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2020年8月14日

2020年8月14日 (金)

20200813報告② 検討すべきは「方法」/「量」で負担を軽減しようとしていた

   

今日は令和2年8月14日。

  

前記事のつづきです。

オンラインセミナーのタイトルを前記事で書いていませんでした。

 

「読み・書きに困難を示す子どもたちへの学習空白の罪

 ~教室にいるのに学べないでいる子どもたちと学習量~」

 講師:井上賞子先生(島根県松江市立意東小学校)

  

 

ではあらためて、書き留めておきたいこと。

  

〇ロイロノートを使う。

 ※何度も自分の前を通過する「ロイロノート」

  アプリを入れて少々いじくったりすることはすれども、

  授業で使ったことはなし。

  井上先生の話にも登場。いい加減、実践しなくては。

  

〇Uさんは中学生 困っていることがわかりにくい子  

 中学生になって急に情報量が増えて、追いつけなくなった。

 井上先生が何に困っているかを見つける。

 カラーレンズの使用 音の補い(ICTによる読み上げ機能)

 ※ここが井上先生らしいところ。

  昨年も書いたが「これぞ特別支援!」

  

〇指導者がその子をどう見るかで指導が変わる

 ×Uさんは、まじめだが理解力に課題がある。

  「友達も多いし、無理をしなくてもいいのでは?」

  「親が神経質になり過ぎている」→特別なことをしない

 ◎Uさんは学習意欲が高い

  理解はできるが文字からの情報取得で困っている

  →できる方法を探そう という指導者の気持ちになる。

 ※自戒、自戒。現在目の前にしている生徒に、

  ベストを尽くしていますか?

  1年前にもセミナーを受けているのに、変わったか?自問。

〇Uさんの呟きがとても重要。

 「みんな自分と同じように『見えている』と思っていた。

  初めて、自分が困っていることに気づいた」

 ※見え方は、他の人と比べることができなかったのです。

  教師も気がつきにくい。でも井上先生は気がついた。

〇URAWSS(ウラウス)

 子どもの読み書き能力の検査方法として紹介された。

 ※調べたら対象を中学生にまで広げたURAWSSⅡが

  2017年に作成されたとのこと。

  SACCESS BELL URAWSSⅡ

  その気になれば、ここからスタートできます。

  

〇井上先生が学び方に困難がある子の支援を始めた頃

 ・学習に向かいにくい姿を見て

  →この子の特性上難しいのでは?

 ・繰り返しの学習について

  →子どもたちへの過度の負担をかけるのでは?

  「無理なく取り組める」を目ざして学習量を減らしていた

 ・取り組むことはできるが定着までいかない

  →横で教えて「できた」の形にして終わっていた

 ・定着しないで、自発的な取り組みや学習にならない

  →「言われたらやる」「先生がいればやる」

検討すべきは「方法」だったのに「量」だけで

 負担を軽減しようとしていた

  

 ※この夏休みの宿題は、完全に「量」を減らして負担を減らしました。

  井上先生の出している宿題の量(質)を見て、驚きました。

  ネットで動画を見ることも宿題にしていました。

  定着を考えるレベルが、私よりずっと上でした。

  さらに、さらに次のように言っています。

  

〇苦手な方法での学習

 ↓

 効果も出にくく自己評価も下がってしまう

 ↓

 減らすことは正しい

 しかし、ここで終わってはいけない

 ↓

 減らした分だけ、「特性に応じた方法」での学習を

 増やすことが必要。

 その子にあった学び方で「学習量」を確保していくことが大切

  

これをやってこそ特別支援。

 

 

つづく

 

20200813報告① 特別支援学級の子どもーー「困った子」「できなくても仕方がない子」になっていないか?

