2026年2月 2日 (月)

20250309納古山/空ふさがり⑥ 今日も機関車をバックで走らせることができず 

     

今日は令和8年2月2日。

  

今回もまた昨年3月9日に行った納古山・空ふさがりに

行ったことを報告します。

  

今、止まっています。

この写真が大きな壁になっています。

林野庁 森林鉄道

このサイトに載っていたこの写真。

Img_6726

  

ここから、いろいろGeminiと格闘。

こう言ったら、こんな反応。言い方を変えたら、こんな反応。

こちらも作戦を考えます。

どうしてもGeminiは「機関車」というと、

「正面」「蒸気機関車」のイメージが抜けきれません。

今回、また蒸気機関車を走らせてしまいました。


YouTube: 空ふさがりを通過する森林鉄道を再現したい その3

  

そこで次の手を使いました。

昨日作ったこの写真。

Img_6740

  

ここでGeminiに指示します。

「機関車と貨車を100メートル向こう側に戻してください」

そうするとこの画像を作ってくれました。

Img_6754

  

いい調子。

そこで上の2枚の写真を示して、下の写真のように、

向こうから機関車と貨車が走ってきて、

上の写真のようなところまできて、

私のいるところにくる動画を生成してくださいと指示。

  

これならば、機関車はそのままにしてくれると確信しました。

そしてできた映像。


YouTube: 空ふさがりを通過する森林鉄道を再現したい その4

なぜ機関車は、変えられるのだろう?

機関車がバックで丸太を引っ張ることはあったと言います。

線路によっては、向きを機関車の向きを変えることができず、

登りは正面を向いて登り、丸太を引っ張って下りるときに、

バックで走ったそうです。

それを動画にしたいのです。

  

今回も動画生成の制限となりました。

明日の午後以降に生成できます。

明日こそ。

2026年2月 1日 (日)

20250309納古山/空ふさがり⑤ 空ふさがりを通過する森林鉄道の写真を動かしたい 

     

今日は令和8年2月1日。

  

前記事に引き続き、昨年3月9日に行った納古山・空ふさがりの

報告を書いています。

  

「空ふさがり」という魅力的な場所。

この場所については、出かける前に記事にしていました。

ここでも道草 明日はここに行きます「空ふさがり」(2025年3月8日投稿)

この記事で書きましたが、かつては細い岩の間を

森林鉄道の貨車が走っていたという物語。

この写真は印象的でした。林野庁の写真を再び掲載します。

Img_6726

  

この画像を動かしたくなりました。

Google Geminiをもちろん利用してみます。

まずは機関車が丸太を乗せた貨車を引っ張っている映像を作ってと

お願いしたら、こんな2本を作りました。

この写真も見せているので、そんなにとんでもないものは

作らないと思ったのですが・・・・


YouTube: 空ふさがりを通過する森林鉄道を再現したい


林野庁の写真を見て、機関車が典型的な蒸気機関車と判断。

写真を見たら明らかに違うとわかると思うのですが。

さらに「空ふさがり」の距離が長く、よりすごい場所になっていました。

それが映画の1シーンのようになっていました。

やっぱりGeminiに丸投げしてはダメだと思い、

機関車について調べました。

  

今一度、林野庁の写真。

Img_6726_2

この機関車、実際にどんな形をしているんだ。

この機関車のメーカーとか型式をGeminiに聞きました。

すぐに回答がありました。

  

加藤製作所(Kato Works)製の5トン級ガソリン機関車

  

この機関車がネット上にないか探しました。

そしたらこの本がヒットしました。

金沢書店HP

Img_6742

「資料 加藤製作所の機関車」(12000円)

この本が手に入ったら、どんな形の機関車か正確にわかるでしょう。

  

