2020年5月23日 (土)

「長期ひきこもりの現場から」⑯ 孤立するには最適の部屋だったのを変えた

  

今日は令和2年5月23日。

  

前日に引き続き、

ドキュメント・長期ひきこもりの現場から

(石川清著/洋泉社)より引用します。

  

 

石川清さんの具体的手法を述べているところを引用します。

  

 長期ひきこもりが家族以外の第三者と関わるきかっけ

(中略)

 まず1点目は、声かけや手紙のアプローチが彼の心を揺さぶった

こと。

 僕は訪問してすぐに声かけをしない。ゆっくりと、本人の緊張や

恐怖を誘発しないように進める。それが功を奏したのか、手紙を読

んで、いずれ相談したいと思ったという。本人が受け入れてくれれ

ば、手紙はどんな声かけよりも効果がある。なぜなら、手紙は形と

して残るので、気が向いたら、いつでも読み直すことができるから

だ。

(248p)

  

シンプルだけど、後で読み直すことができる手紙はいいのです。

実践しています。

  

  

 2点目に”環境”へのアプローチのひとつがうまくいったこと。

 ひきこもりが深刻化したところで、家族で引っ越してもらった。

もともと2階建ての社宅に住んでいたので、そこから出て、フラ

ットなマンションに引っ越したのだ。社宅では、当事者は2階の

いちばん奥の、孤立するには最適の部屋に陣取っていた。しかし、

引っ越ししたあとのマンションでは、家族の努力で本人の部屋は

リビングに隣接する和室となった。入り口もドアから襖に変わり、

リビングから家族や、来客があったときなど他人の雰囲気を感じ

やすくなった。

(248~249p)

   

環境へのアプローチは具体的にこういうことなのでしょう。

石川さんは「路地の奥の家ほどひきこもりやすい」

とも書いていました。

ここでも道草 「長期ひきこもりの現場から」⑤ 路地の奥の家ほどひきこもりやすい(2020年4月13日投稿)

環境は、影響を与えるのです。

  

  

長期ひきこもりの人にとって、家族以外の第三者と関わりを

もったり、家庭以外の社会と最初に関わりをもつことを

「最初の壁」と石川さんは書いています。

この「最初の壁」を越えたとしても、長期ひきこもりの人には

「第二の壁」があるとしています。

  

 第二の壁は”成長”の壁で、ひきこもっている間に経験できなかっ

たことを、その後の人生でどれだけ追体験できるか、必要な知識や

経験をどれだけ獲得できるかが重要となる。よく学び、よく遊ぶこ

とで自分なりの他者との交わり方をどれだけ会得するかが重要だ。

(253p)

  

第一の壁を越えても、第二の壁があり、

上記のことを配慮しなくてはいけません。

長期ひきこもりに人だけでなく、

長く不登校だった生徒に対しても同じだと思います。

登校したら終わりではなく、そこから次の対応が必要です。

2020年5月22日 (金)

さあ学校が始まる/トイレ掃除をどうするか?

  

今日は令和2年5月22日。

  

6月1日から勤務校では終日授業が始まります。

それに伴って、清掃が始まります。

  

ここで問題がトイレ清掃。

新型コロナウイルス感染が広がる前は、

普通に、生徒がトイレ掃除をやっていました。

しかし、糞尿にもウイルスが含まれていることがわかっている今、

どうしたらいいでしょうか。

   

三重県のニュースを見ると、しばらくの間は

トイレ掃除は教職員が行うそうだ。

ニュースONE トイレ掃除も下校後の消毒も#先生が担当”

  

掃除のコツは・・・

ぞうきんで拭くときには、1方向で。

ウイルス除去が目的なので、ぞうきんでごしごしすれば

ふたたびついてしまいます。

ウイルスが集まりやすい壁・トイレのマル秘掃除術

  

トイレの便器掃除で、水を流しながらやったときの

飛沫が目に入ることを心配します。

フェースシールドが必要でしょうか。

やっぱりあった方がいいと思います。

皆さんの学校では、どうされていますか?

