2011年8月15日 (月)

お盆にキツネノカミソリ、お彼岸に・・・

   

今日は8月15日。

昨日は奥さんの実家へ。

そこで見かけた植物。

RIMG0001キツネノカミソリ 
RIMG0003キツネノカミソリ 

ヒガンバナ?ちょっと早すぎでしょうと思ったら、

「キツネノカミソリ」という植物だと教えてもらいました。

調べました。

次のサイトから引用。

「キツネノカミソリ」htm

   

キツネノカミソリは本州から九州に生育するヒガンバナ科の植物である。

ヒガンバナと同様に、花が咲くときには葉がない。

※やっぱりというか、当然ながらヒガンバナの仲間でした。

     

早春からスイセンに似た葉を展開し、夏草が茂るころには葉が枯れる。

その後に花茎を形成し、花を咲かせる。

※ヒガンバナも春より前に一度葉は枯れてしまい、

 忘れた頃に花を咲かせます。ここも共通点。

 ただ、ヒガンバナは、花が咲き終わった頃から葉が出ますが、

 キツネノカミソリは違います。

   

キツネノカミソリはお盆ころに、ヒガンバナはお彼岸に花を咲かせ、

なにやらご先祖様と因縁のある植物である。

※なるほど。私が発見しのも、「お盆」

    

ヒガンバナが人里の刈り取り草原や河原だけに生育するのに比べ、

キツネノカミソリは林縁や明るい落葉広葉樹林に生育している。

名前の由来は葉の形がカミソリに似ているとのことであるが、

花の色がキツネの体色をイメージさせ、

花だけが咲いているのが奇異であることも関連しているのかもしれない。

※やはり茎と花だけというのは奇異です。

    

    

ところで、昨年から今年にかけて、ヒガンバナの定点観察をしました。

1月に葉が刈りとられてしまったため中断していました。

予想では3月くらいまで葉があって枯れるだろうと予想していました。

しかし、見ることができませんでした。

「刈り取られてしまった」(1月29日投稿)html

   

最近の観察場所の写真です。

RIMG0005 
RIMG0006 

何やら丸い葉の草が繁茂しています。

全くヒガンバナの存在はありません。

お彼岸の頃には、ここらからニョキニョキヒガンバナが出てきて主役になるはずです。

いま、花と茎を準備している最中でしょう。

2011年8月13日 (土)

東日本大震災新聞スクラップ27/8月11日 汚染土壌

   

今日は8月13日。

昨晩は大震災のドキュメンタリー番組を見ました。

津波の恐ろしい映像をあらためて見て、

3月11日に起こった悲劇を思い知りました。

まだまだ大震災のこと、知らないこと多し。

    

久々のスクラップ。前回は6月7日。

「東日本大震災スクラップ26」html

【8月11日朝日新聞朝刊】

EPSON014校庭除染 
  

5月15日のテレビ番組で、

小学校の放射能汚染された運動場の土を処分する場所がないと言っていました。

※参考「放射性廃棄物の番組」.html

それから3か月。

いまだに解決されていないことが、この記事でわかりました。

   

苦しみを日本国民全員が分かち合わねばと言う人がいました。

それじゃあ、その汚染土壌を、

ここへ持ってきてくださいとはなかなか言えない。

何かいいアイデアはないのだろうか。

   

全国に配って、深いところに埋めてしまう。

全国に配れば、量的には少ないため汚染の危険性が少ないのでは。

どさっともらったらいやだけど、少しならどうにかなるのでは。

人ごとになりがちだったことが、身近に感じられるのではないだろうか。

  

甘い考えなんだろうなあ。

でも少しでも土が割り当てられ、どうにかしないといけないとなれば、

きっと考える。

そして、被災地の人たちのことも考えられる。

どれくらい埋めたら影響が少ないか、それが知りたい。

       

 

 

 

2011年8月12日 (金)

試しに作ってみた山めし「山のカレードリア」

   

今日は8月12日。

8月の終わりに、山のお師匠さんと2人で北アルプスに行きます。

そこで作って食べたい山めしがあります。

「山のカレードリア」です。

次のサイトに作り方が載っています。

「山めし礼讃/山のカレードリア」html

    

