2019年11月 5日 (火)

明日は「ダイコンの日」

 

今日は令和元年11月5日。

  

明日は旧暦の10月10日。

緑の雑学事典」(北嶋廣敏著/グラフ社)から引用。

  

(前略)

ダイコンの日もある。ダイコンの日は十月十日。

東北地方をはじめ東日本では、十月十日(旧暦)は

「ダイコンの年取り」とか「ダイコンの年越し」などと呼ばれ、

ダイコンはこの夜の一晩で大きくなるという。

この夜、モグラ除けなどのまじないに、

縄で藁を巻き立てた(?)棒で地面を打ったりするが、

ダイコンはその音を聞いて育つともいう。

またこの日にはダイコン畑に入るのはタブーとされており、

入るとダイコンが育たないという伝承が各地に残っている。

十月十日の夜、ダイコンはうなりながら成長するとか、

音を立てて割れるともいい、その音を耳にすると死ぬとも

いわれている。

十月十日、ダイコンは大きくなる。

そこでダイコンを収穫するのは

その日を過ぎてからということになる。

(27p)

 

 

こんな面白い行事があるんですね。

明日、あるいは明後日、ニュースで紹介されないかな。

Radish3322534_1920 pixabay

「温暖化」をどう考えるか①/本も読んでみよう

今日は令和元年11月5日。

  

今日知ったニュース。

  

11月4日。アメリカが、気候変動への国際的な取り組みを決めた

2015年の「パリ協定」からの離脱を正式に国連に通告しました。

パリ協定とは、地球の気温上昇を産業革命前と比較して

2度未満に抑え、1.5度未満に抑えるための取り組みを推進するもの。

2015年12月にパリで開催された国連気候変動枠組み条約

第21回締約国会議(COP21)で採択され、現在、

アメリカを含めて188カ国が参加している。

引用:Yahoo!ニュース

  

このニュースについて、生徒の前できちんと語れるかどうか。

今回に限らず、「温暖化」「気候変動」「異常気象」など、

ニュースで頻繁に出てくることについて、

生徒の前で、必要なことが語れるだろうかと、かねがね思っていました。

 

テレビ番組やネットでの動画を見ると、

二酸化炭素の排出については、意見はさまざまです。

何が真実で、教室で本当に教えないといけないことは

何なのか定まりません。

例えば、二酸化炭素はもっと増やしてもいいと言っている

武田邦彦さんの意見は、刺激的です。

例えばこの動画。☟

武田邦彦 グレタさんに教えてやって下さい。「温暖化ガス」は「食料ガス」「生命ガス」と呼んだ方がよい。

 

   

映像で情報を得ることがずっと中心でしたが、

最近は本を読むことができます。

本からも情報を得て、例えば「温暖化」についての

自分なりの考えを作っていきたいと思うようになりました。

そして将来、生徒に話をしてみたいと思います。

  

その第一歩で選んだ本は、この本です。

711r5mojt1l amazon

異常気象と人類の選択」(江守正多著/角川SSC新書)です。

  

初版が発行されたのは2013年9月です。

6年前のことです。

読み終えてみて、6年前のことなのに、

今年の異常気象を予見しているような印象をもちました。

いろいろな立場の人たちについて理解を示しつつ、

でも今はこういう状況ですよと一生懸命伝えようとしている

本だと思いました。

印象に残った文章は引用して、

読み直しができるようにしておきたいです。

  

  

今回はここまで。

 

日めくりより/「急がば回れ」再び 安楽庵策伝「醒睡笑」

今日は令和元年11月5日。

  

 日めくり「雑学王」(TRY-X)より。

  

「急がばまわれ」。本来の意味は?

