2021年5月23日 (日)

森永の練乳アイスロスの生活

   

今日は令和3年5月23日。

   

森永の練乳アイスについての記事を振り返ります。

  

ここでも道草 100年前からの味「森永 れん乳」(2020年10月22日投稿)

☝ スーパーやドラッグストアから森永の練乳アイスが

なくなってきたと書きました。☟

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ここでも道草 「森永 れん乳氷」が「森永 練乳アイス」になった(2020年11月19日投稿)

☝ なんとファミリーマート限定で森永の練乳アイスが

販売されることを知りました。☟

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その後、ファミリーマートで練乳アイスを見ることが

なくなりました。

とても寂しい気持ちでした。

   

昨日、近くのスーパーで、霜がたくさんついた森永の

練乳アイスを3個発見して、買い占めてきました。

パッケージはこれでした。☟

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半年以上前にスーパーから姿を消した練乳アイスでした。

まだ売れ残りがあったのです。

  

  

すでに昨日・今日で2個食べてしまい、

明日には最後の1個を食べます。

また森永の練乳アイスロスの生活になってしまいます。

  

  

森永は何をしているのでしょう。

こんなにおいしいアイスをなぜ販売しないのでしょう。

  

  

2021年5月22日 (土)

「ぼくもいくさに征くのだけれど」② 写真「出征前日の竹内浩三」

   

今日は令和3年5月22日。   

  

前記事に引き続き、

「ぼくもいくさに征くのだけれど 竹内浩三の詩と死」

(稲泉連著/中央公論新社)

より引用します。

  

入営を直前に控えて、浩三は仲間との別れの風景も詩にしている。

  

みんなして酒をのんだ

新宿は、雨であった

雨にきづかないふりして

ぼくたちはのみあるいた

やがて、飲むのもお終いになった

街角にくるたびに

なかまがへっていった

  

ぼくたちはすぐにいくさに行くので

いまわかれたら

今度あうのはいつのことか

雨の中へ、ひとりずつ消えてゆくなかま

おい、もう一度、顔みせてくれ

雨の中でわらっていた

そして、みえなくなった(『戦死やあわれ』岩波現代文庫)

(100~101p)

  

この詩で表された切ない気持ちは共感できます。

10年間勤務した学校を去った時の送別会を思い出します。

  

 

浩三がいつものように東京からの夜行列車「伊勢号」に乗って帰っ

てきたのは、入隊日の前日の朝のことだった。

自宅へ帰ってきた浩三はサージの学生服に角帽という姿で、背中に

は東京から持ってきた荷物を背負っていた。そこには「行きたくな

いんだよ」というような様子はすでになく、いつもと同じ飄々とし

た雰囲気の弟がいた。

「ただいま」と浩三が言うやいなや、これまで腹をたてずにいたこ

う(姉)の口からは、まず文句が出た。

「何だかギリギリの時間に帰ったのね。何にもできないやないの」

しかし、浩三はふんと鼻で笑うだけで、何も言わずに黙っていた。

そんな彼の姿を見ながら、写真を撮ろう、と彼女は思った。

本当はそんなことを思う必要などないはずだった。入隊といっても、

弟が行くのは津の久居にある部隊なのだ。これから、何度だって会

うことはできる。写真だって何度でも撮る機会はあるはずだった。

(中略)

ただ、「いまから、弟が出征していくんだ」という思いが、強く胸

の底から湧きあがってきた。その記念すべき日を、写真に残してお

きたい。

「そんなもん、撮らなくても・・・」

浩三は不満そうに言った。

「まあ、まあ、撮っときましょ。記念だから」

「・・・そんなもの、行かなくてもいいやないか」

浩三はあまり気乗りしないようだった。しかし、こうも譲らない。

「言うこと聞いて行ってよ」

そんなやり取りの後、彼女はふたりの娘と浩三を引っ張るようにし

て、女学校の卒業写真を撮った外宮近くの写真館へと向かった。

写真はいまもある。

その瞬間が焼き付けられた一葉には、向かって右側に次女を抱いた

松島さん(姉)、真ん中に学生服姿の浩三、左側に長女がちょこん

と座っている。縞模様の着物を着て髪をなで上げた松島さんにおか

っぱ頭の娘ふたりーーー浩三を除いた三人の視線は少し斜めを向い

ていて、カメラの向こう側にある何かを見ている。そんななかで、

背が高くなで肩の浩三だけが、口をへの字に結んでこちら側をまっ

すぐ見つめている。

(102~104p)