昨日は管理当番でした。

昼ご飯に、一度練習で、この「山のカレードリア」を作ってみました。

RIMG0009

材料はこれだけ。

アルファ米ドライカレー

とろけるチーズ

ポタージュスープ

乾燥湯葉

   

山のお店に行っても、「アルファ米ドライカレー」があまりなかったです。

大震災のため東方地方にだいぶ品物が行っていて、品薄のようです。

結局アマゾンで注文して買いました。

乾燥湯葉なんて、お店で売っているのかなと思いきや、

ちゃんとありました。 

    

さあ、調理を始めます。

RIMG0010 

ドライカレーの封を開けます。

ちゃんとスプーンがついていました。これは便利。

  

RIMG0011 

添付されていた調味粉を入れました。

カレーの香りがしてきました。

そしてお湯を入れます。

   

RIMG0013 

乾燥湯葉を入れます。

これを入れようと考えたことが楽しい。

魅力のある材料です。

    

RIMG0014 

とろけるチーズを入れました。

家にあった賞味期限切れのもの。大丈夫でしょう。

   

RIMG0015 

こうやってお湯を入れ、材料を入れて封をします。

そのまま15分間待ちます。

この15分間が長い!待ち遠しい。

    

RIMG0016 

カップにポタージュスープの粉を入れます。

湯を注ぎます。

  

RIMG0017 

お湯はあまり入れずに、ドロッとする程度。

     

15分経過。

RIMG0019 

できてる、できてる。

袋に入れたままでも食べられます。

食器をなるべく汚したくない山では、

きっと袋に入ったまま食べることになると思いますが、     

今回は皿に盛りつけました。

それに、ポタージュスープをかけました。

RIMG0020 
  

おいしかった。職員室の片隅で、幸せを味わっていました。

思ったより量も多い。

簡単でおいしい。材料も軽い。

山の食事にピッタリのメニューです。

「山めし礼讃」の作者さんに感謝。

   

さあ、北アルプスで食べる日が楽しみです。     

 

 

日めくりより/海の青/白眼視

  

今日は8月12日。

今日も日めくりより。

   

EPSON009海の青 

植物は緑が嫌いだから緑がはね返され、緑に見えます。

こう言った内容の授業をやられていた先生がいました。
 
海の場合、青が嫌われてはね返され、人には海が青く見えます。

       

     

EPSON0Zhakugannsi 

「白い目で見る」は、こんな故事から生まれた言葉なのですね。

ちなみに、調べたところ、阮籍は、気に入った相手だと青眼で接したそうです。

青眼って、どうやるんだろう。

相手も気味が悪かったのでは。

2011年8月11日 (木)

日めくりより/的を射た/時代をつくる/他山の石

  

今日は8月11日。

日めくりより。

    

EPSON01815日めくり的を射た 

う~ん、これは間違った言い方をしていただろうなあ。

気をつけよう。

     

    

EPSON006時代をつける 
 

「時代をつける」・・初めて聞きました。

骨董の世界にひたっている人なら、よく耳にするのでしょう。

そんな人の文章はないかと探したら、ありました。

http://www.shunet.co.jp/goiken/wabisabi-2kai.php 

「骨董にまつわるエッセー」の一部。

    

ある日のこと、初めて入った店である。

その骨董屋の主人はお茶を出してもてなしてくれ、

色々な裏話を聞かせてくれた。

相当前に高山の渋草焼という焼き物の油壺を大量に買い込み、

それに時代をつけて売りさばいた話や、

今出来の磁器の焼き物に時代をつける方法など

かれこれ1時間位話を聞いていただろうか。

こんな話を聞いたおかげで、焼き物の世界はえらく恐ろしいと思うようになり・・・・

浅井廣吉のエッセーより)

   

「今出来(いまでき)」も骨董の言葉でしょう。調べてみました。

意味は「できあがったばかりのもの。また、最近つくられたもの。

未熟なもの、粗悪なものの意にいうことが多い。」

なるほど~、「未熟なもの」「粗悪なもの」の意味まで含むのですね。

    

こう言う「骨董用語」というのがあるのだろうと思って調べたら、的中。

「時代屋ドットコム/骨董用語」8

これはこれで面白そうですが、この辺りで止めておこう。

    

     

