2026年4月 2日 (木)

この木にも春が来た/マルバアオダモでいいかな?

    

今日は令和8年4月2日。

  

この記事の続きです。

ここでも道草 12月23日 これは何の冬芽だろう?(2025年12月26日投稿)

ここで注目した冬芽の、

それ以後の写真です。

Img_6489

Img_6487

Img_6617

Img_6865


Img_7015

変化がなかったので、しばらく撮影は止めていました。

しかし3月23日に変化がありました。

Img_5581

ピントは合っていません。でも少しふっくらしてきました。

そして他の冬芽に変化。

Img_5582

  

そして今日(4月2日)撮影しました。

Img_7853

大きな変化です。

他の芽も撮影。

Img_7855

この木にもいよいよ春が来ました。

なんの木だろう?

以前予想したマルバアオダモの可能性が高い。

花が咲き、葉っぱが開いたところで、

同定したいです。もうすぐです。

  

枝に巻いてあった赤のビニールテープ。

すっかり脱色して白色になりました。

丸山散歩/4月2日の写真/折れた枝頑張れ!

   

今日は令和8年4月2日。

  

4月に入って2日連続丸山に登りました。

昨日は雨天でしたが、今日は一転晴れ。

今日の丸山の写真を載せます。

Img_7857

Img_7858

雨が花の開花を促進したようです。

他の地区では、雨がサクラの花びらを散らせていますが、

丸山のサクラは違います。これからです。

  

Img_7860

これがソメイヨシノとは違う種類のサクラと思われる木です。

先に書いたように、花びらはピンクです。

脚立を持っていって、花びらを撮りたいですね。

  

Img_7861_2

フユイチゴの近くに一緒にある可能性が高い

明らかに違う葉っぱ。

調べたら、これはキイチゴの可能性が高し。

キイチゴならこれから花が咲きます。

どうなるか?これも丸山に行く楽しみになりました。

  

Img_7862

Img_7863

Img_7864_2

黄色の矢印が頂上のサクラの木。

  

Img_7867

マークした花芽・葉芽です。

開花近しです。明日も登るしかないですね。

    

この頂上の木。

折れている枝でも花が咲きそうでした。

さっそく見ました。


YouTube: 2026年4月2日 丸山の頂上にある桜の木

Img_7869

Img_7871

花が咲くまでもう少し。

枝に頑張ってほしいです。

  

Img_7876

Img_7877

丸山の頂上からの眺めで、今日が「山が笑った日」だと

確信しました。 

「山が笑った日」については後日書きます。

  

Img_7878

Img_7879

Img_7881

ここでも発芽していました。

昨年1年間よく闘ったアカメガシワ。↓

Img_7880

  

Img_7885

下半分はだいぶ咲きましたが、上半分はまだです。

こんな低い山ですが、開花に標高差がありました。

  

また明日が楽しみ。

明日は好天気。



  



  


  

丸山散歩/4月1日の写真/折れた枝の花芽の成長/ヨウコウザクラかも?

   

今日は令和8年4月2日。

  

新年度はやっぱり気分が新鮮になっていいです。

再雇用もラスト1年が始まります。

頑張るぞ!という気持ちになっている自分のコンディションに

感謝ですね。

  

そのスタートの4月1日に、丸山に登ってきました。

雨降りでしたが、傘をさし登山靴を履いて登ってきました。

Img_5898

標高60mの低い山ですが、サクラの開花の標高差はあるようです。

下の方が開花が早いです。

まだ全山開花とはなっていません。

  

Img_5900

だいぶ咲いてきました。いい感じです。

  

頂上のサクラの木。マークした花芽・葉芽です。

Img_5903

いよいよ咲くぞ。こりゃあ、4月2日(今日)も登らなくては。

  

あの折れた部分も撮影。

Img_5905

Img_5907

Img_5908

Img_5909

枝は折れていますが、繋がった部分から栄養が

送られているのでしょう。

折れた部分を撮影。今回はボケないように気をつけました。

Img_5910

Img_5911

Img_5913

道管・師管は枝の周囲にあるはずなので、

どうにか繋がっていると思います。

  

Img_5914

Img_5915

Img_5916

サクラの木の向こうに田んぼがあります。

最近の雨で、水が浮いていました。

水不足で、田植えの要請を愛知県がしています。

どうなるんだろうなと思います。

  

