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2010年8月

2010年8月27日 (金)

8月26日講演会の内容「考えることって面白い」

  

今日は8月27日。

26日に出向いた講演会の内容を書きとめておこうと思います。

講師は海部教育事務所長の玉置崇さん。

講演会のテーマは「授業力向上のために」

    

いつものように箇条書きで。

・のびる教師の3条件

 素直であること

 勉強好きであること

 プラス思考であること

・上記の3つは経営コンサルタントの船井幸雄さんの著書より。

・特に大事なのは「素直であること」

・掃除担当としてのエピソード。

 ※このエピソードについては、次のサイトへ。

 「だれも動かなかった清掃指導スケジュール」http://www.school55.net/index/column13_20071001.html

・「考えることって面白い」

 運動会の種目で、普段の延長でと言われて、考えて跳び箱種目をやった。

 種目名は「出して・跳んで・片づける」

 体育倉庫から出して、演技して、片づけるまでをやる。滅多にやらないこと。

 その実践を語った後に言った「考えることって面白い」の一言がわすれられない。

 知らず知らず思考ストップに陥っている自分に気づく。考えよう!

・普段先輩教師等に言われたことで、頭に残っていることがある。

 それらがある時化学反応を起こして、役に立つ。

・教室で高熱の子に声をかける。周りは見ている。高熱になると担任はこんな対応をしてくれるのだと。

 担任の対応で、自分も熱っぽかったら言えると判断するか、黙っていようと判断するか。

 隣の患者が何度もナースコールを押し、やってくる看護士。でもいやな顔をせず対応している。

 自分が押してもああやって対応してくれると思えるので安心する。

・授業改善のための一手法

 小刻みなノート作業(〇✕で自分の意見を書く)・・・野口芳宏先生のやり方

 ノート再現法・・・板書する際、黒板をじっと見て暗記させ「書きなさい」と言って書かせる。

           長い文章の場合、「息つぎは2回」とか言って、やる。速く書ける。覚える。

 エレベータートーク・・・30分~40分聞いた内容を、メモも見ずに相手に30秒で伝えること。

           その時に話したことが印象に残ったこと。

 〇つけ法・・・志水廣先生

・脳は外化したほうがいい。

 「がいか」と玉置先生は言っていた。「外化」?辞典で調べてもなかった。外に向かって表現するという意味だと思う。

 =アウトプット

・インプットだけでなくアウトプットさせると印象に残る。

・子どもにずっと教え込むだけでなく、子どもから少しでも出させる方がいい。発言させるとか書かせるとか。

・上記は池谷裕二さんの説。HP http://gaya.jp/ikegaya.htm

・〇つけ法・・即時評価・即時指導修正。

・〇つけ法のポイント

 1.スピード・・・待つ時間が長いと子どもの集中力が持続しない。

          適応題の場面では、3分間で40名に〇をつけるスピードが必要。

 2.声かけ・・・子どもの意欲を高める声かkを行う。

         途中までできている子どもに対しても部分的に肯定してから、つまづきに気づかせる助言を行う。

 3.実態把握・・・瞬時に実態把握

 4.正確さ・・・スピードを気にしすぎて、間違っているものに〇をつけないように。

・〇つけ法の長所

 教師・・・子どもの進度状況がわかる

      〇をあげられると教師もうれしい

      〇をつけると印象が残る

      〇をしようとして教師も頑張る

      〇をつけるときに声かけができる

      教師の精神衛生にもよい

 こども・・・途中のプロセスもほめてくれる

       〇をもらうとうれしい

       〇をもらうために頑張る

       40番目の子どもでも頑張る

・ICTを活用した教育について・・・10年後、電子教科書化される。韓国は来年度から。

・フラッシュ教材・・・次のサイトが役立つ。チエル。・・・・・う~んわからず。

・道徳の授業・・・次の言葉が印象に残る「思いっきり想像してください」

   

     

   

以上、聞いたことを(インプット)、書きならべました(アウトプット)。

この文面を使って復命書を作ろう。


         

  


2010年8月26日 (木)

【ほめ論】引用

  

今日は8月26日。

夏休みに触れたいろいろな意見を全てブログに載せることは時間的に難しい。

でも、少しでもブログに転記して、再認識し、

機会があるごとに繰り返して読んで、血や肉になってほしいと思います。

    

