2021年12月31日 (金)

「おれは一万石 紫の夢」読破/江戸に出てきた人たちの行方

     

今日は令和3年12月31日。

        

この本を読みました。

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「おれは一万石 紫の夢」(千野隆司著/双葉文庫)

   

時代は東北の飢饉がひどい時でした。

天明の大飢饉です。

そのことに関する引用です。

   

郷里を捨てて出てきた者たちは、皆食うや食わずの中で、捨て鉢な

気持ちになっている。江戸に出さえすれば何とかなると高を括って

いても、実際に来てみればそうはいかない。打ち続く東北の飢饉は、

夥(おびたた)しい無宿人を生み出した。

これらは、江戸の町が受け入れられる容量をはるかに超えていた。

仕事も身を置く場所もない。追い詰められた者は、腹を満たすため

に何でもした。

そこで町奉行所では、何度にも渡って無宿狩りを行った。罪を犯し

ていなくても、佐渡へ送り水汲み人足として使った。無理やり国へ

返すこともした。罪を犯せば、迷わず遠島とした。それでも湧き出

るように、国を捨てた無宿人が江戸へ押しかけてきた。

(34p)  

    

教科書では、飢饉で江戸に来た者たちを農村に返した、と教えます。

江戸に来た者たちがどんな状況なのかわかる文章です。

こういう箇所を読んで想像します。

   

  

服部は四十代半ばの歳で、生真面目そうな面貌だ。すでに髪は薄く、

ごま塩になっている。

(200p)

   

登場人物の面貌が、少々紹介されることがあります。

そこまで書かなくていいのにと思う時があります。

今回もそれ。

  

江戸時代の生活の様子を知りたいと思って読みだした

「おれは一万石」シリーズ。

これで4冊目を読破。 

「紫の夢」の「紫」は醬油のことでした。 

  

2021年12月30日 (木)

20211226報告④ 映画を見て思ったこと感じたこと

    

今日は令和3年12月30日。

   

映画「西から昇った太陽」について。

   

私が実際に見て思ったことを書いていこうと思います。

  

当時の漁船は物資がない時代だったので、

防風林であった松や杉の木を使って造られた

木造船が多かったそうです。

鉄の船ならば、波にあっても軋まないけれども、

第五福竜丸は軋んだそうです。

次の大波で木っ端みじんになってしまうのではと

怖れて乗っていたそうです。

よくぞそんな船で太平洋の真ん中まで行くよなと思いました。

  

マーシャル諸島で、水爆実験の明かりを見た時は

「ピカドン」だと言っていたそうです。

原子爆弾を「ピカドン」と表現することは、

船員たちも知っていました。

「ドン」は地鳴りのような音だったそうです。

乗組員は甲板に身を伏せました。

立っていられない衝撃が、160km先まで届いたのでしょう。

   

機関士の池田さんは、すぐに機関室に行き、

そこで味わったことのないようなにおいを感じます。

目に見えないものがすでに第五福竜丸には届いていたのでしょう。

  

焼津に戻った乗組員たちは、

アメリカ人医師の診察を受けることを拒否して

日本の病院に入院することを決めます。

まだ終戦間もない時であり、

敵国アメリカに行くことを恐れた気持ちがあったことを知りました。

東京の病院へは飛行機で向かっています。

  

病院には当時としては珍しいテレビがセットされ、

乗組員たちはそのテレビを見て、

外の世界で何が起こっているかを知ります。

放射能を浴びた人とは結婚したくないという

若い女性の発言にショックを受けます。

「僕たちは別の人間になってしまった」と思ったそうです。

このことは本でも読んだことがありますが、

その情報を知ったのはテレビだったのだとわかりました。

   

久保山愛吉さんが重症に陥り、痛みに苦しんでいる姿を見て、

他の乗員たちも、初めて自分の死を真剣に考えたそうです。

病院でも陽気だった乗員たちでしたが、

久保山さんの死後は口数が減ったそうです。

  

1年2カ月余り入院して焼津に戻った時の様子も描かれていました。

「放射能はうつる」と思われ、近所の人から無視されます。

小さな子どもに放射能がうつって死んでしまうとも言われます。

ぜひ婿養子にと言われていたのに、断られるシーンもありました。

死産で子どもを失ったのは大石さんでした。

   

