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2020年7月25日

2020年7月25日 (土)

「崩壊するアメリカの公教育」③ 部活動ではなくても、授業で勝負できる身

  

今日は令和2年7月25日。

  

前記事に引き続き、

「崩壊するアメリカの公教育 日本への警告」

(鈴木大裕著/岩波書店)より引用します。

  

 「世界で最も忙しい」と言われる日本の教員の負担を減らす必要

性に押され、学校から部活動を切り離そうとする声が教員の中から

も上がっている。もちろん、これには一理ある。しかし、学校が「

塾化」し、ゼロ・トレランスの名目で生徒指導から「問題児」の排

除が検討される中、部活動まで学校教育から切り離せば、教育とい

う古代から行われてきた人間の営みはいよいよ狭義で貧弱なものに

なるだろう。

 国が部活動に対して中途半端な姿勢をとってきたがために、教員

が都合のいいように搾取されてきたことは紛れもない事実だ。だが

もっと言えば、私自身もそうであったように、部活動に熱心な教員

はそれをわかった上であえて国に利用される道を選んできた。私が

教えていた公立中学校は、1学級約36名(1学年180名)。担

当していた英語は各学級1週3時間だったから、授業で生徒たちと

触れ合う時間は生徒1人につき1週間でたった4分間ちょっとだっ

た。その時間で生徒たちとどれだけの人間関係を築けるだろうか。

もっと密な人間関係を築ける場を、私は部活動に求めた。

(153~154p)

  

密な人間関係を築けることが、教師と児童生徒には大事なのです。

筆者は授業では無理と判断して、部活動にそれを求めました。

私は、現認校に来た時に、特別支援学級担任でしたが、

通常学級の社会科の授業も3学級担当していました。

両方にエネルギーを注ぐことは、難しかったです。

お願いをして、

次年度から特別支援学級担任のみにしてもらいました。

したがって、現在は少人数で教えられます。

授業で勝負できるはずなのです。

もっとアイデアを出していかなければと思います。

  

  

 「可能性無限」を合言葉に「人」を育てることにただひたすら取

り組む学校づくりに挑戦すべきではないのか。今、島根県隠岐島前

(どうぜん)や高知県嶺北・土佐町などは、教育を軸にした地域お

こしに取り組んでいる。都会から徐々にグローバル化の波が日本全

体に押し寄せる中、過疎化が進むそのような土地にしか提示できな

いアンチテーゼがあるのではないかと私は思う。

(156p) 

 

「アンチテーゼ」は、ある理論に反対する理論。

教育のグローバル化への反論と考えていいのかな。

鈴木大裕さんは、土佐町の町会議員をやっています。

どのような実践をされているのか知りたいです。

きっと参考になると思います。

  

  

以上で「崩壊するアメリカの公教育 日本への警告」からの

引用は終了。

お仕事を頑張ろうと思わせてくれた本でした。

今からサークルにサークルに参加。

今晩は来週の授業に向けて教材研究しよう。

  

  

「崩壊するアメリカの公教育」② 癖を見抜き、生かすことができる教師  

  

今日は令和2年7月25日。

  

前記事に引き続き、

「崩壊するアメリカの公教育 日本への警告」

(鈴木大裕著/岩波書店)より引用します。

 

 日本で中学校の教員をしていた時、私自身も「制服の乱れは心の

乱れ」として生徒指導に取り組んだ。些細な乱れを許すことが、次

第に大きな乱れを呼ぶ原因になることも経験した。ただ真の目的は、

制服や言動に表れる些細な乱れから生徒の心の乱れに気づき、その

生徒に必要な心のサポートを与えることだ。決して生徒の服装の乱

れを正すことではない。些細な規律の取り締まりだけを強化し、生

徒の内面的なニーズを無視し続けたら、彼らに不信感を植え付ける

だけで問題の解決にはならない。

(82p)

  

「心のサポート」が目的なのに、なかなかそこまでいかない。

いかなかった。

でも今なら。

少人数の担任であるなら少しでもできるかも。

そう思っています。

  

 

