2011年8月24日 (水)

奈良公園1/鹿寄せ

   

今日は8月24日。

今日は21年目の秋味の発売日。

でもいつものようにコンビニ(サークルK)でフライング販売をしていて購入。

晩に、おいしく今年1本目を飲みました。

   

ほぼ1か月後には修学旅行。

夏休みが終わってから忙しそうです。

奈良公園について勉強したことを書いてみます。

   

奈良公園の飛火野(とぶひの/とびひの)という場所。

どこかというと、春日大社に接する林野だそうです。

奈良時代に烽火(のろし)が置かれたことから、この名があるそうです。

その飛火野で、面白い光景が見られると知りました。

ナチュラルホルンを吹くことで、森の奥からたくさんの鹿が走って集まってくるそうです。

「鹿寄せ」と言うそうです。

本当かな?と思ってyoutubeを検索しました。

ありました、ありました。

 

    

見事に集まってきます。

「鹿寄せ」はいつから始まったのでしょう。

曲は、ベートーベンの交響曲第6番「田園」の一節。なぜこの曲なのでしょう。

だれかそう仕向けた人がいるはずです。

   

調べました。

「鹿寄せ」を行っている奈良の鹿愛護会のポスターを見つけました。

※ http://naradeer.com/images/show/21sikayose.pdf

そこには「鹿寄せ」の歴史が書かれていました。

   

「鹿寄せ」は、1892年(明治25年)鹿苑竣工奉告祭に

ラッパを使って実施したのがはじまりで、

明治40年天皇行幸の際、県公会堂の庭でも行いました。

戦中戦後に一時中断することがありましたが、

昭和24年に復活、1980年に奈良市観光協会が

冬の観光客誘致のための奈良大和路キャンペーンで「鹿寄せ」を行って以来、

現在も毎年実施されています。 

     

まだ疑問が残ります。

なぜ「田園」?

 

 

2011年8月22日 (月)

エノラゲイ/なぜ戦争へと向ったのか

  

今日は8月22日。

娘が1カ月のアメリカホームスティから帰国。

豊橋駅に迎えに行き、久しぶりに娘と会いました。

帰りの車内で、アメリカのことをバーッと話した娘は、

家に帰ってからもいろいろ家族に話をしていましたが、

数時間でダウン。寝込んでしまいました。もうたたいても起きず。

疲れが出たかな。

いい体験をした模様。良かった、良かった。

    

本人が寝てしまったが、撮ってきた写真を奥さんと一緒に見ました。

お父さん(私のこと)が歴史好きだと言ったら、

スミソニアン航空宇宙博物館に連れて行ってくれて、B-29「エノラゲイ」を見させてくれたそうです。

広島に原爆を落とした爆撃機です。

娘の持っていったカメラから、その写真を探しました。

これがその写真。

231 

236 

  

このエノラゲイ展示にあたってはいろいろ話題になったことを思い出します。

次のサイトにいきさつをまとめた文章がありました。

引用します。

   

http://www.ne.jp/asahi/box/kuro/report/genbaku.htm
   

アメリカのスミソニアン博物館は、世界有数の設備と権威をそなえた博物館だ。

この博物館で、第二次世界大戦終結50周年を記念して、

1995、核兵器が現代の社会にとってどのような意味があるのかを問う特設展が企画された。

この企画では、広島・長崎の被爆の様子も大きくとりあげ、

被爆者の様々な遺品も展示される予定だった。

アメリカではほとんど知られていないキノコ雲の下でおこった

悲惨な出来事にも光をあてることで、

核兵器の全体像をとらえようという意図だった。

しかし、この企画はアメリカ国内で大きな反発をまねいた。

多くのアメリカ人にとって、第二次大戦は正義と民主主義を守るための「よい戦争」であり、

原爆の投下は戦争の終結をはやめたと考えられているからだ。

そのために、B29とキノコ雲は、勝利と栄光のシンボルだと思われている。

スミソニアンの原爆展への反発は、

やがて、保守派を中心に議会や大統領までまきこんでの大きな動きとなった。

その結果、原爆展は、50年前に勇敢に戦ったアメリカ兵を侮辱するものだとされ、

中止に追い込まれてしまい、B29だけを展示するものにさしかえられてしまった。

     