映画の締めは

「環境と犠牲者の健康を脅かせ続けています」でした。

監督が伝えたいと思っていたメッセージです。

全体的に静かな映画でしたが、語られていることは重い映画でした。

インタビューで語られていることが主であって、

アニメーションがそれを補助していました。

日本語の字幕も大いに助けになりました。

  

  

これで借りていたDVDは返却しようと思います。

生徒に対して上映会をするためには

どのような手続きが必要なのか聞いて行動したいです。

できたら、できるのなら、

手元に置いておきたい映像でした。 

20211226報告③ 核兵器による長期的な被害を描いた映画

    

今日は令和3年12月30日。

   

映画「西から昇った太陽」について。

   

パンフレットから「映画概要」を転載したいです。

映画「西から昇った太陽」は、マグロ漁船第五福竜丸の漁師たちの

体験を、インタビュー映像と再現アニメーションで綴るドキュメン

タリー映画です。1954年3月1日、太平洋で行われた水爆実験に遭

遇した第五福竜丸の乗組員23人の身に起きた長期的な被害と、彼ら

が直面した苦難を描きます。

物語は1945年8月9日の長崎から始まります。時刻は午前11時1分。

長崎市に投下された原子爆弾が爆発する直前です。戦後、アメリカ

やロシアなどの国々は核兵器製造を続け、より破壊力の強い水爆を、

そしてより遠隔で攻撃可能なミサイルなどの開発を行いました。ア

メリカは終戦の翌年からマーシャル諸島で核実験を開始。58年まで

に67回もの実験を繰り返しました。

終戦から9年が経ち、若者たちは自身の、そして故郷の将来への期

待を胸に大海へと出て行きました。当時のマグロ漁船の発展は目ざ

ましく、拡大する需要の前に「沿岸から沖合へ、沖合から遠洋へ」

のスローガンのもと多くの漁船がマグロを追いかけて遠洋に出て行

く、そんな時代でした。太平洋での核実験はそうした時代の障壁で

あり、マグロ漁で身を立てようとする若い漁師たちにとっては自身

の人生を大きく変える悲劇的な出来事でありました。

    

「映画概要」というよりは「ビキニ事件の背景」のような内容です。

マグロを求めて遠洋に出かけて行った先に、

核実験場があったというわけです。

哀しい一致です。

   

   

映画監督キース・レイミンク氏のコメントも転載しておきたいです。

   

私は、ある1冊の本から第五福竜丸の悲劇的な話を知りました。核

事故について記したその分厚い本の中のほんの一文でしたが、自分

の国がこのような恐ろしい出来事を引き起こしたと知り驚愕しまし

た。第五福竜丸について調べるうちに、日本人とアメリカ人の間で

核兵器や放射性降下物の問題について相違があることが分かりまし

た。アメリカでは環境や政治、経済的コストの観点から議論されま

すが、何十年にもわたって続く人的被害についてはほとんど語られ

ることがありません。第五福竜丸の話を伝えることによって、核兵

器と核兵器が長期にわたって引き起こす影響について議論するきっ

かけを作ることができればと思っています。

   

アメリカで議論されている観点「環境、政治、経済的コスト」とは

どのようなものかこの文章だけでは想像できません。

でもそれと同じように、アメリカ人には「何十年にもわたって続く

人的被害」については想像外のことなのでしょう。

この映画では、放射能を浴びた後の苦悩や人的被害を表現しています。

アメリカ人にも核兵器の恐ろしさが伝わればいいなと思います。

 

20211226報告② 映画は3人の声を残すことができました

      

今日は令和3年12月30日。

   

映画「西から昇った太陽」について。

  

映画は3人の元第五福竜丸乗組員のインタビューに沿って、

進んでいきます。

その3人とは。

  

大石又七さん。

当時20歳。

仕事は冷凍士。

大石さんの本や映像は見てきました。

ただ第五福竜丸でどんな仕事をしていたのかは、

初めて知りました。

捕獲したマグロを、氷で包んで保冷する仕事でした。

  

見崎進(みさきすすむ)さん。

当時27歳。

操舵手。

船長と交代で舵を握る仕事。

波が激しい時には、舵を持っていかれないように、

2人で舵を握っていたそうです。

     

