2026年7月 8日 (水)

コウガイビルの動きを撮影してみた

   

今日は令和8年7月8日。

  

コウガイビルを手に入れたので、じっくり動きを撮影してみました。

現時点で気になっているのが、コウガイビルの口と目です。

口はお腹の中央にあるらしい。

目は矢印の端に複数あるらしい。

その程度の知識で、撮影しました。


YouTube: 閲覧注意 動くコウガイビル 2026年7月6日

    

口はよくわかりませんでした。

食事風景を観察したら、口は判明する可能性があると思います。

目についても良くわかりません。

扇形の頭部の縁に複数あるとなると、扇形をしているのは、

理にかなっていると思いました。

広い範囲を見渡すこといができるからです。

実際に撮影してみて、頭部を動かして情報を得ているであろう姿が

見られました。

このサイトが参考になります。

豊田ホタルの里ミュージアム(下関市)

転載します。

Img_8979

右の写真がコウガイビルの目のようです。

黒点です。無数にあります。

  

ここでコウガイビルの目についてGeminiに聞きました。

一部引用します。

コウガイビルの目は、まさにその頭部の扇形(半月型)の縁(フチ)に

沿って、ずらりと複数並んでいます。

コウガイビルの目の構造と働きについては、以下のようになっています。

コウガイビルの「目」の特徴

眼点(がんてん)と呼ばれる器官:

哺乳類のようにレンズを持った複雑な目ではなく、「眼点」と呼ばれる

原始的な器官です。

配置と数:

頭部の広がった先端のフチに沿って、小さな点のような目が数十個から、

多いものでは数百個ほど点在しています。種類によっては、頭部だけで

なく体の側面にまで眼点が並んでいるものもいます。

視力(見え方):

物の形や色をはっきりと認識することはできません。光の強弱や方向

(明るいか暗いか)を感じ取る程度の能力です。

なぜそのような目をしているのか?

コウガイビルは極度の乾燥と光を嫌うため、この多数の眼点を「暗く

て湿った安全な場所を探すための光センサー」として使っています。

光を感じると、そこから逃げるように暗がりへと移動します(負の走

光性と言います)。

(中略)

コウガイビルの場合は、あの独特なハンマー型の頭をレーダーのよう

に広げ、そのフチに並んだ多数のセンサーで周囲の環境を感知しなが

ら、器用に獲物のミミズなどを探して進んでいきます。

もし飼育や観察をされる機会がありましたら、ルーペなどで頭部の

フチをじっくり観察してみてください。小さな点が並んでいるのが

見えるかもしれません。

  

以上です。

今回撮影したコウガイビルは、すでに逃しました。

次にまた見つけた時には、ルーペで頭部を見てみたいし、

食事の様子も観察してみたいです。

  

今回のコウガイビルは、ここまで。 

2026年7月 7日 (火)

アカハライモリのお腹の模様を記録21〜27体

   

今日は令和8年7月7日。

  

7月4日に設楽町に行き、教室で飼育していた10匹のイモリを

元から住んでいた田んぼに逃し、あらためて10匹のイモリを

捕獲して、昨日教室に持って行きました。

この10匹が26ー28〜26ー37となります。

このまま1学期は終了。夏休みになったら、この10匹を

設楽町の田んぼに逃して、今年のイモリの飼育は終了とする予定です。

  

今まで20体のイモリのお腹の模様を、ブログに載せました。

ここでも道草 アカハライモリのお腹の模様を記録1〜10体(2026年6月4日投稿)

ここでも道草 アカハライモリのお腹の模様を記録11〜20体(2026年6月28日投稿)

今回はその続き。

21〜27体の写真を載せます。

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以上です。

今日から新しいイモリのお腹の撮影をします。

もちろん子どもに手伝ってもらって。





 

2026年7月 5日 (日)

設楽町の田んぼで、ウマビルを見る

   

今日は令和8年7月5日。

  

昨日、また設楽町に行きました。

6月25日に捕獲してきたイモリ7匹と、

6月4日以来ずっと教室で飼っている3匹のメスを

元の田んぼに逃してきました。

そしてまた10匹捕獲。

奥さんに手伝ってもらいましたが、

「すごいがいたよ」と言って

網の中の生き物を見せてもらいました。

「それはヒルだ!」

  