「長期ひきこもりの現場から」⑮ ”本人””家族””環境”へのアプローチ

   

今日は令和2年5月22日。

  

前日に引き続き、

ドキュメント・長期ひきこもりの現場から

(石川清著/洋泉社)より引用します。

    

「最初の壁」に関する話の続きです。

 

 周囲の支援者や家族が最初の壁に突き当たって停滞している当事

者に対してできるアプローチは、およそ次の3つの方向のものとな

る。”本人”へのアプローチ、”家族”へのアプローチ、そして”環境”

へのアプローチである。

 ”本人”へのアプローチとしては、声かけや手紙などがある。声か

けは本人への圧迫感がかなり強いので、もし強引な手段に頼らずに

当事者の心の壁を開こうとするときは、慎重に進めるべきだ。自傷

他害のおそれがある深刻なときは、医療保護入院や措置入院という

強制入院という手もあるが、できれば使いたくないし、そもそも医

者でない僕にはできない。

(245~246p) 

 

今自分は手紙、写真を届けることから始めています。

先日はほぼ初めて直接対面して声かけができました。

  

 ”家族”へのアプローチとしては、家族の不安や焦りを解消して、

家族をエンパワメント(元気づける)することなどだ。家族は現在

ひきこもり状態がどの程度深刻で、これからどういう方法や態度を

とればいいのか皆目わからないでいる。だから、それらの悩みを一

緒に考えて、家族が今後の方針や方策を見つけられるよう、情報を

提供したり、アイデアを出したり、一緒に考えていくことが大切だ。

 家族は難しい当事者と付き合うことに必死で、ほかのことを考え

る余裕がないことがある。だから、家族の日常生活全般についての

相談相手になることも、支援者にとっては必要な関わり方だ。ただ、

過剰に干渉して、支援者が家族をコントロールするようになっては

いけない。あくまで家族自身がいろいろ対処できるように脇から支

えていくのが肝要だ。

(246p)

  

家族の思いをまだしっかり聞いていない。

これからやることである。

”ひきこもり親の会”のような会にさんかしているのか、

外部の力も得ているのかもどうなんだろう。

そんなことも知っておきたい。 

    

 本人が頑なにひきこもるときには”環境”へのアプローチも重要で

ある。環境が変わると、家族の雰囲気も変わる。それは間接的、直

接的な刺激となって、当事者の変化へとつながることもある。

 人の出入りを多様化、活発化することは、簡単な環境へのアプロ

ーチのひとつだ。いつもいる人がいない状態を作ったり、家の中に

他人が入ってくることは大きな刺激になる。もっとも、統合失調症

などの精神疾患を患っている場合などは、環境をあまりいじりすぎ

ると、かえって本人の症状を悪化させることもあるので、留意しな

がら進める必要がある。

 とにかく、ひきこもり当事者にとって、ひきこもりの長期化が著

しいと、最初の壁の克服は、本人だけ、あるいは本人と家族だけで

は難しい。家族や本人が煮詰まって、何もアイデアが出ず、余裕も

ないときこそ、第三者である支援者の果たす役割が重要となる。

(246~247p)

  

キーワードは「アイデア」だと思います。

煮詰まって停滞している状態を打破するアイデアは、

第三者がもたらしやすい。もたらすべきです。

現在オンラインでの雑談や、オンライン授業への参加を

提案している。

まだ学校の許可が出ていませんが、

新型コロナウイルス感染拡大で、積極的にとられている

オンラインによっ得られるつながりは

打破するアイデアだと思っています。

  

  

石川さんは、このアプローチの具体例を示しています。

また今度書きます。

  

2020年5月21日 (木)

「長期ひきこもりの現場から」⑭ 「最初の壁」を越えられず、「世界最低妄想」に陥る

  

今日は令和2年5月21日。

  

今日は昨年の6月以来、久しぶりの教室での授業をしました。

テレビ番組を使った自分らしい授業ができました。

ちゃんとできる自分を確認しました。  

   

前日に引き続き、

ドキュメント・長期ひきこもりの現場から

(石川清著/洋泉社)より引用します。

    

  

 成果のない支援に対して、幻滅を早々に抱く傾向が強いので、可

能ならほんの少しでもいいので、家族が少しでも手応えを感じるよ

うな、小さな変化を早い段階で実現したいところだ。

(230p)

  

ひきこもり・不登校への対応は焦ってはならないけど、

家族が幻滅しないような小さな変化を起こさなくてはならない。

ここが難しいけど、家族の立場ならそうだろうなと思います。

 