   

この写真は、巻頭に載せられていました。

最初から気になっていた写真でしたが、

この文章を読んだことで、手元にとっておきたい写真となりました。

転載します。

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竹内浩三さんは大正10年(1921年)5月12日生まれです。

今年生誕100年。生誕地伊勢市ではイベントが行われるとのこと。

亡くなった日も印象に残っています。

  

昭和二十年四月九日時刻不明比島バギオ北方一〇五二高地に於て

戦死せられましたから御知らせ致します

 

戦死広報は、竹内家の留守担当者だった叔父の大岩象三郎宛に届け

られたものだった。

(134p)

  

私の誕生日は4月9日。

私が生まれたたった16年前に、竹内浩三さんは亡くなっていました。

同じ日であることで、印象に残ったのです。

「ぼくもいくさに征くのだけれど」① 「どうか人なみにいくさができますよう」

    

今日は令和3年5月22日。

  

この本を読みました。

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「ぼくもいくさに征くのだけれど 竹内浩三の詩と死」

(稲泉連著/中央公論新社)

  

この本を読むきっかけは、この記事に書きました。☟

ここでも道草 ツバメ初見日/「天声人語」詩人竹内浩三さん(2021年4月28日投稿)

「天声人語」だけで済ましたくない人だったので、

本を読むことにしました。

    

自分の感性を信じて、気になった文章を引用します。

  

街はいくさがたりであふれ

どこへいっても征くはなし 勝ったはなし

三カ月のたてばぼくも征くのだけれど 

だけど こうしてぼんやりしている

 

ぼくがいくさに征ったなら

一体ぼくはなにするだろう てがらたてるかな

 

だれもかれもおとこならみんな征く

ぼくも征くのだけれど 征くのだけれど

 

なんにもできず 

蝶をとったり 子供とあそんだり

うっかりしていて戦死するかしら

  

そんなまぬけなぼくなので

どうか人なみにいくさができますよう

成田山に願かけた

  

と『西部戦線異状なし』の一場面に自らを重ね合わせ、出征前の気持

ちを伝えている「ぼくもいくさに征くのだけれど」

(22~23p)

  

映画「西部戦線異状なし」には思い出があります。

かつて、ビデオテープに録画してあったこの映画を、

スクリーンを設置して、社会科の授業で見せた覚えがあります。

どれだけ見せたか覚えていませんが、ラストは見せたと思います。

『西部戦線異状なし』 ラストシーン ニコニコ動画

戦場で生き延びてきた主人公が、

蝶に夢中になってあっけなく命を落とすシーン。

1930年の映画です。

映画監督をめざしていた竹内浩三さんも、

この映画を見たことでしょう。

  

 

詩「ぼくもいくさに征くのだけれど」について、稲泉さんの文章。

  

なかでも、「ぼくもいくさに征くのだけれど」と迷い沈みつつ、「

どうか人なみにいくさができますよう」と願う彼の言葉が、とくに

竹内浩三という人間の本質を表しているようで、強く胸を打つ。そ

こには、胸を張って国のために戦おうとする凛々しさがなく、世の

中が認めた「普通」の価値観に自身を溶け込ませたいと願いながら、

心の奥底では自身の運命に打ち震えていた青年の姿がちらついてい

る。

(24p)

   

「どうか人なみにいくさができますよう」は新鮮な言葉でした。

戦時中にこんなふうに思っていた人がいるんだと思いました。

素直な心情描写によってドキッとさせられました。

2021年5月21日 (金)

美化委員会の紹介動画を制作

   

今日は令和3年5月21日。

  

17日以来の道草です。

   

道草できなかった一因は、動画制作に時間をかけたことです。

初めてiPad proにアプリを入れて、動画編集をしてみました。

選んだアプリは「Adobe Premiere Rush」です。

試しに使ってみて、感覚的に使えて、楽しくできたからです。

  

