2015年7月 6日 (月)

「つぶより野菜」のデザインはもしかして・・・

  

今日は7月5日。即今着手。

  

さっき見たニュース番組中のCMに反応しました。

KAGOMEの「つぶより野菜」のパッケージの絵。

これって「かたつむり」ですよね。

Da4e13a21ef7d010722011cc52eed3f2 ニンジンとトマトを使ってかたつむりを描いているとしか思えません。

  

KAGOMEのサイトを見たら、このパッケージ、賞を取っているようです。

Photohttp://shop.kagome.co.jp/lineup/tsubuyori/

しかしかたつむりのことは書いていません。

「つぶより野菜 かたつむり」で検索しても関連記事は何も出てきません。

おかしいなあ。

でもかたつむりのエサは野菜です。

つまり、野菜を育てる人たちにとって、かたつむりは害虫にあたるかも。

そのかたつむりをデザインするのはおかしいことか。

   

試しに買って、デザインをながめてみたいです。

7月3日の大雨・そうめんカボチャ

  

今日は7月6日。7月は即今着手。

  

金曜日の朝は大雨でした。

その時の写真です↓

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大変な出勤でした。

  

   

そうめんカボチャが少しずつ大きくなってきています。

よく見るとつるが出てきました。

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そうめんカボチャの種袋には、次のように書いてありました。

  

親づるを摘芯し、子づるを3~4本伸ばします。

7節目あたりから着果させます。

  

これは難しい。

「摘芯(てきしん)」とは?

国語辞典にはこう書いてありました。

果樹などの頂芽を摘みとること。芯を止めること。

側枝を伸ばすためやよい花や実を得るために行う。

ということは、今出てきたつる(親づる)は摘むということですよね。

「7節目」とは?

またわからない。

「そうめんカボチャ」「育て方」で検索中。

しかし今はじっくり読む暇がなし。

通知表はできましたが、指導案がまだできていない。

今から出勤までは指導案です。

提案する授業になりそうです。

2015年7月 4日 (土)

日めくりより/汽車土瓶・パラシュートの穴・西郷隆盛像

 

今日は7月4日。

今日も即今着手で行こう!

   

日めくりより。

 

「初めてお茶を売った駅は?」  

Epson606_2
 

「汽車土瓶」を見たくなりました。

  

次のサイトを参考にしました。

九州歴史資料館収蔵品オンデマンド解説シート 汽車土瓶

うまか陶 汽車茶瓶・汽車土瓶

  

上のサイトでいろいろ見ることができるのですが、

明治22年静岡駅で売られていたものは見ることができませんでした。

Photo_2 ↑「うまか陶」より・・・豊橋の駅名が入っていました。

 

使い捨てだったので、今のペットボトルと同じです。

茶瓶、土瓶といった言葉を見ると、

「どびん ちゃびん はげちゃびん」という並びが思い浮かびます。

自分は遊んだ覚えがありませんが、即座に言葉を発していく遊びのようです。

やったことありますか?

ここに説明がありました。

ニコニコ大百科 どびん・ちゃびん・はげちゃびんとは、マイナー遊びの一つである。

  

   

「パラシュートの傘には、わざと穴があけてある?」

Epson605  

本当に穴が開いているか、見たくなりました。

この写真がきれいでした。

1 http://www.top-field.jp/contents/2011/05/post-49.php

  

もう一枚。

昨日のです。

「上野の西郷像が着流しなのはなぜ?」

Epson604  
そのような理由があったのですね。

そんなことを知って、また西郷像を見に行きたいですね。

Saigoudouzou上野恩賜公園探訪 西郷隆盛像

↑このサイトに、この像のできた時の話が書いてありました。

西郷像の作者は高村光雲!  有名人です。

できた時に、この像を、西郷隆盛の奥さんが見に来たそうです。

その時に泣きながら言った言葉が・・・

  

「うちの人は、こんな野卑な顔ばしていなか。

じつに礼儀正しい人じゃったに。

おおぜいさまの前で、のらぎ着てわらじばきでいるなんて、

失礼なことは絶対にしなか。」

と言い、二度と上京することはなかったそうです。

  

奥さんは着流しにした事情を知っていたのでしょうか?