 最近、メディアによく”毒親”の文字が踊る。”毒親”とは”毒になる

親”の略語だ。

 もともとはアメリカのセラピストであるスーザン・フォワードが、

1990年代に書いた『毒になる親』という著作で世に出た言葉だ。

日本語訳も出ている。(中略)

 1章から3章までは、日本のひきこもり問題にも深く関わる考察

が並ぶ。第1章は”親の権威や方針は絶対であり、正義や正しさを押

しつける親”について書かれている。ここでは親は正しく、子供は無

力になって、悪い意味での”いい子”になってしまい、自立できなく

なる場合について書かれている。

(230~231p)

  

 

この”いい子”はいけないのです。

この”いい子”は自立していない。

この”いい子”は自分のやったことに責任をもたない。

この”いい子”を教師は見極めなくてはならないと思います。

  

  

 長期ひきこもりの人にとって、家族以外の第三者と関わりをもっ

たり、家庭以外の社会と最初に関わりをもつ「最初の壁」の高さは、

言葉に表せないほど高く、そして険しい。

 その時に気にしてしまうのは、自分はどう思われるか、どう振る

舞えばいいか、嫌われずにコミュニケーションをとるにはどうすれ

ばいいかーーなどだ。気にし始めると、常に最悪のことを考えてし

まう。そして、最悪のことが起こるにちがいない、と確信してしま

う。最悪のことが起きるとわかっているならどうすべきか。そう、

何もしないこと、外へ出ないことだ。

 そして何もできずにチャンスを逃したあとに去来するものは「自

分は世界で最低の存在なんだ・・・」という究極の自己嫌悪や自己

否定の念だったりする。僕が”世界最低妄想”と呼んでいるものだ。

 もちろん、最初の壁を乗り越えられない人のすべてが”世界最低妄

想”の持ち主というわけではない。すでに本書で紹介したように、最

初の壁を乗り越えられない理由は、ほかにいくつもある。ただ、こ

の壁は、すでに健やかに育って何の苦労もなく壁を乗り越えている

人には、まったく感じられないし、その存在も見えない。

 最初の壁にぶち当たってもがくひきこもりの当事者は、誰とも接

しない孤独な状態で自室で悩み苦しむ。孤独が続くかぎり、壁は乗

りこえられないが、当のひきこもり本人にはそれがわからない。

(244p)

  

最初の壁に突き当たって停滞している当事者に、

どうやってアプローチするかを、石川さんは書いています。

すごく参考になりました。

  

次の記事でうちます。

2020年5月20日 (水)

「長期ひきこもりの現場から」⑬ 「KHJ」は「Kazoku Hikikomori Japan」の略

  

今日は令和2年5月20日。

  

今朝も出勤前に1本。

  

前日に引き続き、

ドキュメント・長期ひきこもりの現場から

(石川清著/洋泉社)より引用します。

  

 

 (ひきこもりを抱える)家族の孤立化を防ぐことと、家族への

支援の充実は、ひきこもり問題の解決にきわめて重要だ。そうい

う意味で、専門家ではなく、当事者である家族の立場や状況に立

脚した、”親の会”の存在は重要だ。”親の会”は有益な情報公開の

場である。ほかの家族の成功例を知ることで、自分の家族の問題

の解決につなげることもできる。

 ”全国ひきこもりKHJ親の会”のことは、ホームページやほか

の書籍で詳しく紹介されているので、(後略)

(225p)

  

KHJ全国ひきこもり家族会連合会HP

「KHJ」は「Kazoku Hikikomori Japan」の略でした。

このサイトより一部引用します。

  

「全国の家族の皆さまへ」

      KHJ全国ひきこもり家族会連合会理事長(共同代表)
                 ながおか心のクリニック院長
                   中垣内正和(精神科医)

 当会は1999年、埼玉岩槻にて故奥山雅久氏によって創設され、

ひきこもりに取り組む唯一の全国的な組織として活動を重ねてま

いりました。相談先すらなかった時期を経て、いまやひきこもり

は、社会全体で取り組むべき課題として認識されています。

 創意工夫を続ける当会は、ひきこもり当事者やその家族にはな

くてはならない活動団体として幅広く認められています。 全国

の悩めるご家族の皆さま、どうぞ問題を家の中におかないで、当

会にご参集ください。次世代のために、ご自身のために、新しい

社会のために出会いましょう。

  

