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2019年8月

2019年8月13日 (火)

20190813報告5 谷中ぎんざには7匹の猫がいる

 今日は令和元年8月13日。

  

先日、自転車屋さんに修理をお願いしてあった前輪。

修理完了で、昨日の朝、前輪をセットして、

半年ぶりに自転車に乗りました。

自転車ってやっぱりいいなあと実感した時でした。

  

さて、20190813報告の続き。

谷中の街中を歩きました。

Photo 谷中ぎんざ公式HP 谷中マップ

 

岡倉天心記念公園。☟

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公園の木陰と、水飲み場の水はありがたかった。

この日も暑い日でした。しばらく休憩。

歩き出したら、長い行列ができたお店がありました。

かき氷がおいしい店のようです。☟

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私は素通り。

  

谷中銀座商店街へ。

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☝ ここで気になったのが「蜜とミシン」☟

Img_0459a  

そば屋さんになぜ「蜜とミシン」なのだと思ったら、

そば屋さんとは別の店のようです。

HPもありました。→蜜とミシンHP

このHPには次のように書いてありました。

  

オリジナルのお洋服をお手頃の価格で。

谷中商店街にあるオーダーメイド専門のお店です。

 

疑問が解決です。

 

この店の、このマークは不思議でした。☟

Img_0460  

この店もHPがあります。→HAKKODO HP

 

おいしい発酵と出会う店」とありました・

”発酵”を表すマークなのでしょうか。

 

 

ムムム?

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Img_0461a  

「越後屋本店」の屋根の上に猫がいました。

本物ではありません。

調べました。

ちくわ お出かけ情報 谷中ぎんざの七福猫めぐり!

  

引用します。

  

谷中ぎんざには「谷中七福猫」と呼ばれる

木彫りの猫が7匹います。

なんでも東京芸術大学の彫刻科の生徒に制作を依頼したもので、

商店街のあちこちに隠れているのだとか。

  

谷中ぎんざについては、下調べなしで歩いたため、

後で気がつきました。

7匹の内、1匹だけ発見です。

あと6匹は、今度行った時ですね。

  

つづく

 

  

2019年8月12日 (月)

20190810報告4 不思議ではなくなったお店

  

今日は令和元年8月12日。

  

前投稿で、tokyobikeのガラス戸になぜ「酒」の字か

疑問に思ったことを書きました。

この疑問を、メールでtokyobikeさんに送りました。

ありがたいことに、tokyobikeさんから返事をいただきました。

疑問が解けました。

  

tokyobikeさんの建物は、もともとは創業300年を超える

歴史ある酒屋「伊勢五本店」であったものを

借りているそうです。

「酒」の字は、酒屋さんの時のままなのだそうです。

伊勢五本店」は他の場所に移転したそうです。

☝ このHPを見ると創業は宝永3年(1706年)でした。

  

 

次の疑問が生まれました。

「伊勢五」はなぜ「五」なんだ?

調べると・・・・

米屋の「伊勢五」というのがありました。

☝ このHPを見ると、次のように書いてありました。

  

当店は代々、文京区千石で米屋を営んでいます。

正確な創業年代は不明ですが、

享保年間(1716~1736)には商いをしていたと

いわれています。

伊勢五の名称は初代の今井(伊勢屋)五郎右衛門から

とったものです。

  

この文章から、酒屋の「伊勢五」と米屋の「伊勢五」は

違うお店です。

伊勢屋は屋号であって、

江戸時代には江戸市中に多いものとして

『火事 喧嘩 伊勢屋 稲荷に犬の糞』と呼ばれるほど

『伊勢屋』と名乗る店舗が多かった

そうです。(引用:Wikipedia

したがって、屋号が伊勢屋の「五」で始まる名前の持ち主が

創業した酒屋が「伊勢五」となったのでしょう。

 

そんな想像をしました。

この疑問の解決は、直接尋ねてみたいです。

もし、いつか谷中に行くことがあったら、

次のことをしたいです。

tokyobikeに行ってお礼を言って、何かいいものを買う。

それほど遠くない伊勢五本店に行って、

店の名前のいわれを尋ねる。

Kome04_3

Oka2m0110_2

 

つづく

  

20190810報告3 谷中で見かけた不思議なお店

  

今日は令和元年8月12日。

  

徳川慶喜のお墓を見た後、

全生庵の幽霊画展が始まる午前10時までには

少し時間があったので、谷中の街を散歩しました。

 

「慶喜」という名前のそば屋さん。☟

Img_0448

「慶喜そば」とかいうメニューもあるのかな?