池田正穂(まさほ)さん。

当時21歳。

機関士。

機関室が仕事場。

出航の時も機関室にいるため、

岸壁の見送りの人たちとテープを渡し合う

セレモニーには参加していませんでした。

   

    

第五福竜丸が被曝した時に乗船していたのは23人でした。

第五福竜丸展示館にあった資料で示します。

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23人の元乗組員のうち、21人が亡くなっていました。

大石さんが3月に亡くなったことは知っていましたが、

見崎さんも、池田さんも亡くなっていました。

映画に出ていた3人とも亡くなっていました。

    

映画は3人の声を残すことができました。

   

映画のパンフレットからの引用です。

  

映画「西から昇った太陽」の製作チームは2014年12月に来日し、第

五福竜丸の元乗組員たちにインタビュー取材を行いました。元乗組員

らは戦前の状況や船上での生活、実験を目撃した瞬間のことや、入院

中の様子などを鮮明に記憶しており、その記憶を製作チームに語りま

した。(中略)3人の元乗組員から同一の出来事に関する体験を聞き

出すことで、歴史的に正確な第五福竜丸のストーリーを導き出すこと

を試みました。

   

「正確なストーリー」というか「正確なヒストリー」を

映画から感じたのは、3人という複数の人からのインタビューだった

からなのですね。

2021年12月29日 (水)

20211226報告① 映画「西から昇った太陽」を借りて見ることができた 番画〈583〉

       

今日は令和3年12月29日。

12月26日に第五福竜丸展示館に行きました。

そこで勉強したこと、行ったことで勉強したことを

「20211226報告」としてまとめていきたいと思います。

第五福竜丸展示館に行った目的の一つに、

映画「西から昇った太陽」を見ることができないかが

ありました。

この映画については、新聞記事で知りました。

ここでも道草 第五福竜丸/アメリカ人監督が作った映画「西から昇った太陽」(2020年10月3日投稿)

見たいと思っていました。

展示館では、第五福竜丸平和協会事務局長の安田和也さんが、

出迎えてくれました。

そして、私一人でしたが、丁寧に館内を案内してくれました。

その時に映画「西から昇った太陽」を見ることができるか

聞いてみました。

第五福竜丸の本家みたいな場所だから、

この映画についての情報があると期待していました。

予想以上の答えをいただきました。

  

映画「西から昇った太陽」はあります。

上映会を開くこともできます。

上映会を開く前に映画を知ってもらうために、

貸し出しますよ。

  

何と、DVDを貸していただきました。 

映画のパンフレットのコピーと一緒に。

驚き、喜びました。

この日最大のお土産でした。

   

さっそく見ました。

1時間15分。

アニメーションと3人の元乗組員のインタビューが織りなす

いい映画でした。

字幕は英語でした。

この映画が、米国の若者に第五福竜丸の悲劇の実態を

伝えることが目的だと、新聞記事で読んでいたので、

字幕は英語なのだと思いました。

授業で生徒に見せるとなると、難点がありました。

元乗組員のインタビューの声が

聞き取りにくいところがあったのです。

これではせっかくのインタビューが生きない。

困った。どうしようと思いました。

   

その時に気がつきました。

字幕が日本語のバージョンがあるぞ。

これはいいと思って、今一度1時間15分間の映画を見ました。

  

いいぞいいぞ、インタビューの内容が

字幕に助けられて理解できました。

1回目に見た時には気がつかなかったことにも

気がつくことができました。

体験者の生の声を映像化した映画という評に、

「その通り」だと感じました。

これなら生徒に見せても大丈夫です。

上映会を実行したいです。

       

もちろん番画扱いです。今年見た583本目の映像です。

〈583〉映画「西から昇った太陽」(2018年)

  (貸してもらったDVDで視聴)

   

この映画については、次の記事でも書いていきます。

「地球温暖化狂騒曲」⑤ 『沈黙の春』とDDT

     

今日は令和3年12月29日。

   

前記事に引き続き、

「『地球温暖化』狂騒曲 社会を壊す空騒ぎ」

(渡辺正著/丸善出版)より引用します。

   

これがラストの引用です。

   