  

今日は令和2年8月14日。

  

昨日は貴重な体験をしました。

1年前には横浜市まで出向いて参加した井上賞子先生のセミナーを、

今年は自宅でオンライン(Zoom)で参加しました。

ここでも道草 20190809報告1 これぞ”特別支援” 井上賞子先生

井上先生は島根県の自宅からでした。

午前10時から午後4時30分まで。

いい勉強ができました。

オンラインでもできてしまうのですね。

 

  

セミナーの中で、忘れたくないことを書き留めておきたいです。

  

〇「命」を「合卩」と書いて、違っていることに気がつかない子ども。

  →漢字の中のパーツをしっかり見てしまい、

   全体のバランスに気が回らない。  ※なるほど、そう見るのか。

〇子どもが何に困っているか(現象)

 ↓

 なぜそうした困難が生じるのか(困難の背景の予想) 

 ↓

 どんな支援が必要か(手立て 方法 含教具)

 あるものは探す なければ作る!

〇方法はそのままで、量を増やして解決しようとすると・・・

 「できない」「だめだ」を追体験 

 苦しさと無力感 

 意欲の低下   悪循環

   

〇学ぶ機会を失わせない

 Aができない Aができるように繰り返すだけでは意欲減退 

 自己評価の低下

 Aが困難でも、Aの学習を補いつつもBの学習をする。

 新しい学習機会が得られ、Aの学習も進む。

 ※中学校の学習でも、復習だけでなく、新しい学習を加え、

  「わかった」「なるほど」「初めて知った」「できた」を

  生徒に言わせたい。

  

〇その子にあった手立てが見つかると、支援者も支えることになる。

 「がんばれる方法があったんだ」

 「ここが苦手だからできなかったんだね」

 「今までここが困っていたんだね」

 「他の場面でも考えてみよう」

 

〇板書を見ながら書き写す作業・・・

 もう一度自分の中を知識が通ること。やるべきこと。

  

〇特別支援学級の子どもーーー

 「困った子」「できなくても仕方がない子」になっていないか?

 ※ドキッ。そう思って逃げるときは確かにある。

  常に自問し続けないといけないと思う。

  井上先生は、特別支援を必要とする子どもを、

  その子に合った学習の方法を見つけてあげて、

  何人もひとり立ちさせています。

 

ここで一度キリにします。

  

つづく

  

「長期ひきこもりの現場から」⑱ ひきこもりの最後は”餓死”か”自殺”か”事件”

  

今日は令和2年8月13日。

  

前記事に続いて

ドキュメント・長期ひきこもりの現場から

(石川清著/洋泉社)より引用します。

  

 大学時代にフィリピンに滞在したことによって、当初の目的でも

あった、グローバル社会の両端の弊害を目の当たりにできたことは、

印象深かった。つまり、アジアのスラムという物質社会の一歩の端

である、貧困のさなかにかつて身を置いて、そこの問題を体感した。

 そしてその反対側の、物や人のつながりのたどり着いた豊かさの

先にある、グローバル社会のもう一つの端では”心の貧困”と”孤独と

いう地獄”に生きる人たちに出会えた。”ひきこもり”の人たちとの出

会いである。

(291p)

  

 生きる困難さという意味では、むしろ日本の”ひきこもり”のほうが

ずっと厳しい。アジアの貧しい人たちは、好むと好まざるとにかかわ

らず、お互いに助け合って生きていく術を知っている。しかし、日本

の”ひきこもり”は、社会保障の網の目にもかからずに放置されれば、

孤独地獄のなかで生涯喘ぎ続ける。

「このまま何もしなければ、ひきこもりの最後は”餓死”か”自殺”か

”事件”か。いずれかになります」

 これは全国ひきこもり親の会(KHJ)を結成した故・奥山雅久さ

んから僕が聞いた言葉だ。この言葉はいまだに胸の奥にひっかかって

いる。

(292p)

  

「ひきこもりの最後は”餓死”か”自殺”か”事件”」

厳しい言葉です。

  

なぜこんなにひきこもりが増えてきたのか。

最近、ドラマ「BG~身辺警護人~」でも

20年ひきこもっている人物が登場しました。

それはひきこもりが普遍的になってきた証拠だと思います。

  

 

学校の場合、

「不登校」と「ひきこもり」の区別が難しい。

その生徒が、家庭でどのように家族と接しているかなど、

くわしく知らなければならなくなってきます。

  

「不登校」なら環境の変化で大きく変わる可能性があります。

短期作戦です。

「ひきこもり」ならば、焦りは禁物です。長期戦です。

見極めなくては。

 

  

以上で、「ドキュメント・長期ひきこもりの現場から

からの引用を終えます。18回!