Epson108   

「急がば回れ」については、8月に記事にしていました。

娘に言われて、初めて知ったと思って書いていました。

実は6月にすでに日めくりで見ていたことになります。

 

8月の記事では、安楽庵策伝は登場していませんでしたので、

この記事が初登場です。Wikipediaで調べました。

名まえの読み方は「あんらくあん さくでん」

1554年生まれで、1642年没。

戦国時代から江戸時代に生きた人です。

浄土宗の僧侶で、笑い話が得意で説教にも笑いを取り入れていました。

醒睡笑」は「せいすいしょう」と読みます。

「眠りを覚まして笑う」の意味の名前で、

安楽庵策伝が伝え聞いたり、他の書物にあった話を引用したりした

お話集です。その中に「もののふの 矢橋の船は早けれど 

急がば回れ 瀬田の唐橋」が紹介されていたのでしょう。

  

10月24日放映の「ネーミングバラエティー 日本人のおなまえっ!

滋賀・スカーレット編」で、この歌の資料が示されました。

Rimg2119  

これが「醒睡笑」かどうかは、残念ながらわかりません。

 

 

  

ブログ上で、知識が少し広がりました。

大台ケ原山森林鉄道その3/険しいのが特徴の大杉谷森林鉄道

 

今日は令和元年11月5日。

  

昨日の投稿に引き続き、

10月25日放映の「金とく 中部ネイチャーシリーズ

 大台ケ原山 幻の森林鉄道を探せ」より。

   

橋本博さんと小林知之さんがやってきたのは、

JR船津駅です。

Rimg2101  

ここを起点にたどろうとしているのが、

大杉谷森林鉄道跡です。

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ちなみに、大杉谷は、富山の黒部峡谷、新潟県の清津峡と並ぶ、

日本三大峡谷のひとつです。

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昔、歩いたことがある大杉谷。

初めてヒルに出合い、ゾゾゾッと思った場所です。

  

森林鉄道は地図のように敷かれていました。☟

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総延長は25km。この辺りでも、険しい地形に造られた鉄道でした。

  

大杉谷森林鉄道は昭和6年に開業。

船津駅の近くには、木材の集積所があり、

最盛期には、年間1万トンもの木が集まっていたそうです。

(どのくらいなのか想像できませんが・・・)

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昭和43年頃の森林鉄道の映像が紹介されました。

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☝ 巨木を載せたトロッコがいくつもつながって、

木でできた橋の上をわたっていました。

断崖絶壁を走る鉄道。スリルがあります。☟

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大杉谷森林鉄道の断面図です。☟

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最大の特徴は険しさ。

25kmの距離で、900mも上がります。

途中には急な斜面や深い谷がありました。

そこを鉄道はどのようにクリアしたのかは、

明日の記事に書きます。

日めくりより/ドルフィンキックの発明者 ガンについて調べたくない気持ち

 

今日は令和元年11月5日。

  

 日めくり「雑学王」(TRY-X)より。

  

バタフライのドルフィンキックは怪我の功名で生まれた?

Epson122   

ドルフィンキックの発明者が長沢二郎さん。

そしてバタフライの腕の書き方の発明者は、

ドイツ人のラーデマッヒェルさんです。

そんなことを、今回と同じように日めくりを使って記事にしました。

ここでも道草 バタフライ誕生にかかわった日本人/さらに・・(2015年6月11日投稿)

以前の記事とつながるのは楽しい。

これを機会に、3年前の記事を読み直しました。

うっすら忘れていたことを再確認しながら読みました。

  

そして再びこのサイトにも行きました。

2015年の記事には関連してこのサイトに

行きついているからです。

1/100000の戦い

癌で亡くなられたスイミングスクールオーナー兼コーチだった

新井敏郎さんの闘病ブログです。

   

2011年1月11日の記事から引用します。

  

がん告知から7ヶ月がたち、色々な方から、

ガンの情報をいただきました。

どういう治療がいいとか、どういう食事、

どういう生活をしていけばいいとか、

ごくごく自然なものから、とっても怪しいものまで!? 