Img_5917

満開になって、サクラのトンネルができるのは近いぞ。

    

樹形や花の色が違うサクラに気がつきました。

Img_5918_2

①の木です。②はまだ花が咲いていませんが、おそらく同じでは。

Img_5919

高いところで花が咲いていたので、

花のアップ撮影はできませんでした。

木の種類はわかるかな。

生成AIを使うぞ。

う〜ん、ヨウコウザクラが候補になりました。

樹形で、枝が横に伸びるのではなく、縦に伸びるそうです。

そうです、まさにそこが樹形が違うところ。

ただ花びらが大きめとのこと。

そこが違うなあ。

関連して映画「陽光桜」(2016年公開)を知りました。

プライムビデオでは見られないので、DVDで注文。

レンタル落ちで少々安かったので注文しました。

  

Img_5920

Img_5921

この紫色の葉っぱはフユイチゴの可能性あり。

花期は9〜10月、11月〜1月に実ができます。

その頃に見に行こう。日記帳に予定を書いておきます。」




  










  

  

「手折る」の読み方正解/2つ目の意味にビックリ

   

今日は令和8年4月2日。

  

前記事の「手折る」の読み方の正解です。

Img_7844

「たおる」なんて、とても上品な動作であることを感じ、

響きがいいです。

これが漢字そのままに「ておる」じゃイマイチ。

「たおる」だからいいんです。

「手」を「た」と読むのは他にも思い浮かびます。

「手綱(たずな)」「手向ける(たむける)」

「手繰る(たぐる)」

どれもいいです。

  

しかし、「手折る」の意味を調べると、驚きの意味がありました。

国語辞典ONLINE 手折る

このサイトから引用。

  

1.花や枝を、手で折り取る。「桜の枝を―」

2.女性を自分のものにする。

  

2の意味では「女性を我が物にする」と書いてあるサイトも

ありました。

女性を花に例えることはあるので、その辺りから生まれた意味だと

予想はつきます。

でも、こんな意味があるとは。

  

関連してこの動画が面白かったです。


YouTube: 感情言語化研究所 051 “手折るという言葉の上品さと下品さ"

  

この動画を見ると、「手折る」の2の意味は、古今和歌集の時代から

あるそうです。

女性を物として扱う表現であり、現代では使われないもの。

ではこの意味は消滅した方がいいかというと、

そうではなく、歴史上、女性を物のように扱った時代があった

証拠として、消えては行けないのではと話を進めています。

昔、女性は男性の物になることを望んだ場合もあると考え、

「我が物にされる」女性の気持ちしだいで、良し悪しが決まる。

「手折る」に比較して「手籠(てごめ)にする」は、

もっとひどい状態だと2人は言っています。

この2人。

作詞家の畑亜貴とサンキュータツオさん。

サンキュータツオさんは懐かしい。

ここでも道草 「知られざる国語辞書の世界」その2・・・「恋」の語釈(2013年4月7日投稿)

国語辞典についてこだわっていた時に、

言葉に詳しい芸人として登場した人。

こんな人もいるんだと思ったことを覚えています。

現在も言葉を扱っているんだなと思い、

それから13年、さらに知識豊かになっているんだろうなと

想像しました。

著作とか読んでみたくなりました。

  

木の情報発信基地 花見て枝を手折る

このサイトでちょっと気になったことが。

引用します。

  

「花見て枝を手折る」

美しいものに対して、心ない行為をすること。欲望や感情に任せて

無謀な行動をすることを戒める教訓として使われます。美しい花に

心を奪われてしまい、ついついその花の枝を折ってしまうような

行為を指します。

  

1の意味に、2の意味がかぶさってしまっていると思います。

これじゃあ、1の意味の「手折る」も消えていきます。

強い力で折るのが「へし折る」

それほど力を使わずに折るのが「手折る」

このような区別で、残していきたい言葉です。

参考:違い.site

  

  

2026年4月 1日 (水)

丸山散歩/続3月28日の写真/折れた枝に花芽・葉芽

   

今日は令和8年4月1日。

  

3月30日に丸山のことを書きましたが、

3月28日のことで書き忘れがありました。

ちょっと不思議に思ったことなので、

記録します。

Img_5621

頂上にあるサクラの木ですが、枝が1本、写真のように

折れていました。

でもよく見ると、その枝の花芽・葉芽は生きていまいた。

Img_5623

枝が折れたのが最近のことで、すでに枝にあった栄養で

花芽と葉芽は膨らんだのでしょうか。

それか、まだ折れ切っていなくて、この状態でも

栄養は花芽・葉芽に送られているのでしょうか。

これは注目です。

折れた部分を接写して撮影したのですが、

ピンボケで何もわかりません。

次に見に行った時にしっかり確認したいです。

  

日めくりは今年は難読漢字にしました。

こんなのがありました。

Img_7845

「手折る」をなんと読むか?

