2011年8月18日 (木)

「担々」「坦々」調査・・・同じ店内に両方あった

   

今日は8月18日。

「担々」「坦々」調査の結果発表。

※前回は「担々」「坦々」調査再会.html

    

7月27日 龍福(豊川市) 何とカタカナで「タンタンメン」とありました。

初めてです。

RIMG0053 
   

8月9日 「福ちゃん」(豊川市)

ここは驚き。何と同じ店内で「坦々」「担々」両方を目撃しました。

冷たいのが土編。

RIMG0001福ちゃん 

熱いのが手編でした。

RIMG0004 
   

何か理由があるのでしょうか?好奇心がくすぐられました。

通算結果。

「坦々」4票  「担々」7票  「タンタン」1票

2011年8月17日 (水)

夏休みの本宮山登山2・・・サルの朝ごはん

  

今日は8月17日。

(前投稿のつづき)

RIMG0027 8月16日

この日は登る前からビックリ。

登山口にあった柿の木にサルの群れが来ていました。

まだ青い柿を少し食べては、ポイポイ下にほっていました。

5~6匹くらいいたでしょうか。

登山者が見ているのに逃げる様子もなく食べていました。

RIMG0019 食べ散らかされた柿。

サルの撮影に挑戦。

RIMG0010 RIMG0013

RIMG0015 RIMG0025

難しい撮影でした。

ユサユサ揺れる柿の木。

雨のように落ちてくる青い柿。

飛びかうサルたち。時にはケンカもしていました。

キーキー声をあげていました。滅多に見られないサルの朝食風景でした。

RIMG0029 

こんな蛾(ガ)を発見。

3年前はよくやっていた蛾の名前調べ。

思ったより早く調べられました。

モンクロシャチホコでした。

昔見つけたウスイロギンモンシャチホコと共通点がありました。

「ウスイロギンモンシャチホコ」html

こういうのを「同定」というんだったよね。

同定成功。

    

そして今日。

RIMG0002 8月17日

今日も蛾(ガ)を発見。

狛犬に張りついていました。

RIMG0012 RIMG0011

毛虫もいます。

これはお馴染みのオビカレハの幼虫だと思います。

蛾を同定します。調べました。

おそらくエビガラスズメだと思います。

調べていてすごいなあと思ったのは、

エビガラスズメをつかまえて口吻(こうふん/口先のこと)を伸ばして長さを調べている人がいました。2人。

虫好きの人はここまでやるんだと感心しました。

エビガラスズメは口吻を伸ばして花の蜜を吸うそうです。

勉強になりました。

「いもむしうんちは雨の音/なが~~~~いストロー」/    

「生き物雑想記 エビガラスズメ その3 成虫」html   

   

夏休みに4回登って、頂上までのタイムは下記の通り。

①1時間30分(単独)

②1時間18分(単独)

③1時間11分(単独)

④1時間50分(同行者に合わせた)

久々登った1回目はきつかったです。

でもだんだん体が慣れました。

もう1回登って、1時間10分を切れば、北アルプスもどうにかなるでしょう。







 

夏休みの本宮山登山1・・・建物がなくなった

  

今日は8月17日。

今朝、本宮山に登ってきました。

息子と息子の友達たちと一緒に。

これで夏休みに入って4回目。できたらもう1回登りたいと思っています。

北アルプスに行く前に。

   

登山で撮った写真。

RIMG0088 8月4日
RIMG0096 

頂上には、ちょっとした建物がありました。

冬は風をさえぎる都合のいい建物でした。

久々の本宮山。その建物が撤去されていました。

頂上にいた他の登山者に聞いたら、一か月ほど前になくなったとのこと。

冬が困る。

RIMG0106 

きれいな虫。登山道中央にあった石に乗っていました。

足をとめて撮影。少々ピンボケなのが残念。

RIMG0104     

久々に登ったら、こんな道標を発見。

1日12往復本宮山を登る・・・それはすごいことです。

でも道標建てちゃうんだ~。

    

 RIMG0013 8月7日

RIMG0011 RIMG0011富士山か?

天気はまあまあ良かったのですが、

頂上近くの富士山遥拝場所から、富士山が見えるかどうか。

富士山みたいなのが見えますが、はたしてどうか?