  

こういう団体があることを知ったのも、この本です。

不登校の保護者と接する時にはしっておかなければ。

   

  

 なんといっても親が死んだあと、子供の生活がどうなるかが心

配だ。直接的には経済的不安(お金の問題)がよく出る。さらに

突っ込んで尋ねると、経済的不安以前に、そもそもひとりで生き

ていくノウハウやスキル、経験、さらに相談相手など、あまりに

も”脆弱な生活力”や”生命力”にこそ、不安があることがわかる。 

 それなら、何ごとも自分でやってもらうように日ごろ家で実践

すればいいのだが、親の心理と習慣から、子供はいつまでも子供

だという。かわいそうな子供を放っておけないので、いつまでも

養うために頑張って子供に尽くしてしまう。なかには80歳にな

っても、50代のひきこもりの子供を養うために看護士として働

き、炊事、掃除、洗濯の世話をし続ける親御さんもいる。こうし

た関係を”共依存”と呼ぶこともある。

(227p)

  

「8050問題」と言われます。

※参考:ひきこもりクライシス 100万人のサバイバル 「8050問題」 求められる多様な支援

ここを読んで勉強しました。

 

う~ん、ここまで。

出勤準備します。

2020年5月19日 (火)

「長期ひきこもりの現場から」⑫ ベイシック・インカムが導入されると

  

橋は令和2年5月19日。

  

さあ今日も副題にあるように「シングルタスクで行こう」

「結果自然成(けっかじねんになる)」をこころがけて

一つひとつやっていきましょう。

  

5月5日の記事の続きで、

ドキュメント・長期ひきこもりの現場から

(石川清著/洋泉社)より引用します。

この本からの学びは多いです。

  

 

 長期ひきこもりの場合、本人のひきこもり問題だけでなく、周り

の家族の孤立化の問題も考えなければならない。

 多くの家族は、ただでさえ”家族にひきこもりがいるなんて世間

に顔向けができない”とか、”家族に精神病者がいると、家族や親戚

の結婚などに支障がでてしまう”という、ある意味では”妄想”、ある

意味では”偏見や誤解”、ある意味では”強迫観念”に支配されている。

 この前時代的な偏見や誤解は今もかなり根深い。

「うちには兄と弟、ふたりの子供がいます。兄は10年以上ひきこ

もっています。先日、お付き合いをしていた女性と弟の結婚が決ま

りました。もちろん、相手の女性は義兄がひきこもりだと知ってい

ました。ふたりだけなら何の問題もなかったんです。ところが、そ

のことを、相手の女性の両親に息子が伝えたところ”それでは嫁にや

れない”と言われたそうです。理由は”もし義兄がこのままひきこも

りを続けたら、娘夫婦がその義兄の面倒を見続けなければいけない。

そんな負担は負わせられない”というのです・・・」

 一見、もっともな意見に聞こえるかもしれないが、これは誤解で

あり、差別や偏見以外の何物でもない。日本には福祉制度がまがり

なりにも整っている。民法では3親等以内の親族が生活の面倒をみ

るという記述があるが、それは明治時代につくられたもので、現状

にはそぐわない。先進国ではどこもそのような決まりはない。だか

らこそ福祉制度があるのだ。経済的なケアについては、十分とは言

えないが、障害年金制度や生活保護制度もある。核家族化が進んだ

現代で、家族が際限なく長期ひきこもりや高齢者、障害者のケアを

受け入れていくことは不可能であり、負担が大きすぎる。

(223~224p)

  

ここで一休み。

3親等以内の親族が生活の面倒をみることは、

現状にそぐわないと言い切っています。

核家族化が進み、個の時代になっている現代では、

兄弟親戚が近くに寄り添って住む時代ではないので、

確かに難しいと思います。

  

続きを引用します。

  