人工物への嫌悪感

科学者という人間集団の活動は、天然にない物質を生む。そうした

合成物質を、当然ながら環境(環狂)主義者は悪とみる。たとえば

米国のレイチェル・カーソンが、1962年の本『沈黙の春』で合

成殺虫剤のDDTを攻撃した。蚊など昆虫には猛毒でもヒトへの悪

影響は無視してよい物質なのに、彼女の筆が「ヒトにもあぶない」

と匂わせたため、環境活動団体が激しいDDT反対運動を起こす。

反対運動にひるむ諸国がDDTの製造・販売を禁じたせいで、いっ

とき激減していたマラリアの死亡者数が元に戻り、2015年の死

者は数十万人を数える(WHO推定)。年間のマラリア発症者が約

200万もいたセイロン(現スリランカ)は、1948年から十数

年間のDDT撒布でマラリアをほぼ根絶した。だが反対運動のため

1964年に撒布をやめた結果、5年後の発症者が100万台に戻

っている。だからいま『沈黙の春』を「悪魔の書」と評する人も少

なくない。

(203p)

   

人為的CO2を嫌悪する風潮への警告です。

良からぬ方向に行かないように、

勉強をしなければならないということでしょう。

DDTにも悪いイメージがありました。

   

このサイトを読んで勉強しました。

大阪健康安全基盤研究所 有機塩素系殺虫剤DDTの歴史と未来(2017年)

「地球温暖化狂騒曲」④ 人為的温暖化説を声高に批判する人たち

   

今日は令和3年12月29日。

   

前記事に引き続き、

「『地球温暖化』狂騒曲 社会を壊す空騒ぎ」

(渡辺正著/丸善出版)より引用します。

   

 

今後どれほど温暖化が進むのかは不明ながら、気候変動の進みは十

分に遅い。もし何か危険なことが起こるなら、その兆候がくっきり

見えたとき、適応をゆっくり考えればよい。たいていのことには現

在の技術で対応できるし、技術はこれからも進んでいく。

(129p)

  

この本を読むと、こんな考え方でいいんだなと思います。

不思議なのは、なぜ1988年に国連は温暖化が緊急の問題だと言ったのかです。

   

経済ジャーナリストの石井孝明氏も、「地球エネルギー政策研究」

とでも和訳できる組織のウェブサイト(www.gepr.org/ja/)で

2015年7月6日、山梨県の北杜市を例に、太陽光発電の環境破

壊を嘆いていた。同氏は、添えた14点のカラー写真に環境破壊の

ひどさを雄弁に語らせ、記事の前半をこう締めくくる。

市内のあちこちに、潰された森林、空き地、大量の太陽光パネルが

あった。再エネ拡大は「環境を守るため」「安全なエネルギーを確

保するため」と、導入策拡大の時に、推進派と当時の政権与党の民

主党は主張した。それを思い出し、醜い光景を見ながら、筆者は怒

り、むなしさ、悲しさを同時に抱いた。日本の原風景ともいえる「

里山」と森林が太陽光発電の政策の失敗によって、そして事業者の

欲望と、無責任な政治・行政で破壊されているのだ。オオムラサキ

などの昆虫も住めなくなるだろう。

 

「環境を守るため」といいながら環境を破壊するーーーその根元に

あるのは、本章冒頭の引用文にいう「浅ましさ」だろう。お金のに

おいに敏感な人たちが商売のチャンスとみて、うわべだけ「環境の

ため」といいながら突っ走るのだ。

(144~145p)

   

各地で見ることができる、大量の太陽光パネル群は、

突っ走った結果なのでしょうか。

太陽光パネルに対する見方は、近い将来変わってくるのでしょうか。

      

   