山でヤマビルしかほぼ見ていないのですが、

このヒルは見覚えがあります。

五島列島・福江島の博物誌~川と水辺の生きもの

今回手元にカメラがなかったので撮影できていません。

上記サイトから写真を転載します。

Img_8874

この緑色が特徴でした。

正体はウマビル。

調べると、人間の血は吸わないとのこと。

ホッとはしますが、飼うとなると勇気が必要です。

  

今回は雨降りの中であったし、

カメラも持参しませんでした。

次回、設楽町の田んぼに行く予定日は、

天気も良くなりそうだし、カメラを持参して観察したいです。

さらにもう一つ観察したいのが、イモリの赤ちゃん。

昨日見かけたと思うんです。

これかなと思って、手で捕まえようとしましたが、

逃げられました。

これも次回の楽しみです。

三河地震の体験画11枚/昭和52年「わすれじの碑」「わすれじの記」

   

今日は令和8年7月5日。

  

前記事の続きです。

蒲郡市博物館で行われた企画展「三河地震と戦争とー体験談から迫る

『隠された大災害』」のパンフレットを発見。

そこにはたくさんの体験画が印刷されていました。

う〜ん、もしここに載せたことが差し障りがあるなら、

それが分かった時点でこのページは削除します。

体験画をここに残し、ネット上に記録として残しておきたいです。

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これが企画展で見たつっかえ棒で建物を支えている絵だったと思います。

  

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最後にパンフレット最後のページに載っていた

Img_7215  

ここにもいつか行きたいですね。

場所は蒲郡球場の近く。行けますね。

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(Googleマップより)

QRコードの拡大です。

ここから「わすれじの記」のページに行けます。

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ここにもたくさんの体験記があります。

昭和52年発刊の記録本。

この時ならまだ間に合った人たちによって、

この貴重な体験記は記されたのだと思います。

  

深溝断層を見るために宗徳寺(蒲郡市一色町)に行く

   

今日は令和8年7月5日。

  

前記事の続き。

昭和20年(1945年)の1月13日に起きた三河地震。

その時にできた深溝(ふこうず)断層が見られる場所の一つ、

蒲郡市宗徳寺に行った時の写真を載せます。

  

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駐車場からの撮影。

「三河地震 地割れ」という表示があり、迷いません。

  

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この坂を登リ、右に曲がります。

  

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階段を登ったところで見られます。

  

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この案内板の向こう側で見られます。

  

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後日2月23日に再び行って撮影したものも載せます。

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案内板裏手の、この段差が断層(地割れ)です。

ただ自信がなかったので、2回行きました。

この段差は、雨などによって少しずつ崩れ、

明瞭ではなくなりそうです。そんな不安を持ちました。

  

案内板にあるように、本堂と同じ高さにあった番神堂が

隆起して高い位置にあるというのは、

現在もわかりやすいです。

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番神堂に向かうところにある階段の分だけ、

隆起した高さです。

Img_4521

以上、報告でした。
  






  

企画展「三河地震と戦争とー体験談から迫る『隠された大災害』」に行く

   

今日は令和8年7月5日。

  

蒲郡市博物館での催しのチラシです。

Img_8868

行ってきました。

行ったのは今年の1月22日。

Img_4469

チラシの裏面にあった文章をここに引用します。

  

