« 2017年7月 | メイン | 2017年9月 »

2017年8月

2017年8月 5日 (土)

どこのキャベツ畑だろう?WANIMAの「CHARM」

 

今日は8月5日。

   

以前、高橋優の曲を聴き始めたのは、

娘のお薦めがきっかけでした。

ここでも道草 「明日はきっといい日になる」そして「少年になれ」(2015年11月10日投稿)

8月2日から生活のBGMで聴いているWANIMAについても、

きっかけは娘でした。6月。

「お父(おとう)、こういう曲、好きだらあ」と言って、

聴かせてくれたのが、WANIMAの「CHARM」でした。

私の好みがわかるの?と思いつつ、聴いてみました。

WANIMAの曲を聴くのは初めてでした。


YouTube: WANIMA「CHARM」(OFFICIAL MUSIC VIDEO)

  

確かに良かった。私の好みに合いました。

しかし、1学期の忙しい時に聴くには、少々にぎやかでアップテンポでした。

したがって、夏休みの今、聴き始めました。

 

Wanima1

Wanima2

Wanima4

Wanima5

Wanma3  

「CHARM」のPVを見ると、いろいろな場所で演奏されるシーンが、

矢継ぎ早に出てきます。

気になったのはキャベツ畑です。

かつて・・・もう30年以上前ですが、

長野県の高原野菜を作る広大な畑で働いた身としては、

ほっとけない風景です。

どこだろう?このキャベツ畑。

  

調べました。このサイトが参考になりました。

LINE Q WANIMAのCHARMのPVの撮影場所どこかわかりますか・・・

引用します。

  

三浦海岸は子供の頃から海水浴に来ていたので、

今日CDTVで流れてた映像を見て、一目で分かりました

途中、海外の左側に映る煙突は、久里浜の東電の煙突です

三浦はキャベツ畑も結構有名です(柴おばさん)

  

三浦海岸付近のキャベツ畑なのでしょうか?

三浦海岸は神奈川県の三浦半島にあります。

キャベツ畑が有名なの?

 

googleのストリートビューを使って、三浦半島をさまよってみたところ、

ありますね、似た風景。

キャベツ畑に電信柱!

Wanima5_2

さらにこんなサイトもありました↓

三浦キャベツ

さらにさらにこの映像↓が決定打?


YouTube: 三浦半島の大根・キャベツ畑 / 三浦半島の自然の恵み / 神奈川県三浦市

ここにも映っています。キャベツ畑と電信柱。

とりあえず、三浦半島のキャベツ畑としておきましょう。

本当の場所がわかったら、またここに書きくわえます。

  

  

「CHARM」の歌詞にこうあります。

  

♪ この歌はお守りに 

  

そう、この曲をお守りにして、

7月に新しく買ったザックを背負って、

今日も暑さに負けずに頑張っていこう!

61tehg7pzl

↑「CHARM」を含む3曲

81uvmlokqyl__sl1000_

↑全13曲

 

合わせて16曲が生活のBGM。

2017年8月 4日 (金)

20170728報告2.「すごいよすごすぎる」

  

今日は8月4日。

 

前投稿の続きで、7月28日の齋藤孝先生の講演会の報告をします。

  

〇儒学では「知仁勇(ちじんゆう)」を大事に知る。

 「知仁勇」の意味は「知」は判断力、「仁」はやさしさ、

 「勇」は行動力

※もう少し調べてみました。次のサイトから引用します。

 微庵の論語メモ 知仁勇の意味

  

 
 

 「知」とは、「正しい判断」をいう。

  知者は正しい判断ができるから迷わない。

 「勇」とは、 その判断を恐れず実行する勇気をいう。

 「仁」とは、 勇気を持って実行しつつも 仁(人の道)を忘れないことを意味する。

  仁者はいつも心に仁があるから 余計な心配事が無い。

  

〇「せいかたんでん」

※「せいかたんでん」と聞いて「せいか」の部分が漢字で思い浮かびませんでした。

 調べました。「臍下丹田」でした。

 これは、へその下あたりにある丹田とよばれるところ。

 ここに意識を集中することは、昔の日本人は必ずやっていた。

 しかし、現代の日本人はその文化を継承していない。

 臍下丹田をもっと意識すべき。

 

※丹田を意識した齋藤先生の呼吸法については、以前書きました。

 いい機会なので読み返しました。

 ここでも道草 息を吐く時間を長く/一映像で一つの間(2017年2月28日投稿)

 

〇「丹田」には「上丹田」「中丹田」「下丹田」がある。

 上丹田は額の奥、中丹田は胸、下丹田はへその下。

  

〇何かっていうと拍手!これがいい雰囲気をつくる。

  

〇「すごいよすごすぎる」

 教科書に書かれていることは、本当はすごいことがたくさん書いてある。

 それなのに、「すごい」と思わなくなっている。

 例えば、「三角形の内角の和は180度」

 なぜこのすごさに驚かない?