1970年代も末になると寒冷化は峠を越え、気温が上昇に転じた

ように見える。そのころはもう、研究者が警告する「気候変動」に、

米国政府のほか世界気象機関と国連環境計画も強い関心を寄せ、大

きな動きや流れができていた。そして80年代に入るや「寒冷化」

は忘れ去られ、人為的CO2温暖化が世界レベルの話題になる。

1980年代の末、ソ連邦の解体やヨーロッパの東西融合などで冷

戦時代の終わりが見えた。世界の調整役としての国連は、「次の仕

事」を探したのではないか?国連は「世界の平等化」という任務を

もつ。当時はCO2の大部分を先進国が出していた。先進国に「CO2

のペナルティ」を課し、その富を途上国へ回せば平等化に役立つぞ

・・・・・・・

そんな流れのなかで1988年11月、世界気象機関と国連環境計

画がIPCCを設立し、「地球温暖化」を国際政治の道具にしたー

ーーーーと推測できる。その推測を裏づけるものとして、だいぶあ

との2010年10月、IPCC第四次報告書・第三巻「対策」の

代表執筆者だったオトマー・イーデンホーファー氏がこんな発言を

残している。「国連の気候政策は、気候変動そのものはどうでもよ

くて、世界の富を再分配するためのものなんですよ」(11月8日

『ニュースバスターズ』記事)

(165~166p)

    

1988年に国連がきっかけをつくって温暖化が問題になった。

ーーーーーというのは本当だろうか。

  

  

つまりIPCCは、人為的な気候変動(CO2温暖化)を「リスク」

と決めつけ、どんな影響がありそうか、どんな対策をすべきかを考え

るのだという。温暖化が「事実かどうか」を問う姿勢はなく、CO2

の増加や温暖化のプラス面に目を向ける姿勢もなくて、ひたすら「人

為的CO2=悪」とみる組織だということになる。

すると、人為的CO2温暖化が大問題ではないとわかった瞬間にIP

CCは存在意義を失う。だから組織の存続には、「温暖化はあぶない」

と叫びつづけなければいけない。

(167p)

   

近い未来に来ると思うんです。

人為的CO2温暖化は大問題ではないと言われる時が。

でも世の中が、大量の資源が温暖化対策に向けられていて、

それを変更するために、また年月を必要とすることでしょう。

しかし「世界の平等化」のために、

こんなことを国連はスタートさせるのか?

世界はしっかり巻き込まれています。

  

  

日本と違って海外には、人為的温暖化説を声高に批判する人が多い。

(185p)

  

トランプ大統領が環境保護庁(EPA)長官に起用したスコット・プ

ルイット氏は次のような発言をしています。

  

多少の温暖化は、いいことですよ。かつて文明が栄えたのも温暖な

時代でした。・・・・いま地球の気温は少しずつ上がっていますが、

人間活動の影響はごくわずかでしょう。また、私たちにとって最適

な気温が何℃なのか、どの研究者に訊いても明快な答えはありませ

んね。

(186p)

   

これらの声を聞いて、どう判断しますか自分。

温暖化問題とは距離をあけた方がよさそうです。

のめり込まないようにしよう。

今に真相が見えてくることだと思います。

   

 

米国プリンストン高等研究所の物理学者、「アインシュタインの後

継者」と評されるフリーマン・ダイソン博士の発言。

  

環境汚染なら打つ手はあります。かたや温暖化はまったく別物。・・・

CO2が何をするのかつかめたと研究者はいいますが、とうていその

段階にはなっていません。そもそも、植物の生育を助けて地球の緑

化を進め、人類社会をも豊かにするCO2を減らそうというのは、正

気の沙汰ではないでしょう。気候を理解したというのは、気候学者

の思い上がりにすぎません。彼らが頼るコンピュータシミュレーシ

ョンなど、変数をいじればどんな結果でも出せる代物ですからね。

・・・私自身、科学の話ならたいてい多数意見に従いますが、ただ

一つ、気候変動の話は違います。科学の目で見るとナンセンスその

ものですから。

(187p)

「地球温暖化狂騒曲」③ 莫大な資源をつぎ込む温暖化対策の行方

    

今日は令和3年12月29日。

   

前記事に引き続き、

「『地球温暖化』狂騒曲 社会を壊す空騒ぎ」

(渡辺正著/丸善出版)より引用します。

    

  

現時点は、小氷期(1350~1850年)からの回復途上で、自

然現象として気温がゆっくり上がっていく時期とみてよい。気温が

上がれば、海水に溶けていたCO2が大気に出てくる。

(26p)

  

中世温暖期のあとは小氷期(ミニ氷河期。1350~1850年ごろ)