もしあったとしたら、どのような具が乗っているのかな? 

  

この店はよくわかりませんでした。☟

Img_0449

Img_0449a  

ガラスには大きく「酒」と書いてあります。

Img_0449aa  

でも店内には自転車が何台かあります。

よく見ると・・・・・

Img_0449ab  

「tokyobike」とあります。

酒屋さんなのか、自転車屋さんなのか?

調べました。

自転車屋さんでした。

HPもありました。☟

Photo_4 tokyobikeHP

 

お店の開店時間は12:00~18:00でした。

私が写真を撮った時は午前10時前。

昼過ぎに見たら、自転車屋さんだと迷わず思ったでしょう。

しかし、あの「酒」は?

店主の名字が「酒井」さんかな?

それとも「酒」という漢字ではなくて、

何か自転車に関係ある漢字なのかな?

それとも・・・・もと酒屋さんだったなごり?

確かめたい。

  

  

もう少し「tokyobike」について調べました。

CycloRider ファッショナブルなスポーツ自転車「tokyobike」を解説

 

高性能でレーサースタイルを売りにするスポーツ自転車が多い。

これは、レーサースタイルでイメージ戦略を行ったほうが

簡単なのもあるだろう。しかし、一部の自転車ブランドには、

ファッション性を売りにし、レーサースタイルを拒否することで

成功した自転車ブランドがある。それはtokyobikeだ。

(中略)

tokyobikeは一部場所で直営店を運営している。

筆者はかつてTokyobike Shop&Rentals 谷中に

訪れたことがある。ここではTokyobikeシリーズ

全車種の展示やアクセサリーの販売等を行っていたが、

通常の自転車店にあるようなショップ的な雰囲気はなく、

気軽に見ることができるアパレルショップの雰囲気だった。

アクセサリーも機能性重視の自転車部品は少なく、

木のベルやカラフルな鍵、普段着にも合うバッグや靴が置いてあり、

自転車店というよりもTokyobikeのコンセプトを見せるための

コンセプトストアと言ってもいいほどだった。 

  

  

なかなか面白そうな店だったのですね。

今回は五重塔跡・駐在所・全生庵目当てで谷中に行ったため、

次の機会では訪れたいと思いました。

  

  

Img_0450  

☝ 全生庵に近づいてきたら、この貼り紙をよく見るようになりました。

八月一日~三十一日 三遊亭圓朝まつり

ワクワクしてきました。

つづく

20190810報告2 川上音二郎の碑/徳川慶喜の墓

  

今日は令和元年8月12日。

  

天王寺五重塔跡付近は、谷中霊園と言われる墓地です。

そこには有名人の墓があるそうです。

 

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☝ これはお墓ではなく、「川上音二郎の碑」と

あります。

10年ほど前には、この碑の前に説明があったようです。

このサイトでわかります。☟

ゆきの食魔日記

一部引用します。

  

川上 音二郎(1864~1911)

新派俳優。

壮士劇の率先者。(中略)

妻定奴近代日本最初の女優で、内助の功あり。

銅像は戦時中金属の供出で取り外され、台座のみ残る。

谷中過去帳より

  

あれは台座だったのですね。

台座の上にはどのような銅像があったのか

おおいに気になります。

調べたら、次のサイトにありました。☟

馬込文学マラソン ある戦争遺跡

この写真が載っていました。☟

Photo シルクハットとステッキを手に堂々とした姿の

銅像だったのですね。

ここにも戦争の痕跡がありました。

  

  

Photo_3 谷中ぎんざ公式HP 谷中マップ

徳川慶喜のお墓を見てきました。☟

この奥にあります。

Img_0441  

奥左手が徳川慶喜のお墓。右奥手が正室の徳川美賀子のお墓。☟ 

Img_0445  

次のサイトに興味深いことが書いてありました。☟

気ままに江戸♪  散歩・味・読書の記録

  

慶喜のお墓の後ろに側室(中根幸、新村信)のお墓もあります。

徳川慶喜は十男十一女の子沢山ですが、

多くの子供の母親が新村信と中根幸の二人です。

中根幸は、中根芳三郎の娘として生まれ、

成田信十郎の養女となって側室となりました。

新村信は、旗本松平勘十郎の娘に生まれ、

新村猛雄の養女となって側室となりました。

広辞苑の編者新村出は、新村信の義理の弟になります。

二人とも多くの子供たちを生んでいますが、

生前の役職は側女中で、子供を生んだからといっても、

女中以上の扱いを受けることはなく、

子供たちからも「幸」とか「信」とか呼び捨てにされたといいます。

  

そういう世の中だったというか、

江戸時代の徳川家のなごりなのでしょうか?