 どんな形の三角形でも180度。まだ書かれていない三角形だって180度。

 

〇知性がないと驚かない。知性があると驚く。

  

〇授業で、学校で、「すごいすごすぎる」ことを一杯学ばせる。

 家庭で子どもが話す。

 保護者が「子どもを学校に行かせる価値があると思う」

※このことはいい流れだと思う。ほっといても学校の情報が家庭に伝わる。

 そんな実践を心がけたい。 

  

〇「すごいよ!」シートの紹介

 「何がすごいのか?」ポイントを3つ書く。

 最後に「結局 そのすごさを一言でいうと」を書かせる。

 

〇話を聞くときには必ずメモをとろう。

  

 

以上です。あっという間の100分でした。

以前「雑談力」に関する本を読みました。

このブログにも引用をたくさんしました。

当時は勤務校での研究発表のテーマを考える時期で、

「雑談力」を鍛えるのはどうですかと提案しました。

  

相手にしてもらえませんでした。

でも今回の講演の後だったら、もう少し聞いてもらえたかな?

ここでも道草 「雑談力が上がる話し方」からの引用(前編)(2013年4月23日投稿)

ここでも道草 「雑談力が上がる話し方」からの引用(後編)(2013年2月25日投稿)

  

講演を聴いたのをいい機会に、

齋藤孝さんの本を1冊読みたい。

これでいく。

41sun8kbpql  

「すごいよすごすぎる」の話はこの本に書かれているようです。

  

以上で、講演会の報告は終了。

  

2017年8月 3日 (木)

20170728報告1.意識の量/「哲学」は誤訳?

  

今日は8月3日。

  

7月28日にあった講演会の報告です。

講師は明治大学文学部教授の齋藤孝先生。

テーマは「日本語力とコミュニケーション力」でした。

  

印象に残ったことを箇条書きで書いていきます。

  

〇「意識の量を増やす」それが教師の役割

 「意識の量を増やせ!」という本を私は書いていると齋藤さん。

※本当か?あまりにあっさり言ったので、少し疑って調べてみました。

 出版されていました。

41jizbsu2tl  amazon

『意識の量』を増やせ!」(齋藤孝著/光文社)

 

〇「意識の量を増やす」とはどういうことか?

 ボ~っとさせない。そんな表現を齋藤さんは使っていたと思う。

 授業を受けていても、ボ~っとしていては、何も身につかない。

 

〇自分で言ったこと、しゃべったことは覚えている。

 だから、授業では大事なことは反復させて言わせる必要がある。

  

〇授業はもっとスピーディであるべきだ。

  

〇素直さがあると伸びる。だから小3・4年生は伸びる。

  

〇授業中(講演中)誰も寝させない。アイコンタクトを誰とでもとり続ける。

 教室に40人がいたら、40人ととり続ける。

※やるからにはそうする。その心意気がいいなと思う。

 見習いたい。自分は遠慮している。

   

〇人の話は面白そうに聴く。多くの話は面白くないけど、そうする。

 それが礼儀だからだ。

※こう言い切ってしまうのがすごい。いや、でも納得する。

 この態度は相手も自分も幸福にすると思う。

  

※「愛知学」という言葉が出てきた。「哲学」という訳はおかしいとも言っていた。

 どういうこと?