 

2015年7月 3日 (金)

透けて見ることができるサナギ

 

今日は7月3日。

  

「即今着手」で行きましょう!7月。

   

昨日、私にサナギを届けてくれた子どもがいました。

この子は以前、幼虫も持ってきた子です。

※参考:ここでも道草 「ダーウィンが来た 生きもの新伝説」でオオムラサキの豪華映像(2015年6月25日投稿)

そのサナギは、すでに中のチョウが透けて見える状態です。

羽化は近し。

  

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Rimg0005  

観察箱に入れて観察中。

晩に撮ったもの↓

Rimg0023   

今朝学校に行ったら、すでに羽化しているだろうか?

今朝は自転車通勤だと考えて、観察箱を持ち帰りませんでした。

そしたら今朝はしっかり雨。

昨晩持ち帰って、家で観察すればよかったと後悔しています。 

  

  

さあ、学校に行くのが楽しみ。

  

  

追記:この後のこと。

サナギは結局羽化しませんでした。

残念ながら朽ちてしまいました。

寄生されたかどうかはわかりません。(7月13日記)

2015年7月 1日 (水)

「さいとう」はもともと「斎藤」だけだった

 

今日は7月1日。

  

「即今着手」で行きましょう!7月。

  

前投稿に引き続いて、「さいとう」の名字について。

  

6月29日の番組「月曜から夜ふかし」の聞き書きです。

  

ナレーター:

世の中には何と、59種類の「サイトウ」の「サイ」が存在するのだ。

Rimg2701

いったいなぜ、こんなにややこしいのか?

  

高信幸男さん:

実はもともとの「サイトウ」は、たった一つ、この「斎藤」だけなんです。

Rimg2702  

これはですね、明治の時に役場の方が間違って戸籍に記載したために、

さまざまな「サイトウ」ができたんです。

Rimg2703

  

ナレーター:

Rimg2704

先生によると、もともと平安時代にはこの「斎藤」だけだっのだが、

明治時代にこの「斎」に似ている漢字「斉」とか、

もともとありもしない漢字に間違われ、戸籍に誤登録されてしまったのだ。

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高信幸男さん:

数的にはですね、約6割はこの「斎藤」さんなんです。

のこりあと4割は間違ったサイトウを使っていることになりますね。

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前投稿の中で触れた番組「この差って何ですか?」で紹介された説と同じです。

ただ、もともとは「斎藤」のみだったというのが強調されています。

驚きです。

同僚だった「齋藤」先生はどう思っただろう?

  

高信さんによると、「ワタナベ」の「ナベ」も同じ理由で、

たくさんの種類があるそうです。 

こうなると、他にもありそうです。

名前の漢字を正確に書く事は、相手への礼儀と思っていますが、

もともとは役人の誤記入だとすると、ちょっとがっかり。

でもこれも歴史的な重みと思えば、まあいいか。

所詮、 

2015年6月29日 (月)

「齋藤」「斎藤」「斉藤」「齊藤」いろいろあり

  

今日は6月29日。

6月が終わるまでにやりたいこと、やらねばならないこと多々あり。

頑張ろう!

  

昨晩は天気が良くて星がよく見えました。

晩の8時に西の空で輝く2つの星。

木星と金星です。

いま、2つの惑星が接近しています。

7月1日に最接近です。

ただ並んで輝いているだけなのですが、見とれてしまうのです。

ー4等星の金星、ー2等星の木星は目立ちます。

もう一つ。月と土星が今晩接近するようです。

これも見逃せない。

  

  

話は変わって・・・

同僚の先生に「さいとう先生」がいました。

「齋藤」と書いていました。

「齋」は難しい漢字です。

でも同僚の先生だったこともあって、この字を書く機会が何度かあって、

今では書けるようになりました。

  

なぜいろいろな「さいとう」があるのか?

「齋藤」「斎藤」「斉藤」「齊藤」・・・

明治時代の初めに、庶民が苗字を正式に申請する時に、

口頭で「さいとう」と申請したために、

たとえば本当は「斎」なのに、役人が知っている漢字で書いたために、

間違った「斉」「齋」「齊」の字が使われたこともあったそうです。

なので「斉」「齋」「斎」「齊」といった具合にいろいろな漢字の「さいとう」さんが

誕生したとちょっと前にテレビで見ました。

※2015年5月24日放映「この差って何ですか?」です。

写真を並べてみます。

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この4種類の「斉」「齋」「斎」「齊」についてこだわって調べた人がいました。

  

メルマガ「言葉拾い」です。※参考ブログ 言葉拾い

昨年の11月2日に届いたメルマガを引用します。

 