でも結局見つからず、兄弟のような機関車の写真はありました。

森林鉄道と模型と・・・真室川の加藤製作所製5屯DLの過去画像

このサイトから2枚転載。

Img_6730

Img_6731

同じ機関車ではないけど、参考になります。

林野庁の昭和26年の写真に写る機関車は、

なんとバックしながら、丸太を運んでいるのではと推理しました。

でも最初Geminiはその考えに従わず、

次のような画像を生成しました。

Img_6737

明らかに違います。

大きな鼻のようなボンネットは、林野庁の写真にはないのです。

何度かGeminiを説得。

バックで貨車を引っ張ることもあるのではと言いました。

それに対してGeminiは回答。

  

お客様のご指摘、誠にありがとうございます。改めて元の写真と、

今回ご提示いただいた比較用の画像を詳細に見比べた結果、

お客様のおっしゃる通り「バックで引っ張っている」という結論

に至りました。

私の以前の判断が誤っており、混乱を招いてしまったことをお詫

び申し上げます。お客様の鋭い観察眼に感服いたしました。

以下に、なぜ「バック運転」であると判断できるのか、その理由

を解説します。

理由:写っているのは機関車の「後ろ姿」だから

決定的な証拠は、お客様がご指摘された「ライトの配置」と、

車体の形状にあります。

1. ボンネットがない:

元の写真の機関車の進行方向(手前側)には、一般的なL字型機

関車のような「長いボンネット」がありません。垂直に近い、

四角い壁のような面がこちらを向いています。

(中略)

3. 結論:

写真に写っている機関車の「顔」は、実は「後ろ頭」でした。

つまり、機関車は後ろ向き(逆機)の状態でありながら、進

行方向の先頭に立ち、貨車を引っ張って(牽引して)います。

なぜバックで走っているのか?

森林鉄道では、このような運用は珍しくありませんでした。

方向転換ができない: 山奥の伐採現場や狭い路線では、機関

車の向きを変えるための転車台(ターンテーブル)やデルタ

線がない場所が多くありました。

往復運転: そのため、山へ登る時は前向きでも、木材を積ん

で山から下りてくる時は、向きを変えられないままバックで

下ってくることになります。

この写真も、まさにそのような「山から木材を運び出してい

る帰り道」のワンシーンを捉えたものと考えられます。

  

このやりとりは面白かったです。

そこで、画像を修正して欲しいと依頼をしました。

Img_6736

色を変えました。

Img_6740_2

この映像ができたからには、動画の完成は近いと思いました。

しかし!できた動画にびっくり。


YouTube: 空ふさがりを通過する森林鉄道を再現したい その2

後ろ向きの機関車は、こちらに引っ張ってくるのではなく、

空ふさがりの向こうへ去ってしまったのです。

  

  

今晩はここまで。



 

 

20250309納古山/空ふさがり④ 復路のセリバオウレン 

    

今日は令和8年2月1日。

  

前記事に引き続いて、昨年3月9日に行ってきた

納古山・空ふさがりの報告です。

    

復路のセリバオウレンです。

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納古山のセリバオウレンは有名で、

この日もセリバオウレンが見たくてやってきた登山者がいました。

でも往路で見逃していたように、小さくて目立たない花です。

  

雄花、両性花は見かけるそうですが、

雌花は滅多に見られないそうです。


YouTube: セリバオウレン満開


この動画から、それぞれを紹介します。

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接眼レンズを使ってもっと大きく花を撮れたらよかったと

あらためて後悔しています。

  

セリバオウレンの「セリバ」はセリの葉に似ているから。

セリ(芹)の葉は思い浮かびますか?

この納古山にいるとき、いまいち自信がなかったです。

この機会にセリの葉の写真を載せます。

能代市風の松原植物調査

このサイトに載っていた葉っぱが、

私のイメージするセリの葉でした。

Img_6724

  

  

Img_0327

木作コースの登山口にあった橋に戻ってきました。

Img_0328_2

午前11時3分。約1時間で下山しました。

ここで自動車に乗って、空ふさがりに向かいます。

  

駐車した場所。

Img_6725

出発した時には私の車の他に1台でした。

戻ってきたら、その1台はもういなくて、

新しく3台が増えていました。

みんな情報を得てるんでしょうね。

山に登り、さらにこの季節でないと見られない花を見る・・

贅沢ですよね。



  

2026年1月30日 (金)

20250309納古山/空ふさがり③ 石碑に書かれていた文字は?