雪がのって白いとわかりやすいのですが・・・・

他の登山者とも話し合いましたが、結論は出ませんでした。

以前同じ場所から富士山が見えた時の写真と比べました。

「平成22年冬の本宮山」html
  

結論:あれは富士山ではない。本当の富士山は、もう少し右に位置しています。

RIMG0018 RIMG0017

オニユリがきれいでした。

(次の投稿につづく)

   



     

 

 

お盆のお墓参り・・・に、カエル

  

今日は8月17日。

8月13日、16日に父親とお墓参りに行ってきました。

お盆の始まりと終わりです。

16日の墓参り中に、ピョコン!とカエルがやってきました。

   

RIMG0033 RIMG0035 ロッククライミングをやっているような手つきです。

RIMG0040 墓石の垂直な壁にうまい具合に張りついています。

RIMG0046  墓石の上へ。

RIMG0048 これも垂直な壁に張りついています。

ラストは大きな写真で。

RIMG0052 
   

動きが愛らしくて、しばらく眺めていました。

へんなお墓参りになってしまいました。

 

昭和20年8月22日 小笠原丸撃沈

 

今日は8月17日。

対馬丸撃沈は有名です。

昭和19年8月22日、疎開船対馬丸が沖縄から鹿児島を目指して航行中、

アメリカ潜水艦の魚雷攻撃によって学童疎開者を含む多くの人命が失われました。

   

その1年後。

昭和20年8月22日。8月15日から1週間後に悲劇がありました。

樺太からの引揚者を載せた小笠原丸が、

北海道の留萌沖にて潜水艦の攻撃を受けて沈没した事件。

合計638名(乗組員57名、引揚者581名)が犠牲となりました。

生存者はわずか62名でした。

同じ頃、引揚者を載せた第二新興丸・泰東丸の2船も攻撃を受けます。

第二新興丸は、死者行方不明者400名と言われています。

泰東丸は死者667名。

攻撃をした潜水艦の国は特定されていません。

当時、北海道の北半分の占領をもくろんでいたソ連の可能性が高いが、

今に至るも特定されていません。

「三船殉難事件」html

    

8月15日以後のソ連軍の動きが非常に気になります。

2011年8月16日 (火)

昭和20年8月20日 真岡郵便電信局事件

  

今日は8月16日。

昭和20年8月15日以後のこと。

8月20日。樺太で真岡(まおか)郵便電信局事件がありました。

この事件とは?

   

8月20日。樺太の真岡にあった郵便電信局の女性交換手9名が、

ソ連軍が上陸して攻めてきた際に、集団自決した事件です。

なぜ死を選んだのか。

2008年のドラマ「霧の火 樺太・真岡郵便局に散った九人の乙女たち」(この事件を元にしたフィクション)では、

ソ連軍から貞操を守るために死んだとしていました。

敵の捕虜になるくらいなら死を選ぶ・・・・この教えは沖縄でも樺太でもあったのでしょうか。

    

     

2008年8月25日放映の上記のドラマをやっと今日見ました。(録画してありました)

8月20日の霧の中からあらわれたソ連軍艦、

そしてその軍艦からの艦砲射撃は恐ろしかったです。

上陸したソ連兵の無差別攻撃。

恐怖の中での集団自決。

あらためて戦争の恐ろしさを感じました。

ドラマの写真を少々載せます。

    

RIMG0063 RIMG0076 霧の中からあらわれた軍艦

RIMG0078真岡 RIMG0084 

RIMG0071 RIMG0073 

最後の写真に写っている石碑は、

稚内市にある「九人の乙女の像」と呼ばれる自決した電話交換手9人の慰霊碑。

「皆さん これが最後です さようなら さようなら」は、

交換手最後の言葉と言われるもの。

しかし、実際は

「交換台にも弾丸が飛んできた。もうどうにもなりません。

局長さん、みなさん…、さようなら。長くお世話になりました。おたっしゃで…。さようなら」

とのこと。(Wikipediaより)

    
 
    

今日は昭和20年8月15日以後のことを書こうと思い取り組みましたが、

難しかった。

真岡郵便電信局事件についても、実際はどうだったのか判断が難しかったです。

ドラマを見て、事件のことを知った気分で調べましたが、

ドラマはノンフィクションであって、事実とは違っていました。

事実をもとにしたノンフィクションというのは、厄介です。

でもなぜノンフィクションで表現したかは、

きっと制作者の希望(意図)があったはずです。

でもそれはなかなか調べられません。

           

前投稿で紹介した野口健さんの文章には感心をしましたが、

次の文がひっかかった。

引用。

日本サイドが「戦争はやめます」と宣言はしたものの

戦争とは相手があること、片一方の宣言だけでは「終戦」となるのだろうか。

    

8月14日に日本はポツダム宣言受諾を連合国に通告しています。

日本はもう戦争をやめるということですが、

宣言を日本につきつけた連合国も、

自動的に戦争をやめることになっていなかったのか?