動画の内容は、美化委員会の活動を紹介するものです。

生徒集会をオンラインでやるために、

動画の制作が必要だったのです。

簡単に動画のあらすじを書きます。

  

美化委員会の活動として、

毎日授業後、教室の机の整頓をしています。

机を並べるプロと言えます。

そこで、教室の机を並べて文字を作ることに挑戦します。

最初の文字は「美化委員会」の「美」です。

作業風景を挟んで、完成した「美」を見せます。

次の文字は「整理整頓」の「整」です。

これも作業風景を挟んで、完成した「整」を見せます。

最後に、机を元通りに整然と並べます。

これからも美化委員は机の整頓をしていきます。

そう宣言して動画終了です。

    

動画は3分30秒ほどです。

フィッシャーズの動画を参考にした流れです。

美化委員長、副委員長、書記の3役が

頑張ってくれました。

撮影と編集が自分の役目でした。

  

教室の机を並べて「美」「整」の字を作るのは、

なかなか面白かったです。

 

今日は全校に動画が流されました。

一仕事終了。

動画編集は思ったより簡単です。

もっと気軽にやってみよう。

2021年5月17日 (月)

「殿様は『明治』をどう生きたのか」/映画「北の零年」を観たい 徳川昭武

   

今日は令和3年5月17日。

   

この本を読みました。

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「殿様は『明治』をどう生きたのか」(河合敦著/扶桑文庫)

  

この本できっかけをもらいました。

映画「北の零年」(2005年)を見るきっかけです。

徳島藩最後の藩主蜂須賀茂韶(はちすかもちあき)の章で、

家老稲田邦植(くにたね)による藩から独立する企てのことが

書いてありました。

この企ては失敗します。

引用します。

 

稲田氏に対しては、北海道の静内や色丹島に新地を与え、彼らを

士族と遇して移住させ、同地を開拓させることにした。このとき

の労苦は、2005年に公開された映画『北の零年』で知ること

ができる。

(143p)

   

さっそくWikipedia 北の零年で調べました。

吉永小百合さんが、「お登勢」「石狩平野」の作者船山馨のファンで

あり、以前から北海道を開拓した人々の物語を映画化したいという

希望を持っていたことが、映画化のきっかけだったと知りました。

「石狩平野」は思い出の本です。

ここでも道草 北海道開拓の小説「石狩平野」「石狩川」(2019年8月22日投稿)

  

以前から観たいと思っていた映画です。

北海道開拓には興味があります。

今回、縁があったので、近日中に観てみたいです。

おそらくアマゾンプライムビデオで観ることは可能でしょう。

  

  

水戸藩最後の藩主徳川昭武(あきたけ)も覚えておきたい人です。

徳川斉昭の18男として生まれ、徳川慶喜の弟です。

大河ドラマ「青天を衝け」の主人公渋沢栄一と、

パリ万国博覧会に参加して、そのままパリに残って留学した人物。

大河ドラマでどのように描かれるか注目です。

徳川昭武は晩年は趣味に生き、自転車に乗ったり、

写真を撮って過ごしたそうです。

たくさんいる兄弟の中で、慶喜と一番交流があったそうです。

晩年というには早く、58歳で亡くなっています。

  

2021年5月16日 (日)

番画〈238〉〈240〉:アメリカの分断の乗りこえ方 縄文土器の底が尖っている理由 

   

今日は令和3年5月16日。

   

今晩もう少し番画です。

  

〈238〉「ニュース地球まるわかり」

  (2021年5月16日放映)

  

「新型コロナ」「経済」北朝鮮の今

 北朝鮮で放映されているテレビニュースは、

 思った以上にちゃんとしていた。

 自国のことだけでなく、世界の感染状況について報じていた。

 しかし、国境封鎖によって、中国との交流を断っている北朝鮮。

 どんな状態になっているのだろう。

分断をのりこえられるか(アメリカ)

 民主党と共和党で考え方が分断してしまったアメリカ。

 それをのりこえるために、お互いの考え方を知ろうとする動きあり。

 SNSのアプリで、両端・中道の考え方が

 簡単に見ることができるものがあった。

 やっぱりアメリカは先に行くのか?

