
実はメディアも昔からずっと感動的な話を描いてきたのではなく、
時代によって変化してきた結果、今に至る。
ということでNHKの膨大なアーカイブス映像の中から紐解いてみることに。
1950年代に放送された番組では
「障害者=不幸でかわいそう」という表現が。
それが1981年「国際障害者年」をきっかけに
「元気で明るく社会参加する」障害者を
描こうとする番組が作られるように。
しかし「不幸でかわいそう」というイメージを払拭しきれず、
結果、「けなげに頑張る」障害者像になり、
それが“感動ポルノ”へとつながっていった。
こういった“感動ポルノ”的な描き方に対して、
1992年イギリスでは抗議運動がおき、
BBCによって1996年に障害者の描き方に関する
ガイドラインが制定された。
「障害者を“勇敢なヒーロー”や
“哀れむべき犠牲者”として描くことは侮辱につながる」
なるほどと思う。このメディアの影響を受けていることを思う。
「バリバラ」の中で印象的だったシーンがもう一つ。
司会の山本シュウさんが、放送作家の鈴木おさむさんに
日本のドラマで、通行人とかで車いすの人が出ないですよねと
話を振りました。それを受けて、
鈴木さんが言ったことが印象に残りました。
映画「ハンサムスーツ」制作時に、
車いす役の人を普通に主人公の友人役で出演させたら、
批判されたそうです。
その理由は、「何で車いすの人を出したの?」「何か意味があるの?」
という批判でした。
でもそういう声は出るだろうなあ。
車いすは特別なのです。
特別なものを出すからには意味が必要なのです。
それだと、ドラマの通行人に車いすの人は
出てこないだろうなと思いました。
今、この「バリバラ」をブログに書いたのは、
障害をもつ6年生と接していて、
その子にどうやって卒業式に参加させるかを考えているからです。
ここに詳しく書くことはしませんが、
無理させずに普段通りの姿でいきたいと思っています。
”感動ポルノ”にはしたくないです。
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