になった。当時は世界各地が寒かったらしい。ロンドンではテムズ川

が凍りつき、氷上で冬祭りをしたことが古い文書や絵画に残る。室町

~江戸時代の日本では冷害や飢饉がよく起きた。小氷期のあとは、気

温がゆっくり上がってもおかしくない。

(51p)

   

江戸時代が小氷期だったとする本や番組を最近よく見ます。

今はその小氷期を抜けた時だと思えば、

大きな自然現象で気温が上がっているというわけです。

焦ることはないのです。

      

自然変動や都市化に比べて人為的CO2の効きかたがずっと弱ければ、

莫大な資源(お金・時間・頭脳・努力)をつぎ込む「温暖化対策」は、

たちまち意味を失ってしまう。

(29p)

   

その可能性はなきにしもあらずです。

ガソリン車がなくなるというのは、

時期尚早なのではとも思ってしまいます。

  

   

題名に「異常気象」を使った和書は、2015年以降の3年間だけで

およそ25冊も出版され、2007年以降なら50冊を超す。地球史

の逸話として異常気象を紹介するごく一部を除き、赤信号情報で織り

上げた温暖化ホラー本の群れだといえる。

なお、地球寒冷化騒ぎの1970年代にも、異常気象を警告した人が

多い。たとえば気象庁の予報官だった根本順吉氏が1974年、『冷

えてゆく地球』の「はじめに」にこう書いた。

異常気象や気候変動の原因は、現在なお不明な点が多い。しかし原因

は不明なまま、その影響は世界の人たちの生活に及んできている。

・・・・・緊急な臨床的問題としてこれに対処してゆかねばならない。

  

昨今の温暖化本や温暖化報道でも、これと瓜二つの表現によく出合う。

(69~70p)

   

10年後くらいに、地球温暖化問題はどうなっているのでしょう。

この本を読んでいると、10年経っても、心配なことは起こらずに、

本当に温暖化対策は良かったのかと見直しが始まっているような気がします。

  

  

アル・ゴアの『不都合な真実』(2006年)をきっかけに、「地球

温暖化が海水を減らすせいで苦しむ」シロクマ(ホッキョクグマ)は、

環境活動団体のイメージキャラクターになった感がある。2017年

12月8日にも英国の革新系『ガーディアン』紙がそんな記事を載せ

ていたけれど、現実はどうなのか?

国際自然保護連合の発表によるとシロクマの総数は、2005年の約

2万頭から2015年の約2万6000頭へとむしろ増えてきた。だ

いぶ前、1940年の推計値が5000~1万頭と少なかったのは、

狩猟のせいだという。狩猟が規制されたあと十分に増えたため(70

年代~2010年で約5倍増)、狩猟はまた解禁されている。地球温

暖化といっさい関係がない。

20万年ほど前にヒグマから分かれたシロクマは、現在より気温の高

い時期を生き延びてきた。そんな動物が、いまになって苦しむはずは

なかろう。

(86p)

    

これも知っておきたいことです。

武田邦彦氏より説得力を感じてしまう。

    

  

2017年12月17日のNHKスペシャル「激変する世界ビジネス

脱炭素革命の衝撃」は、地球温暖化を口実にして儲けようとするグロ

ーバル企業あれこれの紹介だった。そういうお粗末な番組を視るたび

に、高い受信料を払うのが馬鹿らしくなる。

(119~120p)

  

NHKスペシャルが絶対ではないのです。

時には的外れもあるのです。

これからもそういう視点でNHKスペシャルを見ていきたいな。

  

  

つづく

「地球温暖化狂騒曲」② CO2増加は途上国・先進国を問わず享受できる

    

今日は令和3年12月29日。

   

前記事に引き続き、

「『地球温暖化』狂騒曲 社会を壊す空騒ぎ」

(渡辺正著/丸善出版)より引用します。

   

温暖化関係のテレビ番組やニュースでは、汚い煙を吐く発電所や工

場の煙突とか、白っぽい排ガスを出すクルマの後尾をよく予告ふう

に流す。メディアは「CO2=悪」のイメージを伝えたいのだろうが、

見るたびに笑ってしまう。小学生でも知っているとおり、CO2は目

に見えない気体なのだから。

(11p)

  