昭和20年(1945)1月13日午前3時38分、寒い冬の暗がりの中で

三河地震は発災しました。この地震はいわゆる内陸直下型地震で、

蒲郡市を含む西三河南部(安城市・西尾市・幸田町)の比較的狭い

範囲において、死者2,306人、全壊家屋7,221棟、半壊家屋は

16,555棟という甚大な被害をもたらしました。また、この地震は

戦争中に発災したため、国民の士気低下につながらないよう軍部に

よって情報統制され、「隠された地震」とも言われてきました。

こうした状況から、現存する文書や写真資料は限定的でしたが、

平成15年(2003)以降、名古屋大学地震火山防災研究センター

(当時)によって震災体験者への聞き取り調査、そして調査に基

づく体験画の作成が行われました。蒲郡市内でも6名の方が調査に

協力され、体験画とともに地震発災時の貴重な証言が得られてい

ます。今回の展示では、当時調査を担当された木村玲欧(兵庫県

立大学)、林能成(関西大学)両氏からご提供をいただき、こち

らの資料を一同に紹介します。

また、これから起こりうる南海トラフ巨大地震に対する最新の防

災、減災対策についても紹介します。本企画展の会期中に、三河

地震は発災から81年目、同じ直下型地震として関西地方に大きな

被害を与えた阪神・淡路大震災も、発災から31年目を迎えます。

身近に起こりうる大災害にどう備えるか。体験談を通して、また

最新の防災、減災対策から、日ごろの備えについて考える機会と

なればと思います。

  

愛知県に住む者として、三河地震は知っておくべきことだと思います。

前年昭和19年(1944年)12月7日の東南海地震と

セットで覚えておくべき、記録に残しておくべきものだと考えています。

  

館内で撮影したものです。

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三河地震を体験画で伝えようという試みです。

絵をたくさん見てきました。

チラシに刷られた絵を掲載します。

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段差の大きさに驚きます。

これらの段差を今も見られる場所があります。

  

その一つが、蒲郡市の宗徳寺です。

ここでも道草 深溝断層を見ることができる場所/蒲郡市2カ所(2025年4月6日投稿)

ここでも触れています。

この企画展に行った後に、宗徳寺に行っています。

その時のことは、次の記事に書きます。

館内で撮ったこの写真も印象的でした。

Img_4473

体験画でも、つっかえ棒をした建物の絵が何枚かありました。

当時の写真は、少しは残っているようです。

そのことを書かれた掲示です。

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その写真がどこで撮影したものか、現時点でも尋ねているのが

印象的です。

今じゃないとわからないことです。

 

   

この写真も館内で撮影したもの。

Img_4474

東南海地震で、建物が倒れたりしたので、

地震直後にすぐに避難できるように、

1階で就寝していたことで、建物の下敷きになった被害者が

多く出てしまった・・・残念です。

  

簡単ですが、以上が企画展を見た報告です。






  

ヤブキリの小顎髭は、昔は脚だった?

    

今日は令和8年7月5日。

  

1年前のことです。

勤務校の男性用務員のSさんは虫好き。

Sさんが、「こんなのがいたよ」と渡させた虫。

「ヤブキリ」でした。

鳴き声を録画したいと思って、教室で待ちました。

やっと録画したものを、1年ぶりにアップしました。


YouTube: ヤブキリの鳴き声・食事風景 2025年7月9日

鳴き声については、次のサイトが参考になりました。

生き物ネット ヤブキリってどんな昆虫

ここから引用。

鳴き声は昼と夜で異なり、昼は「ジーーー」「ジリリリリリリ」という

声で、夜は「しりりりり」といった声で鳴きます!

  

でも動画では「ジリリジリリジリリ」と聞こえました。

ちなみに「ヤブキリ」の名前の言われも、

このサイトにありました。

  

ヤブキリの名前の由来は「生息地」と「種類」にあります!

ヤブキリは「藪に生息するキリギリス科のバッタ」であることから

「藪(ヤブ)にいるキリギリス(キリ)」と名前がつけられました!

  

なるほどです。

変わった名前だと思いましたが、

説明されて納得です。

気になるのが、口の周りにあるヒゲのようなもの。

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調べたら「小顎髭(しょうがくしゅ)」と言うそうです。

小さな「あごヒゲ」と読みたいところです。

この役割はなんだろう?

Geminiがわかりやすく説明してくれたので、引用します。

  