 これは「philosophy」の訳についてだったと思う。調べてみた。

 次のサイトが参考になりました。

 ※路傍の意地 哲学とは「愛知」なのだった

 一部引用します。

  

 今回は「哲学」豆知識。木田先生の受け売りである。  

 高校時代に日本史の授業で、「哲学」という言葉は

 明治初期に西周がphilosophyの訳語として編み出したと教えられたが、

 木田先生によると、これは明らかな誤訳なんだそうである。知らなかった。

 英語のphilosophyは古代ギリシヤ語のphilosophiaから来ている。

 philosophia はphilein(愛する)という動詞とsophia(知恵、知識)を

 くっつけた合成語で「知を愛すること」、

 つまり「愛知」という意味なんだそうである。

 しかし、これは、「知的好奇心が強い」とか「知識欲が旺盛」

 というような意味にしか過ぎず、これを限定的な特殊な意味で使ったのが

 ソクラテスだという。  

 プラトンの対話篇「饗宴」の中で、ソクラテスは独自の愛の理論を展開している。

 <愛するものは、その愛の対象をなんとか自分のものにしようともとめます。

 ということは、知を愛しもとめる者というのは、

 まだ知(知識)をもっていない、もっていないからこそ、

 ひたすらそれを愛しもとめるのだ、と言うのです。

 知をもっていないことを無知と言います。

 つまり愛知者は無知であり、無知だからこそ知を愛しもとめるのだ、

 というわけです。>(「反哲学入門」P32)

 いわゆる、「無知の知」というやつですね。

 で、これを受けて、江戸時代に「蕃書調所」で日本最初の哲学の講義をした西周は、

 philosophyを「希哲学」と訳したらしい。

 philein(愛する)=希、sophia(知恵、知識)=哲、でつじつまは合っているのだが、

 しかし、明治になって西は、なぜか「希」を削ってしまったのである。

 なんで削ったのかね。

 で「哲学」だけが残ったと。  

 そんなことを知ると、「愛知学」とか「希知学」としておけばもう少し、

 なじみやすかったのではないかと悔やまれる。

 

 この辺りのことを、齋藤先生は「『哲学』という訳はおかしい」と言ったと想像します。

 なるほど、こうして「哲学」という言葉は生まれたのか。

 

その上で「知的好奇心」は大事だと齋藤先生。

※講演中に一度だけ「知的好奇心」を登場させた。

 やっぱり「知的好奇心」を旗印に掲げて生きていくことに自信をもとう。

(つづく)

2017年8月 2日 (水)

マクワウリを初めて食べてみました「これはメロンだ」

 

今日は8月2日。

  

地域の人たちに手伝ってもらって、

いろいろな野菜を育てていました。

いろいろあって、正体不明なものもありました。

夏休みになってから収穫されたこの野菜↓、何だと思いますか?

 

Rimg0187  

スイカと思ったら、違うようです。

調べました。

 

マクワウリというウリの仲間のようです。

ここが参考になりました↓

旬の食材百科 マクワウリ(真桑瓜/まくわうり)

このサイトから引用します。

  

マクワ瓜は古くから日本で親しまれてきた食材の一つで、

縄文時代の初期には既に食べられていたと言われています。

ウリ科キュウリ属のツル性の植物の果実で、メロンの一種と言えます。

美濃国(現在の岐阜県南部)の真桑村(現在の本巣市)で

よく作られていたため、その地名をとってマクワ瓜(真桑瓜)と

呼ばれるようになったようです。

 

勉強になりますね。

今でも「真桑」の地名は残っているのかな?

  

調べたら、ありました。

本巣市に真桑の地名があり、真桑小学校ありました。

(下に地図を載せます)

実際に出向きたい場所の一つになりました。

 

 

マクワウリにはいろいろ種類があるようです。

う~ん、今回のは「虎マクワ」でしょうか?

※参考:旬の食材百科 虎マクワ

メロンの仲間と聞いて、さっそく切ってみました。

見るからにメロンだ!

Rimg0206  

うまい!

これはメロンだ。

おそらくまだこれからも収穫できると思います。

出校日には子どもたちに食べさせたいです。

  

生まれて初めての体験はやっぱり面白い。

村山聖さんは北海道の草花のように生きた

  

今日は8月2日。

 

聖の青春~病気と闘いながら将棋日本一をめざした少年

(大崎義生著/角川つばさ文庫版)からもう少し引用しておきたいです。

  

平成元年(1989年)に村山聖さんは20歳を迎えています。

その時の夏、村山さんは初めて「旅」に出ます。

北海道への一人旅でした。

北海道に無事に着いて、師匠の森先生に電話をします。

  

引用します。

  