7月25日発行のメルマガ「教材・授業開発研究所ニュースVol.109」の

赤磐市立軽部小学校の南惠介先生の「ほめ論」は1カ月たった今も印象に残っています。

   

※赤磐市の読みも、何県にある都市であるかも知りませんでした。

 調べました。読みは「あかいわし」。

 岡山県。2005年に4町の合併によって生まれた市でした。

    

引用します。たくさんです。

    

      

【ほめ論】

1 ほめることの効用

ほめることは大切だといろいろなところで言われています。

では,なぜ大切なのでしょうか。以下,思いつくままに述べていきたいと思います。

  

(1)向かうべき方向を示す

有田和正氏は,近著「教え上手」(サンマーク出版)の第4章「モチベーションを高め,才能を伸ばす技術」の

「人はほめられていた方向に伸びていく」の中で次のように述べられています。

「加点主義は『キミはここがすばらしい。ここを伸ばしなさい』。

減点主義は『キミはここが悪い,ここを直しなさい』。

前者は期待されている感が強く,後者は叱られている感が強い。

どちらが人のやる気を刺激するかは言うまでもないと思います。」

「その加点主義の要諦は『ほめる』ことにあります。」

手をまっすぐあげるようにさせたければ,まずできている子を「えらい」とほめてみる。

ノートにたくさん書かせたければ,1行でもたくさん書いている子を見つけて「すごい」とほめる。

そうすることにより,子どもたちは自分たちがどのようにすればよいのかを理解しいきます。

「手をまっすぐあげなさい。」「もっとたくさんノートに書きなさい。」と言わずに,

笑顔で子どもたちが頑張り始める。そんな世界が広がってきます。

   

(2)自尊感情を高める

ほめることは,子どもの自尊感情を高めます。

できたことをしっかりほめていくこと。そして今できていることをしっかりほめていくこと。

このような教師の行為で,子どもたちは自分の良さに気付き,安心し,自信をつけていくのです。

2 もう一つの効用

上記の二つはいろいろなところで書かれたり,言われたりしていることだと思います。

今回は,もう一つ「ほめること」は幸せの感覚を得させることができるということに触れたいと思います。

朝日新聞の記事の中で,精神科医の香山リカ氏がこう書かれていました。

「人が幸せの感覚を得るには『ちがうものに変身しなさい』とか『こういうものを目指しなさい』と求めるのではなく,

すでに達成していることを十分評価してあげることです。

ここでのポイントは「今あることをほめる」ことです。

「できたこと」をほめるだけでなく,「今までできてきたこと」「今自分であること」をほめることは,

子どもをできるようにするためだけではなく,幸せにするために重要なポイントではないかと考えています。

実は,できたことだけほめていくと,教師も子どもも少し苦しくなるのです。

それは「ほめる」という行為ではありますが,「評価」でもあるからです。

常に「評価」し続けること,「評価」され続けることは,嬉しさもありますが,お互いに緊張感も伴います。

  

3 やたらめったらほめる そして好きになる

では,何をほめればよいのでしょうか。

ほめることを「できたこと以外」に求めると,子どもも教師もいろいろ楽になります。

マラソン指導者の小出監督は耳の形や足首をほめるそうです。

つまりほめようと思えば,くつのはき方から,

鉛筆の何気ない置き方から,なんでもほめることができるものです。

それでもほめることを見つけることができなければ,「好きなこと」を探す。

声でも,しゃべり方でも,ちょっとしたしぐさでも,笑い方でも。「良い」ではなく「好き」でも,

子どもの認められ感は高められていきます。

自信が無くて,何事をするにも不安で緊張し,

よく涙を流していたR君が,私に突如こう訊きました。

「先生,ぼく何にもできんし,だめよなあ。」

「そんなことねえよ。でも,もしなんにもできんでも先生はR君のこと好きよ。」

R君は,にっこり笑って体を寄せてきました。

その一言だけが良かったわけではないでしょうが,

あれだけ自信のなかったR君も日に日に自信をつけ,

いろいろなところで活躍するようになってきました。 

きっとほめることなんて,なんでもいいのです。

いや,授業中は基本的に「評価」につながる「ほめ」であるべきだと思います。

でも,なんでもない時は,本当になんでもかんでもほめる。

「いいがかりをつけるようにほめる」「息を吐くようにほめる」「どうでもいいようなことをほめること」

これが,案外大切なのではないかと,最近考えています。

そのようにして,教師は子どもを肯定的に見る癖をつけていくのだと思います。

有田氏は「教え上手」の中で,次のことも述べられています。

「相手のよいところだけ見てやろうと最初から決めてかかれば,

その通りよい面がたくさん目についてきます。」

勿論,ほめるだけで全てがうまくいくわけではない。

叱ることも時には必要だと思います。

ただ,叱ることにはほめること以上に難しさがあります。機会があれば,またこのMMにて。
      

     