口の周りで忙しく動いている触角のような短い器官「小顎髭(しょう

がくしゅ)」には、昆虫が食事をする上で欠かせない2つの重要な役

割があります。

1. 味覚・嗅覚・触覚の「センサー」

小顎髭は、人間の「舌」「鼻」「指先」を合わせたような役割を果た

しています。

 味と匂いを感じる: 表面には化学物質を感じ取る細かいセンサー

(化学受容器)が集中しており、目の前にあるものが「食べられるも

のか」「毒はないか」「美味しいか」を舐めるようにして判断してい

ます。

感触を確かめる: 物理的なセンサー(機械受容器)も備わっており、

食べ物の硬さや形、表面の質感を確かめています。

2. 食べ物を運ぶ「マニピュレーター(手)」

もう一つの役割は、人間の「手(またはお箸やフォーク)」のような

働きです。

食べ物を保持する: 食べる対象が動いたり転がったりしないように、

器用に押さえます。

口(大顎)へ誘導する: 最も強力な歯にあたる「大顎(おおあご)」

で効率よくかじり取れるように、食べ物の位置を微調整しながら口の

中へと運び込みます。

映像のヤブキリの様子

映像で小顎髭がニンジンの表面をトントンと叩いたり、撫でたりする

ように絶えず動いているのは、まさに「どんな形かな?美味しいかな

?」とニンジンの味や硬さを確かめながら、かじりやすい位置へと手

を添えて夢中で食べている証拠です。

  

やっぱりねえ。

そんな役目があったのですね。あの動きは絶妙ですよ。

しかし、この小顎髭の秘密はまだありました。

このサイトにびっくりです。

植物のミカタ 昆虫の口は複雑だ

  

ここで紹介されていた図。

Img_8867

  

この図の説明文も引用します。

上の図は脚が沢山あるワラジムシのような節足動物から六脚の昆虫へ

進化した過程の推定を示したもので、多脚だった昆虫が六脚になる際

に各節がまとまっていく様が記載されている。

注目すべき個所は多岐にわたるけれども、今回の本題に合わせて頭部

に注目すると、図のFの頭部は脚があった四節程が合わさって頭部を

形成している。四節分の脚の一部はバッタでいうところの小顎髭にな

っていたりする。(中略)

極端で雑なイメージになるけれども、人の口に手があって、その手が

長い進化の過程で食べ物を摂取する為の便利な器官へと変化したとい

うことになる。

  

小顎髭はまるで脚のように見えるのは、

このようね進化があったからなのかな。

この図は魅力的です。

今回、小顎髭に注目して、面白いことを知りました。ラッキーです。



  

2026年6月30日 (火)

動画「動く!動く!ハナムグリの幼虫」作成/見たい「土繭(どまゆ)」

   

今日は令和8年6月30日。

 

今はハナムグリの幼虫の、仰向けで移動する姿に

魅了されています。

動画を作成しました。


YouTube: 2026年6月24日 動く!動く!ハナムグリの幼虫

  

ハナムグリの写真を、無料のものを掲載します。

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私が見たいのは、土繭(どまゆ)。

ハナムグリは土繭の中で蛹化して羽化します。

今年の夏は、これを見てみたいです。

2026年6月29日 (月)

あずきバーが完売でした/「あずきバー 抹茶」が食べたい

   

今日は令和8年6月29日。

  

このCMが気になりました。


YouTube: 井村屋 あずきバー「どれを食べても、大正解」篇 15秒 キャンペーンVer.

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あんこ好きなので、もちろんあずきバーも大好きです。

最近このCMをよく見ます。

まだまだテレビをよく見る私と奥さん。

CMに行動が左右されます。私が言いました。

「あずきバーの抹茶って食べたことあったっけ?」

「ない」

「病院に行った帰りに、買ってこようか」

「買ってきてよ」

そう言って、午後5時半に間に合うように病院へ。

その帰りに、スーパー「ドミー」によって、

アイス売り場へ。

  

そこで目を疑いました。

あずきバーの箱アイスがいつも置いてある場所が

すっぽり抜けていたのです。何もなかったです。

抹茶も、ミルクも、王道もありませんでした。

一瞬、あずきバーって、ナフサでできていたんだっけなあと

思ってしまいました。

  

どうやら私たちのように、CMに左右される人はいるようです。

おそらく同年代。

ああ食べたいなあ、あずきバーの抹茶。

いつから発売が開始になったのか気になりました。

調べました。

  

ちなみに王道の「あずきバー」は1973年。

2006年に「ミルク金時バー」「宇治金時バー」の名前で発売。

そして2023年に「あずきバー ミルク」「あずきバー 抹茶」と

名前を変えて販売が開始されました。

つまり「金時」が消えたのです。

  

「金時」は何を意味するのか?