「森先生、いま北海道にいます」

「無事着いたんか」

「はい」

「どうや、そっちは」

「北海道って、花ばかりが咲いていて、何もないところなんですね」

電話の向こうで村山は、とても晴れがましい声で言った。

それでいいんやと、口には出さなかったが森は思った。

それを知るために旅があるんだ。

電話が切れた後、森は一人で北海道を転々とする村山のことを思った。

自分の旅の話ばかり聞いてつらかったんやろうなあ、

ベットの上で想像することしかできないでいたんやろうなあ。

考えてみれば、旅という行動は村山のそれまでの人生から

いちばん遠いところに存在しているものといえなくもなかった。

酒にしても、麻雀にしてもそうである。

その遅れを取り戻すかのように村山はよく飲み、よく遊んだ。

それはつかの間の夏の太陽に身を委ね、

栄養を吸収していく北海道の草花のようなものなのかもしれなかった。

またいつ訪れてくるかわからない冬に備え、

村山は夏の透明な光を体中に浴びようとしていたのだろうか。

(170~171p)

  

村山さんの行動を、北海道の草花に例えた文章。

とても共感できました。

長くは生きられない可能性があるのだから、

麻雀に打ち込まずに、その時間も将棋をやって強くなればよかったのに。

正直、本を読みながらそう思っていました。

でもこの文章を読んだら、私の考えは違うと思いました。

人生が短いかもと思ったら、やりたいことはどんどんやるのが本当。

生きているからできることをやるのが本当。それが人間。

  

  

村山さんが亡くなったのは平成10年(1998年)。

引用します。

  

8月8日、午後0時4分。

村山聖の心臓は停止し、11分に死亡が確認された。

村山のすべての戦いは終わった。

29年の飽くなき挑戦はA級在籍のまま終止符を打ったのだった。

通算成績は356勝201敗、うち12局の不戦敗を記録している。

この年の将棋年鑑のアンケートに村山はこう答えている。

<今年の目標は? 土に還る>

行ってみたい場所は? 宇宙以前>   (274p)

  

覚悟はしていたんですね。

ただアンケートを受け取った将棋年鑑の係の人は困っただろうなあ。

  

8月8日。

もうすぐ命日です。

  

映画「聖の青春」の中でも、村山さんがアンケートに

書き込んでいるシーンがありました。

Rimg0137  

「座右の銘は?」に対して「負けるが勝ち」????

「好きな音楽の曲名は?」に対して山下達郎とともに

挙げられていたロックバンドは「ボストン」!

おっと趣味が一致しました。

1980年代によく聴いていたボストン。

ドラマチックな曲調が良かったなあ。


YouTube: Boston - Amanda

な、な、懐かしい!

ボストンを聴きながら、村山さんは少女マンガを読んできたのですね。

  

Rimg0138

「コンピュータがプロ棋士を負かす日は? 来るとしたらいつ?」

に対して「来ない」

でも今年の4月1日に、名人がコンピュータに負けました。

村山さんが「来ない」と書いた事態が、来てしまいました。

  

現在、この本を読み始めました。

読めたらこのブログで書きます。

51jwfq6zrul

 

しずくの音で生きていることを確かめた村山聖さん

 

今日は8月2日。

  

竹原ピストルさんの曲「最後の一手~聖の青春~」について

もう少し書きたい。

こんな歌詞がありました。

 

♪ しまりきらない水道の蛇口から

 ぽたりぽたりと 

 ひとしずくひとしずく

 命がまたひとしずく 

  

これについては、

聖の青春~病気と闘いながら将棋日本一をめざした少年

(大崎義生著/角川つばさ文庫版)では、

129ページから記述があります。

村山の闘いは盤上だけではなかった。

持病ネフローゼとの果てることのない闘いでもある。

奨励会で負けた後は必ずといっていいほど体調を崩した。

熱が出ててきめんに体がだるくなる。

そんなとき、村山は部屋にひきこもった。

布団にくるまり、ただひたすら体を休める。

尿瓶のかわりのペットボトルを近くに置き、

用はそこですませる。

起き上がって、トイレに行く体力すら温存しなければならないのだ。

本も読まない、詰め将棋も解かない。

できる限り何も考えない。

音楽も聴かない。

カーテンも閉め切って、部屋を可能な限り暗くしてじっと体力が回復し、

蓄積していく時を待ちつづける。

2日で終わることもあるし、そんな状態が1週間近くつづくこともあった。

水道の栓をゆるめて、洗面器に張った水に水滴が

ポタポタとしたたるようにしておく。

ポタッ、ポタッと闇の中に響くかすかな音、

それがなければ自分が生きているかどうかさえわからなくなってしまうからだ。

(129~130p)