 正直、現状の年金制度や生活保護制度は、今の時代にあってはコ

ストがかかるわりには、効果が薄い。しかも日本の福祉は申請主義

が原則で、自分から生活保護を申請しないと受給できない。しかし、

恥ずかしいので、多くのひきこもりは申請をしないで踏ん張る。そ

れが長期化や困窮化の一因となってしまい、やがて手遅れの状態に

なる。すると周りの家族も憂き目にあうことがある。

 この国の財政余力のまだあるうちに、”申請”や”認可”を受けなく

ても、誰もが最低限の生活を保証・維持される、ベイシック・イン

カム(最低限の生活費を市民それぞれに継続的に給付する制度)な

どが実現されるとありがたい。たとえ税金などの負担が増えたとし

もである。今後、AIも普及すると、ひきこもり経験者の就労に

イナスの影響も出ることもあるし、社会保障制度の見直しは必要

なる。

 ひきこもりの人だけに有効な政策はいらない。だれにとっても恩

恵があり、そしてそのなかでひきこもりの人も恩恵を受けられる、

そのような優しい福祉や政策がいい。一部の人を特別扱いしたり、

ランク分けするような福祉は、時代遅れだ。

 ちなみに前述の結婚問題は、相手の女性が「そんな心配するのが

おかしいし。そんな考えは逆にとても恥ずかしい考え」と両親の懸

念を一刀両断して、何の問題もなく結婚に至ったそうだ。

(224~225p)

  

ここで出てきた「ベイシック・インカム」という制度に注目したい。

今回、全国民に10万円配付が行われるが、そういった現金支給を

継続的に行なう制度なのです。

【COVID-19】「一律給付」と「ベーシック・インカム」:『みんなにお金を配ったら』

このサイトを読むと勉強になります。

  

今回のコロナショックが、「ベイシック・インカム」導入の

大きなきっかけになるかもしれないと書いています。

紹介されている本も、読んでみたくなりました。

  

  

以上、今朝はここまで。

通勤準備をします。

 

2020年5月18日 (月)

いまの暮らしで思いついたことを、生かしたい

 

今日は令和2年5月18日。

  

2020年5月17日(昨日)の

朝日新聞朝刊の記事です。

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「くるり」と言えば、以前生活のBGMに選びました。

ここでも道草 6月17日からの生活のBGM「その線は水平線」(2019年6月19日投稿)

 

だからこの記事に注目しました。

そして、「10代の君へ」というタイトルですが、

「ぎりぎり50代の私」に最後の文章が印象に残りました。

  

いまの暮らしで思いついたことを、その後の生活に生かしてほしい。

  

新型コロナウイルス感染拡大以後に思いついたこと?

この状況になったから思いついたことがあるはずです。

う~ん、最初に浮かんだのは、

黒板アート風の絵画です。

休校にならなければ、

私は黒板アートに挑戦しなかったと思います。

そしてその絵画を写真に撮って、プリントして、

自粛中の生徒に届けました。

  

この思いつきが、これからも生きるかな?

生かしたいなあ。

 

他にもないか?

  

「くるり」の岸田さんの文章が、頭に刺激を与えてくれました。

  

「オススメの本」も面白そうです。

2020年5月17日 (日)

動画「ステイホームブルース」「民衆の歌」

  

今日は令和2年5月17日。

  

新型コロナウイルス感染で生まれた動画はたくさん(ありそう)。

その中から、私の印象に残ったもの。

桑田佳祐のやさしい夜遊び「ステイホーム ブルース」

 

5番まであります。

5番の歌詞がいい。説得力あります。

 我々は今日も 大変な時代を生きている(ステイホーム)

 我々は共に 不安な時代を乗り越えよう(ステイホーム)

 治療薬もワクチンもないコロナ いつか笑顔になろうぜ(ステイホーム) 

  

「共に不安な時代を乗り越えよう」「いつか笑顔になろうぜ」に

共感、共感、共感

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Photo_5

  

  

 

続いてこの動画。


YouTube: 【Shows at Home】民衆の歌 / Do You Hear The People Sing ? - Les Miserables -

 

ミュージカル「レ・ミゼラブル」の劇中歌だそうです。

気づけば、3回4回と繰り返して聴いてしまいます。

 

新たに熱い命が始まる 明日が来た時 そうさ明日が

  

その明日が来ることを信じて頑張ろう!