たくさんの情報をいただきました。

本来、わたしは、知らないことがあると、

トコトン調べるたちなのですが、どうもこのガンに関しては、

全く調べる気にならず、病院の先生に言われたままに過ごしてきました。

本当は、自分のことですから、詳しく本を読んだり、調べたり、

するのが普通なのだと思いますが、なんというか、

ガンに関わりたくないというか、

いまだにガンじゃないと心のどこかで思っているのか、

とにかく知りたいと思えなかったのです。

たまたま、6月の入院の時に、同じガンで、

同じ年の方のブログを見つけ、9月に彼が亡くなってからは、

ますます、詳しく知りたくなくなってしまいました。

たぶんこれが、自分以外の人のことだと、

一生懸命調べたりするのかもしれません。

ガンのことを、知れば知るほど、ガックリきそうな気がして、

ガンの記事があっても、気にはなるけど、

あまり詳しく読まなかったりしてきました。

  

  

わかるような気がします。

もし自分も癌を宣告されたら、同じ気持ちになるだろうなあ。

  

これからも「バタフライ」関連のことを調べたら、

新井さんのサイトを少しでも読んでいきたい。

縁があった人だから、生きた証を読み続けたいです。

2019年11月 4日 (月)

大台ケ原山森林鉄道その2/100年前に橋があった場所

  

今日は令和元年11月4日。

  

昨日の投稿に引き続き、

10月25日放映の「金とく 中部ネイチャーシリーズ

 大台ケ原山 幻の森林鉄道を探せ」より。

  

橋本さんに案内されて、小林さんが向かったのは、

大正時代に造られた森林鉄道です。

大台ケ原山の山頂近くまで走っていたそうです。

 

場所は山頂から100m程の標高差がある場所です。

そこでこのようなものを発見。☟

Rimg2134  

車輪の直径は30cmほど。

現在の鉄道のものと比べると、ずいぶん小さいものです。

この鉄道が造られたのは、大正6年。

三重県四日市にあった製紙会社のものでした。

Rimg2135

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紙の原料になるパルプ材としてヒノキやトウヒなどを

切り出していました。

トウヒについてはよくわからず、調べてみました。

Wikipediaによると、「トウヒ」は「唐檜」と書くが、

ヒノキ属ではなくマツ属に含まれるそうです。

見た目がヒノキに似ていたため、材木業界でこの呼び名が普及したそうです。

  

橋本さんと小林さんは、鉄道が敷かれていたであろう場所を

歩いていました。

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☝ 斜面をこのように平らに削って、鉄道を敷いたのです。

  

歩いているうちに沢が流れている場所があり、その付近には

石が積んでありました。

これは、ここに橋がかけられていた証拠であり、

石は橋の基礎だったのです。

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橋はこのように造られていたと思われます。

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100年前のことです。

  

つづく

2019年11月 3日 (日)

「吹雪く大地」③/次の8巻を読むのが楽しみです

 

今日は令和元年11月3日。

  

前投稿に引き続き、「吹雪く大地 ~新十津川物語7~

(川村たかし著/偕成社)より引用。

  

その夜、植西が持ってきたのは子羊の肉だった。

あいは思わず声をあげた。

「まあ、おいしい」

「ほんとだ。羊はくさいものときめつけていたけど、

こいつはうまいの。」

フキも思わず、はしをだした。

植西はなにか考えこんでいたが、

「おれも、友だちの家でごちそうになって、びっくりしちゃったんだ。

羊は穴掘ってうめるだけだったろ。

料理のしかたでは食えそうな気がするんだな。」

「そうだね。こいつはいけるとも。」

めったになく照吉もすなおだった。

父が元気なのがうれしくて、今朝男はぱくぱく食べた。

あすからカラフトへいくことも胸をはずませる。

父はきっと母をさがしてくるにちがいなかった。

「ほんと、うまいね。羊って食えたんだね。」

植西はまたおなじことをいった。

この日のできごとが、のちに彼の人生を大きくかえることになる。

(204p)