    <<< 今 日 の 言 葉 >>>


■ どのさいとうさん? ■


“さいとう”さんと聞いたら、


どの字のさんとうさんなの?と思ってしまいます。

いろいろな字体があって紛らわしいと思うくらいで、

特に疑問も持たずにきてしまいました。

同じなのか、違う意味をもった漢字なのか、いざ確認です。


「斉」「斎」「齊」「齋」と並べてみると、

昔の難しい字体から簡略化へ変貌したみたいに見えますが違います。


「斉」と「斎」はまったく別字で、

斉=齊(斉の旧字体)

斎=齋(斎の旧字体)という関係です。


(「斉」「齊」)(「斎」「齋」)という括りになります。

「示」があるなしに注目。

意味を見ると、

「斉」セイ
 凸凹がなく等しくそろっている。そろえる。ととのえる。

斉唱・一斉・均斉


「斎」サイ
1、神仏を祭るとき、心身を清める。ものいみ。
2、祭事を行う。
3、ものいみや読書などをする部屋。
4、精進料理。僧の食事。とき。


「斎(齋)」は用法によって読みが異なります。

●斎(いつき)
1、心身を清めて神に仕えること。またその人。
2、神を祭る所。

●斎(ものいみ)=物忌み
神事などのため、食事や行動を律し心身のけがれを除くこと。

●斎(とき)
1、仏教寺院における食事。
2、仏事の際に寺院で出される料理。


もともとインドの仏教では、

出家者は正午を過ぎてから食事をしないという戒律があり、

“食すべき時の食事”の意が「斎」(とき)でした。


子供の頃、不思議な語として聞いた「おとき」が「御斎」なのでした。


斎藤という苗字は平安時代中期の武将・藤原利仁の子、

藤原叙用が斎宮頭となったことから、

「斎」宮頭の「藤」原ということで斎藤を称したのが始まりです。

「斎宮頭」とは伊勢神宮に奉仕する未婚の皇女・斎王をお世話する

役所・斎宮寮のトップのこと。

斎藤さんは藤原家の斎宮に仕えた人達の祖先なんですね。

付け加えると、「齋」は人名用漢字ではありません。
 
意味の上であきらかに違う「斉」と「斎」ですが、

江戸時代から「斉」が「斎(齋)」の略字として

用いられている例が見られるそうです。

ちなみに、西日本では「斉藤」さん、

東日本では「斎藤」さんが多いのだそうです。


以上です。

  

今晩11時59分から放映される「月曜から夜ふかし」

Photo

今回のネタの一つが「さいとう」のようです。

「ザ・テレビジョン」(KADOKAWA)から引用します。

  

「様々な情報を整理したい件」では、

さまざまな表記がある「さいとう」という名字の、

本来の字が明らかになる。

  

面白そうです。

同僚だった齋藤先生に教えちゃおう。
 

2015年6月28日 (日)

渥美線電車機銃掃射 証言者の声

  

今日は6月28日。

  

前投稿に引き続き、昭和20年8月14日にあった

渥美線電車機銃掃射に関する記事です。

  

サークルで、「証言 渥美線電車機銃掃射 ー1945年8月14日の記憶ー」

(豊川流域研究会)から、ひとりの証言者の声を読み合わせしました。

  

鈴木哲也さんの証言です。

鈴木さんは1932年9月30日生まれの82歳。

当時は成章中学1年生(13歳)でした。

  

一部引用します。

  

「69年の封印を解く」

あれから69年、今までにばあさん(妻)にも、

子供たちに話したことはありません。

私一人の胸に封印してきたことです。49p)

  

封印してきたことなんですね。

研究会のメンバーが思い立って調査を始めなければ、

ここに書かれている証言は得られなかった可能性が高いものなのです。

  

電車で通う時は天津(あまづ)から杉山の駅まで歩き、

そこから電車に乗りました。

7時台の電車です。

電車に乗ると、老津や大清水、植田、南栄の友達がいました。

上級生に「お前ら1年は、後ろで立っとれ」「1年が座るもんじゃあない」

と言われていましたので、上級生は座っていましたが、

僕たちは電車の後に固まっていました。 (50p)

  

研究会代表の山田さんが言います。

機銃掃射は、電車の後部から襲ったそうです。

成章中学の犠牲者が多かったのは、

この後ろに固まる習慣が災いした可能性があると。

  

 

田原駅から乗った電車は1両でした。

今でも覚えているけど、電車には151号、152号、153号があり、

僕らが乗ったのは152号でした。

空襲警報が解除されるまで、発車はしなかったと思いますが、

その後解除されたので、発車したのではないかと思います。 (52p)

  