Photo

Photo_2

Photo_3  

「蚤と爆弾」④ 曾根二郎は2回潜伏していた

   

今日は令和2年5月17日。

  

前記事に引き続き、

「蚤と爆弾」(吉村昭著/文春文庫)より。

   

曾根二郎は部下に関東軍防疫給水部の内部を抹殺することを命じて、

満州から飛び立ちます。日本に帰ったのです。

昭和20年8月9日のことでした。

ページにこだわると、それは172pに書かれていました。

 

それまで常に小説に登場していた曾根二郎が、

ここで小説から姿を消します。

その後書かれていたのは、建物内部(外部も)の抹殺の様子と、

抹殺を果たした部下たちが、命からがら日本に戻ってきた話。

そして終戦。

   

戦後、曾根の研究に関心をもった

アメリカ占領軍司令部員の前に曾根二郎が現われたのは

225pでした。

50p、曾根二郎は潜伏していました。

抹殺は部下に任せて。

   

 

司令部員は曾根を戦犯として捕えるためではなく、

曾根の細菌兵器の研究内容を知りたいがために会いたがったのです。

細菌兵器を作るのに人体実験を繰り返し、

実際に戦場で細菌兵器を使って、伝染病を流行させた張本人に、

何のお咎めもないのです。

ここが戦争の醜いところだと思いました。 

  

アメリカ占領軍司令部員を曾根のところに案内した

君島元陸軍中将(小説に出てきたもう一人名前)と、

曾根の会話が印象に残りました。

  

(君島)「しかし、アメリカ占領軍当局は戦犯にはしないというが、

本当に信じてよいかどうか一抹の不安はある」

 君島は、顔を曇らせた。

(曾根)「細菌戦用兵器を開発したという意味ですか?冗談ではな

い。戦争は、殺戮し合うものだ。相手国の将兵をより多く殺す兵器

をもった方が、勝利にめぐまれるのは当然の理だ。日本だけではな

く世界各国が新兵器の開発に全力をあげたのは、そのためだ。細菌

戦用兵器が、なぜ非人道的なのか。銃や大砲やその他すべての兵器

も、人を殺すためだけの目的でつくられている。細菌戦用兵器が非

人道的なら、あらゆる兵器も非人道的なものといわなければなるま

い。それにアメリカには、細菌戦用兵器を非人道的だなどという資

格は全くない。原子爆弾を考えてみたまえ。かれらは、軍事施設も

なく非戦闘員だけしかいない広島、長崎に原子爆弾を投下して多く

の人間を一瞬にして殺傷したではないか。非人道的とはアメリカに

こそあてはまる言葉だ。私が戦犯などにあるわけがない」

 曾根の顔には、みじんも不安そうな表情は浮かんではいなかった。

(227~228p)

  

ここで「君島」と名前を記したのは、

この場面で曾根が言ったことが、信頼しうる人物(当人?)から

吉村さんが聞いたことであり、かつ内容が重要だからだと思います。

戦争がからんだ時に葛藤するテーマがここにあると思います。

非人道的でない兵器はないのです。

でも戦争がからむと、そんなことを言ってられなくなります。

  

小説のラストで、再び曾根二郎は消息を絶ちます。

  

 やがて曾根の消息は、親しい者たちの間からも絶えた。アメリカ

に渡ったという説もあったし、かれの指導によってアメリカ軍が朝

鮮半島で細菌爆弾を使用したという噂も流れた。

 昭和33年春、かれの姿は、国立第一病院の手術台上にあった。

かれは、咽頭癌におかされていたのである。

 手術後の経過は順調で病状は小康をたもったが、1年後には再発

し、昭和34年10月8日午後3時死去した。

 告別式は青山斎場でおこなわれたが、どこから聞きつたえたのか

千名におよぶ焼香客が斎場にあふれた。

 焼香客は、一部の者をのそいて複雑な表情をしていた。顔見知り

同士であることはその表情のわずかな動きで察しられたが、焼香を

終えると、たがいに眼をそらし合って斎場を出てゆく。

 かれらは、旧関東軍防疫給水部の関係者たちで、喪章をはずすと

思い思いの方向に足を早めて去った。

(240~241p)

  

 

これで終わりです。

最後まで淡々と曾根二郎の生涯を語り、終わりました。

こんな人がいたというノンフィクション。

こうやって生きた人がいました。

どう思う?