太字で表現したのは私です。

そこが特に印象に残ったことです。

ほめることを「できたこと以外」にもやること。

ほめることがなかったら、好きだということ。

いいがかりをつけるようにほめること。

実践しよう。

「ミルクポット」の看板/2本目の海軍用地標柱

   

今日は8月26日。

今日もたくさん動くぞ。

   

ローソンのいわれについて以前書きました。

http://mitikusa.typepad.jp/blog/2010/08/%E9%9B%91%E5%AD%A6%EF%BC%92%E9%80%A3%E7%99%BA%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%82%BD%E3%83%B3%E3%81%A8%E3%82%AD%E3%83%A4%E3%83%8E%E3%83%B3.html

「ミルクポットの看板」の写真を撮ったので、ここに載せます。

RIMG00208ローソンのマークappu
    

   

もう一つ街角で見かけたものを載せます。

豊川海軍工廠ゆかりの「海軍用地標柱」については、

料理屋前のものを以前載せました。

http://mitikusa.typepad.jp/blog/2008/10/post-a63f.html

今回2本目。

写真の「中日新聞」の看板の下あたりにありました。

RIMG0061海軍標柱があった場所 RIMG0062海軍標柱
 

場所は姫街道沿いです。

   

 

2010年8月25日 (水)

「秋味」発売日/チューブの中の白い粉

  

今日は8月25日。

キリンの「秋味」の発売日。

でも例年のように、コンビニでフライング発売しているだろうと予想。

24日にコンビニへ。

売ってました「秋味」。

さっそく買ってきて飲みました。

待ち望んでいた味ですが、これが発売されると夏休みもあとわずか。

    

    

自転車のタイヤとチューブが不調。取り替えました。

痛んだチューブを切って、中の白い粉を見てみました。

お世話になっている自転車屋さんに、

この白い粉について聞いていて、実物を見たいと思っていました。

RIMG0074自転車中の白い粉 RIMG0078白い粉2

乾燥したさらさらした粉でした。

   

この粉何だと思いますか?

   

アルミの粉だと教えてもらいました。

チューブを製造するときに、ゴムが癒着しないように、

アルミの粉を含んだ空気を送り込むそうです。

さらにアルミの粉からイオンが発生し、

内からゴムが劣化することを防いでいるそうです。

   

また実物を見ることができました。

  

名鉄豊川線市田駅

今日は8月25日。今回は地元ネタ。

先日、名鉄豊川線について調べていたら、

1972年まで市田駅があったことを知りました。


どこにあったんだろう?

   

年輩の人に聞いたら、今のいそ病院の奥あたり

川の横にあったと思うよと教えてもらいました。

その付近は、レンタルDVDやCDを借りに行く店の近くで、

お馴染みの道。

さっそく行ってみました。

     

RIMG0063いそ病院 RIMG0064いそ病院を過ぎて 
 

いそ病院前を通過して進むと、名鉄豊川線にぶつかります。

ここに市田駅があったのでしょうか。

つきあたって左に向いたところはこんな状態でした。

RIMG0065川の横の現場
    

川がすぐ近くにあり、条件ぴったり。

次は川向こうから撮影。

RIMG0066別角度から駅の撮影

手前に川。

線路の右手側が駅の場所だったと思われるところ。

Wikipediaによると、市田駅についてこんな説明。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AB%E5%B9%A1%E9%A7%85_(%E6%84%9B%E7%9F%A5%E7%9C%8C)  

  

市田駅は東方の高架が終わるあたりの3kmポスト付近(ホームは北側)に存在した。

こちらは側道が閉鎖され旧駅跡に近付くことはできない

    

写真で見てわかるように、高架が終わるあたりではあるが、

近付くことはできる。

場所が違うのかな? 