当時の電車には、時刻表は実質なくて、

「安全な時に発車せよ」という状態だったようです。

機銃掃射された電車が、いったい何時頃に出発したのかはまだ不明です。

研究会のメンバーが調査中。

その糸口を、小中学校の学校日誌に求めていました。

昭和20年8月14日の学校日誌を調べて、

空襲警報が発令された時刻が書かれていないかということです。

さっそく自分の勤務校を調べようかと思いましたが・・・・・

戦後にできた新しい小学校でした。

まだ誕生してから30年余しか経っていません。

電車は空襲警報が出ている最中に発車したという証言もあり、

電車の出発時刻は解明したいことなのです。

  

  

僕は後ろの出入口のとこに立ち、

窓から外を見るのがいつものしぐさでした。

発車してすぐに汐川を渡り、昔の神戸(かんべ)駅を過ぎると、

遠くに小野田セメントや蔵王山が見えてきます。

飛行機が最初に目に入ったのは、まだ電車が動いていた時で、

それは確かです。1機じゃありません。

2機か3機、たぶん2機だったと思います。スピードは速かったね。

 

最初遠くに小さい機影は見えず、突然低空で現れたので、

「やいやい、敵の艦載機が飛んどるなあ」

「低いなあ。よく見えるなあ」「こっちへ来るかな」と言い合ったと思ったら、

バリバリーと来ました。

小野田セメントへの引き込み線の手前あたりだったでしょうか。

  

電車の中は煙でもうもうとし、視界はぼやけて、

中の様子はわかりません。よく見えないのです。

撃たれた瞬間、バアーと煙が上がったことを覚えています。

  

電車の後にある車掌室には青年学校をおりたての車掌見習いと

女車掌がいました。

真っ先に、この2人がやられ、頭蓋骨が飛び、頭がありません。

それはかわいそうでした。

壁の上の天井に、穴がボコボコに開いていたことを覚えています。

  

撃たれても、電車はしばらく走りました。

運転手の機転で「松林のあるところまで何とか」という気があったと思います。

止まったのは天白変電所の少し手前、踏切に差しかかったあたりでした。

(52-53p)

  

やはり戦争はなまやさしくないのです。

一瞬で頭が吹き飛んでしまう戦争。

この証言が将来戦争を止める一助になるはずです。

引用してきましたが、ここまでです。

皆さんも、研究会の本を入手したら、ぜひ読んでみてください。

またいただいた冊子を読んで、

引用したり思ったことを書いていこうと思います。

渥美線電車機銃掃射 現場

  

今日は6月28日。

  

前投稿に引き続き、昭和20年8月14日にあった

渥美線電車機銃掃射に関する記事です。

  

  

その場所はどこか?

「証言 渥美線電車機銃掃射 ー1945年8月14日の記憶ー」

(豊川流域研究会)の写真をを載せます。

Epson602  

yahooの地図に落としてみました。

Photo   

現場はわかりました。

以前に現場の北側の道は走っています。

近いうちに行ってみたいです。

  

現場には慰霊碑が建っているそうです。

その様子は「証言 渥美線電車機銃掃射」に載っていました。

Epson601   

左の写真です。

慰霊碑の裏面には「犠牲になった旧成章中学の生徒名」

「昭和三十七年八月建立 遺族一同」と書いてあるそうです。

しかし、豊川流域研究会代表の山田政俊さんが言うには、

探してはいるが、慰霊碑の関係者には出会っていないそうです。

50年余前のに作られた慰霊碑。

どのような思いで、そのようないきさつで作ったのか、知りたいですね。

  

右の写真は、機銃掃射を受けた電車です。

機銃掃射を受けた電車が、10年後も使われていたわけです。

驚きです。しかし、戦時中の機銃掃射とか、命を落とすことが、

今に比べてずっと多かった時代なので、

いちいち処分交換なんかしなかったのでしょうか。

物資だって豊富ではなかった時代でもあったから。  (つづく)

  

  

渥美線電車機銃掃射 聞き取り調査を始めたきっかけ

 

今日は6月28日。

  

昨日はサークルがありました。

ゲストが登場。豊川流域研究会の代表である山田政俊さんです。

サークルの先輩である山田さんにお願いして、サークルに来ていただいて、

昭和20年8月14日の渥美線電車機銃掃射についてのお話を聞きました。

きっかけになったのは、この投稿↓で載せた記事です。

ここでも道草 機銃掃射 1945年8月14日田原(2015年5月13日投稿)

  