 自殺や引きこもりをする人が後を絶たない日本において、今最も

求められているのは、すでに病んでいる社会のニーズに合った人間

を育てることや、「一億総活躍」の号令の下に「戦後最大のGDP

600兆円」を目指して、人々をグローバル・スタンダードに合わ

せて最適化させることではなく、子どもそれぞれの特性を生かし紡

ぎ合わせることで唯一無二の国づくりをするという発想の転換では

ないだろうか。そして、日本の教育に求められているのは、子ども

一人ひとりの癖を見抜き、生かすことのできる「プロ」の教師を育

成することなのではないだろうか。

(117p)

  

「特性」とすると構えてしまいますが

「癖」となるとわかりやすいです。

「癖」レベルのこだわりならば気づきやすいです。

そこからその子を伸ばす。

それならできるかもしれない。

  

  

 アメリカにとってのシカゴがそうであったように、アメリカが世

界における新自由主義抵抗運動のグラウンド・ゼロなのかもしれな

い。アメリカにおける新自由主義は日本と比べて歴史も古く、遥か

に成熟している。その反面、それに反対する市民らの抵抗運動とい

う点でも目を見張るものがあり、この数年、アメリカ社会の潮流が

少しずつ変わってきているのを私は肌で感じてきた。

(134p)

   

この本の2/3は、アメリカ公教育の荒廃について書かれていましたが、

1/3は抵抗運動について書いてありました。

抵抗運動にも歴史があり、それは学ぶべきことだと思いました。

  

  

 27年のキャリアを持つニューヨークのある教師は、辞意表明の中で、

教育現場ではいかに想像力、学問の自由、教師の自律性、試行錯誤のイ

ノベーションなどが失われ、教育がつまらないものになっているかを綴

り、(中略)コロラド州のある教師は辞意表明の中で、「今の教育シス

テムは、子どもたちが自分たちのユニークな才能を見つける手助けをす

るのではなく、彼らの足りない部分を見つけて罰している」と・・(後略)

(140~141p)

  

  

  

「崩壊するアメリカの公教育」① 鈴木さんが留学したいと思った理由

  

今日は令和2年7月25日。

  

この本を読みました。

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「崩壊するアメリカの公教育 日本への警告」

(鈴木大裕著/岩波書店)

この本を読むきっかけは、新聞記事でした。

ここでも道草 「一人ひとりの自己実現を教育の目標」とする できるかな?(2020年7月4日投稿)

この記事の内容を裏打ちするような内容の本でした。

  

引用します。

  

 高校1年生の時、留学したいと思った理由は、「このままでは自

分がユニークになれない気がする」というシンプルな懸念だった。

(3p)

 

「ユニーク」とは?

「独特で、他にはないようなもの」という意味でした。

私にもこの気持ちはずっとあります。

鈴木さんに比べて、それに向けての実行力が

不足しているんだろうなあ。

でもまだまだこれから。

  

  

 「自由と平等の国」アメリカのの憲法が、教育を受ける権利を国

民の基本的人権として保障していないことをあなたはご存知だろう

か。

 実際、最低限の教育を受けられない子どもも多く、アメリカは国

連が採択した子どもの権利条約も批准していない。2015年にな

って南スーダンとソマリアが相次いで批准したため、国連加盟国

193か国中、署名しておきながら未だ批准していない国はとうと

うアメリカだけとなった。(中略)従来、アメリカでは土地にかか

る固定資産税が教育予算の主要な財源となっており、地価の格差に

よって露骨な教育予算の不平等が生じる。高級住宅街に有名私立校

顔負けの教育施設やスタッフを誇る公立校が存在するかと思えば、

教育ニーズの高い貧困地区の学校では経験豊富な教員を雇えず、教

科書も人数分揃えられず、チョークやトイレットペーパーさえまま

ならない所もある。世界で最も裕福な国アメリカで今日も続くこの

ような不平等を、私たちはどのように理解したらよいだろうか。

(6p)

  

教育における格差がアメリカでは生じています。

ここでも道草 「みんなにお金を配ったら」① 大衆全体を守るという視点の福祉政策(2020年6月7日投稿)

「みんなにお金を配ったら」を読んだ時に感じた、

アメリカの格差、差別を感じた本でした。

  

  