違ったとしても大きくは違わないはず。

      

また情報を集めます。

比叡山に行きました

  

今日は8月25日。

本「今さら他人には聞けない疑問650」(知恵の森文庫)より。

   

昔の人は、どうやって琵琶湖を「琵琶の形」と知った?

日本最大の湖、滋賀県の琵琶湖は、

湖の形が楽器の「琵琶」に似ているところから、

鎌倉時代にこの名がついた。

しかし、飛行機どころか、飛行船も気球もない時代、

日本一の広さを誇る湖の形が琵琶湖に似ていると、

どうしてわかったのだろうか?

    

これは、琵琶湖の南西に比叡山がそびえていることが関係している。

比叡山に登り、その山頂から琵琶湖を見下ろして、

形を確認したようなのだ。(後略)(362p)

     

14日にその比叡山に行ってきました。

短時間だったので、頂上まで車で往復したのみ。

頂上から琵琶湖の形が見られたらよかったのですが、

霧で全く見られませんでした。

RIMG0063頂上は霧 RIMG0065頂上の霧2

比叡山と言えば延暦寺、延暦寺と言えば信長による焼き打ちが有名。

現場に来ることができました。

機会があったら延暦寺の現場中の現場、根本中堂に行ってみたいと思います。

    

    

比叡山(848m)から見たら、もちろん琵琶かは見渡せたと思いますが、

他にも見渡せそうな山はあります。

以前登った武奈ケ岳(1214m)とか、

景色が良いことで有名な蓬莱山(1174m)などです。

比叡山から見たとは限らないのではと思いました。

もちろん京都に近く、延暦寺があった比叡山が、

当時の人たちにとってはお馴染の山だったとは思います。

2010年8月24日 (火)

安土城跡に行きました4・・・天主跡

  

今日は8月24日。

13日に行った安土城跡の話のつづき。

登っていくと、信長廟あり。

RIMG0027信長廟
   

いくつかある信長のお墓の一つだそうです。 

    

そしていよいよ天主跡。

RIMG0032天主閣跡 RIMG0034上から天主閣跡
   

国分尼寺の勉強以後、礎石に関心あり。

見とれてしまう礎石の並びです。

この上に柱が乗り、組まれ、

地下1階、地上6階、五層七重の天主が建っていたわけです。

気持ち狭く感じましたが、それでも大きな天主を想像しました。

この場所もずっと放置され、平成になって整備されたようです。

 整備後に見ることができたのは幸運です。

    

※天主・・・「天主」は城を象徴する建物を指し示す語として、

信長によって用いられるようになった。

後に「天守・殿主・殿守」などとも記されるようになり、

いずれ「てんしゅ」と読まれた。「名城物語①信長の城」(Gakken)より


     

摠見寺跡を見ました。

RIMG0044三重塔
   

RIMG0054仁王門
  

三重塔と仁王門は当時の面影を残して現存しています。

摠見寺は江戸時代に焼失しています。

摠見寺跡からの琵琶湖方面の眺めがよかったです。

RIMG0045池の中の家 RIMG0047池の中の家アップ

これは西の湖の風景。

湖の中に突き出た半島に家々があるのが印象的です。

あの半島に立ってみたいです。

湖とはいえ、大丈夫なのかと心配する場所です。

下に安土城跡のある安土山と、西の湖の航空写真を載せます。


   
    

2010年8月23日 (月)

「幻の甲子園」より・・・「野球」「草野球」

  

今日は8月23日。

「幻の甲子園」(早坂隆著/文藝春秋)から引用したい文はたくさんありますが、

とりあえずこれがラスト。

  

「野球」という言葉についての記述が忘れずに頭に残っています。

しっかり引用します。

    

野球は自明の通り、元々はアメリカのスポーツだが、

「BASEBALL」という英語を「野球」と訳した日本人の感覚は、

考えてみれば興味深い。

「BASEBALL」を普通に翻訳すれば「塁球」であろう。

確かに「塁球」の方が、

野球という競技の内容を表す意味において的確である。

   