今日は令和8年1月30日。

  

前記事に引き続き。昨年3月9日に行った納古山・空ふさがりの

報告をまとめます。

  

3月9日。アセビの花の季節がやってきました。

Img_0305

  

もう1年が過ぎているので、うろ覚えですが、

往路と同じ道を下山したと思っています。

もし違っていたら、後日訂正します。

  

石碑がありました。

気になりました。

4面の刻字を、Google  Geminiに読んでもらい、解読までしてもらいました。

Img_0306_2

◯刻字: 武儀郡神淵村界

◯読み: むぎぐん かぶちむら かい

◯意味:「これより武儀郡神淵村(現・加茂郡七宗町神渕)の境界」

※神淵村(かぶちむら)は、1955年に加茂郡七宗村と合併するまで

 武儀郡に属していました。

  

「神淵」を「かぶち」と読むのは難読地名でした。

  

石碑の裏側はこうなっていました。

Img_0308_2

◯刻字: 加茂郡七宗村大字上麻生字赤坂

        (※末尾の文字は「坂」に見えますが、風化のため「根」や

   「岩」などの地名文字の可能性もあります)

◯読み: かもぐん ひちそうむら おおあざ かみあそう 

     あざ あかさか(推測)

◯意味:「加茂郡七宗村、大字上麻生、字赤坂(小字名)」

  

「七宗」を「ひちそう」と読むのも難読地名です。

つまりこの石碑は、神淵村と七宗村の境界を示すものでした。

  

石碑には4面あるので、あと2面を見ます。

Img_0307

この石碑が何の境界を示しているかと、管理番号が記されています。

◯刻字: 俗有林野 境界標 第六二六番

◯読み: ぞくゆうりんや きょうかいひょう だいろくにじゅうろくばん

◯意味: 「俗有林野(集落共有の山林)の境界標識。番号626番」

※「俗有」とは、官有(国などの所有)に対する言葉で、地元住民や集落が

 慣習的に共有・管理している土地(入会地など)を指します。

   

その反対面。

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ここからどこまでが境界であるかを具体的に定義しています。

◯刻字: 従是岩戸頂上迄 落水流限 (または「分水流限」)

◯読み: これより いわと ちょうじょう まで らくすいりゅう かぎり

    (ぶんすいりゅう かぎり)

◯意味: 「ここから岩戸(地名または山の名前)の頂上まで、

     水が流れる方向(分水嶺)を境界の限りとする」

※「落水(らくすい)」や「水流」を「限(かぎり)」とする表現は、

 山間部の境界定義でよく使われます。「雨水が分かれて流れる

 尾根筋を境界線とする」という意味です。

  

よくぞここまで読むことができるなとびっくりです。

「落水流限」(分水流限)

分水嶺を境界の限りとする。

いい言葉を知りました。

2026年1月29日 (木)

20250309納古山/空ふさがり② 往路のセリバオウレン

   

今日は令和8年1月29日。

  

前記事に引き続き、昨年3月9日に行った納古山と

空ふさがりの報告を書いていきます。

  

登山口。時刻は午前7時58分でした。

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川を渡ります。神淵川(かんぶちがわ)。

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この川は飛騨川に流れ込み、飛騨川は木曽川に流れ込みます。

このような支流を2次支流というそうです。

  

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スギゴケだと教えてもらいました。

  

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後で、これが納古山の木作コースの名物、セリバオウレンだと

教えてもらいました。

この日、接眼レンズを持っていかなかったことを後悔。

  