今度行く機会があったら、

慶喜のお墓の後ろまでよく見てこよう。

  

 

 

2019年8月11日 (日)

20190810報告1 再び天王寺五重塔跡と天王寺駐在所

  

今日は令和元年8月10日。

  

テレビ番組で扱われた場所に実際に行ってみる。

ドキュメンタリーであれ、ドラマであれ、

その場所に行って、実際に触れたり、味わったり、

時には話をしたりという体験はいいことだと思っています。

テレビ番組はあくまできっかけであり、

そこから広がったり深まったりすることが楽しいと

思っています。

  

今回は、父親がショートスティでお世話になっている隙に、

9日は横浜で研修会に参加し、

10日の午前中は東京を歩きました。

  

  

☟ 日暮里駅近くのアパホテルを出発。

Img_0427  

☟ 「もみじ橋」を使って、駅の東側に行きました。

Img_0428  

正式名称は、紅葉坂跨線人道橋というそうです。

いい感じに古くていいですね。

 

もみじ橋の上で振り返って撮った写真です。☟

Img_0429  

 

Photo_2 谷中ぎんざ公式HP 谷中マップ

まずは9日の晩にも行っている天王寺駐在所に行きました。☟

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警察官がいたら、聞いてみたかったです。

「小説やドラマの『警官の血』を見た人が、訪ねてきませんか?」と。

でも9日の晩と同じく誰もいませんでした。

  

駐在所に向かって、左の奥手にあるのが、

天王寺五重塔跡です。

 

写真です。☟

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実際に行ってみて、五重塔と駐在所はとても近いと感じました。

ここでも道草 昭和32年7月 東京都天王寺五重塔炎上(2018年12月15日投稿)

☝ この記事でも紹介した五重塔の写真です。☟

Ougyo03_2  

燃える五重塔と、すぐ近くにあって類焼をまぬがれた駐在所。

この取り合わせから佐々木譲さんは創作意欲を掻き立てられ、

小説「警官の血」を書いたのでしょうか?

勝手に想像していました。

ドラマ「警官の血」の再放送が待たれます。

 

つづく

 

残念!近江高校敗退 2人の写真集

今日は令和元年8月11日。

  

残念!近江高校は東海相模高校に1-6で敗退。

ここでも道草 夏の甲子園、近江高校の試合に注目します(2019年7月30日投稿)

応援していましたが、予選でノーエラーだったチームが、

甲子園では6つもあっての敗退でした。

林優樹投手と有馬諒捕手のバッテリーは、

2人ともたくましくなっていました。

林選手が3塁ランナー時に、

ベンチを盛り上げようと大きな声をかけていました。

有馬選手は、満塁で1点しか入らなかったのに、

「1点取ったぞ」と笑顔でアピールしていました。

9回裏、ツーアウトでも、2人はベンチから足を踏み出して

応援を頑張ってやっていました。

もしかしたら見納めになってしまうかと思って、

8回裏から録画していました。

試合後は、林優樹投手と有馬諒捕手を追った短い映像が

流れました。私だけではないのです、注目していたのは。

2人のことを忘れたくないので、下に写真を並べます。

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有馬捕手:いっぱい(土を)持って帰るよ、俺は。

    :やあ、林に申しわけないなあ。

    :ああ、終わってもうたあ。

    :(袋にたくさん土を入れて)よし!

 

昨年、金足農業高校と壮絶な試合をして敗れました。

負けたことを糧にしてたくましくなって戻てきた

有言実行の2人。

見届けました。

通算6400本目の投稿/20190809報告2 夜の駐在所・五重塔跡

  

今日は令和元年8月11日。

 

横浜でのセミナーが午後4時30分に済んで、

急いで駅に向かいました。

この日の目的地は、東京の日暮里。

8月9日は平日なので、仕事帰りの人たちで

列車が満員になる可能性がありました。

少しでも早く行こうと思いましたが、ダメでした。

山手線の満員列車は大変でした。

これを毎日こなしている人たちは、大変だ。

  

 