最近はすぐに正解を得ることが、

インターネットや生成AIでできてしまいます。

少しは脳を使ったほうがいいようなので、

正解は次の記事にします。

  

  

もう一つ、3月28日の写真。

Img_5627

Img_5626

以前と比べて、石が移動しています。

ベンチのようになっていました。

どなたかが登った時に、座りやすいように組んだのでしょう。

今はまだ木々に葉っぱがなく、見通しがいいし、

春らしく暖かいので、ここに座ってゆっくりした方の気持ちがわかります。

  

この丸山、とっておきの場所にしたいですね。

頂上にちゃんとベンチを作り、

山の名前も表札をぶら下げたりして、

わかるようにしたいです。

また1年間、近くの小学校に勤務できるようになったので、

山の管理者とも相談して、プラスになることをやりたいです。

2026年3月31日 (火)

ヒロヘリアオイラガの相撲取りの「ハッキョヨイ!」姿勢

    

今日は令和8年3月31日。

  

3月27日のこの記事の続きです。

ここでも道草 本家のイラガの繭/ヒロヘリアオイラガの繭作り(2026年3月27日投稿)

繭を作ったヒロヘリアオイラガ。

その後、どうなったか。

そのことを書きます。

  

ヒロヘリアオイラガの成虫は「相撲取り」のように見える

と、聞いたことがあります。

繭から成虫が出てきたら、その点も調べたいと思っていました。

昨年7月中旬に繭を作ったヒロヘリアオイラガの幼虫。

成虫になって出てきたのは、8月に入ってすぐでした。

Img_3244

Img_3249

Img_3247

昨年8月1日の撮影です。

まん丸の黒い眼が目立ちます。

  

Img_3257

足の太さがよくわかりました。

この四つん這いに、6つ足があるので、

六つん這いかな。

この構えが相撲取りなのでしょう。

Img_3260

この写真なんかが、相撲取りっぽいなあと思いました。

Img_3263

ずっとこの姿勢を撮ることを目指していて、やっと撮れました。

「ハッキョヨイ」の姿勢です。

  

Img_3265

Img_3292

緑の毛並みの良さも目を惹きました。

ただ、生まれてきたヒロヘリアオイラガの成虫は

可哀想ですが、観察後に駆除しました。

あのオコゼの被害を減らすためです。

許してね。

  







  

2026年3月30日 (月)

丸山散歩/3月23日〜28日/冬芽が花芽・葉芽になってきた

    

今日は令和8年3月30日。

  

前記事の続きで丸山の様子を記録します。

今回は3月23日以後です。

  

3月23日撮影

Img_7685

何回も書くけど、不思議な山です。

全山サクラの木が覆い、完全ではありませんが、

螺旋状の道が山はだにあるのが見られます。

校区であるのに、今年になるまで気にとまりませんでした。

  

Img_7757

豊川市役所の文化財係の方は、古墳としては

斜面が急だから、現在のところ古墳として見ていないとのこと。

写真の急斜面。

子どもに「こんなの登れんよね」と言うと、

子どもは「登れるよ」と言って登る子が多かったです。

写真の男の子も登った子ども。

子どもの冒険心はどんどんくすぐりたいです。

  

Img_7688

少しふっくらしてきた感じ。

花芽と葉芽が区別がつくようになってきました。

  

Img_7692

他のソメイヨシノの開花は近いです。

  

Img_7693

まだサクラの木に葉っぱがないので、見通しがいいんだろうな。

   

この日に登ったYくんは、丸山近所の子ども。

何度も登ったことがあるそうです。

その子のお父さんが言うには、丸山には鹿が住んでいるとのこと。

鹿のすみかの穴があると言うので、2人で探しました。

発見できず。

Img_7694

丸山でよく見かける動物の糞。

Yくんが言うには、これは鹿の糞だそうです。

  

この日は、丸山登山だけではすみませんでした。

  

近所のYさんの家にお邪魔して、

Y君にとって叔母さんに当たる方の育てる庭の花を見さしてもらいました。

実は以前に写真を載せたハナモモは、

Yくんの家のハナモモでした。

Img_7838_2

叔母さんは花好き。

Img_7695

「もう1本、ハナモモがあるよ」と教えてくれました。

こちらはまだ開花していませんでした。

赤白が混ざったハナモモでした。

  

Img_7696

これはシャクヤク(芍薬)。

早い。もう咲くんだっけ?