展示に至るいきさつを、娘の体験がきっかけでおさらいすることができました。

日本人も知らないといけないことがあります。

アメリカ人が原爆の惨状を知らないなら、知らないといけないと思います。

   

最近、「NHKスペシャル 日本人はなぜ戦争へと向ったのか ①~④、戦中編」全部で5本を見ました。

今の政治家が行っている行為は、大震災の被災地や被災者のことを考えずに、

とても愚かな行為に見えます。

でも、今から70年前に太平洋戦争が開戦した前後、

当時の政治家も、多くの犠牲者が出ると予想できたし、

実際に多くの犠牲者が出たとしても、

所属するグループのため、あるいは目先の利益のために動いていて、

戦争を始め、そして継続させてしまいます。

とても愚かに見えます。

どんな優秀な人たちでも、こうなってしまうんだと恐怖すら感じます。

そんないきさつで始まった戦争はやっぱり愚かです。

戦争が止められたのなら、こんな原爆展論争もエノラゲイ展示もなかったのです。

愚かな判断でスタートした戦争だけに、

戦争の犠牲者のことを思うとすごく無念です。

   

    

 

2011年8月21日 (日)

淀殿は池上季実子/今日から「淀殿」で

 

昨晩は前任校に同じ頃に勤務した懐かしいメンバーでの飲み会。

いろいろな話題で盛り上がりました。

時代劇のドラマの話。

織田信長なら誰が思い浮かぶか?

豊臣秀吉なら?

とか話していました。

信長なら・・・・高橋英樹さんでしょうか。昔の大河ドラマ「国盗り物語」(1973年)で演じていました。

テレビドラマで見た初めての「織田信長」だったからでしょうか。印象に残ります。

秀吉は、同じ理由?で火野正平さん。この人も「国盗り物語」で好演しました。

「淀殿なら誰が浮かぶ?」

と聞かれて、すぐに浮かびませんでした。

しかし、相手の人が「池上季実子がよかった」と言ったのを聞いて、「自分も!」と思いました。

そうだよ、淀殿は池上季実子さんです。

いつ演じたのか忘れたので、調べました。

大河ドラマ「おんな太閤記」(1981年)でした。30年前か~。

20110510210029 
http://d.hatena.ne.jp/tougyou/20110510/p4

   

調べていて、一つ賢くなりました。

「淀殿」を「淀君」とも言うことがあります。

でもこれは間違いのようです。

「歴史ドラマから興味を持って日本史を楽しく学ぶ方法」/

このサイトから引用します。

     

豊臣秀吉が亡くなった後、豊臣家と徳川家は対立関係が露になり、

最終的には徳川が天下を取って長く江戸幕府に君臨します。

その豊臣家最後の頭首・秀頼の生母である淀殿は、

豊臣家を牛耳り滅亡に追いやった悪女のように描かれている事が多いのです。

これには原因があります。

・豊臣を滅ぼした徳川が、後ろめたさから「淀殿」という悪人を仕立てて「仕方なかった」という言い訳に使った。

・秀吉の正室「ねね」(おね、寧々)を人格者として描く作家は多く、

 正室対側室の意味で淀殿を悪女に仕立てている。

(注意)「淀君」(よどぎみ)と書かれた物も見かけますが、これは間違いです。
「君(きみ)」とは遊女に付く呼び名であり、
このような呼ばれ方も徳川方から流されたと言われています。

    

残っている歴史は、勝者の歴史であることが多し。気をつけよう。

これからは「淀殿」で。

   

今の大河ドラマ「江~姫たちの戦国~」は、

敵の秀吉と茶々(淀殿)がどう結ばれていくか、時間をかけて表現してくれました。

そこが新鮮でした。

しかし、江は主役なのに、主役になりきっていない感じがします。

徳川家に嫁いだ今からが本領発揮でしょうか。

 

2011年8月20日 (土)

犯人はアメリカシロヒトリの幼虫

  

今日は8月20日。

国道151号線の中央分離帯にトウカエデの並木があります。

2008年の秋には、黄色く色づいてとてもきれいでした。

2009年の秋も楽しみにしていましたが、葉っぱが全滅。

2010年も同じように葉っぱが全滅。

「トウカエデをこんなにしたのは誰だ?」html・・・2009年7月24日

「う~んダメか、トウカエデ」html・・・2010年9月20日

   

今年の状態を写真で示します。

RIMG0011151並木道 

今年も枯れ始めています。原因は何か?