CO2=悪のイメージはだいぶ刷り込まれているなと感じます。

でも冷静に考えれば、CO2が有効なことがあるんだよなあ。

   

太陽エネルギーを使ってCO2から有機物をつくる光合成生物は、

35億年ほど前に生れたという。光合成のしくみは、地球環境を一

新する最後の大発明だった。以後あらゆる生物が、CO2のおかげで

進化と繁栄をつづけてきた。

(12p)

   

これは基本中の基本。

CO2のおかげで植物は進化と繁栄を為してきて、

その植物に寄生して人類も繫栄してきました。

CO2=悪では申し訳ないです。

  

  

身近な植物たちは、4~5億年前にたまたま上陸した緑藻(りょく

そう)が、いまよりずっと高いCO2濃度のもとで進化・分化しなが

ら栄えた生物の子孫だといわれる。直近の一億年(図1.2の右端

あたり)に注目すると、その期間ずっと植物は、CO2の減少という

「環境悪化」に耐えてきた。

だから過去200年間に及ぶCO2濃度の上昇は、植物にとって願っ

てもない恵みだった。植物にとっての恵みは、もちろん生態系と人

間社会にとっての恵みにもなる。

(15p)

 

この文章を引用したとなると、図1.2も転載したくなります。

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CO2が増えることに何の問題もない、という説は、

武田邦彦さんの本でも見ました。

   

草本類を対象に、ハウス内のCO2濃度を変えながら収量(重量)の

変化をみた栽培試験は5000例を超す。CO2濃度を高めるほど枝

分かれが増え、葉の数と厚みも増し、根がよく張って、花も実も増

える(だからハウス栽培では、何かを燃やすかCO2ボンベを開けて

ハウス内のCO2濃度を1000~1500ppmに上げ、増収をは

かる)

(16p)

  

こういう農家の人たちから見ると、世間のCO2=悪は不思議な状態に

見えることだろう。でも口にできない?

   

農業に及ぼすCO2の恵みをまとめる形で、先ほども触れたウィット

ワ―が1995年の本にこう書いた。

耕地や水、エネルギー、鉱物、養分といった天然資源の枯渇が心配

な現在。大気にじわじわ増えるCO2は、植物を元気にして食糧生産

を増やす貴重な天然資源だといえよう。タナボタの恵みだといって

よい。しかもその恵みは、途上国・先進国を問わず享受できる。

(20p)

  

CO2の増加は世界的に見てもいいことなんだ。

  

 

産業革命の開始から現在まで、大気にCO2が増えるおかげで、地球

の植生(森林と草地)は重さがほぼ倍増したという。この数十年、

熱帯雨林も加速度的に増えている。

1970年からつづく衛星観測結果を述べた論文はたくさんあって、

そのどれも地球の緑化を語る。論文の一つを2016年4月、北京

大学の朱(チュー)再春ほか31名(8か国・24機関)が『ネイ

チャー・クライメート・チェンジ』誌に発表した。1982~20

12年の33年間にわたる観測の結果は次のようだという。

①33年間に地球全体で植物の量は10パーセントほど増えた。

②植生がある場所ののうち25~50%で緑が増えた(減った場所

 は4%だけ)。サハラ砂漠の南部(サヘル地域)やシベリア、ア

 マゾン流域の緑化がとくに激しい。

③緑が増えた場所の総面積(1800万平方キロメートル)は米国

 本土の二倍を超す。

④緑を増やした要因のうち、大気に増えるCO2がほぼ七割と推定さ

 れる。

私たちが化石燃料を燃やして大気に出すCO2は、お返しに計り知れ

ない恵みをくれるのだ。その事実こそメディアは報じてほしいし、

学校でも教えてほしい。

(21p)

     

「学校でも教えてほしい」が印象に残ります。

CO2=悪とは限らないのだよ。

世界の緑を増やしているんだよと教えることは、

生徒の多角的な考え方に寄与すると思います。

サヘル地域の緑が増えているなんて、いいことではありませんか。

   

  

現実をみるかぎり、CO2の増加も穏やかな気温上昇も、植物を活気

づける。地球の緑化を進めて食糧も増やし、8億~10億といわれ

る飢餓人口を減らすのに貢献してきた。いま私たちは奇跡の時代を

生きている。

(22p)

   