このような登山道を歩きました。

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前回も通過した分岐点です。頂上近し。右折します。

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頂上です。時刻は午前9時25分。1時間半の登りでした。

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この人形は健在でした。

暑い日も寒い日もここで過ごしたんだよな。

誰もいない晩も。

このキャラクター、「ノコリン」と言うようです。

2022年に登った人の報告にその「ノコリン」の

写真がありました。

kyamotarou“キャモタロウ“ 岐阜県に初上陸!!納古山(のこやま)へ、“ノコリン”に会いに行きました。

このサイトの写真を転載。

Img_6709

よっく見ると、同じ人形ですね。

私たちが見たのは4代目だそうです。

確かに襟巻きの隙間から4代目であることがわかる文字が見えます。

御嶽山、乗鞍岳、白山がみられるとのこと。

これがおそらく御嶽山。

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他にも頂上からの景色。

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頂上を発ったのは午前10時でした。景色が良かったので、

長居をしました。

2026年1月28日 (水)

20250309納古山/空ふさがり① 車を駐車した場所にあった車掌車

    

今日は令和8年1月28日。

  

昨年、令和7年3月9日に登った納古山に登り、

空ふさがりに行きました。

今更ですが、ここに記録を残します。

  

納古山は2回目。

今回は木作谷を通るコースで登りました。

Img_6700

ここに自動車を駐車しました。

この家の隣には、古い車両がありました。

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Img_6703

昨年3月のことなので、この場所を特定するのに時間がかかりました。

グーグルアースで見つけました。

ここです。

Img_6702  

ストリートビューの写真も載せます。

Img_6701 

ちょっと暗っぽいけど、家があり、その横に古い鉄道車両があります。

  

気になる場所です。

この古い鉄道車両はなぜここに来たのか。

  

Google Geminiに聞いたことをもとに、

自分でも調べたことをまとめます。

  

この車両が製造されたのは、昭和25年〜33年頃に製造されたもの。

貨物列車の最後尾に接続されていた車掌車でした。

役目はブレーキ操作や貨物車両の監視です。

その車掌車は、途中で改造されましたが、継続して

最後尾に連結されていました。

それが変わったのが、昭和61年(1986年)のこと。

貨物列車のシステムが変わり、原則として車掌車の連結が廃止されました。

機関士1人で運転できる仕組みが出来上がったことによります。

これにより、全国で大量の車掌車が不要(廃車)となりました。

車掌車は屋根があり、丈夫にできていたので、

この廃車を手に入れた人たちがたくさんいたのです。

その中の1台が、この場所にきた可能性が高いです。

車輪を外した旧鉄道車両は「ダルマ」と呼ばれます。

これもダルマです。車掌車はデッキから中に入ります。

車掌車は窓があったのが良かったようです。

今年で40年の月日が経ちます。こうなってしまうのですね。

 

  

車掌車はすごく思い出深いです。

私が小学生だった昭和40年代。

小学校に行く手前にある国鉄の踏切は、タイミングが悪いと、

とても待たされます。

とっても長い貨物列車が踏切を通過するのを待つからです。

何両ぐらいあったのかは覚えていませんが、とにかく長い。

物流の中心が、当時は貨物列車だったためでしょう。

最後に、真っ黒い箱の車両が来ると終わりでした。

それが車掌車だったんだろうなあ。

「ああ、これで終わり!」と思わせてくれる幸せの車両でした。

 

そんな昔話をイラストにして欲しいと、

Google  Geminiに頼みました。

出来上がったのがこの絵。

Img_6708

   

全然登山に関係ないことから始まった登山報告でしたね。

こんな道草をすぐにしてしまうのが私の悪い癖。

 


  

2026年1月27日 (火)

気になっていたロウバイ/「和蝋梅」でした

   

今日は令和8年1月27日。

  