  

宇治金時や氷金時など、かき氷にのせる甘く煮た小豆のことを金時と呼びます。

引用:食育大事典  

  

「金時」でイメージを作れる人の人数が減ってきたためでしょうか。

「あずきバー」を前面に出し、あずきバーには3種類あるよという

作戦に井村屋はうって出ているのかなと想像します。

今回のCMにもその狙いがあるように感じます。

私は、宇治金時バーはあまり食べようと思ったことがなかった覚え。

でもあずきバーの抹茶なら食べてみようと思いました。

  

きっと近いうちに「あずきバー 抹茶」を食べると思います。

皆さんもどうですか?

 

  

そうそう、7月1日は「井村屋あずきバーの日」です。

何か面白いことがあるのかな。

2026年6月28日 (日)

20年は使ったヘッドライトの新調/「ラテ」と「ヘッドライト」

   

今日は令和8年6月28日。

  

今回は今年の富士山登山後の2本目の記事。

1本目はこれ。

ここでも道草 グリベルの歴史/アイスアックス/クランポン/ヘルメットのイモリ(2026年6月15日投稿)

この記事でも道具のことを書きましたが、

今回の記事も山で使う道具の話。

  

富士山登山のために家を出る時になって、

忘れ物に気がつきました。

ヘッドライトです。

テント泊をするので、ヘッドライトは必要です。

慌てて倉庫からヘッドライトを探し出して、

明かりがつくかテスト。

毎回必ず明かりがついていたヘッドライト。

昨年の富士山登山でも使いました。

しかし、今回はちっとも明るくなりませんでした。

ついに電池が消耗したのでしょう。

  

集合場所に向かう途中にあるコンビニで、

電池を買えばいいかと考え出発しました。

しかし、コンビニに売っていませんでした。

おかしいな、昔、売っていた画像が思い浮かびます。

  

集合場所で、同行者に電池がなかったことを話すと、

「もうそんな電池、コンビニで売っていないよ」と

言われました。

それでは私がかれこれ20年以上使ってきたヘッドライトと電池です。

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ヘッドライトには「National」

2008年に「Panasonic」に統一されたので、ヘッドライトは

やはり20年ほど使ったことになります。

電池CR123Aについて、Geminiに聞いてみました。

回答です。

  

カメラ用電池としての普及: CR123Aは、1980年代後半から1990年

代にかけての「コンパクトフィルムカメラ(全自動カメラ)」の全盛

期に広く普及しました。カメラのフラッシュの急速充電や、モーター

によるフィルムの自動巻き上げには瞬間的に大きな電力が必要だった

ため、小型でありながらハイパワーな円筒形リチウム電池が採用され

ました。

長寿命という強み: 自己放電が非常に少なく、カメラに入れたまま長

期間放置してもいざという時にしっかり使えるため、当時の家庭には

欠かせない電池でした。

  

20年以上の昔は、この電池は重要な電池であったことがわかります。

そして今はどうか。

カメラはスマホで撮る今、充電式リチウムイオンバッテリー」が主流に

なったため、円筒形リチウム電池の需要が減ったのです。

だからコンビニから消えたと言えます。

円筒形リチウム電池は、長寿命な電池だったので、それで昨年まで

使えたのでしょう。

ちなみに私は20年前に電池を2本買いました。1本は予備です。

その予備も使って、今回で消耗。2本で20年も持ったことになります。

  

以上、20年以上使ったヘッドライトと電池は、処分しようと決めました。

そして次のヘッドライトを決めました。

楽天で注文。

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私が注文したら、即「SOLD OUT」となりました。

 

 

同行者たちは、ヘッドライトのことを「ラテ」と言っていました。

私は初めて聞いたので、なんですか?と聞きました。

「ラテ」とはヘッドライトのことであって、

正式には「ラテルネ」だそうです。

富士山登山の同行者の3人は、以前同じ山岳協会のメンバーで、

今はOBの人たち。その協会では「ラテ」と呼んでいたのでしょう。

何語かな?

調べました。

「ラテルネ」=フランス語 lanterne 由来

フランス語です。

そうか、「ランタン」の語源でもありそうです。

登山用語は、だんだん英語に統一されつつあると、

6月15日の記事でも書きました。

「ラテ」と「ヘッドライト」 これからどうなるんでしょうね。

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