調べたら5月〜6月とありました。

今年はいろいろなものが早く咲く。
   

Img_7699

Img_7698

Img_7700

植えたばかりのトサミズキ。

ヒュウガミズキというよく似た品種があります。

同じ時期に黄色の花を咲かせますが、

花穂が長いのがトサミズキ、短いのがヒュウガミズキ。

近所でヒュウガミズキと教えてもらって撮影したもの。

昨年4月の撮影です。

Img_7839

Img_7840

う〜ん、区別が難しい。

  

3月25日撮影。

Img_5591

地面が緑色になってきたと感じました。

  

Img_5594

サクラの冬芽に緑色が加わりました。

変化が加速中。

  

Img_5601

Img_5604

今まではスイセンの花は丸山で何度も見ていて、

この葉っぱもスイセンだと思っていたら、

スノーフレークでした。

スノーフレークの別名は「スズランスイセン」

花がスズランに、葉っぱは水栓に似ていることから

この名前がついたそうです。見事にだまされました。

  

Img_5605

なんとなくサクラの枝の冬芽が膨らんできたためか、

木の密度がほんの少し濃くなった気がします。いかがですか。

  

Img_5606

つくしも増えました。

これだけの密集は嬉しくなります。

  

3月28日撮影。

Img_5607

授業で丸山に登った3月13日には、すでにスイセンは目立って

咲いていました。

黄色の花もあり、黄色の八重咲もありました。

私にとっては注目度が低く、写真撮影は今回が初めてかな。

  

そのスイセンノ近くにあったのがハナニラ。

Img_5608

花びらが水滴に覆われて素敵だったので、接眼レンズで撮影。

悔しいけどピンボケ。

Img_5609


  

Img_5610

Img_5611

Img_5635

ソメイヨシノがいよいよ咲き始めました。

まだまだ少しですが、なんとなく木々がピンク色をまとい始めました。

  

Img_5632

Img_5631

Img_5630

  

さて頂上の観察してる冬芽は?

Img_5618

丸っこいのが花芽。とがったのが葉芽(はめ)。

もう冬芽と呼ばずに、花芽とか葉芽がいいですね。

  

次は4月1日に見に行きます。

楽しみです。今年の春は、昨年は見過ごしていた春の丸山を

じっくり観察したいです。

  

丸山でキジ(雉)のメス見かけました。

そのことも記事にしたい。

また明日ですね。  


















  

  

2026年3月28日 (土)

丸山散歩/3月13日〜18日/頂上の冬芽は固い

   

今日は令和8年3月28日。

  

今日の午前中に丸山に行ってきました。

丸山に関する記事は次の記事が最後。

ここでも道草 丸山散歩/サンシュユ、モモ?、ツクシ(2026年3月17日投稿)

この続きで、丸山のことを書いていきたいです。

  

令和7年度の通級指導学級の最後の授業は、

学校から700m歩いて丸山へ。

標高60mを登って、また700mを歩いて帰るもの。

3月13日(金)〜3月23日(月)で、

教えている子ども14人と登り、さらによその学校の

S君とも登り、15往復。

なかなかいい運動になりました。

3月13日撮影。

Img_5298

丸山までの道中に生えていたホトケノザ。

しかし、よく見たら右手はヒメオドリコソウでした。

以前、春になるとホトケノザが目につくと書きましたが、

ヒメオドリコソウも負けずに、よく生えてきます。

ここは同居していた場所です。

春です。やっぱり3月は春です。

  

Img_5302

丸山頂上のサクラの木。

ここに色ひもをつけて、その冬芽を観察中。

Img_5300

Img_5313

まだ冬芽は固い。

山肌に植っている木の方が、冬芽が緩んできているように見えます。

完封を最も受けてきたサクラの木でしょうか。

  