日暮里のホテルで落ち着いた後に、散歩に出かけました。

谷中(やなか)にある天王寺五重塔跡と、

その横にある天王寺駐在所をみることです。

五重塔が燃え始めたのは夜だったそうなので、

一度暗いうちに見に行こうと思っていました。

ここでも道草 昭和32年7月 東京都天王寺五重塔炎上(2018年12月15日投稿)

ここでも道草 小説「警官の血」残り200pあまり(2018年12月28日投稿)

  

行ってきました。

日暮里駅から駐在所への道。

お墓に囲まれた道でした。☟

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駐在所です。☟

ストリートビューで見た通りの建物です。

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ここが小説・ドラマ「警官の血」の舞台になった

駐在所です。

どなたかおられたら話をしたいと思いましたが、

残念ながら誰もいませんでした。  

  

建物に向かって左後ろに、天王寺五重塔跡はありました。

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お墓に囲まれたところにあった五重塔。

燃えた時には、闇の中で、

全体が燃えるところが遠くからでも見えたことでしょう。

  

  

駅方面に帰る時の景色です。

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夕焼けを撮るには、ホテルを出た時刻が遅すぎました。

いよいよ近江高校登場/20190809報告1 これぞ”特別支援” 井上賞子先生

今日は令和元年8月11日。

  

夏の甲子園高校野球、今日の2試合目で

いいよ近江高校登場です。

ここでも道草 夏の甲子園、近江高校の試合に注目します(2019年7月30日投稿)

林優樹投手/有馬諒捕手のバッテリーが楽しみです。

相手は東海大相模高校。

 

さて、8月9日は、病気の身でありながら、

ちょっと頑張って横浜に行ってきました。

神奈川LD協会の井上賞子先生のセミナーを受けてきました。

  

2つの驚きがありました。

井上先生は、井上智さんの奥さんでした。

ここでも道草 ディスレクシアに関する番組(2013年6月15日投稿)

井上智さんは、自分がディスレクシアであることを大人になってから

知った方です。

それまでは、文字が読めない、文字が書けないことで辛い目に合い、

読めない、書けないを隠しながら生きて来た方です。

6年前に番組で出会った人の奥さんでした。

確かに、その番組で奥さんが映っていたことを思い出しました。

  

 

もう一つの驚きは、井上賞子先生の実践です。

自分も今まで7年余り特別支援教育に携わってきましたが、

自分のやってきたことはまだまだ”特別支援”じゃなかったと

思い知らされました。

1人1人の実態に合わせて、

ICT機器中心に教材を試行錯誤して、指導をしていました。

その子の困難を補助して、その子本来の持っている力を

発揮させるまでの実践を3人!紹介してくれました。

これぞ”特別支援”と思いました。圧倒されました。

 

セミナーの休憩時に、井上賞子先生のところに行って、

少し話をしました。

旦那さんが、井上智さんであることに

ビックリしたことを伝え、6年前のブログを見せました。

そのブログに書いたHP「成人ディスレクシアtaroの独り言」が

現在見ることができないことを言ったら、

そこは閉鎖になって、次のところに移ったと教えていただきました。

成人ディスレクシア toraの独り言

井上賞子先生に出会ったのも縁と考えて、

このサイトを、ブログのサイドバーに載せたいと思いました。

  

6年前のブログを見せた時に、井上賞子先生が、

「それからまた大変だったんですよ」と言っていました。

その大変さを知りたくて、会場で下の本を買って

帰りの新幹線で半分読みました。

71e7ukexezl amazon

  

強力タッグの井上夫妻のことは、

またブログに書き留めたいと思います。

  

いいセミナーでした。

2019年8月 9日 (金)

この文房具店に行ってみたい/お茶の水

 

今日は令和元年8月9日。

 

7月16日放映の「デザイン トークス+(プラス)/

文房具パート2」を見ました。

 

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☝ 高畑さんが、変わった?文房具店を訪れるシーンを

 聞き書きします。

ナレーター:日本におよそ7000軒あるという文房具店。

  足繁く通い、そこにしかないオリジナル商品を見つけるのが、

  高畑さんのライフワークです。

高畑:見逃してしまいそうなところにですね、

  入口がありまして、ここなんですけども・・・・

  (階段を下りていく)

  こんにちは

  (店内から2人のかたが”こんにちは”のあいさつ)