EPSON007他山の石 

これは間違った使い方はしていないと思う。

高崎市・・・堤幸彦氏

  

今日は8月11日。

今晩の番組もいい。

「空から日本を見てみよう『ライバル都市対決 前橋VS高崎』」

テレビ東京系。午後7時58分~。

前橋市には縁がありませんが、高崎市は2回行きました。

初めて行ったのは2007年8月5日。

その日のうちに高崎市のことをブログに書きました。

http://mitikusa.typepad.jp/blog/2007/08/post_3e83.html

映画「包帯クラブ」も、ロケ地は高崎市でした。

縁があったことで、ちょっと気になる高崎市。

番組を見てみたいです。

    

「包帯クラブ」の監督は堤幸彦氏。

先日、堤監督を扱った「プロフェッショナル 仕事の流儀」を見ました。

2008年5月13日放映されたものをやっと見ました。

   

心に残ったこと。

堤さんは、「ジタバタする」のだそうです。

役者さんが来る2時間前には撮影場所に来て、いろいろチェック。

これでいいかどうかギリギリまでジタバタ。

OK出すまで、ジタバタを続けています。

その時その時の完璧を目指している姿がいいです。

これって、堤さんの生きっぷりにも影響があるのではないかと思います。

いくらいい映画を作って、世間の評判が良くても、

堤さんはまだ代表作を作り出していないと言っています。

60歳までにはどうにか作りたいと言っています。

でもずっとできないのではないでしょうか。

いい作品ができても、まだまだ自分に満足できなくて、

次の作品について考えていくと思います。

そんな自信のなさが、堤さんの謙虚さを生んでいるのだと思います。

他の作品を見て、上手に撮っているよな~と感心する場面もありました。

ジタバタして、いいものを目指してやりきる。

ジタバタしても落ち込まない。

ジタバタして、常に謙虚でありたい。そう思いました。

 

 

2011年8月10日 (水)

放射性廃棄物の番組

 

今日は8月10日。

今晩11時から、NHKBS1で「BS世界のドキュメンタリー 終わらない悪夢 放射性廃棄物はどこへ」の前編が放映されます。

今年の5月22日に放映されたようですが、全く知りませんでした。

再放送です。今回は情報をつかまえました。

録画してじっくり見ようと思います。

明日の晩が後編です。

   

すでにyoutubeでアップしている人がいました。

http://www.asyura2.com/11/genpatu11/msg/556.html

2009年のフランスの番組でした。どんな番組か楽しみです。

    

    

1学期に、子どもたちに見せた映像の一つを紹介。

5月15日の「サンデーモーニング」  シリーズ「考・震災 核のゴミ」です。

内容を箇条書きにしていきます。

   

・福島県郡山市の小学校。校庭の表土が放射性物質の影響を受ける。

 表土をはぎ取って、ゴミ処分場に埋めようとしたら、

 付近住民の反対があって、思うようにいかず。→放射性物質への恐れ。

     

・核のゴミ。低レベル放射性物質の場合。

・コンクリートで固め、ドラム缶に封印。

RIMG0008 
・行き先は、青森県六ケ所村「低レベル放射性廃棄物埋設センター」

・地下数mに300年間保管する。300年たってやっと安全になる。

  

・核のゴミ。高レベル放射性物質の場合。

・使用済み核燃料→ここから高レベル放射性物質が抽出される。

 放射線量は150万ミリシーベルト/時  20秒で致死量

RIMG0013 RIMG0016

・現在は、発電所内のプールや六ケ所村のプールで一時保管している。

 

・1966年東海発電所スタート・・・日本の原子力発電のスタート。

・高レベル放射性物質は国内に24100本。

 (2010年末 使用済み核燃料をガラス固化体に換算)    

・10年後には40000本になる見込み。 

RIMG0017 
  

・一時保管している六ケ所村。「知事の了承なしに六ケ所村を最終処分場にしない」と約束。

・2000年「特定放射性廃棄物の最終処分に関する法律」を制定。

 高レベル放射性物質は地中に埋めて処理することになる。候補地探し。

・住民の反対運動のため、候補地決まらず。

現在、最終処分場はない。

  

・原子力発電所は稼働しているけど、最終処分場がないというジレンマ。世界でも。

・フィンランド、ベルギー、アメリカ・・・

 アメリカは2002年にネバダ州に最終処分場を作ることを決定。

 しかし、2009年反対が多くて計画中止。

    

・ドキュメンタリー映画「100000年後の安全」が上映されている。

RIMG0025

・フィンランドの最終処分場を取材した映画。

・完成すれば世界最初になるフィンランドの最終処分場。

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・地下500mに使用済み核燃料を保管。

・10万年後には安全になる。

・マイケル・マドセン監督。

 映画中で次のように語っている。

 「仮に数万年後に発見されたら、その頃の人類は理解できるか?