と、問われました。

  

以上で「蚤と爆弾」からの引用を終えます。

読んで、ブログをうって、

この本についてたくさん時間を使いました。 

「蚤と爆弾」③ 「富嶽」計画/曾根二郎の決断

  

今日は令和2年5月17日。

  

前記事に引き続き、

「蚤と爆弾」(吉村昭著/文春文庫)より。

  

以前、「中島知久平」「富嶽」について勉強しました。

ここでも道草 「昭和の選択 中島飛行機の戦争」を見る(2020年4月14日投稿)

この本にも、富嶽計画のことが書かれていました。

  

 ドウリットル爆撃機隊の日本本土初空襲がおこなわれた昭和17

年末、中島飛行機株式会社社長中島知久平は、ひそかに大航続力を

もつ爆撃機の試作を計画していた。

 かれは、日本本土から超大型爆撃機を発進させ、太平洋を横断し

てアメリカ本土を爆撃すれば戦局を有利にみちびくだろうと判断し、

社の技術陣を督励して新型爆撃機の研究をすすめさせていた。

 当時日本の航空機設計・製作技術は、世界の最高水準に達してい

た。中島の構想にもとづく超大型爆撃機は欧米各国の予想を完全に

上廻るもので、中島は異常なほどの情熱をそそいでその研究にとり

かかっていた。

 アメリカに対する報復手段を考えていた大本営は、中島の計画し

ている太平洋爆撃機の構想に注目し、翌昭和18年秋、陸・海軍と

中島飛行機との三者協力のもとに新型爆撃機の出現に努力すること

を決定した。このアメリカ本土爆撃計画はZ計画と称され、新型爆

撃機を「富嶽」(G10N1)と命名した。

(121p)

  

計画の当初は、やはり実現可能と思われていたと思います。

その後、日本本土がB-29爆撃機による空襲に受けて、

「富嶽」計画は頓挫しました。

その過程も、この小説では書かれていました。

復習ができました。

  

  

この小説で、名前が書かれている日本人は「曾根二郎」だけです。

曾根は、日本軍の細菌兵器製造の中心人物です。

(実存した人物をモデルにした人物です)

敗色が濃くなった状況の下、

細菌を撒布する飛行機も入手困難となり、

曾根は次のように考えます。

  

 曾根二郎は関東軍司令部首脳者と協議をつづけ、その結果、細

菌戦用兵器の使用は全く不可能であるとみとめざるを得なかった。

 曾根の顔には悲痛な表情がみなぎっていた。多くの人材と尨大

(ぼうだい)な資材を投入して生み出した高度な細菌戦用兵器が、

最後の決戦の時に使用されることもなく終わることに、かれは憤

りにも似た悲しみを感じていた。

(164p)

  

終戦でこのお話は終わりだと思いましたが、

ここであれ?と思ったことがありました。

まだ小説は続くのです。残ったページ数が多すぎます。

残り80P余りが残っていました。

いったい何が描かれているんだと思って、ページを進めました。

  

 欧米の強大な軍事力をもつ国々では、細菌戦用兵器の研究もおこ

なっているが、それは実戦には程遠い初歩的なもので、それらとく

らべて曾根二郎の指揮する関東軍防疫給水部の開発した細菌戦用兵

器は、きわめて高度な水準に達している。

 ソ連軍としても当然曾根の開発した細菌戦用兵器に重大な関心を

もっているはずで、やがて進撃してきたソ連軍は、防疫給水部の本

部建物とその内部の研究実験記録を押収するにちがいなかった。

 曾根は、長い歳月を費やしてようやく完成することができたもの

を、ソ連軍の手にわたすのは忍びがたかった。出来れば細菌戦用兵

器をはじめそれに必要な器具、資材を一つのこらず内地に移送した

かった。

 しかし、それは事実上不可能なことであった。防疫給水部の飛行

機はわずか三機しかなく、兵器のすべてを輸送することなど及びも

つかない。かと言って一部がのこされれば、それを糸口にして細菌

戦用兵器の全貌があきらかになるおそれがある。

 曾根は、苦慮した。そして、最終的には防疫給水部の建物の内部

につめこまれたものをこの地球上から抹殺する以外にないという結

論に達した。

 関東軍総司令部も、曾根の決断に賛意を表した。

(165~166p)

 

残りの80pは、防疫給水部の建物内部にあったものを

抹殺した課程と、関わった人たちの戦後が描かれていました。

  

建物内部には、人体実験をする予定だった囚人たちも含まれました。

抹殺されてしまいます。

  

中心人物、曾根二郎はどうなったか。

  

次の記事で書きます。

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楽餓鬼

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