〇ニュージーランド・オーストラリア自由な往来再開

 感染拡大を阻止した2国は、自由な往来が再開した。

 ニュージーランドでは、マスクをはめた人の姿はほとんどない。

 日本はいつになることか。

〇毎週この番組で世界のニュースに触れて、それを積み重ねる。

 きっと役に立つ。

  

  

〈239〉大河ドラマ「青天を衝け 14 栄一と運命の主君」

  (2021年5月16日放映)

  

〇運命の主君とは、一橋慶喜。

 慶喜がどれほどの人なのか、ドラマによって異なる。

 このドラマではどう描かれるか注目。

〇今読んでいる本「殿様は『明治』をどう生きたのか」

 (河合敦著)に、慶喜の弟の徳川昭武(あきたけ)が

 出ていた。渋沢栄一が大政奉還直前にフランスに行ったのは、

 この昭武が留学したのに随行したため。

 この大河ドラマが始まるまで知らなかった徳川昭武が

 どう描かれるのかも楽しみ。本の内容については後日。

  

  

〈240〉「歴史秘話ヒストリア 縄文1万年の美と祈り」

  (2018年7月25日放映)

  

〇この番組については、このサイトでよくわかる。☟

 ※メランコリア 縄文1万年の美と祈り@歴史秘話ヒストリア

 これだけの写真を掲載して番組を再現してことに感心。

〇縄文土器の底が尖っているのはなぜか?

 2つの説に触れることができた。

 でも納得ができなかった。

 底が尖った土器は、全国で発見されているようだ。

 全国の縄文人が共通して持っていた思いは、

 実際はどんな思いだったのだろう。

 この番組を見て、あの底が尖っている理由が気になってきた。

 

番画〈235〉〈237〉:虎ノ門ニュース5/14 コストコのケーキ スイカの育て方「摘心」

   

今日は令和3年5月16日。

   

番画です。

   

〈235〉虎ノ門ニュース

【DHC】2021/5/14(金) 武田邦彦×須田慎一郎×居島一平【虎ノ門ニュース】

 

〇受信料をもらっているNHKは、ワクチンをうって良いこと、

 ワクチンをうって良くないことを両方知らせるべきだ。(武田教授)

〇飲食店から感染するというエビデンスはない。

 酒を飲むことで感染が広がるというエビデンスもない。(武田教授)

〇テレビ番組が正しいことを報道していないので、

 「虎ノ門ニュース」の存在意義がある。(須田さん)

〇大村知事のリコールに関する事件。5月23日以降に逮捕者が出る。

 (須田さん)

〇中国は武力によって他国を支配している国。(武田教授)

〇ニュース「子どもの数40年連続減少」

 人間の数が多くなると、大型動物が絶滅していく。

 トキがそうだった。トキにとって、鎌倉・室町時代くらいの人口が

 ちょうどよかった。トキの数はそれ以来減少してた。(武田教授)

  

   

 

〈236〉フィッシャーズ

【大食い】コストコの約4kg巨大ケーキを食べた結果…を想像できる?
YouTube: 【大食い】コストコの約4kg巨大ケーキを食べた結果…を想像できる?

  

〇コストコの商品を使ったことはある。

 現在もトイレットペーパーを使用中。

 しかし、行ったことはない。

 こんな巨大なケーキが売られているんだ。

〇甘いものはお腹に入っていかないようで、

 思ったよりもフィッシャーズのメンバーは食べられなかった。

 参考になる。

 少なくとも10人くらいいなければ、食べきることは無理。

 試しに、ネタで買ってくると、困ることになる。

  

  

  

〈237〉にじいろファーム

正しいスイカの摘心、仕立て、追肥をわかりやすく解説!!
YouTube: 正しいスイカの摘心、仕立て、追肥をわかりやすく解説!!