この本、購入して手元にあったほうがいいかも。

  

「長期ひきこもりの現場から」⑰ ひきこもり支援の歴史のなかで繰り返し起きている悲劇

  

今日は令和2年8月14日。

  

5月23日の続きです。

ここでも道草 「長期ひきこもりの現場から」⑯ 

これだけ引用する本はなかったです。

  

ドキュメント・長期ひきこもりの現場から

(石川清著/洋泉社)より引用します。

  

 長期重篤のひきこもり問題の解決に対して、僕個人が見る限り、

まだ本当の意味での有効的な解決方法は確立されていない。たしか

に行政ではひきこもり支援の窓口や施設を用意しているし、民間で

ひきこもりを支援する団体も増えている。医療の理解や対応も年々

進歩している。

 しかしまだ、長期重篤なひきこもりを抱える家族は、どこに相談

しても十分な対応をしてもらえないケースがある。もちろん、なか

には、熱心な医療機関や支援団体、支援者がいたりする。しかし、

全国のひきこもりを抱える家族や当事者の誰もが、自分たちの希望

や意志を丁寧に汲み取ってくれるような十分な支援を受けられるわ

けではない。当事者が反抗的な態度をとったり、なんの反応も見せ

ないような面倒なケースは、さりげなく避けられ、見捨てられるこ

とがある。少なくともそういう仕打ちを受けた経験をもつ家族は多

く存在している。こうした状況はひきこもり問題の性質上、簡単に

は解消されないのだ。

(277p)

  

  

「なんの反応をみせない」ものなのだと

腹をくくらなければいけないのだ思っています。

手紙を渡したり、ドアの前で一方的に話したり・・・

少しでも時間を共有することの積み重ねで、

コミュニケーションが始まると期待したいです。

  

  

 良心的な医療や支援の側が、まだ十分な対応力や解決力をあま

ねく備えていないことが、僕は多くの家族が、暴力的な手法の団

体にすがってしまう大きな要因のひとつと考えている。長期間の

家族内の問題に疲弊し、心身ともにボロボロになって、しかも孤

立して、どうしようもなくなって、挙げ句の果てに思考停止状態

に陥って、あきらめてしまう。そうなった末に、TVタックルで

放送されたような状況になるのではないかと考えている。

(277~278p)

   

「家族の疲弊」「家族の孤立」

辛い状況です。

ひきこもりは、本人だけでなく家族も巻き込む、

とっても大きな社会問題です。

    

  

 重篤なひきこもりのケースで得た印象を、外出や人間関係を形

成できるような比較的軽いひきこもりの人たちに対して抱くべき

ではない。それは誤解や偏見を助長する。

 だからといって「大部分の比較的軽いひきこもりの人」は「少

数の長期重篤な人」と「全然違う」のだから一緒にするな、「長

期重篤なケースの人は、大勢の軽いひきこもりに含めない」とい

うのも差別を助長するおそれがある。

 ひきこもり支援の歴史のなかで繰り返し起きている悲劇がある。

 長期重篤な問題を抱えたひきこもりは、やれ「ひきこもりを定

義しよう」、やれ「ひきこもりを分類しよう」という議論が巻き

起こるたびに、支援の枠から除外されて、”見捨てられて”きた。

比較的軽い症状の人が救済されてきたのである。この哀しい現象

について、全国ひきこもり親の会を設立した故・奥山雅久さんは

「棄民」と称していた。

(280~281p)

  

ひきこもり支援の哀しい歴史を知りました。

 

つづく

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