そんな疑問を持ち、ポツダム宣言の内容まで調べたりしていましたが、

まだよくわかっていません。

そのへんのあいまいな時に、ソ連軍は侵攻してきて、

たくさんの命が奪われています。残念なことです。

    

当たり前のことですが、何か書いて公表するには、

最低限いろいろ調べます。

しかし、戦争に関しては、資料が多すぎる(深すぎる)ため、

キリがなくなります。でも向っていかないとね。

8月15日 終戦記念日?

  

今日は8月16日。

昨日は終戦記念日。

しかし、戦争は終わっていなかった。

   

以前の投稿で、昭和20年6月19日~10月15日の出来事を一覧しました。

「昭和20年6月19日~10月15日の出来事」html

   

8月15日以降を転載します。

8月15日  日本国民へ玉音放送(終戦の詔)。支那派遣軍と南方軍これに抗議し戦闘続行。

8月16日  ソ連軍、南樺太に侵攻開始(28日占領)。大本営、停戦命令を出す。

8月17日  天皇、停戦の勅旨。

8月18日  ソ連軍、千島列島の占守島に侵攻。

8月19日  フィリピン・ルソン島の日本軍部隊、停戦命令を受領。関東軍とソ連極東軍が停戦交渉開始。

8月20日  樺太で真岡郵便電信局事件が起こる。

8月21日  占守島の日ソ両軍、停戦する。

8月22日  小笠原丸撃沈。

8月25日  ソ連軍、千島列島の松輪島を占領。

8月26日  満州での戦闘が終わる。

8月28日  ソ連軍、千島列島の択捉島を占領。

8月29日  ソ連軍、千島列島のウルップ島を占領。

8月29日  米軍第一陣150名が横浜に上陸。

8月30日  連合軍最高司令官マッカーサー、厚木飛行場に到着。

9月1日    ソ連軍、千島列島の国後島・歯舞群島を占領。

9月2日    降伏文書調印、太平洋戦争(大東亜戦争)終結。

9月3日    ソ連・中国にとっての対日勝利の日。ルソン島の日本軍降伏。

9月5日    ソ連軍、千島列島の色丹島を占領。ソ連軍が北方四島の占領を完了。

9月5日    関東軍首脳部がハバロフスクへ移動、後に57万人がシベリア抑留となる。

9月中旬  中国大陸の中国派遣軍降伏。

10月15日  本土の日本軍、武装解除完了。

   

8月15日以降、どんな事があったか。

今年、できるだけ見ていきたい。

  

8月18日のソ連軍、占守(シュムシュ)島侵攻については今までに3回書いてきました。

「占守島の戦い/池田末男さん」html

「占守島の戦闘のマンガ」html

「終わらざる夏」html

    

     

登山家の野口健さんのブログを熟読しました。

「8月15日に感じること 前編」html

「8月15日に感じること 後編」html

   

野口さんが、たくさんの資料と自分の体験からじっくり考え文章を書いていることに感心。

とても参考になりました。

いつが終戦日なのか考えています。

8月15日を「終戦記念日」とすることに疑問を持っています。

 

 

2011年8月15日 (月)

エネルギーを使わない方法・・・地中熱空調システム(ジオ)

   

今日は8月15日。

前投稿のつづき。

5月1日放映された「夢の扉+(プラス)」で、

地中熱空調システム(ジオ)」を発明した橋本東光さんが紹介されていました。

前投稿の「地中熱ヒートポンプ方式」と同じく地中熱を利用したもの。

   

こちらは床下から取り入れた外気を、二重パイプで地下に送ります。

パイプに工夫あり。

RIMG00044

外側がアルミ。

ここを地下に下る空気が通ります。

アルミなので地中熱の影響を受けて、夏なら空気が冷えます。

下まで行って冷やされた空気は、中央のポリエチレンの管で上昇。

ポリエチレンは外気温に影響を受けにくいため、

冷えた空気がそのまま上昇し、室内に入ります。

これが簡単な仕組み。

    