 

〇学級の畑に何を植えるかを考えた時に、最初に浮かんだのはスイカ。

 大好物のスイカを、自分で作れたらうれしい。

 そして大きくなっていく前の小さなスイカはかわいい。

〇マルチを張って、苗を移植したのは5月14日(金)。

 この動画以外にもいろいろ参考にさせてもらったが、

 スイカの育て方はなかなか手が込むようだ。

〇途中経過は、また写真を掲載したりして報告する予定。

 まずは「摘心」という作業が待っている。

番画〈234〉:日本人はなぜ戦争へ向かったのか ③ ”熱狂”はこうしてつくられた

   

今日は令和3年5月16日。

   

同僚の先生が「どうしたら日中戦争は防げたか」という発問で

授業をするというので、

私の関心は高まりました。

ここでも道草 「日本人はなぜ戦争へと向かったのか」シリーズを見た(2020年8月6日投稿)

☝ 10年前のNHKスペシャルがすぐに思い出されました。

  

今日は5回シリーズの中で、

最も印象に残っていた1本を再び見てみました。

  

番画です。

  

〈234〉「NHKスペシャル 日本人はなぜ戦争へ向かったのか ③

  ”熱狂”はこうして作られた」(2011年8月12日放映)

  

〇熱狂をつくり出したのは新聞・ラジオだった。

〇戦争が進むにしたがって、新聞の発行部数は増えていった。

〇1931年9月満州事変。

 新聞各紙は関東軍指示。

 それに先立って中村震太郎事件があった。

 中国人に日本人軍人が殺される事件。

 新聞各紙は、中国を非難した。

 その流れで、満州事変も、中国を非難し、関東軍指示。

〇日本軍の進軍は、世界恐慌に苦しんでいた国民を熱狂させる。

〇満州の権益を保護することは、日本の国益になる。

〇国際連盟のリットン調査団の調査結果。

 新聞各紙は国際連盟を非難。

 連盟脱退の声が高まる。

〇松岡洋右のとまどい。

 連盟脱退は外交の失敗だったのに、国民の熱狂的な出迎えを受ける。

〇反戦の記事を書いた新聞は、不買運動をされる。

〇世論形成にはラジオも利用される。

 NHKはナチスの手法を心得ていて、国民を熱狂させる。

〇南京陥落の時には国民は熱狂し、陥落セールも行われた。

〇日独伊三国同盟も、世論が推す形で締結する。

〇メディアが世論を作り、その世論にメディアが巻き込まれていた。

〇松平アナウンサーのまとめを聞き書き。

「日本の舵取りを任されていた指導者たちは、自分たちの行動に自信

がないために、世論を利用しようと思った。世論の動向に一喜一憂し

たわけです。その世論はメディアによって熱狂と化していました。そ

して、その熱狂は最後の段階で日本人を戦争に向かわせる一つの要因

となりました。

 本来ジャーナリズムの役割というのは、世の中に起きているいろん

な事象を的確に把握してチェックして国民が冷静に判断を下せるよう

な材料を提供することのはずでした。しかし、こうして戦争を迎える

時代のメディアのあり様を見てきて思うことは、メディアがおかしく

なれば国家はすぐにおかしくなるということです。本当にわずかな期

間にですね、国家の運命が狂わされてしまう。そういう力をメディア

は持っている。そのことをあらためて突きつけられた思いであります。」 

  

  

戦争に突入した時には、それを肯定する世論があったのです。

メディアの責任を痛烈に感じた1本です。

2021年5月15日 (土)

「火定」読破/今を予言するような本

   

今日は令和3年5月15日。

  

前記事に書いたこの本を読みました。

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「火定」(澤田瞳子著/PHP)

  

奈良時代の天然痘流行は、今の新型コロナウイルス感染流行よりも

とてもひどい状況であって、人間のいろいろな闇が描かれ、

その中でも光も光が描かれた作品だと思いました。

登場人物が様々結びつき、大きな物語になっていました。

藤原不比等の息子たち、藤原4兄弟をも死に至らしめた

天然痘の流行に関心がある人なら、ぜひ読むといい本でした。

  

引用します。

  

人はみな、いつかは死ぬ。この世でどれだけの名声を得、財を成そ

うとも、死ねばその功績は無となり、いずれは存在すら忘れ去られ

る。

(79p)

  

このように前半部分で書いた著者は、後半で次のように書いています。

  

人間は、死ねばそれまでだ、と思っていた。だからこそ、せめて生

きているうちに、自分たちは何か為すべきことを見つけねばならぬ

のだと考えていた。

しかしながら病に侵され、無惨な死を遂げた人々の記録は、後の世

に語り継がれ、やがてまた別の人々の命を救う。

ならば死とは、ただの終わりではない。むしろ死があればこそなお、

この世の人々の次なる生を得るのではないか。

(中略)