国道の中央分離帯にあるため、近づけません。観察ができません。

   

しかし、今年、同じようにトウカエデが植えてある道を見つけました。

RIMG0004 
   

ここなら近づいて観察ができます。

行ってきました。

同じように葉っぱが枯れ始めていたところがあり、近づいて観察。

すぐに理由がわかりました。

   

RIMG0001 RIMG0002

RIMG0006 RIMG0008アメリカシロヒトリ

ついに正体見たり!

アメリカシロヒトリの幼虫だと思います。

活発に動いていました。

    

葉っぱを全滅させてしまうアメリカシロヒトリ。

どうにか手はないのでしょうか。

幼虫は年に2回発生。

5月下旬あら6月中旬、8月中旬から9月初旬の2回です。

今がまさに2回目の幼虫が発生している時。

どうにかならないのか。あの見事な紅葉を見てみたいです。



 

放射性廃棄物の番組2・・・人工バリアは1000年

 

今日は8月20日。

夏休みにいろいろなことを書いてきましたが、

やっぱりエネルギーのことが中心だったかな。

   

今回もエネルギーネタ。

8月11日放映の「報道ステーション」で、高レベル放射性廃棄物について特集をしていました。

以前、「サンデーモーニング」で放映した内容と一部かぶりましたが、

新しい内容も多々ありました。

※参考「放射性廃棄物の番組」html

番組内容をまとめていきます。

   

RIMG0005管 

・特集のタイトルは、上記の通り。

・この写真で注目は、高レベル廃棄物が溶かされたガラスと混ぜられ

 固化した状態で入っている円筒管。

 以前の投稿で、現在日本にはこの管で計算して2万4千本の廃棄物があると言っていました。

 ただ管のサイズが不明でした。

 古館さんの隣にある管の模型は、実物大とのこと。

 これが2万4千本。すごい量です。

RIMG0014 

    

・北海道幌延(ほろのべ)町で高レベル放射性廃棄物を地下に埋める研究がおこなわれている。

RIMG0006幌延 
 

・施設の名前は幌延深地層研究センター。

・2005年から建設が進んでいて、今も建設中。

深さ600mまでの深さの穴を掘り、処分に適した環境を研究するのが目的。

予算は600億円。

核廃棄物は待ちこまないという地元と約束している。

しかし、住民は研究施設がそのまま最終処分場になるのではという不安がある。

    

・具体的には、岩盤の状態や、放射性物質を運びかねない地下水の様子などを研究している。

・高レベル放射性廃棄物は、はじめに溶かしたガラスと混ぜて、

 ステンレス容器に入れて、50年ほど冷やす(?)。

 ※「何度聞いても、映像では50年と言っている。50年も冷やすんだ。常識が通用しない)

RIMG0010 

・その後、金属の容器に入れて、

RIMG0011 

 さらに粘土で囲んで、人工バリアで漏出を防ぐ。

RIMG0012 

・高レベル放射性物質が安全になるまでには、10万年がかかる。

  

・地下水が流れ出ている地層があった。やわらかい堆積層ではこういうことがある。

 最終処分場としてはよくない。

 しかし、やわらかい堆積層は、放射性物質を吸着させる性質があるとのこと。

・ヨーロッパではかなり硬く古い岩盤が岩盤があるが、

 日本は新しくやわらかい地層であるし、地震や火山が多い国。課題多し。

・原子力発電についてはいろいろな議論があるが、

 原子力発電がなくなっても、地層処分は必要。すでに廃棄物は存在するから。

・世界で12カ国が廃棄物を地下処分しようと計画している。

・高知県東洋町が、最終処分場に立候補したが、住民の反対で頓挫。

・それ以後立候補する市町村はない。

  

・人工バリアは、地下水で腐食が起こる。

 人工バリアが持つのは、10万年のうちの1000年!