 一つ言えるのは、今日のアメリカの公教育政策を陰で動かしてい

るのは、ピアソンのような一部の企業であり、その目的は子どもた

めでも国のためでもなく、いかなる国家にも忠誠を持たない多国籍

企業の利益のためだということだ。

 そのピアソンが、2015年からOECDが運営する国際学習到

達度調査(PISA)のマネージャーに参入した。企業の企業によ

る企業のための教育「改革」をリードしてきたピアソンと、人間の

教育を経済的アジェンダに服従させる新自由主義的教育価値観を世

界に広めてきたOECDとの組み合わせには、世界規模の危機の予

感さえする。ピアソンは、さらに国際的な競争を煽り、「PISA

型学力」に合わせた教材、カリキュラム、模擬試験、データシステ

ム等の開発を展開するだろう。

 アメリカの悪しき流れが日本に来るかどうかは、日本がいかに腰

を据えてPISAに対応するかにかかっている。

(40~41p)

英国に本拠地があり、世界の教育に影響を及ぼしていると思われる

ピアソンという企業のことを初めて知りました。

さらにPISAのこと。今までPISAの結果に日本の教育は

左右されてきたと思います。

しかし、待てよと思わなくてはいけないようです。

「アジェンダ」とは?

「行動計画」のような意味でした。

  

   

 新自由主義教育改革が、人間の教育を標準テストの点数」=「学

力」=「グローバル市場における競争力」という狭い定義に閉じ込

める中で、教師の教育学に根差した知識、教員免許、そして確固た

る経験に培われた教師の直感、柔軟性、子どもに対する包容力など

は、従来の価値を失っていった。「効率性」追求の名の下に、ビデ

オやiPad等のテクノロジーを導入する代わりにプロの教員を削減す

る現在のアメリカのトレンドの背景には、このような教育ビジョン

の貧弱化がある。

(65p)

  

 数値化と標準化に伴う商品化のもう一つの例は、教えるという行

為のテクニック化だ。ただ点数をあげることだけが求められるのだ

から、学校は進学塾化し、教えるということはもはや点数を上げる

ためのテクニックでしかなくなってしまう。ティーチングが、誰で

もどこでもすぐに使えるテクニックに分解、商品化され、販売され

るのだ。

(77p)

  

  

テストで高い点を子どもたちに取らせるテクニックがある教師のみが

評価される。現実アメリカではそこまでの状況になったのです。

  

つづく

   

あっけなくブログが消滅することがある

今日は令和2年7月25日。

  

このブログ継続のための1年分の費用を

昨日支払いました。

1カ月当たり2000円弱です。

これで今からほぼ390日はブログは安泰です。

  

毎年やっている支払いですが、

今年はふと思いました。

費用を支払えばブログは続きますが、

何らかの理由で、その支払いをやめてしまえば、

今まで蓄積してきた7200余りの記事が

あっけなく消滅してしまうんだよなあ。

そんなことを思いました。

  

私が認知症気味になってしまい、

支払うことを忘れてしまうことも考えられます。

事故で死んでしまったり、意識不明になってしまっても

同じことです。

7200余りの記事は、実ははかないものに思えてきました。

新型コロナウイルス感染で、

予想もしないようなことが起こっている今だから、

ブログが消滅してしまうという考えが浮かんだと思います。

  

   

私にとっては、記憶の一部を担っているブログです。

うっすら記憶に残っていたら、語句で検索して、

過去の記事にたどり着き、その時に確かに自分自身が調べたこと

思ったことを読むことができます。

過去に自分がやったことが今に活き、

過去の行為が無駄ではないと確認できます。

記事の積み重なりが、今の自分を作っているのだと考え、

このブログのお陰で、自分に自信が持て、

頑張っていると思っています。

  

  

それが消滅することが将来ある?

1年ごとに支払うのではなく、

10年分ぐらいまとめて支払いたい気持ちにもなりました。

  

しかし、ブログを運営している会社が、

永遠に続くとも思えません。

現に、私は3社目の会社です。

    

  

たくさんの自分の時間をつぎ込んできたブログです。

私が生きている間、意識がある間は消滅しないでほしい。

私はだいぶブログに依存した生活をしています。

 

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