Img_5306

Img_5305

すでに3〜4本のサクラが咲いています。

「なんとかヒガン」という早咲きのサクラだと考えています。

これらのサクラは20年ほど前に植えたそうです。

その植えた人たちに話を聞いてみたいです。

丸山のこと、もっと知りたい。

  

Img_5307

順番があっちこっちしますが、頂上にあるサクラの木の根元。

まだ緑が少ない。

根元の左にある石の状態を覚えておいてください。

今日、この石の配置が変わっていました。

  

  

3月16日撮影。

Img_5416

う〜ん、まだ変化がないような。  

  

Img_5422

標高60mほど上がれば、これだけ遠くまで見えます。

  

Img_5431

山の麓にはお墓があります。  

お墓参りの方たちに会うことがあります。

もちろん元気よくあいさつします。

登山のマナーです。

1年の女の子と一緒だった時には、

「お孫さんかね」と言われました。

まあ、そう見えるでしょうね。

  

3月17日撮影。  

Img_5433

まだ変化が見られません。

  

Img_5439

こんな場所が、サクラが満開になったらきれいだろうなと

想像しました。まだ地面の緑が少ない。

  Img_5438

とっても華やかな木でした。

後日、この花の種類を持ち主に教えてもらいました。

ハナモモでした。

  

Img_5440

やっぱり面白い山容でしょ。

  

3月18日撮影。

Img_5457

「あ、ミノムシ!」

1年の女の子が発見。

今年度、本物のミノムシを飼育・観察したから、その成果かな。

よくぞ見つけた!と褒めました。

  

Img_5460

まだ変化なし。と思う。

  

Img_5466

他のサクラの冬芽はほころんでいました。

  

Img_5468

キチョウ(写真)、アゲハチョウ、バッタ、シマヘビを目撃。

キチョウはなぜこんなに早く飛んでいるのか。

越冬はどうしているのか。

調べたら、なんと成虫越冬でした。

どこかでじっと寒さをしのぎ、今、こうやって飛び回っているのでしょう。

アゲハは?

蛹でした。蛹が一番いい方法だと思いますが、どうなんでしょう。

  

   

次は3月23日の写真を載せようと思いましたが、

もう就寝時間。寝ます。



  

2026年3月27日 (金)

通算10200本目の投稿/本家のイラガの繭/ヒロヘリアオイラガの繭作り

   

今日は令和8年3月27日。

  

通算10200本目の投稿。

10100本目は昨年の12月25日でした。

3ヶ月で100本。私には遅い!

だから書きたいことがこんなにたまるんだろうな。

次の100本は頑張ろう!

  

Img_5412

3月16日に勤務校の用務員さんが、

「こんなのがあったよ」と言って私にプレゼントしてくれた

この繭。

これは珍しい。最近はもぬけの殻になった繭しか見ていませんでした。

本家のイラガの繭です。

最近はヒロヘリアオイラガばかりが私の目の前に現れ、

本家のイラガはお目にかかっていませんでした。

今は巣箱に入れて通級指導教室に置いてあります。

内側から眉を切断して、成虫が出てくるのが楽しみです。

  

イラガ関連で載せておきたい動画2本です。

この記事の続きの活動です。

ここでも道草 オコゼの飼育スタート(2025年7月14日投稿)

教室でヒロヘリアオイラガの幼虫(オコゼ)を

飼っていましたが、次々に繭になり始めました。

繭を作るところを見たいと思ったけど、

いつも見逃していて、いつの間にか繭が出来上がっていました。

Img_3116_2

黄色の矢印がヒロヘリアオイラガの繭です。

ただよく見たら、左の枝の繭はまだ作っている最中でした。

録画しました。

その動画です。


YouTube: 2025年7月15日 ヒロヘリアオイラガの幼虫が繭を作っていました

透けて見える幼虫にドキドキしました。

    

まだ繭になっていない幼虫(オコゼ)の動画も作ってみました。

同じ7月15日撮影です。


YouTube: 2025年7月15日 飼育していたヒロヘリアオイラガの幼虫(オコゼ)の動き

  

これらの繭やオコゼがどうなったのかも

まだ記事にしていなかったですね。

それも家事にしたいです。

2026年3月26日 (木)

交差点「五条別れ」の写真から勉強したこと

    

今日は令和8年3月26日。

  

前記事に引き続き、昨年9月6日に撮影した写真を使って

記事を書きます。

  