  

この文章だけでは、イメージが浮かばないところがありました。

でも次の文章で理解できました。

  

ポタッ、ポタッ、ポタッ。

そうやって自分が生きていることを確認する。

そして、また眠る。

次に目を覚ましたときはおそらくは真夜中。

街は静まりかえり、まるで漆黒の闇に抱(いだ)かれているように

何も見えない。

体は鉛のように重く、頭に霞がかかったように

何もかも漠然としている。

しかし、しばらくするとあの音が響いてくる。

ポタッ、ポタッ、ポタッ。

そして、村山は自分が生きていることを確認してまたひたすら眠る。

生と死の中間にいるような不思議な感覚の中で

ただひたすら眠るのだ。  (130p)

  

やっぱり、「壮絶」な生活だったと思う。

あの最後の羽生善治さんと戦いの映像の村山さんのお顔を見ると、

そのような壮絶な生活をしているような表情には思えませんでした。

でも、やっぱり「壮絶」だったのでしょう。

今回引用した文章からも感じられます。  

  

水道の栓をとめた時の記述も引用します。

  

その夜、村山は師匠が買ってきてくれたのり巻きに

むしゃぶりつき、また眠った。

そして翌朝、ずいぶん早くに目を覚ました。

体から鉛が消え失せているのがわかった。

頭はよく晴れた秋空のようにすっきりしていた。

もう大丈夫だと経験が教えていた。

よろよろ立ち上がり、水道の栓をきつく締めた。

闇の中で自分を支えつづけた音がピタリとやんだ。

(135p)

Water1945991_1920pixabayを利用

  

20170725報告「絵は心のレントゲンである」

  

今日は8月2日。  

研修会の報告です。

今回は「絵から診た子どもの心 ~児童・生徒理解の一助として~」というテーマで

臨床心理士の中西正昭先生からお話を聴きました。

以前にも中西先生からお話を聴いたことがあり、

このブログにもメモをしています。

※参考ここでも道草 「絵ことば」を読む(2009年8月9日投稿)

この時も夏休みの研修会だったのですね。8年前。

  

今回も参考になったことを書きとめておきます。

 

〇絵に表れる子どもの深層心理

・子どもたちの悩みや苦しみ、そして愛されたいと願う気持ちは、

 無意識のうちにさまざまな行動に、絵に表れる(投影される)

・なぜ、絵でわかるのか・・・

 人はうれしい時、思わず手をたたいたり、飛び上がったりする。

 また、悲しい時は肩を落としたり、顔を伏せたり、黙り込んだりする。

 人が描く絵には、そうした意識的な面と同時に、

 無意識な面が自然に投影される。

 「描くことは個人にとって無意識だが、

 これは同時に疑いなく無意識のうちに精神的価値の全体系に

 基づいているのだ」(K.マコーバー)  

 ※以上の文章は、スライド資料から転載

 

〇「K.マコーバー」で検索してみました。

 「人物画への性格投影」 (描画心理学双書) のいう本を書いている方でした。

 この本は1998年発刊ですが、復刊とありました。※参考Amazon

 さらに調べると1974年に発刊された本がありました。※参考Amazon

   Amazonの本の説明に次のように書いてありました。

 

 人物画の解釈に基づく性格分析の体系化を初めて成しとげ、

 刊行以来多くの心理学者を刺激して、多くの研究成果をもたらした本書は、

 数多の批判にもかかわらず、今や“描画心理学の一成果”の枠をこえて、

 “描画心理学研究の源泉”としての地位を占めている。

 「一枚の絵といえども無視すべからず」と教えた本書は、

 人間を見る多くの人々、すなわち心理学者、教師、職場の人々に

 多くの示唆を与える。   

  

 絵画による性格分析の先駆者のようですね。

  

〇描画による診断の基本的考え方と方法

・好きな絵を自由に描く「自由画」には、さまざまな心が表れやすいが、

 分析するにはやや困難さがともなう。

・子どもの心理を正しく分析、理解し、計画的に指導や支援をすすめるには、

 標準化されたものがよい。

・パーソナリティや心が投影されやすく、象徴性が高いものが望まれる。

・子どもの生活にとけ込んだ、親しみやすく、描きやすいものがよい。

・一般的には ①人物画 ②樹木画 ③家族画 ④家屋画などがある。

※以上の文章は、スライド資料から転載

  