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ナレーター:こちらはオーナー兼デザイナーのご夫婦です。

  この店が特別な理由。

  それは、見せに並ぶ商品のほとんどが、

  ハンドメイド・イン・トウキョウということ。

  夫婦二人でデザインし、地元の職人の一緒に製作しています。

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  そして最大の特徴は、このモチーフ。

高畑:文房具をモチーフにしているのが多いと思いますけど、

  そこのトートバックも、トートバックではなくて

  ノートバックなんですよね。

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池上:大学ノートを持ち歩くってことで、

  作った商品なんですけど、

  フェルトの素材を使って、

  ノートのようなデザインに落としこんだものになります。

  大学ノートって、こういった背表紙が特徴的なんですけど、

  それとこのフェルトの質感がかなり近いかなということから

  スタートしてます。

高畑:下のはグラフですか?

池上:そうです。こちらはグラフのシリーズで、

  折線グラフをモチーフにつくったものですけども。

  短いところは、鉛筆など使っていくと短くなっていくので、

  長さの違うポケットが欲しいなということと、

  折れ線グラフをかけ合わせて、デザインしたものになります。

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  (中略)

ナレーター:コンセプトは、暮らしに楽しい刺激を与えること。

オオネダ:文房具は大人も子どもも性別も関係なく、

  誰もが使うものなので・・

池上:懐かしさだったりとか、そういう愛着だとか、

  そういうものが生まれる形で、デザインに綴じ込んで、

  いろんなものを作っているんですけど。

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いいでしょ、こういう店。

折れ線グラフの筆入れが欲しいなあ。

値段が思ったよりも高そう。

私も行っていいお店ですよね。

行きたい。       

  

  

   

 

 

2019年8月 8日 (木)

「英雄たちの選択 名人円朝」その3/「コーシャスシフト」

 

今日は令和元年8月8日。

  

前投稿の続きで、7月17日放映の「英雄たちの選択 

名人円朝 新時代の落語に挑む!~熊さん八っつぁんの文明開化~」より。

  

もうひとつ聞き書きしておきたい箇所がありました。

脳科学者の中野信子さんの発言です。

 

三遊亭円朝が政府の要人とも接触するようになった話の時に

出た発言です。

  

中野:行政が絡むと、どうしても文化っていうのは

  つまらなくなるなあって。

  集団的極性化が起きるので、コーシャスシフトと言われますが、

  平均的な意見を言っておかないと、

  自分は社会的排除にあうかもしれないという恐怖があるので、

  平均的な意見を言うことで、自分の身を守る。

  構成員それぞれが。

  面白い意見が出せない。

  そういうところがあるので、なかなか文化と行政の相性は

  難しいです。

Rimg1951

なるほどです。

行政に絡まなくても、面白い意見が出しにくい雰囲気は

何度も体験してきました。

その雰囲気は、こうやって分析できるのか。

 

※おもしろ心理学 コーシャス・シフト

☝ ここから引用します。

  

コーシャス・シフトの具体例は、会議などで

「決定案が慎重になりすぎる」「安定志向に陥る」

「チャレンジ精神の欠如」といったものです。
   
この意識もまた責任回避の現れと考えられます。

つまり、リスクテイキングしていかない、

リスクを回避しようとするということです。

集団で何かを考えると、

そんな傾向が強まることがあります。

「無難に何事もなく、そんなにリスクのあることは

しなくていいだろう。」と言ったセリフが

会議や話し合いの席で出てくると、

その傾向に流されはじめているのではないでしょうか。

リーダーの方は、消極的になりすぎないようにも

注意しないといけませんね。

  

このサイトでは、「コーシャス・シフト」の対語として、

「リスキー・シフト」を説明していました。

 

※おもしろ心理学 リスキー・シフト

☝ ここから引用します。

 

リスキー・シフトとは、一人ひとりでは

慎重であっても、何人かで話合うと、

より大胆な方向へエスカレートして、

より過激な結論になる現象。

また、大きな声につられる現象のことです。

普段は穏健な考え方をし、

比較的節度を守って行動することのできる人が、

大勢の集団の中では、その成員が極端な言動を

行なっても、それを特に気に掛けもせずに同調したり、

一緒になってそれを主張したりするようになっていきます。

集団思考として知られている現象のひとつで、

アメリカの心理学者ストーナーが1961年に報告しました。

  

なるほどです。

いい勉強になった発言です。

これで英雄たちの選択 名人円朝 新時代の落語に挑む!

~熊さん八っつぁんの文明開化~」の読み物化完了。

今晩の道草も終了。

 

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