・残りの9万9000年は、周りの岩盤に閉じ込めるしかない。

  

・幌延町には現在年間1億3000万円の交付金が支給されている。

・もし最終処分場候補地となると、最大90億円の交付金が支給される。

幌延町住民の中には、賛成派もいる。

   

    

以上が、番組のおよその内容。

衝撃だったのは、人工バリアは永久ではないこと。

なんと1000年のみ。

いやいや1000年だって、すごい長さ。

結局10万年が長すぎるわけです。

原子力発電は、この高レベル放射性廃棄物がネックです。

やはり減原発。なるべく早く。

 
    

跡地にはパチンコ店ができる

 

今日は8月20日。

近所にあったセメントの土管会社が撤収。

広大な跡地に何ができるか興味を持ち、そこで動く重機も気になっていました。

※参考「見慣れた風景が消滅/気になる重機」html

※参考「重機が動いていた」html

※参考「再び謎の重機が動いていた」html

    

最近になって鉄骨が組まれ始めました。

そして跡地に何ができるかわかりました。

RIMG0003パチンコこの写真 8月19日撮影
  

パチンコ店と食堂だそうです。

パチンコをやらない自分としては、ちょっと楽しみが半減。

食堂も、パチンコ店付属のような店の可能性もあり。

先年、やはり近所にできたパチンコ店の駐車場内に、

同時に食堂が作られました。

行きづらい食堂です。 

   

今回はどうなるか。

しかし、パチンコ屋が近所に2軒。

近所の大きな変化。記録にとどめておこうと思います。  

 

2011年8月19日 (金)

理科実技研3・・・鹿沼土を見てみる

   

今日は8月19日。

市内の理科教育夏期実技研修会で勉強したこと。

   

火山灰を観察しよう。

火山灰を、双眼実態顕微鏡で見る研修でした。

「火山灰は手に入らないことがあるので、今日は鹿沼土を見てみます。」

「鹿沼土なら、簡単に安く手に入ります。」

  

え、鹿沼土は火山灰?

鹿沼土について調べました。

   

正しくは鹿沼降下軽石と言うそうです。

栃木県鹿沼市付近に広く分布しています。

約3.2万年前の群馬県赤城火山の爆発によって形成されたものだそうです。

噴火によって火口から出てきたものですが、

軽石は、火山灰に含まれるようです。

つまり鹿沼土は火山灰。

 

   

わんがけ法という方法で、鹿沼土に含まれている鉱物を分離しました。

わんがけ法とは、水に溶かして、すぐには沈まない鉱物を取り除き、

重い鉱物をとりだす方法。

茶色の鉱物は軽く、わんがけ法によって取り除かれました。

どうやら、この茶色の鉱物が、「軽石」だったようです。

残りは白黒のゴマ塩のような鉱物。

   

双眼実態顕微鏡で見てみました。

きれいな白く輝く鉱物を見ることができました。

セキエイ?

そして黒い鉱物はキ石?

※参考http://homepage2.nifty.com/izumonotisitu/kazanbaikansatu.html

   

今日で鹿沼土を見る目が変わりました。

教材になるぞ。

   

 

 

 

 

理科実技研2・・・シャーレ=ペトリ皿

 

今日は8月19日。

市内の理科教育夏期実技研修会で勉強したこと。

   

「シャーレ」はお馴染みの言葉ですが、

「ペトリ皿」はあまり聞いたことがなく、何?とさえ思っていました。

   

今日の研修会で、私と年齢が同じくらいの方が、

「最近になって、シャーレとは言わずに、ペトリ皿と言っていることを知ったよ」

「教科書もいつの間にかペトリ皿になってるんで、ビックリした」

と言っていました。

何と、今は「シャーレ」とは言わずに、「ペトリ皿」と言っているの!

シャーレ=ペトリ皿なんだ。

いいことを知った。

SAN13257 

    

ペトリ皿のペトリはいかにも人名にちなんだなと予想がつきます。

家に帰ったら調べようと思いました。

  

実行。

    

このサイトがよかったです。

http://www.jst.go.jp/pr/jst-news/2007/2007-05/index.html

引用します。

   