勤務校からの帰り道。

どうにも気になる場所がありました。

自動車でサッと通過してしまうので、

よく見ていませんが、きっとロウバイだぞと思ってはいました。

今日は意を決して、確かめようと徐行運転。

ここらへんだぞと思って、発見。

左折して空き地に駐車場。

そこはお寺の駐車場。ロウバイはお寺の木?と思いきや、

塀で区切られていました。

お寺の隣の家の庭に生える木でした。

これが最初に撮った写真です。

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ねえ、すごいでしょ。

近寄って撮影。

今まで出てきたロウバイの花とは違います。

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ここで接眼レンズをつけて撮影。

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花の中心部分が赤やオレンジ色であること。

花びらは、ヒラヒラする形であること。

花びらの色は黄色もありましたが、白色もありました。

明らかに違う種類のロウバイでした。

でも香ってくるんです。ロウバイの香りが。

これもロウバイなんだと思って撮影しました。

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調べたら、これは「和蝋梅(ワロウバイ)」

そして練り香水で使っている花は「素心蝋梅」

ロウバイは、江戸時代のはじめに中国からやってきた木。

その時のロウバイは「和蝋梅」だったようです。

それが変化して園芸用の「素心蝋梅(ソシンロウバイ)」という

種類だそうです。


気になっていたものが確認できてよかったです。

できたら、和蝋梅の持ち主の方に会って、

話をしたいと思うようになりました。
  




 

ロウバイの練り香水作り/1回目の結果と2回目のスタート

    

今日は令和8年1月27日。

   

先日、ロウバイの練り香水のことを書きました。

ここでも道草 ロウバイ(蝋梅)の練り香水を作り始めました(2026年1月18日投稿)

この時に作り始めた練り香水がどうなったのか?

その続きです。

ロウバイの花を2回取り替えたところまで書きました。

3回目は1月20日でした。

Img_6477

ここで一工夫しました。

花とシアバターを入れた容器の下に、

携帯カイロを置いたのです。

シアバターに本当に匂いがつくのか疑問に思えて、

シアバターを柔らかくした方が、匂いがつきやすいと

考えたからです。

どうなったか?

  

気がついた時には、シアバターは液体になっていました。

びっくり。

カイロの熱で液体になってしまうんだと。

そこで「これはやりすぎた」と思って、

カイロをはずして、シアバターが固まるのを待ちました。

  

この時に蓋をしなかったのを後悔しています。

液体は固体になったのですが、

シアバターに含まれていた水分は蒸発して、

カチンコチンの香水になってしまったのです。

Img_6512

練り香水の面影はありません。

確かに匂いは移っていて、香りはしますが、

指先で拭っても、表面上がほんの少し取れるくらいです。

明らかに失敗です。

  

さあどうする?

まだロウバイは咲いているので、

再び練り香水作りをすることにしました。

花を3回取り替えることを再びやります。

今朝が1回目。

Img_6608

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カイロを使うかどうかは、まだ決めていません。

もう少し情報を集めて決めたいです。

  

私が温めたくなったのは、1月3日の記事のこの文章です。

ここでも道草 佐奈川の河川敷で見たロウバイ(蝋梅)の花(2026年1月3日投稿)

Google Geminiの言葉です。

  

ロウバイの香りはとても儚いので、シアバターをゆっくりじっく

り温めて、その香りを閉じ込める作業はとても贅沢な時間になる

はずです。

  

この贅沢を味わいたかったのです。  

液体にしてしまっても、蒸発させずに蓋をして、

冷やせば、うまくいったかもと思っています。



  

2026年1月26日 (月)

町内会の防災訓練で、初めてのYouTubeライブ配信に挑戦

   

今日は令和8年1月26日。

  

昨日は地元の町内会の防災訓練でした。

豊川市内にある会社「アジアクリエイト」の

災害体験車「ACSEL号」がやってきて、

町内会の人たちがさまざまな体験をしました。

アジアクリエイト株式会社HP ACSEL号

このサイトからの写真を転載します。

Img_6604

  

課題は、このACSEL号で体験できる人数には限りがあるということです。

3時間の防災訓練のうちに体験できるのは50人ほどと計画されていました。

例年100名以上の方が参加する防災訓練。

体験できない人に、この貴重な体験を共有できるようにするには

どうしたらいいか。

私が提案しました。

「パブリックビューイングみたいに、ACSEL号で体験しているのを、

集会所でスクリーンに映して、それを見たらいいのでは」と。

やったことはありませんが、ZOOMとかもあるし、

どうにかなるんではと思っての提案でした。

  