〇絵の描かせ方

①人物画・・・頭部、胴体、手足などから分析

 「人間を一人描いてください。頭だけでなく全身を描いてください。

 写生をしたりテレビやマンガや他人のまねはいけません」と指示し、

 別々の紙に男女一人ずつ描かせる。

 (やむを得ない場合は、本人と同姓の絵一枚でもよい)

②樹木画・・・根、幹、樹冠などから分析

 「実のなる木を一本描いてください。写生や他人のまねはしてはいけません。

 と指示し、「実も描くのですか」という質問に対しては

 「あなたの好きなようにしなさい」と答える。

③動的家族図・・・大きさ、位置などから力動的関係を分析

 「あなたを含めて、あなたの家族のみんなについて、

 何かしているところを描いてください」と指示する。

④家屋画・・・屋根、壁、扉、窓などから分析

 「家を一軒描いてください。写生や他人のまねはいけません」と指示する。

〇注意点

 紙の大きさはB5~A4サイズ程度。鉛筆はなるべく濃いもの(2Bか3B)。

 消しゴムは自由。時間は制限しない。気づいたことは記録しておく。

※以上の文章は、スライド資料から転載

 

〇「口が小さい」・・・話がない人、話したくない人。

〇人物画の影が右・・・未来に不安  左・・・過去に関する不安

〇足を塗りつぶす・・・情緒不安定

〇実を描くこと・・・実は利益、目標、結果  はやく成果が欲しい気持ち

〇枝をたくさん描く・・・承認欲求

〇枝や根を丁寧に描く・・・几帳面 完璧を求める

〇人物画の腕が長い・・・何かを求めている時に腕が長くなる

〇家族画で上部に線を描く・・・激しい不安

〇樹木画で枝をつぎ足しつぎ足し描いている・・・視野が狭い子

〇樹木画で樹冠が3方(上左右)で切れている(画用紙のサイズからはみ出ている)

 ・・・自己中心的

〇樹木画で幹が全く平行(普通は下が太く、上に行くにしたがい細くなる)

 ・・・融通がきかない

〇樹木画で地面を描くのは、安定性を求めている。

〇樹木画で枝が線で描かれている(枝に太さがない)・・・認知が低い。

〇樹木画の上部が平らになっている/人物画でも頭が平らになりやすい

 ・・・甘えたい、認められたい、十分甘えていない 抑圧感 愛着に問題あり

〇樹木画で虫が出てくる・・・虫は自分 自分と虫を同一化している 

 虫がどう描かれているかという視点

  

樹木画の分析方法については次のサイトも参考になる↓

PCJ芸術心理療法研究所 樹木描画法  バウムテスト:解釈(技法的な理解)

大学生の時に私も樹木画を描いて診断してもらった体験あり。

その時には、樹木ではなく、樹木の代わりに傘、実の代わりに雨の滴を描きました。

大学の先生から「発想が面白い」と言われ、

そうか自分は発想で頑張ろうと思った出来事です。

些細な出来事のようで、ずっと今まで生き方に影響を与えている出来事です。

でも上記サイトにこう書いてありました。

 

◆意表をついた絵 :相手の言葉を素直に受け取らず、へそ曲がりなところがある。

 

これは当たっている! 

  

  

研修会の最後に、講師の先生のお父さんの著書を購入。

人物画診断事典」(中西芳夫著/中日出版)

1101874005_main_l http://7net.omni7.jp/detail/1101874005

前書きからの引用

口では言えない心の奥底を人物画や樹木画や家族画等で探っていくと、

見えない心が見えてきます。

そこからほんとうの指導が始まるのです。

私はたくさんの指導症例から「絵は心のレントゲンである」

と思っています。

 

  

たくさんの症例から培われてきた絵画による性格分析。

日々の実践に利用せねば。

  

最近の写真

  • Img_8009
  • Img_8007
  • Img_8006
  • Img_8005
  • Img_8004
  • Img_7332
  • Img_7331
  • Img_7299
  • Img_4963
  • Img_4962
  • Img_8003
  • Img_5136

楽餓鬼

今日はにゃんの日

いま ここ 浜松

がん治療で悩むあなたに贈る言葉