「BASEBALL」を野球と訳したのは、

中馬庚(ちゅうまん・かなえ/かのえ)という人物だったと言われている。

明治3年(1870年)、鹿児島県に生まれた中馬は、

第一高等中学校(後の一高)野球部で名二塁手として活躍。

その後、東京帝国大学(現・東京大学)在学中、   

「BASEBALL」の訳語として「野球」という言葉を生みだしたのだという。

この新語が、日本人の感覚に馴染み、広く定着していくこととなった。

    

日本人にとって「BASEBALL」は「野」でやるものであり、

これは緑豊かな国土を持つ日本人ならではの言語感覚と言えるであろう。

(中略)

日本人にとって野球とは、広い野原で駆け回りながら行うものである。

空き地(sandlot)などで行う遊びの野球のことを「草野球」と呼ぶのも、

日本人らしい表現と言える。(73~74p)

  

なるほど。「塁球」ではなく「野球」だもんね。

日本の野球をやる環境を表しているんだと思いました。

          

sandlot?

sandlot は英語辞典によると、「空き地」

sand は「砂」 lot は「多く」

英語圏の「空き地」は砂が多いイメージなのでしょうか。

日本の空き地は、やはり草が生茂るというイメージはあります。

sandlot baseball が「草野球」と訳す英語ですが、

日本のように草のあるところでやるイメージではないのでしょう。

「草野球」にも日本らしさが出ていることを知りました。収穫。

   

   

中馬庚については、6月にも書きました。

http://mitikusa.typepad.jp/blog/2010/06/post-aa14.html?no_prefetch=1

安土城跡に行きました3・・・石仏も墓石も仏足石も

   

今日は8月23日。

前投稿のつづき。

大手道を歩いていて、ところどころ賽銭が置かれていました。

なぜだろうと思って見たら、こんな説明が。

RIMG0011石仏
    

 この石仏は、築城の際に大手道の石材として使われたものです。

城普請に使用する多くの石材は、

近郊の山々から採取しましたが

石仏や墓石等も含まれていました。

出土した石仏等は、

本来は信仰の対象になっていたものですが、

築城の経緯を示すために発見当時の状態で保存しています。

趣旨を御理解の上、見学してください。

滋賀県教育委員会

     

信長らしい仕業だと思います。

前投稿でも書きましたが、これが発掘で出てきたことが価値あると思います。

上の写真で、うっすら浮き彫りになっている石仏がわかりますか?

     

仏教にとって大事な「仏足石」も使われていて、

発掘によって発見されました。

RIMG0023仏足石 RIMG0024仏足石説明

  

   

頂上までの階段は約400段。

RIMG0016登り階段2

途中には次のような励ましの看板がありました。

RIMG0015あと190段の励まし 

読みにくいので書き写します。

此処は二百十五段目。

天守閣跡地あと百九十段

頑張って頂上まで行って見ましょう

  

暑い中、励ましを受けて登りました。(つづく)   



 

2010年8月22日 (日)

安土城跡に行きました2・・・復元された大手道

   

今日は8月22日。

安土城跡に行った時の報告。

大手道を登っていくと、左手に豊臣秀吉邸跡がありました。

信長は、安土城直下に有力な武将の邸を構えさせました。

RIMG0008秀吉邸宅跡 RIMG0009秀吉邸復元図 
 
その他、徳川家康、前田利家等。

大手道を登って振り返ったところ。

RIMG0010大手道上から望む    

    

この大手道は好奇心を高めます。

広くて、まっすぐな道。

これはお城の道としては例外だと思います。

敵が攻めやすいためです。

信長が天皇をお迎えするための道だったという説があります。

攻められるなら攻めてみろという信長の自信も感じます。

     

この大手道は、実は一時期完全に消滅していました。

発掘によって復元された道です。

それを知ってますます好奇心が高まりました。

信長が作ったものでさえ、年月は消し去ってしまうんだと。

    

4056055793 
「名城物語 第1号 信長の城」(Gakken)

安土城の入門編としてお薦めの本です。

この本に、大手道の変遷が紹介してありました

写真の大手道模型は安土城考古博物館所蔵のものです。

EPSON003最初の大手道 

       

 EPSON003江戸時代の大手道

  
   

EPSON002発掘調査中の大手道

      

EPSON002復元整備後の大手道 
 

こういった過程で復元されたと知って、

歩くのがとても楽しみでした。

2度3度往復したい気持ちでした。


  
  


 

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