キミヤーズ塾に向かうために名神高速道路の京都東ICから出て、

一般道を走り出してすぐに撮影したもの。

Img_7733_7

Img_7733_8

交差点の名前「五条別れ」が面白いなと思い、

赤信号で止まったので撮影しました。

「別れ」が珍しいと思いました。

  

この交差点の位置を地図で確認します。

地図のベースはGoogleアースです。

Img_7735_3

昔は琵琶湖疏水について調査した頃があったので、

縁があります。したがって地図中にもうちこみました。

キミヤーズ塾に来るたびに、少しずつ調べた覚えがあります。

  

京都に限らず西日本では地名にルールがあって、

分岐のことを「別れ」と言うそうです。

「◯◯別れ」とあった場合は、本道から分岐した道の

行き先の地名が入るそうです。

したがって「五条別れ」は五条に向かうことになります。

参考:yahoo!知恵袋 五条別れという地名の由来

  

上の地図に書き込みましたが、交差点の北に

五条別れ道標があるそうです。

この道標のおかげで、交差点の名前が「五条別れ」になったと

考えます。

Yahoo news. 【京都市】山科区 (旧)東海道にある『五条別れ道標』は大切な道しるべ…

ここから道標の写真を転載します。

Img_7736

この道標に書かれた文字をGeminiに読んでもらいました。

右ハ三条通 (右は三条通り)

※「条」は旧字体(異体字)で彫られています。

左ハ五条橋 (左は五条橋)

また、「左ハ五条橋」の左側には、さらにその先の目的地を示す

文字が少し小さく2行で刻まれています。

1行目:ひがしにし六条 大佛

2行目:今ぐ満きよ水 道 (※「満」は「ま」の変体仮名です)

現代の言葉で表すと、「右へ行けば三条通り、左へ行けば五条橋。

その先は東西の六条(東本願寺・西本願寺)、方広寺の大仏、

今熊野、清水寺へ続く道」という意味になります。

 

「大佛」は「方広寺大仏」、

「今ぐ満(ま)」が「今熊野」、  

「きよ水」は「清水寺」

ということですね。

  

上の写真では道標の2面しか見えていませんが、

他の面にこの道標を作った人物の名前が書いてあるそうです。

その人物についてGeminiが教えてくれました。

 

この「五条別れ道標」は、江戸時代中期の宝永4年(1707年)に、

沢村道範という人物によって建立されました。

• 人物像: 山科の四ノ宮(しのみや)周辺の住人であったと伝え

られています。

• 建立の目的: 当時の旅人が道に迷わないよう、自らの私財を投

じて道標を建てた篤志家です。道標の下の方をよく見ると「願主

沢村道範」という名前が刻まれています。

• その他の功績: 五条別れ道標だけでなく、山科六地蔵の近くに

ある「伏見六ぢざう」への案内など、山科周辺の要所にいくつも

の道標を建てたことで知られています。

  

このような人がいたんですね。

Geminiは道標の下の方に刻まれているとありますが、

見つかりません。

文化学部井上ゼミのページ 五条別れ道標

ここに載っていた写真を転載。

Img_7738

下ではなく、他の面でした。Geminiも間違えます。

  

ここが本当に分岐だったのかが興味ありです。

現在の地図ではよくわかりません。

そこでこのサイトを参考にしました。

今昔マップon the web. 埼玉大学教育学部

現代の地図と昔(1892〜1910年)と

2枚の地図で比較できる便利なサイトです。

関連地図をスクリーンショットで撮影して載せます。

Img_7737

旧東海道を東から来たら、この道標で左に分岐するのですが、

私の予想は赤字で示したルートです。

確かに道標のある部分で分岐すると、京都の南の方に用事の

ある人たちにとっては都合がいいなと思います。

左の地図は明治時代の地図ですが、

江戸時代から大きくは変わっていないと思って参考にしました。

そして明治時代にあった道は、現代も残っていることがわかります。

道標から左に道をとって、清水寺まで歩いたら面白そうです。


   

ちなみに「今昔マップon the web」を見るといいよと

勧めてくれたのはGeminiです。

 

最近の写真

  • Img_8204
  • Img_6517
  • Img_8122
  • Img_6357
  • Img_6127
  • Img_8137
  • Img_8135
  • Img_6370
  • Img_6368
  • Img_6367
  • Img_6364
  • Img_6363

楽餓鬼

今日はにゃんの日

いま ここ 浜松

がん治療で悩むあなたに贈る言葉