橋本さんは、山口県の秋吉台の近くに住んでいる人。

秋吉台の鍾乳洞に行った時に、この仕組みを利用しようと考えついたそうです。

RIMG00066 
   

番組の中では、「地中熱空調システム(ジオ)」と紹介されていましたが、

HPを見ると「ジオパワーシステム」とあって、詳しく説明してくれています。

「GEOパワーシステムのしくみ(夏モード)」html

※youtubeでも・・・http://www.youtube.com/user/geopowersystem?gl=JP&hl=ja#p/u/4/ZtEN616wuQ4

 

なかなかいい方法だと思いますが、改築でもOKなのかな?

積極的に考えてしまう方法です。

前投稿の方式も、地中熱なら、自分の土地の下には必ずあるものだし、

そうは簡単にはなくならない。

外部に熱を出して、ヒートアイランド現象を起こすこともない。

安全である。

   

1998年に「地中熱空調システム(ジオ)」が完成した頃は、

エアコンが売れていた時代で、あまり注目されませんでした。

しかし、時代は変わりました。これからは需要が伸びそうです。

「地中熱ヒートポンプ方式」より、工事が簡単そうです。

民家でも採用できそうです。

そうそう、東日本大震災の仮説住宅でも使われると番組でも言っていました。

どうなったんだろう?  

   

    

こうやって、エネルギーを使わない方法を勉強するのもいいなあ。

 

 

エネルギーを使わない方法・・・地中熱ヒートポンプ方式

  

今日は8月15日。

10日夕方のニュース番組「イッポウ」(CBC)でエネルギーのことをやっていました。

   

RIMG0001 

場所は愛知県長久手町にある「愛知たいようの社」

ここは地熱エネルギーを使った施設だそうです。

設計者は、工学院大学の中村勉特別専任教授。

RIMG0002 

ここでは地下100メートルまで管を通して、

その管の中に水を通します。

地中の温度は、1年を通して15~18℃なので、

夏の場合、水は地中で冷やされます。

その水をさらにヒートポンプ※で冷やして、

部屋の下に送り込みます。

冷やされた水は、外部から取り入れた新鮮な空気を冷やします。

冷やされた空気は部屋に流れ込みます。

快適にすごせるわけです。

冬は逆の考え。

  

図で表したものです。

RIMG0003daijinaず 

   

この方式の名前がないかなと思って探しました。

「地中熱ヒートポンプ方式」というそうです。 

   

    

中村教授が番組中にこう言っていました。

 

今回の事故が起こって一番問題なのは、

ただ原子力に変わる新しい違うエネルギーを入れればよいという訳じゃないこと。

自然エネルギーや再生可能エネルギーが必要になってくる。

今回の施設は、エネルギーを使わない技術(を採用した)。

最初から使わない方をしっかりしておいて、

それに少ないエネルギーをうまく利用するのが賢明なやり方。

    

新しいエネルギーについて考えるのは大事ですが、

エネルギーを使わないですむ方法を考えようということ。

そりゃそうだと思う。    

     

※「ヒートポンプ」についてまだ未消化。

仕組みが難しい。

    

 

13日は干満の差が大きかった

   

今日は8月15日。

13日は息子の野球チームの手伝いを終日。

これで、3週連続土曜日はお手伝い。

2塁塁審とかやっていました。

    

海沿いの埋立地にあるグランドです。

すご横には、河口がありますが、

海が近いだけに干満の影響をすごく受けます。

河口に向かって撮影してみました。

    

昼食後。12時47分。

RIMG0026 

  

30分あまりして撮影。まだあまり変化なし。

RIMG0027 

  

1試合審判をやった後、大きな変化。15時56分。

RIMG0028 

  

さらに満ちた状態に。16時54分。

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夕日に色づく川。18時24分。

RIMG0030 

  

調べてみました。

比較的に近い蒲郡の13日の干潮は11時28分。

満潮は18時6分。

したがって、ほぼ干満の写真は撮れたと思います。

     

月は月齢13.3。月の出は18時8分。

ほぼ満月。月の引力のために、晩は水位が上昇。

逆に昼は、月が地球の裏側にあるために、そちらに引っ張られて水位が下降。

偶然にも、撮影した13日は、干満の差が大きい「大潮」でした。

 

こういうのを「大潮」というのですね。

しかし、月って、そんな力があるんだ。

最近の写真

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