昭和20年8月14日に田原駅を出発した電車が、

アメリカ軍の艦載機の機銃掃射を受けて、

15人が亡くなり、16人が負傷した出来事。

豊川流域研究会のメンバーが、この出来事を知ったのは、

田原駅創業90周年にちなんで研究会が作った冊子のための

聞き取り調査の時だったそうです。

聞き取りをした一人の女性の話が、機銃掃射の話でした。

  

渥美線の電車が田原駅を出発して2分。

神戸(かんべ)駅を過ぎ、豊島(としま)の天白(てんぱく)の

森の近くで米軍機に見つけられました。

高度を下げ、低空でダ、ダ、ダ、ダーと撃つ銃の音。

ドッドッドッ、また上空に向かい、そして低空へと。

立ち往生している無防備な電車に、

繰り返し機銃を浴びせてきました。」

(『聞き取りから知る三河田原駅90年史』67p)

  

この女性は、出来事の現場近くで、

防空壕に避難していて、目撃したそうです。

旧田原町史には、この出来事の記述はあったそうですが、

詳細なことは書かれていませんでした。

関係者からの聞き取りは行われていない出来事でした。

研究会のメンバーは、出来事の関係者が高齢になっており、

今聞き取り調査をしなければ、この出来事は埋もれてしまうと考え、

行動に移しました。

  

  

こうして出来事の関係者を発掘して、聞き取り調査に出向き、

その聞き取りを文字化して、最後には冊子に仕上げていったのです。

  

間に合った!という気持ちです。

きかっけは田原駅90年史の製作でした。

そこから一人の女性の話を得ることができ、

そのことをきかっけに、終戦前日に起こった痛ましい出来事の詳細が

たくさんの人の証言から蘇ってきました。

 

Epson603

↑ 「証言 渥美線電車機銃掃射 ー1945年8月14日の記憶ー」

A4版サイズ 110ページ

  

これが聞き取り調査の結果をまとめた本です。

サークルに1冊寄贈していただきました。

  

偶然得た一人の女性の話があったからできた本だと思います。

高齢ではあってもお話が聞けるうちに、

たくさんの方から証言が得られたことは幸運なことだと思います。

間に合って良かったです。

  

聞き取り調査や文字化がいかに大変だったか、

サークルで山田さんは話してくれました。

いかにしてこちらの聞きたいことを聞くか、

いかに正確に思い出してもらうか、

文字化するときにどの範囲まで行うかなど、

70年前の出来事の再現は簡単ではなかったようです。

昨年度は31人の方から聞き取り調査をして、

今年度も聞き取り調査を継続して行っているそうです。

山田さんは現在70歳。他の研究会のメンバーも同じような年齢だそうです。

聞く側のメンバーの年齢も高くなっており、

一連の作業もスムーズではないそうです。

でも引退後にも、このような素晴らしいテーマを見つけては

積極的に動かれる姿は羨ましく思えました。

自分も将来はこのような生き方をしてみたいと思いました。

  

もちろんその時の舞台は、この「ここでも道草」になると思います。

  

  

(次の投稿につづく)

「岩古谷トンネル」初体験/6月27日の夕焼け

  

今日は6月28日。

  

夜ふかしをしています。

明日もやること満載だけど、もう1本投稿。

  

昨日見た夕焼けの写真です。

  

昨日は用事で山間部を走りました。

親戚を巡ったのですが、そのついでに新しいトンネルを走ろうと思いました。

ここでも道草 設楽バイパス、ついにできたんだ(2015年6月7日投稿)

実行してきました。

  

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Rimg2639  

プレートを見ると、「2014年3月」とありました。

トンネル自体は、1年以上前にできていたのですね。

トンネルを含むバイパスが走れるようになったのが、

6月6日だったわけです。

怖~い堤石トンネルに比べ、

岩古谷トンネルは安全に快適に走れました。

完成まで18年かかった道を味わいました。

それはなんかあっけないほど短かったです。

それくらい道を直線にして短縮したということでしょう。

  

   

  

山間部にいるときは天気が悪く、雨にも降られました。

しかし、地元に戻ってくる時には、西の空の雲が切れてきて、

西日があたり始めました。

予感がしました。

今日の夕焼けは面白くなるぞ。

奥さんにも話しましたが、信じてもらえません。

でも予感は当たりました。

  

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↑2代目のフォレスターの天井に夕焼けが反射。

格好よく見えたので撮影。

  

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いかがですか?

  

さあ寝る。明日は5時起きで動き出す予定。

起きれるか?

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