 

植西耕治の人生がどう変わったかは、

7巻の中では語られませんでした。

北海道で羊の肉ときたら、きっとジンギスカンですよね。

8巻以後が楽しみです。

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巻末の「解説」

松田司郎さんの文章を引用します。共感しました。

  

本巻には豊太郎も恭之助もいない。

男のもつ淋しさ、大きさを象徴し、

母性としてもフキに対峙していた恭之助が、

前巻で姿を消したのはなんとしても残念である。

ときとしてフキを温かく見守りすぎたきらいはなくもないが、

フキがすばらしいだけに、物語世界の均衡上、

ひじょうに重要な存在であったのだ。

しかし、本巻にも恭之助のおもかげをしのばせる

小野田のチャンが登場する。

物語は流転するのが宿命である。

さて、飢えと死のにおいのする第8巻以降には、

どういう人びとがフキの胸にとびこんでくるのか。

待ちどおしいものである。

(286p)

 

 

恭之助ファンだったので、6巻で亡くなったのは私も残念でした。

8巻「燃える海山」が楽しみです。

図書館に予約しよう。

「吹雪く大地」②/村社講平さんのことを知る

  

今日は令和元年11月3日。

  

前投稿に引き続き、「吹雪く大地 ~新十津川物語7~

(川村たかし著/偕成社)より引用。

  

年がかわってしばらくすると、北海道から手紙がとどいた。

フキの手紙はおもしろかった。

いつも家族できいた。読み役はトヨに決まっている。

ーーーー新年おめでとうございます。内路(ないろ)の

光一たちもなかよくやっている由(よし)、なによりです。

ことし昭和15年は、ほんとうなら東京オリンピックが

ひらかれるはずだったのに、戦争でわやくちゃになりました。

ところが陸上競技に出るつもりだったあいだけは、

まだあきらめきれずに、毎朝学校へ走って出かけます。

今朝男もいっしょに走ります。ぎりぎりに家を出るのは、

練習のつもりでしょう。そこで婆ンちゃは

”フレーフレー村社(むらこそ)” ”前畑がんばれ”と応援してやります。

 

村社講平も前畑秀子も、4年前のベルリンオリンピックで

活躍した選手である。中継放送をきいて、日本じゅうが熱狂した。

(173p) 

  

大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺~」で、

昭和15年の東京オリンピック返上が扱われたのは

10月でした。

時代が重なりました。

「戦争でわやくちゃ」というイメージだったのでしょう。

  

そして村社講平の名前は、ブログでかつて登場した名前です。

ここでも道草 山下勝選手のドラマを見ました(2014年8月2日投稿)

山下勝選手中心の記事でしたが、

山下勝のライバルが村社講平でした。

いい機会なので、村社講平について調べました。

Wikipediaには次のように書いてありました。

  

中央大学在学中の1936年ベルリンオリンピックに

日本代表として出場。5000m・10000mでともに

スタートからフィンランドの3選手とせり合い観衆を沸かせ、

4位入賞を果たす。10000mのレースはレニ・リーフェンシュタールの

「民族の祭典」に収録された。

そのベルリンの村社の力走に感銘したチェコスロバキアの少年が、

後の人間機関車ことエミール・ザトペックであった。

(中略)

第二次世界大戦後、軍から復員した後は毎日新聞の運動部記者になり、

スポーツ取材をする傍ら毎日マラソン(現在のびわ湖毎日マラソン)、

全国高等学校駅伝競走大会、全日本実業団対抗陸上競技大会等の創設に携わった。  

 

  

これから3月に行われるびわ湖毎日マラソンを見ると、

村社講平さんが思い浮かぶことになりそうです。

ザトペックがみた「民族の祭典」の映像を見てみたいですね。

確か家にあったぞ。

なぜかレーザーディスクだったはず。

なぜレーザーディスクだったのかは不明。

再生できないのに手に入れていました?