こう高らかに言えない雰囲気があります。

   

  

時代の空気に迎合して儲けたい人々の思惑だろう。エコカーやエコ

家電、エコ住宅などを製造・販売する経済活動が典型になる。民間

のメディアも経済活動の網にからめとられているため、新聞やテレ

ビは大スポンサーに忖度し、「CO2排出を減らして環境を守ろう」

と、本来の意味なら「反エコロジー」の表現を使う。

(24p)

   

世の中が一度CO2=悪のイメージで動き出してしまっているので、

逆の流れが相当難しくなっていると思います。

  

  

つづく

2021年12月27日 (月)

「地球温暖化狂騒曲」① 1988年IPCCが温暖化を「人類の緊急課題」とした

      

今日は令和3年12月27日。

   

この本を読みました。

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「『地球温暖化』狂騒曲 社会を壊す空騒ぎ」

(渡辺正著/丸善出版)

  

引用していきます。

  

国内メディアの温暖化報道では、なぜか朝日新聞が先頭を走ってき

ました。「温暖化の脅威」を紹介する記事の数は、他紙を大きく引

き離しています。やや旧聞に属しますが、暮れ近くに「パリ協定」

が結ばれることになる2015年の4月には、「教えて!温暖化対

策」と題する8回の連載を組んでいました。「恐ろしい未来が待っ

ている」「日本も対策を急げ」「省エネはCO2の排出を減らして温

暖化対策になる」など、根拠のあやしい話が目白押しですけれど、

うなずく読者も多かったのではないでしょうか。

朝日新聞と並ぶ大発信源がNHKです。

(まえがきⅣ)

 

要するに朝日新聞もNHKも、次のようなことを国民に伝えたいの

でしょう。

①近ごろ地球温暖化が恐ろしい勢いで進行している。

②温暖化は人類の未来を脅かす。

③温暖化を抑えるため、省エネなどCO2排出削減に努めよう。

そんな意識が国民にすっかり浸透しました。ほとんど洗脳といえそ

うな状況です。

(まえがきⅤ)

  

朝日新聞とNHKにどっぷりの私は、上記①~③の考えになりそうです。

でも武田邦彦氏の本や話を聞き、今回の本を読むことで、

待てよと思うようになっています。


      

温暖化に警告を発する論文や本の中身は、十年一日どころか、三倍

にあたる30年間にもほとんど変わっていません。いやむしろ、論

文や本の著者が織り上げる暗い未来と現実世界のギャップは、ます

ます開いてきたように感じます。

むろん今後「悪いこと」が起こる恐れはあるものの、なにしろ進み

はたいへん遅いため、何か気配がくっきり見えたら腰を上げ、あわ

てず適応策を考えればいいのです。人間活動が主因ではなさそうな

海面の上昇など、年にせいぜい2~3ミリメートルなので、必要な

ら護岸工事をゆっくり進めればよろしい。

(まえがきⅶ)

   

いずれ見えてくるのでしょうね。

温暖化でこんな悲惨なことが起こると描いた世の中と、

そうはならなかった世の中との違いが。

  

  

過去ゆるやかに変わってきて、今後もゆるやかに変わる地球環境を

気象や気候の研究者が論じ合うだけなら、実害は何もありません。

私たち部外者のほうも、ときおり聞こえてくる研究の成果を楽しま

せていただきます。まっとうな研究者なら、大気に増えるCO2とじ

わじわ上がる気温のプラス面も、きっと教えてくれるでしょう。

けれど1988年、国連のもとにあるIPCCという集団が温暖化

を「人類の緊急課題」にしてしまいました。各国の官公庁と主力メ

ディアがたぶん国連の権威に屈した結果、問題視するまでもないこ

と(英語のnon-problem)に巨費が投入されつづけることとなった

のです。

その巨費が生む「おいしい話」に、政・官・財・学界がどっと群が

り、日ごろは政府を攻撃したがる一部メディアも声をそろえて、カ

ルト宗教めいた状況になったのが、地球温暖化騒ぎの素顔だと思え

ます。

(まえがきⅶ~ⅷ)

    

IPCCがキーワードです。

ここが言い出したことがきっかけだとこの本では書いています。

1988年は重要な年です。

  

つづく

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