灼熱の暑さとともに京を襲ったおびただしい死。如何におぞましく

無残な現実であろうとも、人々が活きたその痕跡は確実に残り、そ

の死は新たなる命を産み出す。

だとしたら彼らの死は決して、無駄ではない。この世に業火に我が

身を捧げる、尊い火定(かじょう)だったのだ。

(403~404p)

   

澤田さんがこの本を書いた理由でもあると思います。

天然痘で亡くなった古代の人たちの死も、

この本が世に出ることで生きるのです。

天然痘の流行で、人間のもっている闇が表に出てくること。

しかし、その闇の中であっても光を放つ人たちがいること。

そんなことが伝わってきます。

このことを一番伝えたいために、

「火定」が本のタイトルになったと想像します。

  

  

災厄は本来、日々の飯にも事欠く庶人のみに付きまとうものだった

のに、今回の疫病の爪牙(そうが)の前には、身分の高下も貧富の

差も意味がない。美々(びび)しい官服に身を包んで出仕する官人

も、牛馬の如く市で売り買いされる奴婢も、病の前に何の分け隔て

もなく倒れ、高熱に喘ぎ、豆の如き瘡に全身を覆われて息絶える。

その無差別な死は、この国の身分秩序や規範がなんの役にも立たぬ

ことを、衆人に如実に思い知らせ、疫病の恐怖をその心に強く叩き

込むのであった。

(145~146p)

  

藤原4兄弟が命を落とすほどなので、

このような状況だったのでしょう。

  

  

「わが身のためだけに用いれば、人の命ほど儚(はかな)く、むな

しいものはない。されどそれを他人のために用いれば、己の生にも

万金にも値する意味が生じよう。さすれば命を終えたとて、誰かが

わしの生きた意味を継いでくれると言えるではないか」

(183p)

    

命がけで天然痘と対峙している人たちの中で起こった思いです。

他人のために命がけで頑張ることは、

万金に値する尊い生き方なのでしょう。

いつかできるかな。

  

  

畿内では十年ほど前から、行基とかいう僧侶に率いられた者たちが、

池の造成や架橋などの土木作業に勤しんでいるという。

(215p)

  

そうか行基が活躍している時代でもあるのだと思いました。

  

名代は腹の底から深く息をついた。これまでにいったいどれだけの

人々が疱瘡によって命を奪われ、あるいは生きながらこの世の地獄

を這いずることとなったか。

仲間思いの多伎児(たきこ)、やんちゃで手のつけられなかった白

丑・黒丑兄弟、常に朗らかだった密翳(みつえい)・・・・昨日と

同じ今日、今日と同じ明日が続くと疑わず、彼らとただ笑い合って

いた三カ月前が、何十年も遠い過去の如く思われる。あの平穏な日

々は果たして、もう一度、この国に戻ってくるのだろうか。

(332p)

  

この話が最初に書かれたのは2015年でした。

今を予言するような内容です。

いつマスクをしなくてもいい生活に戻れるのでしょうか。

  

2021年5月12日 (水)

番画〈233〉:シルクの運動神経がいい理由/現在読んでいる本「火定」

  

今日は令和3年5月12日。

   

番画です。    

  

〈233〉フィッシャーズ

好きになった。
YouTube: 好きになった。

  

〇シルクロードさんがなぜあんなにフリスビーが上手なのかが

 なぜあんなにバスケが上手なのかが、

 なぜあんなに身軽なのかが、この動画でわかった。

〇こんなに努力していたのですね。

 好きになればできるという発言は、

 還暦を迎えた私でも「できる」と思わせてくれた。

 私は今も何か上手くなりたいと思っています。

  

  

最近、読書に費やす時間が増加中。

面白い本に次から次に出合っているのが原因。

今読んでいる「火定(かじょう)」(澤田瞳子著)も

面白い。

歴史小説です。

奈良時代の天然痘の流行を扱っています。

藤原不比等の4人の息子を死に至らせた流行です。

その時に奈良の都で起こったかもしれない出来事が

綴られています。

リアルな話として目に浮かびます。

次はどうなるんだと思いながら読んでいます。

金曜日の晩には読破できるでしょう。

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