  たとえばピラミッドが建造されたその意義を、

  我々がすべて理解しているとは言い難い。

  同じことが処分場にも当てはまると思います。

  未来の人類の理解度は、我々がピラミッドを理解する程度でしょう」

  

   

原子力発電所のネックはここだと思います。

「核のゴミ」・・後の人類にとんでもないものを残してしまいます。

できるだけ早く原子力発電はなくしていかなければと考えます。

海軍工廠跡地見学5/屋上からの見学/曳光弾

 

今日は8月10日。

前投稿のつづき。

EPSON015決定版 
 
  

⑦本館屋上から見学

・名古屋大学太陽地球環境研究所の本館屋上に特別にのぼって、見学。

RIMG0048 
   

・屋上から大恩寺山(御津山)を見る。この山の上を爆撃機の編隊が通過して迫る。

※どんな気持ちで当時の人たちは見たのだろう。

RIMG0065 
   

・将校用プールだったが、黄燐貯蔵プールとなった水槽。

 黄燐はすぐに酸化してしまうため、酸素と遮断して水中に保存していた。

RIMG0050 
・黄燐は、曳光弾(えいこうだん)で使われた。

・曳光弾は発射の際に発光して、弾道がよくわかる弾。

・夜間の戦闘の時に、どこに弾がとんでいったのかわからないので、

・機関銃のような連発銃では、たとえば5発に1発くらいこの曳光弾をいれておく。

    

※曳光弾については、映像を一つ紹介します。

 

第2次世界大戦中、ドイツ空軍の戦闘機がソ連の戦闘機を機関銃で撃墜する様子。

曳光弾が光っているのがよくわかります。

思い出すのが、神風特攻隊がアメリカ空母に体当たりする映像。

機銃の弾が雨あられと撃ち込まれる中を、特攻機が突入していきます。

曳光弾が光っているために、機銃のすさまじさがよくわかります。 

しかし、曳光弾は3~5発に1発含まれているだけで、曳光弾の破壊力は弱い。

曳光弾が1発とんでいく間に、破壊力の高い弾が何倍もとんでいたわけです。

初めて知りました。

もっともっとすさまじかったわけです。ものすごい恐怖だったと思います。

 RIMG0053 RIMG0059 RIMG0061

・連続写真ではない。本館南に広がる森。この中に火薬乾燥庫などがある。

・薬筒乾燥所よりも痛みの激しい建物。

本館西方面の写真も掲載

RIMG0062 RIMG0063 
とにかく森が広がる。

本館北の写真。先ほど見学した薬筒乾燥所が森の中にある。

RIMG0054 
   

 

   

    

・最後に、来年2月に再び見学会ありとの連絡。

・マムシの心配はないし、草も生い茂っていないので、さらに奥の見学ができる。

・旧小坂井町のSさんという方が発言。語り部の方から聞いた話を絵で再現したとのこと。

 爆風で吹き飛んだ片腕が電線にひっかかった絵など7枚。

 8月31日まで、桜丘ミュージアムに展示中。

 ※先日見に行ってきた。あの絵の作者が、この方だったんだ。絵で残すことは大事なこと。

・この戦争遺跡を、平和公園にして保存しようという声もある。

     

    

以上で、8月7日の豊川海軍工廠跡地見学会の報告を終わります。

まとめるのに時間がかかったけど、いつか役立つ資料になると思います。

今は森がうっそうとする場所ですが、将来はどうなるのだろう。

風化せずに、戦争遺跡が有効に使われたらいいなと思います。

 

   

    

 

海軍工廠跡地見学4/街路灯/側溝

  

今日は8月10日。

前投稿のつづき。

EPSON015決定版 
 
 