きっと天井裏にあるはず。

「吹雪く大地」①/南樺太に日本人の生活があった時代

  

今日は令和元年11月3日。

  

また本を読みました。

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amazon 

吹雪く大地 ~新十津川物語7~」(川村たかし著/偕成社)

  

10巻完結の7巻まで読破です。

  

カラフトの知取(しりとり)町は十月にもなると、

雪が舞いはじめる。

(77p)

 

お話の舞台は、樺太まで広がっています。

「しりとり」という名前が面白いと思って気になりました。

調べてみたら、Wikipediaによると、「しるとる」でした。

昭和12年当時は日本の領地でした。

昭和20年にソ連に占拠され、現在ロシア連邦が

サハリン州マカロフとして実効支配しています。

今の世の中、マカロフまで飛んでいけます。

グーグルアース マカロフ

Photo_2

ここにかつて日本人の生活があったのですね。

この本には、樺太の地図も載っていました。

Epson120 絵:鴇田幹  (179p)

南樺太が日本だった時代。

この物語を読むことで、そのような時代があったことを

想像できました。

  

新十津川物語も7巻までくると、大河ドラマの雰囲気があり、

登場人物も多いです。

ありがたいことに、登場人物一覧のページがありました。

Epson121 (6p)

この中の花房千鳥が、兄からのプレゼントを、

栃谷あいに渡すシーン。

  

「お誕生日おめでとうって、兄貴からのお祝い。

ちょっとおくれたけどごめんなさいって。」

あいは思わず音をたてて息を吸った。思いがけなかったのである。

大正8年4月9日、あいは婆ンちゃのフキの家で生まれた。

ことしとおなじように、まだ平原の雪をためた早春のことだった。

(158p)

  

この文章を引用したのは、

栃谷あいと私が誕生日が同じだからです。

私も4月9日です。うれしくて引用しました。

  

  

つづく

  

大台ケ原山森林鉄道その1/総延長150km

今日は令和元年11月3日。

  

10月25日放映の「金とく 中部ネイチャーシリーズ

 大台ケ原山 幻の森林鉄道を探せ」を見ました。

  

この番組の内容については、次のサイトで紹介されていました。

あおぞらちゃん 10/25NHK金とく中部ネイチャー「大台ケ原山幻の森林鉄道を探せ」を見た①大台ケ原森林鉄道

あおぞらちゃん 同 ②大杉谷森林鉄道

あおぞらちゃん 同 ③銚子川森林鉄道

テレビ画面の写真を載せるたびに、「すみません お借りします」と

書いておられます。

私もブログ上にテレビ画面の写真をたくさん載せています。

著作権のことはいつも頭にはあります。

いいのかなと思ってやって来ました。

  

しかし、いい番組を見ると、

見ただけで終えたくないと思うのです。

いいと思ったことを書き残しておこうと思います。

いい場面は、写真で残しておきたいと思います。

書き残すことで、書き残す作業をすることで、

自分の血や肉になっていくと思うのです。

番組制作に関わった人たちやお金のことを考えると、

いいなと思った番組は大切にとっておきたいのです。

録画もして、このブログに読み物化する。

もしかしたら、ブログを通して、

いい番組を共有共感が広がっていくと思うのです。

それは制作者にとっても良いことだと勝手に思っています。

 

今回も「金とく」を私なりのやり方で読み物化します。

  

Rimg2127  

森林鉄道跡を紹介してくれる案内人はこの2人。☟

Rimg2129_2

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大台ケ原山の木材輸送のために造られた森林鉄道は、

現在わかっているだけでも14路線。

総延長は約150km。

Rimg2130

大台ケ原周辺では、明治中期から昭和40年代にかけて

大活躍していたそうです。

良質な木を求めて、山の奥へ奥へと線路は伸びていきました。

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Rimg2133  

今回はここまで。

少しずつ読み物化していきます。

 

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