シャーレは円形平底、直径10cm、高さ1~2cmほどのガラス製の蓋つき皿。

小学生のころ、この中に水を含ませた綿を敷き、

マメやイモの発芽を観察した記憶のある人は多いはずである。

そんなわれわれに馴染みのシャーレだが、

じつは科学の世界ではただシャーレと呼ばれることはほとんどない。なぜか。

シャーレ(Schale)はドイツ語で皿・鉢・碗を指す一般名詞。

ということは、(中略)シャーレと言ったのでは、

ただ単に皿を皿と呼んでいるに過ぎないことになる。

そこで、この器具を考案したドイツの細菌学者、J.R.ペトリ(1852~1921)の名をとって

「ペトリ皿」(独:Petri Schale、英:Petri dish)という呼び名に落ち着いたのである。

現行の各種辞典・事典のまずほとんどは、

シャーレではなく「ペトリ皿」で項目が立てられているので注意を要する。

   

ほらほら、やっぱり人名でした。

シャーレ=ペトリ皿

これも研修会の収穫。

理科実技研・・・白濁した石灰水が透明になる理由

   

今日は8月19日。

今日は市内の理科教育夏期実技研修会に参加しました。

いい勉強になりました。

    

石灰水。

石灰水は、水に水酸化カルシウムCa(OH)2 を入れ、

ガラス棒でよくかき混ぜて作ります。

でも沈殿させなくてはならないので、1~2日間放置する必要があります。

すぐに石灰水を使いたかったらどうするか?

教えてくれました。

  

簡単です。濾紙でろ過をすれば、OKというわけです。

興味を持ったのは次の実験。

試験官に入った石灰水に、ストローで息を吹き込みます。

息の中の二酸化炭素に反応して、石灰水は白く濁ります。

これは授業でもやったこと。

講師の先生が、息を吹き込み続けてくださいと言いました。

「そしたら濁りがなくなっていきます。」

   

え、濁りがなくなるの!?

   

それは面白いと、元気に息を吹き込み続けました。

1番早く濁りがなくなりました。ほぼ透明になりました。

これはすごい。

今まで白く濁った時点で実験を終了させていましたが、

そのつづきがあったことが楽しかった。

   

なぜ透明になるか?

当然この疑問に行き当たります。

周りにいた理科の先生たちに聞きましたが、

「何か」ができるから透明になるらしい。

その「何か」を忘れたそうです。

    

それでは自分で調べてみよう。

   

まずはこのサイトが参考になりました。

小6の子の質問に答えています。

http://sci.la.coocan.jp/fchem/log/rika/2213.html

    

小6ですから化学反応式で示すわけにはいきませんから

 水酸化カルシウム + 二酸化炭素 → 炭酸カルシウム + 水 

このときできる 炭酸カルシウム は石灰石のおもな成分です。

炭酸カルシウムは二酸化炭素を溶かした水(炭酸水)には溶けて、

炭酸水素カルシウムになります。

 炭酸カルシウム + 炭酸水 → 炭酸水素カルシウム     

炭酸カルシウムは水にほとんどとけませんが、

炭酸水素カルシウムは水によく溶けるんです。

    

息を吹き込み続けることで、水が炭酸水になり、

白濁していた炭酸カルシウムを解かしてしまい、

透明になったというわけです。

(この時、炭酸カルシウムは炭酸水素カルシウムに変化)

   

化学式が次のサイトにありました。

http://www3.u-toyama.ac.jp/kihara/chem/gas/gas-CaOH2.html

   

石灰水に二酸化炭素を吹き込むと、炭酸カルシウムが生成し、白濁する。

Ca(OH)2 + CO2 → CaCO3 + H2O

 さらに多量の二酸化炭素を吹き込むと、透明になる。

CaCO3 + CO2 + H2O → Ca(HCO32

 

よしわかった。

2011年8月18日 (木)

昭和20年8月16日 特攻艇「震洋」爆発

 

今日は8月18日。

今日はソ連軍が占守島に侵攻した日。

そして池田末男連隊長の命日です。

以前も書きましたが、豊橋市出身の方です。

   

8月16日朝日新聞朝刊にショックな事件が紹介されていました。

昭和20年8月15日の翌日16日に、

特攻艇「震洋」が爆発。111人が犠牲になった事件。

こんなことがあったんだ。

それも、「出撃準備」という不可思議な命令によって。

EPSON015記事上 
EPSON016記事した 

全く知らなかった事件です。

戦争終結というラインを昭和20年8月15日ではやっぱり引けません。  

 

 

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