ACSEL号がやってくる大きな駐車場と集会所は何百メートルも

離れています。

ACSEL号で撮影した映像が、離れた集会所でリアルタイムで

見られたら、きっと楽しいだろうなとも思いました。

  

この提案は採用され、その準備は

言い出しっぺの私の役になりました。

そりゃそうでしょう。

  

何が最良の手段か調べました。

YouTubeライブ配信が良さそうです。

調べたところ、YouTubeライブ配信をするためには、

条件がありました。

チャンネル登録者数が50人以上ということです。

そんな条件があるんだと初めて知り、

今まであまり気にしていなかった私のチャンネル

「mitikusa ippai」の登録者数を見てみました。

52人!

ギリギリ条件をクリアしていました。

これも何かの縁。

YouTubeライブ配信をすることに決めて準備を始めました。

  

他のメンバーと一緒にテストをしたり、

買うこともないだろうなと思っていた

自撮り棒まで購入してしまいました。

安定して横画面で撮影するためには、

自撮り棒は欠かせないと思いました。

買ったのは1月19日。ほぼ1週間前でした。

こんな自撮り棒を買いました。

Img_6605

スマホと自撮り棒以外は、AI画像です。

スマホの画面のロウバイの花もAI作成です。

  

昨日が本番。

生まれて初めてのYouTubeライブ配信。

2時間40分、連続で映し、しゃべりました。

後で聞いたら、集会所ではスクリーンに映った映像を、

やってきた人たちが食い入るように見ていたよと教えてくれました。

安堵。

初めてのYouTubeライブ配信は好評だったようです。

  

反省点もあります。

集音マイクが必要だと思いました。

スマホから離れた人の話すことは、聞き取れなかったそうです。

途中でその事態を知ったので、

ひたすら私がしゃべっていました。

    

集音マイク、どのくらいの値段がするんだろう?

2026年1月25日 (日)

20251124千葉山登山⑦ 帰路/リンドウが今年も咲いていました

    

今日は令和8年1月24日。

  

前記事に引き続き、昨年11月24日に登った

千葉山のことを記事にしています。

   

本堂から下りていく階段。

Img_3930

  

その階段を下から見たところ。

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この花の名前は確か・・・ムラサキゴテン。

Img_3933

確認しました。正解でした。

漢字で書くと「紫御殿」

威厳のある名前です。

  

空き家と思われる家の入り口です。

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智満寺から道路で「スカイペンションどうだん」に向かう道。

1年前に歩いた時にも気になった、ピンクの花の植物。

ヒメツルソバです。

容赦のない植物の印象。

この階段を登った家には誰も住んでいないことを象徴するような

植物に思えました。

   

  

今回はここのドウダンツツジの紅葉が良かったです。    

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帰路の「どうだん原」の紅葉。アップで撮影。

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逆光の紅葉は燃える火のようで、やっぱり魅せられます。

次は春に来たいです。

     

  

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この分岐を左に行くと、鉄塔があります。

  

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昨年、なんて書いてあるかかろうじてわかりました。

今年も読めました。

「お気をつけて楽しいハイキングを!」

おかげさまで、無事登ることができましたよ。

  

ある木に彫られた文字。今年も気が付きました。

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意味は今もわからず。

  

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石も点在します。

何か昔、建造物があったのでしょうか?

不思議な場所です。

  

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調べたらヤマラッキョウでした。

  

そして朝はつぼんでいたリンドウが咲いていました。

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昨年もこのパターンでした。

同じ場所で、リンドウを見つけ、朝は蕾でしたが、

帰りは開花。思い出深いです。

  

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車のあるところに戻ってきました。

午後1時10分ごろに戻りました。

登り始めが午前8時3分でしたから、

5時間余り山の中にいました。

  

以上で登山報告終了。



  





  



  

最近の写真

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