⑤街路灯跡

RIMG0042 RIMG0043

・海軍工廠内には、街路灯が通りに等間隔で設置されていた。

・地下から地下ケーブルで電気が来ていたことがわかる。

    

⑥側溝

・今も海軍工廠当時の側溝、側溝のふたが使われている。

・ふたは分厚いコンクリート製。

・側溝は深さ1m、幅も1m。

・2重構造になっていて、普通の雨なら一つの溝。

 大雨ならさらにもう一つの溝に水が流れるようになっていた。

 大雨でも水があふれてこないように作られていた。

RIMG0044 RIMG0045
   

  

番外:何度も通過していった爆撃機

・8月7日、アメリカの爆撃機の編隊は、南西の方角にある大恩寺山(御津山)方面から来た。

※大恩寺山頂上には、海軍工廠を守るために高射砲が設置されていた。

 8月7日も迎撃し、B-29爆撃機1機被弾。

・それまでにも、爆撃機は何度も海軍工廠上空を通過したが、爆弾を落としていかなかった。

・海軍工廠は広大で目立つ施設であった。道路や施設から東西南北がわかりやすい。

・マリアナ基地から飛び立った爆撃機の編隊は、一路北上。

  ちょうど豊川市海軍工廠上空に来る。

 海軍工廠確認後、そこから方角を変えて、目標の爆撃地を目指したのではと予想される。

・帰路も、海軍工廠上空にまずは来て、そこから南下したのでは。

・だから、何度も爆撃機は海軍工廠上空を通過した。

   

・アメリカ軍の資料によると、アメリカ軍は海軍工廠の全ての建物名がわかっていて、

 どれだけの人数が働いていたかわかっていた。

 だから爆撃のために何機のBー29が必要か割り出している。

(つづく)

 

海軍工廠跡地見学3/薬筒乾燥所跡/防空壕跡

  

今日は8月10日。

前投稿のつづき。

   

EPSON015決定版 
 
  

③薬筒乾燥場跡

・配電盤のあった場所からトンネルをくぐって移動すると、薬筒乾燥所跡へ。

RIMG0027 RIMG0028

・弾丸を弾き飛ばすために、火薬を詰めた薬莢(やっきょう)を弾丸の下部につけた

 薬筒は、火薬を詰めた円筒形の入れ物。ここは薬筒を作っていた場所と思われる。

・建物の西半分の屋根が、風雨にさらされて崩壊している。

・東半分もかろうじて建物の形を保っているが、危険な状態である。

・触れたり、入ったりしないように、外から眺めるだけの見学。

RIMG0030 RIMG0033 
 
・建物の壁の表面はモルタル。その奥はレンガ。壁はかなりの厚みがある。30㎝ほど。

・壁は丈夫にできているが、屋根はそうではない。

・火薬を扱う建物全般に言えることだが、万が一火災になった場合、

 火柱が上に行くように屋根が吹っ飛ぶようになっている。

・横の建物への類焼や被害を少なくするため。

・万が一横に火柱が行っても被害を少なくするため、建物は土塁に囲まれている。

・電灯は天井に埋め込まれたものだった。

 スイッチが入った時に火花が室内に入らないようにしてあった。

・戦後、部屋にはつる下げ式の電灯が設置されている。

 

RIMG0035

・建物は尺貫法ではなくメートル法で作られている。

・日本の海軍は、イギリス海軍をお手本にして作られたのでメートル法が採用されている。

・1間ではなく、2m。したがって入口や窓枠など大き目である。 

    

④防空壕跡 

  

RIMG0036 
・防空壕跡にむかう道。

 

RIMG0038 

・防空壕跡。考古学の手法で掘られたもの。深くない。腰をかがめて入らざるをえない。

・上は板を渡して軽く土をかけたものだった。

・爆風を避けるための防空壕であって、直撃弾を受ければ役に立たず。

・この場所は、海軍工廠の北のはずれ。建物もまばら。

・海軍工廠の中心ブロック辺りには、コンクリート製の立派な防空壕もあったと言われる。

・地下には試射場もあった模様。

※これらのことが明らかにされていない。

 軍事工場であったため、秘密のベールに包まれていたということか?

・雑木林の中に点在するくぼ地は、防空壕跡。(つづく)

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